仕返し大作戦


 二百年以上もの歴史を誇っていた赤月帝国が、「解放軍」によって滅ぼされたのが、つい3年前のことである。
 そして、トラン共和国と名を変えたこの国が、かつての敵国であるジョウストン都市同盟と同盟を結んだのが、つい先ごろのことであった。
 その首都グレッグミンスターに、トランの英雄と呼ばれる少年が3年ぶりに帰ってきた。
 彼の帰郷に協力したのが、ジョウストン新同盟軍軍主の、リオである。彼はそれからというもの、この英雄を迎えに、ことあるごとにグレッグミンスターを訪ねるようになった。
 この日も、常と同じ訪問になるはずであった。

 いつものようにやってきた、新同盟軍軍主の彼は、いつになく真剣な顔で、がし、とスイの肩を掴んだ。
 そして、憧れの英雄に、何時もと違う真摯この上ない瞳で、こう言ったのだった。
「お願いです! 今夜、スイさんを僕にください!」

 がらがらがっしゃーんっっ!!

「り、りりりり、リオ君っっ!?」
 後方で、昼ゴハンの仕度をしていたグレミオが、思わず鍋を取り落とした。
 そして、そのまま慌てた声とともに、声の主を振りかえった。
 英雄……スイ=マクドールは、そう言った少年をまじまじと見詰める。
 年のころは自分と同じ位、14,5の少年は、あの同盟軍を統制している少年である。人を見掛けで判断してはならないというのが、ここにいるこの少年のことであり、そして自分のことでもあると、彼は自覚していた。
 その、同盟軍の軍主の言うことだ。たぶん、裏があっての言葉だと思うのだけど……まるで自分が今から、彼の物になるようだねぇ、などと、暢気にスイは思った。
 そして、きつく肩を掴む彼の手の上に、やさしく手を重ねた後、間近にある少年の瞳を覗きこんで尋ねる。
「リオ、それって、どういうことかな?」
 この同盟軍の軍主たる「リオ」は、言葉が足りないことが多く、時々とんでもない誤解を招くことになる。
 おそらく今回のこれもそうだろうと踏んだスイが、優しくその先を促すと、リオの隣に立っていたナナミが、バカッとばかりにリオの頭を叩いた。
「もう、リオったら! スイさん困ってるじゃないの! スイさんの時間をください、の間違えでしょっ!」
「え? 何か違うこと言った? 僕?」
 きょとん、としてナナミを見たリオに、グレミオが鍋を拾いつつ、脂汗を拭うのが見えた。
 同じように席に同席していたクレオやパーンは、どうせそんなことだろうと思った、という表情で紅茶をすすっていた。どうやら慌てたのはグレミオだけのようである。
「それで、今夜何かあるの?」
 このままだと、ナナミとリオの水掛論争になると、いつもの経験から学んでいたスイは、静かに2人の姉弟の注意を惹きつけた。
 それに対して、リオがそうそう、と手を叩く。
「そうなんです! 僕、もう限界なんですよっ!」
 言って、リオが目を切りきりと吊り上げると、ナナミがその隣で頷く。
「私ももう限界なんです。」
 いつになくまじめな顔で語る二人に、スイは首を傾げる。
「何? もしかして、夜寝れないの?」
 よく見なくても気づいていたことなのだが、実は2人の眼の下には大きな隈が出来ていて、目がやや血走っていた。
 てっきりここ最近来なかったこともあって、忙しかったためなのだろうと思ったのだが。
 どうやら、寝れない理由は他にあるようである。それも、スイに助けを求めるようなところに。
「はい……実はそうなんです。」
 むす、とリオが唇を尖らせて、ナナミを見た。
 ナナミもナナミで、リオを見た。
 そして、2人きりの姉弟は、そろって重い溜息をついた。
 いつも元気な2人の揃ってのその態度に、さすがに気になったのか、いつも何も言わないパーンが心配そうに口を突っ込む。
「どうしました? もしかして、晩御飯抜きが続いてるとか?」
「あんたじゃあるまいし、そんな理由でこれほど悩むはずないだろっ!」
 クレオがすばやく突っ込み、その後微笑みを貼りつかせて2人の客人を見た。
「何か心配事でもあるの? もしよかったら、私たちが相談に乗るよ?」
 優しい微笑みを乗せるクレオに、ナナミがじーんと感動した。
 その目は、「ああ、すてき。お姉さんがいたら、こんな感じだわ。わたしもこうなりたい!」 と語っていた。
 リオはとりあえず、ナナミの無理な願望を無視して、クレオとスイに自分の右手を示して見せた。
「実は、コレなんです。」
 右手にはめていたグローブを取り去り、甲を見せる。
 そこには緑色の紋章がある。世界でただ一つの紋章……27の真の紋章の一つである「始まりの紋章の片割れ」。
「? それのせいで、眠れないの?」
 てっきり、刺客が酷くて眠れないから、しばらく宿を提供してくれとか、そういうのかと思っていたスイは、いぶかしむようにリオを見た。
 知らずその左手が、自分の右手を握っている。
 そこにも、真の紋章がある──3年前、解放軍のリーダーとして戦う原因にもなった、そして今、多くの過去を背負う種ともなった、呪われた紋章が。
「はい、そうなんです! 毎晩毎晩、ジョウイが嫌がらせするんです!」
「で、一人でそれにたえられないリオが、私まで巻き添えにするんです!」
 リオとナナミが、必要以上に力をこめて、そう言いきった。
 スイは軽く首を傾げて、リオの手の甲を見つめる。
 そして、やおら、ああ、と呟いた。
「そう言えば言ってたね? その紋章、もう片方のとつながってるんだっけ?」
「そうです。寝てるときに、相手がそのときしていることが、夢になって出てきたりとかするんですよ。だから、僕とジョウイは今まで、寝る時間を決めてたんですけど……──。」
 云いながら、リオは言いにくそうに天井を見た。
 ナナミはというと、ちょっと頬を赤らめながら、うん、と頷く。
 その2人の態度に、クレオが訪尋ねるようにスイを見た。
 スイは、「ジョウイ」と言う名に、二人の態度が何を指すのかわかったようだった。
「ま、ジョウイ君は結婚してるしね──。たまにリオはそれで寝れなくなるってこと?」
 ちょっと言葉をにごらせたが、クレオには十分に通じたようであった。なるほど、と向こうのほうを見ていた。
「はぁ、っていうか、ジョウイはそれまでには済ませてるのか、それは夢に見ないです。でも……このあいだ、僕が──。」
 リオはふぅ、と向こうの方を見た。その視線は遠くを見ていた。現実逃避とも言う。
「夜中にちんちろりん大会なんてやっちゃったから、ジョウイが怒るんだって。」
 ナナミが苦笑いを浮かべて、そう言った。
 とどのつまり、先にジョウイとの約束を破ったのは、リオが先だったと言うわけである。
「何言ってんだよっ! ナナミが、もう止めなきゃって言う僕の言葉を無視して、さらに賭けたんじゃないかっ。」
 リオが自分だけの責任ではないぞと、唇を尖らせる。
 でも結局約束を破って、ジョウイが寝ている間に、彼にチンチロリン大会なんていうものを見せてしまったのはリオであるからして、あまり大きな声では言えないようだ。
「うう、だから一緒に私もこうして来てるんじゃないの〜。リオが私を真夜中に起こしても、文句言わないでしょう?」
「言ってるけどね、結構。」
 弱い立場になったナナミの言葉に、リオはすげなく返してから、そっと自分の右手を掴んだ。
 そして憂い顔でスイを見上げる。
「ジョウイは毎晩毎晩、僕が寝た頃を見計らって起き出しては、鍛錬をするようになったんです。それで僕はそれを毎晩毎晩夢に見るんですよ。」
 それだけならとにかく、とリオは溜息をついて、右手の紋章を握り締めた。
「ジョウイのヤツ、見てるこっちが痛くなるような鍛錬ばっかり繰り返すんですよっ!? 信じられます!? もう、それを毎晩毎晩痛い思いで見てる僕の身にもなってほしいよっ!」
 いいながら、その光景を思い出したのか、ぶるりとリオが身を震わせる。
「……じゃ、起きてたらいいんじゃないんすか?」
「──それがっ、そう思って夜更かしした日に限って、ジョウイは明け方に鍛錬するんですっ! なんでかいっつも裏をかかれるんですよぉっ!」
 パーンの提案を跳ね除けて、リオが絶叫した。
 それをナナミが涙ながらに語る。
「リオのやることは、だいたいジョウイには筒抜けなんです。」
 スイは黙って顎に手を当てた後、ややあってから尋ねた。
「それで、僕にどうしてほしいの?」
 すると二人の姉弟は、元気よく言い放った。
「ジョウイに仕返しするんですよっ! それに協力してくださいっ!!」
 と──。



 同盟軍の軍主の部屋に集まった三人は、早速今夜の「対ジョウイ嫌がらせ大作戦」を練っていた。
 まず提案したのは、ナナミであった。
「はい! ジョウイは、ああ見えて甘ったれたところがあるので、私とリオが、他の人とすっごく仲良くしてるの見るのが、結構苦痛だと思うのねっ!」
 キャロにいた頃は、ジョウイの姉であり、妹であった少女は、ジョウイの性格を理解していた。
 そしてそれにリオも頷いて、ナナミの提案に賛成する。
「ふぅん。それじゃ、僕がナナミたちと仲良くすれば良いってことかな?」
 首を傾げて尋ねたスイに、コクコクとナナミが頷いた。
「それで! 私はこういうのがいいんじゃないかと思うの!」
 ナナミが自身満々に言い放ったのは。
「私とリオとスイさんが、露天風呂で仲良く背中を流し合うんです! ねっ!? 結構衝撃的でしょっ!?」
「却下。」
 リオが賛成の声をあげるより先に、スイがそれを取り下げる。
「ええ? なんでですかぁっ!?」
 ナナミが残念そうに言うのに、スイは呆れたように目を眇める。
 一応嫁入り前でしょ、君は。──そう言いたいが、それを今更口にするのもなんだかなぁ、と言った所だろう。
 ナナミの提案が蹴られたことに残念そうな表情になったリオが、あ、と声を上げた。
「じゃ、こういうのはどうですかっ!? 僕とナナミとスイさんで、一緒に寝るんですっ!」
「いつものことじゃないの?」
「だからぁっ! ここでひねるのは、服を着ないで寝るってことだよっ!」
「…………────そういう線から離れようよ、二人とも。」
 冷静に声をかけて、スイははぁ、と吐息づいた。
 そして、柳眉を顰めて天井を仰いだ。
 その間も姉弟は仲良く、スイと自分たちがいかに仲良く過ごすかを話し合っていた。
「じゃ、こういうのはどうかなっ!? 私が裸エプロンでスイさんに抱きつくから、リオは……──。」
「だからぁ、僕がスイさんとラブロマンスをして、ナナミが……。」
「やっぱり私がスイさんの子供を産んじゃったほうが……。」
「それなら僕がスイさんを…………────。」
 だから、僕から離れてよ、二人とも────。
 背中越しに会話を聞いていて、スイは情けなくなった。
 しかし、一応協力すると言った手前もある。
 何よりも、2人がゆっくり眠れないのが心配でもあった。
 今のうちにジョウイにこれが不毛であることを教えなければ行けない。
 そしてなおかつ──
「僕が楽しくなくっちゃ、ダメだよねぇ?」
 くす、と零れた微笑みが、どこか小悪魔めいていたのは、きっと気のせいではない。
「ジョウイ君がいつ寝るのかわからないんだから、一晩かかってやらなくちゃいけないんだよね?」
 今更なことを口にすると、いつのまにか「自分と相手のどっちがスイさんにモーションをかけるか」という言い争いになっていた姉弟が、ハッと我に返った。
「あ、そっか! ジョウイに仕返しするんだっけ!」
 真顔なリオの言葉に、ちょっと協力する気を失いかけるスイであった。
 しかし、このままではリオが寝不足続きになるのは間違いない。
 スイはしばらく天井を見つめていたが、ふと目を細めて、ああ、と呟いた。
「いいこと、考えたよ。二人とも。」
 そうして、全開の笑顔で振り向く。
 その笑顔は、解放軍時代の者が見たら、きっと背筋が凍り付いていただろうそれであったが、リオとナナミにはわからなかった。
 ただ、きょとんとして、スイを見るのみで。




 同盟軍の城、ティーカム城の地下には、墓地がある。
 もちろんいつもは人気は皆無に等しく、たまにシエラやシドが暗い陰鬱とした雰囲気とともにここにいるか、陽気な笑い声でスタリオンが走り回っているかしているのみであった。
 しかし、今日はこの墓場に多くのものが集まっていた。
 時刻は深夜……とてもではないが、楽しくて集まるような時間ではない。
「ふぁぁぁ……ったく、一体何が始まるんだよ。」
 ビクトールが大あくびをかみ締めながら、当たりを見まわす。
 墓を怖がって遠のくフッチや、溜息をついているルック。それにシーナと何か言い争っているアップルに、墓を叩いているテンガアールをとめるヒックス。
 不安げに辺りを見ているカスミと、その隣でぶるりと体を振るサスケ。
 たくさんの人が集まっていた。
 それこそ、この城の若い者はほとんど。
 その全員が、ろうそくを手にしていた。
 先程ここに召集をかけたリーダーが、配った者である。
 ビクトールは面白くもない白いろうそくをひっくり返したりしながら、うんざりしたように肩を鳴らした。
「ったく、こんなの、どうすんだよ。」
 一人愚痴たそのときである。
「百物語するんだよ。」
 綺麗な通った声がした。それもすぐ後ろから。
「…………っ? す、スイっ!?」
「や、お待たせ、ビクトール。」
 にこり、と笑うスイの笑顔に、なぜか鳥肌が立つビクトールであった。
 その隣から、同じように蝋燭を持ったフリックが、ギョッとした顔でスイを見た。
「ひゃ、百物語!? っていうと、あれかっ? 怖い話しを百話話して、一つ話すたびに蝋燭を消して行くって言う、あれかっ!?」
 フリックの声は、震えていた。
 その彼の声に反応したのは、元解放軍の者であった。
 全員揃って、スイに視線をやったあと、同盟軍から参加しているものたちが「?」としてる間に、とっとと背中を向けた。
 そしてそのまま逃げ出そうとするのを、
「グレミオ。」
 すかさずスイがパチンと指を鳴らした。
 すると入り口に金髪の美丈夫の青年が立ちふさがって、困ったように笑った。
「すいません、みなさん。坊ちゃんから、誰一人出すなとの命令を受けておりますので。」
 その手には、斧が握られていて、はっ、と脚を止めた一同の後ろに、ヌゥッと立ったのは、スイであった。
「リオのためだから、協力してやってよ? ね?」
 にこ、と笑うスイの右手にはソウルイーター。
 左手にはリオが彼に与えた闇の紋章。
 さらに額には、蒼き門の紋章…………。
 すべて、スイと相性の良いものばかりであった。
 こんなところで発動されたら、どうなることかわかったものじゃない。
 ははは、とひきつった笑みを浮かべた一同に、スイはお願いするように手を合わせた。
「ね? お願い。さすがに僕も、君たちを……傷つけたくないんだ。」
 そう言ってる側から、彼の手の甲に宿された紋章が光りを放ち始める。
──本気だ。
 それは、3年前からわかっていることであった。
 はぁぁ、とビクトールが溜息をつく。
「わぁったよ! ったく!」
 3年前、スイによって数多くの被害を与えられたビクトールには、その本気さが身にしみて感じ取れた。
 ビクトールの合図を最初に、元解放軍のメンバーが、同盟軍リーダーの周囲で円座を組んだ。その間に、同盟軍のメンバーも座って行く。
 グレミオはニコニコ笑いながら、スイの隣を陣取った。リオはその逆隣に座った。ナナミはそのさらに隣に座った。
 それを見て、墓にもたれていたルックが、何やら意味深に溜息をついた。
「さて、それじゃ、みなさん! ジョウイ仕返し大作戦! 同盟軍第一回、百話物語をはじめまーっす!」
 ナナミが楽しそうに、鍋のソコをお玉で叩く。
 がぁんがぁんっ! と割れた音が響く。
 墓場の中でそれは奇妙に響いた。
 グレミオが盛大に拍手し、お愛想のように、一同が拍手をした。
 何が楽しくて、墓場で百物語……そう考えているのは丸分かりであった。
「なんで怪談なんてするんだよ?」
 サスケがフッチに聞くと、フッチは恐怖に歪めた顔を無理に冷静な色に染めた。
「た、たぶんスイさんがいるから、かなぁ?」
 それは、泣きそうな声でもあった。経験者は語るのである。
「じゃ! まずは僕が一番に!」
 リオが手を上げて勢いよく蝋燭を掲げた。そこにはすでに火が宿っている。
 見るといつのまにか全ての人間の蝋燭に火が宿されている。
 怪奇現象かっ!? と見やると、墓の影から、クレオが溜息とともに火の紋章を扱っていた。
 思わずそれを見たフリックが、ここまでするか? と思ったほどであった。
 とにかく、クレオがいることに気づかない面々は、この現象にゾクゾクと背筋を凍らせていた。
 その中、早速やる気まんまんにリオが言おうとしたが、
「ダメだよ、リオは最後。ほら、主役だしね?」
 にこにこにこにこ、とスイが告げた。それは、リオに言っている筈なのに、まるでその向こうにいる人間に言ってるみたいであった。
「ええ? そうですかぁ?」
 リオが納得したようなしないような表情でそう言ったのを、元解放軍一同は同情溢れる眼差しで見た。
 とどのつまり、最後まで逃げられないということである。
「そうそう。だから、一番は……。」
「はい! ナナミ、いっきまーっす!」
 ナナミが元気よく名乗りをあげた。
 それには、スイも異存がなかったのか、ただにっこりと笑うのみであった。
 こうして、「ジョウイ仕返し! ジョウイ、夢で恐ろしい目にあい、明日から一人でトイレにいけなくしよう大作戦」が始まったのであった。






「それは、キャロの町にいたときのことだったの。じいちゃんが死んで少ししてからのことだったっけ。私、そのとき仕事で町を少し離れていたのね。帰ったら夜中になっちゃって、リオはもう寝てるかなぁって思ってたのよ。なのに、家についたら、明りは消えてるのに、物音がするのよ。これは、泥棒かと思ったの! それでわたし、リオを救わなくっちゃって思って、花棍を手にしたの!」

「そっちのナナミの方が怖いんじゃ……。」
 ぼそり、とリオが呟く。

「それでねっ! 私、そのまま勇気を出して、ドアを開けたら、そこには、ぬぼーっっと立っていた人影がっっ!!」

「でねっ! 思わず叩いたのに、花棍がそのまま床にめりこんじゃったのよっ! もう、私、すり抜けちゃったんだって、思って、そのまま棍を振りまわしたの! そしたらね、そしたらねっ! がこんっって、音がっ!」
「そ、それで?」
 尋ねたコーネルに、ナナミはうんうん、と頷くやいなや、リオを指差して、
「床にリオが倒れてるのよっ! これは幽霊にやられちゃったんだって思ったんだけどー! よくよく見たら、頭に私の花棍があたってるのよねーっ!」
「──……それ…………。」
「うんっ! リオを幽霊と間違えて、叩いちゃったの!」
「最初の一撃はよけたんだけどね。」
 しみじみとして、リオがナナミの言葉に重ねて言った。
 そしてナナミは、記念すべき一本目の蝋燭を消した。


「──それ、怖い話じゃないんじゃぁ?」
 突っ込んだフリックが、そのままスイを見た。
 スイはどこか向こうを見ている。どうやらナナミの話しを聞いていないらしい。
 ちょっとホッとするフリックであった。
「じゃ、二人目はオレが行くかぁっ!」
 ビクトールが続いて名乗りをあげた。
 一刻も早くここから出たかった一同が、先に手をあげられて、悔しそうに唇をかんだ
 そしてそのままビクトールの旅の間の怪談話しが始まるのであった。





 そのまま順調に、三本、四本と蝋燭は消えて行った。
 やがて六人目に入ったとき。
「それじゃ、次は僕がするよ。」
 元解放軍の一同が一番恐れる本命が、名乗りをあげてくれた。
 それを知らないリオとナナミの二人が、喜んでスイの言葉を受け入れる。
「それじゃぁスイさん! お願いしますねっ!」
「うん。」
 にこ、と笑ったスイの目が、きょろ、と辺りにやられて、そして彼は蝋燭を手に、そっと語り出した。



──それは、昔のこと。当時この城は、ノースウィンドウ城と呼ばれていた。とても盛況な町でね、近くからも観光地や商業の地として、数多くの人がやってきていた。
 その日ははじめての雪がちらついた日だった。
 観光客も来ない冬の始まり。そこで、雪に道が閉ざされないうちにと、……ああ、当時は今ほど道は整えられてなかったんだって。一人の若い男を近くのサウスウィンドウまで買いだめに行かせたんだってさ。そいつは嫌になるくらい頑丈で力持ちだったから、ちょうどいいパシリだったんだろうね。

「悪かったな、パシリで。」
 ビクトールの額に浮いているのは青筋でしょう、きっと。

──そして日が暮れ、町の人は眠りに入った。そんな時だった。……家の窓に、こうもりが止まったんだ。こんな時期に珍しいと、町長は窓を開けた──それが、その家の住人の悲劇の始まりだったんだ。そのこうもりは、突然家の中に入ってくるや否や、不気味な笑い声──あれは不気味って言うより、超音波な気が……、まぁ、そういうのをあげたんだって。それでね。こうもりは……一人の男の姿になったんだ!
 青白い肌、裂けた口から見える鋭い歯。そして恐ろしいほどに整っていない顔に映えない、紅い唇。その赤は、今思うと誰か他の人の血だったのかもしれない。

「り、リアルね、なんだか。まるで見てきたみたいだよ。」
 ごくり、とナナミが息を呑んで、火の消えた蝋燭を握った。
「見てきた話を話してるんだろ。」
 げんなりしたシーナが呟いたイミを分かったのは、元々解放軍にいた者ばかりであった。

──町長はあまりの恐ろしさに悲鳴を上げた。しかしそれは誰にも届かない。同じ部屋にいるはずの可愛い娘も悲鳴を上げない。こんなときだと言うのに町長は、娘が声を上げないのが気になって、思わず振り向いたんだ! するとそこには、……真っ黒い塊があった。それは、こうもりの羽で、たくさんのこうもりが、まるで何かにたかるように群れていたんだ。聞こえるはずのないこうもりの鳴き声を聞いた気がした。

「こうもりの鳴き声が聞こえないって、どういうこと?」
 リオがナナミに尋ねると、え? とナナミが視線をずらす。
「超音波だから、人間の耳には聞こえないんですよ。」
 ひそひそと、キニスンが返してくれた。

──ばさばさと、こうもりが離れて行ったそこには、なんと可愛い娘が……皮膚と骨だけの姿になって、そこに横たわっていた。ひからびたミイラのような娘の姿に激昂した町長は、再び男を見た。その男がこうもりを使って娘を殺したのだと信じて疑わなかったからだ。しかし男は町長に興味がないように、部屋の中を見まわして、こういった。「この家には何もないですねぇ。」……と。物盗りかと思った彼は、とっさに近くにあった棒を持って、それをかまえた。けれど、その棒は、彼に触れることなく、灰のように崩れてしまった。
 恐ろしくなった町長は、そのまま逃げ出そうとした。この男は人間じゃない。そう思って……でも、その瞬間。

「…………そ、そのしゅんかん?」
 聞きたくないのに、気になってフッチが恐る恐る尋ねる。隣でサスケもドキドキしていた。
 にこり、とスイが微笑んで、一言。
「がしっ、と、脚を掴まれたんだって。」

──それは、細い腕だったと言う。茶色じみた腕は、皮と骨だけでできていて、そしてそれはかさかさしていた。
 恐怖に叫んだ男の足元で、先程こうもりにやられて息絶えたはずの可愛い愛娘が、細い腕を伸ばして男の脚を掴んでいたのだ! その眼球は食われており、暗い穴を彼に向けている。
 その腕は人の力とも思えぬほど、彼を締めつける。
「おお、メアリ…………っ。」
 町長は恐怖の声で彼女の名前を呼んだ。彼女はそれに答えず、ずず、と体を動かした。その拍子に、骨に張り付いていた皮がずりむける。

「め、めありかぁ…………。」
 ビクトールがその名前に心当たりがあるのか、ぞっとした表情になった。
 フリックはもう帰りたいと言いたげに、手を組んでいた。

──そして、その彼女に向かって、人外の魔物はこういったのだ。
「メアリ、よく目覚めましたね。さぁ、最初の食事をなさい。」……と。
 メアリは従順にそれに従った。つまり、男の脚に食らいついたのである。その激痛と言ったら、なかった。心の痛みとからだの痛みで、彼は死にそうになった。
 あらがっても彼女の腕はすでに人外のもの、かなうはずはない。
 耳に届くのは、ばりばりという嫌な音。メアリの乾いた口が、みるみるうちに赤く染まって行った。それは、自分の血の色。
 やがて、彼の臓物をメアリはすすり始めた。それはそれは美味しそうに彼女は、自分の父の体を…………。

「いっやぁぁぁっぁぁぁぁぁーっっ!!」
「きゃぁぁぁっっ! もうやめてぇぇぇっっ!」
「うっわ…………うわーっっ!」
 スイは淡々と語りつづける。悲鳴がソコかしこであがったが、それに何も反応せず、ただ淡々と……そしてなぜか、その声は悲鳴にかき消されずに、よく響いた。
 かくて一同は、真っ青になりながらも、スイの話しを耳にこびりつつかせることとなった。
「こうして、無念のうちに死んでしまった男は、この城の地下で、それをうらみながら成仏できずにいるのです。」
 しめくくった後、スイはまるでそれが当然であるかのように、自分の持っていた蝋燭をビクトールに差し出すと、にこり、と笑った。
「さ、消してね?」
 ビクトールは火を向けられてとまどう。話した張本人が消すのが筋合だろう? と目を向けた刹那。誰もいないはずの後ろから風が吹いて、ふぅっ、と火が消えた。
「…………っっ!?」
「もう、いやだぁぁぁぁっっ!」
 それを感じたフリックが叫ぶと、グレミオがいってはならない一言をこぼしてくれた。
「大丈夫ですよ。今はこの城も明るくて良い感じで、それが嬉しいそうですから、誰にも取り憑きませんって。ね? 坊ちゃん。」
 確認するようにスイを見ると、少年は優しい微笑みを浮かべながら、火のついた持ち主のいない蝋燭を新たに手にしながら、こくりと頷いた。
「そうだよ、ここにいる十五人とも、みんなこの城が明るくなって喜んでるから、こうして百物語にも参加してくれてるんだよ?」
 にっこり、と笑ったその内容に、リオがひきつった笑みを浮かべた。
「す、スイさん? それってぇ……。」
「ああ、それで君、85人しか集めなかったんだね? 生身の人間は。」
 ルックが気づいたと言うように、辺りを見まわした。その目は、スイの見ているところと同じところで止まった。
 ぞくぞくと背筋を揺らした一同を眺めた後、ルックは意地悪げな顔で笑った。綺麗な分だけやっかいな微笑みであった。
「僕が今話したのは、ビクトールの肩に手を置いているおじさんの分の物語だよ。あと14人分は、その時々に応じて入れていくね。」
「坊ちゃんの分もありますからねー。」
「ああ、スイ? なんなら僕も代りに口を使ってあげようか?」
「ほんと? 助かるよ、ルック。じゃ、次はルックいく? テンガアールの隣に座ってるおばあさんが話したそうでしょ?」
 にこにこにこにこ、と、笑う笑顔は綺麗だけれども……。
「いやぁぁっっ! ヒックスっっ!」
「うわぁぁぁっっテンガアールぅぅぅっ!」
 その内容は、いかんせんダメであった。
「うわーん、ビクトールさん、ぼく、ついてけないですぅっ。」
 リオがビクトールに泣きつくと、ビクトールはビクトールで複雑な表情で自分の肩をなでていた。
 代りにフリックがリオの頭をなでてやる。
「とりあえず、百終わるまでは帰してくれないからな……特にリオは。」
「ウウ……っ。ジョウイ、頑張ってねっ!」
 思わず夢にうなされているジョウイの身を心配してしまうリオであったが、次の瞬間にはキランっと目を輝かせて、もとの席に戻ると、ルックの話しに阿鼻叫喚し始める一同と同じ振りをして、スイに抱きついた。
「スイさぁーんっ! 僕、怖いですゥっ。ちょっとこうしていてくれますかっ!?」
「あっ、リオいいなぁ。私も怖いんですぅっっ。」
 すかさずナナミもそれに参加した。
 スイは二人に抱きつかれ、ちょっと困ったようにグレミオを見た後、ま、いっかと呟く。
 怖い話しはまだまだあるのだから、と。
 何度か何人かのメンバーが、ガンテツの名前を叫びながら墓を出ていったことがあったが、話は滞りなく進んで行く。
 なぜか生身の85人中、80人はずっと脂汗が流れていて、フッチとサスケとコーネルのあたりは、外聞も気にならないくらいにヒシと互いの手を握り合っていた。
 そして夜が明ける頃、リオは眠い目をこすりながら百話目を言い終え……達成感に打ちひしがれた。
 その間に、恐怖のスイの語った話に意識を失う者が続出したが、それはまた別の話しであった。
 
 この大作戦の致命的な欠点は、この物語のあと、しばらく誰もがトイレに一人でいけなくなったことと、墓場がさらに人気がなくなったことであった。
 そうして、作戦の成果のほどはというと…………。


「スイさぁぁーんっ! 今度はジョウイが、トイレに行ってくれないんですゥっ! 夜夢を見ると、いっつもそんなのばっかりで、ジョウイの恐怖が伝わってくるんですよォっっ!」


 成果はあったが、状況は改善されていないようであった。
 そしてそれに対して英雄は。
「そうかぁ、残念だね。」
 と、にこにこ微笑むだけだった。どうやら彼自身はご満喫したようであった。

えんど


かのえ様へ♪

お、おわってしまいました。
Wリーダーもので、ギャグ……? ですね。たぶん。
すいません、うちの坊ちゃんはどうにもこうにも言うことを聞いてくれないので……。
こんなものですが、どうぞ貰ってやってください。
リクエストありがとうございました♪