お好きなカプで10のお題

10.大好き

時間軸:幻想水滸伝2 坊仲間後













──その日もいつものごとく、ナナミは荒れていた。
「だいたいねーっ! 人に感謝するって言う気持ちを、全然持ってないのよ、あの妖怪ぬらりひょんはっ!!」
 ガンッ、と、乱暴な手つきで木製のテーブルの上に、泡の立った黄色い液体の入ったジョッキをたたき付けて、ギロリと目の前に座る弟を睨み付けす。
 目元だけではなく、頬も耳も真っ赤に染まった彼女は、潤んで据わった目元を見るまでもなく──酔っぱらい、だった。
「そーだね、妖怪だもん、人に感謝するなんて気持ちはないよねー。」
 はいはい、と、いつものようにナナミから向けられたヤツ当たりを交わしながら、リオは両手で包み込んだオレンジジュースに口をつける。
 最近、シエラさまが「トマトジュース」に変わっておきにいりだという、「ブラッドオレンジジュース」とやらを分けてもらったものである。
 普通のオレンジジュースとは違って、トマトジュースのように色が赤いのが特徴のソレを口に含みながら、口の中に広がるまろやかな甘みを噛み締めて──やっぱり、シエラさんが選ぶのって、すごく美味しいなぁ……と、リオはシミジミと噛み締める。
 いや、噛み締めなくてはやってられなかった。
「そうよ! 妖怪なの! 妖怪だから血も緑色で、口も耳まで避けてて、目なんかこーんななのよっ!!」
 ギリギリ、と目元を吊り上げるナナミに、なぜかこの場に同席していたもう1人──隣の国の英雄から、
「……ん、いや、妖怪の血は緑ってわけじゃないよ?」
 リオが飲んでいるジュースよりもさらに赤──透き通るような赤い色を持つワインを傾けながらの、注釈が飛んだ。
「──って、なんでお前がそんなの知ってるんだ、スイ?」
 これに思わず反応したのは、ナナミの隣でうんざりした顔でピーチジュースを持っているフリックである。
 つい数分前に、頼んだビールを横からナナミに掻っ攫われてしまい、仕方なくナナミが注文したピーチジュースを飲んでいるという始末だ。
「なんでって、フリックだって見て知ってるじゃないか。
 ルックの血は赤いだろ。」
 あっさり。
 あまりにあっさりと吐き捨てられたセリフに、思わずフリックは息を止めて──それから、なんとリアクションしていいのか分からず、無言で視線をピーチジュースに落とした。
 かぐわしくも甘い、濃厚な香がフリックの鼻腔を痛いほどに突き刺す。
「──スイ、君、それはどういう意味だい?」
 そして、フリックの悪い予想が当たるかのように、ルックのゆったりとした──けれど、確実な即死効果を含んだ冷ややかな棘が発される。
 自分に向かっているわけではないと分かってはいても、同じ空間で聞いているというだけでも、ステータス異常が出てしまいそうな冷ややかな声に、けれどしかし、トランの英雄は、英雄たる堂々ぶりでもって、
「今のを聞いて分からないなら、聞いても分からないと思うよ?」
 口の中でホロリと解けるようなワインの味を堪能しながら、ニッコリと微笑む。
 そんな、絶対零度がふぶいているのではないかと思うような話をする英雄とルックを見て、リオが羨ましそうに口に指を当てながら、
「いいなぁ……ルック、スイさんとあんなに楽しそう……。」
「どこだが、どこがっ。」
 それに引換え、僕ときたら──と、視線をナナミに移して、酔っぱらい最前線のナナミが、ドンドンとテーブルを叩いて、未だに黒い髪の人を非難しているのを一瞥する。
 そんなリオへ、フリックは寒気を覚えながら、力なく声を潜めて突っ込む。
 が、ナナミがドォンッ、と空のジョッキをたたきつける音で、あっさりとかき消されてしまった。
 据わった目で、ナナミはジロリとフリックとリオを睨みつけると、
「レオナさぁぁーんっ! おかありっ! もういっぴゃいっ!!」
 ビシィィッ、と天井目掛けて指を一本突き出した。
 そんなナナミに、リオはイヤそうに顔を歪めて、フリックは慌てて彼女の腕を掴みおろすと、
「だーっ!! ナナミ、そこまでにしとけ! お前、病み上がりなんだからなっ!
 レオナ、ビールじゃなくって、水だ、水!」
 レオナに向かって叫ぶ。
 そこへすかさず、ルックとの不毛な会話を楽しんでいたスイが、クルリと肩ごしに振り向いて、
「水割りにするなら、氷もいるんじゃない?」
 ルックの前に置かれていたウイスキーのビンを取上げ、ちゃぷん、とそれを揺らす。
 ちなみに、先ほどからルックがロックで飲んでいるおかげで、すでにビンの中身は半分ほどまで減っていた。
「ちょっとスイ、勝手に僕のボトルをナナミにやろうとするのはやめてくれないかい?」
「飲みすぎは体に良くないんだよ、ルック。
 君の肝臓を思っての、僕の親切じゃないか。」
 ニコニコニコ──と、再び冷戦真っ只中の不毛な会話を楽しみ始めた二人はさておき。
「誰も水割りにするなんていってな……って、こらっ、ルック! スイ! そーれーは、俺のキープボトルだろーがっ!!」
「今日中に飲みきるから、キープじゃなくなるよ。」
「もっと高いのをキープしておいてくれると、もっとちょくちょく飲んじゃうことも出来るんだけどねぇ……。」
 ふざけたことを言い始めるルックとスイの二人に、フリックは残る半分だけでも取上げねばと、バン、とテーブルを叩いて立ち上がろうとする、が──……、
「ふりぃっくさぁぁーん、どこへ行く気らのよぅぅー。」
 ぐるん、とナナミの腕が、首に絡まった。
「ってナナミ、どけ。リオに相手してもらえ、リオに!」
 慌ててそのナナミの、酔って火照った腕を振りほどこうとするが、酔っぱらいのわりにナナミの腕力が強い。
 彼女はそのまま強引にフリックの頭を抱え込むと、両手で頬をムニュゥと包み込みながら、
「あらしはぁ、ふりぃっくさんがいいのーっ!」
 酔っぱらい以外の何者でもない顔で、額をゴリゴリと押し付けられて、フリックは必至で彼女の体を押しのけようとする。
 絶対、この記憶が残っていたら、後悔するのはナナミに違いないのに。
 そう思って、擦り寄ってきたあげく、酒臭い口を開いて、にっぱり、と笑うナナミを、必至の思いで押しのけているというのに。
「うん、そーだねー、フリックさんのほうがいいよねー。」
 リオは気の無い様子で頬杖を付きながら、オレンジジュースを飲みつつ──隣のテーブルで、ルックと和気藹々(?)とフリックのウィスキーボトルをあけている英雄を見ていた。
「ってこら、リオ! 止めろよ!」
「止めるも何も、フリックさんとくっついた方が、絶対ナナミも幸せになると思うんですよー、僕。」
 淡々と気のない返事が返って来て、お前な〜、とフリックが拳を握った刹那、そんなフリックを苛める機会を待っていたかのように、スイがクルリと振り返って、
「あ、それは言えてるね、フリックなら問答無用で尻に敷けそうだし。」
「ですよね〜!!」
 スイの一言を貰った途端、元気になって、にっこにこと笑うリオに、フリックは握った拳の行き場を失わずにはいられなかった。
 思わずがっくりと肩を落とすフリックの背中を、ばんばん、とナナミは叩いて、
「聞いてくださいよー、フリックさんっ! あのぬらりひょん、なんて言ったと思います〜!? うぅん、そうじゃなくって、そもそもがあののっぺら仮面ときたら、イヤミでいけすかなくって格好付けで、でもって猫マニアなんですよーっ!!!??」
 ガシッ、とフリックの肩を掴んだかと思うと、いつもの恒例のごとく、ガックンガックンと彼を揺さぶり始める。
 シェイキングされる視界と脳みそに、フリックがグラグラと頭を揺らすのにも気づかず、酔いがスッカリ回ったナナミは、さらにエキサイティングして、揺れたフリックの頭をガッシリと掴むと、脇の間に挟み、ギリギリと締め上げながら、
「その上、目の下の隈を伸ばすマッサージなんかして、カラスの足跡なんです! でもって、ケチくさいし冷たいし、絶対、中に流れてる血は氷なんですよ、氷ーっ!! 緑でヘドロの氷なんですーっ!!」
「──……って……な、なな……み…………ぶ、ぶれい…………く………………っ。」
 だんだんと細くなるフリックの息と、青くなる顔を見ながら、ルックとスイは、なかなか面白い光景だねと、ノンビリとワインとウィスキーを傾けるばっかりで、すっかり助ける気はない。
 さらに、酔っ払っているためか、意味不明のセリフを、これ以上ないくらいの力説で語るナナミを、リオはノンビリと見学しつつ──今日はやっぱり、最初の勘に従って、ナナミの隣に座らなくて良かったなぁ〜、とホッと胸を撫で下ろす。
「だいたいそもそもですねーっ! あの変態は、頭はいいのにプーなんですよ、プーっ! もう、なんていうか、ほんっと、腹立つのーっ!!」
 グキュッ──と、ナナミの腕の中で何か奇妙な音がしたかと思うと、フリックが短く、うっ、と呟き…………ぱたん、と、足掻いていた彼の腕が落ちた。
 それには思わず、ぅわっ、と目を見開いて、慌てて右手を掲げようとしたリオであったが──ちなみに英雄とルックは、それぞれ癒しの紋章を宿しているにも関わらず、ノンビリと、「フリックが泡を食って倒れるの見るのって、ひさしぶりー」とか能天気なことをほざいていた。
「あんの、むっつりスケベっ!!」
 見事に落ちたフリックの首をますます締め上げながら──このままでは、本当に窒息させてしまうのではないかと言う勢いのナナミが、ぎゅぅぅ、と拳を握って叫んだ瞬間。
 リオの右手が、ゆぅらり──と、揺れた。
「────…………むっつりスケベ…………?」
 呟いた声と目は、かすかに凶暴な色を宿している。
 ナナミが先ほどから吐き続けていた、恋人に向けるには不似合いな呼び方の数々には、全く反応しなかったくせに、このセリフにだけは的確に反応した。
「スケベって……へーぇ、ナナミ、シュウさんってスケベなんだ?」
「そりゃもう、すっごくエロオヤジだもん! この間だってねぇぇっ。」
 ようやく弟が聞いてくれる気になったかと、ナナミは抱えていたフリックを手放し、ばしんっ、とテーブルを叩いて、リオの方へと顔を近づける。
 素面なら決して話そうとはしないだろうナナミのセリフに、へーぇ、とリオは生ぬるい笑みで相槌を打つ。
 ここでフリックが正気であったならば、慌ててナナミの口を塞いで、「それを言ったらシュウが殺される!」と言っていたところだろうが──何せ、リオは、自他ともに認めるシスコンだ──、残念ながらフリックは気を失っており、さらにこの様子を見守ってくれているのは、かのトランの英雄と、そのマブダチだった。
 当然、止めるどころか煽ってくれる一方である。
「そうだね……頭がよさそうに見える人ほど、エロオヤジだって言うしね。」
「ストイックそうに見える分だけ、変態エロって言うしね。」
「まぁ、シュウさんがストイックそうに見えるかどうかはおいておくとしても、あの年齢は、まだまだ枯れてないよね〜。」
「そりゃそうだね。」
 一定のペースで、サクサクとボトルを開けていく悪友の言葉に、リオはナナミが遭った被害──というほどのものでもないセリフを、うんうん、と聞きながら……もちろん、酔っ払っているので支離滅裂である。
「シュウ……──明日の朝、生きてココを出れると思うなよ………………。」
 ぼそ、と──最近、隣の国の英雄の近くに居すぎたせいか、ずいぶんと「移って」しまった口調で、呟いた。
 ナナミは、自分の発言で恋人を危険に追いやっているなんてちっとも思わずに、
「そもそもねーっ、かわいい恋人が、疲れてるだろう彼のことを思って、懇親の思いで作った薬草スープを、窓から捨てるなんて、人じゃないもん、妖怪だもん!」
「そうだよね──どうせ捨てるなら、ナナミがいなくなってから、近くの植木鉢に捨てればいいものを。」
 聞いてる限りでは、確かに人非人的行動だと思われる。
 だがしかし、
「あ、そういえば僕、この間ナナミに貰ったナナミケーキをさ、お皿に移したら、どうしてか化学反応起こして、皿が蒸発しちゃったんだよね。」
「へぇ……興味深いね。」
「皿はただの陶器だからいいんだけど、下のテーブルクロスもダメになっちゃってね……すごく残念だったんだよね。」
 背後で交わされる、ごく日常的なことを語る内容のセリフを聞けば、「さもありなん」と納得すること間違いなしである。
 思わず、ことの成り行きを見守っていた周囲の面々が、ゴクリ、と喉を上下させて、ナナミを脅威の眼差しで見つめているのが分かった。
「この間の風邪の時だって──……あぁぁ、あんなことするから、私が風邪移っちゃうし……っ! そのくせ、見舞いにも来ないんだから、もう、さいっていったらさいっていーっ!!」
「──……あんなことって何…………。」
 思わず誰もが聞き耳を立てて、詰め寄ろうとしたリオを、援護しようと思った──その刹那だった。
「……何をお前はさっきから、わけのわからんことばっかり叫んでるんだ。」
 背後に現れたシュウが、テーブルの上に前のめりになっていたナナミを、ヒョイ、と、背後から抱え挙げたのは。
「──あっ、シュウ!」
 ナナミは驚いたように目を見張って、首をめぐらせて間近に見える男の顔に、ますます目を見開く。
「しゅ……しゅしゅしゅしゅ……シュウさんっ!?」
「うるさい……耳元で叫ぶな──ってお前、酒臭いな?」
 うんざりした顔でシュウはナナミの火照った頬や耳元を見た後、ジロリ、と同じテーブルに座っていたフリックとリオを見下ろす。
 ナナミの被害にあったらしいフリックは、まだ土気色に近い顔色で倒れているから、おいておくとしても──というか、保護者役のくせに、役に立たない男だと、シュウは心の中で吐き捨てながら、リオを見下ろして、
「リオ、お前もお前だ。明日は朝が早いから、早く寝ろといっただろうが。」
「むっつりスケベオヤジには言われたくありませーん。」
 つーん、と顎を逸らすリオに、シュウは何を言うのかと眉を寄せた後──自分が小脇に抱えているナナミへと視線をやった。
 彼女は、ジタバタジタバタと暴れて、シュウの腕の中から降りようと必至にもがいている。
 それを強引に抱き上げなおしながら、
「酔っぱらいの言うことを信じてどうする。」
 呆れたようにそう零す。
 ナナミを見下ろす視線には、愛情だの愛しさだのが透けて見えることは、全くなく、どちらかというと邪魔臭そうで、面倒臭そうに見えた。
「じゃー、聞くけど、この間シュウが風邪で寝込んだ日──……ナナミに何をしたのさ?」
 次の日、【ナナミの看病の甲斐もあって】全快したシュウ(本当のところは、ナナミがシュウの付きっ切りで付いていたのだが、色々ウッカリミスをしてくれて、シュウの熱は上がる一方で──結局、最終的にホウアンがきつい注射を尻にブッスリ打ったり、座薬を入れたりして回復したという、シュウ的には思い出したくもない思い出である)の代わりに、ナナミが風邪でパタンキューをしてしまった。
 その原因は、ナナミがシュウを心配して、ウロウロしていたせいだと、誰もが思っていた、が。
 ──もしかしたら、シュウの熱が上がった一連の原因も、ナナミだけじゃないのではないかと、リオは目を据わらせて自分の軍師を睨み挙げる。
 シュウは、そのリオの疑り深い視線に、何を言うのかと眉を寄せてみせたが──すぐに、何か思い当たったのか、あぁ……と、疲れたように答えた、その刹那。
 ばっ!!
 ごんっ!
「そうよっ、シュウさんっ! あたし、怒ってるんだからねっ!!!」
 ナナミが、シュウの顎が目の前にあることも考えず、勢い良く頭を上げた。
 拍子に、お約束のようにシュウの顎がいい音を立てたが、ナナミはそれを気にせずに、彼の襟ぐりを掴みながら、
「おとついまで、私が風邪で寝てたのに、一回も見舞いに来てくれなかったじゃない! 私は、毎日行ったのにっ!」
 顎に手を当てて顔を歪めるシュウの鼻先近くに、ぐぐ、と顔を寄せる。
 彼女の口元から、麦酒の匂いが濃厚に漂ってきて──シュウは、ますます顔を歪めて顰めた。
「そーだよ、シュウ、最低。
 僕なんて、毎日毎日、ナナミの傍にいたのに。」
「そうよ! リオなんて毎日傍にいてくれたし、スイさんだって、私の快気祝いに、こうしてきてくれてるのに!!」
 2人揃ってキャンキャン叫ぶ姉弟に、シュウは疲れたように溜息を零す。
 この城に来てから癖になった仕草──眉間の間の皺を、指先で揉み解しながら、シュウはギロリとスイとルックを睨みつけると、
「病み上がりの人間を、酒場に連れ込んだあげく、酒を飲ませるのには感心しませんね、スイ=マクドール殿。」
「男の焼餅はかわいくありませんよ、シュウ殿。」
 打てば響くように、ニッコリ微笑みで返って来て、ぐ、とシュウは言葉に詰まった。
 ここで言葉に詰まる方が負けなのだとわかってはいたが、詰まらずにはいられなかった。
 さらに続けてスイは、小首をかしげるようにワイングラスを空にしながら、
「それに、ヤツ当たりがわりに問題を摩り替えるのも良くないですね。」
 微笑みながら、グラスの縁を指先で、ツイ、となぞる。
 シュウは、ますます己の眉間に皺が濃くなるのを覚えながら──、じぃ、と自分を見上げてくるナナミの顔を見下ろし、溜息を一つ零す。
 それから、グイ、と彼女の前髪を掻き揚げるようにして額に掌を押し付けると、
「──また熱があがったらどうするんだ、このおてんば娘。」
「だぁっれがちぢれまいまいよっ!」
「それはおとついお前に言ったセリフだ。
 ──ほら、もうこれだけ酔っ払ったら満足しだろう? 部屋に戻るぞ。」
「やだっ! 私はここでもっと飲むのーっ!!」
 ナナミを改めて小脇に抱えなおしながら──そこで、どうして横抱きだとかおんぶだとかが出来ないのだろうと、疑惑に首を傾げる酒場中の視線を受けつつ、憮然とした表情でリオを見下ろした。
「それから、リオ?
 さっきの質問の答えだがな──。」
「ちゃんとした答えじゃなかったら、僕はシュウにナナミを嫁にはやらないからね!」
 えっへん、と胸を張って答えるリオの言葉に重なるように、ナナミがシュウの小脇で、「誰も嫁になんか行かないわよ! 私は一生、リオのお姉ちゃんなんだからーっ! シュウさんのばかーっ!」とか叫んでいたが、これは全く誰にも無視されて。
「俺が風邪ともろもろで5日間倒れていた間の仕事が、山積みになっているにも関わらず、どこぞの軍主は、姉の看病に丸1日付きっ切りで、仕事をしてくれなくてな……。
 おかげで俺は、病み上がりにも関わらず、徹夜で3日間、椅子の上に座りづめだったんだ──……。」
 うっすら、と微笑むシュウの顔は、確かに良く見れば、蒼白なほど顔が白く、目の下にはクッキリと三重もの隈が出来ていた。
 つまり、早い話が。
 病み上がり明けの3日前から今の今まで、椅子の上から起き上がったことはないというわけで。
「──あぁ、そういえば、全快したって言うのに、シュウさんの姿は見かけなかったっけ。」
 しぃん──と静まり返った酒場の中に、白々しいルックの呟きが、響き渡った。
「──………………………………えー……と……………………。」
 顎を引いて呟いたリオは、そのまましばらくテーブルを見下ろしていたが、やがてすぐに気を取り直したように、ニッコリ笑って、
「それじゃ、シュウ! ナナミのこと、部屋まで届けてあげてね!!」
 何事もなかったかのように、明るく笑い飛ばした。
 シュウはそんなリオを苦い色で一瞥した後、未だ暴れ続けるナナミを、再び抱えなおして、
「ほら、行くぞ、ナナミ。」
「やだーっ! シュウさんのバカっ! 間抜けっ! 三本皺っ! だいっきらい!!」
「うるさい。姦しいと、放り投げるぞ。」
「シュウさん、横暴っ!!」
 ガタガタガタ──と、椅子や机がナナミの足や手に当たって揺れたが、シュウは全くそれに関心を払わず、さっさと酒場から出て行った。
 ……ある意味、台風一過であった。
 リオは、パタパタ、と手を振り続けて──遠のいていくナナミの悲鳴とシュウの怒鳴り声に耳を傾けながら、
「ほんとうにもー、ナナミもシュウも、素直じゃないなぁ!」
 明るい笑顔で、何事もなかったかのように笑った。
「──ったく、かしましいったらありゃしないね……。」
 うんざりしたようにルックが呟いたのをきっかけに、奇妙に漂っていた酒場の静けさも払拭され、あっと言う間に酒場全体に活気が戻り始める。
 リオはその中、フリックの目の前に置かれているピーチジュースに手を伸ばし、カタン、と席を立った。
 もう気絶したフリックしか残っていないテーブルに着いている気はサラサラなく、スイたちと同じテーブルに移るためである。
「ま、いつものように、明日になったら何もなかったかのように仲直りしてますよ、きっと。」
 いつものことだ。
 ナナミがシュウの些細な言動で怒り、シュウがうんざりした顔をしながらも彼女の機嫌を直して。
 ──本当に、素直じゃないけど、でも。
 スイの隣の席に腰を落として、リオはほんの少しだけ寂しいような色を目に乗せて、小さく笑って見せた。
 そんなリオに、スイは、そうだね、と淡く優しく微笑むと、
「──とある百戦百勝将軍が言うには、ケンカした男女は、一つベッドで夜を明かして仲直りするのが、一番いい仲直り方法だって言うことらしいしね。
 きっと明日の朝には、またいつものようにラブラブになってるよ、リオ。」
────────爆弾発言を投下してくれた。
 
 …………しぃん………………………………。

 思いもかけず、静まり返った酒場に、あれ? とスイがにこやかな微笑のまま首を傾げるのと、
「なっ、ナナミ! まだ大人になっちゃダメーっ!!!!」
 がたんっ、ばんっ、どんっ!!!
 ──一気に酒場の中を駆け抜けていくリーダーの後ろ姿が、扉の向こうに消えていったのとが……ほぼ、同時……、だったと言う。














+++ BACK +++






ということで、さりげに(?)フリックさんがかわいそうで、ルックとスイが仲良くって、リオがシスコンな話でした。
あははは……なんでこの四人が出張ってくるのか、謎ですが、書いてて楽しかったです。

──で、どこが「大好き」かって言うと、悪口を言えば言うほど、素直じゃないから「大好き」って言っているのと同じだ──……って言うことを、最後にリオに言わせたかったんですけどね。

入らなかっただけです(爆)。

というか──うちのぼっちゃん、なんていうか……爆撃機ですよね?(笑)