めざせっ! 108人大運動会っ! 4


ACT 11 組対抗リレー


 奥底から響き渡るような笑い声が白組陣営に響き渡っていた。
 その声の主を中心に、白組の幹部達が口元を綻ばせていた。
「これで四勝五敗……、か。」
 ハウザーが呟くとシュウが不気味な笑い声をあげた。
「これを取らねばいかんぞっ! いいなっ!!」
 高らかに宣言した彼に、テレーズも慎重に頷く。
「おおーっ!!」
 シュウの声に応じて、白組全員が拳を振り上げた。
 その盛り上がる一同とはよそに、リオが一人で背中を向けて、無言でプログラムを見ていた。
 ナナミがシュウの熱血ぶりを見て、首を傾げる。それから、問うような眼差しをリオに向けた。リオはただ無言で座り込んでいる。
「リオ、いいの? 役所をシュウさんに取られてるよ?」
 そのまま放っておくことも出来ず、その場にしゃがみこんでリオの顔を覗き込むと、彼は難しい表情をしていた。
「ねぇ、ナナミ……。」
 そして、ナナミを呼ぶと、真顔で顔を上げた。その表情はいつになく真剣である。
「リオも掛け声かけないと……。」
 やっとやる気になったのかと、ナナミが彼の腕を掴んだが、その手は逆にリオによって阻まれる。
 ナナミの細い腕を掴んで、リオは瞳を光らせて彼女を見あげた。
「いいのいいの、やらせとけばさ。それよりも!」
「いたっ……リオ、痛いよ。」
 ぎゅ、と腕を掴まれて、ナナミが眉を寄せた。それには構わず、リオがプログラムを見せた。
「重要な問題があるんだよっ!」
「問題?」
 リオに突き出されたプログラム表を眺めた後、それをリオから奪い取る。まじまじと顔に近付けてそれを見るものの、何かかわったようなものは見受けられなかった。
「…………??? これがどうかしたの?」
「あと2種目で終わりなんだよっ!!」
「ああ、そうだねぇ。」
 それはそうだろう、もう日差しも西に傾いてきている。
 あと二つで紅白の勝敗も決まる。だからこそ、シュウたちもやる気を奮起しているのである。
 が、しかし。
「あー、やぁっと終わりだぜぇ。かったるかったなぁ。」
 んー、と伸びをするシーナが後ろを通っていく。
 やる気のない人間も混ざっているようであった。そんなシーナの後ろ頭を殴り付けて、
「何言ってんだよっ! これからだよ、これからっ! なっ、チャコっ!」
 コウユウが腰に手を当てて、後ろを歩いていたはずのチャコを振り返った。
 チャコは、地面に座り込んでカタカタと肩を震わせていた。
「もったいないオバケ……もったいないオバケ……──。」
 ぶつぶつ呟いている。
 どうやらシドに捕まって、またくだらない怪談を恐怖の声色で聞かされたらしい。
「再起不能だね。」
 通りかかったロウエンが、同情いっぱいの眼差しでチャコを眺める。
 それら一連の状況を見やって、ナナミが再びリオに目を戻した。
「盛り上がったりタラタラだったりしてるね。ここで盛り上げないと駄目なのかな。」
 だから、リオのいいたいだろうことを先に言ってみた所、リオは違うっ! と叫んだ。
「そうじゃなくって、まだ見てないよ、僕たちっ!」
 ナナミが軽く首を傾げる。
「見てない??」
「だからっ! スイさんのリーダーとしての姿っ!!」
 一番最初の目的を告げて、紅白マークのついているプログラムを突きつけたリオを、ナナミが驚愕の眼差しとともに見つめた。
「──っ!! そ、そうじゃないっ! やっばい、まっずーいっ!! フェザーに顔を埋めるスイさんとか、コボルトやムクムクを抱きしめるスイさんとか、フリックさんいじめるスイさんとかは撮ったのにーっ!!」
 次の刹那、絶叫したナナミがあまりのショックにその場に沈み込んだ。
 リオは全くだといいたげに、頷いている。
「それはそれで宝物なんだけどねー。」
 今日一日の成果である写真(すでに現像済み)を捲るリオの背後に、唐突に立つ影が在った。それは音もなく忍び寄ったかと思うや否や、
「……あ、あのっ! それ、焼き増しして下さいっ!!」
 リオの目前に、彼女の真っ赤な顔が現われる。
「か、カスミさん?」
 ナナミとリオが目を瞬くと同時、
「やっるぅっ! カスミちゃーんっ!」
 パチン、とメグが指先を鳴らした。
「ヒューヒューっ!」
 その隣でテンガアールが片手をあげる。多分きっと、カスミを後押ししたのは二人であろう。
 リオはそのカスミの決死の覚悟(しかし目がすごく本気であった)を見て、ちょっと首を傾げた後、不意に目をきらめかせた。
「カスミさんっ!!」
 そして、祈るように両手を握り締めたカスミの手を、上から握り、
「あ、あの……無理なら無理でいいんですけど……あの、でも、でも出来ればっ!!」
 カスミが叫ぶのを無言で遮ると、にっこりと笑った。
「次の種目、カスミさんも出るんですよねっ!?」
「え? え? 次って……組み対抗リレーですよね?」
 きょとん、と目を見張った彼女に、リオはこっくりと頷いた。
「次勝ってくれたら……この写真プラス、寝ている時の写真(グレミオから入手)と、御飯食べている時のとか、着替え中(レパントから入手)とかも、付けちゃいます……。」
「──っ!!」
 ひっそりと持ち掛けたリオに、カスミの頬が一気に上気した。
 ナナミが成る程、と指を打つ。
「今回勝って、次回切羽つまらせようって作戦ねっ!」
 それで、スイのリーダー姿ゲットなのである。
 ふふふ、と笑ったナナミとリオの意図に気付かず、カスミは潤んだ瞳で頷く。
「精いっぱい頑張らせて頂きますっ!!」
 きらきら光る目は、きっと気の性ではあるまい。
 満足そうに頷いた後、リオはカスミの後ろに立つハウザー達を見た。彼らもまた、組み対抗リレーの参加者達である。
「ハウザーさんもよろしくねっ!」
 ばしっ、とナナミが怖いもの知らずにも、彼の背中を叩く。さすがに軍人である彼は、人間凶器であるナナミの痛恨の一撃にもめげず、攻撃を軽く背中で受け流す。
「力の限りやり遂げましょう。」
 そして模範解答を口にする。ちょっとその答えには不満足そうなナナミであったが、まぁいいか、と結論を下したようである。特に何も言わなかった。
「後参加者は……ロンチャンチャンさんだったよね。」
 リオが振り返り、ロンチャンチャンを見たが、
「ふー……アーチャチャチャチャチャチャっ!!」
 彼は準備運動のつもりなのか、いつものように蹴りを繰り出していた。見事なくらいスキのない蹴りである。
 しかし、それがリレーに関係あるのかというと、話は別のような気がする。
「やる気だねっ!」
 ナナミはそれを見て、ぱふ、と嬉しそうに手を合わせた。
「だね。」
 リオもそれには文句がないのか、納得したように頷いたのであった。
 
 
 

 やる気のロンチャンチャンを見ていたのは、白組だけではなかった。紅いバンダナをしめたワカバも、それを見ていたのである。それも目を輝かせて。
「流石師匠ですっ!」
 両拳を握り締めた彼女に、サスケが呆れたように声をかける。
「おいおい、敵方をほめんなよなー。」
 かく言うサスケの瞳も向こうにいる憧れの女性に釘付けであったが、誰もそれに突っ込むことはなかった。
「でも師匠には代わりありませんからっ! よおし、私も頑張るぞっ!」
 やる気満々に拳を振り上げるワカバに、サスケの隣からフッチがくすくすと笑った。そして、選手の一人であるハンフリーを見あげる。
「ハンフリーさんも頑張って下さいねっ!」
「………………。」
 いつものように無言で答えるハンフリーに、フッチは気にしたふうもなく笑いかける。
 サスケが隣からそんなハンフリーを覗き込み、フッチに尋ねる。
「実は結構やる気なのか、このおっさん?」
「サスケっ! おっさんだなんて本当のこと言ったらハンフリーさんもなんて答えたらいいかわかんないだろっ!」
「………………。」
「ほら、困ってるじゃないかっ!」
「いや、今のはお前の言い草にショック受けてるんじゃないのか?」
 そんな会話をする美少年ズに、苦笑しながらフリックが近付いてくる。
 そして、無口なハンフリーに笑いかけると、
「ま、頑張ってくれよな、ハンフリー。モンドも。」
 応援の言葉をかけた。
 この競技さえとれば、もう勝ちは決まったようなものなのだ。
 向こうも強敵ばかりであるし、本気でかかってくるのは目に見えているが、こっちも負けてはいられない。それに負けるうようなメンバーでもないのである。
 おそらく、この運動会初のまともな戦いになるだろう。
 これを何とか勝って見せようと燃えるフリックに、
「任せて下さい。」
 モンドが頷いた。
 アップルも一同の元に駆けつけ、微笑みを零して一同を見回した。
「向こうも実力勝負で来るようです。」
「バトンを渡す時は十分気を付けてくださいね。」
 特に作戦という作戦はないので、クラウスもアップルの後に続いて微笑みを零した。
「こっちもメンバーがメンバーだしな。大丈夫……──。」
 フリックが微笑んで選手を励まそうとしたその瞬間、
「ふんどし……。」
 ぼそり、とスイが呟いた。
「…………っ!!」
 見ると、何時の間にか小柄な影がすぐそこに立っていた。
「モンドって、ふんどしがなびくんだね。視界的に──イヤだねぇ。」
 呟いたスイを、アップルとフリックは脅えたような眼差しで見やった。
 今度は一体何をするつもりだと、フリックは後ずさりした。
「それくらい我慢してくださいっ!」
「そ、そうだっ! あきらめろっ、何もするなっ! いいなっ!?」
 アップルが泣きそうな顔でスイに詰め寄り、フリックも大きく頷く。
 その二人の態度に、スイは不満そうな表情になる。
「でも、ふんどしは駄目だと……。」
「いいんですよっ! ふんどしの一つや二つっ!!」
 アップルが力説する。
 それを見ていたリッチモンドがなんとも言えない表情になった。
「おいおい、ふんどしとか、そんな台詞叫んでるなよなぁ。」
 全くである。
 ハンフリーが無言でゲートの方を顎でしゃくる。
 訳すと、スイがいらない事をしでかさない内に、行くぞ、とのことである。
「じゃ、行くか。」
「よぉーしっ! 勝つぞーっ!」
 拳を振り上げて、ワカバが宣言したがしかし。
 
 
 

 舞う土煙の主は、姿が見えない位の速さで走っていく。
「勝ちますっ!! 絶対勝ちますーーーーーーーっ!!!!!!!!]
 カスミの力の入りようには、誰も勝てないのであった。
 
 
 

「だから、リレーするなら、ふんどしは止めた方がいいよって言ったのに。」
 結果が分かり、クレオが白い旗を振ったのを見届けた瞬間、スイがぼそり、と呟いた。
 あまりといえばあまりの出来事に呆然とする一同は、そのスイの台詞に彼に視線を充てた。
「カスミさん……なんてこと──……。」
 唖然としたアップルの視線は、風となったカスミに向けられている。彼女の笑顔は太陽のように輝いていた。
 また、ゴールでは師弟の会話も執り行われていた。
「ワカバ、速くなったな。だがまだまだだっ!」
「はいっ! やっぱり師匠はさすがですっ!」
 二人の会話を偶然耳にしたリドリーが不思議そうに首を傾げる。
「さきほど、ワカバ殿が追い抜いていたような気がしたのは……??」
 すると、その答えとばかりに、
「ふんどしはやっぱり駄目だなっ!」
 ゲンゲンが偉そうに胸を張った。
「なにぃっ!? ふんどしは男の心意気でいっ!」
 すかさず白組陣営から、アマダが叫んだ。
 スイはそれに微笑みを零しながら、
「でも、そのふんどしのおかげで、バトンミスしてるからね……。」
 ぽつり、と呟く。
 その言葉の衝撃に、ワカバがショックを受ける。
「だって、ふんどしが舞ってて、前が見えなくて……っ!」
 ハンフリーは無言で彼女に自分の懐から手ぬぐいを出して渡した。要約すると、顔を洗った方がいいのでは、とのことである。
 ワカバは無言でそれを受け取った。
 スイはそれの手ぬぐいを見て、
「あ、それもふんどし?」
 愛らしく首を傾げて尋ねた。
「……違いますって。」
 すかさずフッチが突っ込んだもの、仕方のないことなのであろう。
 

ACT 12 騎馬戦


「やったーっ! スイさんのリーダーモードっ!!」
「図らずも次は男の華っ! 騎馬戦よっ! やれるわ、リオっ!!」
 個人的なことで燃えるリオの隣から、ナナミはボンボンを手にしてそれを振った。
 リオも上機嫌でそれを見ながら頷いた。
「うんうん、ビデオも必要だねっ! ナナミっ!!」
 よっしゃっ! と二人は拳を交じり合わせた。
 その燃えるオーラは、白組のメンバー達が持つ燃える物にそっくりであったが、理由と質が全く異なっていた。
 キラキラ光る瞳を見せて二人はやる気を見せていた。
 それを見たシュウが、満足げに頷いた。
「五勝五敗……五勝五敗だっ!」
 高らかに笑うシュウの声を聞いて、テレーズも頷いた。
「ええ、この勝負をとれば……こちらの勝ちですね。」
 これこそまさに最後の勝負だと、彼は微笑んだ。
「このまま勝ち抜き、解放軍リーダーを滅ぼしてくれるっ!」
 ははははははは、と笑う声は高く、響き渡った。
 それを困ったような表情で見たのは、先程手に入れた写真を大切そうに懐に仕舞うカスミであった。
「滅ぼされては困りますよ、シュウさん! ──でもスイ様のリーダーモードは見たいです……////。」
「ぜったい反対。」
 何が哀しくて、あの恐怖のリーダーモードを敵方で見なくてはいけないのだと、ビクトールとシーナがぶんぶんとかぶりを振った。
 味方ならばこの上もなく頼もしいリーダーであるが、敵に回しては困ることこの上ないのである。完膚なまでに叩きのめされるに決まっているのだ。
 その上、後からねちねちと嫌がらせされること間違い無しと来たら、もう……敵に回したくはないのでだった。
 密かにビクトールとシーナが騎馬戦を辞退しようかと画策しているのに気付かず、リオはふらふらと男連中の間を走っていた。
 スイのリーダーモードを見るための舞台は揃った。あとは、スイがどうしようもなく切羽つまった状態に持っていくだけである。
 そのためには、リオもいい「馬」を手に入れなければいけないのである。
「えーっと、僕の馬になってくれる人〜♪」
 ビクトールやシーナ達が密かに逃げる算段をしていることにはまるで気付かず、リオは辺りを見回す。
 すると、
「僭越ながら私とマイクロトフが。」
 にこやかな笑顔と、優雅な物腰で、カミューが名乗り出た。
「お守りいたします、リオ殿。」
 マイクロトフも騎士の礼を取って、主であるリオに一礼する。
 リオは美形コンビを眺めて、顔をほころばせた。
 二人が顔だけじゃなくて、腕もいいのを知っているからこそである。
「ほんと? ありがとーっ! 百人力だねっ!」
 騎士である二人は、その名誉にかけてもリオを守り切ってくれるだろう。
 これは有力な馬である。
 ナナミもリオの後ろからよしよし、とボンボンを振っている。
 しかし、馬は三人いる。後一人を探さなくてはいけない。
 カミューやマイクロトフにも負けず劣らずの運動神経と反射神経の持ち主と言うと……と、見やった先で。
「あ、ゲオルグさんっ!」
「契約だからな、少年。」
 袖を捲って、ゲオルグがシニカルに笑って見せた。
 そのゲオルグを見て、カミューとマイクロトフを見た。
 自然と笑みが浮かんでくるのも仕方の無いことなのであろう。
「ふっふっふっふ……これで完璧だねっ!」
 にやにやと笑いながらナナミと一緒に拳をあわせると、騎馬戦用の白いはちまきを締めた。これを奪われたら負けなのである。
 騎馬戦は、時間制限制で、時間が来たら、はちまきの数を競って勝ちを決める。または時間以内に敵のはちまきを奪いきれたら勝ちである。
 スイのリーダーモードを見るためには、赤組の全滅の危機を見せなくてはならない。
 そうたやすく奪われないように、はちまきをキツク締めたリオの背後で、
「ふっふっふっふっふっふっふ……白組の勝ちも近い……近いぞっ!!」
 シュウが不気味に笑っていた。
 よほどスイに出し抜かれた戦いが気に食わないらしい。
「リオ殿、まかせましたよ。指揮はこの陣で……。」
 顔に張り付いた不敵な笑みをそのままに、リオに向かって一枚の紙を差し出す。
 それを見たリオは、あからさまに眉を顰める。
「何言ってるの? 騎馬戦は男全員参加だよ? シュウもやるに決まってるじゃない。」
 いいながら、シュウに紙を突き返すと、彼は端正な容貌を歪める。
「俺も……?」
「うん、そう。」
 ヒラヒラ紙を舞わせながら、リオはシュウの額にもはちまきを締めてやった。
 そして、二人揃って脱走しようとしているビクトールとシーナに微笑んで、
「ビクトールとシーナとハウザーで、シュウの馬やってね。」
 笑顔で、一番スイの的にされそうな人物の馬を任命した。
 途端、二人はゲッ、と呻く。
「ちょちょ、ちょっと待ってくれよっ!」
「そうだそうだ。俺的にはどうせならホウアン先生の馬がいいなぁ、と……っ!」
 何故普段から怨まれてる人間の馬をしなくてはいけないのだと、非難するが、リオは綺麗さっぱり聞いていなかった。
「さぁってと、スイさんの方は、どういう組み合わせなのかなぁ?」
 
 
 
 

 赤組陣営でも、最後の勝敗を分ける戦いに、相当な炎を背負っていた。
 めらめら燃えている一同が、それぞれ赤いはちまきをきりり、と締めていた。
 最後の種目は、皆が燃えることであり、そしてそろそろ運動会にも飽きてくる時間でもあったらしい。
 一番飽きては困る人が飽きていた。
「きばせん〜? めんどー。」
 ヴァンサンとシモーヌの用意したアフタヌーンティを飲みながら、スイは嫌っそうに顔をしかめる。
 昼休み前後は結構勝つ気だったくせに、おやつがすぎた辺りから、飽きてきたようであった。それはどうやら今一番ピークのようである。
 ヴァンサンとシモーヌは、「性別不明」に位置されているのをいいことに、騎馬戦をサボるつもりのようである。
 それを首根っこを捕まえて無理に参加させようとしていたフリックは、スイのそんな台詞にこめかみを揺らした。
「あのな、スイ。泣いても笑ってもこれが最後なんだ。同点に追いつかれちまったんだぞっ!? ここを勝っておかないと……。」
「って言われたって……騎馬戦だろ?」
 本来は一番盛り上がる競技のはずである。
 しかし後ろの盛り上がりはべつに、スイはとってもやる気がなかった。
 このまま閉会式に入ってしまうのではないかと思うくらいに、テンションも下がっている。
 面倒そうな表情のスイを見て、フリックはさらに言葉を重ねる。
「お前はリーダーなんだから、これには絶対参加なんだよっ!」
「………………じゃ、フリック、僕の馬ね。」
「げっ!」
 さらり、と任命されて、フリックがひきつるが、それに構うことなくスイは辺りを見回す。
 スイがやる気になったとき、一番苦労するのが彼の馬役だということを理解している「元解放軍時代の面々」は、さり気に視線をずらした。
 が、しかし、
「あとは……ルック。」
「いやだよ。」
 名前を読んだ途端、ルックは即答する。
 騎馬戦に参加するだけでも冗談じゃないのに、どうしてスイの馬になどならなければいけないのかと、ルックは不機嫌そうに鼻を慣らした。
「それなら、女装して、参加取りやめにする?」
「………………………………………………。」
 無言でルックは視線を落した。
 それがルックなりの答えであった。
「じゃ、最後の一人は〜、んー。」
 ちらり、と視線が走った瞬間、ペシュメルガはすかさず背中を向け、クライブは視線をずらした。
 フッチはサスケの背中に隠れ、スタリオンはダッシュして向こうの方まで走り去っていった。ヴァンサンは薔薇を咥えながらシモーヌを押し出す。心の友ではなかったのだろうか、という扱いである。
 テンプルトンは無言で自分はすでに騎馬を組んでいると示すごとく、サスケとフッチ、トウタを指差した。
 それを一通り眺めた後、スイの視線がふとハンフリーとかち合った。
 ハンフリーは無言で顔を強張らせる。それは付き合いの長いフリックやフッチにしか分からない程度の動きであったが、スイには十分伝わった。
 スイは見るものを感銘させる微笑みでもって……ハンフリーの心に棘となって刺さる笑顔でもって、告げた。
「後の一人は、ハンフリーね。」
 ──と。
 
 
 

「さて、ただいまの勝敗は、赤5勝、白5勝のなんと引き分けですっ! 最後の最後で、勝負の行方は分からなくなってまいりましたっ!」
 その、勝負の行方をわからなくさせているのが誰なのか口には出して言わずに、クレオがマイクを持ってそう告げた。
 隣ではグレミオがいそいそとカメラの準備をしている。どうやらスイが出る競技を撮るつもりのようである。
「運動会も大詰め、最後の種目となりました。これは男性諸君が絶対参加の問答無用の競技です。」
「ぼっちゃんなら、きっと勝って下さいますよねぇ。」
 にこにこ笑顔でグレミオがクレオを見た。
 クレオはなんとも言えない表情で赤組を見る。
 スイはやる気なさそうにはちまきを締めて、フリックやルック、ハンフリーに何やら指示を出していた。
 その近くでは、クラウスが父の肩に両手を置いて、モンド、ペシュメルガという大物達に騎馬を組んでもらっていた。その額に流れる紅いはちまきは、きっとキバが何としても守ってくれることであろう。本当は父親の方が上が良かったのだろうが、体重的にそれが無理であったのだろうと推測される。
 赤組と白組の対比を見て思うのは、どうも赤の方が、上になっている人間の層が薄いということであった。
「むずかしいんじゃないかね? このぶんだと。」
「ええっ? そうなんですかぁ? 優勝商品にある、レシピセットが欲しいんですけど。」
「……優勝商品…………。」
 クレオがふと視線を放送席の端にやった。そこには、優勝した物達へ送られる豪華商品が山積みになっている。
 先程グレミオがいったレシピセットから、ティント温泉宿泊券や金塊、グレッグミンスター観光案内や歴史書、ルルノイエ名物獣まんじゅうや、クリスタルバレー特産品だの、音セットだの、もぐらセットだの……とにかく、ありとあらゆるレアアイテムからどうでもいいものまでそろっている。
 それは、優勝した組みの人間に一人一つは渡るようにと、数が揃えて合って……確かその中に──。
「私も優勝商品の提供に手を貸したんですよ〜。リオ君に是非と言われて。」
 威張るグレミオを横目で眺めながら、クレオも思い出す。
 そういえば、レパントもリオから優勝商品の提供を頼まれていたということを。その見返りに、スイの運動会参加風景の写真が取り引きされたようであったが。
「これは……ぼっちゃんに優勝されると、まずいかもねぇ。」
 意味深に呟いたクレオの言葉を、あっさりとグレミオは聞き流した。
 なぜなら、スイが騎馬に乗ったため、それをカメラに治めるという一大仕事が待っていたからである。
 
 

 フオー………………。
 まるで鬨の角笛のような音とともに、騎馬戦は開始された。
 日が傾きかけた草原は、微かに色づいた太陽の光を落し、影が長く揺れていた。
 両端に別れていた騎馬は、いっせいに走り出す。互いに向けて総勢20組みの騎馬は……いや、19組みの騎馬は走りだした。
 ただ一組、赤組のリーダーの騎馬だけは、立ち上る事もせずにスタート地点に取り残されたままである。
 しかし、目の前の敵に必死な両陣営は、そんなことに気付きもしない。
 一斉に襲い掛かってくる敵どもを避けながらシュウが指示を飛ばし、それを受けたリオが更に声を飛ばして叱咤激励する。
 キバがクラウスの下から怒鳴り、リドリーがムクムクを掲げて走る。
 シロがキニスン達の騎馬の上から咆哮して、その騎馬でもって器用にはちまきを奪おうとする。
「クラウスっ! 右手に何組だっ!?」
 キバが叫ぶと、クラウスはそれに応じて指示を的確に辺りに飛ばす。怒号の飛び交う戦場においても、クラウスの流麗な声はよく響いた。
「とにかく先にシュウ殿の騎馬を落さないと……テンプルトンっ! 回ってくだ……くっ!」
「クラウスっ! 左だっ!」
「はいっ!」
 指示を飛ばし切る前に横手から手が伸びてきて、クラウスは顔をのけぞらせる。
 硬直した状態が続く中、何人かはリオの手やチャコの手にはちまきが奪われていく。
 こちらも負けているわけではなく、意外にもトウタやギルバートが善戦していた。
 草原の草が踏み潰され、互いの陣営では女性群が声を振り絞って応援している。ナナミを初めとする白組陣営ではチアガール姿の少女達がボンボンを振り回し、美女達が白い旗を振っている。
 赤組では少女達の叫び声が風に乗っていき、興奮してカレンが踊り子スタイルで応援を始める。
 中も外も混乱に近かった。
 ただ一角を除いては。
「はぁー、みんな頑張ってるねぇ。」
 のほほーんと、未だスタートラインに座り込んだままのスイは、頬杖をついてフリックの頭の上で呟いた。
 一応騎馬を組んだ体制で待機しているルックは、脚がしびれてきたと文句を言う。
 ハンフリーは打たれ強いのか、無言であった。
「おい、スイ……お前こんなとこでいていいのかよ?」
 さすがに不安になってきたらしいフリックの台詞に、スイは何が? と尋ねる。
「赤がすでに三組やられてるぞ。」
「白も三組だね。」
 すかさずルックが冷静に告げると、いい勝負してるね、と他人事のようにスイが呟く。
 まさかこのまま時間が過ぎるのを待つ気なのかと、フリックがげんなりしたその時である。
「優勝すると、景品が貰えるのだったな。」
 ぼそり、とハンフリーが呟いたのは。
 スイは興味なさそうに景品? と尋ねる。ハンフリーが単語以上のことを話すのは滅多に無い事なので、言ったときくらいは答えるしかないと想っているようである。
 景品があるから、勝てと言うのだろうかと、スイが面倒そうに聞き返すと、ルックが思い出したかのように眉を寄せた。
「そう言えば……本が何冊かあったっけ。」
「本? 結構珍しいのとかあった?」
 実は読書家であるスイの興味を引くにはいい話題であったようである。
 しかしルックはそれ以上は知らないのか、軽く肩をすくめる。
「ああ、確かレパントが寄贈したのがあったぞ。」
 答えたのはフリックである。ハンフリーが更に、
「グレミオも確か……渡していた。」
 呟く。
 スイは二人の名前にいぶかしげな表情になる。
「グレミオ……ってことは、料理の本かなにかかな?」
「いや………………………………。」
 否定はしたものの、それ以上は言う気が無いらしい。ハンフリーは黙り込んでしまった。
 スイはそんな彼にいぶかしげな表情を向けた後、フリックの頭を突つく。
「フリックは知ってる? どんな景品なのか?」
 フリックは眉をしかめて思い出す。確か、レパントから届いたときに、すごくリオが喜んでいたのは覚えているのだが。
 あれは……──そう、どこかで見たような本だったような気がする。
 何だったろうかと思い出そうとした瞬間、
「クレオの手記……。」
 ぼそり、とルックが思い当たったように呟いた。
 その思いもかけない名前に、スイがいぶかしむ。
「クレオ? クレオがどうかしたの?」
 聞きながらも、嫌な予感に駆られていた。
 レパントが自分がいない三年間に何をやっていたのかは、シーナやアイリーン、バレリアなどから聞いていた。その中の一つに、マクドール家を一年に一回一般公開する日とか言うのも在ったと聞いたときには、笑ったものだった。
 他にも英雄についての出版物とかあって、確かミルイヒの書いた「慈愛の主たる我が君」とかいう本は結構な売れ行きと涙を誘っているとかどうとか。
 その中での、幻に近い著作の本があると聞いた。それは、レパントの元で管理されている「一年に一回しか公開しない本」だとか言う……。
「まさかそれ、『スイ=マクドールの栄光なる日々』の写し、とか言わないよね──?」
 リオが図書館の司書であるエミリアさんに無茶を言っていた内容がそれであったことを思い出したスイの、嫌な予感は、的中ししてた。
「ああ、それ、確かクレオさんが書いた自叙伝じゃないの?」
 スイが解放軍に身を任せるようになった理由というのは、あまり知られていない。特にその背景にあった事情などは、ビクトールですら知らないのだ。
 スイの身近にいて、彼を見てきたのは他の誰でもないクレオである。
 そのクレオが、スイのいない間の三年間、レパントに頼まれて書き綴った「スイ=マクドールの栄光の日々」という本がある。それは実はクレオの大事な収入源だったらしいので、スイも帰ってきてからそれについては文句を言えなかったのだが。結構嘘も入れて在ったし、まぁいいかと想って。
 だが。
「それが、優勝景品?」
 さすがにその事実は見逃せない。
 自分の過去を売られるのも嫌いなら、そういう風に知られていくのも嫌いなのである。これ以上有名になったり、同情を寄せられたり、勘違いされるのはごめん被りたいのである。
「空白の三年間をグレミオが書いたらしいぞ。」
 その上、ハンフリーが追い討ちをかけてくれた。
 思わずスイの手に力がこもる。
 フリックが乱暴なスイの腕に文句を零したが、そんなことに構っている暇はない。
「…………グレミオの本って…………それで最近よく部屋にこもって………………。」
 遠くを睨んでいたスイの目が、ふいに光りを宿した。
 見たくもないのに、それを目撃してしまったルックは、忌々しげに舌打ちする。
 しまったと後悔してももう遅いのである。
「…………フリック、ルック、ハンフリー………………。」
 手にチカラを込めて、スイが囁く。
 その声は、三年ぶりに聞く……背筋も引き締まるようなそれである。
「行くぞ。」
 たった一言。でもその命じに逆らえるはずもなく、一同はいっせいにタイミングを合わせて立ち上る。
 スイはそれと同時にフリックの肩に手を置き、きりり、と正面を睨み付ける。そして、一瞬で戦況を見分けると、
「右から行く。先に陣営を崩し、こちらの有利な体系に持っていくぞ。」
 宣言した。
 混乱する中、シュウやクラウスが叫んで居る声が聞こえる。それすらも掻き消えそうな位の叫びをあげて、咆哮をあげて、皆が拳を振り上げては拳を交わす。
 そこへ向けて、
「クライブっ、後退っ! フッチ、サスケ、左手に回れっ! トウタっ、右手をあげて、左で取れっ!」
 指示を飛ばしていく。
 その表情は戦争時代に見なれた厳しいそれである。
 よく通るその声の主に、一瞬ビクトールとシーナが動きを止めた。シュウですら一瞬息を止める。
 直後、
「クラウスっ! 下がれっ!」
 叫んだ瞬間、スイはクラウスの居た場所に突っ込み、すかさずタイ・ホーのはちまきを巻き上げた。
 そのまま返す手で、クラウスを攻めていた一同のはちまきを奪う。
 慌てて後退したシュウが忌々しげに舌打ちをする。
「くっ! 一気に取られたか……っ!」
「シュウっ! 油断するな、くるぞっ!」
 リーダーモードに入ったスイの恐ろしさをよく知るビクトールの一声に、シュウが臨戦態勢を取ったその刹那、
「トウタ。」
 囁くようにスイが呟いた。途端、シュウの額に巻かれていた鉢巻きがほろりとほどける。
「…………っ!!」
「シーナ、後ろも見てないとね。」
 優雅に微笑んで、スイは自分の背後に迫っていたチャコを余裕で避けると、ちょうど後方に退いていたクラウスに取らせる。
 かくて、混戦状態の続いていた騎馬戦は一気に形勢が決まってしまったのであった。
 残るはリーダーのリオ一人である。
「スイさん、さっすがぁー。」
 感心したようなリオに、彼の騎馬である三人は苦笑する。
「リオ殿、笑っている場合じゃないですよ。向こうはまだ3騎も残っているのです。」
「スイ殿を攻めるのは得策じゃありません。ここは……。」
 カミューがたしなめ、マイクロトフが眉をしかめて、スイを中心として立っているトウタ、サスケ、フッチ、テンプルトン組、クラウス、キバ、ペシュメルガ、モンド組みを見やる。
 どう見ても厳しい状況であった。
「ここは正面突破と行くか? それとも……。」
 ゲオルグがにやり、と笑う。
 リオはそれに応えて、慎重に頷いた。
「勝てばスイさんの本が二冊、手に入るんですよね……っ!」
 リーダーは優勝景品を三つまで選べるのである。
 スイのリーダーモードだけに命をかけては見たものの、貰えるものはやはり貰いたい。
 燃える眼差しでリオはカミュー達に指示した。
「そのまま正面に突っ込んで下さいっ!」
「まかせろっ!」
 ゲオルグを正面に、騎馬が走っていく。
 リオは前かがみになりながら、正面で悠々と立つスイを見つめた。
 スイが静かに微笑むと、それにあわせたかのようにトウタ組、クラウス組が左右から飛び込んでくる。
 カミュー達の連携プレイでそれを避けながら、リオはすかさず手のひらを伸ばして、二人の額に手を伸ばす。
 しゅるっ!
 はちまきがほどけ、リオの手の中にそれらは治まる。
 行き過ぎた脚を止めた一同が、呆然とリオを振り返るのとほぼ同時。
 リオはすでにスイ向けて走っていた。
 観客が一斉に沸き立ち、敗れた選手達が固唾を飲んで見守る中、リオがスイの目の前に迫るっ!
 フリックが構え、ルックが眼光鋭く睨み、ハンフリーがチカラを込めたその刹那、目の前から不意にリオの姿が消えた。
「何……っ!」
 影が一向の上に落ちる。
 見あげたそこに、リオの乗った騎馬があった。
 ゲオルグ達は、飛んだのである。
 リオは身体を捻ってスイの額に手を伸ばす……っ!
 思いもよらないそれに、フリック達が動きもできなかった、その隙に──っ!

 どごっ!!
 

 リオ達白組リーダーの騎馬は、そのまま地面と激突した。
 一同が息を呑む中、リオの握り締められた右手には……っ!!
「あれ?」
 何もなかった。
 代わりにたなびくのは白いはちまき。
 スイの左手に、長いはちまきが握られている。
 そして、右手には、いつのまにかルックのロッドが握られていた。
「……………………っ!! す、スイさん、ひどいですぅぅー。」
 なんとか起き上がったリオは、こぶのできたあたまをさする。
 騎乗の人であるスイは、地面に倒れたリオに、
「ごめんね、身の危険をカンジタからつい……。
 でも、武器の使用は禁止されてなかったよねぇ?」
 見る人が見たら悪魔にも見える笑顔で、そう囁いた。
 リオの額に白いはちまきがないのを、満足そうに見つめながら。
 
 

「やっぱ……あいつ、悪魔だよ………………………………。」
 そう呟いたのは、一人や二人ではなかったことを、ここで言っておこうと思う。
 

ACT 13 閉会式


 空も茜色に染まり、勝敗板を前にして、シュウが真っ白になっていた。
 軍師が真っ白になっていようと、終わりは終わりである。
 動きすらしないシュウに変わって、場を仕切ったのはジェスであった。
 彼はミューズで仕切ってきた腕を発揮して、今回の勝敗を宣言する。
「5対6で、赤組の優勝ですっ!!」
 高らかに宣言されたその言葉に、スイをリーダーと抱いた者達が、大いに沸き上がる。
 ただ、赤組の副リーダーや軍師たちは複雑な表情なようだったが。
「さて、それでは景品が贈与されます。」
 ジェスはカンニングペーパー片手に放送席を振り返る。
 そこではグレミオとクレオが二人係で大きな荷台を動かせていた。
「えーっと、リーダーのスイ=マクドールさんは三つまで、副リーダーのフリックさんは二つまで選ぶことができます。あとは一人一つずつ分けて下さい。」
 カンニングペーパーを読みつつそう告げたジェスの前に、景品の山が積まれる。
 リオとナナミの怨ましそうな視線が突き刺さったが、それはもうどうしようもないことなのである。
「あーあー、……ま、いっか、スイさんのリーダー姿は撮れたしっ! ね、ナナミ?」
「そうだねっ! えへへー、かっこ良かったねぇ、スイさんっ! で、リオ、カメラは?」
「え? カメラって、ナナミが撮ってたんだろ?」
「ええっ!? だって私応援してたんだよぉ?」
「僕は騎馬に出てたじゃない……………………。」
 姉弟は、笑顔を一転してひきつらせた。
 そして、お互いの顔を無言で眺めた後、視線をずらしあう。
 ひどくぎこちない動作であった。
「リオさんっ! 出番みたいよ。」
 異様に明るい声で、リオの肩を叩くものがいた。
 うっそりと振り返ると、そこにはハイ・ヨーがにこにこ笑顔でリオを見ていた。
 リオはハイ・ヨーが付けている赤いはちまきを奪い取りたい気分になりながらも、溜め息でその欲求を押し殺した。
 そして朝礼台に上ろうとしているザムザを押しとどめているフリック達を眺めて、
「ああ、閉会の言葉かぁ。」
 溜め息を零した。
 それが異様に大きかったのが気になったのか、ハイ・ヨーが不思議そうに眉をしかめる。
「リオさん。元気ないようだけど、元気になるもの作よ?」
「ありがとう、ハイ・ヨーさん。それなら、今日は僕、英雄ライスがいいなぁ。オムライスのケチャップはスイさんの顔にしてね。」
 かこんっ!!
「へんなものをメニューに加えてたのは君か……っ!」
 スイから跳んできたしゃもじ(魔法のしゃもじ。米がくっつかないという画期的な物らしい。今回の景品の一つ。)を手にして、リオはふくれる。
「だってぇぇぇーっ!」
「その件は後でね。今は閉会式をすませてよ。僕早く帰ってお風呂入りたい。」
 特に何もしていなかったくせに、そのようなことを言って、スイはリオを急かす。
 勿論憧れの人の言葉にそうそう逆らうリオではなかった。
「はーいっ! それじゃ、さっさと終わらせて、一緒に露天風呂に入りましょうねっ!」
「あ、私も私もーっ!!」
 リオが楽しそうにいってのけて、嬉々として台に上がると、ナナミも嬉しそうに手を上げる。
「……え? ここ?」
 スイが一瞬ひきつったような笑顔を浮かべたが、先程まで落ち込んでいた二人が笑顔を見せているので、それ以上は何も言わないことにしたようである。
 無言でこめかみを掻いた。
「えー、こほんこほん。」
 こんこん、とマイクを叩いてから、リオは整列する一同を見つめて、ちょと間を置いてから言った。
「今日は皆様ご苦労様でしたっ! 勝者は赤組となりましたが、白組の皆さんもよく頑張ってくれました。本当に頑張って下さってありがとうございますっ!!」
 それから、リオは一同の顔を見回した。
「で、本日は今から夕飯まで露天風呂は貸し切りですから、入ってこないでねっ!」
 魅力溢れる笑顔でそう告げて下さったリーダーに、一同は溜め息を隠せなかったという。
 
 
 
 
 
 

「グレミオ、クレオ……君たちの書いた本の話なんだけど……?」
 お風呂に向かう道すがら、にっこりと微笑みかけると、
「あ、そうそうっ! 忘れてましたよ、私、ハイ・ヨーさんとお食事を作るお約束を……っ!」
「あ、そうですそうです。私は確かローレライに呼ばれて……っ!」
 グレミオもクレオも絶妙のコンビプレーでもって、スイの目の前から走り抜けていった。
 それを見送ったスイは、忌々しげに舌打ちしたが、一緒の屋根の下で暮らしているのだから、まだまだチャンスはあると、今回は諦めたのであった。
 
──さて一方、タオルを持ってスイをお風呂に誘いに行こうとしている姉弟達が、
「やっぱりリーダーモード、もったいなかったねぇ。」
 と、先程の話をしていると、
「スイ様…………。」
 ぼんやりと夢見心地のカスミとぶつかった。
「きゃふっ!」
 ナナミが驚いたように目を見張るのと、カスミがふらりと傾ぐのとを正面から見たリオの優秀な動体視力は、ものの見事にカスミの持つ物がなになのか見破った。
「カスミさんっ! そそ、それってっ!」
 そして、カスミの手ごと握り締めると、彼女は顔を微かに染めて、
「え。ええ……最後の騎馬戦の──。」
 写真です、と。
 今リオとナナミが一番欲しかった品を見せてくれた。
 そこには琥珀の瞳を強く輝かせるスイの姿があった。
 その刹那、姉弟の瞳は太陽よりも熱く、眩しく輝いた。
「〜〜〜〜っ!! か、カスミさんっ! これ、焼き増ししてください〜〜っ!!!!!!!!」
 伏兵は、本当に、思わぬ所にいるものなのである。
 かくして、同盟軍夏の大イベント、大運動会……もとい、スイ=マクドールの華麗なる活躍……もとい、同盟軍主の願望は終わりを遂げたのであった。
 
 
 
 

おそまつ様でしたー


今までお付き合い頂き、ありがとうございました。
なんとか108人+アルファで出させていただきました。

リクエスト下さいましたえまり様、本当に長らくお待たせしました。
なんだか長いだけのだらだら文のような気もしますが、よかったら受けとってやってください。

2000 6 17 庵百合華拝