の鳴き


 むかしむかしあるところに、それはそれは優しい青年がいました。
 彼はいくつもいくつも「いいこと」をしました。
 だからある日、神様はそんな青年に贈り物をしたのです。
 それは、一つの綺麗な紋様でした。
 不思議なことに、その紋様は、ある日青年が目覚めたら、右手の甲に描かれていたのです。
 それが何の役に立つのか、はじめ青年はまるでわかりませんでした。
 青年がそれが何なのか知ることの無いまま、数年の月日が立ちました。
 青年が住む国に、戦争が起きました。
 畑がつぶされ、青年も剣を持つことになりました。
 何人もの人を斬りました。何人もの人を殺しました。
 やがて、青年は気付きます。
 自分の右手に宿る紋様が、「紋章」と呼ばれる不思議な力を宿すものだと。
 そしてそれは……絶大な力を秘めているのだと。
 その紋章は、山に住む巨大な生き物と会話ができました。
 その紋章は、その生き物を「竜」と呼び、それを使役する力を有していました。
 そうして──青年は、国を離れ、竜とともに生きることになりました。
 何年も、何十年も、青年は………………。


 バタン、と、音を立てて、フッチは本を閉じた。
 そして、不機嫌そうに眉をひそめてその本の背表紙を見る。
 茶色革の背表紙のその本は、題名に「始めの竜」と書かれていた。
 フッチはそれを睨むようにして見た。
 それから、無言でその本を手にすると、先ほどこれを手渡してくれたエミリアのもとに行く。
 エミリアは何やら難しい顔でカードの整理をしていたが、フッチに気付くと、優しげな微笑みを浮かべてくれる。
「フッチ君、その本、もう読み終わったの?」
「あ、はい……。」
 先ほどまでの不機嫌を拭い取り、フッチはあいまいに微笑む。
 同盟軍の図書館の本を扱っているのは、このエミリアである。
 エミリアに欲しい本を頼んでおけば、たいてい見つかるよ、と教えられて、フッチは彼女に「竜の本」を頼んだ。
 竜についてもっとも詳しいのは、当然ではあるが「竜洞騎士団」である。あそこほど竜に詳しい書物や知識が揃っているのは、ハルモニアくらいだろうと思う。
 けれど、もしかしたら、ハルモニアから流れてきた本が見つかるかもしれないと思って、頼んで見たのである。
「……その顔だと、思っていたのと違う本だったって、ところかしら?」
 エミリアは、申し訳なさそうに苦笑いする。
 フッチは慌ててかぶりを振ろうとしたが、それが本当のことなので、何も言えず、再び口を歪ませて笑った。
「すいません、僕……ブライトの事を調べようと思ったんで。」
 「ブライト」。
 この城にいるものならば、一度は聞いたことがあるだろう、フッチの竜候補の名前である。
 ブライトの姿を見たものは数少なく、ただフッチがよく「ブライトのゴハンが……」だの、「ブライトの散歩が……」だのと、口にするのと同時に、その名がとある王族の名前にもなっていることで、知られているのである。
 エミリアもそれを知っているので、役に立てなくてごめんね、と呟く。
 この軍の中において、竜のことに詳しいのは、ハンフリーとフッチくらいのものである。
 その二人が、「ブライトが本当に竜であるのか」分からない以上、誰も分からない。
 かと言って、ハイランドに味方しているハルモニアに、今から調べに行くわけにもいかないため、フッチは時々いてもたってもいられなくなって、こうして図書館にやってくる。
 けれど、今回選んだその本は、フッチの希望の物どころか、彼の機嫌を急降下させる代物だったらしい。
「ううん。いいのよ。始めの竜なんて題名だから、古代竜のことに触れてあると思ったのよ、私も。」
 調べ不足だったわね、と笑うエミリアの手に、その本が渡ろうとしたそのとき、不意に横合いから伸びた手が、それを奪った。
「……ヨシュアの話しをベースにした、おとぎ話しだね。」
 パラ、とページをめくって、「その人」は呟く。
 はっ、としたフッチの視線を受けて、彼はにこ、と笑った。
「スイさん──。」
 なぜここに、と言いかけて、城主が連れてきているに違いないと気付く。
 昔……もう3年も昔から尊敬し、敬愛した「英雄」は、フッチが嫌になった内容の本をめくりながら、ああ、と呟く。
「結構この本って、人気があるらしいね。……まぁ、話しもストーリーも、イイ出来かな?」
「──でも、それ、竜が嘘っぱちです。」
 苦笑いを含ませて本の感想を言ったスイに、フッチはつっけんどんにそう答える。
 するとエミリアに本を戻していたスイが、何とも言えない表情で微笑む。
「人の手にかかった物で、イミテーションじゃないものは、少ないよ。──ところでフッチ、今いいかな?」
 さらり、とさりげなく言いきって、スイは自分と背の近くなった少年を見下ろす。
「? なんでしょうか?」
 3年前よりも近くなったスイの目を見上げながら、何だか居心地の悪さを感じながら問い直すと、スイはにっこりと微笑んだ。
 その昔、悪巧みをした時のような笑顔で。
「うん。僕もブライトに会いたいな、と思ったんだよ。」
 その笑顔に、なんとなく不吉なものを感じながらも、フッチに断れる度胸は無かった。



「ああっ! は、ハンフリーさんっ!! い、今暇ですかっ!?」
 足取り重く、自室に向かう途中でフッチは自分の保護者とすれ違った。
 のっそり、という表現がまさに似合う男は、いつになく脂汗を流しているフッチを見下ろし、無言で目で訴えた。
「そ、そうですか……シュウさんに呼ばれてるんだったら、仕方ないですね。」
 その以心伝心ぶりに、フッチの後ろから、足取りも天使のように軽く歩いてきたスイが感心した。
「すごいねぇ、フッチ。今の解読できたんだ。僕はてっきり、今夜の夕飯は先に食っていてくれ、って言ったのかと思ったよ。」
「────ど、どこからそんな解釈が……。」
「………………………………よぉ。」
「…………………………ちわ。」
 唖然とスイを振りかえるフッチの頭上から、ハンフリーが無愛想にスイに挨拶をする。それにスイも無愛想に答えた後、二人はしばし見詰め合った。
 そして、互いにどちらともなく頷くと、ハンフリーは去って行った。
 それを眺めていたフッチは、尋ねるようにスイを見た。
 スイは、無言でフッチを見つめる。
 しかしフッチは分からず、困惑したようにスイを見つめた。
 しばらくそうやって、二人も見詰め合った。
「…………あ、あのぉ、スイさん?」
 沈黙と、痛いくらいのスイの目に耐えきれず、フッチが声を出すと、スイはああ、とやっと声を出してくれた。
「ごめんごめん。今ハンフリーの気持ちを読み取ろうと、無口バージョンになってたものだから。さ、行こうか。」
「無口バージョン……っていうと……──。」
「旅していたときはね、何にもしゃべることなくって、結構お互いに何も言わなくても通じたなぁ、っていうことかな?」
 ふふ、と意味深に笑うスイに、フッチはまじめに自分がハンフリーと一緒にいたときのことを思い出す。
 朝起きると、無言で朝食の用意をしていたハンフリー。
 顔を洗って来いは、タオルを投げること。
 町だ、というのは、前を指差すこと。
 ……会話のない旅で、元々よくしゃべるほうだったフッチは、はじめの頃は辛いことと、とまどいの連続だったのだ。
 けれどいつだったか、それがだんだん苦痛じゃなくなってきて、気付いたら会話をしていないのに、会話をしているような気持ちになった気がした。
 沈黙が何よりも言葉だと、思ったときもあった。
 スイはそのことを言っているのかもしれない。
「グレミオはさ、もともと僕の側にいたから──何も言わなくても、通じるんだよね。ツーカーっていうんだっけ。そうそう、熟年夫婦みたいな感じ。母さんアレとって。ああ、爪きりですね、みたいな。」
 そこまで詳しく説明してくれなくても良かったのだが、おかげでフッチにもイミがよくわかった。
 だから、頷く。
「そうするとさ、しゃべるのが面倒になってくるんだよね。」
「はぁ。」
「実はもうすでに説明するのが面倒になってたりする。……フッチ、心読めるなら、読んで。」
「……む、無茶言わないでくださいよっ!!」
 ハンフリーの場合と違って、スイはめったに人に読ませるような人じゃない。
 ハンフリーだとて、そうなのだが、彼はフッチには分かりやすいようにしてくれるような気がしていた。
 スイの心を読むなんて難解度の高いことを、上手くできるなんて思いもしない。
「──そう? ……面倒だな。」
「スイさんって、どこかルックに似てますよね。」
「そう?」
「そうですっ! そういう、ところとかっ!」
 指を指して断言すると、スイは驚いたように目を瞬いて、続いて眉間にしわを寄せた。
「ルックに似てる、かぁ。それはなんとも不名誉な……あいたっ!」
 唐突にスイはこめかみを押さえると、
「人の話しを盗み聞きなんて、趣味の悪い……。」
 とぶつぶつぼやく。
 それが何を指すのかフッチもわかって、くす、と笑いをもらした。
 ここは同盟軍の城で、この僕たちは3年の月日を経ている。
 なのに、こういう懐かしい光景を見ていると、まるであの辛く悲しかった戦いに戻ったような気がした。
 目の前の人が多く傷つき、初めて会ったときとは違う、ただ悲しいばかりの瞳を持っていたあの時。
 でも今は、なんて優しい瞳をしているのだろうと思った。
 彼は、癒されているのだ。
 3年前の戦いのときは常に張り詰めていた少年。でも、今は違う。今はただ普通の少年として目の前にいる。もちろん、彼の過去が変わるはずもなく、そのために彼は少年とは言っても、他のその人たちとはかけ離れているけれども。
 でも。
 こういうところは、普通に見えて……あの初めて会ったときのような、そんな雰囲気が流れる。
 この人が楽しそうに見ていた「彼」は、もうどこにもいなかったけど。
「ハンフリーがね、ブライトを出すのなら、今日は屋上はやめておけって言ってたよ。」
 こめかみをさすりながら、スイがフッチを振りかえる。
 ぼんやりと思いをはせていたフッチは、慌てたように姿勢を正してスイを見上げた。
「あっ! は、はいっ! 何でしょうか、スイさまっ!」
「…………………………フッチ。」
「え? ……あ。」
 やっと自分のした失態に気付いたらしい。
 フッチは蒼くなって赤くなって……そして、いってしまった一言を隠すかのように口元を覆った。
 そんな年下の少年を見て、くすくすとスイは笑う。
「前から思ってたけど。フッチが僕のことを呼び捨てにしなくなったのって、いつからだっけ?」
「え? えーっと。」
「僕もあの頃のことは、よく覚えてないんだよね。」
 言いながら、スイは首を傾げる。
 でも、どう見てもその姿は考えているようには見えなかった。ただなんとなく言って見ただけのように見える。
「ビクトールが言ってたよ〜。フッチはここじゃ、礼儀正しい少年だって誉められてるって。」
「はぁ……。」
「で、元解放軍の面々は、それを聞くたびに笑いをこらえるのに必死なんだって。」
「──────…………ははは。」
 乾いた笑いになってしまうのは、フッチ自身よくわかっていることだった。
 解放軍に参加している当時、自分が幼さ故に傍若無人になったこともあったのを知っていたし、愛竜を亡くしてからも、周りを考える余裕なんてなくって、自分とともに解放軍に参加していたミリアに叱られていた気がする。
 そんな自分を知っているもの達が聞けば、フッチが礼儀正しいなんてことは、笑えることかもしれないし、感心することなのかもしれない。
「だからさ、再会したときに、さん付けで呼ばれて、ほんっとうに驚いたんだよねぇ。」
 しみじみ呟いたスイに、フッチは何とも言えなくて、苦笑いを口元に刻む。
 一度「様」付けで呼んで尊敬した人を、もとのように呼び捨てなんて出来なくて、気付いたらそう呼んでいた。だからフッチとしては、そうやって気に掛けてもらうほうが気になるのだが……。
「ハンフリーがどういう教育したのかって、皆驚いてたよ。」
「それ、会うたびに言われます。」
 答えながら、でもハンフリーは厳しいわけではなかったと思った。
 3年という月日は長かった。
 その間ハンフリーはフッチに対してコレと言って厳しいことを言ったことはない。フッチが何をしても黙っていたというほうが正しい。ただ、どうしようもないときとか、フッチが助けを求めたときは、手や口を出してくれた。
「皆誤解してるね。」
 不意にスイが、階段を上りながらそう言った。
 え? と見上げると、ちょうどおどりばの窓から射し込んだ日が目に入る。
 まぶしくて目を閉じたフッチに、スイは明るい声で呟く。
「ハンフリーは、そういうことをするやつじゃないだろ。 フッチが変わったのは、フッチ自身の変化だよ。」
 額に手をかざして、眇めるようにして見上げると、スイはすでにそこにはいない。
 慌てて目を追うと、踊場のさらに上の階段に脚をかけて、微笑んでいた。
「だから、気を遣わなくてもいいんじゃないの?」
「──……。」
「自分の行動が、ハンフリーに迷惑をかけてるなんて、思わないほうがいいってこと。」
 言って、スイはそのまま階段を上がって行く。
 呆然とそれを見送って、──フッチはふと気付いた。
 こうしてスイと二人で話すのは、3年ぶりだということに。
 あのとき、最後に話したのは──いつだったろう?
「スイさんっ!」
「んー? ……なに? まだそんなところにいたのっ!? 僕はフッチの部屋なんて知らないんだよ? 早くおいでよ。」
 上のおどりばから、覗きこむようにして見つめられて、フッチは喉をのけぞらせて彼を見た。
「どうして──今、そういうことを言うんですか?」
「昨日ヨシュアに会ったからだよ。」
 軽く答えて、スイは顔を引っ込める。
 フッチは慌てて階段を駆け上がると、その先でスイは壁にもたれるようにしてたっていた。
 そして、何か問いたげなフッチの顔に笑いかけると、
「フッチもイイ顔するようになったって言って置いたよ。」
 ただ、それだけを口にした。



 部屋に入ると、フッチはベッド脇に置いてあった籠を取り出し、その中で丸くなって眠っている白い生き物を取り出す。
 そして、小さいながらも重量感はきっちりあるその異形の生き物を、スイに見せる。
 それは、いつかの光景に似ていた。
 あの時は、「異形の物」は、もっと大きかった。
 スイはその綺麗な瞳をきらきら輝かせて、太陽を背に凛々しく立っていたその獣に、抱きついたのだった。
 そして、珍しく懐いている愛竜に驚いている幼かった自分に、きらめくような笑顔でこう言ったのだ。
「この子、君が大好きなんだね。」
 スイは、ブライトの小さな手を握るようにして微笑み、フッチを見た。
 は、と我に帰ったフッチが、目前にあるあの時と同じ顔を見た。
 ただ違うのは、無邪気な微笑みではなく、静かな微笑みだということ。
 あの時と同じ言葉。
 あの時と同じように微笑んで、彼は自分が誇らしげに思う言葉をくれる。
 それがわざとなのかそうじゃないのかはわからないけど。
「…………。」
「フッチ。大事にしようね。……小さな命を。」
 日に透けるようなその笑顔を見て、フッチは思い出す。
 最後に話した、二人で話した日の、彼の言葉を。
 あれが、たぶん──自分が彼を呼び捨てにできなくなった、最初の刻。

「大切にしようね。助けてもらった命。君の中にある、ブラックの……命。」

 細い指だった。
 左手で、彼は嘆く少年の胸に手を当てた。
 抽象的なその仕草。
 彼は、自分こそ悲しくてたまらないだろうに、儚いばかりの微笑みを浮かべて、そういった。
 あれが──泣きたくなるくらい、思い出すのも切ないあれが。

「……はい。」
 笑顔でそう答えて、フッチは腕の中の命を抱きしめる。
 この子が竜なのかそうじゃないのか、まだ分からない。
 本当は今すぐにでも確かめに行きたいけど、同時に確かめるのが怖かったのもある。
 もし、ブライトが竜じゃなかったら、どうすればいいのだろう?
 そう、思っていた。
 だから、一刻も早く調べたくて、でも調べられなくて、そうやって、優柔不断に考えていた。
 でも。
「この子が竜であろうと、そうじゃなかろうと、君にとっては大切な命なんだろう?」
 優しく微笑む彼が言うことが、真実の言葉。
 いつも心に染みるのは、彼の言葉。
「はい。」
 スイは、目を細めてうれしそうに微笑むフッチの抱えるブライトを触りながら、さて、とフッチを見上げた。
「フッチ。ちょっとブライトを抱いてもいいかな?」
「重いですよ?」
「平気平気。」
 綺麗に微笑みながら、スイはフッチの手からブライトを貰う。
 そして、その小さいながらも重量のある体をきっちりと抱くと、しばらく眠ったままの生き物を眺めて。
「あ、そうそう。そういえば、ヨシュアから預かり物が……。」
「え?」
 ふとフッチを見上げた。
 思いも寄らない名前に、目を瞬かせたフッチに、スイはブライトを抱いた手をそのままに、フッチを急かすように背中を向けた。
「ごめん、後ろの道具袋から、出してくれる?」
「あ。はい。」
 素直に従って、スイの後ろに回ったとたん。
「……ごめんね。」
 くすり、と微笑むような声が聞こえたかと思うや否や、
がごっ!
 見事な後ろゲリが決まった。──フッチの顎に。
「あぐっ。」
「…………ちょっと、気絶しててね。」
 そうして、ばたり、と倒れるフッチを尻目に、ブライトを抱えたまま、部屋を出て行ったのであった。

数分後、同盟軍中に響き渡るような絶叫が響き渡った。

「んん……。」
 ジンジンする顎をさすりながら、フッチが目を覚ましたのは、もう日がくれた後であった。
 まさかあんな場面で(それもスイを見なおし、ジィンと感動していた場面で)あんなことが起こるとは思っても見なかったフッチが、起きあがりながら溜息をこぼす。
「全く、乱暴なんだから、スイさんは……って、ブライト! ブライトはっ!?」
 スイに限って、ブライトを変なことに使うことはないとは思うけれども。
 でも、でも!
 それなら、なぜ自分を問答無用で気絶させたのだろう?
 不安になってきて、いてもたってもいられなくなったフッチは、そのまま部屋を飛び出そうとして……自分のすぐ後ろできょとん、とつぶらな瞳をこっちに向けているブライトに気付いた。
「きゅるる?」
 フッチはがばっ! とブライトを抱えて、その外面をじっくりと眺める。
 どうやら外傷はないようであった。
 ほう、と安堵の吐息をついていると、
「そんな変なことはしてないつもりだよ。」
 しれっとした声が、ドアの方から聞こえた。
 目をやると、案の定そこに、フッチが気を失った原因であり、今慌てていた元凶でもあるお方が、立っていた。
「スイさん……っ!」
「言っておくけど、僕は雇われただけだからね。」
 にこにこにこにこ、と食えない笑顔を浮かべて、スイは微笑む。
 その笑顔に昔どれほどだまされてきたのか、今更ながら思い出したフッチは、警戒するようにブライトをその腕の中に抱きとめる。
「だってフッチは、誰がブライトを見せてくれと言っても、ブライトを出すことはなかっただろう?」
「それは……。」
「だから、皆ブライトを見てみたいと思ってたんだよ。それで、僕が一肌脱いだって訳。」
「訳って、だからって、何もあんな……っ!」
 言いながら、悔しくて唇をかみ締めるフッチに、スイは黙って彼の前にひざをついた。
「うん。フッチが傷つくような態度をとったのは、悪かったと思ってるよ。」
 結果、だまされたとしか言いようのない自体になったフッチは、スイを信頼してしまった自分に、情けないのか笑いたいのか、よくわからない衝動に狩られた。
「でもさ、少しは聞いてやってくれる? なんで皆がここまでして、フッチに内緒でブライトを持っていこうとしたのか。」
「……………………。」
 促すように視線をやると、ありがと、とスイが微笑む。
「皆、ブライトが竜なのかどうなのか、調べようとしたっていうこと。」
「──!」
「みんな、フッチが一生懸命なのを分かってるんだよ。ただ、自分たちでやろうとして、フッチに見つかっちゃいそうだからって、僕のところに話しを持ってくるあたりが……ねぇ。」
 くすくすと、スイが楽しそうに笑った。
 その笑顔に、フッチはふと、この間図書館でリオと会ったのを思い出した。
 竜の図鑑をまじめに眺めているフッチに、大変だね、といったリオ。
 彼はあの時、どうにかして竜だってわかんないかな、と言っていたのだったっけ。
「………………。でも、どうやってそんなの、調べるつもりだったんですか? スイさん、さっきヨシュア様と会ったって言ってましたけど、まさかヨシュア様のところに、ブライトを……?」
 期待半分と、怖さ半分で尋ねるフッチに、スイは軽く首を振った。
「いや。──泣き声がね。」
 言いかけて、スイはその様子を思い出したのか、同情たっぷりの眼差しできゅる? と鳴くブライトを見た。
 それから、にっこり笑って、
「あ、ブライトはしばらく、リオとビクトールとフリックと、サスケと……あと、ルックとアダリーかな? に、近づけないほうがいいよ。この子、炎吐くから♪」
 それだけ言った。
 もの凄く意味深な台詞であった。
「え? そ、それってどういう?」
「じゃ、僕そろそろ帰らないと、グレミオが心配するから♪」
「あの、スイさんっ!?」
 ブライトを抱きしめながら、スイを追いかけようとすると、ふとスイは戻ってきて、顔だけ覗かせて。
「ちなみに僕がこれを引き受けたのはね──久しぶりにフッチと話しをするのもいいかなぁ、って思ったからだよ。」
 だから、あんまり考え込んじゃいけないよ。
 そう、笑った。



 その日の夜、フッチは、なぜか体に火傷を負った面々と出会い、彼らがブライトに嫌がることをしたのは間違いないと確信した。そして同時に思う。
 スイはなんだかんだといっていたが、きっと、楽しそう、と思ったに違いない、と。
 そういう人なのである。
──もちろん、自分を心配してくれたのも、たしかなのだろうけど。


橘真様

意味が無い上、ながーいぃっっ!
でも、フッチと坊ちゃんが出てきてるので、これで勘弁願います。うう。
フッチと坊ちゃんって、どうしてもシリアスになるんですよねー、どうしてかなぁ?