最前線に立とう

1主人公:ルゥ=マクドール


「ルックっ!!」
 甲高いけれども、耳に心地良い響きのある声が、自分の名前を呼んだかと思うや否や、意識は昏倒した。
 意識が失うかと思う直前には、めったにお目にかかれないような美少女が、焦ったような顔をして自分に駆け寄ってくるのが見えていた。
 暗くなる視界と、遠ざかる意識を感じながら、ルックは心の奥底で思った。
──誰のせいでこんな目にあってるのか、わかってるのか? ……ルゥ=マクドールっ!
 と。
「ルックっ!!」
 叫んで、ルゥが前に出る。
 敵の全身を乗せた攻撃をまともに受けてしまったルックは、プライドにかけてなんとか意識を保つ。
 目の前が真っ暗になって、頭がカッと熱くなっていた。
 遠くで誰かが叫ぶ声もする。
「ルゥっ! 無茶をするなっ!!」
 それは、いつも最前列で闘っている男の声のような気もしたし、後列でいつもルゥの隣にいた男の声のような気もした。
 ルックは、先程受けた痛みにくらくらするあたまを抑えて、地面にひざをついたまま、虚ろな視線を上げた。
 すぐ目の前に紅い服が見えた。
「くっ……。」
 思った以上に間近に食いしばる音が聞こえる。それが誰のものなのか、考えずともわかった。
 ぎり、と音がするくらいに歯を食いしばっている。
「ルックっ!」
 向こうで誰かが叫んで居る。
 その人物も、迫ってきた敵を相手するのに、こちらから意識を反らす。
 ルックはあたまを振って、右手に意識を集中する。今つけているのは水の紋章だ。これくらいの傷は自分で直せる。ルゥがあまりにも自分を最前列に置くので、水の紋章を常に身につけるようにしているのだ。
 意識を集中しようとするのだが、
「ルゥッ! 今いくっ!」
 叫んだ野太い声に集中が途切れる。
 つい意識が目の前に行く。更に自分に攻撃を加えようとしている敵に、一人立ち向っている少女へと。
「ルックっ! 僕を気にしないっ!!」
 まるでルックの意識がこちらに向いているのを知っているかのように、少女は叫んだ。
 その表情はどんな風なのか見えない。視界がぼやけて彼女の腕が震えているのも分からない。ただ、声が力を持っていた。まるでまだまだ余裕があるといいたげに、力に満ちていた。
 だから、ルックはその言葉に従わざるを得ない。リーダーの力ある言葉に、身体が従う。
 水の紋章が光、ルックの身体が包まれたかと思うや否や、目眩すら覚えていた意識が一気にクリアになった。
「……──ルゥ。」
 呟いて、自分を庇う少女を呼ぶと、彼女は答えずルックの前に跪いたまま棍を持つ手にチカラを込める。
 敵の操る剣が、ぎりり、と嫌な音を立ててルゥが持つ棍をじわじわと押していく。
 すぐそこにはだかる少女の邪魔にならないように、ルックは呪文を唱え、紋章の力を解放した。
 辺り一面に霧が立ち込め、敵がためらうかのような一瞬が在った。
 ルゥはそこを見逃さず、棍を跳ね上げ、そのまま一歩踏み入れる。そして、腰を捻るようにして棍を振る。
 どごっ!
「…………っ!」
 ルゥがきつく唇を噛み締めて、敵を攻撃した衝撃に耐えたのを感じ取る。
 ルックが険しく眉を顰めると同時、マントを翻してフリックが駆けつけてくる。
「ルゥっ! 何無茶してるんだ、お前はっ!」
 そして、そのまま倒れ掛かったルゥの身体を支える。
 何が起こっているのか分からないルックの元には、ビクトールが駆けつけてくれた。いつもの最前列メンバーである。
「ルゥさんっ!」
「ルゥ様っ!」
 未だフラフラするあたまを抑えているルックの側にはビクトールがついて、走り寄ってきたキルキスはそのままルゥの側に膝を付けると、紋章のチカラを出して、癒しの術を使った。
 フリックの腕に支えられて、ルゥは腹を抑えている。
「……?」
 尋ねるようなルックの視線に気付いたクレオが、苦笑いしながらルックに首を振る。
 大丈夫だといいたいのだろうが……と、ルックは無言でビクトールを睨み付けた。何が起こっているのか教えろ、との視線である。
 ビクトールはルゥとキルキス、フリックの方を見ながら、難しい表情で片眉をあげた。
「ちょっと敵の攻撃を受けただけだ。」
「ルゥが?」
 後列にいて、あの器用なまでに要領のいい、あの少女が?
 いぶかしむルックに、ビクトールはちらり、とルゥの様子を伺った。
 彼女は疲れたような笑顔でキルキスに笑いかけている。よく見ると、服の脇の辺りが破れている。
 あそこに攻撃を受けたということなのだろうが。
「全く、突然よそ見なんかするからだぞ。」
 フリックが呆れたように呟く。
「……ごめん。」
 ルゥはそれに応えて、ほんわりと微笑む。
 ビクトールは、ルックにばれないように、フリックに苦笑いを浮かべる。
 折角隠していたのに、ばらすな、といいたげであった。
 そこで、ルックは理解してしまった。
 つまり、ルゥは──自分が攻撃を受けたのに気を取られて、攻撃を受けてしまったということだ。
 その身体で、ルックを守ろうとしたと、そういうことだ。
「……──ふざけるなよ。」
 ぼそり、と呟いたルックの声は、幸いにしてか、誰にも聞こえなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 真正面には、優雅に紅茶をすする少女が座っている。
 戦闘に邪魔になると言う理由で、初めて会ったときには長かった髪を切りそろえてしまっている。柔らかくて手触りのいい髪だったのだが、彼女はそれを惜しいとは思わず、切りそろえた。それも、自分の目の前で。
 確かにちょっとした不注意で、彼女の髪を焦がしてしまったのは自分である。宿した火の紋章を扱うときに、彼女が敵に攻撃しようとしたタイミングを間違えて、彼女ごと焼き払おうとしてしまったのは悪かったと思っている。
 だからといって、決してわざとではなかったのである。
 にもかかわらず、彼女は自分の目の前で髪を切り、それからというもの……戦闘に出るたびに、自分を最前列に放りこんでくれる。
 まるで、2度とあの過ちが繰り返されないようにと、そう考えているみたいに。
 ルックは、正面でお茶を飲んでいる彼女を不本意ながらも眺めた。
 象牙の肌。漆黒の髪。父親譲りの利発な瞳と意思のある光。惹きつけられずにいられないと、皆が言うそのエネルギー。みずみずしいばかりの体は、幼いながらも形よく整っている。
 細い華奢な体からは想像も出来ないくらいに強いのはよく知っていたし、彼女自身もそれに関しては自負しているはずだった。
「ルゥ……。」
 ルックは、慎重に彼女の名前を呼んだ。
 赤月帝国の五将軍の一人である、百戦百勝将軍、テオ=マクドールの娘にして、この解放軍のリーダーである少女の名前を。
 彼女はちらり、と長い睫を揺らしてルックを見やった。
 そして、細い首を曲げて、首を傾げるようにして、少女めいた美貌の少年を見やった。
「なぁに? ルック。」
 穏やかな口調である。到底怒っているようには見えないし、それどころか、今日の遠征のことを後悔しているようにも見えない。
 今日、ルックがここに彼女を呼び出した理由など、明白なことであろうに。
「なぁに、じゃないよ。……わかっててここに来たんだろう?」
 だから、苛ただしげにそう言うと、彼女はきょとん、とした表情になった。
 ここは空中庭園である。
 トラン湖の真中に位置する、解放軍の砦の中で、景色よく、香よく、そして綺麗な花が咲き誇るという、文句ナシの上流階級の方々が作った庭園であった。
 その中央に置かれたテーブルに腰掛けて、彼女はお茶を取っていたのである。一方彼女を呼び出したルックはというと、不機嫌そうに腕を組んでいる。
 ルゥが思い出すのは、さきほど、遠征から帰ってきたことをマッシュに報告しに行った帰りのことである。
 このまま部屋に戻ろうとしたスイを、ルックがひきとめたのである。ちょっと話があるといって。
 そこでルゥは、それなら、とこの空中庭園に誘ったのであった。
「わかっててって、……デートのお誘いじゃないの?」
 可愛らしく首を傾げながらのその台詞に、ルックのこめかみが揺れた。
 先ほどの遠征で、ルックは何度か戦闘不能になって倒れた。そのたびに、彼女におくすりを貰ったりしたのは覚えている。
 しかし、だ。
 倒れた原因でもあるのは、この少女なのである。
 自分は魔法使いだというのに、この少女は自分を最前列においたのだ。それも、ルゥ自身の真正面である、ど真ん中に。
 どうして敵の攻撃を受けずにすむのだろうかっ!!
「デートっ!? だれが、誰をっ! 誘ったって言うんだい?」
「ルックが、僕を。」
 ルゥは見た目が可愛いことこの上ない美少女であったが、言葉使いや態度が、さばさばしていて、ちょっと男の子っぽかった。
 恐らくテオの娘であるという意識がそうさせているのだろうが、これが根本からの性格だということは、彼女を育てた青年も認めていたことである。
「どうして疲れたその日に、君をデートに誘わなくちゃいけないんだよ?」
 いまいましそうに呟くルックに、そうかなぁ、とルゥは首を傾げる。
「そういうものじゃないの? せっかくのお休みなんだから、好きな人と一緒に過ごしたいじゃない?」
「好きな、人……?」
 あからさまに嫌そうな表情で、ルックが尋ねると、彼女は微笑みながら頷いた。
「そうじゃないの? だって、ルック、僕のこと好きでしょう?」
「どうしてそう思うんだよ?」
「だって、僕もルックのこと好きだもの。」
 にこ、と可憐な微笑みを浮かべられて、正直な話、ルックはめまいすら覚えていた。
 子供は嫌いだ。
 これほど自分の気持ちを素直に言い表しながらも、実はそれが本心ではないような、そんな気を抱かせる彼女は、そういう意味では子供じゃない。子供ではないけれども……。
「……それとも、ルック、僕のこと、殺したいくらい、きらい?」
 ちょっと上目遣いに見てくる目が、微かに笑っているのに気付かないルックではない。
 だから、そこで鼻で笑って、そうだよ、と答えてやると、彼女はそれはそれはうれしそうに笑った。花ほころぶ笑顔というのは、まさにこのことだろうといわんばかりのそれに、不本意ながらちょっと目を奪われてしまった。
「よかった。ルックに好かれてるみたいで。」
「…………誰が、君を好きだって言ったんだよ?」
 かちん、ときて言って見ると、彼女はやわらかな髪を揺らして笑った。
「わかるよ。だって僕、ルックのこと、ずっと見てるもの。」
 これがただの言葉遊びの延長なのか、本心なのか、悔しいけれどルックには見ぬけない。
 そう言う意味で、この可憐で華奢にしか見えない少女は、正真正銘の「軍主」なのだ。
 小さな頃から英才教育を受けつづけ、この解放軍に参加してからは、めきめき実力をつけてきたし、暇な時間があったら、仲間達からいろいろな技や経験を学んでいる。
 吸収するのも早ければ、育つのも早い、まれな逸材の彼女に、魔法についての講義をしたこともあるルックは、苦虫を噛み潰したような表情になった。
 それから、このままでは彼女のペースだと思いながら、軽く深呼吸をした。
 そして、真剣な表情で攻め寄った。
「そんなことはどうでもいいんだよ。僕が言いたいのは、どうして僕を前列に置くかってことだ。」
 そうだ、問題はそこなのだ。
 いいかげんにしてほしいのである。
 ルックは確かにロッドを使っているので、Sレンジである。最前列で闘わなければ殴打はできない。
 だが、非力で知られる魔法使いが、どうして最前列で敵を叩く必要があるのだろうか?
 本来魔法使いというのは、後列から魔法で牽制したり補助をしたり、そういうのが役目のはずである。何が楽しくて、殴打などという、スマートじゃない闘いかたをしなくてはいけないのだろう? よりにもよって、ルックが一番嫌っている闘いかたを。
「しょうがないよ、僕も女の子なんだし。」
 しれっとして、答えにもなっていない答えを返してくれた少女に、ルックのこめかみが音を立てたような気がしたのは、気の性ではないと思われる。
「だから?」
 いつものまろやかな声ではなく、地を這うような声でルックは尋ねる。
 鼻腔をくすぐるのは甘く切ない花の香り。心地いい風が髪を軽く揺らした。
 その優しい空気にはまるで似合わない、凍り付いたような空気が流れた。しかしルゥは、まるでそんなことに気付かないように気負わない様子でお茶を啜った。
 そして、
「だから、好きな人には守って欲しいな、っていう可愛い乙女心だよ。」
 にっこりと、男殺しな台詞をはいてくれた。思わず顔を紅くするどころか、肩の力が抜けた。
 ルックはそのままテーブルにひじを突いて、額を手で覆う。
「最低。」
 ぼそ、と呟いた少年に、彼女はにっこりと笑った。
「べつに僕は、ルックを守ってもいいんだけどね。」
 腕前には自身あるし?
 にこ、と笑う少女に、ルックは何も言わず空を見上げた。
「僕は君たちとは違って、頭脳派なんだけどね。」
「じゃ、その頭脳を使って、最前列でも生き残る方法を考えてね。」
 これ以上言う事はないといいたげに、ルゥは笑った。
 その笑顔を前にして、ルックは……無言で紅茶を啜った。やや肌冷たい風を浴びて、湯気を立てていた紅茶は、冷めかけていた。
 それを一気に煽って、ルックは正面の少女に目を向けた。
「君も、お飾りじゃない頭で、僕を守ってる場合じゃない事くらい、理解しなよ。」
 そして、そう言い捨てる。
 苛ただしてなその台詞に、彼女はきょとん、としてから、プッと笑った。
「もしかして、さっきのこと気にしてるの?」
「……僕を最前列に置く必要性はないと思うけど?」
 彼女は着替えたらしく、白いシャツには敵の攻撃の跡など見当たらない。
 おそらくその綺麗な肌にもまるで跡がついてないだろう。綺麗に治療したはずだから。
 だけど、問題はそこではないのだ。
 詰め寄るルックに、ルゥは不思議な笑みを受かべた。
「しょうがないじゃない。必要に駆られてなんだよ。」
「必要っ!?」
 一体、どこがそうだというのだろう?
 防御も攻撃も低い値の自分を前に置くよりも、Lレンジであるクレオやキルキスが前列のほうがよっぽどいいと思うのだが?
 さらに整った顔を近付けたルックに、ルゥはくすくすと笑って、彼の唇に指を当てた。
「こういう時じゃないと、ルックが僕のこと庇ってくれないんだもん。」
 そして、本気なのかそうじゃないのか、笑いながら答えた。
 何がっ!? と叫ぼうとしたルックの言葉が終わらないうちに、彼女は立ち上った。空になったティーカップを持って、少女は微笑む。その意味深な微笑みだけが、答えだった。
 ルックはそれを見送って、口元を手のひらでおった。
「………………信じられない、あの馬鹿。」
 目だけは怒っているようにも見えたけど、手のひらで隠れてみえない目尻が少し紅く見えたのは──きっと、憤りのためだと、言い聞かせるのであろう。
 
 



たわいない言葉遊びみたいな告白っていうのは、結構好き








めいふぁ様へ。

 こんなのでよろしかったら、お持ち帰りしてください。
 女の子ぼっちゃんということで、性格はうちの極悪ぼっちゃんをベースに、名前だけ別の名前にしました。ややこしくなるので。
 とりあえず、ルックと坊(女)のラブラブ……かなぁ? です。
 これくらいが今の精いっぱいかな?
 もう一つはあと少しお待ち下さい。
 

ゆりか