最近、良く思い出す。
 彼女の淡い微笑みの意味。
 彼女の見せた表情の意味。

──あの人の、淡く儚い……そうでありながら、強い意思に満ちた………………




最期の微笑みを。













ありか

在り処

1主人公:スイ=マクドール







 ぴしょん……と、水音が立った。
 同じに、頬に冷たい感触が落ちる。でもそれは、痛いわけではなくて、優しい感触すらした。
 つぅ、と滴るそれが、頬の輪郭を伝い、唇に触れる。
 彼は、意識することなくそれを舌先で舐め取る。
 唇の端に触れた水滴は、赤い舌先に吸いこまれるように唇の中に消えた。
 でも、頬から唇に伝う跡は消えない。それは、赤い道筋となって残っている。
 舌先に残った鉄の味に、少年は、ああ、と気付く。
 自分の頬に触れたもの。
 それは、水ではないのだと──これは、誰かの……自分ではない誰かの、「血」なのだ、と──。

「それを甘く感じたら、おしまいよ。」

 耳によみがえる声。
 これは誰の声?
 ぼんやりと思いながら見上げた先から、再びピションと水音が立った。同じように、同じ場所に、水が──いや、血が落ちる。
 今度は少年は、それを舐め取ることなく、右手で拭い取った。
 そして、そのときになって初めて気付いた。頬に当たる感触が、いつもと違ってざらついていない。──そう、いつもつけている皮手袋がないのだ。
 剥きだしの忌々しい紋章が、はっきりと目に飛び込んでくる。
 呪われていると俗に言われているように、黒く、畏怖を誘う紋様。それは、いつも隠すかのように手袋の下に隠れているはずなのに、白い手の甲にくっきりと浮き出て見えた。
「………………っ。」
 どうして、だとか、なぜ、だとか、そういう愚問は頭に浮かばない。
 その代りに、目の前で何かが弾けるような感覚がして、唐突に頭が閃き、思い出した。
 ──今は、戦闘中なのだと。惚けている場合ではなかったのだと。
 思うと同時、彼は右手を掲げていた。
 呪われた紋章を、自らの頬から離すように、高々と掲げる。手の甲に意識を集めると、その暗き闇の紋章が熱くうなるのが分かった。
 意識するのは、この紋章を支配しようとすること、この紋章に命じること。
 「これ」が、血を滴らせている人を食わぬように、セーブすること。
「生と死の紋章、ソウルイーターよ、わが命に従い、その力を放てっ!」
 口にした言葉は、決まった文句なわけじゃない。
 ただ、そうやって口にすることで、その紋章の主が自分なのだと、そう思いこもうとしているようだった。
 口にして、力を解放することで、紋章を操っているのが自分で、自分が命じている限り、紋章は暴走しないのだと──そう信じようとしているかのようであった。
 本当は、早々使うような紋章ではない。世間に出まわっているような、紋章球に入っている類の紋章とは、訳が違うのだ。
 特にこの紋章の、誰もが恐怖と畏怖を覚えるような力は、たやすく使って良いものではない。
 けれど、血の主を救うためには、戦闘を終わらせる必要があった。
 ──そうだ。皆疲れていて、だからこそ、誰かが傷つく前に戦闘を終わらせようと、手袋を脱いだのだった。
 なのに、しくじった。手袋を脱いだ後の意識がない──眠らされてしまっていたのだ。
 そんな失態をしたにも関わらず、起きてすぐも、つややかな赤い色に見蕩れて惚けていたなんて……なんて、無様な。
 キリ、と、下唇をかみ締めて、少年は右手の甲に集った力を意識する。
 闇の力──溢れる暗黒の力。常人では使いきれない、手におえない巨大な力。
 それが、爆発する。
 ぐあんっ、と、音にならない音が全ての物の鼓膜を打った。
 それが衝撃を持って一同の胸を振るわせ、全ての刻が止まったかのように、目の前が真っ暗になる。
 かと思うや否や、どこからともなく涌き出た闇は、唐突に収縮して──音と共に、何もかも消えうせた。
 残されたのは、何も残っていない、静寂。
 先ほどの光景が夢だったかと思うかのような光景が、広がっていた。
 手の甲が、ジンと熱い。力を放った後のしびれるような感覚に、彼は手首を握り締める。
 そうしていないと、まだ力が溢れそうだった。
 一度キツク瞳を閉じる。
 仲間達の、荒い息遣いが聞こえた。それに重なるようにして──いや、今にも消え入りそうに、すぐ間近で吐息に近い息遣いも聞こえた。
 彼は、おっくうそうに紅の瞳を開き、のろのろと頭をあげた。
 目の前に、血の色が、跳びこんでくる。
「クレオっ!」
 誰かが叫びながら駆け寄ってくる。それは、切羽詰った声だった。
 剣を投げ出す音、地面を蹴り上げる音──そして。
 ぴしょん……と、再び水音が立った。
 少年の白い頬に落ちるのは、紅の彩り。美しいまでの──つややかな命の水。
「今すぐ回復の魔法を……っ!」
 ぼんやりとそれを見上げた少年の耳に、いつになく慌てたエルフの青年の声が聞こえた。
 弓を投げ捨て、キルキスが右手首を抑えるている。今から紋章を発動させようとしているのは、間違い無い。彼は、このメンバー内唯一の回復役で、今日も朝から何度もお世話になっていた。
 あの弓は、大切な弓だと、そう言っていたのに──それが、弧を描いて地面に跳ねるさまを、妙にゆっくり感じながら、少年はそんなことを思っていた。
 その瞳の端に、蒼白な顔をした女性が映る。
 唇が紫色で、今にも倒れそうな表情をしているのは、誰が見ても分かるだろう。
 彼女はどうして、こんなに辛そうなのだろう……?
 久しぶりに紋章を解放した後遺症か、頭が上手くまとまらない。彼女が自分の大切な女性だと言うことはわかるし、その腕が血にまみれていることも分かる。けれど、それと彼女の辛そうな表情の意味がつながらない。
「クレオ……?」
 一体、どうしたの? と、スイは手を伸ばしかける。
 けれど、その手は、声に反応した彼女が浮かべた微笑を前にして、そのまま宙で止められる。
 それは、儚くも美しい……けれど、強い意思に満ちた、「あの人」と同じ微笑みであった。
 そんな微笑みを見たのは、ずいぶん昔のはずなのに、まるで先ほど見てきたかのように、鮮明に面影が重なった。
「良かった……。」
 かすれた声だった。いつもの快活で綺麗なそれじゃない。
 どこか苦しげに、吐息がこぼされる。
 再び、水が落ちる。彼女の命の水。優しい流れ。
 でも、痛い流れ。
「…………クレオ………………?」
 彼は、目の前に見える真っ赤な光景を、ぼんやりと見つめる。
 白い腕……華奢な腕は、真っ赤に染まっている。
 それは、誰の腕? それは──誰の血? 誰の、命……?
「ご無事で………………ぼ……ちゃん…………。」
 彼女は、そう言って、瞳を辛そうに閉じた。
 呼びかけられ名前は、呼ばなくなったはずの呼び名。
 あなたは、「マクドール家の嫡男」としてではなく、「軍主」としてここにいるのだから、という、彼女の意思から呼ばれなくなったそれ。
 でも、今、彼女は、昔から呼びなれた呼び方で、自分をそう呼んだ。
 それは、優しい笑み。
 それは、暖かな笑み。
 それは──────死にいく者が見せる……………………。
「クレオ………………っ!」
 とっさに、スイは起きあがり、クレオの腕を掴む。
 けれど、彼女の反応はない。
 閉じられた瞼が、青ざめて見えた。
「クレオっ! クレオっ!!」
 ぐらり、とかしいだ体を、必死で受けとめて、妙に軽い感のある体を抱きかかえる。
 その瞬間に、目に飛び込んでくる。角度のせいで見えなかった、血が溢れる場所──左肩に走った裂傷。
 まるで鋭い爪かキバで裂かれたかのような、抉り取られた深い傷だった。
 ざっくりと裂けた傷は、皮膚が盛り上がるような状態で骨まで届いていた。溢れてくる血の勢いが強くて、とまらなくて、裂傷の傷口の具合も、どれほど奥まで傷ついているのかも、わからない。
 赤い血が溢れていく。
 独特の匂いが鼻をついて、スイの腕を濡らす。
「クレオっ!」
 スイは、血の滴る腕を握り締めて、首を傾ける彼女に叫ぶ。
 その彼の腕を、ビクトールが掴んだ。
「スイっ! 揺らすんじゃねぇっ!」
 いつも飄々としている男が、その目を爛々と輝かせたまま、怒鳴る。
 思わずスイは、ビクンと肩を揺らし──揺れた眼差しのまま、ビクトールを見上げた。
 その彼の肩越しに、キルキスが必死の表情で手をかざしているのが見えた。
 彼の右手は、淡い光に包まれていて、彼が必死で術を行使しているのが分かった。
 バレリアが、そんなキルキスの隣にひざまづくと、自分の服の裾を引き裂き、それでもって彼女の肩を強引に縛った。
 それでも、クレオは身じろぎ一つしない。まるで、すでに命を失ったかのようで、スイは一度身震いした。
「大丈夫……まだ、大丈夫です……。」
 うわごとのように、キルキスが呟く。その額ににじんだ汗は、彼の魔力自身が限界に近いことを語っていた。術を発動しつづけるのも、辛そうに見えた。
 袋の中を探っていたフリックが、何も回復薬がないことを知ると、大きく舌打ちしてスイを見る。
「スイ、瞬きの手鏡だ。すぐに本拠地に戻ろう。」
「いや、この状態のままだと、たぶん、転移に耐えられるかどうか……。」
 急くようなフリックに、バレリアが冷静に止めた。
 見下ろしたクレオの様子は、どう見ても重傷者のそれで、傷口の血の勢いもかすかに弱まったようにしか見えない。とてもじゃないが、転移に耐えられるような状況であるとは思えなかった。
 服が真っ赤に染まり、べっとりと皮膚に貼りついているのが、痛々しいくらいである。
 額ににじんだ汗に、前髪が貼りついている。長い睫が影を落とす様が、まるで死に人のようであった。
「……………………。」
 スイは、だらん、と落ちたクレオの腕を見た。
 そっと地面に横たえられたクレオの体から、はみ出るように飛び出ている感じのする左手には、今だに飛刀が握られている。それに手を当てると、もう握っている力もなかったのだろう、からん、と血を吸いこんだ状態で、地面に落ちた。
 スイは、それをそっと遠ざけてから、クレオの左手を取った。その手が、思いもよらず冷たくて、一瞬息を詰めた。
 それから、自分の右手を、彼女の手首に添えて──その拍子に右手の甲の紋章が目に入り、彼は無言で左手に持ちかえる。
 力を使った後の紋章は、どこか血を求めているような、そんな感じがしたからだ。
 右手で彼女に触れないように気をつけながら、スイは彼女の脈を探る。
 小さいけれど、しっかりと脈打つそれは、思ったよりもすぐ見つかった。
 良かったと、そう思う反面、思い知る。──戦闘を繰り返し、脈を取るような状況に慣れてしまっているのだと。
「…………この近くに、村か町はないか? 医者のいるような……っ。」
「それでどうする? 走るのか?」
 フリックが顔をあげて、あたりを見まわすのに、バレリアが小さく舌打ちする。
「町や村があったとしても、往復するのにどれくらい時間がかかると思っている? 馬も馬車もないんだぞ?」
「でも、何もしないよりはマシだろうがっ!」
 このままでは、死は免れても、彼女の体のどこかに後遺症が残ってしまうのは、まず間違い無い。
 何せ、彼女が怪我をした場所は、肩は肩でも、首筋に近い場所──しかも血の量が多すぎる。
 キルキスが必死で回復を唱えているものの、今の今まで戦闘を繰り返してきた体だ。もう魔法力だって残り少なかったはずだ。
 彼が無理をして術を唱えているのは、誰が見ても明らかであった。
 そして何よりも、術の光がクレオにもたらしている効果は、すずめの涙ほどしかなかった。剥きだしの肉も、盛りあがるどころか血をタラタラと流しつづけるだけで、一向に塞がることはない。
 このままでは、出血多量で──……。そうなっては、いくら術があっても、彼女は助からない。
 医者がいるのだ。彼女に血を注いでくれる、医者が。
 けど、ここにはいない。
「それはそうだけどね……っ!」
 バレリアも、苛立つように髪を掻き上げる。
 キルキスの術を見守っていたビクトールが、荒く舌打ちしたその瞬間、
「ビクトール、フリック、バレリア。」
 凛、とした声が響いた。
 瞬間、はっ、と彼らは我に返る。
 クレオの左手首を取っていた少年が、その先にいる。
 彼らが軍主とあがめ、奉り──そして、リーダーとして認めた少年は、必要以上に静かな瞳で、三人を交互に見据えた。
 こんなときだというのに、その鋭い眼差しに、背筋がぞくりとするのを感じて──三人は、ひそかに顔を歪める。
 傭兵としても、戦士としても、一流に入るだろう彼らを相手に、スイは静かに告げる。
「脈が、小さい。このままでは、一時間持たないだろう。」
 その声は、抑揚もなく、震えてもいなかった。親しい人の死が近いことを告げるような口調ではなかった。
「スイ……──。」
 痛ましい表情で、フリックもビクトールもバレリアも、クレオに目を落とす。
 どうにもならないのか、本当に? ここから一番近い町まで、走っても一時間はかかる。向こうに着く頃には、クレオは息絶えているし、こんな状態の彼女を連れて走ることなど出来ない。
 無言で辛そうな表情になる三人に、スイは、柳眉をひそめて告げた。
「キルキスの魔力はあまりないのは分かっているのだろう? 無駄に時間を使うな。」
 いつのまにか、彼は戦場に立つときの表情になっていた。
 鮮やかで、厳格で、それでいて──静かな、声。
 従わずにはいられない。どこにいても良く聞こえ──耳に入ってくる、絶対的なカリスマと存在感のある、「声」。
「……だ、だけど……っ。」
 フリックが小さく唇を動かせるのに、スイは瞳を細める。それだけの仕草で、戦闘に慣れ、誰かが命を失うことにも慣れた戦士たちは息を呑む。
 雰囲気がスイに飲まれていた。彼がいつのまにかこの場所を支配していた。
 生まれながらの覇王としての彼がそこにいることが、彼らには分かった。
 そんな一同を確認するように見まわしてから、スイは、自分の道具袋の中から無造作に鏡を取り出す。
 そして、それを示して、命じる。
「フリック、ビクトール、バレリア、瞬きの手鏡を使って、本拠地に戻ってくれ。」
「……──っ! スイっ!?」
 思いも寄らぬことを言われ、フリックが目を見張る。けれども、ビクトールとバレリアは、スイが何をしたくて、何を望んでいるのか──冷静に判断する。
「クレオとキルキスはどうする?」
 短く問いかけたビクトールの問いかけに、簡潔にスイが答える。
「僕が守る。」
 言いきり、スイは無言で右手の紋章を掲げる。
 この遠征の折り、スイは先ほどの一回以外は紋章を使っていない。まだ、十分余力はあった。
 バレリアは無言で自分の剣を戻しながら、スイを見上げる。それが、承諾の印であった。
 彼は立ちあがり、あたりに目を走らせながら、言葉を続ける。
「一刻も早く、今から言うことを達成してくれ。
 リュウカンと、水の紋章使いを連れて、近くの町にテレポートするんだ。
 そして、水の紋章使いは早馬でここまで、リュウカンは馬車で……担架と一通りの医療道具の乗った馬車だ。
 キルキスは、もって一時間だろう。水の紋章使いはそれまでにつかせろ。リュウカンは、二時間以内だ。」
 無茶だ、と言う言葉を、三人は持たない。
 スイの射抜くような瞳と、湧き上がるような覇気に飲まれて、顔つきを厳しくさせるしかない。
 それが、どれほど危険な賭けなのか分かっていたけれども、それでもそうしなければ、助かる命もないと、分かっていたから。
「分かった。」
 ビクトールが頷き、バレリアが手鏡を受け取る。
 フリックもクレオに視線を落としてから──スイに頷く。
「必ず、間に合わせる。」
 フリックの言葉に、スイは、ふっ、と口元を緩ませた。
「待ってる。」









「すいません……僕に、もっと魔法力があれば……っ。」
 必死に力を振り絞っているのだろう。キルキスは、辛そうに眉を寄せながら、そう囁く。
 スイは、そんな彼にゆるくかぶりを振って、クレオの貼りついた前髪をそっと払ってやった。
「僕が、戦闘中に眠らされてたから……。」
 いつもなら、そんなドジは踏まないのに、と、スイは苦笑してみせる。
 何か夢を見ていたような覚えがあるけれど、戦闘中に夢を見るなんて、笑えないことだ。
 おかげで、目を覚ました瞬間、頭の上から血が滴ってくるなんてことに出会ってしまった。
 ──クレオが、自分を庇って、敵の攻撃を無防備に受けてしまうなんてことになる。。
「……最近、……眠っていないようですから──。」
 キルキスが、自分の額から滴った汗を拭いながら、そう呟く。
 その息が先ほどよりも荒いことに気付いて、スイは無言で瞳を細める。
 顎をそらすように空を見上げて、真っ青なそこに浮いている、白い雲を認めた。それは、嫌になるくらい緩やかな動きで流れて行く。
「…………────例え寝ていなかったとしても、これは、明らかに僕のミスだ。」
 キルキスには聞こえないように、自分に言い聞かせて、スイは棍を握る手に力をこめた。
「…………血の匂いにつられて、集まってきたようだ。
 キルキス、例え何があっても、クレオに力を注ぐのを止めるな。──君とクレオは、僕が守る。」
 何があっても。
 その言葉が、異様に感じるくらい強く心に響いて、キルキスはとっさに顔をあげた。
 一瞬、集中する意識が途切れる。それと同時、今まで感じなかったくらいの殺気にも似た気配が、全身を付きぬけるのを感じた。
「──っ!」
 電流が走ったかのように、背をしならせるキルキスを振向くことなく、スイが鋭く叱咤する。
「キルキスっ!」
「あ……は、はい!」
 慌てて、再び右手に集中するが、どうしても先ほどのようにそれだけに意識を向かわせることが出来ない。
 頭の片隅で、そして全身のどこか隅で、感じてしまう。指先や足先が、ちりちりと、痛いくらいの殺気を感じる。
 それは、確実に自分たちを囲んでいた。それも、一つや二つじゃない。このあたり一帯の者が集まっていると言っても過言ではないくらいの数である。
「う……。」
 小さく、クレオがうめく。
 瞳を歪めた先で見る彼女の顔色が、どう見ても先ほどよりも白かった──いや、土気色に近くなっている。このままでは、まずい。
 自分の命を削る思いで注ぎつづけなければ、彼女は一時間も持たないだろう。
 かく言うキルキスとて、一時間も続くとは思えなかった。特に今のように、意識の全てを集中できない現状では。
 下唇をかみ締めて、必死にクレオだけを見つめる。
 蒼白な表情。震える睫。寄せられた眉、紫色の唇。細い吐息が零れるそこから見える、白い歯。
 手首一つで絞められそうな細い首には、血がべっとりとついている。服を濡らしている赤い色は、今もじわりじわりと広がっているのが分かった。
 地面には、血溜まりが出来ている。まるでそれが、自分たちが倒したモンスターや兵士達が流す──最期の血のようで、ぞくりと背筋が震えた。
 不意によみがえるのは、思い出したくも無い、悲しい出来事。
 ひやりと冷たいリングを、握らせてくれた、あの暖かな手のひらの主の……最期の声。
「………………っ!」
 キルキスは、たまらず、このまま全てを投げ出して逃げたい気持ちになった。
 自分のせいで、誰かが死ぬのを見るのは嫌で。
 自分の力が足りず、誰かが命を落とすのを見るのは、もう、嫌で。
 いっそ、このまま逃げてしまえたら、何もかも忘れて、逃げてしまえたら、どれほど楽だろうか? ──それが叶わぬことは、キルキスの肩にのしかかる、「過去の出来事」が語っていたけれど。
 ひゅんっ!
 耳元を切るように、風が鳴った。
 ふ、と見上げた先で、太陽の光を浴びて立つ少年がいる。
 自分よりも、ずっと短い月日しか生きず、人生経験だって浅い、まだまだ若造でしかない少年。
 彼は、古びた手袋を左手にだけつけて、その手で棍を握っていた。
 鳴ったのは、その武器だ。
 少年は、かすかに吹く風にバンダナの端をなびかせて、背中を向けていた。彼自身の意識は、自分たちを囲む、幾十もの獣や怪物に向けられている。
 けれど、同時にキルキスは気付く。
 彼は、自分たちのことも気にかけていると──いや、自分のことを、気にしていると。
 それが、何を意味するのか、わからないほどキルキスも愚かではない。
 だから、一度ギュッと瞳を閉じて……決断したように、彼を見上げた。
「僕は、今から、全ての意識を注ぎ込みます。何が起きても、わかりませんから……。」
 あなたが、僕を気にしてはいけない。
 僕が、あなたを気にしてはいけない。
 そうすれば、そこに待つのは、「死」だけだ。
 スイの頭が、かすかに頷いたような気がした。
 彼の右手の紋章が、光を宿し始めるのを見たのを最後に、キルキスはきっちりと瞳を閉じた。
 もうこれ以上何も感じない、何も見ない。ただ、見るのは、紋章の流れ、命の流れ、力の流れ──……。それらのみが、頭の中を支配していく。キルキスの体全てを支配していく。
 それを見ていたわけでもないだろうに、タイミングを見計らったかのように、スイも棍をしならせ──地面を蹴った。
 自分たちを獲物としようとする彼らを、全滅させるためだけに。











「リュウカン先生はどこだっ!?」
「おいっ! ビッキー、俺を先に飛ばしてくれ。先に馬車と早馬の仕度をしてくるっ!」
「え? え? え……?」
「いいかっ! 絶対っ! 失敗すんなよっ!」
 突然鏡の前に現れた三人が、軍主であるリーダーも連れず帰還したかと思うや否や、彼らはろくな説明もせずに動き始めた。
 突然走り去ったバレリアとフリックに、ぼう然としていたビッキーの肩を掴んで、ビクトールが凄む。
 彼女は間近に迫ったクマの顔に驚きながらも、コクコクと頷く。何やら真剣にまじめな状況であると、悟ってくれたようであった。
 そして、いつになく真剣な面差しで意識を集中すると、ビクトールをその場から消して見せた。
 ビッキーは、成功したそれに、ホッと息をつく間もなく、フリックとロッテ、ルック達が連れだって降りてくる。その後ろから、ヨロヨロと足をもつれさせながら階段を降りてくるリュウカンが続く。バレリアは、異様に大きな医療カバンを抱えて、最後に階段を飛び降りると、ビッキーに向かって鋭い視線を向けた。
「頼む、ビッキーっ! 至急だっ!」
「え? あ、は、はい。」
 何が起こっているのかは分からないけど、今回も失敗してはいけないのだと理解したビッキーは、きゅ、と唇をかみ締めると、先ほど以上の集中力でもって、自らの力を放った。
 ふわり、と彼女の髪が揺るやかに舞いあがる。
 それと同時、切迫した表情の一同は、とたんに騒々しくなった本拠地の地下から姿を消した。
 ぱさり──と、ビッキーの見事な黒髪が背中を再び覆った瞬間、静寂がよみがえる。
「…………一体、何があったんだろうねぇ?」
「──まさか、スイさんの身に何かあったんじゃ?」
 ヘリオンの台詞に、メグが眉を曇らせて尋ねるが、そんなこと言われても、ビッキーにも分かるはずがなく──とりあえず、彼女はこう答えるしかなかった。
「と、とりあえず……テレポート、成功はしましたよ?」
 ──と。






 慌ててテレポートさせたわりには、きっちりと目的地についたことに安堵する間もなく、バレリアはあたりに目を走らせる。
 そんな彼女の目の前に、荒荒しく馬車が飛びこんできた。御者席には、ビクトールが乗っている。
「馬はあっちの木に結んであるっ! リュウカン先生っ! わりぃけど、道具から何から、全部中に入れてくれよっ!」
「わかっておるっ!」
 切迫した状態なのは彼も良くわかっているのだろう。先ほどまでヨロヨロしていたのが嘘のように機敏に、バレリアから医療バッグを受け取ると、馬車の中に入れる。そして、こちらを心配そうに伺っている宿屋の主人に、ベッドのマットを貸してくれるように頼む。
「よし、フリック、ビクトール、リュウカン先生の護衛は頼むよ。
 私が水の紋章使いの護衛はするから。」
 言いながら、バレリアはつないである数頭の馬のほうに走る。
 いつもなら面倒がるルックも、今回は別だと分かっているのだろう。しぶしぶながらも駆け足で馬の方に走って行く。
「待ってくれっ、バレリアっ!」
 けれど、鞍もついていない馬に飛び乗ろうとしたバレリアを、慌ててフリックが止めた。
 一体何事だと、いぶかしげに振りかえる彼女は、どこか苛立っていた。旧友のように親しくなっていたクレオが一大事なのだ。一刻も早く駆けつけたいのは山々なのだろう。
 けれど、フリックはこの役目を彼女に譲るつもりはなかった。
 右手を掲げて、凛、と告げる。
「さっき、ジーンに頼んで、水の紋章を宿させた──俺が行く。」
「……っ!」
「一人でも多いほうがいいんだろ。」
 まさかそう来るとは思っても見なかったバレリアは、驚いたように軽く目をみはって……けれど、すぐに馬から飛び降り、フリックにその座を譲った。
「……頼むよ。」
「ああ、まかせとけ。最高速度で着かせてやるさ。」
 にやり、と唇に笑みを刻んで──残念ながらそれは、やや引き攣っていたけれども、大丈夫だとバレリアに頷いて見せる。
 そして、ひょい、と馬の上に乗った。後方を見ると、ルック達がしっかりと馬に乗っていた。普段の馬上訓練は、しっかりとこなしているようである。
「よしっ! 急ぐぞっ!」
 いつでも剣を抜けるように位置を確認して、フリックは手綱を強く握った。
 ルックが何か言いたげな表情を乗せて空を見やったが、すぐに彼は自分の右手を見てから、口を噤んだ。
 ──今、余分な力を使うわけには……いかないから。
 馬が甲高く吼えて、フリックは先に駆けていく。
「あっ! 待って……っ!」
 ロッテが慌てて自分の馬の手綱を持ちなおし、後に続く。
 同じように飛び出して行く他の面々を見て──ルックは、自分も同じように発進させようとして、ふと、ビクトールが片腕をあげているのに気付いた。
「──何?」
「これ持ってけって、リュウカン先生からっ!」
 叫ぶと同時、きらきらと光をはじけさせる物を、ビクトールが投げる。
 ルックは無造作に片手でそれを受け取り、自分の手の中にあるものを認めて、軽く目を開く。
 物問いたげに視線を走らせると、リュウカンが、宿屋の主人にマットを運んでもらいながら、叫んだ。
「止血剤じゃよっ!」
「……なるほど。」
 呟いて、ルックはそれを懐に仕舞う。
 そして、今度こそ馬を走らせる。
 先に走って行ったヤツラは、ことごとく姿が見えなくなっていた。急がなくては、迷子になる可能性が大である。
 せっかくこんな物を持たせてもらったのだから──と、耳元でうるさく騒ぐ自分の髪を振り払いながら、更に馬の速度をあげた。


















 冷ややかな汗が、背中を滴っている。
 それが、奇妙に気持ち悪くて、彼女はそっと──重い瞼を開いた。
 嫌にだるく感じる全身の、全てという全てが痛く、手足が氷のように冷たかった。
 一体私は、どうしたのだろう?
 ぼんやりと霧がかるような視界が、やがてくっきりとなり──彼女は、自分が自室のベッドにいるのだと気付いた。
 見なれた天井、そこから広がるのも見なれた調度だ。
 いつもと違うベッドの感触がしたから、てっきりどこかの宿かと思ったと、彼女は吐息をこぼす。
 それと同時、嫌に唇が乾いているのに気付いた。舌先で舐め取ると、唇がざらつきを訴える。そう言えば、ひりひりしている。もしかしたら、皮でも剥けたのだろうか?
 ぼんやりとする頭も、まるでヴェールがかかったかのように霧がかっていて、まともに動いていないような気がした。
 汗でぬるぬるする全身も気持ち悪かったし、まるで泥のように重い体も、面倒だった。
 彼女は、右手をあげて額やうなじに貼りついた髪を払おうとして──腕が動かないのに気付く。
「……?」
 いぶかしげに、瞳を細めたその刹那。
「おう、起きたのか、クレオ。」
 部屋の扉が開いて、聞きなれた声がした。
 扉を見なくてもそれが誰なのかわかる。伊達に長い付き合いなわけじゃない。
「人の部屋に入るときは、ノックをしなよ……。」
 呆れを含めてそう呟いて──その声が、異様に枯れているのに、クレオは絶句する。
 一体私は、何を……?
「ノックって……起きてるかどうかもわかんねぇのに。」
 困ったような表情で、パーンが枕もとの机に洗面器を置いた。
 置いた瞬間に、ちゃぷん、と音がしたことから判断するに中には水が入っているのだろう。
 ということは、先ほどから額に感じる重い何かは、濡れた布だったのかもしれない。
「私は──倒れていたのか?」
 これがどういう状況なのか、思い出せないまま、クレオは彼を見上げた。
 パーンがこうして自分の看病をしてくれているというのが、どこか面白くて、自然と目元が緩んでいる。
 パーンは、そんな彼女の表情に、少し安心したのか、小さく頷く。
「ああ。血が少ないとかで、さっきまで輸血してたとこだ。
 傷はどうだ? 痛むか? ルック君たちが、ちゃんとふさいでくれたはずだけど。」
 当たり前のように言う彼を、クレオはいぶかしむように見上げる。
 そんな彼女に気付かないまま、パーンは不慣れな手つきでクレオの額の布を代える。
 血? 輸血? 傷?
 それは、何の事だと、聞こうとして──ふいにクレオは思い出す。
 腕に走った痛み。滴る血。
 そして、泣きそうな顔の少年──────。
「パーンっ!」
 思いだした瞬間、クレオは言うことを聞かない腕を無理に動かせて、上半身を起こす。
「クレオ、まだ寝てたほうが……。」
 パーンが寝かしつけようと腕を伸ばしてくるのを、包帯の巻かれた腕で払うと、険しい瞳のまま、唇を開く。
「ご無事なのか……っ!? ────スイ様はっ!?」
 一瞬だけ、違う呼び名を叫びそうになって、クレオは慌てて言いかえる。
 パーンはそれに気付いたのだろう、やや苦笑した面持ちで、頷く。
「今リュウカン先生がついてる。怪我はそんなに酷くないようだけど、魔法力を使いすぎたみたいで、寝こんでる。」
「…………………………そう、か………………。」
 安心したけれど、でもまだ心配そうなクレオの様子に、パーンはそれ以上何も言わないでおこうと決める。
 クレオを助けるために、スイが、数十もの敵を一人で相手したこと。
 そのために、相当無理をしたこと──聞いたら彼女は、きっと自分を追い詰めるだろうから。
「──なぁ、クレオ? あんまり無茶するなよ?」
 パーンが、呟くのに、彼女は苦い笑みを刻んだ。
「分かってる……つもり、なんだけどね。」
 言って、彼女は瞳を閉じた。
 パーンは無言でそのまま彼女を見下ろしていたが、やがて、溜息を零すと、
「何かあったら、呼んでくれ。」
 そのまま部屋を出て行く。
 クレオはそれでも、瞳を開かず、動かず──唇をかみ締める。
 乾いてかさついた唇が切れて、血の味が口の中に広がった。
 苦いそれは、今の彼女の気分そのままの味であった。










「どうしたの、スイ?」
 その人は、優しく微笑んでくれた。
「力を使いすぎたの? ああ、そうね。途中からあなたは、食らうことを喜んでいた。」
 その言葉に逆らうことは、愚かだった。
 彼女の言葉は、いつも自分の胸に響く。自分が隠そうとしていたり、密かに抱いていたものを、見ぬき、暴き立てる。
 だからこそ彼女は、統率者であり、創世者であったのだ。
「そのまま放っておけば、きっと、誰もこの地には帰れなかったでしょうね。」
 しゃらん、と揺れる髪の音がする。
 彼女は、優しく微笑む。
「良かったかしら? あなたが、正気に戻って?」
 それは、問いかけ。
 自分に尋ねる声。
 良かったの、本当に?
 あなたの帰る所は、ここで、良かったの?
 あなたこそ、あの闇に帰りたかったのではないの?
 優しい微笑み。
 でも、悲しいくらい、痛い微笑み。
「………………わかってるくせに。」
 反論するように呟いて、それが反論になっていないことに気付く。
 気付いて、でも、苦笑を浮かべることすら出来ない。
 わかってるくせに。
 僕が望んでいることを、何よりもあなたは知っているくせに。
 だって、あなたと僕は、同じ、なんだから──……。
「同じじゃないわ。」
 彼女は即座に言い返し、ああ、と続けた。
「そうね……同じかもしれないわね。」
 その言葉が、どちらの意味を指すのか、両方とも理解していなかった。
 リーダーとして同じなのか、闇に落ちることを望む者として同じなのか。
 それとも。
「…………どうして、あなたもクレオも笑うのだろう?」
 スイは、辛そうに瞳を歪めて呟く。
 オデッサは、ほんの少し瞳を見開いて、笑った。
「それは、あなたが一番良く知っているはずよ。……スイ君。」
 彼女は、緩やかに肩にかかる髪を払って、もう行かなきゃ、と続けた。
 行く?
 問いかけたスイに、彼女はうなずく。
「あなたの夢に現れるのも、きっとこれで終わり。
 あなたは答えを見つけたはずよ……だから、これで、終わり。」
 また、微笑みが浮かべられる。
 優しい笑み、そして、儚くも強い意思を込めたそれ──後悔などまるでしていないかのような。
────ああ、そうか、そういう、ことか…………。
 そう思った刹那、意識が変化するのを感じた。
 遠くで誰かが呼んでいる声も聞こえてきた。
 無言で瞳を細めるスイの目の前で、オデッサが踵を返す。それと同時、世界が一転する。
 彼女の姿が掻き消え、全てが喪われ──……、そして、もとの有り場所へと、帰る。

「イ……スイ…………スイ…………っ。」

 耳に心地よい声が、近くなる。
 かと思うや否や、ハッと、意識が覚醒した。
 目の前に飛びこんでくるのは、淡く光る右手の甲を掲げる美少年の顔だった。
「………………あ?」
 かすれた喉が、声にならない声を振り絞る。
 瞬間、こみ上げてきた咳に、シーツに指先を絡めて、咳き込んだ。
 涙がにじみ出てくるほど咳き込んでいると、それを冷静に眺めていた美少年は、掲げていた手を下ろした。
「完全に戻ってきたようだね。」
 それは、少しつまらなそうな声でもあり、ホッとしたような声でもあった。
 スイは目じりに浮かんだ涙を拭いながら、彼を見上げる。
 その隣に、ホッとした表情でマッシュが座り込んでいて、更に反対側にリュウカンが立っているのが分かった。
 認めた瞬間、スイは自分が何をしでかしたのか、はっきりと思い出した。
 そして、ここにルックがいる原因も。
「……もしかして僕、紋章に食われかけてた?」
 紋章が暴走した時、時折起こる現象の一つに、精神が閉ざされるというものがある。それを一般的に「食われる」というのだが、スイの場合、紋章が紋章なゆえに、冗談には聞こえなかった。
 マッシュが最近増えた眉間のしわを、更に深めて、頷く。
 リュウカンも溜息を零しながら、少年の細い左手を取り、そこに走った真新しい傷跡に眉をひそめ──脈を取る。
「ったく、みっともない。それでも解放軍軍主なのかい?」
 ルックの悪態に、うん、とスイが頷く。
「そのみっともない解放軍軍主を補うのが、優秀な軍師と部下の役目ってヤツなんだよ。ということでルック、マッシュ。あとはよろしく。僕は一週間くらい精神休暇ってことで。」
「…………………………。」
 ひくり、とルックのこめかみが引き攣った引き攣ったが、すぐ直後、
「あなたが、どうしてもと言うのなら、それも考えましょう。」
 マッシュが、いつになく真剣にそう呟いた。
 思いもよらなかった反応に、スイは大きく瞳を見開いて彼を見つめた。
 マッシュは、本気でそう思っているようであった。その真摯な瞳が、スイの赤く染まった瞳を見つめている。
「………………いいよ、いらない。
 リュウカン、もう普通に動いて大丈夫? クレオの様子を見てきたいんだけど。」
「痛みもめまいも感じないなら、大丈夫ですよ。」
 スイは、リュウカンの許しを得て、上半身を立ち上げ、そのままベッドから降りる。
 少し体を動かせて見るが、特に何も影響はないようなので、うん、と頷いた。
「大丈夫だ。──心配させたね。」
 きゅ、と右手を握り締め、ベッド際に置いてある手袋を手にする。
 そして、いつものように手袋を嵌めると、自分が寝巻き姿になっているのに気付いた。
 この姿で手袋だけはまっているのも奇妙だと、どこか面白く思いながら、スイは無言で自分を見上げているマッシュ達に笑いかける。
「ところで、僕、今から着替えるんだけど──一部始終見てるつもり?」
 それに対するそれぞれの反応はと言うと。
「…………何かあったら呼んで下さい。医務室にいますから。」
 優等生的なリュウカンの返事と、
「てっきり君は、露出狂の趣味があるんだと思ってたけど、一応、普通だったんだね。」
 さっさと踵を返して部屋から出て行くルックの言葉と。
 そして。
「…………あまり、無茶しないでくださいね。」
 そう言い残して去って行くマッシュの台詞と。
 スイは、上着を手にした手を止めて、最後に扉を閉めたマッシュを見送った。
「…………さすが軍師。結構僕のこと──見てるよ。」
 最後の方が、少しうれしそうで、口元が緩んでいて。
 スイは、うん、と気を引き締めて上着を着込んだ。
 窓の外を見やると、すでに日は暮れ、あたりは闇に包まれていた。
 湖面は、月の明りを反射して、ぼんやりと光っている。
 そのさまは、さっき見た「夢」のオデッサの微笑みを思い出させた。
 儚く優しく、それでいて──後悔などしていない、彼女の微笑み。
 今なら、その意味がわかる。
「うん……同じだね、オデッサさん。」
 それは、彼女が死に場所としてそこを選んだことを、そのシチュエーションを選んだことを、後悔していないと言うこと。
 自分の生き方を、迷わない。選んだ以上は……貫く。後悔などしない。
 そういう生きかたを、しているのだ。
 そして、そんな自分とオデッサは、「同じ」なのだ。
 だって、彼女も僕も──……。





「ここが……在り処。」










解放軍リーダーとしてでなく、ただ一人の人間として、在り処を選んだから。


たっか様

17000ヒットのリクエスト、ありがとうございました〜。
もう、どれくらい前に頂いてのか分かっていないのですが(^_^;)、長いながらも、なんとか終わりました。
中途半端な気がするのはきっと、NHKの道徳の番組と一緒なのです。さぁ、みんなで先を考えようっ! ──すいません。
一応、これで、答えは出てると思うのですけど……うう、解放軍時代のリーダーとしての坊は、どうやら無理だったようです。
解放軍時代の坊のシリアスで、クレオが痛い目にあっているというだけになりましたが、どうか、受けとってやってくださいっ!
ということでっ! たっか様にささげますっ!!