はイブにまくもの


 その日、姉は目撃した。
「…………何やってんの、あんた?」
 冷めた目で見やる先には、ろうそくを持って、片手に豆の入った袋を抱えた弟の姿である。
 長男である弟の隣には、彼の双子の弟が立っていた。
 暗い廊下を、電気もつけずに2人は立っていた。
 お風呂からあがった彼女が、こつこつ、という奇妙な音に気づかなければ、2人は誰にも気づかれないまま、こうして豆をまきつづけていたことだろう。
「見てわかんねぇの? 豆まいてんだよ、豆。」
「見て分かるから聞いてんでしょうが。」
 姉の目はますます冷たくなっていく。
 しかし、電気がついていないため、二人からは見えないようだ。
 当然だというように主張した長男のとなりから、次男がほえほえと笑う。
「あのねー。明日節分なの〜。」
 のほほーんとした声であった。
 人一倍暢気者である次男は、長男が今日、豆をまいているというおかしさに気づいていないようであった。
「……そりゃ知ってるわよ。だから、どうして今日豆なんてまいてるのかって、聞いてるのよ。」
「福を呼ぶためだよっ!」
 拳を握って力説する長男の顔が見えないのが残念であった。
 果たして今、どういう顔でそんなことを言っているのやら。
「あのねぇ、梶人(かじと)? 節分っていうのは、鬼を追っ払って、福を招き入れるためにするもんでしょ? なぁんで、今日する必要があるのよ?」
「だから、するんだってば! な、優児(ゆうじ)?」
 もう中学生にもなるというのに、なんなのだろう、この子供さ加減はっ!
 あきれた顔をする姉にはかまわず、梶人は、優児を見る。
 ろうそくを持った弟は、うーん、と首を愛らしく傾げて、
「あのねー、良いことは先にしたほうが、いいんだよってこと。」
「わからんわ、そんな説明じゃ。」
 答えながら、ゆう子は、濡れた髪を掻き上げる。
 家の中とは言え、廊下は寒い。
 このままでは湯冷めしてしまうと、彼女は思った。
「とりあえず、居間に行くわよ。話しはそこで聞くから。」
「じゃ、さっさと豆まいちゃうなっ。」
「まくなっつぅのっ! 明日掃除が面倒でしょっ!!」
 力んだ梶人に一発拳を下ろして、ゆう子はにっこりと微笑んで見せた。
「豆なんて、明日もまけるんだから、さっさと下に来なさい! いいわねぇ?」
「…………は、はぁーい。」
 おとなしく答える梶人に、優児も並んで頷く。
 そして、ずかずかと降りて行く姉の後姿を見送って、優児は双子の兄を見上げる。
「梶人ー。福、来た?」
「雷は来たよな……。」


 さて、居間のソファに仲良し(?)三人姉弟は腰を下ろした。
 台所では、母が明日の朝食の仕込みをしていた。
 今年から下の双子も中学にあがったため、父親の分も入れると、弁当が四つも必要になったため、こうして前の日に仕込んでおかなくてはならない状況になっているのだ。
 その母から、アツアツのお湯とインスタントコーヒーの粉を貰ったゆう子は、自分のカップにお湯を注ぎながら、豆をつまむ弟達を見た。
「で、どうしてそんなことしてるの? ええ?」
 剣呑な光りを宿す姉に逆らえず、梶人は、しぶしぶと口を割った。
「だから、どうせ皆明日に豆まきするだろ?」
「あったりまえでしょ! 節分なんだから!」
「そうすると、皆同じ日に鬼を追い出して、福を入れようとするじゃん?」
 まさしく当たり前である。
 それが節分というものなのだ。
 一体何が言いたいのかと、ゆう子が眉を顰める。
 その後ろから、気の利く母が、お茶受けにせんべいを持ってきた。
 コーヒーにせんべいは……ちょっと。と思うのだが、受け取ったゆう子は何も言わず、バリバリとそれを食った。
「で?」
 そのまま先を促す。
「そうするとさ、他の人と福を分け合うことになるだろ? そんなの、なんか損した気分にならない?」
「………………まぁ、福が限りある物だって、考えたらね。」
 梶人に言いたいことがだんだん分かってきて、ゆう子は口の中で呟くように答えた。
「ってことは、前の日に、他の人より早く福を招いたら、俺んちはもっと福が来るんじゃないかなぁって思ったんだよ。」
 母は密かに思った。
 梶人……あんた、そんなに自分に福がないと思っていたの?
 そんっなに、幸福じゃない? この生活はっ!?
 しかし、口にせずに台所に去って行った。
「ははーん。なるほど。ふっ。ガキの考えそうなことよねー。」
 ゆう子は馬鹿らしい、と鼻で笑った。
 なんだよ、それ。
 と、梶人が口を尖らせて、言わなくてもいい一言を呟いた。
「ちぇっ。そうやって、やってもみないで馬鹿にするから、彼氏の一人もできねーんだぜ。」
「…………────────っっ。」
 ゆう子は、がたん、と席を立った。
 そして、ゆぅらりと梶人へと近づくと。
「華の女子高生に向かって、なぁにぃ? そのいいかたはぁぁぁぁ?」
 ぼき、ぼき、と拳を鳴らした。
 その迫力に、流石の口の減らない弟も、じりじりと後ずさる。
「い、いや、ほら! 今他のうちの分まで福を招いておいてた、姉貴にもバレンタインには福をゲットできるかもなぁ、なぁーんてっっ! うわっ! 暴力反対!!」
「こらっ! まてっ!」
 どたどたと走り始めた姉と兄を無視して、のほほーんとココアなんぞをのみながら、次男ははー、と幸せそうにため息をついた。
「豆って、おいしぃねぇー。」
 どうやら彼は、特に幸福について追求するつもりはないようであった。



 その日の夜。
 長男と次男が、仲良く布団に入った後のことである。
 こそ、と廊下を歩む人影……。
「おにはー、そと。ふくはー、うち。」
 ひっそりと、こつこつと音がした。
 それは、長女の部屋へ向かって何かを投げている音であった。



「ねぇねぇ、梶人。」
「うーん? なんだよ、優児。まだ寝てなかったのか?」
「あのね、あのね。僕不思議なんだけどー。」
「あーん?」
「節分の前の日に、福を呼んだとしても、節分の当日になったら、僕んちのほかの家が、福を呼んで鬼を出しちゃうんでしょ?」
「そうだろ、そりゃ。」
「じゃー、僕んちの福が他の家の人に吸い取られちゃって、ほかのうちの鬼がくるんじゃないの? それだと。」
「…………──────────あ、そっか。」
「ね? 結局他の人より幸福なのって、一日だけでー。明日からは他の人のうちよりも、鬼さんが多くなっちゃうよ? だって鬼さん、他のうちから追い出されて僕のうちに来ちゃうでしょ?」
「おお、盲点だったなっ! じゃ、明日もちゃんと豆まかないとなっ!」
「そうだねっ!」



終り


ただの突っ込み小説とも言う。
早く気づかないと、君の家は一年間鬼だらけだーっっ!

って、実はうちはいわしを買ってきたのに、すっかり忘れてて、何にもしなかった家です。
だって、皆仕事で家にいないんだもーん。