ベルクートさんに捧げる7つのお題

7 お酒

*グッドエンディングネタバレ*














「かんぱーいっ!!!」
 頬をほんのりと赤く染めて、アルコールで潤んだ目を和ませながら、かっつーん、と勢い良くグラスとグラスをぶつけたミアキスは、そのまま一気にグラスを飲み干す。
──本日15回目の乾杯で、本日25回目の一気である。
「ミアキス様〜、もうそのくらいにしておかないと、明日に響きますよっ?」
 ミアキスにガッシリと肩を抱かれて身動きが取れないリオンが、烏龍茶の入ったコップを両手で包みながら、心配そうな視線をチラリと投げかけてくるが、ヒック、と酒臭い息を漏らすミアキスは、その呼びかけをまったく聞かず、
「よっしゃーっ! 次は、それじゃ、オンザロックでいっぽーん!」
 グラスをテーブルに叩きつけるようにして置いた後、ビシィッ、と人差し指でもって、ナナメ前に座っていたカイルにそう指示を出す。
 それを受けたカイルはと言うと、まだ酒の色香もにじみでていないような顔で、呆れたように手元の瓶を持ち上げる。
「ミアキスちゃーん、ちょぉっとハイペースじゃない?」
「んー、なぁーに、カイルのくせにぃ、お酒も注げないって言うのーっ!」
 ジロリと見上げる瞳は、すでに半分据わっていて──どう見ても、酔っ払いそのもの。
 けれど、酔っ払ってるでしょ、とカイルが指摘しても、ミアキスは、酔っ払いじゃないもーん、と言い切る。──お約束と言えば、お約束である。
 コポコポコポ、と、空になったグラスに琥珀色の液体が注がれていくのを、ミアキスは、むふふ〜、とニンマリ笑いながら嬉しそうに見つめ、リオンが慌てたようにカイルが傾ける瓶に手を伸ばす。
「カイル様っ! ダメですよ! ミアキス様にこれ以上お酒を飲ませるのは、禁止です!」
「だいじょぶ、だいじょぶ。これっくらいじゃミアキスはつぶれないって。
 そういうリオンちゃんも、コレどう? 烏龍茶と混ぜでも美味しいよ〜?」
 女性に優しいと評判の、ニッコリ優男な微笑を浮かべて、カイルがまだ半分ほど残った瓶を、チャプンと揺らしてリオンに問いかければ、彼女はキュと唇を引き絞って、大きな目をキリリと引き締めて、彼を睨み付けた。
「いりません! それよりも、ミアキス様、本当にもうベロベロじゃないですか!」
「だから、大丈夫だって。ミアキス、いっつもこんな感じだからさ〜?
 ベロベロになってからが長いんだよ、ミアキスちゃんは。」
 お酒を飲んで、結構すぐに顔が赤くなるから、簡単に落とせると思って、酒に誘われる機会が多いのだけれど──そこからが、ミアキスはザルになる。
 先に酔いつぶれた男の死屍累々を、何度見てきたことか、と。
 カイルは、与えられた琥珀色の酒を、チビチビと大事そうに飲んでいるミアキスを横目に見ながら、口元に笑みを刻んだ。
「……そうなんですか?」
 未成年と言う立場上、今まで女王騎士の飲み会に参加したことなどなかったリオンは、カイルの言葉を疑うようにジットリと睨み付けてくる。
 そんな彼女の視線に、カイルは、ひどいなぁ、と甘いとろけるような笑顔を浮かべて見せた。
「リオンちゃん、疑ってるの? いくら俺だって、その気もない女性を酒に酔った勢いでモノにしちゃうことなんてしないよ〜?」
 特にそれが、同僚ともなればなおさら、ね。
 そう言って目元を緩ませるカイルに、リオンはキュ、と唇を噛み締めて、白い頬を羞恥にか怒りにか赤く染めると、
「誰もそんな心配はしてません!」
「アハハハハ! まぁまぁ、とにかく、ミアキスはいっつもこんな感じだから、あと3本はイケるんじゃないかな?」
「そうそう〜、ぜぇんぜん、へーきですよぅ。」
 カイルの笑い声につられるように顔を上げたミアキスも、ふふふふ〜、と上機嫌に笑って、ヒラヒラと手を振る。
 そのまま、グラス半分ほどに減った琥珀色の液体を見つめて、彼女はウットリとそれを光に透かしてみせる。
 キラリと輝く水面に、少しだけ目を細めながら、ミアキスは赤く火照った頬に片手をくっつける。
 幸せそうにフニャリと笑うと、彼女は怒っているような困っているような顔で唇を軽く尖らせているリオンに視線を向けて、悪戯気に瞳を揺らした。
「そーれーにぃ、リオンちゃんも!」
 リオンが烏龍茶の入ったグラスから、少し口を遠ざけたその瞬間を狙って、すかさず半分ほど残っている自分のグラスの中身を、ザバアッ、とひっくり返した。
「ア……っ、あああっ!? ミアキス様っ!?」
 驚くリオンのグラスの中にお酒をそっくり注ぎこむことに成功したミアキスは、空っぽになったグラスをひっくり返して揺らしながら、
「そろそろお酒を覚えたほうがいいよーぅ。」
「わ、……私は、けっこうです!」
 慌てて、ウーロンハイになってしまったグラスを、グイ、とミアキスの方に押し付けてくるリオンの手の平を取って、彼女はお酒でとろける瞳で微笑むと、
「だぁーめ。
 これもぉ、ひとつのぉ、女王騎士のお勤めなんですぅ〜。」
「お勤めって──ミアキス様ぁっ!?」
 悲鳴に近い声をあげるリオンに気にせず、ミアキスは彼女の肩をグイと引き寄せると、もう片方の手で、ウーロンハイの入ったグラスを持ち上げると、んふふ〜、と酒臭い口元を彼女の唇に寄せながら、
「飲まないとぉ、ちゅ〜、しちゃいますよぅ、リーオーンーちゃぁぁーん〜vv」
「……だっ、だだっ、ダメですよっ、そんなの!!」
 慌てて逃れようと顔を後ろに引かせるリオンに近づいて、ミアキスはニンマリと目元を弓型にまげて、逃げる唇を追ってますます顔を近づける。
 椅子から転げ落ちそうになりながら──もういっそ、ミアキスの体を振り払って、そのまま逃げてしまおうかと思う頃には、少しでも体を動かせば、間近に迫ったツヤツヤとしたミアキスの唇に、自分の口がくっついてしまいそうな距離にあった。
「み、あきす、さま……っ。」
 冗談は止めてください、と、言葉を続けることは出来なかった。
 囁くような声しか出せないほど──それ以上唇を動かせば、互いの唇が掠めてしまいそうなほど間近に……酒臭い息を感じるほど近くに、相手のソレがあることが分かって。
 泣きそうな顔で、リオンはミアキスに懇願する。……が、酒が入って理性が飛んでるミアキスは、キレイな瞳を潤ませるリオンを、うっとりと見下ろすばかりで、懇願を聞き入れる気はまったくなかった。
 このまま、リオンのファーストキスをバッチリ奪い、泣き顔を見たいな〜、と、サドッ気のあるミアキスがそう思っても、無理はない──、かもしれないような状況下で。
「わー……ミアキスちゃーん、そのくらいにしとかないと、後で王子にばれると怒られるよー?」
 鬼気迫るテーブルのこちら側とはまったく異なる雰囲気をまとわせた、テーブルの「向こう側」で、カイルが呆れたように制止の声をかけてくれる。
 ──が、やる気がないのは見え見えの制止に、ミアキスが従うはずもなかった。
「王子にばれちゃったら〜、それはそれでぇ、王子にもリオンちゃんとの間接チューしちゃうからいいんですぅ〜。」
「……! み、みみみみ、っ!」
 へら〜、と笑ったミアキスの言葉に、今度と言う今度こそ、零れ落ちそうなほど目を見開いたリオンが、唇が触れ合うのも構わず、彼女を制止しようと口を大きく開いたその刹那。

「で……っ! 殿下にそのような不埒な真似をすることは、許しません……っ!!!!」

 ガタガタガタンッ、と。
 激しい音を立てて、カイルの横で椅子が転がった。
「……ふぇぇ〜?」
「な……、なに、ですか?」
 部屋の中に響き渡る騒音に、何の音だと首を傾けたミアキスの呆けた声に続いて、リオンが遠ざかった顔に安堵を零しつつ、ソロソロと体をずり落とす。
 その二人の娘の視線を受けた相手は、真っ赤に染まった顔を惜しげもなくさらして、仁王立ちして──ビシィッ、とミアキスとリオンの遥か右の果て辺りを左手で指差し、
「王子殿下の貞操は、俺が守ると、この剣に誓ったのです!!」
 右手で、バッ、と剣を抜いたつもりで、空になった酒瓶を掲げて朗々と宣言してくれた。
「んー……その指先が、もう50度くらい左にずれてて、右手に持ってるのがグヴォーツィカだったら、もーぅちょと様になってたんだろーけどね〜。」
 そんな彼の言葉を、冷静に採点して、惜しいねぇ、とフルフルと緩くかぶりを振るのは、チビリとワインを口に含んだカイル。
 そうして──更に。
「剣にではなく、それこそリディク殿下その人に誓ったほうが、いいと思うのだが。」
 冷静にそんなことを──ミアキスとリオンがどれほど醜態をさらそうとも、まるで動じずに、酒につぶれたベルクートの隣で、延々と手酌で熱燗を楽しんでいたハヅキが、ほんのりと目元を赤らめた顔で、提言(?)した瞬間。
「────……っ。」
 ぱたり、と。
 酒に飲まれて早々に倒れていたベルクートは、再び背中から沈没した。
 ガタガタガタッ、と、先に転がり落ちた椅子が、糸の切れたマリオネットのように倒れてきたベルクートを受けて、ひどく痛々しそうな音を立てたが、「殿下以外の男をかばう気はないんで〜」と常日頃から言っている、「ベルクートの左隣」に座っていたカイルは、それを痛そうに視線をやるだけに留め。
 実は、最初からずーっと、ベルクートの右隣を陣取って、熱燗を飲んでいたハヅキはと言うと、「しかしながら、殿下の名前に反応して意識を取戻す根性は、認められる」と、重々しい口調で頷きながら、やっぱり倒れたベルクートを無視して、「酒を飲むと素直になるベルクートに乾杯」と、酒を飲んでも無表情な顔で、一人で徳利とお猪口をカツンと合わせた。
「あー……倒れちゃったね〜。」
「倒れましたね。」
「あははは〜、倒れちゃいましたねぇ〜。」
 そのまま、ピクリとも動かないベルクートに、そんな暢気な声をかける3人に、顔色を変えたリオンが、バッ、と立ち上がる。
「べっ、ベルクートさんっ!? だ、大丈夫ですかっ!?」」
 ヒラヒラと女王騎士の制服の裾を揺らしながら、テーブルの反対側へと走っていくリオンを見送りながら、むぅ〜、と、ミアキスは先ほどまで彼女の肩を抱いていた右手をワキワキと動かしながら、
「リオンちゃんのいけずぅ〜。
 恋敵にまでぇ、優しくしなくても、いいと思うんですけどぉ〜。」
 ぶぅ、と膨れて、ベルクートの耳元で彼の名前を叫んでいるリオンには、決して聞えない呟きを零して──つまんない、と、テーブルに顎を置いてみせた。
 そんなミアキスに、あははは〜、と明るい笑い声をあげて、
「なんだったら、俺が慰めてあげよっか、ミアキスちゃん?」
「お断りしますぅ〜、だ。
 それくらいなら、姫様──じゃなかった、女王陛下にお願いしますからぁ〜。」
 ベーッ、と舌を突き出されて断られて、振られちゃったー、あはははー、と軽い調子でカイルが笑い飛ばす。
 そのカイルに、ふと顔をあげたハヅキが、真摯な瞳で、
「なら、カイル殿はリディク様に慰めて貰えばいいのではないでしょうか。」
──そんなことを言ってくださるものだから、カイルは驚いたように目を見開いて……けれどすぐにハヅキの意図を悟り、ニンマリと目元を緩めると、考えるように顎に手を当てる。
「ん〜、そーだねぇ? 王子ならきっと、俺のことをやさしーく抱きとめてく・れ・る・か・もvv」
「ダメですよぅ、カイル! リディク様の寝室には、わ・た・しが、行くんですからぁっ!」
 すかさず、カイルと同じように目元をニンマリとゆがめたミアキスが、はいはい! と片手を上げて立候補する。
 ──とたん、
「なっ、何をおっしゃるんですか、ミアキス様っ!? でっ、でで、殿下の寝室って……っ、そんなの!!」
 ベルクートの傍にしゃがみこんでいたリオンが、顔を真っ赤に染めてバッと立ち上がる。
 ギュッ、と、拳を握り締めるリオンに、カイルとミアキスは素早く視線をからみあわせて、二人揃ってニッコリと──極上の微笑を零して見せると、
「それじゃ、今日はこれでお開きでいいカナ?」
「わたしぃ、カイルよりも先にぃ、王子の部屋にいっかなっいと〜♪」
 カイルはヒラリと手を舞わせ、ミアキスはわざとらしく椅子の音を立てて立ち上がる。
「えっ、ちょ、ちょっと、カイル様? ミアキス様っ?」
 驚いたように右に左にと顔を揺らすリオンをチラリと見て、ハヅキは徳利とお猪口をコトンとテーブルの上に置くと、ゆっくりとした動作で立ち上がり、
「それでは私もこれで失礼する。今日は誘いをありがとう。
 カイル殿、ミアキス殿。──健闘を祈る。」
 椅子の横に立てかけておいた剣を取り上げ、それを素早く腰につけてから、丁寧にそう礼をするハヅキは、ニヤリ、と──上半身を起こしながら、質のよくない笑みを浮かべて、カイルとミアキスと、……そうして最後に、床に倒れたままのベルクートを見て、言った。
「健闘を……って、ハヅキさん、何を……っ!?」
「そっれじゃ、リオンちゃん、悪いけど、ベルクートお願いね〜。」
「王子ってばぁ、寝起きはいいのに、寝てる最中に起こすとぉ〜、寝ぼけててすっごくかわいいんですよね〜♪」
 急な展開にリオンが戸惑いを隠せないうちに、カイルとミアキスの二人は、足取りも軽く扉に──強いては、リディクの寝室へと向かおうとしていて。
 その言葉と、ベルクートと、ハヅキと、そしてテーブルの上に残された食器を交互に見やってから、リオンはペコリと意識を失ったままのベルクートに頭をさげた。
「ごめんなさい、ベルクートさん! あの二人を止めたら、必ず戻ってきますから!!」
 そういい置いたかと思うと、意気揚々と扉の外に向かった二人めがけて、リオンはダッと走り出した。
 そのまま、夜中にも関わらず、騒々しい物音を残して出て言った3人の女王騎士の後姿を見送って、
「…………情けないな、ベルクート。」
 はぁ、と、落胆の吐息を零して、ハヅキはクッタリと顔を赤くして倒れるベルクートを見下ろす。
 先ほど、根性で立ち上がったのがウソかと思うほどに、今目の前の彼は、意識を失って倒れている。
 この場で剣を持ち上げれば──たやすく葬れされそうなほど。
 そんなベルクートに、ハヅキは再び落胆の溜息を漏らすと、憮然とした表情で頭を左右に振った。
「ベルクート、一つ忠告をしておくが、先ほどのような根性を見せないと、あの3人に、先を越されるぞ……?」
 この上もない忠告をしてやっていると言うのに、ベルクートは、やっぱり何も気づかずに、スヤスヤと眠りの中に居て。
 ハヅキはそんな彼に、ヒョイと肩をすくめて見せると──今度酒を飲むときは、ぜひ、リディク様も誘ってみよう。
 ……そんなことを、思った。








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あーれーぇぇぇ〜?
おかしいなー、最後に王子がベルクートさんを解放して、ちょっとラブっぽくなるはずだったのに…………。

ミアキスとリオンがラブラブしてるだけの話になったんですけど!!!!爆

っていうか、ただの王子総受け話……?……やべっ!