プロローグ 〜惑星カシスディアより
 




 時は宇宙暦2055年。
 文化を持つ生物が存在する宇宙――銀河系は、一定の知能ある生物達によって支配されていた。その支配できうる知能を持つものによって結成されたのが、「宇宙連邦」と呼ばれる組織である。
 宇宙連邦は、銀河系の秩序を守るため、また日々膨張して行く銀河系の更なる躍進のため、存在してる。
 現在宇宙連邦に加盟している知能ある生物の種類は一万種を越え、惑星の数は代表だけでも数千を越えると言われている。
 それらの秩序を守ることは非常に難しく、困難な状況であった。
 このような状況を打破するために考えられたのが、銀河連邦直属の守護巡回組織が確立することとなった。
 その名を、宇宙パトロールと言う。
 銀河系のエリアそれぞれを、宇宙海賊や人種紛争などから守るため、名誉ある、そして同時に危険な仕事とされていた。
 破格の給金で知られるこのパトロール隊員は、そのための専門学校を卒業したものなら、誰でもなることができた。それがゆえに、人気が高く、学校の競争率は銀河系随一であった。
 少しでも優秀な子供は、危険と引き換えにしてでも豊かな生活を選んだ。
 しかし同時に、優秀であったために、危険と引き換えにしてでも、稼がねばならない状況というのも、存在してくるのである。
 彼女――宇宙連邦登録ナンバー08665惑星カシスディアの第一王位継承者であるアレクシエル=フィラルデ=カシスディアもまた、そうであったのだ。
 
 
 
 
 惑星カシスディアといえば、宇宙連邦内にあって、「あまり嬉しくない理由で有名」な星であった。
 元来、銀河系の中心区と言われている場所から、遠く離れた場所にある星ほど、豊かではないというのが通例である中、カシスディアは、その中でも貧乏惑星ワースト50の中に数え上げられるほどであった。
 恒星からも遠く離れた場所にあるカシスディアは、太陽の光にも恵まれず、植物もあまり育たない環境にあった。
 とてもではないが、惑星に住む人々は、日常生活すら出来ない状況であった。
 その彼らが、普通に生活を営み、普通に暮らして行く事が出来たのは――惑星カシスディアを治める王家にあった。
 本来なら暗い太陽の光しか届かない空に輝くのは、銀河系でも最高の人工太陽の光。
 恵まれない土壌が豊かに育むのは、バイオの最先端をゆく会社から購入しているバイオ土と肥料によるもの。
 寒風に悩まされるはずの惑星が、常に暖かな空気に覆われているのは、全土を覆う特別な空気の層を人工的に作り出しているから。
 それらは全て、銀河の科学によって生みだされた力によるものであった。
 国民のために、王家の人々はこれらを購入し、カシスディアを住める国にしたのである。
 これによって、カシスディアは、豊かな国となった。
 人々が十分に暮らせる力を得た。
 しかし、それと引き換えに、それらの「人工自然」を購入したがための、絶大なる借金を負うこととなったのである。
 これによって、惑星カシスディアは、銀河系でも珍しいくらいの、「豊かではあるけれど、借金が銀河系でも1、2を誇る国」となってしまったのである。
 他の借金を背負う国と違うことは、カシスディアの借金の名義は、王家の物となっており、国民たちには迷惑がかかっていないという点であった。
 その、返しても返しても、利息が膨れ上がるばかりの借金を返すため、王家の者は――唯一のさだめにしたがって生きるしかなかった。
 そう。
 銀河系で一番の高給で取りである、「銀河パトロール隊員」になると言う道しか。





 カシスディアの王家の人間は、十六になると同時、銀河パトロール育成専門学校に入学することが義務づけられていた。
 普通の王家で行われる初等教育が「政治」であるならば、このカシスディアで行われるのは、あくまでも「パトロール隊員になるための訓練」であった。
 第一王位継承者であり、第一王女として生まれたアレクシエルもまた、その訓練を受け続けてきた。
 結果として、彼女は専門学校に受かり、今日この日、入学のため、生まれ育った祖国を出ることとなったのである。
 学校が終了したら、そのままパトロール隊員の研修に入り、任務に着く。
 もしかしたら、このまま一生会えなくなるかもしれない――母であり、この国の女王である人の顔を、見詰める。
 銀河連邦の視察官を迎えるための公式の場である玉座の間は、壮美であるとは言えないまでも、程々に美しく飾られていた。
 中央に座された玉座に座る女性は、公式の場ではないため、化粧気もなく、簡素で地味な衣服を身につけていた。
 けれども、身に纏う雰囲気は、凛として荘厳さに満ちていた。
「アレク……。」
 呼びかける声は鮮やかで、張りがある。
 二十年前までは、現役でパトロール隊員であった、その修羅を潜り抜けてきた経験が、彼女をいっそうあでやかにさせている。
 彼女は、幾多もの戦いを潜り抜けてきていた。
 だからこそ、彼女は娘を前にして、静かな口調で語る。
 公式の場では見事に着飾る彼女も、今日はそうではなく、女王の素顔は、お世辞にも若いとは言えなかった。
 やつれた、と言ってもおかしくはない容貌は、それでも美しくあったし、彼女自身がパトロール隊員であったころ、諸国の王族や貴族、大統領などから貢ぎ物を多く受け取っていたというのも真実でると知れた。
 もっとも、その時の貢ぎ物のほとんどが、現在女王が身につけている「公式の場用のドレスと宝石」であったりするのだが。
「この星を出た瞬間から、あなたは、この王家の代表としての任を、その背に負うことになります。」
 女王は、静かに娘を見つめる。
 アレクシエルは、若きころの女王に良く似た美貌を引き締めて、頷く。
「ええ、わかっています、母上。
 私は必ず、パトロール隊員となり、この星を潤す手伝いをすることを誓います。
 そして、十年後、再びこの地に戻り、王族として、第一王位継承者としての責務を果たすとお約束します。」
 年頃の子供と言うには、あまりにも凛としたその態度に、女王は重々しく頷いて見せた。
「あなたはアレクシエル。この星の王女。
 いついかなるときも、その誇りを失わぬよう。」
「はい、こころえています。」
 しっかりと頷くアレクシエルを、女王は手招く。
 そうして、近づいてきたアレクシエルに両手を伸ばし、彼女の身体を掻き抱いた。
 優しくその頬に口付けて、女王は唇を無理矢理歪めて微笑む。
「アレク。あなたに、太陽神ラーンの加護があるように。」




1 問答無用なバイト事情




 明るい自室の中、少女はディスプレイを睨み付けて、唸っていた。
 無駄に明るいと言われている照明の下、彼女の抜けるような白い肌はまばゆいばかりで、その整った輪郭を覆う金の髪は、豪奢なばかりの光を宿していた。
 まだ幼さを強く残す顔立ちではあったが、彼女の意思の強そうな瞳も、引き結ばれた唇も、しっかりと大人の表情をしていた。
 彼女の名前は、アレクシエル。
 この銀河系の隅の方に位置する辺境惑星出身の、一応、王女様、であった。
 身なりはそこそこの金持ちのお嬢様と同じくらいの豪華さで、耳で揺れる大きなイヤリングも、首から下がるネックレスも、地味ではあるが、高価すぎるもの、というわけでもなく、本当にほどほどの品物であった。
 全て、よそに行っても見劣りしないようにと、彼女の母が、昔取ったきねづかの品を横渡ししてくれたものである。
 それをいつもの癖でいじりながら、アレクシエルは紅も塗られていない唇を引き結ぶ。
 化粧をして着飾れば、男たちの視線を引き付けずにはいられなくなるような美貌であったが、彼女からしてみたら、素顔が十分奇麗だと言われているのに、化粧なんて、金のかかるような物に余計な金額を使う気はなかった。
 熱心にディスプレイを見つめている目は、ほとんど血走っており、彼女がせっぱ詰まっているのが分かった。
 その後ろ姿を見ながら、同室の少女――アレクシエルのシェアパートナーであるところの、アリアは、困ったように首を傾げた。
「アレク……講義が終わってからずっと、そうやって画面を見てるけど、そろそろ準備しないと……遅れるよ?」
 かくいう彼女は、準備も万全に済ませ、すでに片手にディパックを背負っている。
 一見派手めのアレクシエルとは異なる、おとなしめの印象が拭えない美少女であった。神秘的な漆黒の髪を、そのまままっすぐに背中に流し、大きな瞳を瞬かせる。
「アレク?」
 返事のない同室の少女に、再び彼女が話し掛けた瞬間、
「……っ! なんでっ。」
 がし、とアレクシエルが、机の端を握った。
 え? と驚きの声をあげるアリアに向かって、アレクシエルが小さく続ける。
「なんで……あそこ以外のバイトの許可、出してくれないんだ……っ。」
 苦い、苦い声であった。
 アリアはそう言われて、ゆっくりと首を傾げた後、アレクシエルが見ていた画面を見た。
 そこは、自分達二人が通う学校のホームページが描かれている。
 バイトについて、の項目が開かれており、そこに、厳重マークがついた文章が一文、付け加えられていた。
 いわく、
「えーっと……宇宙パトロール隊第一種免許状取得過程教習の、アレクシエルと、アリィシアは、今のバイト以外のバイトを行うことを、許可しない。……担当教諭、サイダス………………。」
 覗き込んだ瞬間、アリアは、ちらり、と同室のプライド高き王女様が何をしようとしていたのか、悟った。
 ふるふると震える少女は、続けて、キッと画面を睨むと、
「妾はっ! あのバイトが嫌だと、そう言っているのに……っ!!」
「アレク……あの、えーっと……。」
 何か言わなければ、と思ったらしいアリアに、
「アリアは平気なのかっ!? あの、セクハラマスターのいる職場でっ! 喫茶店なんかで働くのが、平気なのかっ!?」
 アレクシエルは、思いっきり嫌そうな顔で指を突きつける。
 突きつけられたアリアは、その指先を包み込みながら、
「セクハラは……困るけど、でも……実際、あそこは、勉強になると思うし……。」
「アリアはっ! カウンターで飲み物を作ったりしているからそう思うんだ! 妾は、妾は……このカシスディスの王女である、妾が……、飲んだくれた奴相手に…………っ!」
 それ以上は屈辱だといいたげに、くっ、とうつむいて唇をかみ締める。
 アリアはそれを、困った風に眺め――喉まで出掛かった台詞を飲み込んだ。
 カウンターにいると、マスターが、口では言えないようなセクハラをしてくるから、どっちもどっちだと思う。
 けど、
「しょうがないと思うよ? だって、ほら、マスターは――うちの学校の先生に、熱狂的な人気を持ってるし。」
「あんな人に、好かれたくて好かれたわけじゃないぞっ!?」
「うーん……アレクは、自分で思っているよりもずっと、魅力的……だからじゃないかなぁ?」
 苦笑を滲ませるようにして笑うアリアの顔も、アレクシアと同じくらいに奇麗である。
 どうしてもおとなしいという印象が拭えない彼女の笑顔を前に、アレクシエルはきつい眼差しを向けた。
「魅力的っ!? どういう魅力だというのだ、一体っ!
 入学式早々にナンパされ、そのまま有無を言わせずバイトを紹介され、強引に働かされている、これぞまさに強制労働ではないのかっ!?」
 ばんっ、と机を叩くアレクシエルに、慌ててアリアは机から落ちそうだったディスプレイに手を伸ばした。
 そして、未だ画面がついたままのディスプレイの電源を消した後、はぁ、とため息を零して。
「でも、御給料がいいのは本当だし、それに――許可されない以上、このまま働くしかないんじゃ……ないか…………なぁ………………。」
 アリアの語尾が濁ってしまったのは、アレクシエルのきつい睨みを受けたからであった。
 彼女の美貌が、壮絶なまでの美しさを醸し出し、アリアの腰を引かせた。
 彼女は、ディスプレイをアレクシエルに差し出しながら、
「でも、アレク――このバイトを止めて、バイト代でなかったら、学費……どうするの?」
「う……。」
 アレクシエルが詰まってしまったのも仕方ないことであった。
 彼女は、王女様である。
 辺境惑星の第一王女という立場であり、国王である母が引退すれば、女王とならなくてはいけない道がある。
 本来なら、そういう立場上、彼女は自国で王になるための教育を受けていなくては行けなかった。
 しかし、彼女は今、ここにいる。
 それも、自費で学費を支払わなくてはならないという、過酷な運命とともに。
 とどのつまり、彼女の祖国はそれほど貧乏だということなのだが――。
「学費……稼がないと、駄目なんでしょ?」
「う……。」
「ね? ほら、行こうよ、アレク?」
 ぽん、と肩に手を置かれて、アレクシエルは無言で視線をやった。
 しばらく葛藤するように瞳を細めたが、やがて――あきらめたようにため息を零した。
 かたん、と席を立つと、
「くそっ、いつかバイトを見つけてやる。」
「アレク……言葉、悪いよ?」
 忌々しげに呟いたアレクシエルに、アリアが苦笑を浮かべて注意を飛ばすと、遠い辺境の星の王女様は、ふくれたように頬を膨らませた。
「隼め……っ。」
 恨み言を呟くようにアレクシエルが名前を口にするのに、アリアは未だあきらめていないのかと言いたげな表情で小さくかぶりを振った。
「あんまり、このマンションで、マスターの名前を呼び捨てにしない方がいいよ? ここ、学校に通ってる人が多いからね?」
「……だから何だというのだ?」
 いぶかしげに眉をひそめるアレクシエルに、自覚がないんだね、とアリアは苦笑する。
「だって、この学校の大半の人が、マスターにあこがれているんだよ?」
「あの、セクハラのっ!?」
「――いくらセクハラでも、マスターは……隼さんは、銀河パトロールの伝説の隊員とされている実力の主なんだよ? 引退して十年になるというのに、彼女の残した所得額を越える人は、一人も現れないっていう……。」
「そんなもの、妾が越えてやるっ!」
 言い張るアレクシエルの台詞に、アリアは疲れたような笑みを貼り付けた。
 それから、細くきゃしゃな手の平を差し出すと、
「アレク。その心意気はいいけど――とりあえず、行こう? 港に、お迎えが来る時間だよ。」
 ――と、彼女を促した。
 
 
 
 
 
 
2 華麗なる喫茶店
 
 
 
 
 隼、という女性が居た。
 彼女は、銀河パトロール専門学校をたった一年で卒業し、半年で平隊員からトップの座に躍り出た。
 それからの彼女の武勲は、まるで小説家おとぎ話の世界のような物ばかりで、どこからどこまでが真実で、誇張された話なのか、まったく分からなかった。
 けれど、確実に真実と言えるのは、彼女が現役であったたった三年の間に稼いだ額は、天文数字的な金額だったということである。
 その額を見た瞬間、アレクシエルは、お金はあるところに集まるものだという真理を知った気がしたのだ。
 何せ、隼が稼いだ金額は、――それもたった三年でっ!――カシスディアの借金の十倍の額だったのである。
 その彼女が伝説になったのは、それだけが理由ではなかった。
 たった三年のパトロールを止めた理由というのが、「自分の艦で喫茶店をやりたくなったから」というものであったのだ。
 おい、と言う一言に尽きるとアレクシエルは思っているのだが、聞いている分には人事だった。変な人もいるのだと、そう思えた。
 にも関わらず、アレクシエルは今、思いっきり当事者であった。
 隼が開いている喫茶店のウェイトレスというのが、現在の彼女のバイトであったからである。
 
 
 
 
 
 
 広い宇宙を行き来するのは、とても大変である。ワープワープの繰り返しで、やっと目的地につくのだ。それも艦の性能によっては、高速移動で身体にかかる負担も並ではなく、危険で慎重に行わなければならないとされている。
 しかし、隼の操縦技術は、その「専門学校」で学んだ知識を遥かに凌駕する恐ろしい物であった。
 今日も今日とて、右果ての銀河端で夜間運営をしたその足で、中央本部にある銀河パトロール隊宇宙港まで、アレクシエルとアリアを迎えに来たのである。
 普通、端からここまで来るのに、性能のいい艦でも丸三日はかかると言われている。
 なのに何故、一日弱でここまで来れるのか――その謎に、艦長であり、喫茶店のマスターである隼は答えてくれない。
 いや、答えてくれようとはするのだが、彼女の「教え方」が、嫌なのである。
 そのしなやかで豊満な身体を、アレクシエルの身体に擦り付けながら、つややかな紅の塗られた唇に笑みを刻み、こう、囁くのだ。
「そんなに知りたければ、一夜、ここで過ごせばいいのよ?」
 そう、私のベッドで、と。
「隼は、絶対に同性愛者だと思う。」
 がし、と、モップを床に叩き付けて、アレクシエルがぼやく。
 今日も今日とて、ウェイトレス用に準備された制服を着るのは嫌だと言い切った彼女は、母から預かったドレスを身につけ、お掃除である。
 そんな彼女の唐突な台詞に、カウンターで準備を進めていたアリアが、のんびりと顔を上げた。
 彼女は、白いシャツに身体のラインが引き立つ黒のベストを着ている。カウンター配置なので、ひらひらのエプロンドレスのついたウェイトレス服は着なくてもいいのである。
「アレク……何、突然?」
「常々思っていたことなのだ。そうは思わないか、アリア?」
「え、えーっと……明確な返答は避けさせてください。」
 たら、と汗を流したアリアの、わざとらしいくらいの視線の避けかたに、アレクシエルは瞳を細める。
「やっぱりアリアもそう思ってるんじゃないか。」
 モップを乱暴に動かせながら、アレクシエルは程々に大きい店の中を見回す。
 現在、隼の運転によって、本日喫茶店を開く場所まで移動中である。
 移動が終了するまでに、掃除を終わらせ、客を招き入れる準備をしなくてはいけないのだが、どうにもこうにもやる気が起きなかった。
 動くたびに足に纏わり付くドレスの裾を掴んで、アレクシエルは仁王立ちになると、
「違うバイトがしたいものだな。」
 今日もぼやく。
 すでに日常となっているアレクシエルのその台詞に、アリアは苦笑を浮かべるしかなくって、グラスを磨く手を止め、一度明かりに照らして確認してみる。
「そう言わないでよ、アレク。アレクが来てくれて、すごく助かるって、メイも言ってるんだし。」
 もう一人のウェイトレスの名前を出され、アレクシエルは瞳を細める。
 メイというのは、隼が喫茶店を開いた時からいる、オープンスタッフこと古参のウェイトレスなのである。
 今年、アレクシエルとアリアが入るまで、ずっと隼とメイの二人で切り盛りしていたのだから、確かに助かることには違いないだろう。
 何せ、隼が経営しているというだけでも、客は嫌なほど来るのである。それも、宇宙海賊、軍人、諸国貴族――種類も人種も問わない。
「それに、ほら? こういう所にいると、いろんな国の文化とか、言語とかも分かるし。」
「そうだな。確かに、いろんな軍人の確執とか、海賊同士の情報網とかには詳しくなったな。」
 アリアが、焦るように告げるのを見て、アレクシエルは微妙に顔を歪めて答える。
 それから、疲れたような態度で、モップにもたれかかる。
「確かに、隼は凄いと思うけど。」
 でも、あの趣味だけは――と、アレクシエルが呟くのに、アリアはそれもそう思ったのか、苦笑を返した。
 その時である。
「あーっ! アレクっ! まだドレス着てるぅっ!」
 甲高い声が響いたのは。
 シックな雰囲気でまとめられた店内には、不似合いな明るい声である。
 カウンターの奥――この艦で生活している隼とメイの居住区につながる扉に、少女が仁王立ちしていた。
 明るめの髪を、高く左右に結び、前髪の上に、ちょこんとメイドキャップが乗せられている。
 幼い顔立ちをしてはいるが、年のころは十六、七と言ったくらいであろう。
 彼女は、メイド服に似たウェイトレスの制服に身を包んでいた。白いブラウスの上から身につけている紺のエプロンドレスは、胸を押し上げるような形になっており、メイの胸を大きく見せていた。ちょっとメイド服っぽい感じが、いっそう愛らしく見える。
 アレクシエルは、可愛らしい姿のメイを一瞥してから、ふん、と顔を背ける。
「そのようなもの、身につけられるか。
 一国の王女たるもの、常にドレスを身に纏うのだ。」
 胸を張るようにして告げるアレクシエルに、アリアがのんびりと小首を傾げる。
「でも――カシスディアの王族って、普段は普通の姿で暮らしてるんじゃなかったっけ?」
 そう、常に質素で堅実――そう、アレクシエルからも聞いた覚えが。
 アリアの台詞に、アレクシエルは眉を引き絞った。
 その後、
「とにかく、私はドレスが制服なのだ。」
 無理矢理言い切った。
 アリアは額に汗を滴らせながらも、特に何も口にせず、無言でグラス磨きを開始した。
 カウンターのみを照らす明るいライトに、グラスを透かし見て、満足そうに頷いてみる。
 その間に、メイが腰に手を当てて、唇を尖らせると、
「駄目駄目駄目駄目っ! HAYABUSAはねっっ。唯一無二の、ウェイトレスがいる宇宙喫茶なのよっ!?」
 ぐい、と顔をアレクシエルに近づける。
「も何も、宇宙喫茶自体がここしかないじゃないか。」
 嫌そうにアレクシエルが答えるのに、メイはそれが自慢だと言うように、大きく頷いた。
「あったりまえよ。
 銀河どこでも、ちょっとの時間で行ける、それが隼の力よ?
 艦で喫茶店をやれて、宇宙のどこでもお店が開ける、そんなことができるのは、隼の実力と、名声あってのことっ! 宇宙海賊にも、犯罪者にも狙われず、無事に航海できる船なんて、これくらいのものよっ!」
 まったくもってそうである。
 どのような艦であろうとも、ハッチに入った船ならば、招き入れる。
 普通の船とは異なり、作業艇などを収容するハッチが十数個あるこの喫茶船は、客をハッチから招き入れるのだ。
 自艦の作業艇ならとにかく、他の船の作業艇を、問答無用で招き入れるなど、はっきりいって正気の沙汰を疑うような物であった。
 何せ、相手が海賊であったり、ハッカーであったりすることもあるのである。
 そんなものを招き入れてしまったら、艦の一大事どころではすまなくなるのだ。
 それを、この「喫茶店」はやってのけているのである。
 店を開店すると同時に、ハッチをフルオープンにして、客を招き入れる。
 その中に、海賊がいようと、ハッカーがいようと、犯罪者がいようとお構いなしである。
「確かにそれは凄いと思うぞ。妾は、そういうことまでもを否定するほど心は狭くないからな。」
 言い切るアレクシエルに、メイは大きく頷いた。とても満足そうに笑ってから、彼女はそれなら、と続ける。
「こーんな素晴らしい船に乗ることを、いい機会だと思ってねっ!」
 笑顔で、満面の笑顔で、メイは言い切った。
「………………うーん、それはそうなんだけどね…………。」
 苦く笑うアリアが、ひょっこりと肩を竦め、わざとらしくアレクシエルから視線を反らし、いそいそと厨房の方へ足を勧めた。
 アリアの背中が、カウンターから奥へ消えたと同時、
「っざっけるなーっ!!!!!」
 アレクシエルの、本日一回目の叫びが聞こえた。
 楽しそうに笑うメイの笑い声を聞きながら、アリアは冷蔵庫を覗きながら、小さく小さく呟いた。
「だからね、アレク……そういう言葉づかいしてると、王女様っていうこと、誰も信じてくれなくなると――思うんだよね。」
 けれどその言葉は、アレクシエルに届くことはなく、今日も王女様は元気すぎるくらい元気にあそばされるのであった。
  
 
 
 
 
3 店は開いてこそ店と呼ぶ
 
 
 
 
 銀河系の第十五星雲で、喫茶店は店開きをした。
 艇を招き入れるためのハッチが全開になった瞬間、ここに喫茶店を開くことなど、今日の夕方まで誰も知らなかったはずなのに――事実、どこで喫茶店を開くかどうかなんてことは、店主である隼が、二人のウェイトレスを迎えに行く途中や、行った直後に決めているからである――、次から次へと、艇が入り込んできた。
 楽しそうにシルバートレイを手にしたメイが、奇麗に磨かれたグラスに冷えた水を注ぎ込みながら、
「いちだーいっ! にっだーいっ! はぁい、都合で五台ご来店でぇーっすっ!」
 鼻にかかった声をあげて、それはそれは楽しそうに背後を振り返った。
 そこでは、結局ウェイトレス服を身につけなかったアレクシエルが、憮然とした表情で立っている。右手にはツヤツヤとした水滴が溢れている水差しを持っていた。
「なんで一気にそんなに入ってくるんだ。」
 さして広いとも思えない店内の壁の半分以上を占めている窓からは、煌く星と、ここへ向けて飛んできている小型艇が見えた。
 お絞りの用意をしながら、アリアはカウンターに配置されているコンピューターを見て、来客がハッチからこちらへ向けて歩いてきているのを認める。
 基本的に、この船は、艇を治めるハッチが、個室状態になっていて、そこで重力を調整したり、宇宙服を脱いだりするようになっているのだ。ハッチから出ると、自然とその個室に鍵がかかるようになっている。その鍵は、会計時に渡されるパスワードで開けるようになると言うしくみである。パスワードは毎回変わるので、アリアはそれをきっちりと分けるために、コンピューターでしっかりと把握しておく必要があった。
「えーっと、ハッチの一番から五番までが埋まりました。全部で十名様です。」
「十名っ! 毎日毎日、良く飽きない。」
「だって、毎回違う人がくるんだもーんっ! ま、時たま、何がなんでも見つけようとする常連さんもいるけど、それでも、一週間に一回来れたら良い方だもんねーっ!」
 明るく笑うメイが、さぁってと、と、エプロンの紐を結び直す。
 アリアが、コンピューターに命じて音楽を入れた。
 うるさくもなく、穏やかでもない音楽がかかってくると、さすがのアレクシエルも、まじめな表情になって入り口近くに立った。
 それと同時、宇宙を映し出していた窓が、一転して人工的な画面に切り替わる。
 本日の窓の画面が映し出すのは、どこかの星の鮮やかなばかりの緑であった。
 普通の客なら、それを見て穏やかな気持ちになるものであろうが、いつもこの店に来る人物のことを考えると、必要ないような気がした。
 アレクシエルはそれをつまらなそうに一瞥した後、かつかつかつ、と近づいてきた足音に、ため息を押し殺す。
 たとえどれほど嫌な仕事であろうとも、嫌な職場であろうとも。
 妾は、カシスディアの王女。
 嫌だからと、適当な仕事をすることは許されない。
 許されてはいけないのだ。
「ほーら、アレク。笑顔笑顔っ!」
 メイが、頬をつねるのに、睨みをきかせた後、
「ほら、これでいいのであろう?」
 にっこりと、可憐極まりなく微笑んだ。
 さすがは、王女様、作り笑顔は得意なのであった。
 メイは、それに満足そうに笑うと、
「うんうん、それでこそ、隼がほれただけあるねっ!」
 今のアレクシエルが、何よりも嫌がるであろう誉め言葉を口にしたのであった。
 
 
 
「いらっしゃいませーっ!!」
「はーい、五名様ごあんなーいっ!」
「アリアっ! マルガリータ追加っ!」
「こっちはチーズ盛り合わせねっ!」
「はい、追加伝票、これっ!」
「三番の明太子クリームスパゲティあがったよーっ!」
 飛び交う会話を聞いている分には、喫茶店というよりも、バーのようであった。
 動きにくいドレスを翻し、アレクシエルが往復する隣で、飛び跳ねるようにメイが走って行く。
 彼女の足取りは軽く、時々滑るようにテーブルの間を駆け抜けた。
 客がやじを飛ばすのに、メイが明るく受け答えしては、爆笑を呼んでいた。
 それと同時に、ちゃんとオーダーも通してるし、間違えてもいなかった。 
 反対に、アレクシエルは作り笑顔をこわばらせながら、いつもの記憶力の良さも発揮できずに、ただひたすら伝票に従ったオーダーとテーブル番号で、走り回っている。だから、疲れるんだよ、とはメイの台詞である。
「あー、疲れた。」
 ドレスを翻しながら、アレクシエルがカウンターまでやってくる。
 どん、と乱暴に置いたシルバートレイに、注文の品を置いてやりながら、アリアも疲れたような笑みを貼り付ける。
 彼女とて、カウンターを――作り物を全て一人でやっているのだ。洗い物は機械がしてくれるとは言え、負担が楽なわけではない。
「やっぱり、ドレスは止めて、エプロンに代えたら? そうしたら、ドレスの裾まで気をつかわなくてもいいでしょ?」
「いいんだっ! 妾は、これがいつもの格好なんだからっ!」
 むっ、と言い返すアレクシエルに、アリアは苦笑を滲ませる。
 同室で、休みも同じアリアに、そんな分かりきった嘘をついても仕方ないと思うのだが――アレクシエルとしては、そう言い切りたいのであろう。
 そんなに、あの制服が嫌かなぁ、と、アリアはメイが着ている服を見やった。
 どちらかというと、とても可愛い方である。確かにちょっと古臭いデザインではあったけど、メイにもアレクシエルにも似合うはずだ。――ちょっとおとなしめな印象が拭えないアリアには、不向きかもしれないけれども。
 あの隼が選ぶだけあって、バストラインやウェストラインに気を遣った、素晴らしいラインの服である。
「アレクがそう言うなら、いいんだけど。」
「…………ところで、今日は隼は中にいないのか?」
 ひょっこりと肩を竦めるアリアに、ひっそりと、声を忍ばせてアレクシエルが尋ねる。
 先ほどから客のほとんどが、マスターは? とたずねてくるのである。その全てに、まだ操縦席だと思います、と返してはいるものの――すでに停滞状態に入った船の操縦席に、いつまでも彼女がいるわけもないのである。
 いつものパターンからすると、いつのまにか厨房に居て、アリアの作っていた物を味見しながら、アリアにセクハラする。
 そして、それに飽きると、今度はアレクシエルにちょっかいを出しに来るのだ。
 目下の所、アレクシエルの天敵は、ウェイトレスの尻を触ることに生きがいを感じている客と、無駄に色気を振りまくマスターのセクハラである。
 アリアは、それに軽く目を見張った後、細い指先をアレクシエルの背後に示した。
 嫌な予感を覚えたアレクシエルの首筋に、つぅ、と…………。
「ひっ!」
「あいかわらず――首筋が弱いのね?」
 くすくすと、赤く塗られた唇が、耳元で甘い声を囁く。
 大抵の物が腰砕けになるようなその声も、アレクシエルにとっては悪寒を伴う以外の何物でもなかった。
「ななななななっ!!!」
 慌てて、指先で撫でられた首筋を抑えたアレクシエルが、その声の正体を叫ぼうとするよりも先に、
「隼さんっ!!!」
 店内の、客という客が、総立ちになって叫んだ。
 それまでは忙しそうに走り回っていたメイを相手にしていた客の全てが、アレクシエルの背後に立つ女性へと向けられる。
 腰まで届く漆黒の髪、神秘的な紫の瞳。
 鮮やかな小麦の肌を惜しむことなく露出した見事な肢体は、女ならば羨望の眼差しで、男ならば夢中にならずにはいられない、それ。
 女は、くすくすと、つややかな唇を綻ばせて笑むと、その無駄なくらいの色香を全身から放出して、
「あら? 今日も、盛況ね。」
 婉然と、微笑んだ。
 そうしながらも、片手はしっかりとアレクシエルの腰に回し、手の平が彼女の形良い尻を撫でていた。
 それがしっかり見える位置にいたアリアは、無言で胸の前で両手を組んだ。
「もう既に、アレクの後ろに回ってたん……だよね…………じつわ。」
 遅いに違いないのだろうけど。
 ふるふると震えるアレクシエルに、アリアは無言で同情の視線を向けた。
「は……は…………隼…………っ!!!」
 低く唸るアレクシエルに、隼は、満足そうに笑った。
「可愛い声を出さないで? 私のアレク?」
「だっ、れが……貴様の…………っ!!」
 途切れた声は、アレクシエルの怒りのためであったのだが、隼はそれを、楽しそうに笑う。
 そして、彼女の紅潮した頬を指先で撫でると、
「ほんとうに、可愛い……うふふ。」
「あーっ!!!!!! だから嫌なんだーっ!!!!」
 叫んだアレクシエルに、アリアは、小さく小さく答えた。
「今始まったことじゃないよ――アレク。」
 
 
 
 
4 今日も事件は 起きる
 
 
 
 
 その日は、いつもと少し違った。
 隼が現れると、客が浮き立つのはいつものことで。
 隼が座っている席の隣を、アレクシエルが駆け抜けるたびに、滑らかな手つきがアレクシエルのドレスの腰に走り、
「はっやっぶっさーっ!!!」」
 そたのびにアレクシエルが怒鳴るのも、いつものことであった。
 メイが、笑いながら、
「どんまいどんまい!」
 と、看板娘の笑顔を振りまくと、
「そう思うなら、止めろっ!!」
 悲鳴にも近い声でアレクシエルが叫ぶのも、いつものことだった。
 けど、いつもと違ったのは。
 カウンターでカクテルを作っていたアリアが、新たな客の来訪を告げた時に始まった。
「八番ハッチに、二名様ご来店です。」
 からんからん、と、ドアに取り付けられた鐘がなる。こういうのがあった方が、ムードが出るとの理由で、隼が取り付けた物である。
 その音に、メイとアレクシエル、アリア――そして、隼が目線を向けた。
「いらっしゃいまっせーっ!」
 比較的明るい声を出すのは、メイであった。
「いっらしゃいませ。」
 落ち着いた声で告げるのは、アリアである。
 そうして、
「いらっしゃ……って、隼ーっ! 人の尻を触るなと、なんど言ったらわかるんだーっ!!!」
 アレクシエルは、客を迎えに行こうとした途中で、つい隼の隣を通ってしまい、楽しそうに酒を掲げる隼に怒鳴った。
 それを楽しそうに見つめながら、
「お客さんを迎えに行かなくてもいいの?」
 隼が、そそのかすように笑う。
 どっ、と、隼を囲む客達が笑うのに、アレクシエルは力強く睨むと、そのまま乱暴な足取りで入り口に向かった。
 メイが、駄目駄目だね、と肩を竦める。
 アリアも苦笑が隠せない様子で、新たな客を見た。
 いつもなら、隼を見つけて、大喜びするのが常であった。何せ、この喫茶店の何より物宣伝効果は、「伝説の航海士隼が乗っている」ということであったから。
 けれど、この客はそうではなかった。
 二人とも、この店では珍しいくらいの、びしっとしたスーツを着込んでいた。
 それどころか、慣れない様子で、辺りをキョロキョロ見ている。
 作り笑顔で近づいたアレクシエルが、
「いらっしゃいませ。お席までご案内いたします。」
 と告げた瞬間、焦ったようにウェイトレスを見た。
 真っ正面から二人の客を見て、おや、とアレクシエルは思った。
 年のころは、三十代後半くらい。スーツを着て、びしりとしているのに、どうしてか血なまぐさい雰囲気が拭えなかった。
 しかし、血なまぐさい奴なら、現在も店内に溢れかえっている。
 別に気にしなくても、どうせいざとなったら隼が何とかしてくれるだろうと、軽く考える――事実そうなってしまうのには、少し抵抗を感じるが、隼は、名前が売れているだけあって、確かに「揉め事」には強い――。
 どうぞ、とアレクシエルが先を示すのに、客の片割れの男――アレクシエルの顔を正面に見て動揺を見せた男が、もう一人に何事か囁く。
「……カシスディアの王女…………。」
「…………………………っ?」
 聞き漏れた声に、アレクシエルは肩を震わせる。
 カシスディアは、借金持ちの貧乏国であるから、銀河系でも目をつけられることが絶対ない王族ナンバー5に入っているくらいである。
 だから、アレクシエルの顔を知っている物など、滅多にいないはずであるのだが――何故、このような血なまぐさいスーツ男が知っているのかと、頭をフルに回転させて考える。
 考えただけでは答えは出てこないのだが、幸いにしてこの喫茶店で積んだ知識というものがあった。
 男達の身なりとしゃべりで、ある程度の情報は引き出せるのである。
 二人を席に案内するまでに分かったことは、二人はサラリーマンを装った裏の世界の人間で、裏に入って、そう時が立っていないか、経験が浅いということ。
 端々に見える言葉の訛りから考えるに、銀河系でも南の方の出身で、中流出であり、上流階級の人間と何度か仕事をしたことがあるということ。
 そして何よりも。
 ……怪しいくらいに昔風なかばんの中には、カメラとテープが仕込まれているということ。
「うーん、わざとか。こいつら?」
 思わずそんなことをほざいてしまう王女様は、言葉を奇麗に笑顔で隠して、メニューを差出す。
 トレイに乗せられた水を差し出し、
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい。」
 との、逃げ言葉を口にし、そそくさとカウンターに向かう。
 とりあえずアリアに話を聞いてもらおうとしたら、すでにそこには隼が陣取っており、更にメイまでもが戻ってきていた。
 どうやら、あの客が怪しいと気付いたようである。
 アリアは、無言で監視カメラの録画を開始していたりする。
「ねね、アレク。あの人達、何が狙いだと思う?」
 面白そうに尋ねるメイを、呆れたようにアレクシエルが見下ろす。
「隼が狙いじゃないことは確かだな。
 ここに来てから一度も、隼を見てはいない。」
 ほら、と、チラリと視線をやると、その先で男二人は、メニューを見る振りをしながら、チラチラと喫茶店内部を眺めていた。
 そして、こそこそと顔を突き合わせては、ごそごそと話している。
「強盗でも働く気かな?」
 メイがあっけらかんと言うのに、それはないと思うよ、と、アリアが答える。
「だって、見てわかるけど、この店の中って、いかにも経験積んでますて感じの人ばっかりだし。
 強盗する場所の下見をしてないはずもないし――そうしたら、隼の店だって分かるじゃない? そういうところに、わざわざ飛び込むはずもないと思うし。」
 ね? と首を傾げるアリアに、
「…………可愛い…………。」
 ぽつり、と隼が呟いた。
 瞬間、背筋に凍れるものを感じたアリアは、あわてて愛想笑いを浮かべると、
「それじゃ、私は、伝票を消化していくからっ!」
 すちゃ、と片手を挙げる。
「私も手伝いましょうか?」
 うふふ、と隼が笑う。その口元がつややかで色香溢れているのに、恐怖すら感じた。
「い、いえ、いいです。マスターは……あの、店を、よろしくお願い…………します。」
 アリアが背中を向けて厨房に消えて行くのを、メイが、一人呑気に見守っていた。
 隼が、愛しげに瞳を細めるのに、怖い怖いとぼやきつつ、アレクシエルは自らの両手を撫でさすった。
 それから、さて、とシルバートレイをカウンターに立てかけ、八番テーブルの客を見た。
 ふたりの男は何やら話し合いながら、いろいろと書き留めていた。
 この喫茶店で、仕事をするなんて、正気の沙汰ではないのだ。
「ああん、つまらない。」
「あまりアリアをいじめるなよ、隼。」
 無駄だとは思いつつも、注意してみたアレクシエルに、隼は意味ありげに視線をあげる。
「どっちに妬いてるの?」
 ぬれた声音に、王女様は眉を大きく揺らすと、
「部屋に帰ってから、アリアが落ち込むから迷惑だと、そう言ってるんだっ!!」
 わざとらしく耳元で叫んでやった。
 隼は、その反応こそ面白いのだと言いたげに、くすくすと笑っていたが、不意に真顔になると、
「まぁ、でも――新参者には、それ相応の対応がいるわよねぇ?」
 いたずらげな視線をメイに向けた。
 隼の古くからの相棒でもある少女は、その意味ありげな視線の意味に気付き、愛らしい顔いっぱいに微笑みを浮かべると、
「そうだよね、マスター♪」
 それはそれは楽しそうに笑ってくれたのであった。
 
 
 
 
5 女の武器は女にしか扱えない
 
 
 

「ご注文は、お決まりですか?」
 明るく華やかな銀河喫茶という、売り文句には不似合いな、甘い声が聞こえたと同時、す、とテーブルの端に、手の平が置かれた。
 小麦色に焼けた手の平は、形良く伸びた指といい、折れそうな手首といい、女性特有の柔らかなラインが美しい、見事な手の平であった。
 形良い爪に塗られたマニキュアも、上品でありながら、目を引くあでやかさであった。
 はっ、と見上げた男二人は、自分の視線の真ん前に、豊かなラインを描く谷間があるのに気付いた。
「…………っ!!?」
 驚いて顔を下げた男の前に、かがみ込むように二人を覗き込む女性の顔が映った。
 整った輪郭をつややかな漆黒の髪が覆っている。
 細い柳眉、挑戦的な色合いを宿す紫水晶の瞳――そうして、見事なラインを描く鼻梁の下には、濡れた赤い唇。
 微笑みをたたえたその美貌は、女性特有の色香に溢れていた。
 間近で見た二人が、思わず生唾を飲む程度には、魅力的であった。
 彼女はそれを良くわかった動作で、わざとらしく肩を突き出すように、二人に問い掛ける。
「ご注文がお決まりでしたら、どうぞ?」
 その仕種によって、第三ボタンまで外された胸の谷間が、強調される。
 もう少し上から覗いたら、もしかしたら、見えてしまうのでは、ということを熟知しているような仕種であった。
 上目遣いに二人を見つめる瞳は、こびているわけではなかった。しかし、身体の奥に訴えかける力があった。
 視線を少し落とせば、第四ボタンから第五ボタンにかけて、はちきれそうなバストが強調されて吊り下ろされている。紺のエプロンドレスが、きゅう、と腰を引き締め、短めのスカートから覗く脚は、網タイツである。良く見ると、ガーターベルトの先が少し見えているのが分かっただろう。
「コスプレ喫茶か、ここは。」
 思わず遠目にそれを見ていたアレクシエルが、そうぼやいたのも仕方がないだろう。
 それを聞きとがめたメイが、
「あれれ? アレク、コスプレ喫茶なんて名前、知ってるんだぁ?」
 感心したように呟く。
 アレクシエルは、それに重々しく頷くと、
「さっき、そこの客がそう口にしていた。」
 あっさりと答えを出した。
 そうしてしまう程度には、アレクシエルも呆れているらしい。
 他の客はというと、この先にどんなことが待っているのかと、ドキドキワクワクして見守っている。
 この分だと、客のほとんどが帰ることを延長するのであろう。
 そうすると、帰るのがほとんど一緒になるから、片づけが面倒なんだよな、とぼやきつつ、アレクシエルも気になるので隼の方へと視線を向けた。
 隼は、無駄な色香を、ここぞとばかりに放っている。見ているこっちが毒に当てられそうであった。
 性格と性癖に難はあるが、隼は確かに美人である。あからさまに怪しかったが、実際接客されている男達にとっては、悪くない気分らしい。
 でれでれと言う言葉が当てはまる表情で、隼を見上げている。
「さてはて、どうなることですか。」
 面白そうにしているメイに、客の何人かが、
「隼が勝つに1000で。」
 賭けの相談を持ち掛ける。
 けれどそれは、
「んなの、当たり前だろ。それなら、相手の男がどういう目的かってことで賭けろよ。」
 別の客のその一言に、もっともだという意見があがった。
 かくして、一気にメイを中心として、賭け場が発生してしまう。
 メイもメイで、楽しそうにそれを仕切るのだから、やってられない。
「ったく、しょうもない。」
 メニューどころではなくなったアレクシエルは、さっさとカウンターまで避難してきて、軽くかぶりを振った。
 視線の先で、正体不明の怪しい二人組は、過剰なくらいの色気を振りまく隼に翻弄されている。
 さりげに男の椅子の隣りに腰掛け、メニューを開いて、これとか、これとか――と、おすすめ料理を紹介する隼に、でれん、と男達の鼻の下が伸びた。
「さすがマスター……。」
 感心しているのか、苦い思いを抱いているのか、アリアがそんなことを呟く。
 アレクシエルはそれを鼻で笑うと、
「色ぼけ度は満点だということが分かっただけじゃないか。」
 つん、と顎を逸らした。
「色ぼけ……。」
 呆れたようにアリアが苦笑を滲ませ、続けて顔をあげ、あ、と小さく声をあげた。
 アレクシエルもつられるように視線を向ける。
 その先には八番テーブルがあり、そこではあいも変わらずの、隼が優越な立場での掛け合いが続けられていた。
 けれど、男達はそんなこと気付きもしない様子で、色っぽい美女を隣りに侍らせ、だらしなく顔をとろけさせている。
 アリアとアレクシエルが見たのは、その光景ではない。
 隼の整った手の平が、男の肩を撫でるように滑り――その手が、す、とかばんの中に突っ込まれたのを目撃したからである。
「気付かれてない……。」
 アリアが、ごくん、と生唾を飲み込む。
 思わず手の平に力が入ったのは、隼が何をしようとしているのか良く分かっているからである。
 回りの客たちも固唾を飲んで見守る。
 その一同の注視に気付かず、男達はしなだれかかる隼に、鼻の下を伸ばし続ける。
 彼女がはだけた胸元を強調するように肩を揺らすと、視線はそこへ集中する。
 彼女が、おすすめの品はと、そう口にしながら髪を掻き上げると、そこから見えた細いうなじに気を取られる。
 隼の巧みな話術と仕種で、彼らの意識は隼に集中しており、他には気付きもしない。
 そのあまりの見事さに、隼が凄いというよりも――、
「単にあの男達、ただの素人なんじゃないのか?」
 アレクシエルの言うとおり、もっともな疑問を抱いてしまうくらいであった。
「うーん、どうだろう……でも確かに入ってきた瞬間、何かしらプロって感じがしたから――、私やアレクのような勉強中の身分では、到底無理だと思うけど。」
「そんなことは良く分かっている。」
 憮然としてアレクシエルは答え、隼の手がかばんを探っているのを、注視しないように気をつけながら視線を当てる。
 隼自身は、一度たりとも視線を当ててはいない。にも関わらず、しなやかな指先は見事なほど音も立てず、かばんの蓋を開け、中を探る。
 ふ、とその唇が、音にならない笑みを零した。
 極上とも言える笑みを前にして、客の男達がボゥ、と見蕩れた。
 隼は、両手で彼らの頬を撫でると、うっとりとした声で、
「あなたたち、誰に雇われたの?」
 まるで世間話をしているかのように、続けた。
 一瞬ほうけた表情になった彼らに、魅惑的な赤い唇で囁く。
「探偵さんでしょう?」
 彼女の手によってつまみ出されたのは、身分証明書となるIDカードであった。
 隼の、その手際の良さに、一同から悲鳴とも怒号ともつかない叫びが零れた。
「探偵だとっ!?」
「かぁっ! 俺はてっきり、メイに横恋慕してる奴かと……っ!」
「いやん! メイちゃんはマスター一筋だぞぉんっ!」
 賭けに負けた男達の叫びに、メイが悪乗りして腰をひねる。
 いつもの、喫茶店というよりは、飲み屋と言った雰囲気の中を見つめて、アレクシエルはカウンターに肘を突き、顎を乗せた。
 そんな仕種に、アリアは洗ったグラスを磨きつつ、王女らしくないよ、と一言注意する。
 乳母みたいな事を言うなと、顔をしかめたアレクシエルは、そのままの格好でアリアを見上げるように一瞥する。
「ところで、探偵がここへ何の用で来たというのだ?」
 まったくもって当たり前の質問に、アリアはキョトンと目を見張り、ゆっくりと首を傾げた。
 そうして、カウンターから身を乗り出して、テーブルで冷や汗を流している男達を見る。
「……………………あ。」
 目を細めて、じっくりと彼らを見つめたアリアが、小さな驚きと共に声をあげた。
「グルメ雑誌の取材記者が、雇った探偵。」
 小さく指を差したアリアに、アレクシエルが驚いたような視線を向けて、それから軽く顔を持ち上げる。
「そうか、その可能性があるのか……っ。」
「じゃなくって、あの人達ね――そういうの専門にしてる、探偵さんだよ…………。」
 アリアの、控えめな台詞は、思ったよりも店内に響いた。
 隼がのんびりとIDカードをかざして、唇に微笑みを刻んだ。
「あら、ほぉんと。
 取材できない危険な場所への取材、探索承ります――探偵事務所、ね。」
 楽しそうな台詞に、メイが掛け金の入った箱を揺らした。
 そうして、箱を高々と掲げた後、
「ざんねんでしたーっ! みなさん、はっずれーっ!」
 今日の売り上げにされるであろう、皆さんからの掛け金を、楽しそうにカウンターに持ってきたのであった。
 
 
 
 
 
エピローグ 〜銀河喫茶は明るく華やかに
 
 
 
 
 閉店後の片付けに追われているアレクシエルがフロアを掃除しているのを背後に、隼はのんびりとカウンターでブランデーを傾けていた。
 それに付き合いながら、メイが本日の賭けの結果である箱の中身をひっくり返す。
 ばさばさばさっ!
 盛大な音を立てて、札がカウンターに零れ、床にも落ちる。
 ヒラヒラと舞ってきた一枚を摘み取り、アレクシエルはそれを机の上に乱暴に置く。
「掃除の邪魔をするな、メイ。」
 むす、と言い切るアレクシエルに、お札の数を数えていたメイは、ドレスの裾を纏めて縛った姿の王女様を見やり、軽く唇を尖らせる。
「そのドレスほど邪魔はしてないと思うよぉ?」
「うるさい。」
 ぷい、と横を向いて、さっさとモップ掛けに戻るアレクシエルに、イーッと舌を出して、メイは再び箱の中身を数えはじめる。
 隣りで隼が、例の探偵から奪ったカメラとビデオを分解していた。
 酒の数を確認していたアリアが、そんな彼女を見やると、不安そうに尋ねる。
「でも、マスター? 探偵さんから、そんなものを没収してしまっても良かったのですか?」
 本当のところは、没収ではなく、色仕掛けで奪ったのであるが。
「あら? 私はちゃんと説明したでしょう?
 きちんと許可を取ってくれたら、取材には応じると。
 それ以外の手段で、不当な取材をした場合は、それ相応の報いは受けてくれないと困るとね。」
 確かに、要約するとそんな事も言っていたような気もするが、実際の所は、隼がひたすらボディランゲージで相手を口説いていたようにしか見えなかった。
 話術は巧みであったし、女性としての武器を無駄なく発揮したとも言えるのだが、相手は犯罪者でもなく、ただの下手な探偵だったから、こうして罪悪感すら感じてしまうのである。
「それは自業自得だろう? 一応プロの名を持ってくるくせに、この店がどういう店なのか調べていたくせに、あっけなく隼の罠に引っかかってるんだから。」
 だからそれは、隼の技術が凄いということでもあるのだが、確かに、探偵が情けないのは本当なので、アリアは苦笑だけで、アレクシエルの的確な評価に答えた。
 隼はカメラを探りながら、かつん、と小指先ほどの大きさの機械をカウンターに置いた。
 メイが、それを摘まんで、自分の目の高さに持ち上げる。
「盗聴機だね、これ。」
「一体何を取材しようとしていたのかしらね?」
 くすくすと、楽しそうに隼が笑う。
「何って……。」
 何を今更なことを言うのかと、アレクシエルがモップを動かせる手を止めて隼を見つめる。
 メイが手渡す盗聴機を奪い取り、隼はわざとらしくその機械に唇を近づけ、ちゅ、と音を立てた後、指先でそれを砕く。
 ぱらぱらと床の上に破片を零す。
「隼っ!!」
 避難するアレクシエルの声をながしながら、隼はアリアに視線を移す。
「アリア、あなた、彼らが取材専門の探偵だって、どうして知っていたの?」
 脚を組み替えながら、流し目を送る。
 アリアはそれを聞いて、一瞬目線を泳がせた後、アレクシエルを気にするように視線を当てた。
 けれど、アレクシエルは何のことかまるで分かっていないようであった。
 多分そうだろうと思ったけど、とアリアは隼の問いに答える。
「専門学校に、取材に来ていて――私、取材を受けたことがあるんです。
 奨学生の取材とか言うので。」
「そんなものがあったのか?」
 同じく奨学生である所のアレクシエルが眉を大きく顰めると、アリアは、ため息を零して同室の少女を見あげた。
「あったんですっ! アレクのお母さん――現カシスディア女王の娘が来ていると聞いて、わざわざ取材に来てたのに、アレクったら、それを無視してさっさと帰っちゃったじゃないっ!」
「あーあーあーあーあーあー。
 母上のファンとかいう親父の相手をしながらの取材とか言うやつだなっ!」
 思い出したらしいアレクシエルは、でも、と言葉を続ける。
「しょうがないじゃないか。面白くなさそうだったんだから。」
「……………………………………………………。」
 沈黙で答えるアリアの疲れ具合に、同情の眼差しを寄せつつ、
「ってことはぁ、アリアちゃん、あの人達が探偵だって、前に聞いて知ってたってわけだぁ。」
 メイが、ごく簡単な謎を解き明かして見せた。
 アリアはそれに頷く。だから彼らはアレクシエルが王女であることも知っていたのだろうが。
「ま、何にしても、彼らがツメの甘すぎる探偵だということには変わり無いわね。」
 隼が、簡単に本日の結果を纏めてくれた。
「確かに、それはそうだよねぇ♪」
 メイも楽しそうにそれに同意すると、目の前にあったグラスを傾けると、よし、と立ち上がる。
 そうして、アレクシエルを見るなり、
「アレクちゃん、今回の責任取って、明日からウェイトレスの制服、着てねっ!」
 びしり、と指を突き刺した。
 アレクシエルは、それに大きく眉を曇らせると、ばふっ、とモップで床を叩いた。
「どういう意味だ、それはっ!!!」
「どういうって、考えたら分かるじゃないの?」
 ブランデーを掲げて、にっこりと笑う隼に、アレクシエルは瞳を細めて睨み付け、先ほどのアリアの台詞を反芻してみた。
 母上の娘が来ているという理由で、学校に取材に来ていた男達。
 そうして、今日、この喫茶店へ来て、アレクシエルを見て、「王女」と呟いた男達――。
「…………それってやっぱり、彼らの取材目的って、喫茶隼じゃなくって、アレクだったって……こと、かなぁ?」
 力無く笑うアリアの微苦笑を見つめ、アレクシエルは唇を震わせたかと思うや否や、
「妾に言うなっ! そういう事はーっ!!!!」
 大きく叫んだ。
 メイは、もう、と言いたげに肩を揺らして、唇を尖らせる。
「どうしてそんなに、嫌がるのかなぁ、アレクちゃんはっ!」
 可愛いと思うけど、この制服。
 そう続けて、メイがスカートの裾を摘まみ、くるん、と回る。
 翻るスカートの裾が、白いペチコートを見せて閃く。
 その様は、確かに可愛いと言ったら可愛いのであったが。
「嫌な物は、嫌だ。」
 アレクシエルは、聞く耳持たないと言いたげに、つん、と顎を反らす。
 もう、とメイが顔を顰めるのに、酒を嗜んでいた隼が、くすくすと――耳朶を甘く打つような声で笑った。
 そうして、つい、と椅子から立ち上がると、一瞬でアレクシエルへと間合いを詰めると、
「アレク? 私は、小ぶりな物も、大好きよ?」
 背後から抱き着くようにして、アレクシエルのドレスのレースに包まれた胸元を、両手で掴んだ。
「………………………………っ!!!!!!!」
 声にならない悲鳴をほとばしらせたアレクシエルが、慌てて隼の腕から抜け出し、自分の両胸を腕で隠す。
 がったーん、と大きな音を立てて、モップが倒れる。
「…………ああ、気にしてたんだ、アレク。」
 メイが、エプロンで押し上げられるようにされた自分の胸を掴む。
 確かにこのウェイトレスの制服は、胸がある程度ないと、見劣りする物であった。
 アリアも、なんとはなしに自分の程よく豊かな胸元を見やった。バーテンダーのベスト姿も、隼が選んだだけあって、胸元から細いウェストラインに続く線が、程よく強調されている。
 そうして、一同の視線は、華やかな美貌を持つ、華奢な少女へとやられた。
 彼女は頬を紅潮させて、ぎっ、と隼を睨むと、
「はっ、発展途上なのは、仕方ないんだっ!!!」
 どこか上ずった声でそう叫ぶのに、隼は、可愛くてたまらないと言いたげに唇を歪めると、
「なら――大きくなるように、私が今夜、付きっ切りで――揉んであげるわ?」
 色艶溢れる微笑みを、浮かべて見せた。
 アレクシエルは、顔を赤から青に染め上げて、更に怒りに真っ赤に染めると、
「やっ、止めてやるーっ!!!!!」
 勤めはじめてから、数え切れないくらいになる日課の台詞を、今日も叫ぶのであった。
「…………無理だと思うけど………………。」
 同室の少女の、諦めにも似た台詞を、遠くに聞きながら。
 




銀河喫茶トップへ