お好きなカプで10のお題

8.勇気を出して

時間軸:ドラクエ4 エンディング後













『あなたなんか、大嫌いだわ。』


その言葉は、長い間──私の、大切な、大切な。

呪文、だった。












 日の光すら遮る薄暗い森の中は、濃厚な緑の匂いがした。
 深い──深い森の中。
 地面を覆い尽くすのは、湿った木の葉と、その上に生い茂る深い緑の草。
 その、朝露を残すしっとりと濡れた草の上に、とん、と足をつけた娘は、小さくため息を零して、周囲を見回した。
 白い頬に触れる己の髪と同じ、緑の色があたりを染め上げている。
 吸い込んだ空気が、鼻に付くほど濃厚な緑の色を宿している。
 見上げた空は、ざわざわとかすかな風に揺れる木の葉によって覆いつくされ、木の葉の小さな隙間から、白い色を覗かせるばかりだった。
 ゆっくりと視線を落とせば幾十年──百年にも近い月日を生きてきただろう木々の、太い幹が見えた。
 どこまでも続く、同じような光景。
 空は厚い葉で覆われ、ブーツの下ではジャリと腐ったハッパが鈍い音を立てる。
 空と周囲を注意深く見回しても、外界から来た者を拒絶しているかのような深い森は、どこへ向かえばいいのか、まったくわからなくさせていた。
「……同じ森の中でも、匂いも風も──……何もかも、違うわ…………。」
 その光景を、ただ茫洋と見つめて、娘──リラは、小さく吐息を零した。
 頬にかかる髪を指先で軽く払いのけると、ふるりと緩くかぶりを振って、リラは改めて目つきを険しく、あたりをぐるりと見回す。
 昔──初めてこの地に来た時も、そうだった。
 さまざまな場所を旅してきた自分達ですら、外界を隔てる雰囲気を持つこの森に足を踏み込むのに、戸惑った。
 けれど、この雰囲気こそが、あの夢の──イムルで見た夢を裏付ける証拠に違いないと、誰もが強く気を持って、この中へ踏み込み……、そして。
「────…………。」
 心を落ち着けて見回せば、すぐに森の道は開けて見える。
 威圧感をかもし出して、そそり立つように見えた木々は、ただ静かに木の葉を揺らし、そこにあるだけだ。──一つ一つの表情を宿しているけれど、それは他者を排斥するためだけのものではない。
 近くの幹に近づき、その表面に手のひらを当てると、かさついた感触が、返ってきた。
「……大嫌い、って言うのは……慣れてるのになぁ……。」
 苦笑を刻んで──しり込みしている己の心を叱咤するように、リラは一度強く目を閉じた。
 心が、逃げてる。
 本当は、結論なんか出したくないと思っている──いや、できることなら、何もかもを無かったかのように閉じ込めて、真っ黒な箱の中に放り込んで、そのまま……誰の目に留まらないように、胸の中で燃やしてしまえたら、どれほどいいだろうか、と。
 けど。
 何も口にしないのが一番いい答えなのだと──何もなかったかのように、毎日に忙殺されれば、あの疲れるほどの激情の日々は、すぐに消えて無くなるのだと。

「どうしてそんな風に、信じていられたのかしら?」

 視線を落とした先で、幹に添えられた手のひらに──指先に、力がこもる。
 ガリ、と、つめ先が幹の皮を引っかいたのを覚えながら、リラは暗い色を宿した瞳を、ゆっくりと──ゆっくりとあげていく。
 旅の空の下で、幾度も見た木漏れ日。
 暗い森の中に舞い落ちてくるまばゆい光に、瞳が痛いと思った。
 ひどく心がよどんでいるようで、ひどく心がすさんでいるようで。
「……お願い……私に、勇気をちょうだい。」
 小さく呟いて、リラは手のひらを自分の胸元に当てた。
 その胸元で手のひらを、ギュ、と握り締めて──リラは、苦い……苦い笑みを口元に刻みこんだ。
 それから、くしゃりと、泣きそうな顔で強く目を閉じると、
「…………こんなのに勇気を求めるなんて……、間違ってる…………。」
 歴史に残る歴戦を戦い抜いた戦士であった時には、一度も浮かべたことのなかった切ない……切なくて恋しくて、たまらない表情と声で、小さく……鳴いた。













 明るい日の光に満たされたその村に一歩踏み入れれば、甘さを含んだ花の香が空気を染め上げていた。
 風がハラリと乱れて、右手に見上げる小高い丘の上に咲き乱れた花びらを、いくつも誘い込んで村の中に迷い込んでくる。
 その儚くも華やかな花びらの洗礼を受けて、リラは軽く目を細めた。
 そのまま、顎先をあげて見上げた先──、丘の上に、その人は、いた。
 サラリと揺れる銀色の髪を認めた瞬間、リラの背筋がゾクリと震え上がる。
 久しぶりに見る──そう、最後にデスパレスで別れて以来、一度も見なかったその色に、思わず足が前へ出た。
 その無意識の一歩に、追いすがるようにもう一歩──踏み出そうとして。
「──……ピサロさま……っ。」
 風に乗って聞えてきた、かすかに弾む綺麗な声に、は、と──足が止まった。
 数ヶ月前まで、共に旅をしていた人の声。
 太陽の光にさらされてもなお、白い素肌を持ち、どれほど過酷な旅の日程にも根をあげず、ただ「彼」の傍に立っていた、その人。
 振り仰いだ視線の先で、銀色の髪の青年のすぐ傍に、淡い桃色の髪が流れた。
 その色を認めて、リラは知らずつめていた息を、そろり、と吐いた。
 そのまま、ゆっくりと視線を落とす。
 見下ろした体は、簡素な……こざっぱりした身なりに包まれている。
 これでも外に出かけるからと、手持ちの服の中では一番外出向きなものを選んできたつもりだった。
 木綿で作られた上着と、草で染めただけのひざ上のスカート。ブーツは旅をしていたときと同じ物で──もしかしたら、旅をしていた時の方が、身を守る飾りを手に入れて、女らしかったような気もする。
 もっとも。
 村の再興に励む人間が、おしゃれに気を使っているヒマなど、あるわけなかったけど。
 それでも。
──もう少しだけ、ましな格好をしてくれば良かったかな、なんて思うのは、どうしてだろうか。
 桃色の髪の乙女──ロザリーは、遠目に見ても上質な絹で作られた、ヒラリヒラリと風に舞うワンピースを身に着けていた。
 裾と袖口、襟ぐりには、あでやかな糸の刺繍。
 彼女が動くたびにヒラリと揺れる柔らかな布地で、刺繍が躍り上がるようだった。
 白い絹の布地で、シャランと桃色の髪が揺れる。
 その白く細い両腕には、抱えきれないほどの花が咲き誇っていた。
 それを見下ろすピサロの表情は見えなかったが、彼はきっと、自分たちに向けたこともないやさしく甘い顔をしているのだろう。
 彼は、そ、と手を伸ばして、ロザリーの白い面を飾り立てる花を一輪取り上げて、黄色のその花を彼女の耳元に挿した。
 とたん、柔らかに明るく輝くロザリーの表情が、満面の笑みの形に崩れる。
 くすぐったそうに首をすくめて、彼女は甘く柔らかに微笑んで、そうして。
「──……バカみたい。」
 小さく呟いて、リラは片手で己の顔を覆った。

 勇気を出して。
 貫き通したウソを、覆して。
 そうして──そうして?

 キュ、と唇を噛み締めて、リラは胸の中の物を飲み込むように、前を見据えた。
 顎を引いて、キッ、と見上げて。
 花を腕に抱く乙女が、幸せそうに笑っているのを認めて、よかった、と、思う。
 胸を占めるのは、安堵と、喜びだ。──彼女が……ロザリーが、うれしそうに幸せそうに笑っているのは、とてもうれしい。
 その微笑だけを見ていたら、つられて口元が微笑んでしまいそうになる。
 それは本当だけど──……、それなのに。
 かすかに首をかしげるようにして、彼女を見下ろす男の横顔を認めた瞬間、心臓が、じくり、と音を立てるのだ。
 太陽の光を受け付けないような、白い──青白い素肌。その上にハラリとかかる髪は、色素が薄い銀色。今は伏せられたまつげの下に隠れている瞳は、血のように赤い目で。
 私達をただ静かに見つめる目には、憎しみも怒りも見えなかったけれど、特別な感情も見えなかった。
 その赤い瞳が、別の色を宿すのは、いつもただ一度だけ。
 そう──今、見上げているその瞬間だけだ。
「ほんと……バカ見たい。」
 小さく呟いて、リラは眉をきつく寄せた。
 旅が終わって、村に帰って。
 「彼」に滅ぼされた村を、必死で再興しながら生きてきた。その日その日の生活のことで目いっぱいで、他のことには目が行かなくて。
 ──だから、忘れてしまうと思っていた。
 すぐに、忘れてしまうと、信じていた。
 時間が過ぎて……忙しくて、それに埋没して。
 なのに。
 夜、寝る前にベッドに横になって。
 朝、目が覚めてボーとしている時。
 耕した畑を見やりながら、汗をぬぐい取って空を見上げたその瞬間に。
 銀色の軌跡が、脳裏をよぎるのだ。
 なんども、なんども。

 会えない日々が辛いなんて、絶対ウソだ。
 だって私は、嫌いなんだから。
 にくくてにくくてしょうがなくて。
 あんな自分勝手で、冷たくて、怖いくらいに強くて、冷徹で。

 そして。

 時々、いやになるくらいに、自然に背を向けてくる──、その姿が。

「──……っ。」
 堪え切れなくて。
 リラは、ただ、ギリリと拳を握り締めた。
 それから、もう一度顎をあげて、丘の上の幸せそうな恋人同士を求めて。
 柔らかに微笑むロザリーの笑顔に、すとん、と──何かが納得したのを覚えた。
 だいじょうぶ。
 わたし、は。
「…………………………………………。」
 一度視線を落とし、リラは吐息を噛み殺すと、そのまま顔をあげて、くるりと方向転換をしようと──、して。
 その間際、「彼」が、肩越しに振り返るのが見えた。
 銀色の髪が風に揺れ、ピサロは小さく目を見張り──それから、目元を緩めるようにして、口元に笑みを浮かべた。
 その──見たことがないはずの笑みに、リラの視線も吐息も動きも──何もかもが、とまった。
 きびすを返しかけた姿勢のまま、立ち止まり、ただ呆然と見上げるリラを見返して、彼はなんでもないような仕草で彼女から視線をはがすと、己の前で花に顔を埋めているロザリーに向かって、何か囁く。
 その言葉に、ロザリーは顔をあげて──それから、村の入り口に立つ娘に気づいて、はらりとほころぶように頬を緩ませた。
 そのまま、一歩足を踏み出し、かすかに背を曲げるようにしながら、リラに向けて、ひらりと手を振る。
 彼女がまとった絹のワンピースの裾が、大きく、ひらり、と翻った。
「リラさん──……っ!」
 明るい、満面の、笑み。
 何のよどみも暗さもない柔らかな美貌に、リラはそれ以上足を勧めることができなくて、ただそのままに、顔を上げた。
 ロザリーはそれに気づいて、さらに顔をほころばせて、激しく片手を振った。
 リラはそれに答えるように、ひらり、と手を振り返し──自分が、そんな彼女達に向かって、笑顔を貼り付けるのに違和感を覚えながら……そういえば私達はこうやって、仲間の前でも、彼が誰よりも大切にしている人の前でも、うそ臭いほど表面だけの微笑を浮かべ会っていた。
 そう思いながら視線をずらせば、ますますうれしそうに両腕を振り回して喜ぶロザリーの隣で、ピサロがせせら笑うような表情を浮かべていた。
 その顔には──その表情には覚えがあった。



 ──あなたなんて、大嫌いだわ。



 そう呟いた声には、憎しみと、悔しさと、──あふれ返る切なさが見え隠れしていた。
 そして彼は。
 リラの何倍も生きてきたあの男は。
 リラがそう呟くたびに、その裏に隠れる気持ちを知っているかのように、せせら笑う表情を浮かべて答えるのだ。
「……あなたなんて、大嫌いだわ。」
 結局、遠く離れて見える丘の上の彼をにらみつけて、そう呟く。──呟かずにはいられなかった。
 そのリラの呟きを、唇の動きだけで読み取ったらしいピサロが、皮肉げな表情を浮かべたまま、隣のロザリーに気づかれないように──唇の動きだけで、囁いてくる。





『知っている。』











────────「あなたなんて、大嫌い。」


 そう呟くたびに、私は。
 あなたへ、この思いを告白しているような気持ちに、……なる。










+++ BACK +++





うちのロザリーさんとリラさんは、仲良しですよ?

ちなみに今回のお話は、リラさんがED後、ピサロに告白して玉砕しようと思ってやってきたという設定です。

この後、不毛な関係が始まるわけですねー……(←最低)。