カレッカで花を咲かせよう





「うーん、見事なくらい 焼け野原だ。」
「クロミミのアニキ〜! 言われたとおり、掃除しました!」
「むっ。」
「…………つぅかさ、なぁ……? 俺の衣装、コレって、……マジ?」
「シーナ。ちゃんと着替えないとダメですよ。せっかく、晴れの主役をできるんですから──ねぇ、あなた?」
「う、うむ。しかも、今回はわざわざ台本まで用意してあるのだ。ここは頑張って勤めないと、スイ様の顔に泥を塗ることになる。」
「いや、別にあんなヤツの顔に泥塗っても良いくらいっつぅか、誰か一回塗ってやれってとこだけど──誰だよ、その配役決めたのはっ!」
「だって……普段から、恋の奴隷だとか、あなたの犬と呼んでくださいだとか、ジーンとか、セイラとか、クレオとか、ソニアとかに囁いているおっとこまえには、一番、似合っていると思ったんだもん。」
「────出たな……っ、解放軍最強にして最凶の悪魔! スイ=マクドール!!」
「そんなにほめても何も出ないよ? シーナ?」
「誰もほめてねぇよっ!」
「シーナっ! スイ様になんて口を利くんだっ!」
「てっ! いってぇっ! オヤジ! あんたもなっ、実の息子が、こんな役をさせられるっつぅのに、怒りは湧いてこないのかよっ!」
「いやー、不肖の息子に、この物語の主役の、謙虚な気持ちをわかってもらおうと思っての配役だったんだけどねぇ……。」
「って、お前が当然のように答えんなよな、スイ!」
「まぁ、シーナったら──与えられた役は、きちんとこなさなくてはダメよ……? ね?」
「…………────そういうお袋は、んな格好してるけど、何の役だよ?」
「私は──…………あら、シーナ、もう始まるみたいよ? ほら、あそこで柿が用意されているわ。」
「…………は? 柿?」
「僕としては、箱が流されるというパターンも、どうしても捨てがたいと思ったのだけど、やっぱり川を流れるのは果物じゃないとやる気が起きないという、ゴンの意見を採用してみました。」
「いや、つぅかちょっと待て、スイ。あの、人が入れるくらいの大きなハリボテは何だ!?」
「説明的な台詞をどーもありがとー。さ、シーナ……入って来い。」
「スイ様。しかし、川が──果物を流すには、少々流れが急ですし、広大すぎると思うのですが……。」
「ああ、キーロフの湖で、十分代用できると思うよ。──────…………渦まいてるけど。」
「だーっ! まてっ、俺をっ、俺を殺す気かーっ!!!」
「やだなー、シーナったらv 君を殺す気なら、もっと効果的に、どっかの戦いの最中に、死体も残らないようにやってるよー、あははははは。」
「明るく言うなーっ!!!!」
「あらん? シーナは、まだ入っていないのかしらん?」
「……じ、ジーンさん……っ!? その格好ってもしかして……っ!?」
「……早く、私のために、入ってよねぇ? ……うふふ。」
「は、はい! 今すぐ入っちゃいます!!!」









「むかーしむかし──えーっと、多分、私が生まれるよりもずっと昔だと思うんだけど、それくらい昔に、おじいさんとおばあさんが居ました。
 ……? おじいさんとおばあさんの昔って、昔な分だけ、おじいさんとおばあさんじゃなくって、お兄さんとお姉さんじゃないのかなぁ?」



 東には連なる雄大な山脈、西には雄大な川の流れ。
 川を下るようにして平原を行けば、巨大なトラン湖のほとりに出る、小さな村──カレッカ。
 赤月帝国の最北端であり、ジョウストン都市同盟にもっとも近い場所に位置する村である。
 幾重にも重なる、山の斜面にも似た岩場に左右を囲まれており、その段差の上には、カレッカを中心として左右に森が広がっている。その森は、深く重なるように、国境まで続いていた。
 それらよりも一段下──狭い盆地に、カレッカはあった。
 北から南への風の通り道のような場所に位置するその村は、それほど自然に恵まれたわけでもない、どこにでもあるような農村であった。
 気候を利用して、綿花の栽培が盛んに行われ、収穫の時期ともなると、村人が総出で畑へ出て、大きな袋や籠を手にして綿花を摘み始めたものだった。
 高い空を見上げながら、皆が皆、口々に歌を口ずさみながら、丁寧に白い真綿のような花を摘む。
 それが終われば、今度は女たちの仕事だ。
 収穫時期の、カラっ、と晴れた空の下、天日干しされたたくさんの白い綿を糸にしたり、そのまま袋に詰めたり──、一年のうちで、一番忙しい時期が、収穫の時期なのだ。
 それでも、小さな村には笑い声が絶えることはなかった。
──今から10年ほど前の、あの運命の日まで…………。
 多くの人が死に、多くの人が涙した。
 数え切れない程の人が、それに憎しみを覚え、一握りの人間が、胸に絶望を覚えた。
 小競り合いをしている国との国境にほど近い村ではあったが、その朝までは、本当に何も不安などない、幸せな村だった。
 敵が攻めてくるなんて思いもしない、ただ穏やかな優しい村の光景しかなかった。
 けれど、その夜──赤月帝国の葬られるべき史実が誕生した、「カレッカ大虐殺」は、起きたのだ。
 ジョウストン都市同盟によって行われたと言われる──真実は、ほんの一握りの人間だけが知る、残酷な……大量虐殺の日。
 摘み取られた真綿が真っ赤に染まり、風が血臭を運んだ。
 残されたのは、その凄惨な光景をありのままに残した、カレッカという村があった場所だけだった。
 こげた後の残る家の内部には、今もべっとりと血ノリが付き、焼けた畑には、食物の種も実らない。
 人が生きるには──人が生活するには、少々生きづらい場所となってしまったこのカレッカを、復興させようとする赤月帝国の首都の思惑とは逆に、村に移り住もうとする人間は居なかった。
 当時は、継承戦争と呼ばれる戦争が終わったばかりで、戦乱で家や畑を失った人間も多く居たというのに──その誰もが、家や畑が残っているカレッカに、移り住もうとはしなかった。
 また、ジョウストン都市同盟が襲ってくるかもしれないと思ったのかもしれないし、もしくは……死んでも死にきれない人間の心を、感じ取ったのかもしれない。
 このような経路があったためか、10年経った今でも、このカレッカには、移り住もうと思う人間どころか、近づこうとする人間すら居なかった。
 この村に居る人影は、あの虐殺事件をなんとか生き延びた──同時に、この村を出てしまったら、もうほかに行く場所もない、老夫婦だけであった。
 その老人たちも、焼かれたり、血を吸い取ったりして痩せてしまった畑で取れる収穫だけでは暮らしていけるはずもなく──まともな食物も、畑の実りも当てにできない生活をしていた。
 結果として、未だに細々と生き長らえているのは、たった二組の老夫婦だけであった。
 彼らは、生きていくために、毎日森の中へ入り、薪を取ったり、木の実や薬草を取ったりして、南の町、キーロフにソレを売りに行く。
 年老いた体には、平原を南に歩くだけでも辛くて、それも年月が経つと共に、毎日通っていたのが三日に一度になり、一週間に一度になり──最近では、一月に2度行けば良いほうになっていた。
 こうして、死を秒読みしていくしかないのかと、陰気な空気ばかりがドンヨリと垂れ込める村の一角で、今日も薄いスープを飲みながら、彼らは身近に迫ってくる死を、感じずには居られないのであった。





「ある日のことです。いつものように、おじいさんは森へ薪を取りに、おばあさんは川へ洗濯をしに行きました──って、ええっ!? ここから川へ歩いていくんですかぁ!? それって、ちょっと無理ですよぉ? 私、送ってきましょうか??」


 おばあさんは、洗濯籠の中に、二人分の洗濯物を入れて、それを肩に担いで川へ出発しました。
 おじいさんは、いつものように肩から剣をぶら下げて、プキュプキュと歩いていきます。
 本当なら、カレッカの村から川までは、大分辛い道のりでしたが、散歩が大好きなおばあさんには、全然苦痛にはなりませんでした。
 途中、ヒラヒラと羽を広げて飛んでいる綺麗なチョウチョや、青空向けてめいっぱい広げている赤いかんざしのような花などに目を奪われましたが、おばあさんは自分が持っている籠の存在を思い出して、きちんと川まで辿り着くことが出来ました。
 大きな川は、とても綺麗に澄んでいましたが、流れも少々急で、気をつけなければ洗濯物が流されていきそうに思えました。
 おばあさんは、十分に気をつけながら、いつものように洗濯を始めました。
 服を取り出して、ぶくぶくぶく──と石鹸を泡立てます。
 おばあさんの整った毛皮に、その石鹸はよく泡を起こしました。
 そうやって、おばあさんが、自分の肉球を洗っているのか、洗濯物を洗っているのか分からないまま、洗濯を続けていますと──上流の方から、奇妙な音がしました。
どんっ! がんっ! ざざざざっ!
 驚いて顔をあげますと、川の端の方を、まるで何かで無理矢理方向を修正されているかのように、岸に向かってぶつかるように流れてきている物体が見えました。
 それは、大きな大きな、柿の実でした。
 きっと、この先にある森には、とんでもなく大きな柿の木があって、あまりの重さに落ちてしまった柿が、流れに乗って流されてきたのでしょう。
 おばあさんは、それを見るなり、目をキラキラと輝かせました。
「柿やーいっ! こっちへ来い!」
 頭の中では、大きな大きな柿のソテーの姿が思い描かれていることでしょう。
 けれど、柿のソテーは、まずいのではないでしょうか?
「あんな大きい柿、クロミミのアニキと食べても、3日はなくならないぞぉ。」
 ペロリ、と舌なめずりをして、おばあさんは川の中に飛び込みました。
 そして、岸目掛けてぶつかっているような柿に向かって、両手を広げます。
 すると、その大きな柿は、おばあさんの元に、「にこにこ」と笑いながら、流れ着きました。
 さっそくおばあさんが喜んでその柿を、水あげしてみると、柿はとてもとても大きく、おばあさんの背丈ほどありました。
 おばあさんはそれを見上げて、ペロリと舌なめずりをすると、みずみずしいばかりの、綺麗な色の柿をジックリと左右から眺め、パタパタと激しく尻尾を振ります。
 これだけあったら、おじいさんと二人で分けても、お腹がイッパイになるに違いない。
 そう思ったおばあさんは、早速、この柿を持ち帰って、おじいさんを喜ばせてあげようと、柿を持ち上げることにしました。
 ところが、おばあさんの背丈ほどある大きな柿は、ずっしりと実が詰まっているのでしょう。
 おばあさんの力では、到底持ち上がりませんでした。
 どうしたことだろうと、おばあさんは困って、柿を横手からズズ、と押してみました。
 すると、柿は、大きく揺れたかと思うと、ゴロンッ、と、一回転しました。
 おばあさんは、これに喜んで、コレで楽に運んでいけると、柿をもう一度両手で押します。
 柿は、もう一度、ゴロン、と一回転しました。
 どこかで小さな悲鳴が起きたような気がしますが、おばあさんはそんなことにはまるで気づかず、大喜びで柿の実を、ゴロゴロと転がしていきました。
 そのままゴロゴロと転がしていたおばあさんですが、途中、段差のある場所で、、そのことをすっかり忘れてしまい──ドスンッ、と勢い良く柿を押してしまいました。
 すると、柿は急に力を得たかのように、ゴロゴロゴロゴローッ! と、勢い良く転がっていきます。
 驚いたおばあさんは、肉球を口にあてて、呆然とそれを見守りました。
 ゴロゴロゴロ──と転がっていった柿は、その先にあった大きな岩にぶつかって、どっすん! と大きな音を立てました。
 その時になって、慌てておばあさんは柿の元に駆けつけ──柿が、大きく割れているのに気づきました。



「割れた柿の中には、それはそれは可愛い(?)、掌に乗るくらいの(?)、小さな子犬が入っていました…………???? ────…………?? えーっと、背丈ほどの大きさの柿の中に、掌サイズのシーナさんってことは……えーっと…………あ! それじゃ、残った部分は、たっぷり食べれるってことですね!!」



 割れた柿の実の中に、両手両足を放り出して、まるで目を回したかのように、子犬が気を失っておりました。
 短めの毛並みは、綺麗に整えられており、顔立ちも中々ハンサムです。
 これは、大きくなったら、きっとメス犬が放っておかないような二枚目犬になることでしょう──……たぶん。
 おばあさんは、だらしなく気を失っている子犬を見て、とても喜びました。
 もちろん、柿の実が綺麗に二つに割れて、無事におじいさんと食べれそうだということも嬉しかったのですが、柿の実の中に、こんなに可愛い子犬が入っていたということが、嬉しくてたまらなかったのです。
 おばあさんは、おじいさんにこれを知らせようと、片手に子犬を抱きかかえ、もう片手で柿をしっかりと掴んで、ズルズルと引きずりながらおうちに帰りました。
 まだおじいさんは帰ってきていませんでしたので、おばあさんは、子犬を部屋の中に寝かせ、柿の皮を剥いて、おじいさんの帰りを待ちました。
 そうこうしているうちに、おじいさんが帰ってきました。
 おばあさんは早速、おじいさんに喜んで子犬と柿を見せました。
「クロミミのアニキ! アニキ! おれ、川で柿を拾ったんだ! アニキと一緒に食べようと思って、ずっと待ってた!」
 尻尾をブンブンと振って、喜んで皿を出すおばあさんに、おじいさんも同じようにパタパタと尻尾を振って答えました。
「ゴン、えらいぞ。クロミミも、うれしい。これだけあれば、きっとスイ殿も喜んでくれる。」
「わーーーいっ! アニキに褒められたーっ!」
「よし。それじゃ、分けるぞ。」
 大喜びで今にも家の中を駈けずりまわりそうなおばあさんに声をかけて、おじいさんは皿の上にたんまりと乗せられた柿を分けようとしました。
 そこで、ようやくおじいさんは、可愛い可愛い子犬の存在に気づきました。
「………………シーナ? なんでお前、寝てる?」
 子犬は、ヒクヒクと床に突っ伏したまま、
「ジーンさんじゃないのかよ……つぅか、なんで俺が、犬のペット役………………。」
 おじいさんとおばあさんの、自分に注がれる暖かい愛情に、喜んでおりました。
 自分のことを、実の子供のように育てようと言ってくれている二人に、子犬は嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。
「ん、そうか、おまえ、クロミミのペット役か。」
「シーナさん。柿は好き?」
 おじいさんとおばあさんが、優しくそう子犬に聞くと、
「…………つぅか、それ、食えねぇだろーが? ──……あー……俺は、だんご汁が一番好きだな。わんわん。」
 子犬は、ニコニコとおじいさんとおばあさんにそう答えます。
 そこでおばあさんは、柿をおじいさんと二人で平らげた後、部屋の中を家捜しして、ひきうすを探し出してきました。
「クロミミのアニキ〜! ひきうすって、これのことですかー!?」
「それ、なんだか違う。」
「つぅか、お前ら、それ、どっから持ってきたっ!? そりゃ、ひきうすじゃなくって、裁断機だっ!」
「アニキ、アニキ! これはどうっすか!?」
「うん、それっぽいな。」
「って、だからイヌー!? そりゃ、糸紡ぎだっつぅの! もとあった家に、返してこいよ!」
「お前、クロミミの犬のくせに、うるさい。」
 なんだかんだで、子犬が尻尾を振りながら、家の戸棚の奥から引きずり出してきた碾き臼は、大分埃が被っておりました。
 それをおばあさんは適当に拭いて、ごーろごーろ、とまわして粉を引きました。
 ──正しくは、おばあさんは肉球があって、きちんと碾き臼を回せなかったため、子犬が代わりにまわしてくれました。
「粉って、そうやって挽くものなんだ! おれ、石のツボで、ゴリゴリするのかと思ってた。」
「コボルトの村では、そうだ。人間は、面白いものを使う。」
 出来上がった粉で、おばあさんは団子をこしらえ、だんご汁をこしらえます。
 そうして、おじいさんもおばあさんも、自分達は汁ばかりを飲んで、子犬には、団子のいっぱい入ったところを食べさせました。
 子犬は、それはそれは喜んで団子がたっぷり入った汁を食べました。
「──……毛が入ってるっつぅの…………。」



「えーっと……子犬は、ズンズン大きくなりました。あっという間に小山くらいの大きさに──……えっ!? シーナさん、そんなに大きくなっちゃうんですか!? でも、それじゃ、おうちに入れませんよぉ!? ──……え? あ、なーんだ、子牛くらいの大きさ、ですか。それなら、ちゃーんと厨に入れますねー♪ めでたしめでたし。」



 掌に乗るくらいだった子犬は、おじいさんとおばあさんの背丈ほどの大きさになりました。
 その頃になると、山から雪の名残が消え、お日様の時間が長くなってきました。
 まだまだ朝も夜も冷え込み、寒い日が続いていましたが、自前の毛皮で皮膚を覆っているおじいさんとおばあさんには、そんなことは関係ありません。
 冬の間も、森の中に積極的に入っていっては、薪の材料を取ってきていたおじいさんです。
 これしきりの冷え込みで、節々の間接が痛むことはありませんでした。
 ただ、子牛ほどの大きさになった子犬だけは、可哀想に、皮膚病にかかっているのか、おじいさんとおばあさんのように、毛皮でふさふさになることはありませんでした。
 だから、子犬は、冬の間ずっと、火の前でうずくまっていました。
 その子犬が、春の麗らかな日差しに、雪解けた家の前で日向ぼっこをするようになり──おじいさんは、そろそろ森の近くの畑へ行って、綿花の栽培のために、畑を耕してこようかと、用意をしだしました。
 クワを持ち、種の入った大きな袋を抱えます。
 老体であるおじいさんには、毎年のことながら、とても辛い作業でした。
 年を追うごとにそれは酷くなり、今年はいつも以上に重さが堪えました。
 すると、そこへ子犬が来て言いました。
「…………それ、俺が運ぶよ。……わんわん。」
 非常に嫌そうな顔に見えましたが、これはきっと、子犬の照れ隠しなのでしょう。
 おじいさんは、自分の毛深く太い腕と、子犬の背丈だけは高いくせに、細いヒョロリとした腕を見比べると、フルフルと首を振りました。
「おまえには、これ、無理。つぶれてしまうぞ。」
 右手に鍬を持ち、左肩に袋を掲げるおじいさんの言い分は、事実そのものでしたが、子犬はそれに頷きたくなるのを必死で堪えて、首を振って、重ねてこう言いました。
「あー……俺もそう思うけどさ……、これも、オヤジから言われた修行の一貫だとでも思うぜ……。」
 おじいさんは、子犬の修行の一貫ならば仕方がない──戦士たるもの、修行は怠ってはいけないと思っていたので、左に抱えていた袋を、子犬に手渡しました。
 ズシィッ、と地面が沈みそうに重い袋に、子犬がヨロリとよろめきます。
 しかし、おじいさんは、これも修行の一貫なのだと、子犬をソッと見守りました。
 子犬は、よろよろと片手でそれを背中に担ぐと、引きつった声で、おじいさんを見上げました。
「──……なんで本当に中身が入ってんだよ……あの馬鹿軍主……っ。
 ────…………おじいさん、おじいさん。……鍬も、俺に、ください……わんわんわん。」
 おじいさんは、今度も大丈夫かと子犬に聞きましたが、子犬は先ほどと同じように、修行の一貫だと言い張りました。
 その、どこか死相が出ている強迫観念に狩られた顔に、おじいさんも渋々納得して、鍬も子犬に差し出しました。
 子犬は、その鍬を受け取って、ずっしりと肩に食い込む袋に歯を食いしばりながら、ヤケクソのような笑顔で──すでにそこには、昇天間近な気配が濃厚に見えました──、おじいさんにこう言いました。
「……すんげぇ嫌だけど……つぅか、死にそうだけど…………お、おじいさんも、背中に乗れよ……わんわん……わん。」
 おじいさんは、さすがにその死相にも似た表情を見て、顔をゆがめます。
「おまえ、すでに死にそうだぞ? クロミミを乗せて、つぶれたらどうする?」
 その言葉に、子犬は非常に頷きたい気持ちでしたが、おじいさんのことを思って、あえて凶悪な笑顔でこう続けました。
「こ、これくらいでつぶれるような鍛え方じゃ、オヤジに殺されちまう。いいから、早く、乗れっつぅの!」
 その、あまりの剣幕に──一体何に脅迫されているのかと疑うかのような切羽詰ったそれに──、おじいさんは仕方なく、フルフルと震える膝で必死に踏ん張っている子犬の背に乗っかりました。
 途端、ぐぇっ、と小さな悲鳴が子犬から返ってきました。
 本当に大丈夫か? と言った顔になるおじいさんに答えることなく、子犬は一歩、脚を踏み出しました。
 一歩進めば、地面にズサリと脚が食い込みます。
 二歩進めば、ずず、と袋がずり落ちます。
 三歩進めば、額から汗が滝のように落ちてきました。
 空では、春の日差しがギラギラと子犬を照らし出していました。
 おじいさんは、そんな子犬の背に乗って、回りを見回します。
 殺風景なカレッカの大地は、段地になっています。その二段上の段地では、すでに緑が芽吹き始めておりました。
 目に新鮮な緑色の大地と、可憐に咲く花。そして、少し早く飛び回るチョウチョ。
 おじいさんは、その誘惑に大きな尻尾で、パタパタと子犬の脚を叩きました。
「散歩! 散歩だなっ!」
「……クロ……ミミ…………う、動くな…………っ。」
 ウキウキしているらしい、イヌ科コボルト族に、子犬がつぶれたような声で呟きますが、もちろんはしゃいでいるおじいさんに聞こえるはずもなりません。
 おじいさんは、やがて、ドンドンと体をゆすり、今にも飛び出ていきそうに、子犬の上で揺れます。
 これは、さすがの子犬もたまったものではありませんでした。
「い、……さんのさかまで…………いけるかっ…………っ。」
 そして、段地の一段目を上り、二段目を上り──ついに、三段目の段地に脚をかけようとした。
 しかし、子犬が差し出した脚は、ガリッ、と斜面を削り、滑ってしまいました。
 グラリ、と後方へと傾ぐ体に、子犬は、腹筋に力を入れて、踏ん張りました。
 ──が、普段からあんまり重い物を持たない子犬は、ついに背中にかかる尋常じゃない重みに負けて、ぺしゃん、とつぶれてしまいました。
 おじいさんが、頭から勢い良くつぶれた子犬を見下ろして、
「シーナ。修行は、まだ始まったばかりだぞ。」
 揺さぶりながらそう言うのですが、子犬は横頬を地面について、ハァハァと荒い息を零します。
 おじいさんがしばらく子犬の様子を見守っていると、子犬は、震える手先を前へと伸ばし、三番目の段地の上を示して、ゲホッ、と一度大きく咳き込みました。
 脚がガクガクと震えて言うことを利かない上に、未だに内臓を圧迫するような重い荷物とおじいさんが上に乗っているのです。
 とてもではありませんが、肺が苦しくて声がでませんでした。
 子犬は、それでも必死に──一種呪いをかけるかのように──、声を紡いで言いました。
「ココ……ホレ……ワンワン…………。」
 震える声で、そう呟いて、子犬の手首はパタン、と地面に落ちました。
 きっと、この物語で一番大事な台詞を言い終えたことに、感動のあまり、力が抜けてしまったのでしょう。
 おじいさんは、力なく気を失ってしまったらしい子犬を覗き込むと、ひょい、と地面に降り立ち、子犬の手から鍬を取り上げました。
 それを肩に担いで、とりあえず子犬の言ったとおり、三の段地の上に、カツン、と鍬を下ろします。
 硬い感触が返ってきたそこを、せっせとおじいさんは掘っていきました。
 ここを掘って、畑でも作れというのかと、おじいさんが桑で幾らか掘っていきますと──鍬の先が、カチン、と何か固いものに当たりました。
 これは、何かが埋まっているに違いないと、おじいさんが鍬を放り出して、地面を掘るのに慣れた前足で、ガシガシと土をさらに掘っていきます。
 その掘り返した土が、バッサバッサと、後ろで倒れ付している子犬の上に圧し掛かっていきましたが、もちろん、おじいさんはそんなことを気にしません。
 子犬が掘り返した土で埋まるよりも先に、古びたツボが、地面から姿を表しました。
 それは、どこにでもあるような水壷でしたが、おじいさんはどうしてこんなものがココにあるのだろうとふしぎに思い、中を開けてみました。
 もしかしたら、近所の犬が埋めた、遠い昔の骨ッ子や、光る玉かもしれません。
 小さな蓋を開いて見ますと、その中には、鈍い輝きを持つ、大判小判が、ざくざくと入っていました。
「すごいな! キラキラ光ってる! キラキラだっ!」
 おじいさんは、丸い目を輝かせて、黒い耳をパタパタ忙しなく動かせて、非常に興奮してみせました。
 その下に居た子犬は、その喜びように、なんだか違うことを思ったようですが、ぜいぜい息を吐いていては、言葉になることはありませんでした。
 おじいさんは大喜びで、子犬の背中から、ずっしりと重い袋を取り上げ、そこにたっぷり入っていた肥やしを取り出すと、代わりに大判小判を詰め込みました。
 つぶれた原因である重い袋を取り除かれ、子犬はホッと一安心です。
 おじいさんは、重い袋を背中にズッシリと背負い、ばてたように仰向けになって倒れる子犬に鍬を持たせると、その子犬の脚を引っ張って、スキップをするように軽やかに、家へと戻ることにしました。
 これだけのお金があれば、おじいさんもおばあさんも、過酷な労働をすることはありません。
 南の町、キーロフから、食料をここまで運んでもらえばいいのです。
 はたして、おじいさんが袋いっぱいに持ち帰った宝物を見て、おばあさんも大喜びに喜びました。
「うわーいっ! さすがクロミミのアニキ! キラキラ光ってるーっ!」
「どうだ、ゴン! これが、コボルト1の戦士の力だぞ!」
 二人が、喜んで袋の中身を床にぶちまけているのを横目に、子犬はズリズリと這い上がって、水がたっぷり張ってある水瓶の元に辿り着きました。
 そして、ひしゃくで水を掬い上げて、ゴクゴクと勢い良くそれを飲み干します。
 その背後では、おじいさんとおばあさんが、両手で大判小判を掬い上げて、ばしゃーんっ、と勢い良く床に降らせています。
 子犬は、疲れたように水瓶に背を預けて、ふぅ、と息を零しました。
 もう疲れて疲れて、体はピクリとも動きません──。



「おじいさんとおばあさんが、お金の数を数えていると、そこへ、隣の……皮はりばあさん? 皮を張るの?? ──え? よくばり? よくばりって、良くハリハリ?? ハリハリって、何??」



 ガラガラガラ──と開いたドアの音に顔を向けると、そこには、腰が90度以上は折れたかと思うほどの腰の曲がった老婆が立っていました。
 眉間に皺の寄った、どこか神秘的なおばあさんです。
 このカレッカに住む仲間である、もう一組の老夫婦のおばあさんです。
 おばあさんは、コツン、と杖の音を立てて、家の中に顔を覗かせると、
「すまないけど、火種を分けてくれるかい?」
 そう声をかけました。
 皺の下の瞳は、キラリと鋭い光を放っています。
 その眼光の鋭さに、思わずビクンと首をすくめてしまう子犬でしたが、大判小判に夢中のおじいさんとおばあさんは、彼女の目の光に気づくことはありませんでした。
「……おやまぁ、こりゃどうしたことだい? この家には、どうしてこんなにお金があるんだね?」
 誰か来訪してきたらしいと、顔を向けたおじいさんとおばあさんが両手に握っている──そして床に撒かれているお金の山に、隣のよくばりばあさんは、驚いたように声をあげます。
 あまり表情が変わっていないのも、声が淡々としわがれて聞こえるのも、欲張りばあさんが、感情を欠けさせるほど驚いている証拠でしょう。
 ジロリ、と部屋の中を一巡して、視線をヒタリと子犬に当てる欲張りばあさんに、思わず子犬は身体的な恐怖を感じて、水瓶に手を回して、きゅぅん、と子犬らしく鳴いてみたりしました。
 おじいさんは、綻びた顔をそのままに、欲張りばあさんを見ると、
「シーナが修行中、ココホレワンワンというから、掘ってみた。」
 ニッコリと笑ってそう正直に答えました。
 欲張りばあさんは、眉を小さく動かせて、子犬を下から上まで、値打ちを確かめるかのように見上げました。
「生き物っていうのは、見かけによらないというけどねぇ……ふぅん。なるほど。
 ──どれ、それじゃ、ちょっとこの老いぼれに、あんたの宝犬を貸してくれないか。」
 その神秘的な眼差しで見つめられると、なんだか酷く裸にされているような気がしてならない子犬は、ヒクリと口元を引きつらせます。
 おじいさんは、そんな子犬と欲張りばあさんを交互に見やると、考えるように腕を組んで首を傾げます。
 黒い耳が、ちょこん、とたれる様がまた愛らしく、おばあさんが隣でバフバフと尻尾を打ち鳴らしました。
「うーん。別にクロミミはいいが、スイ殿がなんて言うかわからない。」
 おじいさんが難渋をしめすのに、欲張りばあさんは、言ってみたことに未練もない様子で、あっさりと納得します。
「そうかい? ジーンも家で楽しみに待ってたんだけどねぇ……。」
 すると、別方向から思い切りよく片手があがりました。
「おじいさん、おばあさんっ! 俺、ちょっくら隣の家に、行ってきます!」
 はた、と見ると、先ほどまでばてていた子犬が、ちゃっかり欲張りばあさんの隣に立って、元気良くそう宣言していました。
 こうして、隣のばあさんは、おじいさんとおばあさんの宝犬を、口先三寸で丸め込み、無理矢理引っ張っていってしまったのです。
 おじいさんとおばあさんは、仕方なく、ゆっくりと歩いていく欲張りばあさんのさらに数歩先を、スキップで歩いていく子犬を見送ることにしました。
「ヘリオンばあちゃん! シーナさん、団子汁が好きだから、だんご、いっぱい食わせるとイイ!」
 おばあさんは、ブンブンと腕を振って、隣のおばあさんと子犬を見送りました。
 けれど、隣のおばあさんはその声に振り返らず、子犬を自分の家の中へと連れて行きました。
 待っていたのは、隣の欲張りおじいさんです。
 おじいさんは、しどけなく両足を投げ出すようにすわり、その白い肌暖炉の火に照り映えさせて、うっとりするほどの魅惑的な微笑を浮かべて、子犬を迎えてくれました。
 その、涼しげな美貌を見た瞬間、子犬は思わず握りこぶしをしました。
「よっしゃ! 俺、ココに来て正解!」
 欲張りじいさんと欲張りばあさんは、子犬の大好物の団子汁の団子を、食べさせることはありませんでした。
「あらん、シーナ君? ごめんなさいね? 私たち、今、ダイエットしているから、肉は入っていないの。」
 たっぷり野菜と、何で作ったかわからないダイエット用薬草というのを漬け込んだ、具だくさんスープを、欲張りじいさんと欲張りばあさんは腹イッパイ食べて居ました。
 なにやら、これを食べると、お腹の中で虫が孵って、余計な肉を全部食べてくれるのだと、本当か嘘か分かりかねる笑顔で、欲張りじいさんが説明してくれました。
 そんな風に、栄養たっぷりの野菜スープを腹いっぱい食べる欲張りじいさんと欲張りばあさんに対して、子犬は汁ばかりを食べていました。
 それでも子犬は、犬にペット扱いされるより、悪魔的な美貌を持つ美女に足蹴にされたほうが幸せでした。
 欲張りじいさんが、畑に出て行こうとするときも、何も言わずに重い荷物を自ら背に乗せました。
 さらに、前日とは正反対の態度で、キラリン、と歯を輝かせて、重い荷物をがっしりと抱えながら、
「さぁ、ジーンさんっ! 俺の背に乗ってください。」
「ふふ? いいの? つぶれてしまっても──知らないわよ?」
 蠱惑的に微笑む美女に、子犬はドンと胸を叩いて宣言しました。
「ぜんっぜん大丈夫ですっ!」
 さぁっ、と、下心満載の顔で、子犬は背中を差し出します。
 昨日は、背中にズッシリと背負っていた、袋を、今日は軽々と担いでみせます。
 さすが、下心のある時の火事場の底力は違います。
 欲張りじいさんは、ツヤツヤと光る爪先を、ツィ、と子犬の肩に置くと、ニッコリと微笑んで見せました。
 そうして、ひょい、と身軽に子犬の背中に足を落とすと、グイ、と肩を引き寄せるようにして身体を乗り上げます。
「うわっ。」
 密かに、ベッタリとしだれかかってくるのを夢見ていた子犬は、欲張りじいさんの足が、スラリ、と目の前に投げ出されるのに、ぐぐ、と身をせり出しました。
 ファサリ──と、髪を掻きあげて、欲張りじいさんは、子犬の肩に腰掛けます。
 袋を背負った方とは違う方の肩に体重がかかって、子犬は思いきり眉をしかめました。
「って、そりゃないっすよ、ジーンさ……んんっ!?」
 情けない顔で、目を横に走らせた子犬は、チラリ、と目の前に見えた白い脚に、ごくん、と喉を上下させました。
 肩にのしかかる、心地よい重みと柔らかな感触。
 そして、見上げた視線の先で、ニッコリとつややかに微笑む欲張りじいさんの顔。
「どうしたの?」
「いえっ! なんでもありません!」
 子犬は、そう答えると、さりげに鍬を持った右手を、欲張りじいさんの足の上に置こうとしたのですが、ペシリ、とすかさず叩かれてしまいました。
 仕方なく、笑顔で見送る欲張りばあさんに見送られて、子犬は必死に欲張りじいさんを背負って歩いて行きました。
 歩くたびに、欲張りじいさんの足を覆う布が、チラリ、チラリ、と挑発的に捲れるのに、ドキドキと胸が高鳴るのを覚えながら、子犬は何時になく真剣に歩きました。
 いつもの修行がこんなのなら、きっと喜んでやるに違いないと、そう心の奥底からおもいました。
 しかし、どれほど頑張ろうとも、やっぱり体力には限界がありました。
 子犬は、疲れと興奮のせいで、一の段まで行かないうちに、ぺしゃん、と潰れてしまいました。
 欲張りじいさんは、笑顔で子犬を見下ろすと、
「えーっと……ここを掘るのね?」
 軽く小首を傾げて見せます。
 子犬は、その欲張りじいさんに答える気力もないまま、ぜぇはぁ、と息を吐きつづけています。
 欲張りじいさんは、そんな子犬を見下ろし──チラリ、と視線を地面に走らせると、困ったと言いたげに顎に手を当てました。
「──……あらあら……可愛い可愛い子犬ちゃん? あなた、私の代わりに掘ってくださらないかしら?」
 そして、とろけるような微笑みで、子犬の頬に手を当てて、そう問いかけた。
 甘いと息が唇から零れ、どっきゅん、と子犬のハートを射抜きました。
 子犬は、ガシッ、と鍬を掴み取ると、
「やらせていただきます!」
 本日の体力の限界にチャレンジすることになったのでした。
 ところが、掘れど掘れど、出てくるのは欠けた瓦や瀬戸物ばかり。
「あらん……ざんねんねぇ……。」
 ふふ、と口元を笑みの形に染め上げて、欲張り爺さんが首を傾げます。
 その、妖艶で美しい微笑みの影に、何やら魔王の破片のような物を見た気がして、ゾクン、と子犬は背筋を震わせました。
 欲張り爺さんは、笑顔で空を見上げて──それから、
「ああ、でも──そうねぇ……欲張りじいさんは、死ぬまで犬をこき使うのだったかしらん?」
 シュルリ、と腰辺りから、長く尾を引く革の紐を取り出しました。
 かと思うや否や、
 ピシィッ!
 心地よい音が、辺り一面に響き渡りました。
「────……じじじじ、ジーンさぁぁんっ!?」
 輝く太陽の下、佇む美しい欲張り爺さんの手には、照り輝くばかりの黒い革のムチが握られていました。
 欲張り爺さんは、そのムチを手元に近づけて、チュ、と軽く口付けたかと思うと、
「それじゃ──シーナ君? 死ぬまで……掘ってちょうだいね?」
 ピシリ! と、慣れた仕草で、ムチを振りぬいたのでした。



「子犬の遺言の一言は、どうせならボンテージを着てほしかったよジーンさん、だったという……。
 …………え? これは言わなくていいんですか? それじゃ、この続きですね!
 隣のじいさんは、快楽死した犬を土に埋めて、その上に松の木を一本、植えて帰ってきました。──埋められたっていうよりも、ジーンさんの場合……もがっ、もがもがっ!?」




 いつまで経っても、トナリから子犬は帰ってきませんでした。
 正直者のおじいさんとおばあさんは、二人仲良く自分達の毛入りの団子汁を啜っていました。
 団子がたっぷり入った汁を見ていると、大切な大切な宝犬のことを思い出さずにはいられませんでした。
「クロミミのアニキ? シーナはどうしたかな?」
「……そういえば、帰ってこないな。今ごろ、ジーンに殺されてないと、いいが。」
 団子汁を食べていた手を止めて、おじいさんとおばあさんは、隣の家の様子を覗きにいくことにしました。
 人間というのは、年中発情期があって、面倒なものです。
 あんまり調子に乗ると、また雷の一つでも落とされるのではないかと、拾った張本人としては、責任を感じずにはいられないのです。
 隣の家には、暖炉に火が灯っておりました。どうやら、欲張りじいさんは帰ってきている様子です。
 正直者のおじいさんは、コンコンとドアをノックして、
「シーナは生きてるか?」
 そう尋ねました。
 ヒョッコリ顔を出したトナリのじいさんは、パチクリと目を瞬いているコボルト族に、目元を緩ませて微笑みかけると、
「あなたのところの宝犬さんは、土を掘りすぎて、埋もれちゃったわよ……うふふふ。」
 うっとりと見蕩れるばかりの微笑みに、正直者のじいさんとばあさんは、驚いたように目を見張りました。
「ええええっ!? う、埋めちゃったんすかっ!?」
「埋もれちゃったのよ……ふふ。」
「掘り返してないのか!? 大変だっ! 人間は、窒息しちゃうんだぞっ!」
 注:コボルト族も、埋もれたら窒息しちゃいます。
 慌てて、おじいさんとおばあさんは、子犬の元へ走って行こうとしました。
 そんな二人の背中へ、欲張りじいさんは、両手を口元に当てて、叫んであげました。
「一番目の段地に、松の木を植えてきたから、そこに居るわよ。」
 おじいさんとおばあさんは、その声を後ろに、今ごろ手だけ生やしているだろう子犬を思い浮かべ、必死に走りました。
「まさか、本当に埋めてないと思うけど……でも、なんだかありえそう。」
「クロミミは、誰も殺させない……っ! がんばる!」
「アニキ、格好イイー!」
 そんなこんなで、二人は一つ目の段地に辿りつきました。
 そこには、ムチで抉れた後がありました。
 何か、小戦争でも起きたような感じがします。
 その先に、こんもりと盛られて土がありました。先から、ヒョッコリと松の木が生えています。
 どうやら、ここに宝犬が埋められているようだと、二人は愕然としました。
 盛られた土の先からは、想像した指先すらも見えません。
 ガックリと、おじいさんとおばあさんは、その墓の前に膝をつきました。
「シーナさんっ、シーナさぁぁーんっ! まさかっ、ぐすっ、こんな所で、松の木の栄養になっちゃうなんて……っ。」
 手の甲で鼻をすすり上げるおばあさんに、おじいさんは軽く叱咤しました。
「泣くな! ゴン! コボルトの勇敢が泣くのは、今じゃない!
 シーナは、勇敢に悪魔と戦い、朽ち果てた! それを喜ぶことこそあれ、哀しんではならない!」
 きゅ、と混み出る涙をグッと堪えて、おじいさんは男らしく堂々と松の木の前に立ちました。
 そんなおじいさんの言葉に、おばあさんも両手で涙を拭いとって、コクコクと頷きます。
「……………………。」
 そんな二人を見下ろす影が一つ、ありました。
 墓の前で凛々しくコボルト族についてを語る二人に、一体どうしようかと、腕を組んで木の枝に腰掛けて見下ろしています。
「……まさかこいつら、本気でシーナが埋まっているとか思ってないだろうな?」
 低く呟いて、木の枝に止まっている美しい鳥は、トラの顔の形をしたマスクを、コリコリと掻きました。
 その鳥の声が聞こえたのでしょう。
 おじいさんとおばあさんが、松の木を仰ぎ見ます。
 すぐ近くの枝の上に、腰掛けるように座っている大きくて美しい鳥が居ました。
 鳥は、そんな二人を見下ろして、鳴きます。
「クロミミ、ゴン。この木を切ってうすを作れ。」
「おう! なんだ、フー・スー・ルーじゃないか! お前も、勇敢なる戦士、シーナを弔いにやってきたのか!」
 クロミミは、きゅ、と磨きたてた歯を見せて笑って見せました。
 そんな彼らを見下ろして、鳥はもう一度鳴きます。
「この木を切って、うすを作れ。」
 そう最後に言ったかと思うと、ヒラリ、と鳥は、強靭な肉体に似合うしなやかさで、木から飛び降りて、そのままいずこかへ去って行きました。
 残されたおじいさんとおばあさんは、松の木を見上げて、顔を見合わせました。
 けれど、せっかく仲間が言ってくれたのです。
 その通りにうすを作るかと、二人はのこぎりを持ってきて、せっせと松の木を切り落とし、うすを作りました。
「ところで、アニキ? うすって、何に使うんすか?」
 タレ耳で首を傾げるおばあさんに、黒い耳をピンと立てたおじいさんは、
「これで米をついて、お餅を作るんだ。」
 おそろいで作った杵を持ち上げてみせた。
「わーいっ! お餅ーっ!」
 大喜びで、おばあさんは、家の中に入っていくと、部屋の片隅に置かれた、ほんの少しの米を持ってきました。
 そして、早速米をバラバラと臼の中に入れました。
「クロミミのアニキ! 準備は万全です!」
「うむ。」
 おじいさんは、鷹揚に頷くと、臼の中にぱらぱら撒かれた白い粒向けて、杵を持ち上げました。
──その、「違うだろーっ!」という光景に、思わずうっかり天然ボケな少女が、マイク越しに突っ込みました。
「ええっ!? お米のまま、ついちゃうんですかーっ!? もったいない!」
 しかし、その叫びは一足遅く──ざっくんっ、と、おじいさんが米粒の上に杵を落としてしまいました。
 すると、米が何粒か飛び散り……その中に、キラキラ煌く物が見えました。
 おじいさんが思わず手を止めると、見る見る打ちに、臼の中に大判小判がざっくざくとあふれ出てきました。
「ピカピカっ!」
 おばあさんが、驚いた声をあげます。
 おじいさんが、更に臼を杵で突くと、ざっくざくと、大判小判が地面に零れ落ちて行きます。
 臼をつけないほど、金ぴかのお金の山に、おじいさんもおばあさんも、大喜びでそれを家に持ちかえりました。
「ぅわーい! ピカピカ! ピカピカー!!」
 そして、再び床に大判小判をぶちまけると、それを両手で掬って、ばしゃーんっ、と床にばら撒きます。
「これだけピカピカがあれば、いいなぁ……。」
 おじいさんも、うっとりとキラキラ光る万枚様を手に、負けないばかりにキラキラと目を輝かせました。
 二人が、大判小判に悦に入っていると、
「ちょいとすみませんねぇ。」
 がちゃり、と扉が開いて、トナリの欲張りばあさんが顔を覗かせました。
 欲張りばあさんは、カツンと杖をついて、家の中をグルリと見回しました。
 そこには、家の部屋イッパイに大判小判を広げて、金風呂状態にして遊んでいる二人が居ました。
 欲張りばあさんは、キャッキャッキャッ、と喜びの声をあげている二人を眇めた目で見つめ、軽く眉根を寄せました。
「金の音というのは、中々耳障りなものだねぇ……。」
 そう、ポツリと感想を零します。
 おじいさんは、尻尾でバフバフと大判小判を叩き、おばあさんも大喜びで肉球で金貨を叩いています。
 欲張りばあさんは、そんな彼らに向かって一度咳払いをしてみせると、
「なんであんたたちのところには、こんなにお金が増えてるんだい?」
 どこか呆れたようにそう言いました。
 正直者のおじいさんは、ハッハッと舌を出してジャラジャラと金を膝から落として、欲張りばあさんに答えます。
「シーナの墓に生えてた松の木で臼を作ってついたんだ。」
 欲張りばあさんは、今度はものめずらしそうにその臼をマジマジと見つめると、
「それは興味深いねぇ……。どれ、ちょっとうちに貸してくれないかね?」
「……………………。」
 それを聞かれたおじいさんとおばあさんは、無言でキラキラの大判小判を生み出す臼を見つめました。
 すでに十分すぎるほどのキラキラは出てきていますが、なんとなくまだ惜しい気はしました。
 しかし、
「あの松の木は、うちのおじいさんが植えたものだから、貸してくれても罰は当たらないと思うんだけどね。」
 そこまで言われては、貸さないわけには行きません。
 おじいさんとおばあさんは、杖をついている欲張りばあさんのために、臼を担いで隣の家に運んでいくことになりました。
 欲張りじいさんとばあさんは、運んできてもらった臼を、さっそく杵で突いてみることにしました。
「……とは言うものの、杵って結構重いわねぇ……。」
 ふぅ、と溜息を零した欲張りじいさんは、杵を臼の隣に置いて、隣の欲張りばあさんを見ました。
 椅子に腰掛けた欲張りばあさんも、軽く肩を竦めて見せます。
 かと言って、臼をつかないことには、何も起きはしませんし──と、欲張りじいさんと欲張りばあさんは、部屋の中を見回しました。
 すると、壊れかけた棚の上に、ちょうど良いハンマーが目に止まりました。
 さっそく欲張りじいさんは、その片手ほどの大きさのハンマーを手に取り、臼の中にふかしたての飯を置き、ハンマーでペッタン、とつきました。
 すると、臼の中から、ゴポゴポと生ごみが沸いてきました。
 欲張りじいさんは、ハンマーを片手に、あらあら、と異臭を放つ臼を見下ろします。
 そして、困ったようにハンマーを持った手を頬に当てました。
「困ったわねぇ……せっかくのご飯が、残飯まみれになってしまったわ。」
「凄い匂いだね。」
 おばあさんも、顔を顰めて鼻を摘みます。
 おじいさんもおじいさんで、これは困ったと、おばあさんと顔を見合わせました。
 そうして、ここまで残飯が沸いてしまった臼は、もうお餅をついて食べれるものでもありません。
 こうなってしまっては仕方がないと、欲張りじいさんと欲張りばあさんは、その臼を割って燃やしてしまいました。



「やっぱり、生ごみは燃やさないと、匂いって消えませんからね〜……。
 こうして、隣のおじいさんとおばあさんは、臼を燃やしちゃいました。──部屋の中で、燃やすと危ないですよぉ?
 それにしても、臼に命中するようにテレポートさせるのって、大変。ちょっと間違えて、いくつかどこかへ飛んでっちゃったけど……。」



 正直者のおじいさんとおばあさんは、大判小判のベッドに横になりながら、隣から臼が返ってくるのを待っていました。
 けれど、いくら待っても返って来ません。
 それどころか、隣の家から不穏な声と音が聞こえました。
「火炎の矢!」
 しゅぼっ! ごごごごぉっ!
──まるで何かが燃えるような音だなぁ、とのほほーんと思ったおじいさんとおばあさんでしたが、隣の家で、今、燃やしそうなもの……と思った瞬間、ダッシュで玄関向けて走りました。
 そのままの勢いで、隣の家の扉をドンドンと叩くと、強引に開きました。
「じ、ジーン殿、ヘリオン殿!? 何、してるんだ!?」
 おじいさんが飛び込んだ先で、宝臼が、ゴウゴウと勢い良く燃えていました。
 臼は、あっと言う間に炭になり、灰になってしまいました。
 がっくりと膝をつく正直者のおじいさんに、欲張りじいさんは、軽く首をかしげました。
「あら、どうしたの?」
「うちの宝臼は……どこだ?」
 力無く尋ねるおじいさんに、欲張り者のおばあさんは、無言で燃え落ちた後の灰を指差しました。
 ガガーンッ! と、正直者のおじいさんとおばあさんが顎を落として驚きました。
「う、臼が……。」
 フラフラと歩み寄り、おばあさんはガックリと臼の前に跪きました。
 おじいさんも、フルフルと脚を揺らします。
 申し訳なさそうに、欲張りばあさんは近づくと、両手を合わせて謝る。
「ごめんなさい。臼の中から生ごみが出てきたから、もうお餅、つけないでしょう?
 だから、燃やしてしまったのよ。」
 正直者のおじいさんは、そう言われてしまっては返事のしようがなく、頷くしかありませんでした。
 確かに、生ごみが出てきた臼で、そのまま餅をつくわけにはいきません。
「……仕方ない。クロミミ、それも分かる。」
 おじいさんは、ガックリとしながらも、床に積まれた灰をかき集め始めました。
 おばあさんもそれを手伝い、両手いっぱいに灰を抱えました。
「燃やした灰だけ、貰って帰る。」
 毛深い腕にもイッパイ灰色の粉がべったりとつくのを哀れに思った欲張りばあさんは、袋を一つ二人にあげることにしました。
 二人は、体中を灰でいっぱいにして、袋の中に灰を綺麗に詰め込むと、二人に向かってペコリと頭を下げて帰っていきました。
 正直者のおじいさんは、せめてこの灰を、土に返してやろうと、庭に灰を撒くことにしました。
 焼け野原になった大地の、少しでもいいから肥やしになってくれればと思いながら、灰を一掴み掴んで地面に撒いてやります。
「シーナ、大地に返ってくれ。」
「返ってくれ。」
 おじいさんがそう呟きながら灰を撒くと、隣でそれに倣っておばあさんも灰を撒きます。
 二人に肉球は、灰色に染まりあがりました。
 すると、一陣の風が吹いて、灰が近くの枯れ木にかかりました。
 黒い染みがついた枯れ木は、灰に触れた途端枝先に蕾を実らせ、あっと言う間に美しい桜色の花びらを開きました。
「ぅわわっ!? くく、クロミミのアニキ〜!?」
 驚いて声をあげたおばあさんが、真面目に庭に灰を撒いているおじいさんの服の裾をクイクイと引きます。
「ん? どうした、ゴン?」
 そして促されるようにして振り返ったおじいさんも、ビックリしました。
 そうこうしている間に、目の前の枯れ木には、満開の桜が咲き誇っていたのです。
「──……!? これは……まさか、お化け桜かっ!?」
 すちゃっ、とすかさず剣を構えるおじいさんに、おばあさんも目を丸くして、慌てて戦闘態勢に入ります。
 抱えていた籠を投げ出し、美しく咲き誇る桜の花を前に、キリリと顔つきを改めました。
 地面に転がった籠の中から、灰がヒラヒラ〜と舞いました。
 灰は、ヒラヒラと近くの枯れ木に舞いかかり、枝に付着したかと思うや否や、蕾に姿を変え、ほころぶように花をつけていきます。
 見る見るうちに花は増えていき、あっと言うまに木々は満開になりました。
 おじいさんとおばあさんは、呆然として剣を手にしたまま、それらを見上げました。
 そして、地面に落ちている籠と、積もった灰を見つめます。
「これは──……魔法灰かっ!?」
「うわぁっ! すっごい! すごいよ、アニキ〜〜〜っ!!」
 感激のあまり、おばあさんがバフバフと両手を叩きます。
 そこから零れた灰が、地面でうなだれていた雑草につき、その草に花を実らせました。
 それを見て、この不思議現象が灰のためだと、益々確信を深めたおじいさんは、早速その籠を片手に、
「よし! これで、カレッカを桜の里にしてくるぞ!」
 と、応援するおばあさんを背中に、嬉々として走り出していきました。
 おばあさんは、うらやましそうに、そんなおじいさんを見送ります。
「いいなぁ〜〜クロミミのアニキ……。」
 おじいさんは、大喜びで、入り口近くの桜の枯れ木の上に上りました。



「そこへちょうど通りかかったのは、最近キーロフで豪商として名を馳せてきたお殿様でした。──お殿様って、なんだかいい響きですよね。あ、そういえば、私も良く、『おとのさま』って言われるんですよ。メグちゃんとか、ミーナちゃんとかが、ビッキーっておとのさまよねって。…………え? おとのさまじゃなくって、おトロ様???」



 何人かの男達が肩の上に担ぎ上げた美しい輿の上──半透明の上等の布で四方を覆った中で、殿様はゆったりと肘掛けに体重を預けていました。
 その前方を、殿様の部下たちが旗をあげて殿様の行列が通るための掛け声をかけていきます。
「下にぃ、下にぃー。」
 リン、と張った声が、あたりに良く響き渡ります。
 桜の枯れ木の上にたった正直者のおじいさんは、灰の入った籠を片手に、ひょい、とそれを見下ろします。
 優美な影が布の内側に座っているのが見えました。
 どうやら、どこかのお金持ちの殿様の行列のようです。
 きっと、このカレッカを横切って、北の関所に向かうつもりなのかもしれません。
 もしくは、西の川へ向かい、そこから船に乗るのかもしれません。
 あまり人が寄り付かないカレッカに、人が来るのは珍しいと、おじいさんはものめずらしげに身を乗り出しました。
 そこへ、
「そこに居るのは、何者だっ!」
 輿近くを歩いていた一人の兵士が、シャキン、と音を立てて剣を抜き放ち、キリリといかつい眉を吊り上げて問いただします。
 おじいさんは、枯れ木の枝の合間から、ヒョッコリと顔を見せます。
「クロミミだぞ。レパント殿。」
 剣を出した兵士は、その簡単に返ってきた返事に、む、と小さくうめきます。
 そして、剣を鞘の中に収めると、
「それは失礼した。──で、クロミミ殿、木の上で何をしているのかな?」
 生真面目に兵士が問い掛けます。
 おじいさんは待ってましたとばかりに、キラキラと目を輝かせ、籠をしっかりと抱えなおしました。
「コボルト一の戦士で、今は花咲かコボルトだぞ!」
「────…………。」
 一瞬兵士は沈黙して、顎に手を当てて考え込んでいるようでした。
 そんな彼の後ろで──輿の上に張られた布が、内側から開かれました。
 白い手先が、左右に布が開かれ……中から殿様が顔を覗かせます。
 華奢な容貌を、美しい金髪で囲い──殿様は、おっとりと微笑みます。
「まぁ──花を咲かせるんですか?」
 微笑んだ殿様の周りに、綺麗な花が三つ四つばかり咲き誇ったかのように見えました。
 殿様は、ニコニコ微笑みながら、桜の枯れ木に乗っているおじいさんに向けて、両手をパフリとあわせながら、
「それでは、一つ、お花を咲かせてくださいますか?」
 そう願い出た。
 それを聞いて、おじいさんは大喜びで籠の中の灰を掴みました。
 そして、ちんぱらり〜ん、と灰を撒きます。
 灰は、見る見るうちに桜の枯れ枝につきますと、たくさんの花を咲かせました。
 あっというまに桜色に染め上がった桜を見上げて、殿様は満面に微笑を広げます。
「まぁ、すばらしい……クロミミさん、どうぞ木から降りて来てくださいな。」
 パチパチと、優しく拍手してくれる殿様に、おじいさんはヒョイヒョイとなれた手つきで木から下りてきます。
 そんなおじいさんに、殿様は、兵士に命じてたくさんの褒美を取らせました。
 おじいさんは、キラキラ光る素敵な物をたくさん貰って、大喜びでそれらを抱えて家に戻りました。
 おばあさんも、たくさん光る玉が入っているのを見ては喜び、おいしそうな食べ物がどっさりあるのを見ては、はしゃぎました。
 その光景を見ていた隣のおじいさんとおばあさんは、この現象は面白いと、試してみることにしました。
 けれど、あの臼を燃やしたときの灰は、すべて二人が持っていっております。
 残っているのは、暖炉で燃やした普通の灰だけです。
「さすがに、この灰じゃ……花は咲かないわよねぇ?」
 軽く首を傾げる欲張りじいさんに、欲張りばあさんも頷きます。
「かと言って、シーナの灰はもう無いしねぇ……。」
 今から一の段まで行って、松の木の残りで臼を作って、その臼を燃やしてもいいのですが──老体には、辛く感じます。
 二人は、無言で暖炉の灰を見つめました。
「…………心は痛むけど──追求心というのは、どうにも止められないときというのが、あるものなのね……ふふ。」
 欲張りじいさんは、意味深に微笑むと、袋の中に暖炉の灰を詰め込みました。
 そして、それを引きずりながら、ちょっと行ってくるわね、とおばあさんに声をかけます。
 欲張りばあさんも、それを快く見送りました。
 欲張りじいさんは、家を出たあと、迷うことなく隣の家に向かいます。
 ついさっきまで枯れ木であった木々には、満開の花が咲き誇っています。
 これも灰の効果だとすると、たいしたものです。
 正直者のおじいさんとおばあさんは、家の中で、殿様から頂いた褒美の品を、広げていました。
 欲張りじいさんはソコへ入っていきますと、
「ちょっとごめんなさい? あなた達が先ほど持っていった灰が、まだ残っていたので持ってきたのよ……ふふ。」
 そう言って、自分の家の暖炉の灰が入った袋を掲げます。
 正直者のおじいさんとおばあさんは、それをチリとも疑いません。
「そうか。それはすまなかった。全部取ったつもりだったのだが。」
「いいえ……燃やしてしまったのはこちらですもの──でも、クロミミもゴンも、忙しいみたいだから、灰を纏めておいてあげるわね。
 どこに置いておけばいいかしら?」
 軽く首を傾げて尋ねる欲張りじいさんに、おじいさんは感謝を述べて、部屋の隅のツボに入れてくれるように言いました。
 欲張りじいさんは、そのツボを開いて、彼ら二人に背中を向けながら、コッソリと、暖炉の灰を入れて、その中の灰を袋の中に詰め替えました。
 そうして、何事もなかったかのように、家の中から出て行ったのでした。
「──……これで、この灰が魔法の灰なのか、アイテムなのか──調べることが出来るわね……うふふふ。」
 欲張りじいさんは、灰を片手に、枯れ木の前まで歩いていきました。
 本当にこの灰で、枯れ木が賑わいを見せるのかどうか、確かめようとしたのです。
──ちょうどその時でした。
「下にぃ、下にぃ……。」
 先ほど通り過ぎた殿様の行列が、再びカレッカの前に戻ってきたのです。
「あらん、折り返しの早い殿様行列だこと……。」
 呆れたように口元に手を当てて呟いた欲張りじいさんの前で、ピタリと殿様の行列が止まります。
 先ほどと同じ兵士が、先ほどとは違うじいさんが、同じような灰を持っているのを見て、声をかけてきます。
「お前も、日本一の花を咲かせるのか!?」
 堂々と張り上げられたその声に、欲張りじいさんは、軽く首を傾げるようにして、腕を組みます。
 その拍子に、形良く盛り上がった胸元に、兵士がビクリと肩を揺らします。
「……あなた…………。」
 瞬間、細い指先が、輿を覆う布を掻き分け、低い声が兵士の上に落ちてきました。
「い、いやっ、なんでもないぞ、アイリーンっ!」
 慌てて振り返った兵士に、殿様は細く目を顰めましたが、それ以上何かを言うことなく、枯れ木にしだれかかる欲張りじいさんを見ました。
 欲張りじいさんの手には、灰が入った袋が握られています。
 殿様は、枯れた木を見上げ、その近くで満開に咲き誇っている桜の木を見やりました。
 そうして、意味深に微笑んでいる欲張りじいさんへと、
「桜の花を咲かせてくださいますか?」
 そう、微笑みながら頼みました。
 欲張りじいさんは、手元の袋を見て、木を見上げます。
「……できるかどうかは、運次第ね。」
 言うや否や、袋の中へ綺麗な手を入れ、そのまま無造作に灰を掴みました。
 ちょっと掴みすぎたかと思いながら、風の赴くままに──灰を撒きます。
 けれど、灰は、枝に蕾を実らせることはありませんでした。
 そのまま、ビュゥ、と吹いた風に煽られて、欲張りじいさんの銀の髪にフワリフワリとまとわりつき、輿の上に乗った殿様の頬を嬲り、兵士達の目に入っていきます。
「うわっ!」
「げほっ、げほほっ。」
 灰は、風に乗って当たりを染め上げます。
 欲張りじいさんは、軽く眉を顰めて、髪をバサリと払いました。
 灰は、ヒラヒラと遠くへ遠くへ流されていきます。
「ななな……っ、何をする!」
 ばふばふと、灰まみれになった頭をはたき落とす兵士が叫ぶのに、木に背を預けた状態で、欲張りじいさんはハラリと灰を払います。
「ふふ──残念だったわね……。」
 どうやら、あのツボの中の灰は、普通の灰だったようです。
 きっと、子犬を埋めたところの松の木で作った臼の灰は、さきほど正直じいさんが全て撒いてしまったのでしょう。
 口で言うほどには残念に思って居なさそうな表情で微笑む、欲張りじいさんの胸元に、ヒラリ、と灰が落ちました。
 欲張りじいさんは、それを目にとめ、指先で摘み上げようとします。
 けれど、逃げるように灰はヒラヒラと胸の谷間に舞い込みます。
 おじいさんは仕方なしに、布をチラリと下げて、谷間に手を突っ込みました。
 その時でした。
 イタズラな風が吹いて、ひらりん、と欲張りじいさんの胸の布が、軽く揺さぶられたのは。
 思わず男どもの視線が、その豊かな胸元へと集中しました。
 殿様は、イタズラな風によって目に入った灰を拭い取りながら、
「……花、咲きませんね?」
 困ったように微笑み、そう欲張りじいさんに尋ねました。
 殿様の問いかけに対する答えは、
「…………咲いたな…………。」
 ぽつり、と兵士がしました。
 その瞬間、
「あなた?」
 軽やかな声が、欲張りじいさんの胸元に集中してしまった、中年男の上に落ちました。
 兵士は、ぎくり、と肩を強張らせて頭上を振り仰ぎます。
 視線の先には、おっとりと微笑む殿様の顔がありました。
「……花、咲きませんでしたね?」
 殿様は、兵士にもニコニコと微笑みながらそう言います。
 欲張りじいさんはその言葉に鷹揚に頷くと、
「そうみたいね。とても残念だわ……興味があったのだけど。」
 と、唇に軽く指先を当ててみせました。
 瞳を細めて、蕩けるように笑んで見せる欲張りじいさんの魅惑的な表情に、思わず殿様のお供たちの手が止まりました。
 殿様は、髪に舞いかかった灰をパラリと手で払い落として、布を掻き分け、欲張りじいさんに下へ降りてくるように言いました。
 欲張りじいさんは、その声に従って、殿様の間近くに降りてきます。
 ひらり、ひらり、と揺れる薄紅色の布地に、兵士達の視線が奪われます。
 見え隠れする美脚に目が奪われてしまうのは、欲張りじいさんの色香が罪深いせいなのでしょう。
 殿様は、それを良く分かっていました。
 ですから、地面に下ろされた輿の上から、ニッコリと艶やかに欲張りじいさんに微笑みかけると、そ、と自分の右手を差し出しました。
 その手の甲が、かすかに光輝いています。
 欲張りじいさんは、殿様の意図を読み取り、その場に跪きました。
 そして、殿様の右手に、自分の右手をかざしてみせます。
「花──もう一度、咲かせてみせましょうか? アイリーンさん?」
 欲張りじいさんが首を傾げると、殿様は嬉しそうに頷きます。
「そうしていただけますか? ……私と、二人で……。」
 二人は、ニッコリと微笑みあって、同時に唇を開きました。
「雷神槌。」

 どっごぉぉぉーんっ!!!!!



「こうして、欲張りじいさんと殿様によって、枯れ木に花が咲き、不埒な兵士達は、サックリとやっつけられてしまったのでした。
 めでたしめでたし────…………? あれ? あれれれ?????」



 カレッカの村のすぐ間近で閃いた閃光に、欲張りじいさんの帰りを待っていた欲張りばあさんは、軽く目を眇めました。
「おやまぁ──なんて綺麗な光の花だろうねぇ……。」
 どうやら、おじいさんは、花を咲かせるのに成功したようだと……。
 欲張りばあさんは、じいさんが褒美をたくさん貰って帰って来るのを、ノンビリ待つことにしたのでした。











「シーナ! クロミミは、シーナがした修行のこと、ちゃんとレパント殿に伝えるぞ!」
「シーナのことは、コボルト村で、勇敢な戦士だったと伝える!」
「……って、おいおい、お前らなぁ〜、かってに俺を殺すなよ……。」
「……!? しし、シーナ! 生きていたのかっ!」
「うわーっ!? ゆゆ、幽霊っ!?」
「いや、生き埋めになってねぇし! ……まぁ俺も、スイだったら、それくらいするかなー…………とかチラリとは思ったけどよ…………。」
「うふふふ……それは無いわよ。」
「そうですよー。だってスイさん、劇の始まりからずーっと、お出かけしてますから〜。」
「ああ、そういえば、ビッキーがテレポートで送ったと言っていたね? サラディの町だったかい?」
「はい! 何か、凄く重要な役割があるのだとか言ってましたよ。」
「ええ、そう。──たっぷり、花咲く灰を持っていったわ。」
「おお! この灰、凄いなっ!」
「すごいすごい!」
「その灰は、普通の灰ですよ、クロミミさん、ゴンさん。さっき、ジーンさんが撒いても、何も起きなかったでしょう?」
「?? 違うのか?」
「ええ、それは、ミルイヒ将軍が作った灰ではありませんから。」
「そうか……残念だな。けど、ミルイヒ殿は、そんなものまで作れるのか! なら、これで解放軍の砦も、花でイッパイに出来るな!」
「……………………それは、ちょっと……やめたほうがいいんじゃないかしらん?」
「え?」
「…………だってそれ……副作用に、毛が生えてくるって言っていたもの。」
「毛なら、おれもいっぱい生えてるぞ?」
「なら、リュウカンたちは大喜びだな!」
「オヤジ、良かったな〜! 毛が生えてくるってよ!」
「この馬鹿息子がっ!」
「てぇ! なんで殴るんだよ!」
「それじゃ、親子二人で、ふさふさですね、シーナさんっ! レパントさんっ!」
「ええ、そうなるわね……からだ中、ふさふさ……………………うふふ。」
「………………………………………………………………。」
「…………………………………………………………っっっ。」
「そう──だから、顔から、ミミから、指先からだって毛が生えてきちゃうの。一度剃ったら大丈夫らしいけど──剃るの、大変らしいわね。」
「はー……それじゃ、ふさふさがたくさん大量発生しちゃうんですね。」
「………………っっっ(声にならない)…………そ、それじゃ、ジーンさんも……ジーンさんも、お袋もふさふさにーっ!!???」
「うふふふふ。」
「…………ジーンさん?」
「なぁに、アイリーンさん?」
「教えてあげないんですか?」
「……ふふ。」
「最後にジーンさんが撒いた灰が、中和薬だったってこと………………。」




その日、サラディの東の山では季節外れの花が咲き誇り──風下に当たる都では、ちょっとした奇病が流行ったのだという。


天魁星様



 演劇第三作目をお届けさせていただきます。
 今回も、なんだか長くなってしまったのですが、クロミミとゴンと、シーナとジーンが書いていて楽しかったです(笑)。
 ちなみに、キャスティングは分かるとは思いますが、

ナレーション……ビッキー
正直者のおじいさん……クロミミ
正直者のおばあさん……ゴン
宝イヌ……シーナ
欲張りじいさん……ジーン
欲張りばあさん……ヘリオン
綺麗な鳥……フー・スー・ルー
殿様……アイリーン
お供の兵士……レパント

でお送りしました。
まだ次回、お会いしましょう♪