「今日も暑くなりそうですね。」
まだ日が昇ったばかりだというのに、眩しい光に満ちた辺りを見回し──彼は、自分の瞳と同じ色の空を見上げた。
どこまでも続いていきそうな薄い青の色は、今日ばかりは、その色を邪魔するような無粋な雲に遮られることもない。
だからこそ余計に、暑くなりそうだと、小さく呟いて見せた少年に、
「──……まったくですね。」
少し無骨な声が答えた。
シャラリ、と、耳元で揺れる髪を揺らして振り返った先──灼熱色に熱されているように見える分厚い鎧に包まれた、鍛え抜かれた体の主が、剣の手入れをしていた。
剣の刃を確認するように、上ったばかりの太陽に翳してみせる男の二の腕にも、立派な筋肉が付いていた。
思いも寄らずその腕に盛り上がった筋肉を認めてしまった少年は、彼へと向けた視線を、チラリ、と自分の二の腕に落とした。
白い長袖に包まれたその腕は、どう考えても彼の物と比べるまでもなかった。
「………………。」
なんとなく、片手の指でその二の腕を摘んでみると、しっかりとした筋肉の感触が返ってくる。
返っては来るのだが、やはり男の持つ立派な筋肉とは比べるまでもなかった。
王宮戦士である彼と比べること自体が間違っているのかもしれないが、思春期真っ只中の少年としては、少々複雑な心地を抱いてしまう。
そんな気持ちを振り払うように、少年は軽く首を傾げて、男を見上げた。
「ライアンさん。これだけの日射だと、その鎧では辛くないですか?」
「慣れておりますから──もっとも、私の故郷であるバトランドは、北の肌寒い地でありましたから、辛くないといえば嘘になりますが……。」
苦い笑みを乗せて、そう零してくれた戦士に、少年は小さく笑みを浮かべて見せた。
出会った当初は、自分を律し、少年を立てようとし続けてくれた忠義の男であったが、最近ではそれを改めてくれるようになってくれた。
それでも、仲間の一人である踊り子によれば、「無骨な朴念仁」に代わりはないということだが──そして、悲しいかな、少年もまたそれを否定することは出来なかった。
「ああ、そうですね。それでいくと、僕もそうかもしれません。
僕の育った場所も、山奥の涼しい地にありましたから……。」
夜通し戦士と共に見張りをしていた少年は、小首を傾げるようにして太陽を見やり──眩しげに眼を細めた。
上がったばかりのはずの太陽は、眼を強く射抜く。
森に囲まれた故郷では、これほど強く太陽が照りつけるのは真昼くらいのもので、明け方や夕方は、涼しい記憶しかない。
旅をするようになって──一番からだに堪えたのが、この気温差であった。
「ちょっと、今日の昼間は、鎧がつけるのが厳しいかな……。」
何せ、鉄だとか鋼だとか言うのは、これ以上ないくらに「熱しやすく冷めやすく」ある。生まれて初めての砂漠越えの時、身につけた鉄の鎧の暑さと冷たさ──昼と夜の温度差に、どれほど苦しめられたことか。
それを思い出せば、今日の昼間の暑くなるだろう鎧と、蒸すだろう中身に、今からウンザリしてしまう。
「こまめに水を取らねば、脱水症状を起こしますな。」
サラリ、と助言してくれる戦士に、少年はウンザリしたように眉を寄せた。
「ブライさんに、氷嚢でも作ってもらって、兜の中とかに入れておこうかな?」
「それでは、凍傷になるんじゃないのか? 炎天下、灼熱になった鎧の中は凍傷など──笑えない冗談だ。」
生真面目な面差しでそう進言してくれる男に、少年は目をパチクリと瞬かせて──それから、破顔するように笑った。
「ええ、本当に。笑えないですよね。」
ライアンが満足したように剣を鞘の中に戻すのを見ながら、チラリと視線を太陽の下へと走らせる。
朝日が昇って、まだ間もない頃だと思っていたが、すでに仲間たちが起きだして来そうな時刻になっていた。
ライアンが剣の手入れを済ませたように、自分も急いで手入れを済ませねばならないと──毎朝の剣の具合を確認しないと、その日に戦いに支障が出てしまう。何せ、鉄や鋼というのは、少しの温度差でも切れ味が変わってしまうものだから。
慌ててライアンの横に座り、自分の剣を取り寄せる。
つい先日、スタンシアラで購入したばかりのまどろみの剣である。
この手入れがまた難しく──なぜ、これほどグニャグニャと曲がっているのかと、武器屋の中でトルネコ相手に討論をした覚えまである。
一応、手入れの仕方は武器屋の主人にも、そしてトルネコにも聞いてはいたが、自分の手で実際にしてみるのはまた違った。
しっかりと場所を陣取って、切れ味が良すぎるあまり、手を切りそうな刃に気をつけながら、少年が鞘から抜いた剣を日差しに翳した瞬間であった。
二人が背にしていた巨大な馬車の御者台に取り付けられていた扉が、がらり、と開いた。
「おはよー! ライアンさん、ユーリル! 昨夜はお疲れ様!」
扉の奥と御者台を区切るためにたらされたカーテンを左右に開いて、明るい声とともに飛び出してきたのは、一人の美少女であった。
良く日に焼けた肌は艶やかで健康的。
太陽の光を反射する亜麻色の髪は、寝起きのためか、アチコチに跳ねている。
にも関わらず、ニッコリと微笑む彼女の美貌は、少しも損なわれることはなかった。
パッチリとした紫の瞳を覆うのは、整然と揃った長い睫。
ふっくらとした頬に、形良い鼻梁。艶やかな唇は、紅も塗っていないのにホンノリと桃色に染まっていた。
「アリーナ。」
朝に強いことこの上ない少女は、今日も真っ先に目を覚ましたらしい。
教育係が見たら、卒倒しそうなほどの無邪気さで、長いシャツを一枚纏ったままの姿でライアンとユーリルの隣に降り立つ。
その瞬間、膝上まである寝巻き代わりらしいシャツの裾が、ヒラリ、と翻って、内股の辺りまで見えたのに、ユーリルは何ともいえない表情をしてみせた。
「──またそんな格好して……クリフトに怒られるぞ?」
ユーリルの隣では、ライアンが厳しく顔を顰めている。
おそらく、ユーリルがそうアリーナに提言しなければ、ライアンの小言が始まるに違いなかった。
ライアンは、敬愛すべき可憐な姫君のことを、尊敬していたし、おこがましいながら年の離れた妹のように可愛らしいと思っても居た。
だからこそ、姫君とは思えないほど自由奔放でありながら、無邪気である少女に、嘆息を覚えずにはいられなかった。
そこがまた可愛らしいのだと表現しても、さすがに上限というものがある。
「大丈夫よ。だってコレ、クリフトのシャツだし。」
あっさりと笑って告げて、アリーナはそのまま大きく伸びをする。
その行為によって、膝上の長けまでしかなかったシャツが、太股の中ほどまで捲りあがり──ユーリルは、掌に顔を埋めた。
「ぜんぜん大丈夫じゃないだろ……っ! お前、俺とライアンさんを、男だと思ってないだろ!?」
お姫様というのが、世間からは少しばかりずれた存在であるというのは、目の前の少女を見ていたらなんとなく分かることではあるが、さすがに16にもなろうという娘が、「こう」なのは──純朴な村で育ったユーリルにも、おかしいということが分かった。
「?? それじゃ、マーニャはいいの??」
心底分からないと言った風に首を傾げるアリーナに、ユーリルは一つ小さく呼吸してから、
「いいから! いつもの格好に着替えて来い! クリフトに見つかる前に!!」
そう、アリーナに向かって叫んで見せた。
ここで、マーニャの服装についてとやかくと議論するつもりはなかった。
アレは、彼女の趣味であり、彼女の武器でもある。
だが、アリーナは違う。
彼女の場合は、諸刃の武器だ。──というよりも、武器だと自覚していない、ただの無邪気と無知だ。
「だから、これはクリフトのシャツだから、大丈夫だって言ってるのに……。」
軽く唇を尖らせて、分かっているのか分かっていないのかのセリフを吐いてくれる姫に、ライアンも額に手を当てて──ふかぶかと溜息を零した。
そして、チラリ、と、男物のシャツ一枚という、姫にはあるまじき姿をしているアリーナを見上げると、
「アリーナ姫。クリフトどののシャツであっても、寝巻き姿には変わりありません。
そのような姿は、年頃の女性なら、『たとえ身内であっても、男には見せないもの』なのですよ。」
きっぱりと、一部分にだけ力を込めて、そう提言してやった。
すると、アリーナは驚いたようにすみれ色の瞳を瞬くと、
「そうなの? ──分かったわ。それじゃ、これから気をつけるね。」
素直に小さく頷き、ごめんね、と二人に可愛らしく謝ってから、身軽に馬車の中へと消えていった。
その彼女に、ふぅぅぅ……と、ユーリルは肩を疲れたように落とした。
ライアンは、チラリとそんな彼へ眼を走らせると、
「アリーナ姫は、いつもああなのですか?」
そう、問いかけてくる。
その髭の蓄えられた口元には、歓迎ともいえない苦い色が見え隠れしていた。
ユーリルはそんな男の表情を的確に見て取り──ああ、これで、アリーナの保護者がまた一人増えた、と、心の中だけで思う。
きっと、クリフトはそのことを憂いこそすれ、悦びはしないだろうが。
「いつもは、ちゃんと寝巻き用の長袖シャツに、スパッツ履いてる。
──寝巻き姿で出てくるのは、野宿の時はしょっちゅうだけど。」
事実、ユーリルだとてはじめの日は本当に驚いた。
馬車で旅を出来るのだと知ったときのアリーナの喜びようは、非常に可愛らしいものがあり──同時に、ここで野宿をすることもあることを、申し訳なく思ったものだったが、その、初めての野宿の翌朝、一人で寝巻き姿のまま馬車から這い出し、そのまま朝稽古を始める姿は、困惑以外の何者でもなかった。
というか、あなたは本当にサントハイムの姫君なのですか、と聞きたくなるような状況であった。
もちろん、その後、早朝の祈りのために起きてきたクリフトに見つかり、こっぴどく怒られたようではあったが、アリーナのその寝巻きで朝稽古は、直る兆しは見せなかった。
それでも、当時はまだ今日のような格好ではなかったのだ。
思うに、今日の場合は、
「……暑かったんだろうな──。」
それに尽きるであろう。
というか、たやすく想像できた。
女性が眠っている馬車の中は、よっぽどのことがない限り閉め切っている。
その上、昨日は熱帯夜とも言える夜だった。
きっと暑さの余り起きだして、汗でぐっしょり濡れた服を着替えようとしたに違いない。
そこで、適当な着替えがなかったから、クリフトのシャツを借りたのだろう。もしくは、姫のその様子に気付いたブライが、「クリフトめのシャツじゃ、姫様には物足りないでしょうが、今夜はこれで我慢してください」とか何とか言って、かってにクリフトの荷物をあさったとも考えられる。
「だが、だからといって、寝巻き姿で馬車から飛び出すのは、なんとかしたほうがいいと思うが──ブライ殿かクリフト殿に言うべきか、言わざるべきか……。」
ふぅ、む……と、悩むそぶりを見せるライアンに、ああ、とユーリルは首を傾げる。
そういえば、ライアンと共に旅をするようになって、平地での野宿は初めてであった。
船の上では、アリーナはきちんと着替えて出てきていたのだから、彼女が寝巻きで表に飛び出す理由を、彼は知らないのだ。
「アリーナのアレは、クリフトもブライさんも知ってるんですよ。」
「────……?」
理解しがたい、と言った風な表情を浮かべるライアンに、ユーリルは苦笑を滲ませてみせる。
「アリーナって、起きるのが早いんですよ。──で、ミネアさんとマーニャさんは、結構夜が遅いでしょう?
ですから、二人を起こさないように、気を遣っているんです……自分が着替えたりする音で起きないように。」
もっとも、だからといって、あの過保護なクリフトがそれを許すはずもなく──彼は、せめて自分が起きるまでは布団の中に居てくれるか、自分を起こしてくれとアリーナにいつも言っているのだが、アリーナはそれに素直に頷きながらも、一度も実行したことはない。
なぜなら、「夜遅くまで起きているから、起こしたくない人」の一人に、クリフトも含まれているからである。
「でも、まぁ、さすがに──あの格好で朝稽古は、まずいと思うから……着替えて出てきてくれると思うけど。」
そして、そんな格好で自分の隣に座っている姿なんて見られた日には、一体後からどれだけクリフトに説教を食らうことか。
そう思えば、ただひたすらにため息しか出てこなかった。
それほど年の変わらない、生真面目で融通の利かない堅物神官は、大切な姫君のこととなると、常識という言葉が少しばかり抜けてしまうのだ。
多分、説教をし始めたら、今日中にコーミズに着きたいから、一刻も早く出発しよう、なんていう昨夜の話し合いは、綺麗サッパリ忘れてくれるに違いなかった。
できるだけ早くモンバーバラについて、凄く人気のある芸人から、ネタを仕入れてこなくてはいけないというのに。
「説教されている間に、誰かがスタンシアラの王様笑わせて、天空の兜を持っていくなんて言う事態が起きたら、笑い事じゃ済まされないんだけどな、ほんとに。」
小さく呟いた言葉に、ライアンが何ともいえない顔で笑った。
確かに、あのようなあられもない格好のアリーナとユーリルが仲良く座っていたら、クリフトはすかさず二人に説教をすることは間違いないだろう。
この場合、ユーリルが巻き込まれているということを分かった上で、説教をしてくれるわけだから──ユーリルとしても、逃げようがないのである。
「顔が良くて性格が良くて普通の男に比べたら剣の腕もたって、回復魔法の使い手で、しかも将来有望。
そこまでついてるクリフトの欠点っていったら、やっぱり説教好きなとこだと思うな。」
そうぼやいてみせるユーリルの言葉に、ライアンもふと思った。
はたして、彼の説教好きは、職業柄なのか、幼い頃からのインプリンティングなのか、元からの性格なのか……一体、どれであろうか、と。
「まぁ、仕方がありません。クリフト殿も心配なのですよ。アリーナ姫は、あのように無邪気な方ですからね。」
「って言われても、僕まで巻き込まれて説教されるのは勘弁、かな?
だって、僕がアリーナに何かしたわけじゃないし。それどころか──僕も、アリーナ見てると、あいつの将来が凄く心配。」
ふぅ、と疲れたように溜息を零すユーリルの、年の近い異性の友を心配する顔に、ライアンは苦い笑みを口に刻み、飲み込んだセリフを髭を撫でながら思う。
確かに、仲間たちの中で、アリーナを見てドキドキする年頃の少年といえば、ユーリルとクリフトくらいのものであろう。
しかし、元々彼女が「アア」であったことを思えば、クリフトはソレに慣れているはずである。
となると、クリフトがユーリルとアリーナのことを酷く心配していると言われれば、なるほど、と頷けることだ。
事実、アリーナとユーリルの年齢が近いためかは知らないが、クリフトは彼ら二人が無邪気にくっつきあっているのに、何とも疲れた表情を浮かべていることを知っている。
が、しかし、ついこの間、ライアンは聞いてしまっていた。
船の甲板で、仲良く新しい連携技の開発をしている勇者と王女を見ながら、クリフトが疲れたような顔で、
「いっそ、本当に恋愛感情が二人の間に生まれてくれたほうが、どれほどマシなことか……っ。」
と、呟いていたことを。
思わず、それは一体どういうことだと、首を傾げそうになったライアンの隣では、ブライがヤレヤレと溜息を零し、
「お前は、素でそれを言うから、たまらんわい。」
とかぶりを振っていた。
「──……複雑だな。」
ともに旅をするようになって少し──サントハイムの城から悪しき魔物を追い出し、モンバーバラの姉妹の敵を討った。
それから、サランの町で立て札を見つけ、進路を北へ取り、スタンシアラに向かったのがつい半月ほど前の話だ。
その間、導かれた仲間たちとの親交は、深まっていったワケではあるが──いまだにライアンは分からないことがあった。
それは、うら若き娘達の、関係である。
ミネアとマーニャが姉妹なのは良くわかる。
そして、ミネアがユーリルを見つけ出してくれたのだということも、聞いた。
最初に仲間になった三人は、それが故か、とても仲が良い。どちらかというと、マーニャがユーリルをからかって、それをミネアがフォローするという形が多いようだが、伊達にユーリルもマーニャたちと一緒に旅をしてきていないのだろう。たまにやり返しては、マーニャに怒鳴られてもいる。
そんな三人とは別に、サントハイムからやってきたお姫様とお付きの神官、教育係の魔法使いの三人は三人で、また別の仲のよさを発揮している。幼い頃から一緒に居たという姫と神官は、特に細かい会話など使わなくてもお互いのことが分かり、姫も神官に甘えている面が見えたので、てっきり二人は恋仲なのだと思っていた。
それはユーリルたちも同じだったらしく──それをきっぱりはっきりクリフト自身から否定されたときは、驚きのあまり、宿が揺れたかと思うほどだったという。
アリーナは、同じ年頃のユーリルに懐いていたし、マーニャもミネアもそれを嬉しそうに見守っている。
さらに、一番アリーナが仲良くしている異性であるところのクリフトはというと、先の発言の通り。
思わずライアンが呟いてしまっても、無理はない。
彼自身、不器用ではあったが、彼らほどの年頃の時には、さまざまな色恋話に巻き込まれたこともあるのだ。
これだけの美男美女が勢ぞろいして、まるでそのムードが沸いてこないところも疑問なれば、これほど傍目から見たら、「なんだか修羅場になりそう」な展開が幾度かあるにも関わらず、誰もがそうならないという──まさに、理解できない状況だった。
「何がですか、ライアンさん?」
「いや──神官殿は、大変だろうと思っただけの話だ。」
「そうですよねー……なんてったって、アノ、アリーナのおもりなんですからね。大変ですよ、きっと。」
同時にユーリルは、ライアンの言葉の裏に隠された真意に気付くことなく、しみじみと思った。
良かった、僕がおもり役じゃなくって、と。
その、心の奥底から思っているらしい態度に、ライアンが苦笑を滲ませたその時であった。
「おはようございます、ライアンさん、ユーリル?」
朝の空気に良く似合う、清清しい声が聞こえた。
思わずユーリルは、ぎくりと肩を揺らし、ライアンはノンビリと顔を上げた。
帽子は被ってはいなかったが、神官服をしっかりと着込み、表情も寝ぼけた様子はない。
「おはよう、クリフト殿。」
小さく頷いたライアンに、クリフトは柔らかな微笑を見せた後、まだ挨拶を交わしてもらっていないユーリルに視線を移す。
ユーリルは、そんなクリフトに顔を上げて笑いかけると、
「おはよう、クリフト。今日も早いな。」
しらじらしく笑った。
「お二人とも、朝食まで時間がありますから、少し仮眠でもお取りになられてらいかがですか?」
クリフトは、そんなユーリルにも柔らかに笑いかける。
それを見て、ユーリルは、どうやらさっきのセリフは聞かれていなかったらしいと胸を撫で下ろした。
「んー……僕はまだ、剣の手入れをしなくちゃいけないから、いいよ。」
「私も大丈夫ですよ。夜の間に、交代で十分仮眠を取りましたから。」
そうですか、と軽く答えて、クリフトはそのまま朝の祈りのために、二人から離れた場所に行こうとして──ふと足を止めた。
「そういえば──お二人とも、昨夜、私の枕もとに来ませんでしたか?」
軽く首を傾げて尋ねてくる青年に、ユーリルも首を傾げる。
昨夜の見張り当番は、ライアンとユーリルの二人だけだ。
女性陣とブライは馬車の中で眠り、クリフトとトルネコは近くの木の幹を背にして根元に寝ていた。
二人からはどちらも十分に見渡せる場所ではあったが、それらを見ていたわけじゃない。
「……昨日は無かったと思うけど。」
時々、見張り中に道具をあさろうとして、どこの道具袋に仕舞ったのか分からなくなり、クリフトをたたき起こすことはあったが、昨夜ばかりは覚えがなかった。
それはライアンにしても同じらしく、無言で頷く。
「ということは、トルネコさんでしょうか?」
当惑した様子で、クリフトが呟くのに、ライアンはふと目つきを鋭くさせた。
「何か、あったのか?」
モンスターが近づいた雰囲気は無かった。
だがしかし、小動物が近づいて、何かを起こすことは時々ある。
例えるなら、野宿をしていたマーニャの宝石を、からすがコッソリ持ち去ったりとか、ミネアの大事にしていたダウジングの道具を、サルが折ってくれたりしたことは、記憶にも新しい。
「はい──枕もとに用意しておいたシャツが、朝起きたら無くなっていたんです。もしかしたら、用意していなかったのかと思ったのですが、荷物の中のシャツの枚数も1枚足りなくて……。」
かすかに眉を寄せたクリフトの零したセリフに、ああ、とライアンが眼を見開くのと、
「あ、それだったら、アリーナが寝巻き代わりに着てたぜ。」
ユーリルが、あっさりと答えを教えたのと、ほぼ同時だった。
「アリーナ様?」
「うん。多分、昨日の夜暑かったから、着替え用に拝借したんじゃないのか? 勝手に。」
その、拝借したのがブライかアリーナか、そのどちらかは分からないが、十中八九それであっているだろう。
ユーリルが笑いながら、クリフトを見上げた瞬間、
「────…………ユーリル?」
にっこりと微笑んだクリフトの笑顔が──なんだか、冷ややかな光を宿していた。
「どうしてあなたが、姫様の昨夜の寝巻きが私のシャツであったことを──知ってらっしゃるんですか?」
ニコニコニコ、と笑うその顔は、どう見ても目が笑っていなかった。
瞬間、あっ、と、ユーリルは慌てて自分の口を覆う。
もちろん、後の祭りであったが。
「いや、それはだな、さきほどアリーナ姫が、馬車から出てきただけで……。」
慌ててライアンが、ユーリルを庇おうと口を挟んだわけだが。
「────…………姫様が、そのような姿で、馬車から出てきたと?」
凄みが更に増したクリフトのセリフに、ライアンも素直に口をつぐんだ。
いくら歴戦の戦士だとて、修羅場を潜り抜けているからと言って、こういう類の修羅場を潜り抜けてきているわけじゃないライアンとユーリルには、自分の口を閉ざす以外、反応しようがなかった。
思わず、早く出てきて、なんかそれらしい言葉でフォローしろ、アリーナ!
と、ユーリルが馬車に向けて視線を送った瞬間、その願いが通じたらしいアリーナが、ひょい、と身軽に馬車から飛び出してきた。
今度は、いつもの服装に、帽子がないだけの姿である。
しっかりとブーツも履きこんで、片手に白いシャツを手にしていた。
「あれ? おはよう、クリフト!」
大きなすみれ色の瞳を一度瞬かせ、アリーナは満面の笑顔を浮かべてみせる。
そしてそのまま、なんでもないかのように右手に持ったシャツを差し出して、
「昨日の夜、汗掻いちゃったから、勝手にシャツ、借りちゃった。
グッスリ寝てるようだったから、起こさなかったんだけど。」
はい、と、先ほど脱ぎ捨てたばかりであろうクリフトのシャツを差し出すアリーナは、見上げた先で眼が笑っていないクリフトの顔に気付いた。
その全身から醸し出される冷気に、暑い日には最適ねー、なんて暢気に思い──冷気? と、首を傾げた。
「? クリフト、何か、怒ってない?」
クリ、と可愛らしく首を傾げるアリーナに、だから、普通は怒るだろうがっ、と突っ込みたくなったユーリルであった。
クリフトは、そんな主に、微笑を深くさせると、丁寧な仕草でアリーナから自分のシャツを受け取った。
しっとりと濡れているソレに、軽く眉を顰めながら、ニコニコ笑っているアリーナを見下ろした。
「姫様? 気付かなかった私も悪いとは思うのですが。」
そう、一言言い置いて。
「何度もおっしゃっていることですが、ユーリルと共に、そこに、お座りください。」
有無を言わせぬ微笑で、ビシリ、と──この暑い中、さらに暑くさせていた焚き火の前を、指差したのであった。
瞬間、
「僕もかよ……やっぱり。」
ユーリルは、アリーナの不用意な行動のせいで、今回も巻き込まれる自分に、小さく己の不幸を嘆いてみせるのであった。
END
ドラクエ4の男勇者バージョン。
クリフトの性格は、PSバージョンは無視という設定です。
お兄さんなクリフト推奨。微妙にクリアリ。──勇アリじゃないんですよ(笑)?
アリーナは、クリフトとユーリルの仲の良さに、むくれている感じ。
ちょっと(ダイブ?)お子様。
そしてこれだけは断言ですが。
うちのクリフトは、別に「黒」じゃないですよ? 「白」のつもりで書いてます。
しかも、天然系白。
そして勇者様とは結構普通に友人関係。戦いが終わった後、巡礼の旅に出て、旅先から手紙を書いていたりするくらいの仲良さで考えてください。
「いっそ、ユーリルが姫様を好きになってくれれば、話は早いんですけどねぇ……。」
「………………なぁ、クリフト?」
「なんですか、ユーリル?」
「前から思ってたんだけどさ。」
「はい?」
「なんでクリフトさ、僕とアリーナをくっつけようとしているわけ?」
「──してませんけど?」
「え、だって、今の言動とか、そうじゃない!?」
「違いますよ。あれは、単に、私の負担を減らすためには、それが一番てっとり早いって言う話です。
いっそ、ユーリルが姫様を好きになってくれれば、お説教はユーリルだけにすれば済むじゃないですか。
とどのつまりは、結婚するまでは、姫様には手を出さないでくださいね、といえばいいだけですから。」
「………………………………いや、ごめん、それ……本当に最悪です、クリフト。」
「ですが、ユーリルは、姫様からしてみれば、初めてできた、私以外の年の近い──それも、武術の話が出来る異性の友達でしょう?
今まで姫様の側にいたのは、下心のある男達ばかりでしたから、あんな風に警戒しなくて付き合えるユーリルたちのことを、とても嬉しく思っているのだと思うんです。
けど、このままそういう付き合いをしていては、旅が終わった後に、大変なことになってしまうではないですか?
ですから私も、こうして口うるさくしているわけですよ。」
「で、なんでそれに僕も巻き込まれるんだよ?」
「姫様は、ご自分への説教には、あまり堪えませんけど、他人も巻き込まれるとなると、ひどく気になさりますから。」
「…………ああ、やっぱりクリフトって、アリーナ中心に動いてる…………。」
「当たり前じゃないですか、アリーナ様は、私の主君なのですから。
ああ、もちろん、ユーリルをないがしろにしているわけじゃないんですよ? ユーリルも、大事なリーダーですしね。
それに、ユーリルも困るでしょう? 恋愛感情もないのに、気付けば逃げられない状態で、姫様と結婚、なんてことになったら。」
「困る。」
「ですから、言ってるんですよ。いっそ、お二人が恋愛感情を持って、一緒にいらしてくださったら、余計なことを考えず、祝福しながらユーリルをセーブするだけで済むのに、って。」
「やっぱり僕は、貧乏くじな気がする。」
「まぁまぁ、もう少し我慢してください。多分、あと2,3回ほど同じような状況を繰り返せば、姫様も二度としなくなると思いますから。」
「いや、あと、2,3回も朝食を食べられないのは、本気でイヤです、僕は。」
「何話してるのかな、ユーリルとクリフト?」
「さぁ、男同士の語り合いだもの、邪魔しちゃダメよ、アリーナ。」
「はぁーい! でも、最近良く二人で居るのよね、ユーリルとクリフト。」
「気になる?」
「姉さん!」
「だって、あんたも気になんない? お姫様がドッチを選ぶのか!」
「もぅ! アリーナがそういう感情を持ってないって分かってるでしょ!? そういう風にかき回すのは、やめてちょうだい。」
「うーん──やっぱり、朝のお説教のことかなぁ?」
「お説教? ──あんた、また何かやったの?」
「昨日、汗を掻いて気持ち悪かったから、クリフトのシャツを勝手に借りて着替えちゃったの。
それで、勝手に借りたことでクリフトが怒っちゃって。」
「心の狭い男ねぇ──……って言いたいところだけど、なんとなく、クリフトが怒っていたのはそう言うことじゃないような気がするわ。」
「アリーナ、多分その格好で、また、ユーリルたちの前に出たのではないの?」
「そうだけど??」
「────…………やっぱり。多分、クリフトさんは、そのことで怒っているのだと思うわ。
ほら、シャツ一枚で表に出るなんて、はしたないもの。」
「そうそう、どうせ誘惑するなら、シースルーの方がいいわよ。」
「姉さん!」
「……それ、ライアンさんにも言われたの、身内の前でもそういう格好をするのはだめだって。
でもね、昔、クリフトのシャツを着て一緒に寝たときは、そんなこと言われなかったの。
だから、大丈夫かな、って思ったんだけど。」
「それ、何年前の話?」
「10年くらい前。」
「それは適応されませんわ、アリーナ。」
「……? あ、そうか! あの時はちゃんと、下にスパッツ履いていたものね!」
「いや、そうじゃ……ってアリーナ! あなた、下に何もはいてない状態で、表に出たの!?」
「? だって、クリフトのシャツは大きいから、膝くらいまであったもの。下にズボンとかはいたら、余計に暑くなっちゃうわ。」
「──────……ああ……お説教なんてあたしの柄じゃないけど、お説教したくなる堅物神官の気持ちが分かるわ。」
「──……アリーナ、それは……その……年頃の娘は、してはいけないのよ。」
「え、でも、普通に街中歩いていると、これくらいの丈のワンピース着ている人もいるし。」
「いえ、そうじゃなくって……。」