わんにゃん騒動大作戦






 ジョウストン都市同盟――新同盟軍本拠地、ティーカム城。
 湖のほとりに建つその城は、常に賑わい、明るい雰囲気が保たれていた。
 それは一重に、新同盟軍の軍主が、明るく楽しい少年であるからにほかならなかった。
 その、「明るく楽しい、みんなの人気者の軍主様」は、今日も真剣な顔で、城下町に居た。
 城下町に入ってまっすぐ伸びる大通り――商店街へと続く大通りのど真ん中で、彼は子供達と輪になってしゃがみこんでいた。
 近くの木に凭れて愛犬の体を撫でていたキニスンが、馬車が来たら知らせてあげようと、穏やかな表情で、時々あたりを見回している。
 少し離れた縁石にしゃがみこんでいるアイリが、ほほえましい顔で彼らを見守っている。
 穏やかな太陽が降り注ぐ下で、リオと彼の姉のナナミは、トウタやユズを加えた子供達と一緒に、真剣な顔をつき合わせている。
 二人が子供達と一緒に遊ぶことは、それほど珍しいことでもなかったから、誰もがほほえましくそれを見守っていたのだが……きっと、話している内容を聞いたら、健全とはほど遠い、と鋭く指摘したことであろう。
 輪になって固まった影が、短く伸びている中央で、リオが地面に何か書いている。
 チョークを持つ手は白く汚れ、その先には、字なのか絵なのか分からない走り書きが走っていた。
 それを指差しながら、トウタが一言二言意見を述べると、ユズもコクコクと頷く。
 子供達も、小さな指を三つ立てて、一つずつ指折りしていく。
 そして、その意見をまとめるように、ナナミが小さく宣言した。
「つまり、シュウさんは犬よりも猫が好きということね。」
 びしり、と言い切った内容は、あまりにもくだらない内容であった。
「だと思うよ。ユズ、シュウさんが犬に近づいてるの、見たことないし。」
「シロに近づいているのも見たことないですよね。」
「シロ、いい子なのにー。」
 ユズが可愛らしく頷くのに、トウタも何度か頷いてみせる。
 それに唇を尖らせて答える子供に、そうだね、と同意してからリオが一同の顔を見回す。
「でも、シュウさんは、ゲンゲン隊長やガボチャ、ボブさんは平気なんだよね。」
 そして、真剣きわまりない声で、そう呟く。
「…………ゲンゲン隊長は、コボルトであって、犬ではないと思います……。」
 おずおずと、トウタが申し訳なさそうに片手を挙げると、そうとも言う、とリオが頷く。
「ま、まぁ、何はともあれ、シュウさんが犬よりも猫を可愛がるっていうことは判明したわけよねっ。
 ――――で、リオっ。」
 お姉ちゃんの貫禄で、話を一まとめにした後――ナナミは、隣にしゃがみこんでいる弟を見た。
 弟も姉を見た。
 二人は間近で視線を交わしあい――ナナミは、真面目な目で切り出した。
「これが、一体何になるの?」
「わからない。」
 答えるリオも、真剣であった。
 しばし、一同に沈黙が降りる。
 しかし、理由のない話し合いなど、いつものことだったので、少しの沈黙の後、彼らは何事も無かったかのように立ち上がった。
「さぁって、それじゃ、今日は縄跳びでもしよっか。」
「わーいっ!!」
「縄、借りてこようよっ。」
「うんっ、それじゃ、バーバラおばさんの所に行ってくるねっ!!」
 駆け出していく子供達を見送りながら、ナナミは自分の口を囲うように手を当てて、走ると危ないよ、と叫ぶ。
 そんな姉を横目で見上げて――リオは、軽く首をかしげる。
「でも、ほんと――なんでそんなこと調べるんだろう?」
「ん? 何? シュウさんの犬猫調査?」
 ひょい、とつま先立つようにしてリオを見やるナナミに、彼はゆっくりと頷く。
「なんでって、いつものように、ちょっとした思い付きじゃないの? シュウさんの部屋に猫が居るから、とか、そういう理由からの。」
 いつもいつも、くだらないことで真剣に悩み、会議をする。
 それが子供の遊びの一部だってことは、ナナミだってリオだって、良く知っていることである。
 今日もてっきりそうなのだと思っていたのだけど?
 リオが、顎に手を当てるようにして首をかしげる様は、いつもよりも少し真剣さが違って、ナナミは首をかしげるようにして彼の顔をのぞき見た。
「リオ?」
「うん? んー……実はね、スイさんに、聞かれたんだよ。シュウさんは猫と犬と、どっちが好きなのかなって。
 で、どっちかって答えられなくて――…………。」
「スイさんが? なんでまた、シュウさんなんかの?」
 すっとんきょうな声をあげるナナミの物言いもひどいのだが。
「そうなんだよねー……なんで、シュウごときの趣味なんて聞くんだろう……。」
 真剣に悩み、首をかしげる軍主様のお言葉もまた、ひどかった。
 けれど、そんな悩みすらも、
「借りてきたよ、縄ーっ!!!」
 コロコロと形容できるほど可愛らしい走り方で、こちらへ向かってくる子供達を見た瞬間、綺麗に吹き飛んだのであった。
「よっし、それじゃ、力いっぱい遊ぼうねっ!!」




※※※※




 心地よい音楽をバックミュージックに、リビングでソファに軽く腰掛けながら、なにやら真剣に物を書く姿が見受けられた。
 走るペンが、流暢な文字を描いていく。
 綺麗な文体は、とてもではないが、普段手紙を書くのを面倒くさがって従者に押し付けているようには見えなかった。
 さらさらさら、と走る筆のままに書かれた文の最後に、サインして――彼、スイ=マクドールは満足げな微笑を浮かべる。
 そして、羽のついたペンを傍らに置くと、ヒラヒラと紙を振った。
 花模様の透かしの入った、上等の紙である。傍らにはおそろいで作らせた封筒と、封蝋の準備がされている。
 ある程度紙を振った後、乾いたかどうか確認するために、じ、と目を眇めて紙を見つめた後、便箋を折りたたんだ。
 そして、用意してあった封筒に綺麗にしまった後、封蝋で封をする。
 封筒の後ろには差出人の名前。
 そして表には――……。
「よし。完璧。」
 にやり、と笑い、スイは封筒を手にしてソファから立ち上がった。
 さっそく手紙を出してくるために。



※※※※




 その日、机の上に用意された請求書だの、領収書だのの中に、見慣れない封筒を見つけた。
 上等の封筒には、しっかりと封蝋まで施され、宛名はシュウとなっていた。
 シュウ宛てに来る郵便となると、たいてい請求書などの類が中心となるのだが――……。
 何か新しい武器か防具の調達などをしただろうかと、記憶をさらってみるが、特にそんな覚えはなかった。
 だとすると、ろくでもない手紙の一種だろうかと、シュウは封筒を手にしてそれを透かし見る。
 これで剃刀でも入っていたら、多少は面白いのだが――もしもそんなことがあるならば、何が何でも差出人を発見して、相手に報復してやると、本性を発揮できることを思う。
 しかし、見えたのは剃刀でもなく嫌がらせの手紙でもなく、何かの請求書らしき文面であった。
 見慣れた商品の名前を書いてある配列と、その隣に書かれた値段の配列。
「……請求書か。」
 だとすると、一体何の請求書なのだろうか。
 ぺら、と裏を捲る。
 そこには、見覚えのない会社名が書かれていた。
 シュウは軽く眉をしかめる。
 時々、こういうことがある。たいていの場合が、勝手にいろいろやりまくっている人々が、勝手にいろいろ買ったりしたための請求書である。
 一体何の請求書なのかと、シュウは気分が暗くなるのを何とか払拭して、封筒を開けた。
 そこには、薄くもなく、厚くもない一枚の紙切れが入っていた。封筒とおそろいの、上等の紙である。
 それを広げて、シュウは動きを止めた。
 そこには、動物レンタル会社、という文字が走っていた。
「………………………………あ?」
 低く、うめいたシュウの目が、すばやく紙面を走る。
 紙に書かれた内容を確認すると、ティーカム城の名前で、犬を百匹、猫を百匹、合計二百匹の犬猫をレンタルするという契約書であった。
「な……なんだ、これはーっ!!?」
 はっきり言って、内容にまったくの覚えはなかった。いや、あるはずがないのだ。
 そもそも、この本拠地は、本当に同盟軍の本拠地なのかと疑いたくなるくらい、動物にあふれている。宿星の仲間にしても、天魁星の性格のせいかどうかは知らないが、動物が紛れ込んでいるし。
 なのにわざわざ人様からレンタルしてまで、動物を増やす意味などないのだ。
 一体誰が、と思いかけたシュウは、すぐさまこんなことを思いつく人物に思い当たった。ほかの誰でもない、この軍の軍主である。
「あっの、小猿がっ……。」
 いまいましげに呟いて――こういう物言いをするところは、軍主も軍師も良く似ていた――、シュウはすぐに封筒ごと紙を引っつかむと、荒々しく執務室を飛び出した。
 もちろん、このような愚行を悔い改めさせるつもりであり、早々に契約を解除させるつもりなのであった。
 地獄から湧き出た鬼が歩くかのように、どす黒いオーラを撒き散らしながら進むシュウが階段に差し掛かったときのことである。
「シュウどのっ!!」
 慌てたように、階下からクラウスが上がってきた。
 彼はいつに無く息を乱し、不機嫌きわまりないシュウの顔にも気づかず、そのまままくし立てる。
「大変なんです。今、下に……っ。」
「下?」
 顔をしかめたシュウは、焦るクラウスの顔を見てから、自分が持つ紙に視線を落とした。
 そして、まさか、と目を見張って紙を広げる。
 そこには、先ほど見たのと変わらない契約書の文面が書かれていたが、見落としていた一文が、ありありと目に飛び込んできた。
「……今日かっ!!!」
「――そう、今日……って、何がです?」
 低く唸るなり、シュウはクラウスを追い越して駆け下りていってしまう。
 何事か分からないまま、クラウスは彼の背中を振り返った。
 そして、当惑の顔のまま、壁に片手を当てて、呟く。
「これは、ハイランドの陰謀なのでしょうか――……。」
 眼裏には、アリアリと先ほどの光景が浮かんでいる。
 けれど、そう口にしたと同時、クラウスはなんとなく情けない気持ちになった。
 だって。
「…………そんなわけ……ないですよね――――犬と猫が溢れているってだけなんですから……。」







 吹き抜けのホールに入った瞬間、風に乗った獣の匂いがツンと鼻に染みた。
 顔をしかめて見下ろしたホールには、不機嫌な顔をさらに不機嫌に染めた少年魔法使いが立っていて、石版を後ろに前を睨み付けている。新しいロッドを突き出して構えている様は、まるで戦闘中のようであったが、その彼の前に立つのは、恐ろしい獣でもなく、ましてや犬猫でもなかった。
 ややきつい眼をした、赤い髪の少女――見覚えのないその子は、この城の者ではない。
 シュウは手すりからルックと少女の対面を見下ろす。
 ルックは、無表情にロッドの先を彼女の鼻先に突きつけた。その先端が仄かに光を放っている。
「言っておくけど、黙って許すほど、僕は温厚じゃないからね。」
 冷ややかに宣言するその言葉は、彼と初対面の少女であったなら、泣き崩れそうなほど冷たい。
 けれど、声を突きつけられた少女は、ケロンとした顔で、
「そんなの昔から分かってるってば。伊達に一緒に暮らしてたわけじゃないよ。」
 あっけらかんと言い放ち、ルックに笑いかける。
 彼女の態度も驚くことながら、言われた内容にシュウは小さく眼を見張る。
 ということは、なんだ? 今、このホールで繰り広げられているのは、何のことはない、ただの痴話げんか、というものなのかっ!?
 くだらない、と一笑するには、相手が「くだらなくはなかった」。何せ、あのルックである。鉄面皮で皮肉屋で、綺麗なヤツには刺がある、だけでは許せないくらいの毒と刺を持つ少年である。
 彼が女との色恋沙汰を起こすとは、非常に興味深かった。
 思わず足をとめ、息を詰めて見守ってしまう。右手に握り締めた「犬猫レンタル契約書」のことを忘れて。
「誤解を招く言い方は、馬鹿みたいだからやめてくれる? ――いや、本物の馬鹿だろう? 自称魔法使い。」
「自称じゃないよ、失礼しちゃう。猫だって飼ってるし。」
「それが関係あるのかい?」
「あるわよ。だって、魔女には猫じゃない?」
 胸を張って言い張る彼女に、ルックは頭痛を覚えたような顔つきになる。
 けれど、すぐにそれを改めて、ロッドの先をさらに突きつけた。
「じゃ、そう認めてあげるから、さっさと姿をくらませてほしいね。
 魔女なんだから、ここから居なくなるくらい、すぐに出来るだろう?」
 冷ややかな眼に、嫌悪が宿っている。
 それを正面から受け止める少女は、その目の先が自分ではなく――自分の後ろに向けられているのを分かっていたからこそ、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「そういうわけにはいかないの。そもそも、私がここから居なくなったら、あの子たち、すーぐにこっちに入ってきちゃうよ?」
「…………………………。」
 ぎりり、と唇をかみ締めるルックに、彼女は楽しそうに笑う。
「それにねー、元仲間の、新しい仕事はじめなんだから、応援してくれてもいいじゃないのっ。」
「仕事はじめ? この、嫌がらせがかい?」
 指先を揺らして笑う少女に、ルックの眦があがった。
 そんな少年に、うーん、と彼女は軽く小首をかしげる。
「嫌がらせなんかじゃないよっ! ルックは知らないの? アニマルヒーリングっ!
 動物って言うのはね、人の心を癒すことが出来るんだよっ! それは、今、戦争中で廃れた心を持ってしまっているこの同盟軍の人にこそ、必要だと思うのっ! 特に、人の心を無くしたルックとかっ!!」
「故意に置き去りにしたと言ってほしいところだけど――ロッテ?」
 ふん、と鼻先一つで彼女の力説を聞き流したルックは、正面から彼女をにらみつける。
 綺麗な美少年のきつい眼差しに、ロッテがズリリ、と後ず去るのを満足げに映し出しながら、ルックはもう一度彼女の名を呼ぶ。
「ロッテ? 誰から聞いた、そんなこと?」
「す、スイさんだけど……っ。」
 彼女の手が胸元を握りこむのを見ながら、ふぅん、とルックが何気なく頷く。
 そうしながらも、彼の頭はフル回転である。
 スイ=マクドール。その名を知らぬものは、赤子くらいのものだと言われるほどの、凶悪な軍主様。
 彼によって最悪な気分にされることは、多々あった。
 悪友と言ってしまうのは少し抵抗があったが、確かにそうである。
「それで?」
「な、何よ?」
 視線を流すように見られて、ロッテはなんとなく居住まいを正す。
 なんとなく雰囲気で、ルックが何かを掴んだことを悟った。
 やっぱり、スイさんから聞いた、という一言がまずかったかなぁ、とロッテが笑顔を強張らせる。
「スイは今、どこに居るんだい?」
 じり、とルックが足を一歩踏み出す。
 じりり、とロッテが後退する。
 それと同時、暗闇に隠れた出入り口の方が、もぞ、と動いた気がした。
 ルックは鋭い一瞥でそれを睨み付け、ロッドの先に光を灯す。
 ロッテの背後に控えるように、ホールに入ってこない「もの」たちは、まるで警戒するかのように毛を逆立てているようであった。
 それを感じ取り、満足げな微笑を浮かべると、目の前のロッテが、きりり、と悔しげに唇をかみ締める。
「ルック君、顔だけは美人だから、始末に終えないっ!
 もういいっ! やっちゃいなさい、私の可愛い子供達っ!」
 不意にロッテは、大きく叫ぶと、片手を振り上げた。
 それが何の合図なのか、ルックにはわかったからこそ、彼は無造作にロッドを目の前に向けて振り下ろす。ロッテではなく、ロッテの向こうに控えている「子供達」向けて。
――が。


「みゃうっ!!」
「ばふばふっ!」
「あんあんあんっ!!」
「ふぎゃーっ!」
「にゃーっ。」
「わんわんっ!」


 声が降ってきたのは、上から、だった。
「……なっ!?」
 焦ったように見上げたルックが見たのは、吹き抜けの二階の通路――左の棟と右の棟とを繋ぐ連絡道から溢れる、毛玉の波であった。
 ロッテが、滅多に見せないルックの狼狽した顔を見て取って、にんまりと笑う。
 勝ち誇ったように細い腰に両手を当てて、ルックの振り返った顔を見つめる。
「ざぁーんねんでしたー。私の後ろに居たのは、彼ら、だよーんっ。」
 うれしくてうれしくてたまらない、と言った声に、鋭く振り返ったルックは、おずおずとホールに入ってくる五色のマントをつけたムササビたちを見て、いまいましげに舌打ちしてみせた。
 そうこうしているうちに、毛玉の固まりこと、なまもの達は、我先にと階段を飛び降りてくる。数え切れないくらいの犬猫の塊は、まるで変な模様の絨毯が走ってくるようであった。
 そして、騒音ともいえる鳴き声――ルックの背中に悪寒が走り、彼は咄嗟この獣の群れから逃げようとしたのだが。
「このまま去っちゃうと、約束の石版は、粗相ですごいことになるかも、ね。」
 どこからともなく聞こえた「会いたくなかった人物ナンバーワン」の声に、ぎりり、と視線を飛ばした。
 ロッテの後ろから出てきたムササビたちの後ろから、楽しそうに現れたのは、ロッテにことの出来事を吹き込んだであろう張本人の姿であった。
 それどころか、
「きゃーっ!! すごい、すっごい、猫さんたちだーっ!」
「わぁっ、犬もたくさん居るっ!」
 ムササビたちを伴って駆けてくるのは、この城の軍主とその姉である。
 後ろから続く子供達も、コロコロと転ぶように走り、ルックの立つ場所――ちょうど左右の階段の中央にあたる場所で、けだもの達と同化する。
「きゃんきゃんっ!」
 細い尻尾を左右にブンブン振る子犬とか。
「きゃうーっ! かーわーいーいーっ!!」
 きゅぅぅ、と抱き上げてナナミが奇声を上げたりとか。
「みゅぅー。」
「あははっ。この子、シュウの部屋に居る猫に似てる。」
 腹が大きい目つきの悪い猫を抱き上げて、笑うリオとか。
「きゃーっ。」
「きゃはははっ。」
 犬になめられて喜ぶ子供とか、猫にじゃれられて笑う子供とか。
「……………………っっ。」
 大きな犬から小さな犬まで、怠惰な猫から活発な子猫まで。
 大きな子供から小さな子供まで――と、さまざまな「どうぶつ」たちに囲まれる形になったルックは、フルフルと震えながら正面を睨み付ける。
 そこには、綺麗な笑顔で子猫を抱き上げる英雄が居た。
 隣では、にししし、といやらしい笑いを浮かべているロッテが、自分の愛猫を肩に乗せている。その様は、確かに見習い魔法使い程度に見えなくも無い。
「君ね……っ。」
「なかなかすごい光景だろ?」
 猫の喉元を撫でてやりながら、さわやかに笑う顔は、見た目だけは素敵だった。しかし、ルックはその中身を良く知っていた。
 だから、肩で何度か息をした後、呼吸を整えてから、静かに問う。
「珍しいね……君がこういうくだらないことに手を貸すなんて。」
 足元にじゃれ付いてきた子猫が、ルックの法衣の中に入ってこようとしたり、ドンッ、と背後からアタックをかましてきた大型犬にヨロけたり――そんなことが起こるたびに、スイとロッテがクスクスと笑うさまが余計に頭に来る。
 苛立ちを必死でこらえるルックに、スイは足元に纏わり付いてくる子猫をうまくあしらいながら、ゆっくりと答えてやる。
「くだらないなんて、とんでもない。
 僕はただ、君達同盟軍の人たちに、心のゆとりをプレゼントしようと思っただけだよ――……。」
「心のゆとりっ!?」
 これの、どこがっ!?
 あっという間に動物で溢れかえったホール内をいまいましげに見たルックの眼の端に、楽しげに動物と戯れるお子様が映ったが、一切見なかったことにする。
「そうそう。たまには人の親切も受け取るものだよっ!?
 それに、なんと、今回は初仕事ということもあって、料金は一切フリーだからねっ!」
 ふふ、と笑うロッテには、すかさずルックの一言が飛んでくる。
「つまり、実験体ってことだろ。」
 さらん、と言われた内容に、ロッテは視線を飛ばし――、
「そうとも言う……かも?」
 笑顔を零す。その笑顔があまりにもわざとらしいことに、ルックは鼻先で笑った後、最大の敵であるスイを見やる。
「とにかく、さっさと引き取れよ、これ。
 別にこの場所じゃなかったら、好きにしてもいいから、ここだけには入れるな。」
 自分さえよければそれでいい、という至極ルックな考えに、スイは軽く首をかしげる。
「んー……でも、契約書がないと、破棄もできないしね。」
「その契約書はっ!?」
「この間、シュウ殿に送ったよ。」
 抱き上げた猫を下に開放してやりながら、スイは優しく微笑みを零す。
 ゆったりと体についた毛を払うスイにいらだちつつ、ルックはリオを鋭く呼ぶ。
「軍師殿は今どこに居るんだっ!?」
 荒々しいルックの声に、驚いたようにリオは目を張ると、おびえる動物達を宥めすかしつつ、首をかしげる。
「多分……上じゃないかなぁ?」
 指で階上を示すリオは、不思議そうな顔をしている。
 けどその質問に答える必要などまったくないと言い切るルックは、回りの動物達を見回し、上をにらむ。
 今ここでこの場を離れたら、どうなることか分かったものじゃなかった。
 特に、ロッテが経営している動物レンタル会社――それも、今日が初仕事などと言った動物たちに、しつけを求めるのは間違っている。何せ、ロッテが飼っている猫のミナだとて、ちょこちょこと居なくなるくらいなのだ。
 そのロッテが責任者である会社を、どう信用しろというのだろうっ!?
「……っ。」
 いっそ、まとめて風で吹き飛ばすか、眠らせるかさせてやろうかと、実力行使に出ようとしたそのせつな。
「そう、シュウ殿は上だよ。」
 当たり前のようにスイが、答える。
 胡乱げな眼を向けるルックに、最高の笑顔を浮かべて見せると、つい、と指先でルックの頭上を指差し――。
「ついさっきまで、そこでルックたちを見下ろしてたよ。
 ――そう、この子たちが飛び出してきたときに、何かに倒されるように倒れたみたいだけど……まだ、上で倒れてるんじゃないかな?」
 天使のような笑顔で、悪魔のようなことを言ってのけてくれたのであった。
「………………あ、あくま…………。」
 さすがに、今回の原因の一端を担ったとは言え――ロッテも、そう呟かずには居られなかった。









 全治一週間――そうホウアンによって診断されたシュウが、包帯を巻いた姿で執務室にこもっているのを、こそっと眺めていたリオは、自分の背後に立つ少年を見上げて、ホッとした笑みを浮かべる。
「良かった。どうやらシュウ、仕事は出来るようです。」
「そう、良かったね。シュウ殿が倒れたら、同盟軍の一大危機になるところだったじゃないか。」
 優しい微笑みで言ってくれる英雄であるが、もとはといえばこの人のせいである。
 しかし、そんなことチリとも思わない健気で天然な同盟軍軍主は、にこ、と笑いかえす。
「ほんとです。シュウに仕事を押し付けることが、出来なくなるのかと思いました。」
 笑いながら言われた内容も、軍主というには自覚が欠けまくっていたが、スイはそんなことはまったくもって気にしなかった。
「何はともあれ、無事に済んで良かったよ。」
 にこにこと笑いあいながら、二人は「時々うめき声の聞こえる執務室」を後にした。
 歩きながら交わす会話は、いつものように朗らかな雰囲気と微笑みで保たれる。
「ほんとですよねっ。シュウも喜んでくれたみたいで、昨日の夜は、自室の猫を、大切そうにキュゥって抱きしめてました。」
「そう、アニマルヒーリングの大切さを分かってくれたみたいだね。」
 楽しそうに笑うリオは、そのときのシュウの背中に背負った暗雲だとか、ブツブツ呟いていた「お前だけだ、俺にはお前だけなんだ」という声は、見なかったこと、聞こえなかったことにしたらしい。
 そして、スイも、シュウがそういう行動に出た理由を理解していたのだが、顔には絶対に出さない。心の中で笑うだけである。
「ええっ! やっぱり、スイさんに相談してよかったって思います。
 シュウさんへの誕生日プレゼントっ!!」
 相談したら、シュウさんは犬と猫とどっちが好きか、なんて聞かれたから、一体何なのか全然わからなかったけど、とリオは照れくさそうに笑う。
「いやいや、こちらこそ、いいデータが取れたって、ロッテが喜んでいたよ。
 まぁ……この事業が続くかどうかはわからないけどさ。」
 最後の一言だけは、ぼそり、と口の中で呟く。
 リオはニコニコとそんな彼を見上げて――ふと、目の前から走ってくるナナミに気づいた。
 姉は、焦ったように走りこんでくると、
「大変、大変なのよ、リオっ!!」
「大丈夫だよ、ナナミっ。シュウは、ちゃーんと仕事してるから、僕は今日も、一緒に遊べるよ。」
 軍主として、人間として、なにやら間違ったことを断言している自覚はないらしいリオの両肩を掴み、ナナミが顔を近づける。
 そして、血走った目で、はっきりと叫ぶのは。
「シュウさんの誕生日、来月だったのよっ!!!!」
 お約束といえば、お約束すぎる内容であった。
「――……え、ええええええーっ!!!!?」
「………………ああ、それじゃぁ、一緒に、考えようか? プレゼント。」
 我が意を得たり、とばかりに微笑むスイの笑顔に、二人の姉弟は、きょとん、としたあと――花がほころぶように笑った。
「はいっ! お願いしますねっ!!」
 ――――そうして、ちょうどそれを聞いていたルックにとっては、魔王様の退屈しのぎのいたずらにしか見えなくて。
 彼は心に誓う。
 来月の今日、絶対に城には居るものか、と。









 さてその頃、マクドール家には、大統領からの手紙が届いていた。
 その内容は、この間頼んだ件を解決してくれたことへの礼状であった。
 さすがスイ様、だとか、あなたこそ大統領にふさわしいとか、そういうことが書いてある礼状は、さっさと宛名人によってゴミ箱に捨てられてしまったのだけど。
 偶然それを拾った従者は、書かれた内容と、この間同盟軍で起こった悲惨な事件とを照らし合わせて――この情報は、その騒ぎに巻き込まれた某青くて不幸な人だとか、大統領の息子だとかから聞いたのだけど――、なるほど、と納得した。
 それと同時に、同盟軍の人にちょっと同情を覚えずには居られなかった。
 何せ。
「解放軍本拠地にて飼っていた猫が、増殖しすぎているため、里親を探してほしい件。
 山で野良犬が大量発生しており、旅人が難渋している件。」
 という、内容であったのだから。
「――結局、あの猫と犬さんたちは、どうなったんでしょうねぇ?」
 首をかしげるグレミオに、しれっとしてスイが答えるところは。
「どこかのお優しい軍師様が、里親を探してさしあげたそうだよ。」
「――………………ぼっちゃん、もしかして、騒動起こしたあげく、人様に押し付けてきたのですか?」
「人聞きの悪い。
 アレは、リオから軍師どのへの、一月間違えのプレゼントだったんだから、さ。」
 おかげで、レンタル会社は設立できなかったけどね、と、残念そうな声色とは逆に、楽しそうに楽しそうに笑った。














夢見様


 33333ありがとうございました〜。
 だいぶっ、だいぶ、遅くなりまして、本当に申し訳ないです。
 そのぶん、いつもよりも愛情を、イヌネコにこめて見ました。
 リクエスト内容は、2主と坊とのイタズラに困るシュウだったような気がしますが。
 ……どうしてか約一名、呼ばれもしないのに出てきて、迷惑こうむっているヒトがいます。
 しかも、元ネタは余所様から頂いたネタだったりしますが──……(^_^;)。
 お受け取りくださると幸いです。






………………………………………………ちなみに来月のシュウの誕生日のごぢつだん

リオ「シュウっ! 誕生日おめでとうっ!
 これは、ぼくからのささやかなプレゼントだよっ!」
 うねうねうねうね
 うねうねうねうね
シュウ「…………なんだ、この、ナマモノは。」
ナナミ「前回は、間違えプレゼントで、アニマルヒーリングだったでしょっ!? だから、今回は身体を癒してもらおうと思って、マッサージ器をプレゼントっ!」
リオ「これで、毎晩毎晩、座りっぱなしで腰に来ている身体をほぐしてね、シュウっ!」
シュウ「……………………。」
 うねうねうねうね…………ぺと。
シュウ「…………っ!!!!!」
リオ「ああっ! 逃げちゃダメだよ、シュウっ。これはね、こうやって。」
 ぺたぺた
リオ「くっつけることで、気持ちいいんだよっ。」
シュウ「……な、なまぐさい……。」
ナナミ「我慢我慢。我慢だよ、シュウさんっ。」
 うねうねうねうね
リオ「どう、シュウ? 気持ち良い?」
シュウ「と、鳥肌たってきた……なまぐさい……、ねとねとする。」
ナナミ「慣れてきたら、これが快感になるんだよ、ね、リオっ!?」
リオ「そうそう。」
 うねうねうねうね……。
シュウ「…………………………。」






フリック「おい、ビクトール!? なんでシュウは、頭にタコ乗せてるんだっ!?」
ビクトール「ぷ……っ、ぶははははっ! 見たのか、見たのか、あれっ!? 面白かっただろーっ。」
フリック「あれはいったい、なんなんだっ!?」
レオナ「マッサージ器のつもり──らしいよ……。」
フリック「まっさーじっ!? あれがっ!? タコがっ!?」
ビクトール「いやな……シュウのプレゼントにって、二人がスイに話を聞きにいったんだが──。」
フリック「スイの入れ知恵にしては、生易しいな、あれは。」
ビクトール「いやいや。グレミオがさ、前回の件があるからって、スイの意見をねじ伏せて、マッサージ器にしたほうがって、二人を説得したんだよ。」
フリック「グレミオが? ──で、なんで、タコ……なんだ?」
レオナ「グレミオさんがね、マッサージ器ってなんですか、って聞く二人に、こう説明したらしいよ。
 これくらの太さで、吸盤みたいなものが、付いているもので、うねうねと動くのが、最近の流行りらしいです……って。」
フリック「吸盤みたい……って、ああ、うねうねと動く円盤みたいなのが入ってるってことか。」
ビクトール「いや、たぶん、肩叩きみたいなほうを進めようとしたんじゃねぇの? もしくは、周波マッサージ?」
フリック「…………で、あれ?」
レオナ「あれ。」
ビクトール「あれ。」
三人「「「………………………………」」」

 ぶはっ!

フリック「あはははははははっ!!!!」
ビクトール「なっ、なっ!? 腹よじれるだろーっ!!?」
レオナ「ぷっ、くすくすくす……もう、たまんないよねぇ……っ。」