6.ライバル出現
時間軸:DQ6 幸せの国攻略後くらい
月のない夜は静かで──頼りない星明かりが、深い闇に萎縮して縮こまっているように感じる。
見上げた空には、薄い雲が一つ、細くたなびいていた。
紺碧色の空というけれど、瞬く星がちらつく空は、地上の闇となんらかわりないように見える。
見上げた空も、遠く見えるはずの地上も──その接点も、何もかもが闇色の閉ざされていた。
ただ、頭上に瞬く、目の眩むような星の明かりだけが、「そこ」が「天」だと指し示しているように感じた。
「……アレが、実は上の世界の地面なんだって言われても、これなら信じられそう……。」
首が痛くなるほど空を眺めながら、そんなことをポツリと吐けば、隣で同じように空を眺めていた彼女が、ゆっくりと顎を引いて、彼を見据える。
「──それで言うと、星は何になるのかしら? 地面から掘り出される鉱山資源?」
かすかに語尾がかすれるような、落ち着いたアルト。
形良い紅の唇の両端を引いて、ニ、と笑みを刻むその美貌は、暗闇の中にあっても浮かび上がる白皙のそれ。
楽しげに喉を震わせて笑みながら、彼女はツイと指先を空に向けて放った。
その白くて細い指先に、思わず目を奪われる彼に気づかない様子で、娘はまっすぐに一番大きな星を指し示す。
「こんな地上からも見える大きさの金剛石なら、一体、どれくらいの大きさがあるのかしら?」
研ぎ澄まされた美貌に浮かんだ微笑みが、ほろりと解ける。
目を奪われるほどの冴え渡る微笑みが、目元を緩めた仕草だけで、一転して甘い色を宿す。
その一瞬の変化に、とっさに何も口にできず、小さく口を開いたまま目を見開く彼に、娘は少しばかり気分を害したように柳眉を寄せた。
「イザッたら、何よ、その顔。」
笑みを刻んでいた唇を、一転して一文字に結ぶ彼女の美貌と、拗ねたような声に、慌てて彼はわれに返ると、
「い、いや、違うっ、そうじゃなくって……っ。」
片手を軽くブンブンと顔の前で振るが、それ以上の「いいわけ」が口をついて出てこない。
あんまりにもミレーユがキレイだったから、見とれていたんだ、なんて。
まさか、素面で言えるはずもなく、色素の薄い瞳に睨みつけられながら、イザは顔を歪めるしかできなかった。
ミレーユは、そんなイザをしばらく睨みつけていたが、やがて呆れつくしたように、ふぅ、と吐息を一つ零すと、
「そんなに怯えなくてもいいと思うわよ──女性に対して、その怯えようのほうが失礼だわ。」
「──……う……ごめん……。」
本当にもう、しょうがない子ね。
──口に出さないまでも、ミレーユの態度と口調がそう語っていたような気がして、イザは何もいえなくて首をすくめた。
けれど、この誤解だけは解いておかなくてはいけないと、慌てて顔だけあげて、
「でも別に──怯えてたわけじゃ、ないからさ……。」
「分かってるわ。」
打てば響くように返って来た答えに、視線をやれば、ミレーユは楽しげに笑っていた。
闇夜に浮かび上がる白い手が、口元に軽く当てられる。
くすくすと、鈴が鳴るような声が零れるたびに、彼女の白いかんばせを包み込んでいた金色の髪が揺れた。
「分かってる──大丈夫よ、イザ。」
首を傾けるようにして、ニッコリ微笑む彼女の、どこか甘い色を宿した優しい面差しに、イザは見とれるよりも先に、ジクリと胸の中に棘を突き刺された気がした。
整った唇に当てられた白い人差し指の背。
楽しげに笑う口元も、楽しげに笑む目元も。
研ぎ澄まされた刃のような彼女の第一印象とは違う、甘い色を含む華やかなそれ。
闇の中で人目を惹いて咲き誇る、白い華の美。
「──……うん、……知ってる。」
まばゆいばかりの彼女の楽しげな表情から──自分のことを心から信頼しているのだと言う彼女から、さりげに視線をずらして、イザは再び空を見上げた。
真っ暗闇の中に光る星。
あれは、上の世界の地面の中で眠る、無数の輝石──。
……ひとの、ゆめの、かず。
「…………キレイだね。」
見上げながら、小さく呟くと、ミレーユはイザを見ていた視線を逸らして、同じように星を見上げた。
ツイ、とそらされたオトガイに、どこか残念な気持ちを抱きながら、イザは苦い笑みを噛み殺す。
「ええ……キレイね。」
柔らかな光を宿して、目元を緩ませるミレーユの表情は、とても優しげだ。
そんな表情を、彼女は仲間達の中でよく見せる。
──けれど、ハッサンが言うには、ミレーユは最初からそうじゃなかったそうだ。
今の「イザ」の記憶の中には、サンマリーノで出会った「彼女」の記憶しかない。その時にはすでに、ハッサンとイザと旅をしていた記憶を持っていた彼女は、初めから親しげに、ニッコリと鮮やかに優しく微笑んでくれた。
だから、ミレーユは最初から、人見知りのしないミステリアスな女性なのだと、ずっと思っていた。
けれど、記憶を取り戻したハッサンは、そうじゃなかったと、そう言った。
本当に本当の「最初」の出会いのときの、ミレーユは冷ややかな刃のようだったと──他人を信頼しながらも、どこか怯え、それを必至で冷ややかさでガードしてきたかのようだった、と。
──確かに、ミレーユほどの美貌の女性が一人旅をしていたのは、とてもつらく大変なことだっただろう。実際、ちょっと治安の悪い町に行けば、今でもミレーユとバーバラはイヤな目にあうことが多い。
ミレーユは、本当に大変な旅をしてきて、心に傷を負うようなことをいくつも経験してきたのだろうと──当時のハッサンもイザも、そう思ったのだという。
だから、自分たちがせめて、彼女を守ってやろうと──そう、誓い合ったのだ、と。
「──……覚えてないんだよなぁ…………。」
空に光る星を見上げながら、ぽつり、と零せば、
「イザ?」
不思議そうな声とともに、ミレーユがイザを見上げてくる。
そんな彼女を見下ろして──キョトンと目を瞬く瞳を見下ろして、いや、とイザはかぶりを振った。
今、イザの目の前にいる彼女は、──サンマリーノで初めて会った時から、親しげに微笑み、魅惑的な笑みでイザたちをいざなった彼女は。
ソレよりも前に会っていた「俺」と「ハッサン」が、惹きだした「彼女」。
ミレーユもハッサンもその記憶を持っているのに、自分だけは持っていない。
彼女が楽しげに、優しげに自分に触れるたびに、チクリと胸に走るのが、ただの疎外感なのか、それとも──違うのか。
答えは、出そうで出なくて。
カリ、と、指先で髪を掻きながら、
「──なんでもない。
ただ……早く、もう1人の俺を探さなくちゃいけないなぁ……って、思っただけ。」
ゆるく被りを振って、不審そうに見上げる彼女を安心させるように、イザは苦笑を滲ませて笑った。
そんなイザに、ミレーユは、ほんわりと浮かび上がる白い肌に一際鮮やかに目に見える唇にあでやかに微笑みを刻みつけると、
「そうね。」
たった一言──ほんの少しの寂しさと幸福を滲ませて、答えた。
相反する感情が、同居するその言葉の響きに。
「………………。」
ギュ、と、なぜか掌が、縮むような……そんな感覚を覚えた。
もう1人の俺。
冴え渡る刃のようなミレーユに、花ほころぶような微笑みをもたらしたひと。
年下は弟のようにしか思えないの、と軽く笑って言うミレーユに、『同じ年下」にも関わらず、どこか色香を漂わせる声と顔をさせるひと。
俺でありながら。
俺ではない。
たぶん、彼女にとっての──「たったひとり」。
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→ほのぼのラブラブじゃなかったんですかっ!!!!?
というツッコミを頂きそうです。ありがとうございます。
えーっと……両思いですよね?(←オイ)
でもって、「ライバル出現」ですよね??(←おーい)
初めてのちゃんとした主ミレがコレだとは、なかなか私も、ノーマルカップリングを舐めていると思いますね…………。
…………えー……タイトルの「おとうと」は、ミレーユにとって「年下は弟みたい」に感じてる、って言う意味の「おとうと」です。でも本当は弟じゃないから、年下の男の子にもドキドキしちゃうってことが言いたかったんですが。
前から書いて見たいと思っていた、「主人公・ハッサン」と「ミレーユ」の最初の出会い話が、頭にありすぎて、「本当のライバルは、俺」みたいな話になりました(みたいじゃなくってそのまんまじゃん!)。
あーあ、次に主ミレかけるのいつかわかんないのに……。