いつもじゃない夜
※ネタ的に、グレ坊的要素がたっぷりあります。
嫌いな人は退出しましょう。
夜も遅く、その屋敷の主は厨房の椅子に腰をかけたまま、鍋にくすぶるシチューの残りを見つめていた。
お風呂から上がって随分たつため、頭を拭いたタオルすら、乾いていた。
肩からかけたタオルを指で弄びながら、スイは無言でシチューを見詰めた。
しかし、そうやっていても、いつもなら優しく語り掛けてくる声はない。
同盟軍に力を貸すようになって、この家に居着くのはとても少ない。その少ない時間、いつも一緒にいた人がいない。
帰ってくると真っ先に出迎えに来てくれたのに、今日は迎えに来てくれるどころか、鍋にシチューを残して未だ帰ってこないのである。
お風呂にも入った。クレオとパーンは自室にこもって、すでに寝ている時間だ。
グレミオはどこに行ったのかと聞いたのだが、二人もさあ? と首を傾げるばかりであった。
スイは不機嫌な顔のまま、テーブルに顎を置いて目を据わらせる。もしこのまま朝まで帰ってこなかったら、どうしてくれようかと苛立ちすら覚えていた。
そうこうする内に、夜もふけきって、先程まで聞こえていた犬の遠吠えどころか、外からは物音一つとして漏れてこない。
同盟軍から帰ってきてそのままのせいか、スイは身体が疲れていた。
そのまま黙って机にうつ伏せになっていたのがいけなかったのか、気付いたらうとうとしていた。
眠気に負けて、こっくりこっくりとし始めた頃……。
がたんっ、がたがたっ。
音が、玄関から聞こえた。
はっ、と我に返ったスイが、咄嗟に手を伸ばし、テーブルの上に置いてあった棍を手にした。そして、そのまま立ち上った。
がたん、と再び音がして、続けてがちゃん、と扉の鍵をおろす音が聞こえた。
その音を聞いて、スイはグレミオが帰ってきたのだと気付く。
咄嗟に握っていた棍をおろそうとするが、少し考えてそのまま持っている事にする。
どちらにしても、こんな時間に帰ってくるなんて、とんでもないことだからだ。
なんていってお仕置きしてやろうと、考えながら厨房を出ると、ふらふらと歩くグレミオの影が見えた。
むむ、とスイが眉を顰めた。
「……〜♪♪」
上機嫌な鼻歌まで聞こえて、スイは更に眉を顰める。
棍を握った手の平が震えた。
そこはかとなく、酒の匂いもする。
つまり、グレミオは今まで飲んでいたわけだ。
「……っのやろう、酒は絶ったとか言ったくせに……。」
ぼそ、と呟いて、スイは静かに棍をおろした。
そしてその足でグレミオに近づく。
「〜〜♪」
「グレミオ、お帰り。」
にっこりと微笑んで、スイが聞くと、彼は白い頬を紅潮させて、スイを見た。
「ああっ! 坊ちゃんっ! お帰りになってたんですねぇっ!」
赤い頬が、どう見ても酔っ払っているようにしか見えなかったが、スイにはよく分かっていた。こいつはこの程度で酔うようなやつじゃない。
「……ただいま。」
うっすらと微笑んでやると、グレミオはそれに気付かず、酒の匂いをにじませたマントを翻してスイの華奢な身体を抱きしめた。
そしてうっとおしいくらいにほお擦りをしてくる。
スイは溜め息を吐いて、それを片手で退けると、整った男の顔を間近で見詰めた。
「グレミオ、今日はどこで飲んでたの?」
「ええ? あー、それはですねぇ、カミーユさんが──。」
「へぇぇぇ、カミーユと飲んでたんだぁ。」
こんな時間まで?
にっこりと笑って、スイがグレミオを見上げる。グレミオは嬉しそうにスイの腰に手を回したまま頷く。
「はい! いろいろなお話を聞かせていただいてたんですよ〜。坊ちゃんにも後からお教えしますね。」
にこにこにこにこ、と笑うグレミオの口からも酒の匂いがして、スイは嫌そうに顔を背けた。
「……教えてくれるもなにも、お前一体いつから飲んでたんだよ?」
嫌そうに顔を背けるスイの頬に手をあてて、ぐい、と自分の方を向かせたグレミオが、お帰りなさいと囁く。
そのグレミオの頬を、乱暴に手の平で叩くようにして、近付いてくる顔をどけて、スイはもう一度尋ねる。
「こんなに酒くさくなるまで、どこで! いつから飲んでたんだよっ!?」
今はすでにお化けの出る丑三つ刻も過ぎているような時間である。今からだと、日付が変わったのは……というよりも、明け方まであとこれくらい、と数える方が早いに決まっていた。
普通、こういう時間まで男女が一緒だというと、悪い噂を立てられても文句は言えないのである。
それも、相手はカミーユである。槍術指南役である彼女は、どう見ても純愛風には見えないのにも関わらず、未だにグレミオの事が好きなようであった。三年ぶりの再会の時に、真っ先にグレミオに抱き付いていた辺りがまさにそれを物語っていた。
グレミオはそれに気付いているのか気付いていないのか、スイの前ではチリとも見せないが。
だからといって、この男が据膳を食わないはずはない。とはスイの持論である。
実際今まで自分の身で経験してきた事だから、それはハッキリと言い切れた。
「グレミオったらっ!」
答えずにスイの髪に頬を摺り寄せているグレミオの背中を叩くと、グレミオは真っ赤にした顔を蕩けるような微笑みに溶かして、スイを覗き込む。
「ああ、坊ちゃんのお声を聞くのも久しぶりですねぇ。」
「…………何浸ってんだよ、お前はっ!」
幸せそうにのたまう彼のその言葉が、計算づくされているのか、本心からなのか分からなかったが、思わず赤くなってしまった自分を失態に感じて、スイは俯く。
それを待っていたかのように強く抱きしめられて、服に顔を埋めるはめになった。
仕方ないな、と酔っ払いの態度に付き合おうかと、溜め息をついたスイは、ふと気付いた。
甘い酒の匂いに混じって、化粧の匂いがするような………………。
「グレミオー!! お前やっぱり食うだけ食ってきただろっっ!!」
ぐいっ、とグレミオの胸を押して、彼の腕から逃れると、実は持ったままだった棍をひゅん、と振り回した。
「人が帰ってきて、ずぅっと待ってたって言うのにっっ!」
いつもグレミオを一人にして、ずっと待たせているということは棚にあげ、スイはキッと睨み付けた。
グレミオはきょとん、として自分の腕を見てから、戦闘態勢に入っているスイを見て──はぁ、と首を傾げた。
「そりゃ、食べてきましたよ? 空っぽの胃に酒をいれるのは駄目ですからね。」
「酒に酔っての愚行ならまだ許すけどっ! そうじゃないっていうのなら、僕にだって考えがあるんだからねっ!」
いいながら、どうしてやろうかと思っていると、
「?? アントニオさんが折角腕をふるってくれたんですから、お酒に酔った舌で食べるのは確かに失礼だとは思いますけど……??」
「そう! ……って、え?」
「マリーさんもセイラさんも、お酒の前に食べたらっしゃいましたけど、それがいけないことなんでしょうか?」
首を傾げるグレミオに、スイも首を傾げた。
そしてしばらくの沈黙後、スイは無言で棍をおろすと、沈黙を誤魔化すようにグレミオに抱き付いた。
「お帰りなさい、グレミオっ! でもね、こんなよる遅くまでマリーの宿にいるのは駄目だよぉ?」
「…………────坊ちゃん、カミーユさんのこと、疑ってましたね?」
もともとそう酔っていなかったグレミオの目が冷めていくのを頭の上で感じながら、スイは更にグレミオの背中に回した手に力をこめた。
「お酒は絶ったって、言ってたくせに飲んでたグレミオに言われたくないよ。」
「坊ちゃんっ!」
「はいはい。」
「はいは一回ですよっ!」
「はーい。」
お酒の匂いをさせながらも、スイの酒の師匠でもある男は、真剣な表情でスイの顔を覗き込む。
「よろしいですか、グレミオはとにかくとしても、年頃のカミーユさんまでも疑うのはいけません! カミーユさんに好きな方がいらっしゃったら、一体どうなさるおつもりですかっ!」
「いや、カミーユは年頃じゃない気が……。」
「坊ちゃんっ! そんなことおっしゃったら、クレオさんはどうなるんですかっ!」
「酷い事言ってるよ。っていうか、グレミオも年が年なんだからさ、いいかげん女性と一緒だとどうなるのか考えなよね。」
ただでさえでも、マリーもセイラも、アントニオまでっ! カミーユがグレミオを好きだって知っているのだ。そんな面々に囲まれて、二人きりじゃないとはいえ、酒を飲むとは言語道断である。明日には、「デートしてた」とかいう噂が蒔かれている事間違い無しである。
「? 別にカミーユさんと二人じゃないですよ。今日は坊ちゃんのことで、レパントさんに呼ばれまして、その帰りに皆さんと飲みに行ってたんですよ。こちらへ帰ってきてからずっと、家の掃除とかに追われてましたから、まるで一緒させていただく機会がありませんでしたからね。」
「じゃ、誰と一緒だったのさ?」
マリーとアントニオと、セイラ、とかいったらどうしてくれようかとスイが物騒なことを考えていると。
「バレリアさんと、カイさんと、リュウカンさんと、そうそう、アレンさんとグレンシールさんもごいっしょに。」
「………………………………なんか、すごいメンバーだね。」
答えながら、なぁんだ、とスイはホッとして溜め息を吐いた。
これなら、カミーユだって、そうそう積極的な行動には出れまい。
溜め息を吐いたのを感じ取ったグレミオは、くす、と笑ってスイに微笑みかけた。
「何を心配されてたんですか?」
「んー、いろいろと。でもね、クレオやパーンにも何も言わずに行くのは駄目だと思うよ。」
「あ、そうですね。すいません。」
むむ、と軽く睨み付けてやると、グレミオが今更気付いたと言いたげな表情になって、スイは嘆息した。
理由が分かったといった所であろう。
つまり、城でカミーユ達一向に捕まり、ちょっとおしゃべりがてら御飯を食べるはずが、何時の間にか酒が入り、そのまま今まで飲んでいたと言った所だろう。
みんな、今ごろ酔いつぶれているのだろうなぁ、とスイは思った。
一見優男であるグレミオが、実は酒にとても強い事を知っているのは、マクドール家の人間のみである。というか、マクドールの元々の当主でもあった、スイの父がとても酒に強かったのだ。その晩酌をしていたマクドール家の居候達が、酒に弱いわけはないのだ。
グレミオもそうやって鍛えられているし、スイはそのグレミオから酒の手ほどきを受けているし、父の血筋も影響して、強い事この上ない。
クレオがその場にいたら、もう少し早いお開きになっただろうに。
「それに、お前酒は絶ってたんじゃなかったっけ?」
「それはそうなんですけどねー。坊ちゃんがお帰りにならないから。」
「……は?」
「坊ちゃんがお帰りにならないから、なかなか寝付けなくって、最近は少し寝酒をするようになったんですよ。」
「────僕のせいかよ。」
ち、と舌打ちするスイを、行儀が悪いですよ、とグレミオが注意した。
グレミオの背中に手を回したまま、スイは溜め息を吐いた。
「ま、いいや。向こうはしばらく戦闘に入るらしいから、当分こっちにいるから。」
「そうですかっ!」
きゅむ、と抱きしめられて、スイは酒臭いマントを引っ張る。
「グレミオっ! お酒臭いっ! 服脱いでからにしてくれる?」
「はーいはいはい。今脱ぎますからねー。」
「はいは一回っ!」
叫んだ途端、グレミオはそのまま黙ってスイの身体を抱きしめる。
そして同時、ずし、と体重がかかったかと思うと、そのまま廊下に二人そろって崩れ落ちた。
「わわっ! なんでこんなとこで……っ、って、まぁ、こんなことだと思ったよ。」
グレミオの体重を受けて、スイは廊下に尻餅を付いた。
そしてその体勢で、自分の胸元に顔を落とす男を見やった。
金の髪がザンバラに背中に落ちている。
そして、服の上にかかるのは、穏やかな寝息であった。
「ぐーれーみーおー。こんなとこで寝てても、困っちゃうんだけどなぁ?」
ぐい、と髪を引っ張って見るが、反応はなかった。
「…………仕方ないなぁ。」
乱暴に足でグレミオを蹴りあげると、自分の上から男の体をどける。
そしてすぐそこにあるグレミオの部屋に入ると、ベッドの上からシーツと毛布を剥ぎ取った。
両手にそれを抱えて持ってかえってきて、グレミオの元にやってきて、バサバサと落とした。
続けてグレミオの両腕を捕まえると、彼の身体を近くの壁に引きずった。
グレミオの身体を壁に預けると、その上から毛布とシーツをかけた。
「ふぅ、ま、これで……。」
言いながら、スイはグレミオを少し眺めて、少し首を傾げた。
そのあと、グレミオの隣に座って、毛布の裾をあげて、胸元に耳を当てる。
とくん、とくん、と響いてくる音に、口元を綻ばせるように微笑んだ。
そうして、定位置を決めるようにもぞもぞと動いた後、グレミオの腕を自分の肩に回して、右手でしっかりと腕を固定した。それから彼の胸を枕がわりにして、そのまま目を閉じる。
「♪」
ちょっと幸せな気分に酔いしれながら。
お酒の匂いに混じって、グレミオの匂いがするのを感じながら、僕も匂いに酔ったかな、なんて思って。
翌朝──
「…………坊ちゃん!!」
「うわわっ! ちょ、ちょっとグレミオっ! なに朝から元気なんだよっ!!」
「ああ、朝からグレミオは幸せですっ!」
「幸せはいいからっ! いいから、頼むから、ちょっと、離してよぉぉっっ!」
半分泣きが入った声で、寝起き早々グレミオに抱きしめられたスイは、昨夜の自分の行動を後悔したその瞬間。
「…………────坊ちゃん、グレミオ、お願いですから、朝から廊下は止めて下さいね。」
いつもの寝起きの悪さを爆発させて、暗雲を背負ったクレオが、のそぉ、と廊下に立っていた。
「クレオ!?」
「クレオさんっ!?」
驚きのあまり叫んだ二人に、クレオは溜め息とともに告げた。
「パーンが起きてくる前に、お部屋に移って下さいよ。それなら、昼まで起きてこなくても、いいですから。」
「ちょっとクレオ!? 何僕を売るようなこといってるのっ!?」
「はいっ! それじゃ、おやすみなさい、クレオさんっ!」
「うわっ! グレミオ、おろせっ! 僕は寝るなら自分の部屋で寝るからっ!」
「駄目ですよ♪」
「うーわーっ!」
ふあ、とあくびを噛み殺しながら、クレオはグレミオの部屋に消える二人を見送って、そのまま何事もなかったかのように厨房へと歩いていった。
……勿論、グレミオが上機嫌で起きてきたのは、お昼御飯どきだったのは、言うまでもあるまい。
ほのぼのらぶらぶって、むずかしい……
橘真様
ごめんなさいー。
どうしても、どうしてもー、うちは「ほのぼの」じゃなくなっちゃうみたいですぅぅー。
なんかいっつも、狐と狸のばかしあい状態なような気が……(-_-;