弟子入り志願!




「スイさんっ! 僕、今日から一ヶ月、スイさんの弟子になりますっ!!」
 いつも高らかにお迎えにくる少年が叫んだ瞬間、空気が凍ったような気がした。
 ゆったりとした仕種でお茶を入れていたグレミオはその動きを止めて、硬直した。入れている最中の液体まで硬直するはずもなく、いい匂いをさせていたお茶は、こぽこぽとカップから零れていく。
 優雅に紅茶の香りを楽しんでいたクレオは、一瞬目を丸くした後、すぐに我を取り戻して、真剣な表情をしている少年を見た。
 ある日この屋敷の主である少年と一緒にやってきた彼は、いつもいつも思いもよらないことばかりしてくれて、面白いといったら面白いのだが……──。
 パーンは先程の台詞を聞いていたのか聞いていなかったのか、ごぼごぼとお茶を零すグレミオの手首を掴んで、
「グレミオ、もったいないだろ。」
 と、呑気にその腕を戻した。
 グレミオはハッと我に返ると、自分が零したお茶の量を確認して、空に近い中身に苦笑した。そして、ポットをテーブルの上に置くと、
「すいません、ぼっちゃん。交換してきますね。」
 と、ふきんでとりあえず零れるお茶を止めてから、スイに微笑んだ。
 爆弾発言した張本人の目の前に座っていたスイはというと、一番に入れてもらった紅茶を呑気に啜りながら、キラキラと目を輝かせているリオを見て、まるで動じないまま、逆にリオに聞き返した。
「それは、シュウ殿の許可があってのことかな?」
 と。
 刹那、リオの表情がやや強張ったのを、スイは見逃しはしなかったし、それを見逃したままにするほど、優しくもなかった。
 スイはわざとらしく重い溜め息をつくと、リオと一緒にやってきていた一同を横目で見た。
 今日のパーティメンバーの選択は、どう考えてもリオの意志ではないような組みかたであった。おそらく、先走るリオの後を付いてきたという表現が正しいのであろう。
 トランに来るというのに、ナナミが来ていないのはとても珍しい事であったし、トランに来る事──正しくはマクドール家に来て、トランの英雄に会いに来る事──を拒んでいる人間が、リオに付いてきているということから考えるに、シュウが付けたと考えるのが一番いい気がした。
 だからスイは、黙って視線をずらすリオではなく、リオの後ろで所在なげに立っている同盟軍のメンバーを横目で見やった。
 そして、彼らに軽く微笑みかけた後、
「それで、リオはシュウ殿相手に、何をしでかしたの?」
 そう、尋ねた。
 瞬間、それを聞いた一同は、何も言わずリオの後ろ頭を眺め、スイのまっすぐな視線から逃れるように視線をずらした。
 ぎこちないそれは、あからさまに何かあるぞ、と告げているようで、スイは溜め息を押し殺すつもりもなく、そっと吐息づく。
「リオ。僕は君に説教をするつもりはないけど、やはり君が軍主である以上、城を一月もあけるのは好ましくない事だと思うし、僕が一月そちらで世話になるのも、いいことだとは思わない。──その上でそういうことを言うということは、それなりの事情があるということだろう? まずはその理由を話してくれないことには、答えようが無いよ。」
 やんわりと言い聞かせながらも、スイがその時思ったのは、これ以上面倒ごとに巻き込まれてたまるか、であった。
 何せ、クレオやパーンは見て見ぬふりをしているが、リオの後ろに立っている軍団の視線の痛い事痛い事。
 もし今すぐ、何の理由も聞かず、「いいよ。」などと答えたら、彼らの攻撃が跳んできそうな勢いであった。
 元々同盟軍の一部の者にはあまり良い感情を持って迎えられていないのがスイである。特に新同盟軍発足から中ほどに仲間になった、ちょっと古い部類に入る仲間達には、スイの印象は良くない方が多いのだ。後からやってきたくせに、軍主の心を丸ごと奪ったと思われているのだから。
 発足当時からの仲間達の多くは、リオの状況を良く知っているためか──おそらくジョウイがいるころに仲間になったであろう者達──スイに対しては好意的に受けっている。
 他の仲間は、スイが来てから仲間になっている者たちも多く、そう悪い印象を与えていないと思うのだが。
 今日ここに居る仲間達は、シュウによってセレクトされたのだろうか、皆が皆、スイに対してあまり良くない感情を持っていないものばかりであった。
 スイはトランの英雄で、あわよくばジョウストン都市同盟の軍主に取って代わろうとしているのではないか? そう思っていると感じるくらいに痛い視線や態度を見せ付けてくるのだ。
 勿論、スイとしてみたら、何が楽しくて故郷でもない国で、軍隊を掲げて闘わなければならないのだ、ということになる。しかしそんなこと彼らは知りもしないし、スイがどうして戦いを嫌がっているのかなど、知る機会すらないだろう。
 だからか、リオの後ろに立っているアンチ英雄派の彼らの、ただ黙っているだけの眼差しは、突き刺さるくらいに痛い。その突き刺さる先に居るスイは、何事も感じないように右から左に流していたが。勿論それが彼らの苛立ちを増加させるとわかってのことである。
 一般的にこのような行為を、「根性が悪い」というが、この場にいる人間で、スイの性格の一端を締めているその事実に気付く者は、決してそれを口にすることはない。そのため、スイをよく思っていない一団は、自分達の視線がどれほど危険なものなのか悟る事はなかった。
 スイが心の中で、あとでどういう風にいぢめようかなぁ、と思っていても、彼らにそれは分かるはずもなく、また感じ取れるはずもないのである。──故に、逃れる術も無い。
 密かにクレオが同情の視線を向けていたが、そんなことに気付くような軍団ではなかった。
 彼らは困ったような表情をしているスイが、リオの弟子入りを許可しないように意識を働かせるので精いっぱいだったのである。
「でもスイさん、僕に修行した方がいいって言ったのは、シュウなんですよぉ?」
 ぷ、と頬を膨らませて、子供じみた仕種でスイを見あげると、前々から弟が欲しいと思っていたスイは、一家に一匹くらいいてもいいかも、と思う気持ちをぐっと堪えて、
「売り言葉に買い言葉を、そのまま受け止めても、困るのは君たちだろう? 実際、シュウ殿は、君を止めるために彼らをよこしているのではないのかい?」
 穏やかに言葉を紡ぎながらも、そこに威厳が出るように囁くと、リオは叱られた小犬のように、シュン、と俯いた。
 まさにその通りだったのだろう。
 いつものことなのだ。
 解放軍時代の自分やマッシュからは考えられないことなのだが(最もマッシュとスイでは、親子ほど年が違ったせいもあったろうが)、リオとシュウは、よく言い合いだのくだらないことで論争だのを繰り返している。
 シュウはリオのことを弟のように接している所もあるし(実際姉弟の保護者である)、リオも年の少し離れたお兄さん風にシュウに接している。二人は二人なりに互いを信頼しあっているのだろう。事実戦争になると、これ以上ないくらいのコンビプレーをみせるのだという。リオもシュウに一切の信頼を置いているという。
 が、プライベートになると──スイが普段見ている二人は、信頼しあってはいると思うのだが、なんだか少し違うような信頼の仕方であった。
 殺伐としていた解放軍の時に比べて、とても温かくて──気持ちのいい、羨望すら覚える信頼の仕方であった。
 だから、くだらないことで二人が言い争っているのを聞くと、いつも苦笑めいた感情を覚えるのだ。
 今回もどうせその口なのであろう。
 いつものパターンである。
 おそらく、トランへ行くと宣言したリオを止めようとしたシュウが、せめてこの書類を終わらせてから行きなさい、と言って。リオがそれは軍師の仕事だろ、と反論して、シュウが軍主たるものうんぬん、と説教をして、それを聞かなかったリオに、「軍主らしくなるための勉強をしなさいっ!」と叫んだ。
 いつもなら、ここでリオが、
「軍主を軍主らしくさせるのが軍師の仕事だろーっ! やりたかったら捕まえてみたらっ!」
 と叫んで逃げるのが王道なのであるが。
 今回、リオは新たな作戦に出たらしい。
 つまり、
「わかったっ! じゃ、僕、スイさんのところで正しい軍主のあり方を学んでくるねっ! 一ヶ月くらいっ!」
 と、なったわけだ。
 そしてそのままいつものパターンのごとく、逃亡。
 今に至る。
 スイの予測としては、そのような感じであったのだが、穏やかに「こんな感じかな?」 と尋ねたスイの視線をさけるリオの表情から察するに、八十パーセントは当たっていたというところだろうか?
 リオの後ろに控えていた一同は、おそるべし、英雄……っ! という表情をしている。
 リオのいつもの行動を知っていたら、これくらいはたやすく予想できるのだが。
 その件については黙って、スイはリオの顔を見た。
「リオ、城をあける以上は、きちんと軍師、ならびに幹部達の許可を取らなくてはいけないよ? それは君も分かってるだろう?」
「……まぁ、シュウがちょっと慌てるくらいでいいんですけどね。僕としても。」
 スイがもっと慌てるような反応をするかと想っていたリオは、以外に冷静な彼の姿に感心しつつ、自分の考えが理解されていることに苦笑いを見せた。
 一月も城をあけるつもりなど、もともとリオにはないのだ。
「僕のところに来たのは、逆効果じゃないのかな?」
 必要以上に口にはせずに尋ねたスイの、言葉の裏に隠された言葉を正確に読み取って、リオは軽く首を傾げた。
 シュウが口うるさく言うようになった理由のひとつに、確かにスイの存在があることは否めない。シュウを初め、同盟軍幹部たちは、確実にスイのことを意識している。同盟軍にいるときは猫をかぶっているとはいえ、それでも圧倒的なカリスマを見せるスイ=マクドール──三年前、リオと同じように軍を率いて、自らの故郷たる国を滅ぼした少年。リオと同じ様な立場でありながら、絶対的に異なる立場に立っていた少年。
 リオとは異なり、幼い頃から英才教育を受け、孤高のカリスマを身につけ、それでいて優しさと穏やかさを身につけた、彼の──英雄のもたらす影響を、シュウ達は恐れている。
 だからこそ、リオによりリーダーらしさを求めるのだ。
「僕にスイさんみたいなリーダーらしさを求めても無駄だってことに、気付いてないんですよ。──僕がスイさんの真似をすればするほど、悪い結果しか生まないということに。」
 リオはもっともらしく呟きながら、グレミオが用意したクッキーを手にする。そこからは焼きたてのぬくもりを感じる事ができた。
 スイはそんなリオを好ましい目で見つめる。
 彼を育てた親は、とても才知に溢れた人物だったようである。
 リーダーとしてではなく、一個の人間として、とてもいい見方を彼は自然体で有している。彼は「自分自身のアイデンティティ」をしっかりと身につけている。それが何よりもの、リオのリーダー気質を生み出しているのだ。
「リオはいい子だね。」
 スイは優しく微笑む。
 その綺麗な微笑みに、リオは一瞬見惚れて……すぐに苦い笑いを描いた。
 スイは、自分がどうしてこういう行動に出たのか、分かっているのだ。
 子供じみた行動だと、自分でも思っている。でもこれ以外に思い付かなかったのだ。
 シュウたちへの、言葉にならない非難を、的確に表現して、更にそれが「子供じみたわがまま」で終わらせる方法は。
「そうだね……君が修行する手伝いはできないけど、僕が軍主としてどういう風に過ごしてたかは教えられると思うよ? それを学ぶんじゃ、駄目かな?」
 スイは微笑みながら、提案してくれる。
 彼の整った容貌をキョトンと眺めて──すぐにリオは破顔した。
「はいっ! それじゃ、今日一日、よろしくご教授願いますねっ!」
 焦ったのはリオの後ろにいた一群である。
 シュウから、きつく「すぐに軍主を戻せっ!」との司令を受けているのに、リオは今日、この屋敷に泊まっていくつもりなのである。
 このままではまずい、と慌てて行動に移そうとしたものの、リオが嬉しそうに笑顔でいるのを見て──それが今日初めての全開の笑顔だったので……五人は一気に言葉に詰まった。
「それでは、客室をご用意いたしますね。皆さん、食べられないものがあったら、遠慮なくおっしゃってくださいね。」
 更に、雑巾を絞りながら笑顔で言ってくれたグレミオの、筋張った心も溶けてしまう、のほほーんとした言葉に、リオの本日のパーティメンバーは、喉元まで出掛かっていた言葉を全て喉に押し込めてしまった。
 その上、グレミオとの絶妙なる連携プレーで、
「シュウ殿にはこちらから連絡を入れておくから、君たちもゆっくりしていくといいよ。今日は市が出ている日だから、クレオにでも案内を頼んで、買い物をしていったらどうかな?」
 109人(初代リーダー、スパイをも含む)を口説き落とした笑顔を持ってして、スイが誘いをかけた。
 瞬間、リオの後ろで気色ばっていた一同は、喉まででかかっていた台詞を全て飲み込んでしまった。
 今日くらいは、いいか、と。
 
 
 
 
 
 

「朝はいつも六時起きなんですかっ!?」
 メモを片手に、スイの説明を受けながら、リオが驚いたように目を見張る。
 スイは棍を構えながら、柔かに微笑んで見せた。
「朝の鍛練の時間だよ。夏はもう少し早かったと思うけど……冬はだいたい六時だよ。朝日が昇る、少し前くらい。」
 芝生の生え揃った庭で、スイはいつもの姿よりも少しラフな格好で、リオの前で人型をかたどったわら人形を前にして鍛練を見せていた。
「レパントとか、アレンやグレンシール……後はペシュメルガとかが、打ち合いの稽古をしてくれたっけ。」
 いいながら、スイは無造作に棍を振るう。
 ひゅん、としなった棍が、わら人形の腕を叩き落とす。特にチカラを込めているようにも見えないのに、その切り口は剣で切ったように揃っている。
「で、朝食を食べてから、マッシュ……軍師の元で今日のスケジュールの確認。時間がないときなんかは、御飯食べながらお互いに確認しあってたね。──行儀が悪いって、マリーに怒られたっけ。」
 懐かしそうに目を細めるスイの横顔を見ながら、リオは自分のことを思い出す。
 朝はいつも誰かに起こしに来てもらう。
 それから朝御飯はナナミ達と一緒にわいわい摂って──そのまま遊びに行く計画を立てていると、シュウが怒ったような顔で乱入してきて、今日はこれとこれとこれの会議が……と、予定を叫んでいく。それを半ば無視して、トランへ行って…………………………。
 いや、大事な会議の日とかは、きちんと出てるけどね。と、誰にともなく、心の中で言ってみた。
「打ち合わせが終了したら、城の見回りをしながら、今日のパーティメンバーを決めるんだよ。その日のそれぞれの体調をリュウカン──医師に聞いたり、紋章のことでジーンと話し合ったりとか。」
 リオは再び自分のパーティメンバーの決め方を思い出す。
 まず真っ先にレオナの所に行って、昨日飲んでいた人をチェックする。それから、彼らを除いたメンバーのうち、健康そうな人間を適当にセレクト。たまに一人で出掛ける事もある。
「パーティメンバーが決まったら、遠征、もしくは下調べとか……まぁ、レベルアップとかに行くわけなんだけど、日が沈むころまで町を巡ったりするかな?」
「あ、それは僕も同じです。」
 最も、スイを迎えに来るときは、時折昼過ぎまで城で遊んでいる事もあるが。
 スイと折角一緒にいるのに、ただレベルアップするだけなんてつまらないからである。
「それから、あとは……夕飯の時間になる前にお風呂に入って──。」
「僕は先に御飯かな? それからお風呂にはいるんです。汚れ具合によって順番が替わりますけど。」
 何時の間にかリオのメモには、「僕」「スイさん」との分けが出来ていたが、本人はまるでそれに気付いていなかった。
 スイもスイで、それから先の事を思い出すかのように眉をしかめていて、リオがメモを取っている事には気付いていなかった。
「御飯を食べてから、もう一度城の見回りをして、それからマッシュの所で明日以降の確認とか、勉強とかして……──。」
「え?」
 何か今、とてつもない単語が出てきた気がして、リオは首を傾げてスイを見つめた。
 スイはリオの大きな瞳に微笑みかけて、
「時間があまったら、マッシュにいろいろ教えてもらってたんだよ。軍事とか、陣体系とか、いろいろと。」
「………………勉強家なんですねぇ。」
 たらり、と密かに冷や汗を垂らしてリオは微笑んだ。それ以外言葉がなかった。
 自分がお風呂上がりに何をしているのかと言うのを思い出して、リオはちょっとメモをぐりぐりとペンで書きなぐって見る。
 ナナミと一緒にフロあがりのいっぱいを飲んで、それから城中で遊びほうける。例えば夜の日課と称して夜の散歩をしたり(本当はただシュウから逃げているだけ)、道場でたまーに夜の訓練をしている兵に混じって遊んでみたり──シュウに捕まって日は、夜遅くまで書類をかかされているが、ほとんどの確率においてそれはなく、夜寝る前に、リドリーやテレーズを捕まえてその日の会議の結果を聞くことがほとんどである。
「その後に夜の兵舎の見回りをして、夜の訓練をしているのを見ていたりとか、飲んでるビクトール達に付き合ったりとか──。」
「なんかすごく働いてますね、スイさん。」
 自分と比べるのもバカバカしいと言いたげに、リオが感心していると、スイは苦笑いを見せた。
「そんなことないと思うけど……まぁ、動いていないと落着かなかったっていうのもあったんだろうね。」
 少し寂しげに微笑んだスイに、リオは何も言わず無言でメモを取る手を止めた。
 スイについての噂は、それこそ星の数ほど聞いた。トランから来ている人達の多くは、スイと自分を比べていたのも知っている。けれど、自分をよく知る人たちは、「リオはリオでしょっ!」と言い切ってくれた。だから、自分だけの考えだけではなく、自分に自信が持てた。
 トランの英雄が、自分と同じ様にしていたからと言って、自分もまた同じ様にしなければいけないわけではないのだ。
 正直な話、トランの英雄には昔から憧れていた。ジョウイが自分たちと年の変わらない少年がその偉業を成し遂げたと、すごく嬉しそうにいった日から、憧れてもいたし、いつか会ってみたいと思っていた。
 実際会って、初めて見かけたときのような儚い雰囲気は滅多に見れないけど、その雰囲気にふさわしい過去を経験してきたのだと、それだけは分かる。
 彼は自分たちには決してその弱さを見せない。
 一度ビクトールやフリックも、苦く言っていたのを聞いた事がある。
「お前は、昔から俺達にも弱みを見せないな。」
 強がりではなく、ただ自然体で弱みを見せないと、彼らは苦く笑っていた。
「スイさんって、凄いですよねぇ。」
 しみじみと感心した口調で呟くリオを、スイは不思議そうに見つめる。
「すごい……のかな? 僕としては、まだまだだったと思うけど──自分で精いっぱいな所も多かったし。」
「そんなことないですよっ! 僕と比べたら、ずっとまともな軍主ですっ!!」
 力説するリオに、そんな風に例えるリオのまともじゃない軍主というのはどういうのなのだろう、と一瞬スイは言葉を詰まらせたが、何も言わず曖昧な微笑みを浮かべた。
「軍主のあり方も人それぞれだと思うけどね。」
 事実、天真爛漫なリオだからこそ付いてきている人も多くいるはずだった。
 そのリオの笑顔や、リオのありようそのものが好ましいと思っている人だっているのだ。
 特にシュウ殿がそうではないかと、スイは睨んでいる。何だかんだと、リオに仕事をさせようとしているシュウだって、リオに必要以上の軍主としての仕事を求めているわけではない。自由に好きなようにしているリオがリオらしいと、そう認めている。
「そうゆうものですか?」
「そういうものだよ。」
 微笑んで、スイは受け答えした後、棍を振りあげ、そのままわら人形めがけて叩き落とす。
 汗一つかいていないまま、スイは落した人形を片づけ始める。
 リオはそれを手伝いながら、ふと思い出した。
「そう言えば、ビクトールさんとかフリックさんとかは、僕にスイさんを見習えとか言いませんね。スイさんだったらこうしたとか、そういうの。」
「え? フリックも言わないの?」
 さすが分かってるんだ、と感心したリオに、スイがちょっと驚いたような表情になった。その後、少し首を傾げて、
「そっかぁ。フリックも大人になったんだねぇ………………今度会ったら覚えてろよ。」
 幸いにしてか、最後の一言はリオには聞こえなかったようである。
 リオはメモをまとめて折りたたみながら、スイに誘われて庭を後にする。
 スイが訓練に使っている庭は裏にあるため、そのまま裏口から屋敷に入る。厨房に直結したそこから中に入ると、グレミオが白いエプロンを付けて振り返った。
「訓練はおしまいですか?」
 にこりと微笑む端正な青年がいそいそとスイの元にやってくる。
 スイはそんな彼に棍を手渡すと、汗もかいていないのに、風呂で汗を流してくると、リオを伴なって風呂場に向かった。
 リオも特に依存はなく、逆に尻尾があったら振っているくらいに嬉しそうに付いていく。
「スイさん! お背中流しますね〜。僕得意なんですよぉ。」
「あ、リオ君のお着替えも用意しますね。ぼっちゃんの服でサイズは大丈夫でしょうか?」
「後であわせればいいだろう。タオル持ってきてね。」
 リオも一緒に入るのを前提に会話されるグレミオとスイの会話に、リオは目を丸くさせた。
 まさか本当に一緒に入れるだなんて思っても見なかったのである。
 同盟軍では滅多に一緒に入ってくれないスイが!
「すすす、スイさんっ! いいんですかっ!? お風呂……っ!!」
「え? 何? 入りたくないなら……──。」
「いえっ! 入らせていただきますっ! 勿論スイさんの背中も流させていただきますっ!!」
 ぎゅむ、と拳を握って力説した後、リオはにやつく頬を抑えて、不思議そうに首を傾げて歩いていくスイの後に続いた。
 漏れてくる不穏な笑い声を必死に押さえながら、リオは今日の何よりもの成果を喜んだ。
 シュウに一泡吹かせると同時に、僕が僕であることがいいのだと思い知らせるだけでなく、解放軍時代のスイさんを知る事ができる、という、おいしい結果だけでなくっ!
 まさか思いもよらない、「スイと一緒に風呂に入る イン マクドール家」まで実現できるとはっ!
 これ以上ありえないくらいの喜びである。
 足取り軽く、リオはスイのしっかりとした足取りの後を付いていく。
 スイに負けない軍主となれと、密かにプレッシャーをかけてくれたシュウに、ありがとう、と礼を言いたくなった。こんなラッキーなことがあるのなら、少しくらいシュウの説教も聞いてもいいかなぁ、と思ったのは、とりあえず心の中に秘めておく。本当に説教されては嫌だからである。
 帰ったらナナミに自慢してやろう〜♪
 広いマクドール家のお風呂に向かいながら、鼻歌などを歌いたくなったリオであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ああ、よくお似合いですよ。」
 にっこりにこにこ、と、必殺毒気を抜く笑顔でもって、グレミオは褒めてくれた。
 その彼の手には、白いシャツが二着ほど掛けられている。
 近くの椅子にも数着の上着やスラックスが掛けられている。
 未だかつて、こういう形の正装を着た事のなかったリオは、体中からスイと同じ石鹸の匂いをさせて、着せ替え人形をしていた。
 椅子に腰掛けたリオの頭を、クレオが丁寧に整えている。その後ろでは、スイが自分で衣装箪笥を開けて、自分の身なりを整えている。
「…………グレミオさん、こういう服──って?」
 着替えというから、てっきりスイが来ているような普段着を貸してくれるものだとばかり思っていたリオは、正装としか思いようのない服を見やって、自分の足下で服を整えているグレミオを見下ろした。
 いつもスイの着替えを手伝っているのだろうか、慣れた仕種でグレミオはリオの服の裾を手早く整えていく。
「クレオ、手土産の準備はできている?」
「はい、ぼっちゃん。後でお持ちいたしますね。」
 リオの髪の毛を整え終わったクレオが、珍しく正装を着込んだスイを振り返って、しばし言葉を飲んだ。
 そして、ほう、と感嘆の吐息を零すと、
「よくお似合いですよ、ぼっちゃん。」
「……ありがとう。」
 あまり正装は好きではないスイは、襟元を整えながら苦笑いを浮かべる。
 そして、リオを見やると、
「グレミオ、もうそれくらいにしないと、間に合わないよ。」
「えー、あ、はいはい。でもリオ君を着飾るのも結構楽しくて……あ、これなんかもつけましょうか? やっぱりカフスは──。」
 スイが正装することは滅多にないので、本当ならスイを思い切り着飾らせたいのだろう。しかし、それをどれだけスイが嫌がるのか分かっているグレミオは、そのうっぷんをリオで晴らそうとでも言うかのように、リオの体中を弄り回している。
 リオは棒のように突っ立って、どんどん重くなっていく自分の身体に気が重くなっていった。
「あの〜。一体何がどうなってるんでしょうか…………?」
 間に合わないって? どうして正装なんだろう?
 疑問が頭の中をぐるぐる回っていると、スイがいつもより数段艶やかないでたちで、微笑みを浮かべて囁いた。
「リオ、よく似合ってるよ。」
「え? あ、そうですか? えへへ、ありがとうございます。スイさんもすっごく綺麗ですよ。」
 てれてれ、と頬を紅潮させて、リオはスイを見て……息を呑んだ。
 お世辞に返すように言ってみた台詞が、本当に的を得ていたのだ。
 さすが貴族様とでもいうのだろうか、雰囲気もスタイルも、何もかもが──空気から違っていた。
 見惚れずにはいられないその仕種に、ほう、と吐息を零すと。
「ぼっちゃんっ! ああ、よくお似合いですよ〜。グレミオは、グレミオは……っ!」
「感動するのはいいから、その手に握ってる髪飾りは放せ。」
 今にも抱き付きたい気持ちをぐっと堪えているグレミオの眼差しがうるるん、と潤んでいるのはいいとして、両手に握っている髪飾りが不穏な感じがして、すかさずスイはグレミオから遠ざかる。
 そして、椅子に座ったままポウっとなっているリオの手を取ると、彼を椅子から立ち上らせる。
「それじゃ、迎えを待っていようか。」
「……迎え??」
 まさか、この格好でジョウストンまで行くというのだろうか?
 しっかりシュウに連絡を取って、自分を迎えに来てもらったというのでも、べつにかまいはしないのだが(スイとの風呂で、身も心も満足したし)。
 グレミオは不思議そうにしているリオに、顔を顰めた。
「ぼっちゃん、リオ君に説明してないんですか?」
 非難もあらわなその声に、スイは軽い仕種で肩を竦めて見せた。
「うん。逃げられたら困るし。」
 しれっとして言ってくれたその言葉に、リオはぎくり、と肩を強ばらせる。
 やはりシュウがここに来るとでも言うのだろうか?
 嫌な予感に胸震わせたリオにしかし、
「逃げられてって……単にレパント殿が迎えに来るだけでしょう?」
 クレオが簡単に種明かししてくれた。
「れ、レパント大統領っ!?」
 てっきり怒り心頭に達したシュウがやってくると思っていたリオは、思いもよらない名前にきょとんとした。
 それから、無言でスイを見あげる。
 スイは、とろけるような笑顔で、
「レパントが是非夕食を一緒にってね。」
 それだけ告げた。
「えええっ!? そそ、そんなの早く言って下さいよっ! 心の準備が……っ!」
 慌て始めたリオに、そうだと思ったから、とスイが微笑んだ。その笑顔の裏に、嬉しそうな表情が見え隠れしているのは、きのせいではなかった。
 事実、グレミオとクレオが端のほうで、
「食事に誘われていたのって、ぼっちゃんだけですよね?」
「だから、面倒なこともすすんで……リオ君を巻き込むために──。弟子入り志願なんて受けて……──。」
「可哀相に、リオ君。精いっぱいもてなしてあげましょうね。」
 囁き合っていたが、それは勿論、リオの耳に入ることなどなかったのである。
「さぁ、レパントが迎えに来てくれるから、リビングで待っていようか?」
 にっこりと笑顔を見せて、スイはリオを伴なって部屋を出ていった。
 きっと今日は、レパントを放って話に盛り上がることであろう。
 
 
 
 
 
 

 リオが元気に帰っていって、それを快く見送ったスイは、疲れた疲れたと、早速怠惰にソファに埋もれた。
 英雄に憧れている少年には見せられないような怠惰さである。
 しかしそれが日常と化しているため、グレミオは呆れたようにスイを注意するだけにとどめておく。
「んー、あ、とりあえず2、3日はレパントからの話は引き継がないでね。うるさいから。」
「そう思っているのでしたら、何もリオ君まで巻き込まなくても……──。」
 苦笑いを見せるクレオに、スイは片手を振って答えた。
「二人っきりは避けないとね。うるさいからさ。」
 そんなスイを横目でみやって、重い溜め息を吐いたかとおもうと、グレミオは洗濯物を抱えて、
「リオ君がぼっちゃんを見習わない事だけを祈ってますよ。」
 と、呟いた。
 
 
 


 

 一方、同盟軍に戻ったリオは、たった一日で憔悴しきったシュウに出会って、彼からやはり説教を食らっていた。
「あなたがあなたであるから、皆ついてくるんですっ! トランの英雄など、真似しなくてもいいんですよっ!」
 シュウの口からそういう台詞が聞けて、リオは満足したが。
 その満足度も、
「スイさんと一緒にお風呂入って、服借りて、いっしょに御飯食べたんだ〜。」
 という、喜びの前には一気にランクダウンしてしまい、気付いたら思い出の奥底に封印されていたという。
 結果。
 シュウはやはりリオに向かって「トランの英雄に憧れるくらいなら、軍主らしさも見習え」と叫ぶことになり、リオはリオでそれに反発し……とどのつまり、 「初めへ戻る」ことになったのだが、それはそれで、またリオらしい要因なのであろう。







そしてまた、今日も軍師と軍主は追いカケッコをするのであった。


Satori様



 Wリーダーのラブラブとのことでしたが……どうでしょう?
 ラブラブっていうか、ただ単にふつうに会話しているように感じますが、そこかしこで坊主めいた動きが……(坊主かい←突っ込み)! と本人は思ってるんですが……
 このようなもので良かったら、受けとってやってください……。


ゆりか