戦場の女神






「もしかしたら、解放軍の中にスパイがいるかもしれないのです。」
 そう告げた軍師に、大規模になってきた解放軍のリーダーである少年は、こう答えた。
「ま、そういうこともあるんじゃないの?」
 危機感の欠片もない声だったのだと、後に軍師は言ったという。
 
 明日は北の平原で兵たちの訓練をするのだと宣言したマッシュが、部屋に帰ったスイに「スパイ疑惑」を口にした。
 そんなことを寝る前に言われたため、眠るに眠れなくなったスイは、今日も今日とて、ガスパーをカモることにした。
 見事懐を潤した彼は、棍を振り回しながら、重くなった懐を探りつつ、塔から塔へと歩いていた。
 その先にあるのは、自分の部屋である。たっぷり遊んだ事だし、おとなしく部屋にこもっていようと思った所であった。
 スパイがいると気付いたためか、最近マッシュは毎日のように気を張り、スイの部屋の前に見張りも立てるようにしたいた。
 てっきり見張りを立てたのは、スイがあまりにも夜遊びするからかと思っていたので、そうじゃなかったことに安心するやらナントやら、であった。
 スパイから軍主を守るために見張りを立てたとしても、無駄なのにねぇ、と呑気にスイは思いながら、いつもよりも厳重な気のする入り口を抜けて、エレベーターに乗った。
 ふと途中でエレベーターを止めると、無造作に棍で天井を突ついて、がこん、と通風孔を開ける。そして、身軽に跳んでそこに手を入れると、そのままエレベーターの箱の上に出る。
 出るなり、棍を軽く振りまわした。
 ごうん、と何かが当る感触がして、スイのちょうど真後ろにいた「男」は、狭いエレベーターの上から落ちていく。
 その結末を見ることなく、刺客をあっさりと仕留めたスイは、何事もなかったかのようにエレベーターの中に降り立つと、再び最上階のスイッチを押した。
 エレベーターが止まったとき、目の前にカゲが立っていた。
「あれ、カゲ? どうかしたの。」
 今さっき在った事はなかったかのように尋ねると、彼は少し眉を顰めたようであった。
「今日は某が警護に当ります。」
「いらないよ。」
 丁寧に膝を折る彼の隣をすり抜けざま、そう言い残すとスイはそのまま自室へと歩いていく。
 カゲは無言で付き従ってくる。
「しかしながら、スパイがいると分かっているのに……──。」
「いらないって。別にスパイが僕を殺すわけでもないし。」
「スパイが刺客を手引きする可能性もあります。」
「手引きしなくても、刺客はやってくるよ。」
 誰も知らないことだけど、一体どれくらいの刺客を葬ってきたと思ってるんだと、声には出さずに思って、スイは自室の扉を開けた。
「とにかく、カゲは心配なら、マッシュやフリックでも守っててよ。僕よりもあの二人の方がよっぽど心配だね。」
 しかし、軍主を放っておいて副リーダーや軍師を守るわけにもいかないのは確かである。
 スイはそれが分かっているのか分かっていないのか、そのまま扉を閉めてしまった。
 カゲは仕方なく、気配を断ち切って、そのドアの外で見張りをすることにしたのだが。
 ぐさっ!
 とうとつに扉の脇から槍先が飛び出してきて、危うく腰を突き刺しそうになった。
 もしやすでに刺客がっ!?
 あせったカゲが扉を開けると、ひゅんっ、と再び槍が跳んできて、今度はカゲのこめかみを掠めた。
「……スイ殿っ!?」
「あっ、突然開けたら危ないだろ、カゲ。」
 焦った忍びに、スイは片眉をあげて注意する。彼はすでに三本目の槍を手にしていた。
 注意深く辺りを見回すが、刺客らしい影はどこにも見当たらない。
 カゲは無言でスイが手にしている槍を見た。
 それはどこかで見たようなものである。
「スイ殿、それは……──。」
「あ、これ? 最近ちょっと槍の練習してるんだよ。一応一通りは習ってるんだけど、棍以外は滅多に使わなかったから、腕がおちちゃってさ。」
「部屋でですか?」
「そうだけど?」
 見ると、扉には大きくバツ印がしてある紙が貼って在った。
 先程扉を突き刺した槍は、そのバツ印よりも少し遠くに突き刺さっている。
「一応他にも、ナイフとか、剣とか、弓とか練習してみようかな、と。」
 確かにスイの立っているところには、周辺に武器が転がっていた。
 しかし、今ここでそれをする理由がどこにあるのだろうか。
 それともこれは、スパイにどこで襲われてもいいようにという、特訓なのだろうか?
「最近、スパイがいるって噂があったじゃない? ってことは、僕のことが相手に漏れてる可能性もあるわけだからさ、こうして練習してたってわけ。」
 言いながら、スイはナイフを構え、軽くそれを投げる。
 それは、カゲの髪を掠めて、扉の方へ跳んでいった。
「だってさぁ、僕の報告もされてるわけじゃない? それなら、僕は完璧で凄いっ、っていう報告書書かせたいじゃない? ノーコンだって知られると、恥ずかしいしね。」
 スイは再びナイフを投げる。今度はカゲの左頬を掠める。
 カゲはそれが見栄なのか、建前なのか、少し悩むが、スイは一向に気にもせずに再びナイフを投げた。
 ひゅん、と鋭く音がして、バツ印の中央にそれは刺さった。
「あとは……僕がこうして鍛練してるってことを、報告されると、僕にとっては有利になるしね──。」
 ナイフを床に投げ捨て、スイはそのまま再び槍を手にした。
 フッチが扱うくらいの大きさのそれは、武器庫から持ち出した物のようであった。大きさは手ごろなのだが、練習用なので重くなっている。
 無造作にそれを構えて、今度は扉ではなく、窓の外めがけて投げた。
 それは、軌跡を描いて湖へと落ちていく。
「スイ殿……。」
「スパイがいるなら、それを逆に利用すればいいんだよ。……最も? マッシュはそれすらも分かっているようだけどね。」
 にやり、と微笑んで、スイは何を思ったのか、床に散らかった武器を蹴って、その中からおかしな形の武器を手にした。
 三日月のような形をした、手裏剣のようなそれは、ちょうど中央に持ち手が付いており、外側に刃がついている。ブーメランのように投げて、敵の首を掻き切るものだ。
「もしくは、スパイされても意味のない、味方すら欺くような作戦を使えばいい。」
 演舞のように、それを何度か構えてから、スイはカゲに微笑みかける。
「…………そのようなことを、なぜ某に?」
 スイは、その言葉を待っていたとばかりに笑った。
「カゲが今ここにいるのも、何かの縁だろうね。」
 意味深に、そう囁きながら、少年はカゲの顔を覗き込む。
 問題はスパイの燻りだしではないのだと、スイは言った。
「スパイに知られながらも、勝ち残るということが必要なんだよね。」
 それには異議がなかったので、頷いたカゲに、だから、と続けて微笑んだスイの笑顔は、背筋が凍りそうなものであった。
「だから、もちろん、協力してくれるよね?」
 もちろん、と言い切った彼に反論出きる人は、今の解放軍にはいない。
 何よりも、カゲの首には今、スイが手にしていた武器がしっかりと食い込んでいた。少しでも逆らおう物なら、それはすっぱりとカゲの首を掻っ切るだろう。
「何を……すれば?」
 魅力的なスイの微笑みを前にして尋ねたカゲに、スイは問答無用で告げた。
「明日、ちょっとやりたいことがあるんだ。それで……手に入れて欲しいものがあるだけ。」
 
 
 
 
 
 
「見て見て、ふりふりー。」
 にこにこにこにこ、と、心底楽しそうに微笑むのは、愛らしい事この上なかったが、今の彼にはそれが憎いばかりに思えた。
 今日の被害者であり、いつもの被害者でもある青年は、鏡に映った自分の姿に、一瞬愛剣で突き刺したくなったのであった。
 スイはアイリーンから借りてきたドレッサーを探り、そこからブルーのレースのリボンを取り出すと、櫛を持って首を傾げているクレオに差し出した。
「はい、クレオ。今度はこれを、この辺につけて?」
 差し出された綺麗なそれを見て、クレオは無言で、飾り立てられた戦士の無残極まりない姿を見た。
 彼は整った顔立ちに苦痛の色を浮かべて、必死で怒りを堪えているように見える。
「フリック……大丈夫かい?」
 一応、こっそりと尋ねてみるが、答える声はない。
 まぁ、それはそうであろう。
 誰がこんな様相になった自分を見て、平然としていられるだろうか?
 特に、自分を囲んでいる人間のことを考えたら、とてもじゃないが正気を保っている方がつらい。
「んんー? スイ様、この辺りがさびしくありませんか?」
 見事なファッションセンスの主である、ミルイヒの言葉に、どれどれ? とスイは指さされた場所を見た。
「あー、手首? じゃ、ブレスレットと、リングと、布と、どれを付けようか?」
 ヒラヒラと取り出してきたそれらを見た瞬間、フリックは目の前のドレッサーごと蹴倒したくなった。
 一体なにがどうなって、こんなことになっているというのだろう!?
 スパイ疑惑のことで解放軍中がぴりぴりしている中、兵の訓練前に、スイが皆を集めて言った一言というのが、そもそもの始まりだったのである。
「皆が協力して闘わなければいけないときに、互いに疑いあっている状況が続いている事を、とても残念に思う。
 だからこそ今、僕は君たちに、協力して互いを信頼し合えるような場を提供したいと思う。」
 それは、全く持って素晴らしい言葉だったのかもしれない。
 スイは誰がスパイであっても、その人を信頼していることには変わりないのだと断言したのであるし、スパイなどということは考えるなと言ったのでもある。
 スパイが情報を漏らしているかもしれないというのは、確かにまだ憶測の域をでないことだ。
 戦争において、スパイという存在は別におかしくもない、珍しくもないことである。
 スイはそれを指摘し、考えるのはスパイに情報が漏れる事ではなく、スパイに脅かされず、皆が自我をしっかりと持つ事だと断言したのだ。
 スパイがいるかもしれないと、互いを疑うことこそ、真の敵であると。
 その本当の目的が、軍朱が適当に言っている裏で、軍師がスパイについての画策に走っているということだとしても、その言葉は、多くの兵の胸を打ったに違いないことに、替わりはない。
 本人はその後に続ける言葉に心をうきうきさせていたようだが。
「そこで、古来から行われている行事を、行おうと思う。戦勝のための祈りでもあり、僕たちが互いを信じるための儀式でもある。これを今日の訓練前に行うことによって、皆の一致団結をより確かなものにしたい。」
 ここのくだりで、聞いてないぞと叫ぶマッシュがいたが、それはスイの合図によって、マッシュの口を塞いだカゲにより見事に消された。
 邪魔な軍師を消したスイは、おもむろに憂いを宿しつつも、はかなげな笑みを浮かべて、演技力抜群に叫んだのであった。
「だから、協力してもらいたい。今日の訓練で、皆が互いをより信じるために……っ!」
 じぃん、と感動した兵達が、盛り上がるのを、不敵な笑みを密かに浮かべて確認したスイには、未だ誰も気付いていなかった。
 そして彼は、おもむろにくじを取り出したのだ。
 フリックやアレン、グレンシールを始めとして、美形と名高い少年青年を集めて、それを引かせ……見事フリックは選ばれてしまったのであった。
 そう、「いけにえ役」に。
「おお、我が心の友よっ! これも使ってくれ給え。」
 すすす、と音もなく寄ってきたヴァンサンが、手のひらから薔薇を取り出すと、そっとスイに挿し出す。スイはそれを見て、ありがとう、と笑顔で答える。その微笑みがとっても嬉しそうに見えたのは、フリックの気のせいなどでは決してあるまい。
 そして、その笑顔のまま振り向いたスイは、悪魔的にも見える笑みで、フリックを上から下まで眺めた。
「うーん、勝利の女神っていうよりも、どっかの娼婦みたい。」
「誰のせいでこんなもの着てると思ってるんだ、おまえはっ!」
「なんなら、これも付ける? 上級娼婦の証。これを付けて、今からモラビア城に行く? それでカシム・ハジルを陥落してくる? 僕としてはそっちのほうが楽なんだけどな。」
 ひらひらと綺麗なチョーカーを揺らすスイの喉元に噛み付きたくなったのを、ぐっと堪えて、フリックは白粉の匂いのする顔を引き攣らせた。
「お前が付けた方がいいぞ、絶対。似合うからな。」
「……僕としては、別にこの姿のフリックを、捕虜として差し出してもいいんだよ? おとりとして。」
 にっこりと笑って、スイはフリックが抵抗しないようにと、手首に付けた手錠の鍵を見せた。
 その両隣では、フリックを捕まえる手伝いをした「かろうじて今回の作戦を逃れた一同」が、無言で紐やらろうそくやらを手にして立っていた。
 ひくり、とひきつったフリックに、スイはそれはそれは楽しそうに。
「僕としては、大切な副リーダーをそんな目に合わせたくもないんだけどね。でもでも、ほら、それしかないってこともあるじゃなーいぃ?」
「おまえ、今すっごく語尾が跳ね上がってたぞっ!!」
「気の精気の精v」
 つまり、自分たちには勝利の女神がついているという、「行事」がしたかっただけなのだ、スイは。
 ……たぶん。
 だから、それくらいは我慢しようと、フリックは自分に言い聞かせる。そう、俺だって大人なんだから。
 しかし、その努力は、楽しそうに姿見を持ってきたスイによって無残にも打ち砕かれる。
「ほらほら。フリック。見てみて。キレイ〜。」
 よりによって、彼は等身大の姿見を用意してくれた。
 どっからこんなものをっ! と思いきや、それは何故か本拠地にあるはずの、「瞬きの鏡」であった。
 つまり、手鏡を使っても、本拠地には戻れないということか!? ここから逃げる事は不可能なのかっ!?
「………………最低。」
 ぼそり、とルックが呟いたのが、フリックの胸に突き刺さった。
「なにいってんだよ、ルック。似合ってるじゃないか。すっごく。さすが副リーダーだよね。ここまでして、皆の気持ちを盛り上げようとしてくれるんだもん。いやぁ、僕には真似できないよ。」
「っていうか、君が勝手にやってるだけじゃない。」
「そんなことないよ。フリックも逆らわないってことは、一度はやってみたかったんだよ。バニーガール。」
「いうなぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!」
 叫びは遠く、モラビアにまで聞こえたのかもしれない。
「変態。」
 ぼそり、とルックが呟くと、その言葉は見えない槍となってフリックの胸に突き刺さった。
 ぐさ、と音すら出そうな衝撃に、フリックはがくり、と膝をつく。
「おう、なんでぇ、リーダー。勝利の女神とやらの準備は出来たのか?」
 タイ・ホーが呑気に歩いてくる。その後ろには、いつのまに用意したのか御輿が置かれている。
 そして何故かその隣にいるヤム・クーが、ふわふわのウサギ耳を持っていた。
「あ、うん。連れてっていいよ。」
「いやに決まってるだろうがっ! だいたいなぁ、女神っていうのは、女がするもんだろうっ!」
 いつも身につけている青いマントで、自分の身を隠しながらフリックが怒鳴ると、スイはにっこりと笑顔で答えた。
「でもこれは、儀式だから。」
 クレオが苦笑いを浮かべて、手にしていた「戦場の儀式」という、そのまんまな題名の本を見せた。そこには円月刀と呼ばれる武器を手にした、女神に扮した男性の姿が描かれていた。
 フリックは奪うようにそれを手にすると、目を皿にしてその文章を読み下す。
 つまり、戦場に女を連れていけなかった時代に、女性を示す丸みある武器を手にして、男性が女装をして先陣を斬る兵に祝福を与えたとされる、昔の儀式なわけなのだが…………。
「それを今やる意味はあるのかっ!!?」
「ないよ。」
 勢いこんで尋ねたフリックに、さらりとスイが答えた。
「あるとすれば、今回の戦争にはビクトールがいないということくらいだよ。」
 それが一体どういうことに繋がるのだと、フリックはマントの端を握りながらスイを睨み付ける。
 スイはにこやかにその睨みを無視しながら、ばふ、とフリックの頭に最後の仕上げであるかつらを乗せた。
「だって、ビクトールがいると、こっちの美女と野獣の方をしなきゃいけないじゃない?」
 フリックから取り替えした本の違うページをホラホラと指差す。そこにはドレス姿の女性が、獣を従えて先陣を斬る絵が乗せられていた。
 フリックの身体が少し硬直する。
 その直後、うつむいたまま、彼は右手に集中した。
 どうせ今日は訓練なんだ。何も今から突撃するわけではないんだ。だから、少しくらい………………。
 ばちばちと、静電気が発生するのを感じながら、フリックは紋章を発動させようとしたその刹那。
「歩く訓練だけなんて、つまらないからね。実際。」
 さりげにそう呟くと、スイは棍を持つ手にチカラを込めて、そのままフリックの俯いた頭にそれを落した。
 ごうんっ、と紋章が発動する前に、棍は見事フリックから正気を奪った。
 ばったりと倒れたフリックに、タイ・ホーが問うような視線をスイに向けると、
「じゃ、運んどいて。」
 スイはにっこりと笑って、フリックを指差した。
 
 
 
 
 
 
 目覚めると、タイ・ホー達に担がれた御輿の上であった。
 マントは取り上げられ、手元には円月刀があるのみだった。
 フリックはくらくらする頭を叱咤し、それを見つめる。
 そして、軽く首を傾げた。
 これは、何だったか……?
 円月刀をなんとなく手にしたその瞬間、カッと正面からライトを当てられる。それとともに、どこからともなくハープの音色まで聞こえた。
 何事かと思ったフリックの正面から、
「ただいまからぁっ! 解放軍兵の訓練を始めようと思いまーっすっ!」
 マイクを持ったスイが、後ろに整列する兵たちに声をかけた。
 何がどうなっているのか呆然とするフリックに、スイは悪魔のように微笑みかけた。
「それじゃ、フリック。踊って。」
 ハープの音色が聞こえる。
「は?」
「だから、訓練のための景気づけの踊りだよ、踊り。勝利の女神の踊り。」
 ぱたぱたと手を振ると、ミーナがひらりん、とショールをひらめかせて、にっこり笑った。
「さ、私のステップを真似してね♪」
 ミーナは言うが早いか、カシオスの音にあわせてステップを踏む。
 いつのまにかフリックの足にはウィングブーツが装備されていた。
 何がなんだかわからないうちに、ミーナの動きにあわせてブーツが勝手に動いていく。
 どうやらそういうことに関しては隙なく用意してくださる軍主様は、セルゲイでも使って、ウィングブーツに細工を施して下さったようであった。
 足はフリックの言う事をきかず、ミーナのきわどくも優雅な踊りを真似していく。
 スイはそれを満足そうに眺めた後、
「さぁ、皆っ! まずは前進っ! フリックの御輿に続いてっ!」
 叫んだ。
 心の中で、たぶん前進したら、それで終わりなんだけどね、この訓練。
 と、思いながら。
 未だマッシュはカゲに捕まったまま、軍主を止めることはできなかった。
 彼がこの時思ったのは、もしかしてスパイは本当は軍主その人なのではなかろうか、ということだったという。戦争を面白おかしくするためなら、この人は情報くらい相手に流してしまうのではないのか、と。
 そんなことはないと思うのだが。
 疑ってしまう自分を責める事ができないくらい、軍主が好き勝手しほうだいな事実に、ちょっとばかりじゃない頭痛を覚えるのであった。
 
 
 
 
 
 全てが終わり、ジョウストンによって占領されたモラビアを振り返りながら、荒い息を付いたフリックが尋ねた。
「ところで、今回の訓練だというのが嘘だって、お前は気付いてたのか?」
 スイは楽しそうに無血開城されていくモラビアを振り返っていた目をフリックに戻した。
「え? そんなの基本だろ?」
 マッシュはスイを怒鳴り付けたい気持ちに駆られながらも、カシム・ハジルやビクトール達に話を聞いているため、まだそれができない状況に在る。
 だから、マッシュの代わりに怒鳴ったのはクレオであった。
「スイさまっ! それならそうで、どうして突然あんなことをっ!」
「だってそっちのほうが、ふざけてるのかな、って思われるじゃないか。あちらだって馬鹿じゃないんだからさ、こんな間近いところで訓練してて、頭から疑わない方が変だろ? だから、こうやってマッシュの穴明き作戦を援助したんじゃないか。」
 しれっとして言ってくれたスイを怒鳴るわけにもいかず、フリックはそのまま地面を仲良くなる事にした。
 だからって、何も俺がそんなことならなくてもいいじゃないか。
 ぶつぶつと、人生最大の汚点ベスト5に入るだろう出来事を、今すぐ頭から追い出したい気持ちに駆られたフリックが、今夜酒に溺れるのはまず間違いないだろう。
「だからって、あれはいくらなんでもフリックが可哀相ではありませんか。どうせ使うなら、シーナとか、ルックとか、普段他の人間に迷惑をかけている人を使えばよろしかったのに。どうせあのくじもイカサマなのでしょう?」
「あれ? 分かったの? さすがクレオ。」
 きょとん、と目を瞬かせたスイに、フリックの思考回路が止まった。
「なな……いか、イカサマ……っ。」
「だって、他の人間使っても面白くなかったんだもん。その点フリックだと、リアクションも後々の反応も面白いし、この間からの仕返しっていうか。」
 延々と続くスイの言葉を、フリックはそれ以上聞く事ができなかった。
 ただ黙って……涙した。
 この軍主様は、凄いのか嫌なのか、敵には絶対回したくないのか、このまま任せていいのか……さまざまな感情の流れの中、彼がただ一つ言い切れる事が在った。
 それは。
「あいつ、絶対性格悪い……。」
 という、今更な事実だった。
 
 

 やりたい放題=フリック受難物語。
 なようです。
 彼は不幸ですが、別に嫌いなわけではないのです。
 ええ、嫌いなわけでは決して。それどころか好きですよ、ほんとに(笑)。
 ヤマダ様、このような鬼畜な軍主でよかったら貰ってやってください。