再会

1主人公:ルゥ=マクドール


 一目ぼれというのは、きっとこういうのを言うのだと、彼は本気で思った。
 キラキラ光る水面に彼女の白い素肌が映えて、その額にふわりとかかる漆黒の髪はつやつやと麗しく……これこそ運命なのだと、信じてもいなかった神様に思わず祈ってしまった。
 ふっくらとした赤い唇。
 やや憂いを宿した瞳は、琥珀色。光の加減によって、紅く見えるそれは、宝石のように美しい。
 彼女は、ゆっくりと振りかえり──その瞬間、軽く目を見張った。その手が右手の甲を握り締めたことに気付いたのは、きっと後ろに立っていたシーナだけだっただろうけど。




「ルゥさん……ルゥ=マクドールさんかぁぁ。」
 同盟軍に戻ってきたリオは、後ろにぞろぞろついてきている人物達には目もくれず、レストランめがけて歩いていた。
 うっとりと呟くリオに、シーナはなんとも言えない表情を向けた。
 だけどそれに気付いたのは誰もいない。
「よくお似合いですよ、綺麗な響きですっ!」
 グレッグミンスターから有名人を持ちかえってきたリオは、上機嫌で後ろの美少女を振り返る。
 彼女はキョロキョロと当たりを見まわしていた目を、リオに戻す。そして、空気をも溶かす笑顔を浮かべた。
「ありがとう。」
 それにノックダウンされかかって、リオはなんとか気をこらえた。その後ろで、シーナが苦笑している。何と言っても、解放軍の元リーダーである。このルゥという少女は。
 彼女の笑顔は107人がノックアウトされたという代物である。
 その彼女の笑顔は、同盟軍の軍主ですらも魅了するというのだろうか?
「ねぇ、リオ。君が持っているのって、真の紋章なんだよね?」
 ルゥが城の中を見学していた目をリオに戻して、尋ねた。
 リオは自分の左手を示して大きく頷く。
「はいっ! 輝く盾の紋章って言うんですよっ!」
「天魁星……か。」
 意味深に呟いて、ルゥは3年前とまるで変わっていない美貌を緩ませて、シーナを見た。
「宿星が、2度も選ぶってこと、あるものなんだね。」
 そのさりげない言葉が、何を期待しているのか悟ってしまう自分が嫌で、シーナは思わず天井を仰いだ。
 けれどリオはそれに気付かず、不思議ですよねぇ、と呟く。
「僕が知ってる限りでも、解放戦争に参加した人って、えーっと、ビクトールさんに、フリックさんでしょ、それからシーナにアップル、ルックにビッキーに……──。」
「そうルックもいるんだ。」
 にこ、と笑ったその時の笑顔を見てしまったシーナは、そのまま走り去りたい気分になった。
 とてもとてもうれしそうに……見えたのだ。
「ええ、そうです。いつも石板の前で、こーんな顔してますけどね。」
 言いながら、リオは両手を使って自分の目元を伸ばした。きりり、と目を吊り上げ、口を横一文字にして、ルックによく似た表情を作り出す。
 その瞬間、ぷっ、とルゥが噴出した。
「分かる気がするよ。」
 思いも寄らない英雄の笑顔に、リオは嬉しい気持ちと、不思議な気持ちに駆られて、尋ねるようにシーナを振りかえった。
 バナーからかえってきて、そのままレストランに行こうとしたリオについてきたシーナは、なぜか口元を手のひらで押さえて向こうを向いていた。
「ルックって、こっちにいるの?」
 ルゥが兵舎のある方向を指差すのに、思わず頷くと、彼女はそう、と呟いてそのまま歩き出した。
 若草色のバンダナが、後方になびく。
「えっ!? ルゥさんっ!?」
 驚いたように呼びとめるが、彼女は手のひらをヒラヒラ振るだけで聞きはしなかった。
 慌ててルゥの後を追うリオを見ながら、シーナは溜息をついた。
「まずいな。」
 そう、呟いて、彼もまた後を追って走り出す。
 3年ぶりの再会に、邪魔者をこれ以上増やすつもりはなかったのである。





 城の入り口……吹きぬけになっているロビーの手すりに、彼女は立っていた。
 リオがその姿を認めて、ホッとする。
 少女は守護神像の側に立っている。その目が像を見上げているような気がして、リオは笑顔になる。
「この像は、ジュドさんって言う人が……。」
 説明しようとした、まさにそのとき。
「リオっ! 止めろっ!!」
 シーナが、慌てて叫んで駆ける。
 何のことだかわからないリオは、きょとんとシーナを振りかえった。
 その一瞬の隙を縫って、ルゥは手すりに手を乗せたかと思うや否や、2階の高さにあるそこから、ひょい、と身を躍らせた。
「あーっっ!!」
 シーナが叫び、リオもそれに吊られて振り返る。しかしそこにルゥの姿はない。
 慌てて手すりから身を乗り出した二人の目に。
「やっほーっ! ルック。おっひさーっ!」
 ぶしっ
 石板の守人をしていた魔法使いの上に着地した美少女の姿が見えた。
「……………………。」
 いつものように石板の横に立っていた少年は、無残にも2階から飛び降りてきた少女の下敷きになっている。
 しかし少女はそれにかまわず、彼の上に乗りながら、地面と激突した彼の美貌を覗きこんだ。
「3年ぶりだね、ルック。元気?」
「……………………。」
 答えず、ルックは肩を震わせた。
 今日は朝から嫌な予感がしていたのだ。
 それがまさかこういうことだなんて、思っても見なかったが。
「僕はねー、結構元気だよ。」
 聞いてもいないのに、そう答えてルゥは笑顔でルックを覗きこむ。
 ルックはきつい目を彼女に向けたが、そんなことで答えるような少女ではないのは重々承知である。
「……重い。」
 だから、ぽつり、と呟いてやった。普通の少女なら、ショックを受けるに違いない言葉だったのだが、彼女にはそんなこと通用しなかった。
「あ、やっぱりわかる? 当時に比べて結構ふくふくしてきたんだよー。バナーでいいもの食べたからかな? 成長はしないけど、肉はつくものなんだね。」
「…………重いから、どけって言ってるんだけどっ!?」
 仕方なく声を荒げると、ちょうど階段から降りてきたリオが、叫んだ。
「ルックっ! ルゥさんになんてこというんだよっ!!」
 そして、ダッシュで駆け寄ってくる。シーナはその後ろから、こんなことだろうと思ったぜ、という表情で歩いてくる。
「言わなきゃどかないんだよ。」
「言ってもどかないときも有るけどね。」
「…………どけよ。」
 にこにこにこにこ、と笑顔のまま、ルックの上に乗ったままのルゥに、彼は剣呑に呟く。
 ルゥはそれにはまるで答えず、偶然だよねぇ、などと呟いている。
「こんなとこで会えるなんて、思っても見なかったよ。ほんと。」
「勝手に国を飛び出たのは君じゃないか。」
「だってしょうがないじゃない。女心なんだから。」
「………………は?」
「そのときの気分だよ、気分。」
 ばしばしと、笑いながら背中を叩かれて、ルックは溜息すらつきたくなった。
 3年の月日がたったら、女というのは劇的に変化すると言っていたのはシーナだった。
 しかし、この外見はまるで変わっていない少女は、悔しいくらいに中身も変わっていないようであった。3年もの月日は、一体彼女にどういう影響を及ぼしたというのだろう? 何も及ぼしていないような気がする。
「それにしても、ルック? 君どうして成長してるわけ?」
 言われると思っていたことを聞かれて、ルックはげんなりする。
 他の昔馴染みの奴らは、ルックが成長しないだとか、真の紋章持ちは不老だとか、そういう知識を遠く感じているらしく、ルックが成長していることにも無関心だった。ただフッチが、少し不思議そうにしていたくらいで。
「あーあ、ルックだったら僕に付き合ってくれると思ったのに……あっ! もしかして、僕と身長差がそんなに無かったのが、結構ショックだったとかっ!? 僕は別に気にしないけど──。」
 くり、と首を傾げる少女に、ルックはいい加減体中が痛くなってきて、文句の一つもこぼしたくなってきた。もちろん遠慮する気などない。
「シーナ……。」
 リオが困ったような表情でシーナをあおいだ。
 どうしてルゥさんが、ルックと親しそうなのか、すごく聞きたそうな表情である。
「あー…………それはなぁ……──。」
 答えかけつつも、シーナとしてもあまり口にしたくないことなのか、彼はそれきり天井を睨み付ける。
「いい加減どいてくれないっ!? 重いし、骨が当たるし、痛いんだよっ!!」
「えーっ!? そんなことないよぉ? 不老とは言えど、肉はついたもん。胸だって、ちょっと大きくなったんだからっ!」
 ルックの言い分は聞く気がないのか、少女は少年の上からどかず、細い腰に手を当てて胸を張った。
 ルックがそれに苛立ちと脱力を同時に覚えると言う、実に器用なことをしたとき。
「それくらいにしといてやれよ、ルゥ。」
 それ以上二人がくっついているのを見たくなかったらしいシーナが、苦笑混じりにルゥの体を抱き上げる。
 彼女の腰に手を当てて、ひょい、とルックの上からどかした。
 重いとルックもルゥ自身も言っていたが、彼女の体はまだ軽すぎるくらいで、シーナは何の苦労もなく彼女をルックの上からどかせることに成功する。背後でリオが悔しそうに叫んでいたが、それに関しては聞かなかったことにする。
「シーナ?」
「良い匂いがする。」
「あー、家を出るときに、お風呂入ったから。」
 元々ルゥは、グレッグミンスターに住んでいたときから、過剰なスキンシップには慣れていた。父のテオにしかり、保護者のグレミオやパーンにしかり、そして、親友のテッドにしかり。
 だからこそ、同年代の男の子にしても特に危機感を抱いたりはしない一面を持つ。それでも大丈夫だったのは、きっと彼女自身のカリスマと回りの牽制のおかげであろうが。
 だから、シーナが抱きしめるようにしてルゥの髪に口付けたとしても、それは彼の親愛の情であり、それ以上の感情として受け取れない。
「確かに3年前よりは肉はついたけど……まだまだ痩せすぎじゃないか?」
 シーナがそれにかこつけるようにルゥを抱きしめると、身を起こしたルックが、じろりと視線をやった。
 服についた埃をわざとらしく音を立てて払っているさまを眺めて、シーナはルゥには見えないように、にやり、と笑った。
「ルゥさんっ!」
 リオがライバル心を燃やされて、シーナからルゥを引き剥がす。そしてその勢いのまま、ルゥの両手を握り締めた。
「ルゥさんはそれくらいがちょうどいいんですよっ!!」
「…………そ、そう?」
 きょとん、と目をみはって、ルゥはリオの顔を見つめた。
 その視線がリオの背中の向こう……やってられないとばかりに歩き出すルックに向けられた。
 ルックの背中が、階段へと遠ざかって行く。
「おいっ! リオ、お前なにドサクサにまぎれてルゥの手を握ってるんだよっ!」
 どけられたシーナが逆襲とばかりにリオの体を引き剥がすと、ルゥはぽつん、と放り出される。
「何言ってんだよっ! シーナなんて今、抱きしめてたじゃないっ!!」
「俺はいいんだよ、俺はっ!」
 言い争いをはじめる二人を背後に、ルゥはルックが上がっていった階段を見上げた。
 そして、そのままニ、三歩進んでから、
「ごめんっ、また後でねっ!」
 軽く片手を挙げて、そのまま階段を一気に駆け登る。
 掴み合いになりかけていた二人は、は? と見やるが、そのときにはすでにルゥの体は2階へと消えていた。
「…………また遅かったってことかよ。」
「うそでしょー??」
 シーナの忌々しげな台詞に、リオが天国はどこかと聞きたいような表情で、呟いた。






 まるで昔のようだと、未だに鮮明に思い出せる……そして思い出したくないあの当時がよみがえる。
 階段を上って、窓からは潮の匂いのする湖が見える。
 ざわめきが城中を覆っていて、そこから出ると、風の溢れる──外に出る。
 喧騒からは遠い、静かなその場所が、いつも物思いにふける場所だった。
 自分の部屋からしか行けない、階段も何もなかった屋上。
 そこに来ることが出来たのは、風を操る少年だけだった。
 この城は、危ない目をしてまで上らなくても、階段があったから、当時より格段に楽に彼に追いついた。
 その髪が、風に泳いでいる。
 その服が、ばさばさと音を立てている。
 あの時よりも高くなった背。
 あの時よりも、やわらかになった印象。
 背中は、でも、変わらない。
「また、一緒に戦えるね。」
 風の中、声をかけるけれど、答えは返ってこない。
 わかっていながら、彼女は彼のトナリに立った。潮風が感じ取れる。この湖にも、潮っけが混じっているのかもしれない。
「……どうして。」
 不意に彼が呟く。
 その言葉の先を求めるように彼の方を向いたら、ルックはまっすぐにルゥを見つめていた。
「どうして戻ってきたりなんかしたのさ。──もう戦争は嫌だって、そう言ってたじゃないか。」
「嫌だから戻ってきたんだよ。……傷つかないように逃げてるのは、ごめんだから。」
 誰かが、彼女の瞳は魅了眼だと言っていた。
 その瞳に捕まったら、決して帰れはしないと。
 きっぱりと言いきるそのひとみがまぶしくて、ルックは再び視線をずらした。
「僕には、わからない。」
「うん、わかられても困るし。」
 ルゥが頷いて、再び二人の間に沈黙が下りる。
 黙っている空間が、居心地が悪いわけじゃない。
 その証に、ルゥはどっか気持ちよさそうに風に当たっていたし、ルックは無言で湖の向こうを眺めていた。
 しばらくして、
「一緒に戦うって、トランの義勇軍でも率いるつもりかい?」
 ルックが尋ねた。嫌な予感とともに。
 すると、ルゥは笑顔で答えてくれた。
「ううん。個人的にリオに力を貸すだけだよ。だから、遠征とかにはついていかないつもりだよ。」
 …………ならば。
 ならば。
「…………もしかして、さっきの一緒に戦うって……?」
「うん。また僕の前に立ってね、ルック。Sレンジでしょ、今回も。」
 ルックの脳裏によぎった、解放軍時代の嫌な出来事ナンバーワン、「戦闘の刻は、いつも最前列」という事実が頭を掠めた。
 引きつったルックに、ルゥはわかりきったような笑顔を浮かべる。
「ルック、僕のこと、守ってくれるよね? なんていっても、今回は美少年攻撃とかいうのもあるらしいし?」
 ルゥのその台詞には、ルックは綺麗な笑顔を飛ばして尋ねた。
「そこから突き落としてもいいかな、ルゥ?」
「い・やv」









「一緒に戦うときにね、後ろに立たれるのはいやなの。守りたいとか、そういうのじゃなくって……見えないから。その人の存在しかわからないから。そうするとね、その人が本当にそこで生きてるのかとか、そういうのが分からなくなるような気がするんだよ。
 だから、──ちゃんとそこにいて、どうなっているのか、見ていたい。特に、大切な人はね。」

「でも最前列に置いたりなんかしたら、すぐにやられちゃいますよぉ?」

「…………それでも、見ている安心感と、守られている優越感の方が勝っちゃうから、困り者なんだよ。」





「君に会えたことを後悔したいのに、できないのって……なんか悔しいね。」







めいふぁ様へ


 こちらが、2主とシーナが出てくる、ルック坊の第二弾です。
 一応前回と、すこぉしつながっていますので、その点ご了承下さい。

 それにしても、シーナとの絡みが多いのは、一重に私の…………ごほんっ。

 よろしかったら、2作そろってお受け取りください。


ゆりか