深い闇が落ちる夜──重点となる箇所には灯りを絶やすことはないが、それでも砦内は闇に満ち溢れていた。
 誰もが恐れる闇ではない。生きとし生けるもの――日の光のもとで、生きることを定められたものを、安寧に導く夜の闇だ。
 優しい闇が、あたりを包んでいた。
 疲れた体をゆっくり休めることのできる、深い夜が誰の上にも降りてきていた。
 もちろん、どれほど夜が更けようとも、眠れない者も居る。
 皆の安らぎの眠りを守るもの達である。
 この砦にも、そういう役割の者達は居た。
 決められたシフトで、決められた順番で、夜番を勤めるのだ。
 彼らは必要最小限の明かりを灯し、時間を決めて砦の中を見回り、砦の内外に異変がないか確認する。
 だいたいの見回り時間も決められており――それが起きたのは、彼らが何度目かの見回りに出ようとしている時だった。



 ぎゅぉぉぉおおおおーっ!!



 空気を裂くような「音」。
 それは、暴力のような激しい感情を秘めていた。
 夜の空気を震わせ、安らぎの気配を一瞬で恐慌のそれに転換させる。
 それほどの音の暴力に、兵舎で安眠をむさぼっていた騎士も、自室でくつろいでいた者も、一斉に飛び起きた。
「!!」
 眠りから呼び覚まされたのは、つい先ほど眠りについたばかりの彼女――将来有望視されているミリアにしても同じことで、寝台から飛び降りるなり、愛用の槍を手にする。
 鎧を着込む暇も無いまま、椅子にかけてあっただけの上着を肩から羽織り、そのまま部屋を飛び出す。
 今の声が、「何」の声なのか、わからない彼女ではなかった。
 だからこそ彼女は将来有望であると言われ、次代の副団長候補とまで言われているのである。
 部屋を飛び出し、真摯な顔であたりをうかがう、同じように飛び起きた兵達に、すれ違いざま指示を飛ばす。
 そして彼女自身は、迷うことなくただ一人の寝室へ向かった。
 そこには、この「現象」を誰よりも理解し、誰よりも正しく指示することの出来る人がいるのだ。
 階段をまどろっこしく駆け上がる時間も惜しいくらい急ぐ。
 その間も、音は途絶えることなく聞こえてきた。
 こんな場所まで届くほどの「音」は、まるで絶叫のようであった。
 けど、そうではないことは――竜騎士の名を冠することを許されたミリアは、知っている。
 この声は……………………。
「……………………今夜もか。」
 駆け上がった先から、声が聞こえた。
 思わずミリアは動きを止めて、声の主を振り仰ぐ。
 彼とて寝ていたはずだろうに、自分とは違い、きっちりと着込んだ状態で廊下に立っている。
 薄闇に浮いて見えるその容貌は、昼の陽光の中で見るのとは異なり、どこか沈うつだった。
 それもそのはずだと、彼の姿を見ながら、ミリアは思う。
 もう、一週間にもなるのだ。
 毎夜毎夜、この「声」が叫び続けて。
「やはり、これは…………。」
 居住まいをただし、もしもの時に備えて持ってきた槍を横に立てかけ、ミリアは彼を仰ぐ。
「ああ……………………夜鳴きだな。」
 答えた彼は、苦笑いを浮かべていた。
 どこか疲れたようなその表情は、闇のせいだけではなく、青ざめて見える。
 そんな彼を心配そうに見つめるミリアもまた、顔色が悪かった。
 明るい日の光のもとで見たら、彼ら二人が寝不足なのがわかっただろう。くっきりと目の下に隈が出来ている。
 ミリアは、はれぼったい感じのする瞼を瞬かせて、無理矢理意識を研ぎ澄ましながら、毎夜のように繰り返してきた台詞を口にする。
「今宵は私が参りますから、どうぞヨシュア様はお眠りになってください。」
 ミリアとて、繰り返される鳴き声に、安眠を妨げられ続けている。
 安眠を妨害され続けることほど、精神的に辛いことはないと、そう分かっているからこそ――この一週間、まともに寝ていない彼に告げるのだけど。
 ヨシュアは、今日もゆるくかぶりを振る。
「いや、これは私の仕事だ。」
 きっぱりと言い切る彼の顔は、ミリアがなんと言おうと聞いてくれそうになかった。
 けれど、ヨシュアの顔色の悪さは、日に日に悪くなるばかりで…………ミリアは、今日は引き下がれないとばかりにかぶりを振った。
「いいえ、ヨシュア様のお体に何かあれば、それこそ竜洞騎士団の危機ですから。
 もしもどうしても自ら行かれるといいますなら、このミリアも連れて行ってください。」
 意思の強い目を向けると、ヨシュアは苦く顔をゆがめた。
 彼女のこういう任務に忠実で真面目なところは良い所なのだが、まだ幼いとも言える年頃から、無茶をさせたいわけではなかった。
 だからヨシュアは、彼女の重ねるように告げた言葉に、かぶりを振った。
「必要ない。明日も早くからの勤めが入っていただろう? 今日は明日に備えて眠りにつきなさい。
 ミリア、君には君の務めを守る義務がある。」
 そう言って、肩から羽織った上着をなびかせるようにして去ろうとするが、納得いかない顔でミリアが反論する。
「ですが、それはヨシュアさまも同じことです。いいえ、ヨシュア様はこの一週間、ずっとまともにお眠りになっていないことを考えれば…………。」
 彼が大丈夫だという言葉を疑うわけではないけれど、それでも心配せずにはいられないのだ。
 彼の顔は、日に日にやつれていっているように見える。
 見た目の強靭さは変わってはいないのだけど、頬のあたりの影が濃くなったような気がするのだ。
 自分が行って何かなるとは思わなかったが、ミリアとて竜騎士の端くれだ。彼女の騎竜も竜洞に居る。少しの助けになればと、そう思っての発言であったが。
「必要ないといったはずだ、ミリア?」
 苦笑して、ヨシュアが手を伸ばす。
 そのまま、強い意志を宿す彼女の頭に手を置くと、ぽんぽん、と頭を叩いた。まるで幼子にするようなその仕草に、カッとミリアの頬が赤くなる。
「まだ荷が勝ちすぎる。砦に残り、今の鳴き声が『誰』の物なのか気づいた幼子を、あやしてやりなさい。
 それが、次代の副団長の役目でもある。」
「………………………………はい………………………………。」
 きゅ、とミリアは両拳を握り締め、小さく頷いた。
 ヨシュアの言うことは正しいと、そう判断できたからだ。
 きっと今ごろ、副団長は迷うことなくあの子の元へ駆けつけているのだろう。
 俺の竜の声が聞こえると、飛び出そうとすることばかりを考えている幼子のもとへ。
 まだ自分は未熟なのだと、ヨシュアとともに竜洞に行くことばかりしか考えられないのだと、項垂れるミリアに、ヨシュアは何も言わず背を見せた。
 そのまま立ち去っていく足音を聞きながら、静かになった廊下で、ミリアは立ち尽くす。
 そうして――見やった窓の外、暗い光景を眺めながら、そ、と吐息を零した。
 耳に響く鳴き声は、止むことなく続いていた。
 この声が泣き止むのは、今日も明け方近くになるのだろう。
 それを手伝い、代わることが出来ない自分を悔やみながら、でもそれが正しいことなのだと心に刻みながら。
 ミリアは、一つずつ仕事を覚えていくのだ。自分のやるべきことを見つけていかなくてはいけないのだ。
 今、私に出来ることは。
「……………………厨房に行って、暖かいミルクを用意することだな。」
 眼を覚ました、竜を持ったばかりの少年に、飲ませるために。









 松明を持つ見張り兵と共に、急ぎ足で向かう先は、竜洞――この世界で唯一竜が生まれる場所と、表向き言わせている場所である。内密に言うと、やや異なるのであるが、ここで生まれた竜はすべて騎士を得ることが出来、生き延びることが出来るという点でいえば、それは正しい見解であった。
 竜洞が近づくほどに、声は大きくなり、まるで暴力のように鼓膜を叩いた。
 眉を顰める兵の唇が歪み、彼は空いた手を自分の耳にあてた。
 辛そうな顔が、後ろから透かし見える。
 けれど、ヨシュアの耳を襲うのは、子供の鳴き声ではなかった。悲痛な心の叫びであった。
 怖い、と叫ぶその子供を、一刻も早く安心させなくてはいけないと、彼はそう思う。
 竜と騎士との間には、切っても切れない縁がある。それは唯一の騎士を失った竜は、例に漏れず命を落とすということからも分かることであった。
 竜の心が全てわかるわけではないけれど、長年竜と過ごしてきたためだろうか、鳴き声を聞くだけで、何を考えているのかは分かるようになっていた。
 それは竜を得た騎士達も同じようで、自分の愛竜が鳴く声を聞いて、彼らは相棒が何を求めているのか、瞬時で判断できる。
 今回、こうして夜鳴きをしている竜の騎士もまた、その例に漏れなかったようで。
「………………………………。」
 少し遠くから自分を伺っていた少年の顔を思い出し、ヨシュアは苦い笑みをこけた頬に刻んだ。
 今まさに砦の外に出ようとしたヨシュアを、廊下の角からジッと見つめていたのだ。
 おそらくは、副団長の隙を見て、部屋から飛び出してきたのだろう。
 ヨシュアが廊下にしゃがみこみ、おいで、というと、彼は慌てたように走ってきた。そして、怖い大人――礼儀にうるさい大人達が居ないことを確認すると、ヨシュアを逃さまいとするかのように、しっかりと服の裾を掴んだ。
「ヨシュアさま。怖がってるの。暗いのはイヤだって、そう言ってるの。
 あの声を聞くと、僕も悲しくて寂しくなるの。ヨシュアさま。お願い。」
 泣きそうに顔をゆがめる竜騎士見習の少年の頭を撫でて、ヨシュアは力強く頷いてやった。
 そうすれば、少年は安心したように笑って、自分の名を呼ぶ少女の声を耳に止めて、慌てたように駆け出していった。
 部屋から飛び出したきりの少年を探しにきたミリアの声だろうと、検討をつけたヨシュアをもう一度だけ振り返って、少年はしっかりとした声で託した。
「ブラックを、安心させてあげてください。僕は、ここに居るからって。君の近くに、ちゃんと居るからって。」
 その言葉を胸に受け止めて、ヨシュアが頷いた後、ミリアの彼を呼ぶ声が廊下に響いた。
 少年が消えた角の先から、ミリアの叱咤する声が聞こえる。
 これで、あの少年も自分の愛竜を探しに砦から出ることはないだろう。
 ヨシュアは、少年の痛いくらいの、自分の竜を思う気持ちを抱えて、ここまで歩いてきた。
 今夜こそ――あの竜の悲しい鳴き声を、止めることができるような気がしていた。
 鼻先を独特の匂いが掠め、近づいてきたと認識すると同時に、空気を震わせるような鳴き声がすすり泣きに変わった。
 力尽きるほどに鳴いた声は、いつもヨシュアが洞窟につく頃には、鳴き疲れすぎて、眠たげにしている。
 そして、たどり着いたヨシュアに気づくと、鼻先を彼に近づけて、小さく小さく何度も何度も鳴いて――やがて眠りにつくのだ。
 穏やかな寝息が聞こえるまで待って、ヨシュアはその小さな竜をほかの竜に託し、砦に戻る。
 毎日毎日がその繰り返しだった。
 戻る頃には夜が明けかけていて、少し眠ればもう一日の仕事はじめとなる。
 この日常が続く自分の体も大変だったが、ヨシュアが心配に思うのは、鳴き続ける小さな竜の体力と、その竜の鳴き声をダイレクトに受ける竜騎士見習の少年のことだった。
 まだ赤ん坊とも言える竜とは言え、昼間は人に慣れる訓練をさせている。特に最近は夜鳴きをするということから、夜ぐっすり眠れるようにと、少し激しい運動をさせることもあった。
 赤ん坊の頃は、たっぷりとした睡眠を必要とすることから考えても、眠りが少なすぎる。
 さらに、フッチはブラックの鳴き声が聞こえなくなるまで、毎夜毎夜起きているのだという。竜持ちになったということで、色々教わることもある昼間の講義中に、居眠りしていることもあるというのだ。
 これが長引けば、真っ先に倒れるのはヨシュアではなく、フッチか、体調を崩したブラックだと言えた。
 今夜こそは何とかしなければ、と、洞窟の入り口が見える開けた場所で、ヨシュアは空を見上げた。
 そこに広がる降るような星空に、吐息がこぼれる。
 ああ、そういえば、フッチも昔──良く夜泣きをする子供だったな。
 こういうのは、似るものなのかな?
 そんなことを思いながら、すすり泣きをあげる洞窟の入り口まで松明を持って歩む兵士を止め、ヨシュアは彼から松明を受け取った。
 眠る竜に近づくのは、彼らに慣れている者でなくてはいけないから。
「ここで待っていてくれるか?」
「はい。」
 緊張した面持ちで答える兵を残し、ヨシュアは慣れた匂いのする洞窟を、中へと進んだ。
 湿った洞窟の壁に、すすり鳴きが反響していた。
 それに混じって、ほかの竜の小さくあやすような声が聞こえる。
 けれど、幼い竜にはそれが聞こえていないことは間違いなかった。
 すぅ、と頬を撫でる風を感じ、松明をかざす。
 目の前に大きな体があった。そのはるか上に、光る目がある。
 まるで恐ろしい生き物が、闇の中、唐突に現れたように見えたが、ヨシュアは安堵の吐息を零す。
「ブラック。」
 名を呼び、その大きな体に守られるようにして座り込んでいる竜の名を呼んだ。
 大きな竜に慰められるように包まれていた竜は、ぱっちりとした大きな目を瞬き、ぽろぽろと涙を零した。
 暗闇に溶けるような黒い体が、涙でツヤツヤと輝いていた。
「ブラック――。」
 もう一度声をかけると、彼は少し身じろいだ。
 彼を慰めていた竜が、自らの脚を動かせると、ブラックをヨシュアの元に行くように促す。
 小さくつつかれて、ブラックはヨタヨタ、とヨシュアの元まで歩み寄った。
 赤ん坊とは言うけれど、もうヨシュアと同じ目線である。
 ブラックがしゃがみこむと、ヨシュアよりも低い位置に眼が来る。その彼の眼を覗き込みながら、ヨシュアは彼のヒンヤリと冷たい頭に触れた。
「ブラック、おいで。」
 優しく囁くと、ブラックは大きな眼でヨシュアを見上げた。
 ひっく、と引きつった濡れた声が彼の大きな口からこぼれる。
 すでに鳴き疲れているらしく、眼が充血していたし、体中には倦怠感が宿っているようであった。
 赤ん坊は、全身で泣くのだというが、それは竜にしても同じのようであった。
 ヨシュアは、疲れて歩くのもだるそうなブラックを慰めながら、ゆっくり一歩一歩、彼を導いた。
 洞窟の中の、ブラックの寝床向けてではなく、洞窟の外へ向けて、歩き出す。
 洞窟内の湿った暖かな空気とは逆の、涼しく軽やかな風が、出入り口から吹いてくる。
 その風に、ブラックの鼻がうごめき、ゆっくりと顔をあげた。
 ブラックをともなって、ヨシュアは洞窟の外に出ようとする。
 けれど、外に広がる光景に、ブラックがしり込みするように脚を止める。
 そんな彼を促して、ヨシュアは彼を外の暗闇の中へ導く。
 驚いたような顔になる兵に、静かにするように指示を出して、ブラックを洞窟から出そうとする。
 けれど、洞窟の外は、仲間の匂いがまったくしなくなるためであろう。ブラックは、イヤイヤをするように頭を振る。
 かたくなな態度をとる彼に、ヨシュアはそれでもあきらめることなく、おいで、と囁く。
「きゅぅぅぅー…………。」
 もう叫ぶ気力もない小さな竜は、泣きそうに目をゆがめていた。
 苦笑にも似た気持ちで、ブラックをあやす。
 あの時も、泣き出したフッチを連れて、砦の外に出たのだと、不意に思い出した。
 空には満天の星。
 月明かりが明るく、細く影が伸びた。
「ブラック。外の世界には、お前の匂いは薄いかもしれない。けれど、お前が望む空がある。昼だけではなく、夜にもまた、美しい空は存在するのだよ。」
 夜の闇が怖いといって泣いたフッチ。
 あの子は、夜中に眼が覚めた時に、灯りのない世界が怖いのだと言って泣いた。
 そんな小さな幼子を、背中におぶって表に出たときのことを思い出す。
 そう遠くはないその時には、空を明るく染まる月が出ていた。
 けれど今、空には月はない。
 代りに、目がくらむほどの星が出ていた。
 洞窟から出ようとしないブラックをその場に残し、ヨシュアは一人先に星の下に出た。
 近くにいたぬくもりが無くなり、不安げに小さく鳴くブラックに、彼は笑いかける。
「なぁ、ブラック。
 空を見てごらん。」
 空には星の明かり。
 眩暈がしそうな、落ちてきそうな星の光。
 けして明るいわけではない夜の闇の中、それでもそれは十分すぎる光源だった。
 心もとない夜の道を歩くときの道しるべとなる、強き光だった。
「お前はもう闇の中に居るのではないよ。
 卵の中は、暗くて闇が広がるだけだったかい? お前は鳴くほど、怖がるほど孤独だったかい?」
 優しく尋ねるヨシュアの姿が、星明かりに照らされて見えた。
 ブラックは、おずおずと、脚を進める。
「思い出してごらん。
 卵の外から聞こえたはずだ。
 たくさんの声。お前の生まれを待ち望む声。
 うすく差しこむ明かり。
 そして今、ここは闇だけじゃない。
 夜の闇は、真の暗闇ではありえない。
 ほら、空には星の輝きがある。
 ほら、耳には静かな風の声が聞こえる。
 ──お前の呼吸の音も、良く聞こえるよ、ブラック。」
「きゅぅぅぅー……………………。」
 おぼつかない足取りで、ヨシュアに近づくブラックの姿が、星の下、照らされる。
 眼に宿る明るさに、ブラックはキョトン、と眼を見開け、ヨシュアを覗き込んだ。
 彼は、笑いながら空を示す。
「ほら、星が流れる。
 光の尾が流れて行く…………──。」
「………………………………。」
 眼を見開けて、ブラックは彼が示した星明りを見つめた。
 それは、卵の中で、光を羨望していた時の――覚えても居ない甘やかな嫉妬を思い出させる。
 自分も早くそこへ行きたいと、渦巻く期待を思い出させる。
 きゅぅ、と小さく鳴いたブラックに、ヨシュアは微笑みながら彼の頭を撫でる。
 しばらくそうして二人で空を眺めていた。
 何度目かの星が流れた頃、小さくブラックが鳴いた。
 あふ。
 ヨシュアが見やると、大きな眼を細めて、口をあけている子竜が居た。
「ああ、眠いか? なら、そろそろ戻ろう。
 ──夜が明ける前に。」
 君の世が、明けたこのときに。
 ブラックを伴って、ヨシュアは洞窟の中へ戻ろうと急かす。
 けれど、ブラックはイヤイヤをするように頭を振った。
 そして、その場にしゃがみこんで、首をそらして空を眺めたまま、瞼を閉じた。
「……………………仕方のない子だな。」
 くすくすと、甘い笑みを見せながら、ヨシュアはその子の隣にしゃがみこむ。
 そういえば、フッチのそうだったかと、記憶がよぎった。
 満天の星がきらめく空の下。
 ヨシュアの背中のぬくもりを感じながら、夜の優しい闇を感じながら、あの子も眠りについたのだ。
「ヨシュア様…………。」
 不安そうに近づいてきた兵に、しぃ、と唇の前に指を立てて、ヨシュアは仕方がないと、肩をすくめる。
「今日は、このままで居よう。」
「ですが…………――。」
 言葉を重ねようとする兵に、ヨシュアはかぶりを振った。
 彼が言いたいことは、良く分かっていた。
 ヨシュアが今夜も寝ないなど、あってはいけないことだと思っているのだろう。
 そんな彼に、ヨシュアは申し訳なさそうに苦笑いを向ける。
「きちんと寝るよ。――ここでね。」
「…………っ! ヨシュア様っ!」
 とっさに声を荒げる彼に、大丈夫だと、ヨシュアは笑ってみせる。
「ここは、竜洞のすぐ側だ。何もない。
 夜が明ける、その時までの話だ。――君には悪いが、少しの間、見張りをお願いできるかい?」
「……………………はい。」
 そうやって笑われたら、それ以外答えるすべはないではないかと、兵は少し情けない顔でそう思った。
 ヨシュアは、すまないな、と小さく断ってから、ブラックの――しゃがみこんだ姿勢のまま、スヤスヤと眠り始めている子竜の側に、しゃがみこんだ。
 彼にもたれるようにして、眼を閉じる。
 閉じた瞼から、透かしこむようなささやかな星明りを感じた。
 耳元には、穏やかな竜の寝息。
 きっと、眠るこの子の耳にも、自分の呼吸の音が聞こえているのだろう。
 はるか遠くから聞こえる虫の声や、風の音を聞くうちに、ヨシュアの意識もゆっくりと――落ちていった。







 残された兵士は、槍をしっかりと構え、ブラックとヨシュアを守るという重すぎる任務に、ギンギンに眼を見開き、神経をすり減らしていたのであった。
 もしも何事か起きれば、ヨシュアはしっかり眼を覚ますであろうことなど、頭の片隅にも止めずに。



天魁星様

 リクエストありがとうございましたv 竜洞窟騎士団と子育てがテーマで書かせていただいたのですが――子育て? ですよね、夜鳴きも!
 なんだか最後の方の、「そこで寝るか、本当に?」と突っ込みたくなるような光景は、こういう絵がうかんできてしまったので、ついつい書いてしまったものでございます。
 やっぱり団長は難しいです。真面目に書こうとすればするほど難しいです。(なら、子フッチをおんぶする団長はいいのか、という突っ込みはやめてください…………(笑))
 でも、日常生活では壊れてくれないので、今回はちょっとシリアス風味で描かせていただきました。
 さまざまな突っ込みをお待ちしております。



……………………ブラック夜鳴き秘話を聞いた面々の会話。

坊「なるほど、そうやって数百年も子育てをしていたのか。
 だから手馴れてるんだね。」
ヨシュア「手馴れているわけではないのだが…………。」
坊「竜もオムツとかするの?」
ヨシュア「しません。」
坊「じゃ、なんでヨシュアはオムツを代えるのが上手いの?」
ヨシュア「それは──…………。」
ハンフリー「フッチのオムツ…………。」
フッチ「…………ははは、ハンフリーさん!!!!!」
坊「あ、なるほど。」
フッチ「スイさんも納得しないでくださいっ!! 違いますからねっ、俺のオムツをヨシュア様がかえるわけ、ないんですからねっ!!」
坊「なるほど、そうやって培ったのか。」
フッチ「ちがーっっ!!」
坊「そっかそっかー。、フッチのオムツはヨシュアがー…………なるほどなるほどー。」
フッチ「って、何歩き出してるんですかっ!? スイさんっ!? ちょっと、スイさーん!!!」

ヨシュア「何をやってるんだか、全く。」
ハンフリー「……………………………………………………。」
ヨシュア「ん? ああ、オムツね──そりゃ、長年イロイロ生きていれば、子育ての経験の一つくらいはあるさ。
 ──親を亡くす子も、居たからな。」
シエラ「妾はないぞ。」
ビクトール「シエラ老はねー。」
シエラ「…………誰が老じゃと、ビクトール?」
ビクトール「おわっ! 小娘って言っても怒るくせに、老でも怒るわけっすか、ご隠居っ!?」
シエラ「だぁれがご隠居じゃとっ!?」
フリック「またやってるよ…………あの二人。
 悪いな、ヨシュア。ちょっと立ち寄っただけなんだが。」
ヨシュア「いや。仕事も片付いたところだったし、別に遠慮はすることはない。
 ――――それよりも、聞きたいことがあるのだが。」
ハンフリー「…………………………………………………………………………………………………………・。」
ヨシュア「この赤ん坊は、一体誰の赤ん坊なんだ?」
ハンフリー「…………………………………………………………………………………………………………。」
フリック「あー…………それは……………………えーっと。」
坊「まるいち。「この子はあなたの子よ、フリック!」と、押し付けられた。」
フリック「おい! なんで俺の名前なんだよっ!!」
坊「まるに。ビクトールさんが子供を拾ってくる癖で、捨てられていた赤ん坊を拾ってきた。」
ビクトール「おい、俺はそんな癖ないぞっ!?」
フリック「自覚ねぇよなぁ、こいつ。」
坊「まるさん。実は僕の隠し子。
 さぁ、どれだ?」
ヨシュア「……………………その中に正解があるのか?」
坊「さてはて、どう思う?」
 にんまり。
ミリア「その四、メースのところに子どもを連れて遊びに来ていた娘が、急な用事で帰らなくてはいけなくなり、子どもを残して先に帰ったが、メースは子どもの世話が出来なかったので、こっちにSOSを求めてきた。」
坊「あれ、ミリア? もしかして、知ってた?」
ミリア「……………………まぁ、それなりには。」(言いながら、オムツを替え終わった子供を抱き上げるミリア。結構似合っている)
ヨシュア「それでは、これからこの子はどうするつもりなのだ?」
ミリア「まさか…………っ。」
フッチ「いいえっ! もちろん、ちゃんとグレッグミンスターに連れて行くつもりなんです。グレミオさんがお世話してくださるって言うので。」
坊「じゃ、フッチ。後は任せたよ。」
ぽん。と肩を叩かれる
フッチ「え?」
ハンフリー「………………………………………………………………………………………………。」
フリック「悪いな、ヨシュア。」
ビクトール「予定通り行かないのが、人生ってもんでよ。」
シエラ「妾も、あまり赤子には詳しくないゆえの。村では、母親が世話をしておって、妾はそれを見ておるだけじゃったから。」
ミリア「…………って、スイさんっ!?」
ヨシュア「何…………っ。」
坊「それじゃ、シエラさん。さくっと瞬きの手鏡使ってください。」
フッチ「スイさんっ!? 何考えて…………っ!!」
シエラ「ほれ。」
ビクトール「つまりだなー。
 グレミオは、入れ替わりで食材調達の旅に出て、誰も面倒見れるやつがいねぇわけなんだな、これが。」
ハンフリー「…………………………………………フッチ。」
フッチ「はい! ハンフリーさんは、まさかそんなこと考えていませんよねっ!?」
ハンフリー「………………………………………………………………終わったら、迎えに来る。」
ミリア「……………………あ、あなたたちって言う人は〜〜〜っ!!」
ヨシュア「………………………………(頭痛を覚えている)。」
坊「じゃ、そういうことで。」
フリック「すまんっ! ほんっとうに、すまんっ!」
ビクトール「任せたからな♪」
ひゅんっ
フッチ「…………………………………………っっ。」(置いていかれた)
ミリア「………………………………………………………………はぁ。」
ヨシュア「………………………………ほんと、変わらないな、彼らは……………………。」
ミリア「――――感心している暇はないですよ、ヨシュア様。一体誰が、この子の面倒を見るのですか?」
ヨシュア「それは――…………ふむ。」
フッチ「……………………〜〜…………俺が……………………面倒を、見ます……………………。」
ミリア「――――――できるか、フッチ?」
フッチ「は、はい。大丈夫――――だと思います。」(無理矢理笑顔)
ヨシュア「何かあったら、すぐに誰かに聞くように。」
フッチ「ありがとうございます…………。」

こうして、竜洞騎士団に、赤ん坊が一人やってきたのであった。


……………………なんだかもう一本、ドタバタギャグでお話が出来そうな……………………(笑)