囚われの英雄?
※ちょっとネタにカップリング入ってます。
レパント親子と坊ちゃんで(笑)
嫌いな人は退出してね。
ナンパしているところを、軍主に捕まったシーナが、ずるずると引きずってこられた先は、いつものグレッグミンスターの、とある屋敷であった。
が。
「ええっ!? スイさんいないんですかぁ?」
元気良くいつものお迎えをしたリオを待っていたのは、目当ての人がいないという情報であった。
いつも出迎えてくれるグレミオが、エプロンで手を拭きながら穏やかに答える。
「ええ、朝も早くからお迎えが来まして、お城へ……。」
「お城っ!?」
がっくりするリオを家の中に招こうとしたグレミオは、リオの後ろから唐突に叫ばれて、きょとん、と目を見開いた。
そして声の主を見る。
そこに立つのは、この国の大統領の一人息子である。
ちなみに彼は、滅多にこの国に帰ってこないどら息子としても有名であった。
「あれ? シーナくん、珍しいですねぇ。リオ君と一緒に来るなんて。」
のほほーんとグレミオが笑った。その見るものを穏やかな心にする微笑みを見ても、シーナは顔を顰めるのみで何も答えない。
それを不思議に思ったナナミが、しゃらり、と髪を揺らして尋ねた。
「どうかしたの、シーナ君?」
「そんな顔しなくても、別に僕、今からお城に行こうなんて言わないよー?」
リオが笑ったが、それにもシーナは答えず、無言でグレミオを仰いだ。
「その迎えって、どんなのだったか覚えてます?」
珍しいとしか思えない真剣な表情に、グレミオはきょとん、としながらも、目を泳がせて記憶をたどる。
朝食の支度を終えて、クレオを起こしに行こうかとスイと話していた時に、彼らはやってきた。
時々レパントは、スイを前触れもなく呼ことがある。政治に関する事では聞く耳もたない態度を取ってきているスイではあったが、自分が旅してきた記憶が当てになるのだと諭されてからは(泣き付かれてからは)、三回に一回くらいは応じるようになっていた。
それが実は、レパントが単にスイと話をしたいがために設けられているに近いとは言っても。
実際スイが語る旅先の様子は、新生国であるこのトラン共和国にとって良い情報となった。政治的な意味で、経済的な意味で、そして広い国内を知るための手段の例として──多くの事で。
「そうですねぇ。いつもは昼過ぎくらいに来るんですけど、今回は夜明けと共にって感じでしたよ。」
「そいつら、胸に記章をつけてませんでした?」
そうやって真面目な顔をしていると、良い男だよねぇ、とリオがナナミに笑いかける。
ナナミはナナミで、そうだねぇ、と笑った。いつもの軟派な笑顔しか見ていないので、なんだか珍しいものだと思っているようである。
「記章……ああ、そういえば。これくらいの赤いのを……って、シーナさんっ!?」
グレミオが指でコインくらいの大きさを示したとたん、シーナは踵を返して走り出した。まっすぐに王城向けて。
「シーナっ!?」
驚いたリオが声を張り上げるが、彼は何も言わずにそのまま走り去ってしまった。
「…………? 何か私、いけないことを言いましたか?」
グレミオが尋ねるように呆然とシーナを見送る一同に尋ねたが、そんなの分かるわけがなかった。
ただ無言で頭を振った。
「──ま、そのうち戻ってくるでしょう。皆さん、ごいっしょにお昼でもどうですか?」
グレミオは一転して笑顔に変わると、家の中を振り返った。
微かに香るいい匂いに、残された他のパーティメンバーは目を交わした。
そしてにっこりと頷きあうと、
「それじゃぁ、お言葉に甘えて。」
グレミオを先頭に家の中に入るのであった。
門番は、ここ最近見なかった顔が切羽詰まったように押しかけてくるのに、恐怖すら覚えながら門を開けた。
絢爛豪華な城内を、彼は足音も荒く歩いていく。
チリ一つ落ちていない、ぴかぴかに磨き込まれて廊下を、いつもなら女の子に声をかけながら歩いていくところだが、今日はわき目も振らずに階段を目指した。
あれ? と幾人かが珍しそうにシーナを振り返るが、彼らは声すらかける間もなく歩き去っていくシーナを見送るしかなかった。
観光名所ともいえる場所は、ツアーを組んだ客が溢れていた。
英雄の部屋と呼ばれるそれの横を突っ切ると、そのまま突き当たりを右に折れて、そのままの足取りで階段を上った。
その先で、珍しく将軍の一人でもある女が立っていた。
彼女はまるで蹴り上がるように駆け上ってきたシーナを見て、目を丸くする。
燃えるような赤い髪を一つにまとめているところからすると、稽古をつけていたのだろうか。少し汗をかいた状態で、彼女は階段を下りようとしていた。そこでシーナに出会い、整ったキツメの美貌に微笑みを浮かべた。
「よぉ、シーナ。珍しいな、お前がここに来るなんて。」
親しげに話し掛けてくるのは、昔同じ砦で寝起きした仲だからでもあるだろうし、彼女に何度か稽古をつけてもらったからでもあるだろう(勿論、ただの話し掛ける口実だったのだが)。
シーナはその女性に話し掛けられて、やっと足を止めた。
マクドール家からここまで、ずっと走る位の速さでやってきたので、額から汗が落ちた。
「ちょうど良かった、バレリアさんっ! スイ! スイがここに来てるだろっ!?」
いつもなら苦笑するしかない口説き文句から始まる挨拶が来るのだが、今日は違った。
真剣な顔で彼はバレリアに食いつくかのようにそう言ったのだ。
「ああ、昼の時間だからと、先程レパント殿の私室の方から、空中庭園に行くとおっしゃってましたよ。」
「…………〜〜お、お袋はっ!?」
「アイリーンさん? 確か……今日はソニア殿の所に──。」
「そっ! ありがとっ!!」
不思議そうに首を傾げるバレリアに手を軽くあげて例を述べると、シーナはそのまま父の私室に向けて走った。
レパントは、昔この城の主が使っていた部屋を改装して使っている。
その部屋は、自分たち解放軍が敵とした男が好んでいた庭園へと続く扉を持つ部屋。
そしてその庭園こそ、解放軍が最後の勝利を迎えた場所でもある。その最終決戦へ参加したシーナもよく覚えている。
あの時の……なんとも言えない、心地悪さも。
三年前、スイ達とともに走り抜けたこの廊下。
もしかしたら自分がここに居着けないのは、その精かもしれない。
ここでフリックとビクトールが残って、ここで兵が俺の剣の血を濡らした。
この先のドアの向こうで、夜の闇が押し寄せ、乱れ咲く花の中、立ち尽くすのは威厳溢れた……そしてどこか満足したような、やつれた男。
ドアに手をかけて、シーナは軽く肩に力を込めた。
ここは嫌いなのかもしれない。
女の子を口説くには絶好の場所。
でもここで、あの男は女を口説いた。
そして女はそれに乗った。
切ないくらいの、哀しい感情は、どこかすさんでいた。
何が何だか分からない俺達は、自己満足過ぎると苛立ちすら覚えた。
でも──何よりもそれによって迷惑を被ったはずの人が。
ふっ、と、笑ったのだ。
それは、嘲笑うというものではなかった。ただ、透き通るような微笑みであった。
きぃ、と扉を開けると、さぁぁ、と風が吹いた。むせ返るようなバラの香。
空中庭園には今、アイリーンの趣味で数多くのバラの花が咲き乱れている。一年中バラが咲き乱れるようにされているのだ。
「…………っ。」
眩しい光が降り注ぐそこに、シーナはよろり、と足を踏み出した。
白い回廊。左右に埋もれるようなバラの花。そしてその先には、白い華奢なテーブルと椅子。
そういえば、こういうのは同盟軍にも解放軍にもあったよな、とシーナは思い出した。
光を反射する廊下を歩んでいくと、椅子に優雅に腰掛ける人がいた。
その人物を見た途端、シーナはバラに気を取られて忘れていた事実を思い出した。
「スイっ!」
慌てて呼びかけると、面倒そうな表情でテーブルに肩肘をつきながらお茶していた人物は、ゆっくりと振り返った。
そして、
「遅かったね、シーナ。」
当たり前のようにそう言った。彼の表情はとても不愉快げであった。
「……おそかったねぇぇ?」
人が心配して来てやったというのに、何だその口調は? とシーナが眉をひそめると、スイはスイで片眉をあげる。
「あと少し遅かったら、あやうく部屋に連れて行かれるとこだったんだよ?」
あまり大変だと思っていない口調でそう言うスイに、シーナは急いで損したな、と思った。
別に凄く急ぐ事でもなかったのだと思った瞬間、シーナの身体から力が抜ける。
がっくり、とお菓子とお茶の乗ったテーブルに手を落とし、はぁぁ、と俯くと、つんつん、とスイがシーナを突ついた。
「しぃなぁぁ? 助けに来てくれたんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどな。俺はてっきり、もうすでに事後とかかと思ったぜ。」
「あっはっはっはっはー。シーナ、僕ね、この間リオに新しい紋章もらったんだぁ。……試していい?」
笑いながら、スイが額を指差す。そこに宿る紋章が、少し光り始めているのを認めて、シーナはひきつった微笑みを返した。
「なぁーに言ってんだかっ! ちゃんと助けに来てやっただろうがっっ!」
「うん、ありがと。」
にっこりと微笑んで、スイはティーカップを傾ける。
流石お貴族様だと言える仕種の優雅さに、シーナは乱暴に溜め息をついた後、椅子に座った。
「約束したからな、お前と。」
スイが空になったティーカップを掲げてシーナに首を傾げると、彼はこくりと頷いた。
シーナにカップを手渡し、まだ残りが入った紅茶を注いだ。
そして、自分はシーナがカップを傾ける様を真正面から見詰める。
視線にさらされて気恥ずかしい気持ちになったシーナが、なんだよ、とぶっきらぼうに聞くと、スイはふふ、と笑った。
「もうそろそろレパントが戻ってくるだろうなぁ、って思っただけだよ。」
「────そういや親父、どこ行ってんだよ? お前を一人にしておくなんて珍しいな。」
「そう?」
しれっとして言い切ることから考えるに、スイがなんだかんだと文句をつけたかなにかして、ここから追い出したのだろう。
「ったく、お前だって覚えてたんだろうが。なんでむざむざ付いてくるようなことするんだよ。あの記章付けてるのは、親父の私兵だって知ってるだろうが。」
「シーナが来るって知ってたからね。」
油断なく微笑んで、スイは言った。つまり彼は今日が何の日か知っていて、だから先にリオに今日のパーティにシーナを入れてくるようにと言ったのだろう。
そしてリオはその通りにシーナをつれてきて、シーナは今日と言う日が何なのか思い出して、こうしてここに走ってきてしまったわけだ。
「来ることもなかったんじゃねぇの、俺は?」
のほほーんと優雅にお茶しているスイを見ながら、シーナはここまで飛んできた自分を振り返って、やや恥ずかしく思った。
きっとバレリアには何のことだかばれているのだろう。
「別に? 来なかったら来なかったで、まぁ頑張ってご奉仕するだけの話だし。」
「………………………………。」
無言でシーナはバラの群れに目をやった。カップの中の熱々のお茶が、どこか冷めて感じるのは気の精ではあるまい。
「そういうこと言ってると、本気ですねるぞ、俺は。」
一瞥してスイを見ると、スイはにこにこと微笑んでいた。
その表情がどこか嬉しそうに見えるのは気の精ではあるまい。
「今夜はアイリーンさんが、ソニアの所で作ったケーキを持ってきてくれるってさ。たまにはお父君の誕生パーティに出席するのもいいんじゃないの?」
にこり、と笑った彼に、シーナは苦く笑って答えた。
「いい年した男の誕生日を祝いたくなんてねぇけどな。」
「そう? 一石二鳥だったけどね、僕は。良かったよ、ほんと。今年のバースディプレゼントも僕自身になったらどうしようかと思ったもん。」
あははははは、と一人で笑うスイのさりげない言葉を笑って流そうとして……シーナは微笑みを強ばらせた。
「………………ことし、も?」
「あ、レパントが戻ってきたよ。シーナ、ちゃんとおめでとうって言ってあげてね♪」
たぶんレパントにとっては、折角のスイとの時間を潰されておめでとうどころではないのだろうけど。
しかし、シーナはそこまで考えている余裕がなかった。
──ことしも、ってぇ、ことはぁ…………………………………………………………。
「──あ、俺、親父嫌いになりそう。」
「あれ? 今までは好きだったんだ?」
「ははははは。……なんつぅか、疲れたよ、俺は。」
生まれてもうすぐ二十年になるが、父の誕生日にこれほど疲れた思いをしたのは、きっと初めてである。
後ろで、聞きなれた声が「どうしてシーナがここに!?」と叫んでいるのを聞いた。
それにのほほーんとスイが答える。
「あ、レパント。良かったね、シーナが君を祝いに来てくれたよ。」
きっと心の中で、スイ自身も良かった良かったと思っているに違いない。
そしてシーナは、いつも威厳溢れる父が、心底情けない顔をしていることを、背中で感じるのであった。
「シーナ、お前、なんで今年に限って戻ってくるのだ。」
「さぁ? しょうがねぇだろ、軍主様が俺をつれてきて下さったんだからさ。」
城の大広間に集まった人間達に、アイリーンが微笑みながら挨拶しているのを横目に、二人の親子はにこやかに見える談笑を交わしていた。
「ほう……。」
「親父も嬉しいだろう? 可愛い愛息子が祝いに帰ってきてくれたんだからさ。」
吐き捨てるようにシーナが呟くと、唐突に後ろから──
「何二人とも凄みあってるのさ?」
二人がにこやかに見せかける会話をしている原因が顔を覗かせた。
その手には、アイリーン特製のケーキが乗った皿がある。もう片手にはワインが入ったグラスを二つ持っている。
「スイ……。」
「スイ殿。」
二人は微妙な顔つきでスイを見やった。
「レパントも、主役なんだから、もう少しにこやかにしてたらどう? ほら、持って。」
スイは二人の間に流れる雰囲気を無視して、右手に持っていたグラスを二人に差し出す。それを持てと言うつもりらしい。
二人が渋々、スイの手からグラスを受け取ると、
「はい、おめでとう。」
かつん、と互いのグラスを当ててやった。
「………………。おめっとさん、親父。」
シーナが嫌そうに呟くと、
「──ありがとう、馬鹿息子。」
レパントが苦く言った。
スイはそれをにこやかに微笑んで見守ると、
「じゃ、二人とも、パーティが終わるまで喧嘩しちゃだめだよっ!」
そのまま踵を返して、一緒にパーティに参加しているグレミオやクレオ、そしてリオ達の元へと走っていった。
「誰のせいで喧嘩になると思ってんだよ、あいつは。」
「………………相変わらず…………。」
シーナとレパントが、溜め息を零すように呟いた。
そして互いに目をやって、なんとも言えない表情で手にしたグラスに目を落とす。
とりあえずは──。
「年なんだから、あんま無理すんなよ、親父。」
かつん、とグラスをぶつけて、シーナは一気にそれをあおった。
「お前が一番私に無理をさせているという、自覚を持て。」
苦く笑ってレパントもグラスをあおる。
結局あの人にはかなわないのだと……というか、遊ばれているのだと、そう思いながら。
おしまい
おまけ談:
「〜♪」
「? 坊ちゃん、楽しそうですね。そんなにレパントさんの誕生日が楽しいですか?」
「ん? 楽しいのは別のことー。」
「──坊ちゃん、お遊びもいいかげんになさらないと、ほら、アイリーンさんが睨んでますよ。」
「いや、女性って勘が鋭いねぇ(笑)。」
のっぽのサリー様
こ、こんなのできましたけど……?
すいません、レパントさんがまるっきり出てなくって。
でも、シーナは結構楽しかったですv