今日はいつものように、客室に侵入して遊んでいた。
客室というのは、普段は入らないし使わない部屋だけあって、面白おかしいものが存在するものなのである。
だから、父の部屋の探索だの、グレミオの部屋の探索だのに飽きた後は、屋敷探索は数多くあれども使っていない客室で行われるのであった。
「おおっ! レアアイテム発見っ!」
叫んで、テッドが暖炉の中に突っ込んでいた首を出した。
彼の手に握られているのは、妙な棒であった。
「何何……っ!? 何、それ??」
置かれている棚の中を探ってたスイは、親友の声に嬉々として振り返った。
その顔は、テッドが持つ三十センチくらいの大きさの棒を見た瞬間、歪められる。
「レアアイテームっ!」
「ただの引っ掻き回し棒じゃないの? それ?」
「ばっか、よく見ろよ、これ、金だぞ、金。」
別に珍しくもないじゃないか、とスイが呆れた後に、テッドがその金色の棒を指差す。
煤がついた黒い顔には、満面の笑顔が浮かんでいる。
「金? ただのメッキじゃないの?」
客室に置くというだけの理由で、ただの墨を引っ掻き回す棒も、装飾が施されている。
テオはそういうものを買い揃えないタチだから、買ったのはテオの父親か、グレミオに違いあるまい。
しかし、質実剛健を旨とするテオに仕えるグレミオは、幼い頃に相当苦労していたのか、家計をやりくりすることに命を賭けている。だから、こんなことに余分な金はつぎ込まないはずであった。
とすると、メッキである可能性が高いのだったが、テッドにちゃんと見ろ、と差し出されたそれをまじまじと見つめて──それが本当に金だと気付いた。
「うわー、マジかよ。こんなのに金使ってるくらいなら、僕のお小遣いあげろっていうの。」
「お前小遣い少ないもんなー、ま、貰えるだけめっけもんだろ?」
かく言うテッドは、世渡り上手と言うにふさわしい笑顔を浮かべて見せた。
確かにテッドの言うとおりだったので、スイは何も言わず黙ってテッドが手にしていた棒を手にした。
それを手にして、何度か振って見る。しかし、どう見てもどうやっても、それは鉄の棒と何も変わらなかった。ただ、重さが重くて、見目がいいだけのような気がする。
やや冷めた目で、スイはそれを眺めた後、テッドに顔をやった。
「ね、これ、売っちゃってもいいと思わない?」
「おっ! なら俺、新しいソファ欲しいな〜♪ こないだテオ様にもらった奴、中のスプリング壊れててさ〜。」
さすがにテオから貰ったものだから、壊れてます、と正直に返すわけにもいかず、テッドは仕方なくそれを使っているのだが、はっきり言って客に勧められるようなものではなかった。
座って痛いソファなど、あっても無駄なのである。嫌いな客に勧めるにはちょうどいいのかもしれないが。
「そりゃ仕方ないよ、だってあれ、ゴミ捨て場にあったやつを持ってかえってきたんだもん。」
そんなテッドの言い分に、やれやれ、とスイが答えてやった。
当たり前のように言われたその内容に目を見張ったのは、勿論テオからソファを頂いたテッドである。
「げっ、まじ? そんなものを俺に……っ!?」
ソファをくれたとき、テオはいつもの厳めしい顔に、優しい笑顔すら浮かべていた。
どうだ、使い心地は? と聞いてくれる笑顔もあまりにも優しくて──テッドはだからこそ、「壊れてます」の一言が言えなかったのだ。スイに対してなら、いくらでも言えるのだが。
テオ様、リサイクルに励むのはいいのですが、何も俺にそんなもの押し付けなくても……いや、せめて直ってからくれればいいものを……──っ!
テッドが心の中で葛藤しているのを見越したように、
「冗談に決まってるじゃないか。あれはマリーおばさんの宿屋で使わなくなったやつをいくつか貰っただけだよ。スプリングが壊れてたのは──まぁ、ご愁傷様としか言いようがないけど。」
スイがそう答えた。
「なぁんだ……あ、てことは、まだ他にソファがあまってるって事だよな? 俺のと取り替えてくんないかなぁ? せめて中身のスプリングだけでも、さ♪」
「……………………っていうかさ、正直に父上に言ったら? スプリング壊れてますって。」
「うーん、考えとく。」
他のことに関しては、正直に口にするくせに、テッドは何故かこういうときは口にしない。
物を大事にする気持ちがあるからだと、テオはよく口にするが、何か他の理由があるような気がしてならない。そう、どこか遠慮しているような──まるで、本当に必要じゃないと想っているようだ。
テオに言ったら、ソファはきっと新しいのと取り替えてもらえるだろう。それも長く使えるようにと、テオは考えてくれるはずだ。
でも、テッドはそれを望んでいないとしたら……──? もしも、長く使う気などないとしたら? そうしたら、ソファを代えてもらうことは、全く無駄になるわけだ。
「たまには、わがまま言ってもいいと思うけどね。」
呆れたようにスイが呟くと、テッドはにやり、と笑った。
「テオ様には、すでにお前って言う、人類最強のわがまま坊主がいるからな。これ以上苦労をさせちゃ、申し訳ないだろ。」
「だれが人類最強だよ、だれが。」
つん、と指先でテッドの額を突ついてから、スイはやれやれ、と溜め息を零した。そして、手にしていた棒を元のように暖炉の中に戻す。
どうせこんな高価な物を売ったりなどしたら、すぐに足がついてテオやグレミオに怒鳴られるのは必然である。そんな無駄なことはしない。
「さて、次なるお宝でも探そうか!」
気を取り直してスイが笑いかけると、テッドもいたずらげな笑みを浮かべて頷く。
「テオ様のへそくりとか出てこないかな〜♪」
「グレミオ辺りなんか、料理の本とかに隠してそうだよね。」
「え? なべの裏だろ、裏。で、気付かずに火にかけちゃって、燃えちまうんだよ、きっと。」
「さすがにそこまで間抜けじゃないと思うけど──ありえそうだよねぇ。」
あははは、と明るく笑いながら、スイとテッドはせわしなくソファの裏やテーブルの足の部分などを探索した。
今まで思いも寄らなかった新発見をしては驚きの声をあげ、たまに足が滑って額をぶつけては、お互いをなじったり笑いあったりした。
そうこうしているうちに、時間が相当立ったのか、ふっ、とスイが顔をあげた。
そして、綺麗な絵が描かれている天井を睨み付けて、
「おなかすいた……。」
とぼやいた。
「あん? なんだよ、飯食べたんだろ?」
今度は棚の中に顔を突っ込んでいたテッドがスイを振り返る。いつも使っていない棚なのに、掃除はしっかりされていて、埃臭いこともなければ、入れ忘れた物とかもなく、とりあえずテッドは隠し戸棚がないか探していたところであった。
「おやつもしっかり食べたけどさ〜。育ち盛りだから、僕。」
軽く唇を尖らせるスイに、テッドは困ったような表情を見せる。
「って言われたってな……、こっちにくる時に言ってくれたら、なんか持って来るか買ってきてやったのにさ。」
「今僕もそう思った。台所に何か残ってないかな?」
そう言いつつも、どうせグレミオのことだから、何も残してくれていないような気がした。
クレオやパーン、テオが休みで家に居る時は、彼らのために残り物を残して置いたりしているのだが、今日のように誰も家にいないときは、スイがつまみ食いをして夕飯を食べれなくなっては困ると、グレミオは何も用意してくれていないことが多い。
でも、例え一日四食食べようと、育ち盛りの自分は、お腹が空く時は空くのである。こればかりはどうしようもないのだ。
「テッド、僕台所行って来るよ。」
「何もないと思うぞー?」
テッドもそう想っているらしく無駄なことをしようとしている親友に、一応忠告をする。
「わかってるって。テッドはどうする?」
立ち上って、いそいそとドアに向かうスイが、振り向く。
その笑顔を面倒そうに見ながら、テッドは今しがた自分が発掘していた棚を見やる。
「んー、今度は台所探索でもするか。」
「僕のためにも、ね。」
あらかた見終わった客室を退散するにはちょうど良い時期だろう。
テッドはそう思ったらしい。入り口に立つスイに近付いて、一緒に部屋を出ていく事にする。
廊下を歩いていると、がちゃがちゃ、と玄関がなった。
「あれ? 侵入者かな?」
スイが興味を持ったように玄関を見るのに、
「グレミオさんだろ、さっき買い物に行ったじゃん。」
「げっ。もう帰ってきたの……?」
これではつまみぐいどころではない。
イイトコロのぼっちゃんらしくなく、小さく舌打ちしたスイは、テッドの身体に隠れるようにして玄関を見た。
まだ何もしていないのに、隠れてしまうのは、いつもの習慣というやつだろう。
テッドは呆れた様子でそんなスイを後ろに庇った状態で、玄関からのドアが開くのを見た。
「ただいまもどりま……まままっ!!? って、てってって……テッド君んんんーっ!!!?」
瞬間、悲鳴が轟いた。
テッドは溜め息を零して、叫んでいる下男に目を向けた。
「なんでしょう……?」
どうせ先に続くのは分かっていたのだが、テッドはあえて聞いた。
「なな何って、それはこっちですよぉっ! 何なさってるんですかっ!?」
グレミオの目から見たら、スイがテッドに抱き付いているように映っているのだろう。買い物籠を抱えた姿で、顔を白黒させている。
「いや、なんにもしてないけど──。とりあえず、お邪魔してます。」
「あ、いえいえ、こちらこそ、たいしたおもてなしもできませんで。」
主婦として板についているグレミオが、咄嗟にテッドの言葉に軽く頭を軽く下げた。
そして、にこにこと笑って──はっ、と再び我に返る。再びテッドに抗議しようと口を開いたその瞬間、
「グレミオー、お腹すいたんだけど?」
このままではいつまでたっても何もありつけないと気付いたスイが、テッドの影からグレミオに訴えた。
グレミオはその声に反応して、はた、と目を向けた。
「ああああっ、はいはい……って、ぼっちゃん、夕飯まで待っていただかないといけませんが?」
慌てたようにグレミオは返事をしたあと、自分が夕飯の買い物の帰りだったと気付いた。
同時に、先程スイがおやつを食べたばかりだと言う事も。
育ち盛りのスイが、すぐにお腹を空かせるということも、グレミオにはよく分かっていた。
だが、だからと言ってそうですかと御飯をあげるわけにもいかないのが現状であった。スイがここで食べてしまったら、夕飯を満足に食べれなくなるのである。
そんなことになったら、真夜中にお腹が空いてくるだろうし──となると、グレミオが渋面を示すのも仕方ないのだ。
「えー……なんか買ってきてないのー?」
どうせグレミオのことだから、そう言うと思ったと、スイが拗ねると、
「あ、そうですそうです。ジュースならありますよ。」
お腹の足しにもならないことをグレミオが言ってくれた。
「ちゃんと冷やしてありますから、テッド君と一緒にいかがです?」
グレミオなりの、精いっぱいの提案だったのだろうが、その言葉に反応したスイが口にしたのは、まったく別のことであった。
「グレミオ、アイスあるんだよ、そういや。ミルイヒ様からもらってきてさ。」
「オレンジ味のジュースなんですけど、ぼっちゃん飲みますか?」
「チョコレートアイスなんだよ、グレミオも好きだろ? 食べるなら氷と一緒にしてあるから、食べなよ。」
「飲まないなら、食後におもちいたしますよ。」
「食べないで放っとくとパーンが食べちゃうよ。」
テッドは、自分の後ろと前とで会話されている内容に耳を貸しながら──天井をあおいだ。
「それじゃ、ぼっちゃん、ジュースは御飯の後でですね。」
「グレミオはアイスを食べないんだね。」
じゃ、と、お互いに勝手に口にして、グレミオはマントを翻して去っていった。
テッドはスイと一緒にそれを見送った後、
「なぁ……今の、会話になってないんじゃないか?」
とりあえず、無駄だとは思いつつも聞いてみた。
「え? どこが?」
返されたスイの台詞は、これであった。
すぐ近くにあるスイの表情は、真面目であった。
どうやら本気らしいと、テッドは直感した。いや、直感しなくてもそうであった。
「────────あのさぁ………………。」
つかれたように、テッドは人生の先輩として、告げてやる事にした。
「とりあえず、ツーカー的な会話は、二人きりのときにしろ。」
それは、人生の先輩じゃなくても言いたい事だろう。
特に、どう聞いてもかみ合ってない会話を目の前でされた身としては。──それも本人同士は分かっているらしい会話なのだ。
「え? でも父上ともあんなのだよ、グレミオ。」
「…………いやほら、テオ様は特別だし。」
「クレオとパーンもそうだし。」
「あれもある意味特別だし……っていうか、お前んとこ、皆特別なのな。」
「そーかなぁぁぁぁ?」
テッドは密かに願う事にした。
どうか──どうか、俺がその一員になりませんように、と。
が、しかし。
「あ、テッド、今日どうするの?」
スイがひょい、とテッドの顔を覗き込む。その表情を見ながら、そうだな、とテッドは口の中で繰り返した後、
「グレミオさんのシチューかな、今日?」
「じゃ、食べてくんだね。」
スイがにやりと笑うと、そのままグレミオが消えた先へと走っていく。
頼むぞ、とテッドがその後ろ姿に声をかけると、彼は右手をあげて応えてくれた。
スイはグレミオに伝えに行ってくれたのである。
今交わされた一連の動作そのものが、相当会話を省略されているという事実にテッドが気付くのは────まだまだ先なのかもしれない。
ショートショートじゃなかったのかぁっ! と。吼えてもよろしいですか?
家族ネタ……なのですね、一応。
家族特有の会話ということで(笑)。マクドール家編。
ちなみに元ネタはうちの家族です(笑)。
最大のヒットネタ→ビバ親父編。
スイ「うーーー。(39度の高熱で倒れています)」
グレミオ「ぼっちゃん、大丈夫ですか……?」
テオ「グレミオ、今日はスイについていてやってくれ。私が昼食を買ってこよう。」
グレミオ「ですが……。」
テオ「大丈夫だ。スイ、昼食は食べれそうか?」
スイ「んー……なんか冷たい物食べたい……。(喉が痛い。どうやら扁桃腺も腫れているようだ)」
テオ「どんなのがいいんだ?」
スイ「なんでもいいよ……。」
テオ「わかった。それじゃ、グレミオ、後は頼んだぞ。」
グレミオ「はい。お気をつけて。」
スイ「アイスクリーム買ってきてくれるかな、父上?」
グレミオ「そうですね──ぼっちゃん? 大丈夫ですか?」
スイ「うん……大丈夫。そんなに辛くないから。それに、父上が昼食買ってきてくれるしね。」
グレミオ「…………そうですね。(微笑ましい)」
テオ「今戻ったぞ。スイ、様子はどうだ?」
スイ「うん……大丈夫。」
グレミオ「テオ様、すぐに昼食になさいますなら、お茶をご用意いたしますが?」
テオ「ああ、いい、いい。自分で出来る。ほら、グレミオ、お前の分にそばを買ってきたぞ。」
グレミオ「あ、ありがとうございます。」
テオ「スイ。」
スイ「うん……。」
テオ「なんでもいいと言ったから、お前の好きな……(がさがさ)。」
スイ「……(チョコレートアイスかな? それとも、そうめんか冷やし中華?)」
テオ「カレーライスを買ってきたぞ。」
グレミオ「…………………………………………。」
スイ「………………………………か、カレー?」
テオ「そうだ。お前が冷たいのがいいと言ったからな。温めてこなかったぞ。
今すぐ食べるか?」
スイ「…………………………あ、えーっと…………あ、あとでいいよ。」
グレミオ「…………………………………………。」
テオ「分かった、なら、冷蔵庫で冷やしておくぞ。」
スイ「……っ!!!!」
グレミオ「あ、いえっ! あの、そう時間がたたないうちに食べられると思いますから、そのままここに置いていってくださいますか、テオ様っ!?」
テオ「……そうか?」
スイ「(こっくんこっくん)」
テオ「わかった。スイ、くれぐれも無理はするなよ。薬もきちんと飲め。」
スイ「はぁい……………………。」
かちゃん。(テオ、出て行く)
グレミオ「………………ぼっちゃん、このおそば、食べますか?」
スイ「………………ううん…………カレー、食べるよ…………。」
グレミオ「…………………………そうですか? まぁ、そうですね、辛いものは発汗しますから、これもまたいい薬なのかもしれませんね…………でも、喉を痛めておいでですから、無理はしないでくださいね。」
スイ「うん──────……………………グレミオ。」
グレミオ「はい?」
スイ「父上に、もう少し……一般常識っていうの、教えといてくれる?」
グレミオ「………………かしこまりました。」
ゆりか宅における、実話(笑)でお送りしました。
うちにはこういう親父がいてはります。たまりません。
第三者に言わせると、面白すぎだそうです。ある意味天然です。たまりませんよ、本当に。
これだから親父はっ! というと、友は皆口を揃えてこう言います。
「しょうがないよ、あんたの親だし。」
──────ねぇ、それって、どういう意味………………?
というわけで、心温まる家族のネタ1でございました。
ネタ提供は天魁星様です。ありがとうございました。