グレ坊的要因を多いに含んでおります。
苦手な方はお戻り下さい。
一面に広がる砂の大地。吹き荒れる風が乾いた空気を運んでいく。
頭上には煌煌と照る太陽。突き刺さる火の眼差しはキツク旅人を苦しめる。
大地から昇る陽炎が、ゆらゆらと熱さを演出する。
ゆがんだ空気を見ていると、熱さが更に増してくる気がして、彼は項に手を当てて、溜め息を零す。熱い吐息は、熱を持って空に溶けていくような気がした。
火照った頬が熱い。体中が熱を持っているようだ。このままだと、熱射病になってしまうかもしれない。
一定の感覚で揺れる体に、脳みそがシェイクされている気がしながら、天をあおぐように顎を反らした。
カッと照り付ける太陽が、見下ろしている。熱い眼差しが、白い肌に突き刺さる。熱さよりも痛さを感じるその熱視線に、少年は細い体を軽く震わせる。熱さのあまり、震えが起きる。額を流れた汗が頬を伝い、鎖骨にたまった。視線を避けるように被ったローブは、すでに砂煙に、汚れている。木目細かな白い肌も、微かに汚れてかさかさになっていた。
どれくらい砂漠を渡ってきたのか分からないが、随分時間が経っているような気がした。ローブの中には汗と砂と埃でぐしゃぐしゃになっていたし、熱さに目眩すら覚えそうであった。
揺れる馬の背中に乗ったまま、彼は目を閉じる。
太陽の……燃える星の視線はあまりのも痛すぎて、肌にも吐息にも痛かった。
後ろにもたれるようにして、ほう、と吐息を吐くと、自分を背中から支えていた男が、覗き込むように顔を寄せてくる。
「ぼっちゃん、暑いですか?」
尋ねる彼の声も、熱さに参っているように感じた。
暑いどころではない、これはすでに熱さというのだ。
地面からも頭上からも燃えるような空気が降ってきている。それに苛立つのもさながら、後ろの男の体温もまた、暑い理由の一つである。
上からも熱さが降ってきて、下からも熱さが湧いてきて、更に後ろからもぬくもりが追い討ちをかけている。
これが冬なら、まだいい。
しかし今は砂漠である。これ以上内くらいに、おそらく生まれて初めての熱さに襲われている中である。
こんな中、馬から落ちないようにと、後ろから抱え込まれるようにして手綱を握られていると、暑い事この上ない。
「……だから、馬は二頭にしようって言ったのに。」
話すのも面倒だと言いたげに呟くと、グレミオが苦笑したのが雰囲気で分かった。
「仕方ありませんよ、砂漠を越えるような馬が、これ一頭しかなかったんですから。」
あやすように腕を揺すられて、スイは無言で従者の胸に背中を向けた。
グレミオの白い肌からも汗が滴り、汗臭い臭いがした。
特に彼は髪が長いから、項に髪が張付いて気持ちが悪いことであろう。
今すぐローブを払って頭についた汗を掻き乱したい気分であったが、それもままならない。
「これだって、無理言って譲り受けてもらったのですからね。」
先程の村の方に感謝してくださいよ、とグレミオが囁く。
それを聞きながら、スイは軽く唇を尖らせた。
「誰も感謝しないなんて言ってないだろ。」
実際、巨大な砂漠を前にした瞬間、目眩を覚えて、戻ろう、と言い掛けたのはスイである。
べつに行き先のない旅なのだから、どこへ行ってもいいのだから、今から戻ってしまってもいいはずだと、本気で思ったのである。
けれど、その前に親切な村の人が、砂漠の向こうは武術のさかんな町があって、一月に一回は武術大会を開いているなどと言うから……行きたい、と思ってしまったスイの表情を、ものの見事に従者が読み取ってしまったから!
気付いたらグレミオは、馬の交渉に入っていたのだ。
主婦であったグレミオは、交渉となると口を挟む隙も与えてくれなくなる。だからスイは馬を一頭譲ってもらう話が終わるまでの間、グレミオの隣でぼんやりと座っているしかなかった。
そして、気付いた頃には、村の人たちに見送られて馬に揃って乗っているはめになっていたのである。
「暑いからさ……。」
グレミオとくっついているのは、きらいじゃないのだ。
彼の体温、彼の鼓動、彼の吐息。それらを感じるのは、時には自分にとって、何よりも大切な儀式になる。
けれど今はその時じゃないし、どちらかというと、自分自身の体温ですら暑すぎると思っているくらいだ。できることなら、抱き付くのは暑い者ではなくて、冷たい氷か何かがいい。
しかし、暑い地方では当たり前のことだが、氷は高値が付きすぎるものなのである。何せ、雪が降るくらい標高が高い山が近くになかったグレッグミンスターでの貴族時代でも、滅多なことで氷が拝める事はなかったのである。氷などなくても、グレミオは上手く料理したし、保存もしたためなのかもしれないが、父は決して氷を買う事はなかった。
ただ解放軍時代は違った。
氷を使っていろんな遊びをしたこともあった。あれもこれも、全てはスラッシュという、とある人物の愛竜のおかげであったが。
今ここで、頭上を竜が飛んでこないだろうか、と馬鹿馬鹿しいことを願いながら、スイは再び空を眺めた。そんなことで竜が飛んでくるはずもなく、遠く美しいけれど、憎々しい空が広がるのみであった。
なんとも皮肉な事に、雲ひとつない晴天である。
「まぁ、でも、今夜には町につきますよ、きっと。」
「だといいけど……グレミオ、水。」
グレミオの胸に頭を預けて、だるそうに呟き、スイは目を閉じた。
微かな揺れが身体に心地良い。
このまま寝てしまえばいいのだろうが、熱さのためか、眠気は訪れてこない。
ただ無性に暴れたくなってきた。熱さに耐え切れず、ローブごしにも感じる太陽の視線に、うずうずと、腕がうずく。
「はい、ぼっちゃん。お水です。」
す、と水筒を差し出されて、スイはそれを手にして、軽い重さに眉をひそめる。
そんなに飲んでいるつもりはないが、汗となって出て行く分だけ飲んでいるのだから、実際は大分摂っていたようである。
ちゃぷちゃぷと軽い音がする水筒に、その蓋を開けてはならない気がしてきて、スイはそれをグレミオの手に戻した。そして、彼の手綱を握る手の上に手を重ねて、溜め息を零す。
「うーー。ねぇ、グレミオ。何か話してよ。」
ねだるように軽く腕を叩くと、グレミオが苦笑したのが雰囲気で分かった。
どうせ、まだまだ子供だと思っているのだろう。
「そうですねぇ。話していないと、熱さにすぐ頭がぼうっとしてしまいますしね。」
きゅ、とスイの存在を確認するように抱きしめて、グレミオはしばし考えた後、
「あ、それでは今朝の話をしましょうか。」
「朝〜? 朝って何かあったっけ?」
今朝ということは、つい先程である。村を出てくる前。直前。
特に何かあったとも思わないのだが、と密かに首を傾げているスイの頭に顎を乗せて、グレミオは意味深に頷いて見せる。
「ええ、そうです。ぼっちゃんのお話ですよ。」
神妙に語るグレミオの言葉を聞いた瞬間、スイは嫌な予感に駆られた。彼がこういう話し方と前振りをするときは、スイの自慢を始めるか、説教をするかのどちらかである。
そして今のスイは、そのどちらも遠慮したかったのである。
話をしてくれとはいったものの、そんなもの話された日には、うだってうだってしょうがないではないか。
「僕の話? もう、グレミオはそればっかりなんだから。頭の中、それしかないとか言うなよ。」
だから、くすくすと愛らしい笑い声を立てながら、グレミオの腕の中で身体をよじる。
するとグレミオはゆったりとした仕種で、スイが馬の上から落ちないように抱え直した。
「危ないですよ、ぼっちゃん。」
髪の毛に囁くように呟いて、グレミオはかぶったローブに軽く唇を付ける。しかしスイは嫌々をするように首を振った。汗が妙なところにでも入り込んで気持ちが悪いのかもしれない。
「だって、暑いんだもん。グレミオは暑くないの? これ。」
ぽんぽんと、グレミオがしっかり握って下さっている自分の体を指差して、スイは顔を上げた。
眩しいくらいの、砂漠に反射した光が辺りに満ちている。
目をすがめてから、スイはもう一度目を閉じた。
「暑いですよ、そりゃ。でも、ぼっちゃんのお体の方が大事ですから。」
遠慮しないで下さいね、と水筒が蓋空けられて、口元に近付けられる。
スイは口につけられた水筒の蓋から感じた湿気に、知らず唇を舐めた。かさかさに渇いた唇が、舌先を刺激する。
「村を出てから、グレミオは一度も水を口にしてないじゃないか。」
手で押し返して、スイは溜め息を零した。
グレミオはそれに苦笑を返しながら、
「そんなことないですよ。」
と答える。
スイはこの時点で密かに口元をゆるめた。
確実に話がそれていることに感づいたからである。
「そんなことあるよ。グレミオに倒れられた方が困るんだから、ほら、きちんと飲んでよね。」
グレミオの方に上半身だけを向けて、彼から水筒を奪い取り、スイは器用に口で蓋を開けると、グレミオに水筒を差し出す。ちゃぷん、という水音が耳に心地良く聞こえた。
「…………。」
グレミオが苦笑しているのが分かって、スイは黙って水筒の水を差し出す。
馬が揺れるたびに水筒は水音を立てる。けれどグレミオはスイから水筒を受け取ろうとはしなかったし、それに口を付けようともしない。
いいかげん苛立ってきたスイが、溜め息を殺す。
「飲まないままでいて、脱水症状起こされても困るんだから。」
そして、乱暴に自分で水筒の水を煽る。
グレミオが苦い笑みを広げているのを見あげて、水筒を持っていない方の手を彼の首筋に当てた。
そのままぶつけるように顔を近付ける。
「……………………!?」
驚いたようなグレミオの顔を間近で見やって、スイは彼がしっかりと嚥下したのを感じてから、唇を放した。
「……ぼぼ、ぼっちゃんっ!?」
焦ったように口元を塞ぐグレミオに背を向けて、水筒の蓋をする。
「飲まない方が悪いんだからね。」
湿った自分の口腔内に舌を滑らせて、水分を補給したように感じる口の中に満足を示した。
背中を再びグレミオに預けると、グレミオは宝物を抱きしめるように、優しく腕を回してくる。
「ぼっちゃん……。」
暑く掠れたような声に、どくん、と心臓が跳ねるのを感じて、スイは密かに唇を噛み締めた。
冗談ではないのだが、こういうときのグレミオの声の魔力というのは、凄いのである。
ただでさえでも暑い肌が、火照り始めた気がして、スイは自分の手のひらをきつく握り締める。
汗が滴る感触すらも感じなくなり、熱さが頭の中でうだっていることすら、なくなる。神経が全てグレミオの両腕に注がれて、必死で意識を反らそうとするのを見透かしているかのように、グレミオは身をかがめてスイの頬に唇を寄せる。
「……っ。」
きゅ、止めを閉じて、衝動に堪えようとしたまさにその瞬間、
「見られてたんですよ……──。」
予想に反して、からかうような口調が聞こえた。
耳朶をくすぐる声に、スイはそっと目を開く。背後から顔を覗かせるようにしたグレミオの瞳が、優しくスイを見つめている。
「……見られてた?」
まさか、こんな昼の砂漠に人がいるとでも言うのか?
思わず顔を上げて、辺りを見回すが、誰も見つける事はできない。人影などないのだ。当然だろう、普通の人は、猛暑の砂漠を昼越える事などしないのだから。だからスイ達は、危険を犯してでも昼間に砂漠を越える事にしたのだから。
「ええ、そうです。見られてたんですよ。」
「…………? 何が?」
もっともらしく頷くグレミオの唇が、こめかみを掠った。そのまま頬に落ちて、口元に触れる。
「朝、私たちが挨拶をしていたのを。」
ちゅ、と音がするくらいに頬を吸われて、スイは肩をすくめかけ……思い出す。今と同じように唇を合わせたのが、いつであったのか。
「……──っ!? それってっ!?」
焦ったように振り返った瞬間、バランスの悪い馬の上であったので、身体が傾いだ。
慌ててグレミオの腕にしがみついて、スイは噛み付くようにグレミオを見あげた。
「それって、まさか、さっきの村の……っ!?」
勢い込んで尋ねると、グレミオは楽しそうに笑った。
「ええ、宿の奥さんから、気まずそうに見られましたよ。」
にっこりと笑う極悪な笑顔を見あげて、スイは軽い目眩に襲われた。
朝の挨拶と称して、グレミオが時たまいたずらを仕掛けてくる事があるのはいつものことである。
だからスイも特に気にもせずに、今朝もそれに応じていたのだ。
なのに、それを見られていた?
グレミオのベッドの上で、彼の膝に乗るようにして、顔を近付けて……口付けていたのを? そのまま唇の愛撫を受けていた様をっ!?
「……気付かなかった……──。」
愕然として、自分の失態に苛立ちを覚える。
「仕方ないですよー。だって、ぼっちゃん、必死でしたものね……こう、目が潤んでいて、朝からこんなのは駄目とか……──。」
「わーっ!!! 馬鹿っ! 何昼間からそんなこと……っ!!」
グレミオがうっとりと囁き始めるのを、スイは慌てて口を塞いで止めた。
その拍子に二人揃って身体が大きく傾ぐ。
「うわわっ!?」
「とっとっと……。」
手綱を握り直して、グレミオは落ちそうになったスイの身体を支えつつ、脚にチカラを込めてバランスを何とか保つ。そして、呆れたような眼差しをスイに向けた。
そして、ついでとばかりにスイの身体を反転させると、自分の胸元に抱え込んだ。
「あぶないでしょう、ぼっちゃん。」
「グレミオが悪いんだよっ! そ、そんな話するから……──っ!」
顔を伏せて、真っ赤になった頬を隠すように早口に呟くスイに、くすくすとグレミオは笑った。
「大丈夫ですよ、私たちの地方では、あれが挨拶なんですって言っておきましたから。」
「あ、挨拶であんな……の、するとこあるかよ。」
グレミオの胸に額を当ててぼやくが、年の功を持つグレミオには聞くはずもなく、
「何言ってるんですか、昔はテオ様から挨拶のちゅーとかしてもらってたくせに。」
さらり、と返事が返ってきた。
「あ、れはぁ……小さい頃の話じゃないか……──もしかして、焼き餅?」
すり、と擦り寄るように顔を上げて、スイは微笑みを零す。その破顔の笑みに、グレミオは何も言わず、スイを抱え直す。そして、その笑みに刻まれた唇に、軽く唇を寄せた。
「ん……。」
「熱くて、とけちゃいそうですね。」
「んん? ん──夜には、涼しくなるさ。」
熱いのは変わりないけれども、このまま抱き付いているのもいいかもしれない。
こうしていると、熱さのあまり、ひとつに溶けてしまいそうで、このまま離れなくなってしまいそうで──それもいいかもしれないと、ふと想ってしまう程度には、熱さに頭をやられているのだろう。
「それってもしかして、今夜まではお預けよってことですか?」
くすくすと、戯れ言のように返してくるグレミオの台詞に、
「誰も、今夜はいいなんて言ってないだろっ。」
噛み付くように返して、スイはそのままグレミオにしがみつくように目を閉じる。
熱いのは変わりない。
暑さは世界に満ち溢れている。
うっとおしいと思うし、暑さに頭がどうにかなってしまいそうに苛立つのも本当だけど。
でも、
「……こういう暑さなら、たまにはいいかな。」
「ええ?」
寒い時は、寒いからと抱き付ける。
暑い時は、暑いからと遠ざかる。
でも、たまには、暑さを忘れるために熱くなるのもいいかもしれない。
そう。たまには、ね。
吐息が熱い。
グレミオの体温が熱い。
ただの他愛のない話ばかり交わして、でもそれが心地いい。
「こういう日も、いいものだって言ったんだよ。──グレミオが一緒ならね。」
甘く微笑んで、スイはグレミオを見あげる。
グレミオがそれに微笑みかえして、そして、スイの唇に優しくキスを落した。
優しくて、熱い……目眩がするほどに熱い、キスを──────。
薊ちょこ様
ああああああ、ごめんなさいぃぃーっ!!
ぐれ坊の甘い=二人しか出てこなくてくっついている、というのしか浮かばなかったんですぅっ!!!
でも、最後の方は甘いっていうか、ほら、精神的に甘いというか、そういうのが……見えていたら、いいなぁ、と。思うんですけど…………………………どうでしょうか? (どきどき)
最後になりましたが、6000ゲットありがとうございました。また機会があったらよろしくお願いしますね。