幸せな出会い


 空は最高の晴天。
 ゼクセンとグラスランドの北方に位置するヤザ高原の、心地よい陽射しを受けて、トーマスは唇を綻ばせた。
 かがみ込んで荷物から取り出したのは、一枚のビニールシートだ。
 彼はそれを広げて、慣れた手つきでパンッと広げた。
 青臭い草原の中、鮮やかなブルーのシートが、ヒラヒラと舞った。
 広げたビニールシートを草原の上に敷いて、トーマスは荷物を横に置いているヒューゴに声をかけた。
「ヒューゴ! その端に荷物、置いてくれる?」
 両手でビニールシートの端を抑えながら、対面の角を示す。
 ヒューゴは草原の上に置いた荷物を、持ち上げると、
「ゲドさん、クリスさん、荷物、借りますから。」
 そう背後に向けて声をかけて、シートの四隅のうち二つに、彼らの荷物を置き、自分のとトーマスの荷物とを、トーマスが抑えているシートの端に置いた。
「シートなんて、必要ないと思うんだが?」
 しっかりと重しがわりに置いた荷物のおかげで、広げたシートは風に吹かれることはない。
 早速その上に上がり込むトーマスとヒューゴの、いそいそとした姿を見て──ピクニックじゃないんだから、と呆れた目でクリスが振りかえった。
 今日の彼女は、いつものゼクセンの鎧姿ではなく、ラフな私服姿であった。
 鎧姿には邪魔な髪も結わえられてはおわず、サラリと綺麗な銀髪が風にゆるくなびいている。
「え、でも、お弁当を四人分、重箱に作ってもらったので、シートの上に置いたほうがいいと思うんです。草の上だと、中に草が入ってしまいますし、バランスも悪いですから。」
 トーマスは、自分が担いできた荷物の中を探ると、そこからメイミ特製の重箱を取り出す。
 荷物一杯に入っていた重箱は、5段重ねの巨大な物である。
 どっしりとしたソレをシートの上に置くと、重みでその部分だけ草が沈んだ。
「うわっ、凄い量──……メイミさん、ずいぶん奮発してくれたんだなぁ……。」
 しみじみとそれを見つめるヒューゴに、トーマスが満面の笑顔で頷く。
「勿論! ヒューゴとクリスさんが、練習するからって、精のつく物を作ってほしいって言ったから。」
 早速重箱の蓋を開けたヒューゴが、小さく口の中で口笛を吹いた。
 色とりどりの鮮やかな食べ物は、とても香良く、美味しそうであった。
「うわー、美味しそう〜!」
 ヒューゴは、イソイソと重箱を次々に開けた。
 ドンドン見える美味しそうな食べ物は、四人それぞれの味覚に合わせるためか、ゼクセン、グラスランド、ハルモニア、無名諸国の地方の料理ばかりであった。
 キラキラと目を輝かせるヒューゴに、トーマスも額を付き合わせるようにして覗き込んだ。
「ホント、美味しそう……クリスさん、ゲドさん、先にご飯にしませんか?」
 空を見上げると、ちょうど太陽は中天過ぎくらいの時間。昼前に出てきた彼らのお腹は、ちょうど良い具合に空いていたから、訓練するよりも先に、ご飯を食べたほうがいいと思ったトーマスの言葉に、勿論ヒューゴは同意したかったが──……彼は、問い掛けるような視線をゲドに向けた。
 今回の訓練は、あの破壊者と戦うために、真の紋章を上手く扱えなくてはいけない、クリスとヒューゴのために、ゲドがわざわざ付き合ってくれているのだ。
 あまり紋章を使う機会のないクリスとヒューゴには、紋章の訓練なんて物を受けたことはなく、ヒューゴは今回のメンツの中で、一番紋章に詳しいであろう男を振りかえった。
「ゲドさん、紋章の訓練とかは、お腹が一杯だとダメだとか、そういうことはありますか?」
 一人、近くの木の幹に背を預けていた男は、そんなヒューゴの問いかけに隻眼の目を上げると、そのまま視線を中空へあげた。
「いや──空腹に気を取られて、集中できないほうが困るな。
 クリス、先に食事をする方向で、いいな?」
 呆れたようにトーマスとヒューゴを見ていたクリスであったが、ゲドにつられたように空を見上げて、今が昼過ぎであることに気付く。
 そう言えば、お腹も空いてきた。このまま訓練を行えば、紋章に集中するのは辛そうである。
 多少の痛みや空腹なら、剣を握れば問題はないが、紋章となると──あまり扱いなれていないものが対象となると、そういうわけにも行かない。
「そう、ですね。では、先にお弁当にしましょうか。」
 クリスも、微かな微笑みを浮かべて、トーマスとヒューゴの待つピクニックシートへと歩いて行った。
 そこには、ヒューゴとトーマスによって、重箱を幾つも横に広げられていた。
 そのどれもに、色鮮やかで香良く、見目も素晴らしい料理がビッシリと並べられている。
「美味しそうだな──……。」
 片手を口に当てて、呟いたクリスがシートにあがろうとするのに、トーマスが慌てて顔を上げる。
「あ、シートにあがる時は、靴を脱いで下さい!」
 ほら、と示された先には、シートの外にきちんと揃えて脱いであるトーマスの靴と、ヒューゴの靴があった。
 クリスは無言で二人分のブーツを眺めた後、シートの端っこに腰を下ろして、自分のブーツの紐を解き始める。
 ゲドはしばらく木の下で、右手の甲を見つめた後、辺りを見まわし、何も言わず幹から背中をはずした。
 そして、ゆっくりとシートの方へと歩き出した。
 トーマスは、荷物の中に仕舞い込んであった小皿を手に取ると、一枚をヒューゴに手渡し、一枚をクリスに手渡す。
 美味しそうなお弁当を前にして、二人はイソイソと小皿を手にする。
 トーマスは、同じようにブーツを片足ずつ脱いだゲドに、小皿を一枚手渡し、そしてもう一枚を、伸びてきた手の上に置いた。
「それじゃ、頂きます。」
 それから、トーマスは両手を合わせて、行儀良く呟いた後で、目の前のお弁当からおかずを取ろうとして──はた、と気付いた。
「あれ……? 僕の分の小皿……。」
 両手を軽く揚げて、トーマスは軽く首を傾げる。
 視線を周囲に飛ばしたトーマスは、自分の隣でスパイシーチキンを頬張っているヒューゴを見て、無言で野菜炒めを手に取るゲドを見て、それからクリスに視線を移した。
 クリスは、小皿の上に卵焼きを取っていた。
 誰も小皿は一枚以上持っていることはなかった。
 トーマスは困惑した目で、クリスと自分の間へと視線を落とした。
 そこには。
「むむぅー。」
 とても至福な表情で、肉だんごを口に含んだ、毛むくじゃらの獣が居た。
 まふまふの茶色の毛皮の、つぶらな瞳。
 至福のあまり、揺るんだ瞳はちょっと遠くを見ていた。
「──……む、むささび…………?」
 赤いマントを背中に流し、短い足で正座を組んだムササビは、肉球の愛らしい手で小皿を掴み、もう片手で器用に箸を持っている。
「えっ!? 何、これっ!?」
「ど、動物? モンスターっ!?」
 大きく目を見開いたヒューゴが、ずさっ、と後じさり、クリスが咄嗟に片手で剣の柄に手をかける。
 そんな彼女を片手で制して、ゲドが低く呟く。
「この辺りでは珍しいな──ムササビとは。」
「ムササビ? って、この動物の名前ですか?」
 クリスは、困惑した目をゲドに向けると、寡黙な戦士ではなく、愛らしい様子で新しく弁当箱に手を伸ばそうとしているムササビが変わりに答える。
「むむっ!!」
 そうして、ひょい、と器用に海老プリを手に取ると、ぱっくり、と口に放り入れた。
 その仕草も愛らしくて、思わず口元が綻んだトーマスが、ムササビを見たことがないだろうクリスとヒューゴに説明を買って出た。
「ムササビって言うのは、ここより南の地方に棲んでいるモンスターなんです──良く森とかに出てくるんですけど、でも、グラスランドには生息してないはずなんですけど……。」
「凶悪なモンスター……には見えないが……?」
 クリスは、隣でふぁさふぁさと揺れている尻尾を見て、ウズウズする手を掴んだ。
 可愛らしい毛皮の生き物は、思わず手を伸ばして抱きしめたくなる魅力があったが、そういう外見のモンスターが決しておとなしいわけではないことをクリスは知っていた。
 だから、グッ、と堪えてトーマスに尋ねると、
「凶悪ではない。どちらかというと人懐こい方で、家で飼っていることもある。」
 今度はゲドが答えた。
「それじゃ、この辺りで言うとイノシシとか、ペインバードみたいな物ですか?」
 顎に手を当てて、顔を向けるクリスがゲドを見上げる。
「え? いや──それと一緒にすると、ムササビとかモサモサが可哀想……。」
 トーマスは、苦い表情で顔の前で手を振って、クリスの言葉を否定する。
「……じゃ、このムササビって、どこかの家で飼ってるってこともあるんだ?」
 嬉しそうに顔をほころばせたヒューゴが、身を乗り出して、おずおずと手を伸ばそうとするが──ゲドがそれを止めた。
 ムササビは、キョトンと目を瞬かせている。
「それは──どう、かな?」
 トーマスも、苦い笑みを口元にはいて、ヒューゴが手を伸ばそうとするのを目で止める。
「どうって?」
「簡単な話だ。」
 トーマスに問いかけるヒューゴの隣で、当たり前のようにゲドは答えて、腰に手を当てた。
 そこに何があるのか悟り、クリスは目を見張る。
「ゲド殿っ! いくらなんでも、それは……っ!」
「それでもモンスターであることには変わりは無い。──ムササビは、小さい頃から世話をすれば懐くが、そうでもない場合は……人を襲う。」
 チャキン──と、鉄の音がして、ゲドの鞘から鈍い光が見える。
「ゲドさんっ!」
 ヒューゴが、眉を寄せて彼を止めようとした。
 けれども、ゲドはその言葉に一瞥すらしようとせず、剣の柄に手を当てたまま、ヒタリとムササビを見つめた。
 その視線を受けて、ムササビは無邪気な目をゲドへと向けた。
 彼は、小首を傾けると、ゲドを見つめた。
 つぶらな瞳が、きゅるりん、と動く。
 しかしゲドは無表情にそれを見つめ、鞘から剣を引き抜こうとした。
 その瞬間、
「むむむーっ!!」
 ムササビは、小皿に載せた料理を一口で頬張ると、スックと立ちあがる。
 ゲド向けて、左手を高々と掲げた。
 そこに、目には見えない力が宿り始めるのを感じ取った
「ムササビが、紋章……っ!?」
 低くうめいたゲドが、咄嗟に右手を軽く掲げたのと、ムササビの左手に、一際濃く炎の紋章が浮かび上がった。
「──……っ!?」
 クリスが腰を浮かせ、トーマスが驚愕の表情でムササビを見下ろし、ヒューゴが慌てて右手で剣の柄を握る。
 ムササビは、悠然と立ちあがったまま、左手に宿った力を、今まさに解放しようとしていた。
 けれども、それよりも早く。
「──ムクムク!」
 リン、とした声が、すぐ近くから降って来た。
 刹那、ムササビの身体の中から涌き出ていた力が、一瞬で消失する。
 あ、と口を開いたトーマスとクリスが驚愕する前で、ムササビは掲げた手を下ろして、トンっ、とシートを踏んだ。
 かと思うや否や、ばさりっ、と腕を広げ、風を受けて飛んだ。
「あ。」
 小さく叫んだヒューゴが、ゲドとクリスの間をすり抜けて、向こうへと飛んでいくムササビを追った。
 その先には、先ほどゲドが背を預けていた木がある。
 四人が一斉にムササビの行方を追い──バサッと、木の葉が大きく揺れるのを見た。
 直後、木の葉の合間から、何かが落ちてきた。
「何……っ!?」
 ムササビは、迷うことなくその「何か」目掛けて、飛んでいく。
 ストン、と音もなく地面に着地したのは、人影──であった。
 ゲドが、喉の奥で小さく言葉を詰まらせる。
 目を眇めて見やる先で、木の上から降りた人影は、ゆっくりと顔を上げる。
 その先から飛び込んできたムササビを、両手でしっかりと受けとめると、小柄な人物は、毛むくじゃらの生き物と間近に視線を交わす。
「ダメだろ、ムクムク──安易に紋章を使ったら。」
 コツン、と額を付き合わせて注意するその人は、この辺りでは見かけない紅の胴着に身を包んだ少年であった。
 年の頃は15歳前後。横顔は爽やかで品の良い、整った顔立ちをしている。
 どうやら、ムササビの飼い主のようであった。
 ゲドに対して火の紋章を掲げようとしていたムササビも、甘えるように少年に抱き着いている様から判断するに、害はないと判断したらしいゲドは、カチャンと剣を鞘に収めた。
 トーマスはそんなゲドに、ホッと胸を撫で下ろした後、木の下に現れた少年を見つめる。
 彼は、ムササビを抱きとめて、ゆっくりとトーマスたちの方を見た。
 品の良さを感じさせる動作であった。
「すみません、僕の相方が、勝手にピクニックのお相伴に預かっちゃったみたいで──……。」
 苦笑を刻んで歩み寄ってくる少年は、ごく普通の旅人のように見える。
 見えるのだけど──ゲドは、彼に分からない程度に顔つきを険しくさせる。
 彼が降りて来たのは、木の上からであった。
 少年とムササビは、あの木上に居たのだろうと考えることは出来るが──だが、先ほどまでゲドはあそこに居たのだ。
 誰か居るような気配がするとは思わなかった……獣の気配がするとは、思ったけれども、それすらも鳥か何かのような、本当に小さな気配だったのだ。
 気配を消して、あの木の上に居たということになるのだが、それがどうしてなのか──……。
「あ、いえっ、ピクニックじゃないんですけど──あの、そういう貴方は、どうして木上に?」
 トーマスが、軽く顔を横に倒して尋ねると、彼はピクニックシートの前で脚を止めて、微かに微笑む。
 その笑顔は、透き通るように優しげであった。
「家出したムクムク──ああ、このムササビの名前なんだけどね、この子を追って居たんだ。
 で、ムクムクがまだ家に戻りたくないって言うから、一緒にあの上で昼寝をしていたんだよ。」
「──……はぁ、家出、ですか。」
 なぜか正座して話を聞いていたクリスが、彼の話に相槌を打つ。
「そう。ちょっと仲たがいして──でも、本当にすみませんでした。
 ほら、ムクムクも謝って。勝手に人様の物に手を出しちゃだめだって、いつも言ってるだろ?」
 腕に抱きしめたムクムクを、目線の高さまでかかえあげて、彼と視線を合わせて、少年はそう叱りつける。
 彼の言葉を聞いたムクムクは、しょぼん、と耳を垂らすと、
「むむぅー……。」
 それはそれは、酷く悲しげに鳴いた。
「か、カワイイ……っ。」
 ぎゅ、と胸の前で手を握ったクリスが、小さく呟くと、少年は軽く首を傾げるようにしてクリスを見た。
 彼の綺麗な琥珀色の瞳に、クリスは目元に朱を走らせた。どう考えても、自分の声が聞こえていたとしか思えなかったからである。
 一方で、動物が好きなヒューゴの手も、ワキワキとしている。
「ムクムク。お姉さん達に謝って。ほら。」
 少年は、腕を広げると、シッカと自分にしがみ付いているムクムクの背中をぽんぽんと叩いた。
 ムクムクは、寂しそうな瞳を少年に向けるが、優しく微笑む彼に促されて、ポンッ、と飛びあがった。
 そのまま彼は、腕を広げて羽根のようにしてみせると、風を使ってクリスの胸元へと飛んだ。
 クリスは慌てて両手で軽い獣を受け取ると、彼女のふくよかな胸に片手を当てて、ムクムクはぺこ、と頭を下げた。
「むむ。」
 小さく呟いたムクムクに、フワリとした手触りに頬を緩めたクリスは、小さく笑みを零す。
「反省、って──どこで覚えたんだよ、ムクムクは。」
 呆れたように少年が呟く。
「しかも、お姉さんの胸に手を当てて──もう。」
 少し怒ったような少年の口調に、ムゥー、とムクムクが顔を上げる。
「あの……この子、人に慣れてるんですね。」
 クリスの腕の中に居るムクムクに、ソロリ、とトーマスは手を伸ばす。
 ムクムクは、その手をジッと見つめはしたが、特に抵抗もせずに、トーマスの手を頭に受けた。
 ヒューゴはそれを見て、いいなぁ〜、と小さく呟く。
 少年は、そんなヒューゴにクスクスと微笑みを零すと、
「ムクムクは昔から人が好きで、一人歩きしている人間が居ると、ついボディガードのつもりで後ろを着いていったりすることもあるんだよ。だから、触っても大丈夫だよ。」
「え、ほんと!? クリスさん、じゃ、次俺にも抱かせてっ!」
 キラキラと目を輝かせるヒューゴを見て、少年は柔らかに微笑む。
 クリスは、腕の中に居た獣を見て、トーマスの手を心地よく感じているらしいムクムクに、恐る恐る尋ねる。
「え……と……ヒューゴに抱いてもらっても、いいかな?」
「むっ。」
 偉そうに頷くムクムクが、のそのそとクリスの腕の中から抜け出した。
 そして、嬉々として身を乗り出してくるヒューゴに、短い腕を伸ばして、ひょいっ、と彼の腕の中に乗り移った。
「うわぁー! まふまふーっ!!」
 きゅむっ、と抱きしめたヒューゴが、それはそれは嬉しそうに顔をほころばせるのを見ながら、ゲドが後ろを振りかえるようにして少年を見た。
「ここに座ったらどうだ?」
 言いながら、自分とクリスの間を示す。
 そのついでに、弁当も示した。
 どうやら、ムクムクをヒューゴとクリス、トーマスが構っている間、彼も相伴させようというつもりらしい。
「いいんですか?」
「あ、どうぞどうぞ! メイミさん──うちのコックさんが、たくさん作ってくれましたし。」
 トーマスが、笑顔で微笑み、新しくバックの中から小皿を取り出すと、自分の分と少年の分とを分けて、彼に渡す。
 靴を脱いであがった少年は、丁寧にクリスとゲドに礼をすると、トーマスから小皿を受け取った。
「それじゃ、ご相伴に──って、そう言えば、まだ名前を名乗ってませんでしたよね。
 僕はスイといいます。こちらは、さっきも言いましたけど、僕の相方のムササビの、ムクムク。」
 箸を手にして、軽く微笑む。
 その笑顔に惹きつけられながら、トーマスも自分を示して挨拶をする。
「僕は、この先のビュッデヒュッケ城で城主をしてます、トーマスと言います。」
「私は、クリスです。」
「俺、カラヤ・クランのヒューゴ。」
「ゲドだ。」
 トーマスを始めとして、彼等は少年に名乗りを上げた。
 少年は、彼等の名前に聞き覚えがあって、軽く首を傾げた後、ヤザ高原の西に位置する城の名前に、ああ、と声を零した。
「……それじゃ、皆さん、ゼクセン・グラスランド軍の、幹部でいらっしゃるわけだ? 名前を拝聴したことがあります。」
「僕は、幹部というか──……スイさんは、この辺りの出身なんですか? ムササビがどれくらいの距離を家出するのかは、知りませんけど。」
 トーマスは、ヒューゴの腕におとなしく抱かれているムクムクを撫でながら、そう尋ねる。
「僕は、旅をしている………………あ、まずい。」
 ノンビリと小皿を手の平に載せた少年が、不意に箸を伸ばそうとした手を引っ込めて、小さく呟いた。
「えっ!? まずかったですかっ!?」
 ぐぐっ、と身を乗り出したトーマスに、少年はそうじゃなくって、と笑いかけるが、すぐに目つきを改めて、キッ、とヒューゴとムクムクを見た。
「ごめんね、ヒューゴ君! ムクムク、こっちへおいで!」
 小皿を足元において、スイは小さくムササビを呼んだ。
 瞬間、ヒューゴの腕の中で、彼の手の平におとなしく撫でられていたムクムクが、不意にカッと目を見開いた。
 そして、ヒューゴの足を踏みつけて、ピョンッ、とスイの腕の中へ飛び込む。
 スイはその彼をしっかりと抱き止めると、鋭く視線を前方に飛ばし、チッと舌打ちしてみせると、真横に座るゲドを見た。
「ゲドさん、すみませんが、ムクムクを預かってて下さい! そして、決して見付からないように!」
 そうして、強引さを発揮して、ゲドの襟首を掴むと、ギョッとした彼に構わず、ゲドの襟元をくつろげた。
「ごめん、ムクムク! ちょっと苦しいけど、我慢してね!」
 無理矢理、ゲドに言質も取らずに、ムクムクをゲドの襟から服の中へ突っ込んだ。
「……お前……っ。」
 低く叫ぶゲドの険しい眼差しをさっぱり無視して、スイはキリリとした眼差しで彼を見上げる。
 ゲドの襟の間から、ムクムクがプハァッと顔を覗かせる。
 窮屈そうに、嫌そうに顔を歪めるゲドの襟の間から、ムクムクはパチクリと目を瞬かせると、
「むむっ!」
 ぴしり、と片手を挙げた。
「それじゃ、後は頼みます。
 ここへ駆けつける男が居ますが、決して僕とムクムクの事は公言しないようにお願いします。」
「むっ!」
「え、あの、ムクムクの事って、ゲドさんの襟から顔、出てるんですけど?」
 スイはそのまま身を翻した。
 ムクムクは、そんなスイに片手を挙げて答えると、ゲドの服の中で安座する。
 ヒューゴが、服の裾を翻して走って行った少年に呼びかけるけど、彼はそれを聞くこともせず、木の下まで行ったかと思うと、そのままジャンプして木の枝に捕まると、ヒョイッと身体を浮かせた。
 あ、と見守る一同の目の前で、あっという間に彼の姿は木の中に消える。
 残されたのは、トーマスとクリスとヒューゴ、そしてゲドとゲドの服の中に鎮座するムクムクであった。
「か、カワイイ……っ。本で見た、有袋類みたいだ。」
 クリスが、頬を紅潮させて微笑みを零す。
 どこか少女めいた仕草でムクムクとゲドを見る彼女に、ゲドは心底うんざりした顔で、胸元のムクムクを見つめた。
 ムクムクは、楽しそうに足でバタバタとゲドの服を蹴り、ふくふくした頬で、む? とゲドを見上げた。
「……………………。」
 無言で見下ろしたゲドに、ムクムクは嬉しそうに顔をほころばせる。
 その無邪気な笑顔を見て、ゲドは無言で彼を見下ろしつづけた。
「で──えーっと、男の人がここに来るんですよね?」
 トーマスが、そんなゲドとムクムクに漏れてくる微笑みを、なんとかかみ殺して、背後を振りかえった。
 その彼の耳に、
「──……〜っ。」
 何か、音が響いた。
「? 今、何か?」
 不思議そうに呟いたトーマスの言葉に、ヒューゴも軽く首を傾げて、背後を振りかえる。
 ヤザ高原の遥か遠く──吹きすさぶダークグリーンの草原の果てから、音が響き渡る。
「すーみーまーせーんー……っ!!」
「男の、声?」
 ふ、と顎を上げて、クリスもトーマスの背中の向こうを見やる。
 良く目を眇めると、草原の向こうから、土煙が立っているのがわかっただろう。
「誰かここへ来ようとしているようだな。」
 小さく呟いたゲドの台詞に、クリスもヒューゴも腰を浮かせて、その先を見つめる。
 見る見るうちに大きくなる声と人影に、トーマスが軽く目を見張った。
「人? え、でも、なんか凄く早くないかな?」
 戸惑いの目を向けるトーマスに、ヒューゴも頷いて、ゴクン、と息を飲み込む。
「確かに──……っ。」
 愕然と呟いたクリスの目が丸くなる。
 その目の前で、草原の端からかけてきている男の影が、あっという間に大きくなり、一人の人間になった。
 そう思ったときには、大きく肩で息をした男は、彼等四人の前に立っていた。
「あの……っ、す、すみませ……っっ。」
 はぁ、はぁ、と荒く息をした男は、額に滲んだ汗を拭い取り、はぁ、と大きく吐息づいた。
 茫然と、人離れしたとしか思いようの無いスピードでここに来た青年を見上げて、トーマスは息を止める。
 少し色素の薄い短髪と、日に焼けた額には鈍く光るサークレット。
 爽やかな笑顔が似合う凛々しい顔つきの、明るいイメージのする青年は、なんとか息を整えると、シートの上でピクニックしているようにしか見えない面々を見下ろし、あれ? と小首を傾げた。
「あの──……さっきまでここに、黒い髪の、バンダナした、15歳くらいの少年、居ませんでした?」
 顎まで滴った汗を、手にした手袋で拭い取り、おっかしいな、と首を傾げる。
 その表現からして、つい先ほどまでゲドとクリスのあいだに座っていた少年の事に違いなかったが──彼が姿を消したのは、青年の走ってくる姿が見える少し前だったはずだ。
 どうして見て取ることが出来たのだろうと、誰もが疑問に思う。
「え、あ、いや……その……どうして彼が消えたのに……いや、その……見てません。」
 嘘をつくことが苦手なクリスは、ついうっかり疑問を口にしそうになって、慌ててかぶりを振って答える。
 青年は、首を傾げてトーマスとヒューゴを見るが、
「いや! 僕も、ぜんぜん、まったく、ええ、心当たりがっ!」
 トーマスは、あからさまに怪しい仕草で顔の前で両手を振るし、
「そうそう。えーっと……ずっと、四人で食べてますから。」
 二人が答えている間に、必死で自分の口にする言葉を考えていたヒューゴは、無事に笑顔でそう告げられたことにホッとしつつ、青年を見上げる。
「ほんと? ムササビって言う、動物を連れてると思うんだけど──まさか、町の方まで行っちゃったんじゃないと思うんだけど……。」
 困ったように呟く青年に、どうしてこれで騙されるのだろうと思いながら、ゲドは無言で胸元のムササビを見た。
 ムササビは、先ほどまで彼の服の中で暴れていたのが嘘のように、ピクリとも動かない。まるでぬいぐるみのようだと、クリスが横目で思った瞬間、
「あ、ムササビって言うのは、そのお兄さんが胸に抱えてるぬいぐるみみたいな生き物なんだけど──それも見てないかなぁ?」
 首を傾げて、明るく青年が尋ねた。
「…………本気で、アレ、ぬいぐるみに見えてるんですか?」
 思わず真顔でトーマスが聞いてしまったくらい、彼が本気に見えてしまった。
「っていうか、いい年した大人が懐にヌイグルミ抱えていることに、疑問はないんですか?」
 続けてヒューゴも、マジマジと、目つきも鋭く青年に尋ねる。
 青年は、不思議そうにゲドを見つめると、
「え? でも、そういう趣味の人も、世の中には居るし──……。」
 そう、結論づけた。
 思わずゲドが握りこぶしを握ったが、彼はその衝動を何とか飲み込み、正面から男を見上げた。
「──何故、探しているんだ?」
 ヒタリ、と視線をぶつけると、彼は困ったような笑顔を見せる。
「話によっては、手伝ってやらないでもないが?」
 更に言い募ったゲドに、彼はコリコリと髪を掻いた。
「実は──その、家出、されちゃったんです……と言っても、一緒に旅をしていただけなので、家出って言う表現もおかしいんだけど。
 朝起きたら、ムクムクの──あ、ムササビの名前なんですけど、そいつの書置きが合って、それをスイさん……こっちが、探している相棒の名前なんですけど、スイさんが捜しに行って、それっきり帰ってこないんですよ。
 だから、またスイさんが、気まぐれを起こして、ムクムクと一緒に僕を置いて旅を始めたのかと思って──探してるってワケなんです。」
 最後の方は、溜息交じりに肩を落として呟いた青年は、ここに来るまでにも何人かに事情を説明して、一人と一匹を探してもらっていたのかもしれない。嫌に説明が上手かった。
 四人は無言でムクムクを見た。
 ムクムクは、パッチリとした目を閉じて、一行からの視線を拒絶する。
 どうやら、まだ許してやるつもりはないらしい。
「あの──ちょっと突っ込んだところを聞いてみたいんですが、いいですか?」
 おずおずと、トーマスがムクムクを気にしながら尋ねる。
 このままゲドがムクムクを胸元に入れてお持ち帰りでも良かったが──きっとセシルたちは喜んでくれるだろう──、ゲドの機嫌は直滑降で、今日の目的が果たせないのは目に見えていた。
「何?」
 明るく尋ね返して、青年はトーマスに視線を合わせるために膝を曲げた。
 目の前で微笑む青年の笑顔は、明るくて優しげで、トーマスは釣られるように微笑んだ。
「えーっと──その、ムササビが最初に家出したんですよね? 家出の原因って何か分かります?
 それさえ改善したら、きっと戻ってくるんじゃないかなぁ、って思うんですけど。」
 言い募るトーマスの背中に隠れて、こっそりとヒューゴがゲドの身体を見てみると、ゲドの服の中でムクムクは、ムム、と頷いていた。
「いや……その、ただ、ムクムクに帰れって言っただけの話なんだけど。」
「えっ!? 帰れなんて言ったんですかっ!?」
 大きく叫んだヒューゴに、青年は苦い笑みで頷く。
「ムクムクは、僕の幼馴染で──もう20歳を超えてるんだよ。
 ただでさえでも老人の域に入ってるのに、今回の旅に、こっそりと荷物にまぎれて着いてきていて──この辺りのモンスターは強いだろ? 危険だし、身体にも辛いから……ハイランドに帰るようにって言ったんだ。」
「ムササビの年齢は分からないが、確かに動物の20歳というのは、つらいな。」
 柳眉を辛そうに寄せたクリスが、唇から吐息を零してムクムクを見つめる。
 ムクムクは、譲る気がないのか、無言で目を閉じたままである。
「そっか。──うん、それじゃ、僕らもムクムクを説得してみますね。」
「20歳って、老人なのか? 俺、フーバーとか軍曹とか見てるから、そう思わなかった。」
 キョトン、と目を瞬かせるヒューゴに、
「グリフォンの寿命はまた違うし、ジョルディ殿は…………ヒューゴ、後で言いつけるぞ。」
「うわっ、ちょっと待って、ゲドさんっ、それ、ホント困る!!」
 ついうっかり口を滑らせたヒューゴが、慌ててゲドに身を乗り出して、手を振る。
 そんな彼にクスクスと笑みを零したトーマスは、自分の目の前にしゃがみこんでいる青年をまっすぐに見詰めると、
「それじゃ、彼等に出会ったら、あなたの事をお伝えするようにします。」
 そう、提案してみせた。
 青年は、まさか自分の探し人が、目の前と近くの木の上に居るとは全く気付かず、軽やかに笑った。
「お願いできます? スイさんとムクムクが見付かるまではイクセっていう村に居るって伝えてくれればいいので。」
 リオは腿の上に両手を置いて、スクリと立ちあがると、トーマス達を見下ろす。
「すみません、お食事中邪魔しちゃって。
 それじゃ、もしスイさんとムクムクに会ったらお願いします──って、あ! そうそう! これだけは言っておかないとっ!」
 くるりと背を向けた青年は、一歩踏み出そうとした足を、慌てて踏み戻す。
「言っておく?」
 シャラリと音を立てて髪を流したクリスが尋ねるのに、そう、と青年は大きく頷く。
「あの! スイさんを見かけても、僕が探していたとか言わないで欲しいんです! できれば、僕が──あ、僕、リオって言うんですけど、リオがイクセの村に居て、待っているとそう言って欲しいんです。
 きっと、ムクムクを探しにいったきり帰ってこないスイさんを、心配して探しに出たなんて知られたら、僕が信用できないとは何事だって、絶対僕のところに来てくれないどころか、それを伝えた貴方達にまで被害が及ぶと思うんです。」
「──……被害?」
 首を傾げるヒューゴに、リオと名乗った青年は、重々しく頷く。
「絶対です!」
 拳を握って、力説までしてくれた。
 その刹那。
「お前は僕を何だと思ってるんだっ!」
 げしっ!
 と。
 ゲドの頭の上を風が吹いたかと思うや否や、木上に隠れていたはずの少年の飛び蹴りが、リオの顔面に埋まった。
「あ。」
「え?」
「あれっ!?」
 ぽかんと口を開けて、彼等が見つめる先で、ぐらりとリオの身体が傾ぐ。
 その彼に思い切り良く蹴りつけた少年は、そのまま彼の身体を支点にして、すとん、と地面に降り立った。
 パサリと乱れたバンダナをすばやく結びなおし、彼は顔を抑えて蹲っている青年を見下ろす。
「全く、やっぱりリオだったのか! 通りで、名前を名乗った瞬間に、変な顔をする人が多いと思ったよ。」
「つぅぅー……スイさん、今、どっから降ってきましたっ!?」
 鼻の頭を抑えて、キッと涙交じりに見上げたリオに、少年は腕を組んで片目を眇める。
「そこの木の上。」
 ぴし、と堂々とした仕草で、彼は木を示す。
 彼は、見事な微笑みを零して、それで、と続けた。
「リオ、君、一体何人の人間に、それを言ったのかな?」
「え、いえ──その…………。」
 じりり、と尻で後じさった青年に、更に顔を近づけて、スイは四人に見えないように凄む。
「おかげで、こっちは町で宿も取れなくて、木の上で仮眠を取る羽目になったんだけど?」
「あ、スイさん、ちょっと待って……その、今の紋章は、ちなみに何かなー……なぁんて。」
 わたわたと後ろに下がる青年をスタスタと追いかけて、スイはヒラリと片手を掲げた。
「ムクムクとおそろいの、烈火の紋章。」
 笑顔であった。
「……うっわ、スイさんと最悪の組み合わせ…………。」
 げんなりした口調で呟いたリオに、更に嬉しそうに顔をほころばせて、
「ちなみに額には、蒼き門の紋章がつけてあったりして。」
 ぴ、と額を指し示した。
 ぐ、と更に言葉に詰まったリオであったが、彼はそれでもめげずに、キッと視線を上げる。
「で、でも僕はっ! ムクムクが旅に着いてくるのには反対ですから! ──僕の荷物の中で揺られてるだけの旅でも、今のムクムクには……っ。」
「分かってる。だから、ムクムクにも帰るように説得したよ。
 ただ、ここからムクムクを一人で帰すわけにも行かないから、とりあえずビュッデヒュッケ城に向う方向で考えてる。」
 キリリ、と唇をかみ締めたリオが辛そうに呟いた台詞に、スイはピタリと彼を追う足を止め、鷹揚に頷く。
 そして、そんなスイの口から零れた城の名前に、ギョッとしてトーマスがシートから身を乗り出し、草地に両手をついた。
「えっ!? うちの城に、ですか!?」
「え!? この先のお城って、君の城なの!?」
 トーマスの驚いた顔に、リオも驚いてスイの背中越しに彼を見据える。
「はい──そうです。あの、でも……スイさん? 僕達のお城って、ハイランド方向とは、まるで違うと思うんですが?」
 ムクムクを心配しての事なら、どうして──と、トーマスがチラリとゲドを見やる。
 ゲドの服の中で、ムクムクはそろそろジッとしてくることに飽きたらしく、ぱふぱふと彼の服を叩いていた。
「いや──あそこに行けば、楽にハイランドに帰れる手段があるから。」
 スイはアッサリとそう告げて、リオから首を傾げられ──、
「星に導かれた集団に縁があるらしいからね。」
 こっそりと、スイから告げられて、丸く目を見開いた。
 リオは、ハッとしたように四人を見つめ……それから、視線をトーマスに止めた。
 不思議そうに首を傾げたトーマスを見て、リオは低く──呟く。
「天魁星……?」
 リオの言葉に重なるように、スイは微笑みながらトーマス達を振り返る。
「ブラス城で、竜騎士がビュッデヒュッケ城に居たと聞いたんです。ですから、きっと心優しい竜騎士なら、可哀想なムササビを返すのに協力してくれると思うんですよ。」
 微笑んだスイの表情からは、初対面のトーマス達は、彼の言葉の影に隠れた意味に気付かない。
 しかし、リオは良くわかっていた。
「らじゃーっ!」
 だからすかさず、ピシリと親指を立てて、スイに答えた。
 つまり、簡単な話──「白い竜を持つ竜騎士は、フッチという名の男だけだ」ということである。
 そのリオの返事が分からなくて、クリスは顔を歪める。
「あの?」
 問いかけたクリスに、スイは小さく微笑みかけると、
「それじゃ──すみません。ムクムクがお世話になりました。」
 おいで、と両手を広げるスイに、ムクムクは迷うことなかった。
 ゲドの服からモソモソと這い出て、彼はゲドを振り返ると、ペコリと頭を下げる。
 そしてそのまま、ひょいっ、と飛んだ。
 迷うことなくスイの腕の中に着地したムクムクは、むきゅぅー、とスイに抱きついた。
「……て、ムクムクっ!? えっ、じゃ、何!? やっぱりあの男の人の服の中から顔を覗いてたのは、ムクムクだったの!?」
 思い切り良くスイに懐いているムクムクに、リオがあからさまに嫌そうな顔をして睨み付ける。
「むぅぅー。」
 幸せそうに笑うムクムクが、きゅむ、と自分の袖を掴むのに、スイは微笑みを零して見せた。
「何? ゲドさんの服の中、気持良かったの?」
「むっ!」
「ってなんかセクハラしてないだろーね、ムクムク?」
 目を据わらせて覗き込んだリオに、はむ、とムクムクは噛みついた。
 迷うことなく行われた動作に、このヤロウ、とリオは薄目で睨み付ける。
「二人とも、あんまり騒ぐと、まるっと飲むよ?」
 そんなリオとムクムクに、ニッコリと微笑んで見せたスイに、ピタリと二人は口を閉ざした。
 黙った状態になったリオに、同じく肉球を口に当てて黙り込んだムクムクを押しつけると、スイは食事中を中断させたままの四人を振りかえった。
「本当に、いろいろお騒がせしてしまってすみませんでした。」
 深深とお辞儀したスイに、慌ててムクムクを抱きとめたリオも頭を下げる。
 リオの腕の中で、ムクムクもお辞儀をする。
「あ、いえ、こちらこそ、何のおもてなしもできませんで──。」
 慌ててトーマスが、頭を下げてスイに答える。
 それに服を着なおしていたゲドが顔をあげ、クリスが軽く頭を下げる。
 ヒューゴは、リオの腕の中に居るムクムクに手を振ってから、笑顔で彼等に頭を下げた。
 そんな彼等に微笑みを残して、スイ達はゆっくりと草原を西へと歩いていく。
 ムクムクは、しっかりとリオの腕の中に抱かれたまま──……。
──こうして、お弁当は開け放されたまま、昼食の時間に起きた騒動は、終わった。
 その後、訓練にならない状態でお開きになった本日の講座の後、お城に帰った彼等が、昼に出会った旅人達と出会ったというのは、また別の話である。






ちなみにその際、一騒動起きたのは間違いがなかった。


ひさし様


60000ヒットのリクエスト、ありがとうございました!
ダイブお待たせしたあげく、書きあがりかけていた品が気に食わなかったので、全部書きなおすという暴挙に出、年内にしあがりませんでした〜。すみません!

少しでも楽しんでいただければ幸いかと思います。