なぜ演劇をすることになったのか?
それは──酷く重い理由だった。
ある朝、いつものように顔を洗いに出かけた先で、どんっ、と置かれた掲示板があった。
そういえば、昨日だったかおとついくらいだったか──ウィンドウやロックたちが、何やら作っていた覚えがあった。
それは、コレのためだったのかと思うと同時、レオンは苦笑を覚えずには居られなかった。
確かに、始めは弱小としか言い様のない、小さな勢力であった解放軍も、いまや帝国の都と堂々と張り合えるほどの軍勢に成長した。
伝達事項をスムーズにするためにも、掲示板は必要であろうが──それも、もうすぐ終わりなのだ。
いまさらといえば、いまさらじゃないかと、そう思わずには居られない。
何せ、解放軍は、先日シャサラザードを落としたばかり。
今は乗りに乗っている状態で、このまま都を攻め落とそうと言う、まさにそんな時期なのだ。
そうして、都を攻め落としてしまえば、このような湖中の砦は必要なくなってしまう。
だから、掲示板なんてものを今作ったとしても、もうあと一ヶ月もしないうちに、無用の長物となってしまうのだ。
──シャサラザードの一件で、上層部しか知られていない、重要な事件が起きていても……レオンも、そして死の淵にあるだろうマッシュも、「そんな事実」だけで、攻め入る好機を逃すつもりはないのだから。
「……………………。」
レオンは、知らず眉間に寄った皺に、溜息を零しながら掲示板の前を通り過ぎようとした。
建てられたばかりの掲示板には、紙切れが一枚張り出されている。
最初の掲示が何なのか、興味が無いわけではなかった。
もっとも、副軍師という立場にあるレオンにしてみれば、彼よりも情報が早く公開されることなんて、ないはずだけど……と、そう思ったのだが。
「……………………………………………………………………。」
顔を洗いに行くための足が、ぐるん、と90度角度を変えた。
さらに、冷たい水で洗うまで、スッキリさめないはずの頭まで、ものの見事に吹っ飛んだ。
「な、なな……っ。」
がしっ、と、木で作られた掲示板の両脇を掴み取り、ぱくぱく、と口を開け閉じして──軍師にあるまじき態度で、彼はゴクンと喉を鳴らした。
そして、そのまま悪鬼のような形相で、掲示板を叩きつけるようにしてそこから身を剥がし取った。
「何考えてるんだ、うちの軍主はーっ!!!!!?????」
本日、一度目の叫びであった。
死の臭いが濃密に垂れ込める室内で、老人はゆっくりとクスリを煎じていた。
混ぜている薬は、少し量を間違えれば、死に繋がるような劇薬に近いものばかりであった。
煎じている張本人も、それを煎じられている張本人も、それがどういう意味合いを持つ薬なのか、良く分かっていた。
もし、将来──まだ先の、生き続ける未来を思うならば、決して煎じてはいけない類の、服用してはいけない類の薬だ。
薬の足りない前線で、兵士達が麻薬だと分かっていながら、痛みを感じず戦えるように飲む、安物の薬と紙一重の──けれど、普通では購入できないような、高価な薬。
それは、「今」を乗り切ればいいだけのために煎じる薬であった。
強烈な効果があるけれど、決して体に良い訳ではない。
流れ出る血を強引に引きとめ、無理やり脳を活性化させて、心臓の補強をして──消える前の蝋燭が、一瞬大きく燃え上がるような……そんな効果をもたらせるための、そんな効果を、ほんの少しだけ長引かせるための薬だ。
それをあえて煎じる意味を、医師も良く知っていたし、患者も知っていた。
このまま放っておいても、長くはない。
いや──、万に一つではあったけど、生き延びれる可能性もあったのだ。
彼が、あのままおとなしく養生することを選んでくれていて、今もまた、素直にリュウカンが差し出す薬と手当てを受け入れてくれていたならば──の話ではあったが。
ひゅぅ、ひゅぅ……と、力ない呼吸の音がリュウカンの耳に届く。
リュウカンは、自分の左右に広げた薬の粉を見やるついでに、皺と白い眉に埋もれかけた目を、ゆっくりとベッドの上の住人へと走らせた。
血がとまらない。血の気が足りない。食べなくては力がつかないのに、食べる力もない。
正直な話、未だに生きているのが奇跡だと思えるほどの重体だ。
こうして閉じた部屋の中では、膿んだ匂いと、腐った血の臭いばかりが垂れ込めている。
死ぬ臭いだと、リュウカンも知っていた。
隠居する前は、日常のように嗅いでいた臭いだ。
若いころ、戦場医師として活躍していた頃には、当たり前のように目の前にあった光景だ。
もちろん、この解放軍でも、リュウカンは誰よりも死を間近で見てきた。
だから、分かる。
彼は、もう、死ぬ。
床に直接座っているリュウカンからは、ベッドの上の人間の顔は、まるで見えなかった。
ただ、かぶせた毛布が上下するのが見えるだけ。
それだけが見えたら、十分だった。
まだ呼吸はとまっていない。
まだ彼は生きている。
リュウカンは、再び視線を落とし、広げた薬の量を測り始めた。
ここ数日で、随分ヤツレタと思う。顔に血の気が戻ったことは、一度もない。
静かな気迫を兼ね添えていた姿も、何もかもが──遠い日のようだと、そう懐古するばかりだ。
ひゅぅ、ひゅぅ……と、喉が引きつるような音がする。
呼吸をするたび、激痛が走っているはずだ。
自分の鼓動が……弱弱しい鼓動が、常に全身を駆け巡っているように感じるはずだ。
寒くて、痛くて、重くて、どうしようもないはずだ。
その気力さえ離してしまえば、後はもう────…………永遠が待っている。
そうならないために、彼は頑張っているし、リュウカンも頑張っている。
それでも、思うのだ。
致命傷を負った兵士達には、楽に死ねるようにとトドメを差してやることが優しさだと──義務だとすら言うのに。
どうして彼は、苦しくても、痛くても……死ぬために、生き延びなくてはいけないのだろう、と。
ココまで来た彼に、せめて勝利を見せてやりたいとは思う。
思うけれど、同時に思うのだ。
もういいではないか、と。
もう、彼を──解放してやっても、いいではないか………………、と。
「………………………………。」
幾十もの戦場を見てきたリュウカンだからこそ、思うこともある。幾百もの死を見取ってきたからこそ、思うこともある。
ここで死ぬことは出来ないと、心臓を貫かれても、倒れずにそのまま死んだ男もいた。
ココまで来れるはずもないほどの傷を負っていても、這ってでも町に知らせに帰ってきた男も居た。
みな、死ぬために、生きた。
死と引き換えにしても大切なものがあった。
死ねないと口にしながら、死ぬために、生きた男たちだ。
────たとえ、誰がそう口にしても、もういいのだと、そう言ったとしても。
彼らは、自らの想いのために、決して死ぬことを止めないのだ。
死へ向かって走っていくような光景にしか見えなくても──そんな彼らが残す想いは、受け取るにはあまりにも重い。
そのたびに、リュウカンはいつも思うのだ。
自分の力のなさを痛感せずには居られないのだ。
「……………………。」
その想いの強さが分かるからこそ、その必要性が分かるからこそ、彼らの死を貫くほどの想いを尊重して、強すぎる薬を煎じるしかないのだ。
「……………………。」
頭の中で、グルグルと回り続ける考えを、断ち切るように、リュウカンはゆるくかぶりを振った。
そして、そのまま薬を入れるための包みを取ろうと手を伸ばし──ふと気づく。
いつのまにか、規則的に繰り返されていた呼吸が、とまっていた。
「…………いかんっ!」
目つきも鋭く、リュウカンはベッドの上を睨みつけた。
腰をあげて、老人とは思えないほどの素早さでベッドへと近づくと、蒼白な顔色で横になっている男の、割れた唇へ指を当てる。
そして、もう片手で脈を取ると、慣れた仕草で男の後ろ頭へ手を差し伸べ、彼の喉を反らせた。
そのまま固定させると、小さくなる脈をとどめるように、自らの唇で息を吹き込む。
胸が上下するのを確認して、そのまま何度か同じ動作を繰り返す。
老体にはつらい作業であるだろうに、彼はそれを何度も何度も繰り返した。
額から汗が滲み出ても、脈を抑える手と、鼻を抑える手から力が抜けることはない。
何度か冷たい唇に息を吹き込むと、弱弱しい咳が口から零れ、そのまま聞こえるか聞こえないかの呼吸を始めた。
リュウカンは、荒い呼吸をしながら、そんなマッシュを鋭く見下ろす。
閉じたままのまぶたを見つめ、揺れる唇を見つめ、手は脈を取ったまま、唇を引き結んで見守る。
しばらく隣にたたずんでいたが、それ以上は何の変化もないようであった。
リュウカンは、下唇を噛み締めると、米神から流れる汗に無頓着なまま、その場にしゃがみこむ。
そして、マッシュの冷たい手首を掴む手を、彼の掌に回し──祈るように、彼の冷えた手を握り締めた。
「マッシュ殿──……。」
呼びかけて、戻ってきてくれるというなら、いくらでも呼びかけるつもりだった。
けれど、リュウカンの呼びかけにはまるで答えず、マッシュはただ眠り続けるばかりだった。
──もう、時間が無いのだと………………ヒシヒシと感じながら、もう一度祈るように、自らの額に彼の手を押し付けて、強く目を閉じるのであった。
その彼の耳に、心細い呼吸音が届く。
規則正しいとは言えない、弱弱しい音だ。
リュウカンは、そんなマッシュの息の音を聞きながら、零れ出る吐息を無理やり飲み下した。
そして彼は、しっかりと目を見開いて、自分がなすべきことを見据える。
握り締めた骨ばった掌──骨と皮ばかりになったリュウカン自身のそれよりも、もっとずっと凍えている、冷たい指先。
ここ数日の、生死を彷徨うよう重症のために、頬はこけ、手からも弾力がなくなっていた。
カサカサに乾いた皮膚をなぞり上げ、リュウカンはマッシュの手をそっと布団の中に戻す。
強壮剤を、もう少し強めに作らなくてはならないだろう。それから、お湯を貰ってきて、ここで湯気も立てなくてはいけない。
後は──……そう考えながら、リュウカンがベッドの傍から離れようとしたときであった。
ガシリ──と、思いも寄らない力強い手で、手首を握られた。
「──……っ。」
振り返った先で、先ほど布団の中に戻したはずの手が、指先が白くなるほどの痛々しさを伴って、しっかりとリュウカンの手首を掴んでいた。
「マ……シュ……どの……?」
驚いて、掠れた声をあげたリュウカンに、ベッドの上から、白いシーツにうずもれた顔を出して、マッシュが薄く目を開いていた。
見るも痛々しくコケた頬の上に、くっきりとした隈が出来ている。
けれど、薄い瞼の下から覗いた目は、充血して枯れていたが──宿る光は、死んでいなかった。
それどころか、鬼気迫るほどの光を、リュウカンへと向けていた。
「……れ……け……。」
「マッシュ殿?」
慌てて、ベッドから離れようとしていた体を戻して、彼の声が良く耳に届くようにと、顔を覗き込ませる。
痛いくらいに食い込んだ指先に、眉を寄せながら、リュウカンは神経を耳に集中させた。
掠れた声が、荒い呼吸にまぎれて聞き取れない。
けれども必死に何かを伝えようとする瀕死の重病人の相手は、慣れていた。
さほど苦労もせずに、唇の動きで彼が言いたいことを読み取ると、リュウカンは深い溜息を零さずにはいられなかった。
鋭いとしか思いようのない目でこちらを見返してくるマッシュに、リュウカンは彼の望む答えを返す。
「あれから半日も経っていませんよ──……。」
「………………。」
ひゅぅ……と、喉が掠れた音を立てる。
マッシュの望む答えをリュウカンが返しても、彼は手首を握り締めたまま、手から力を抜くことは無かった。
これは、自分が何をしているのかもわからないほど朦朧としているのかと、リュウカンは自分の節ばった手を、そ、と彼の手の甲に重ねた。
──同時。
がしり、と、その手の甲を握られた。
まるで、何かにすがるように────強く。
「……マッシュ殿……。」
どうか今は、まだお休みくださいと──リュウカンが、そ、と彼の掌をはがそうとするが、マッシュはそれを許さない。
彼は、目を剥くようにして、リュウカンを見上げる。
「────…………どれ……くらいで……動けるように、なりますか……?」
彼は、あきらめていない。
戦場に立つことを──最後の戦場に、軍師として立つことを、あきらめていない。
この体では、どれほどだましたとしても、立ち上がるのが精一杯だと言うのに……。
リュウカンは、ギリ、と唇を噛み締め──彼から視線をそらす。
しっかりとリュウカンの手を握るマッシュの手に力がこもり、瀕死の状態であるはずの男の体に、まだこれほどの力が残っていたのかと、苦痛にリュウカンは喉を鳴らした。
「リュウカン殿……教えてください……。
私は……まだ……死ぬわけには、いかないのです……………………。」
いっそ、楽にしてあげようと、そういえたらどれほろ楽だろうか?
楽にしてくれと、そう口にしてくれる男であったなら、どれほど楽だっただろうか?
でも、目の前に居る男は、そうではなかった。
「────………………一週間……一週間は、治療に専念してくださらないと、クワバの城壁までは……体が持ちません。」
治療と、そう口にする自分がうそつきだと、リュウカンは苦い思いを噛み締める。
これが、治療なんかであるはずがなかった。
「…………では…………スイどのに………………お伝えください……。」
「────…………。」
一度、苦しそうに息を吐いて、マッシュはゆっくりと目を閉じた。
リュウカンは、無言でそんな彼を見守る。
疲れたように瞼を閉じると、マッシュの表情に宿った死の影が、一段と濃くなって見えた。
「スイ様に……?」
マッシュは、促すようなリュウカンの声に、ソロソロと……瞼を上げる。
一瞬空ろを宿した視線は、すぐに強いひらめきを持ってリュウカンを捕らえた。
割れた唇が痛むのか一度乾いた舌先で湿らせた後、マッシュは重い首をめぐらせる。
「…………………三日…………、時間を、稼いでくださいと…………。
方法は、おまかせいたしますから………………。」
「…………………………三日?」
「ええ……。」
濃く刻まれたリュウカンの眉根の皺に気づいているだろうに、マッシュはそう断言した。
つまり、それは同時に、なんとかして三日で起き上がれるようになりたいと、そう告げているということだった。
「三日──それ以上は……無理ですから………………。」
「…………三日で、あなたの体を起こすのも、無理だと……わかっているのですか?」
力なく呟かれたリュウカンの言葉に、マッシュはスルリと彼の手首を掴む手を緩めた。
解かれた手首に素早く視線をやると、マッシュの握り締めた跡が、クッキリとついていた。
リュウカンはその跡に見向きもせずに、ノロノロと布団の中に自分の手を戻そうとするマッシュに手を貸した。
まるで壊れ物を扱うかのように、そ、と布団の中に戻してやったあと、マッシュの顔を見やると、彼はソロソロと瞼を閉じるところであった。
完全に瞳を閉じ終えて、マッシュは小さく吐息を零す。
「少し……休みます………………。」
あとは、おねがいします──と、口の中に消えていく言葉を耳にして…………リュウカンは、強く唇を引き締めた。
──できることが何であるのか。
「…………………………。」
ほどなく、マッシュの唇から吐息が零れ始める。
その、穏やかな表情とは違う──静かな寝顔を、しばらく見下ろしていた。
しかし、安定した呼吸が何度か繰り返されるのを確認した後、リュウカンはベッド際から離れた。
たとえ、それが彼の命を縮めることにしかならないとわかっていても。
彼の命を救うことには、決してならないと、わかっていても──。
「それが──私のすべきことだ…………。」
音を立てないように気をつけながら、リュウカンは濃密な死の臭いばかりが垂れこめる扉から、表へと──、スルリと抜け出した。
バンッ、と、テーブルの上に紙切れが叩きつけられた。
テーブルの主であり、この解放軍のリーダーであるところの少年は、その紙切れと、ソレを持ってきた男の顔を見上げて、軽く首をかしげる。
年の頃は14,5。童顔に見えるのが珠に傷、だとか自分で言ってれば世話のないことを、堂々と口にしてみせる少年は、
「だって、最近、暇じゃない?」
そう、言ってのけた。
執務室に無言で入ってきた副軍師が、無言で怒りのオーラをまとって出した紙への第一返答が、コレであった。
思わずレオンが米神に青筋を立てたのも無理はない。
「暇じゃありません! 今がどういう状況か、きちんと分かってるんですか、あなたはっ!?」
つい先日シャサラザードを落とし、次はいよいよ都の番だと言う時である。
この重要な時期、どうしてリーダーであるところの少年が、「暇」だなんて口にすることが出来るのだろうか? いや、出来るはずはない。
解放軍に参加するまでは、お飾りのリーダーだから、そんなのんきなことが言えるのだと、そうせせら笑っておしまいであったが──今のレオンは知っている。
目の前の、どう見てもクソガキにしか見えない少年は、正真正銘の覇王としての素質を持った……言いたくないが、優秀なリーダーであると言えよう。
────こういうところさえ、なければ、であるが。
「だから、暇な時間を使って、余暇を楽しもうと思ってるんだけど?」
ほら、コレ、と、彼は何の気もなしに、目の前の紙を指で示して見せた。
そんな少年は、レオンは眉を引き絞って叫ぶ。
「マッシュがどういう状況でいるのか、分かっているのですか!? 今は、一刻も早く攻め入るべきです! マッシュ自身も、そう言ったはずでしょう!?」
奮起すると、そう宣言したのは、つい先日のことだったではないか、と。
悲鳴に近い声をあげるレオンに、もちろん分かってるさと、少年は笑ってみせる。
そして、そのままの笑顔で、サラリと──、
「だから、サンチェスに手紙を書かせたんだ。──正規軍視、マッシュ=シルバーバーグ危篤って。」
「…………なっ、にを……っ。」
思わず息を詰めてしまったレオンを、誰が責められるだろうか?
スイは、口元に刻んだ微笑をそのままに、目だけ鋭く変えると、上目遣いにレオンを見据えた。
「シャサラザードで、ソニアが最後の抵抗としてマッシュを刺した。そのため、マッシュ=シルバーバーグは重体。解放軍側はそれを隠して、クワバの城壁を攻撃しようとしたが、サンチェス自身が解放軍を撹乱させるために、マッシュ危篤の情報を下級兵にリークしてしまう。
このことにより、解放軍は動揺に見舞われ、うまくまとまりがつかない状況である。また、それでもソニアを死刑にしようとしない軍主に対する不満の声もあがっている状況で、後少しのところだからこそ、生まれた隙を使って、解放軍の結束を緩めていく方針である。
なお、クワバの城壁の攻撃は、以上の理由により、現在幹部連で会議が行われている状況である。」
「…………………………。」
渋い顔になるレオンに、スイは冷えた笑みを口元に広げて見せる。
「嘘も書かせたけど、事実も交えてはある。
──この間の奮起の時、マッシュは無理やり床から立ち上がっただろう? ……皆、伊達に戦場を潜り抜けて来ていないからね────。」
言葉を濁すようにそこで途切れた先は、口に出されずともレオンには理解できた。
マッシュは、無理やり薬と気力で立ち上がり、病み上がりの顔だけど、十分元気だとそう演技していたのだが……分かる人間にはわかるのだろう。
死を控える人間の持つ、独特の雰囲気というものに、気づかないはずがなかった。。
「それに追加して──甘いとは思うけど、マッシュの容態が良くない。
最後の戦場には、彼にも参加してもらわなくては行けないから、マッシュが立ち上がれるようになるまでの時間稼ぎは……してもらわないとね。」
「! マッシュを、クワバに連れて行くつもりですか?」
まさか、と顔を大きくゆがめるレオンに、スイはゆるくかぶりを振った。
一度まぶたを落とし、ゆっくり──紅の双眸で彼を見据える。
「グレッグミンスターに、だ。」
「────……っ。」
告げられた言葉の重さを、意味を──……噛み締めるように、レオンは下唇を噛み締める。
うめきにも似た声を漏らし、
「…………馬鹿なことを…………っ。」
「それでも、誰もが知っていることだ。
戦場に正規軍師が居るか居ないかで、士気が違う。
最後の戦いだからこそ──決して負けられないからこそ………………。」
言葉を区切って、スイは指先を組み合わせる。
「マッシュは連れて行く。」
きっぱりと、言い切った。
彼もまた、それを望んでいるから、と。
「…………………………っ。」
それ以上は何も言えないからこそ、レオンは反論することはなかった。
それが一番、解放軍を勝利に導く確立が高い方法であると、レオン自身もわかっているからだ。
ぎゅ、と握った拳の意味を、自分でも図りかねたまま、レオンはスイを睨みつける。
その彼の凄んだように見える目を、静かに見返して、スイは淡々と続けた。
「……けれど、サンチェスの報告書だけでは、時間稼ぎが出来て、せいぜい1日──。」
脚を組み替えて、テーブルに肘をついたスイは、自分の手の甲に顎を置く。
少し物憂げにまつげを伏せるように、机の上に叩きつけられた書面を見つめながら、
「そして、こちらが稼ぎたい時間は──四日。」
低く、そう告げた。
「四日?」
この状態で、一体どうやって四日もの間、解放軍メンバーにも不信がられないように、帝国にもばれないように、時間を稼ぐというのかと、レオンが厳しい顔つきになるのに、スイはヒタリ、と彼を正面から見据えた。
「そのために、今回の企画を捏造したってワケ──これなら、誰もが演劇に目が行ってしまい、時間の感覚もなくなるし……それに、それにかこつけて、帝国兵を撹乱妨害することも出来るしね。」
「帝国兵を撹乱妨害? 演劇にそのような効果があると?」
いぶかしげになるレオンに、スイは、そんなことも分からないのかと──壮絶なまでの微笑でもって、こう答えた。
「効果があるんじゃない。演劇にかこつけて、撹乱妨害をするって、言ってるんだ。」
「………………………………そうして、マッシュが回復するのを待つと? 一歩間違えれば、危険だと──解放軍にとっても、危険な賭けです。」
レオンがきっぱりと言い切る言葉の裏には、彼が一刻も早く、確実に戦争を終わらせようとしている強い意思が見て取れた。
もちろん、その気持ちはスイだとて同じであった。
けれど。
「心配しなくても大丈夫だ。マッシュの体調を考えて、ちゃんと軍師組の出番は、最終日に持ってくるようにするから。」
あえてスイは、そう答えてみせた。
もうこれ以上、レオンとそのことについて議論するつもりはないのだと──そう言うように。
「…………っ。」
ぎゅ、と握り締めるレオンの拳の白さを見つめて──スイは、彼にわからないように、苦い笑みを刻み付けて見せた。
────戦争というものは、ただ戦いが終わっただけでは、「終わる」ものではない。
その事実は、戦というものを潜り抜けてきたレオンには、良く分かっていることだろうに……いや、だからこそ彼は、マッシュの命を少しでも永らえさせようと、そう思っているのかもしれない。
残酷な軍師だと言われたレオンよりも──マッシュに対しての扱いや感情は、スイやマッシュ自身の方が、ずっと残酷だろう。
それでも。
「──このままでも、戦争が終わるまで生き延びることの出来ない命なら……最後まで、立役者であらねばならない──……。」
マッシュが必要なのは、クワバの城壁の兵士と戦うためではない。
グレッグミンスターに突入するためではない──。
彼が今、戦に出なくてはいけないのは、戦争が終わった後の世界のためだ。
そのために、彼はまだ死ぬわけには行かないし──死なせるわけにもいかない。
「……………………。」
スイは、レオンが顔をあげるよりも先に、
「それじゃ、そういうことで、あの掲示板どおり──明日から開始だ。」
解放軍の副軍師に向かって、笑顔でそう断言して見せた。
そんなスイの言葉に、レオンはもう──何も言わなかった……。
「僕に出来るのは、マッシュが立ち上がるまでの間の、時間を稼ぐこと……。
それも、酷く効果的に────、だ……………………。」
そのためなら──手段は、厭わない。
しかしやるからには、徹底的に楽しくするのが軍主の性格であった。