ベルクートさんに捧げる7つのお題

6 闘技奴隷














「ベルクートさんっ、ゼガイさんっ!」
 くっきりと大きな目いっぱいにキラキラと輝く光を乗せて、少年は小麦色に焼けた肌の中、弾けるような笑顔で笑ってこう続けた。
「今日もビシバシとご教授、お願いします!」
 まるで軍隊の中にいるような礼儀正しさと角度で、ビシリと頭を下げた少年は、けれど顔を上げたときには、軍隊とは比べ物にならないような柔らかで明るい笑顔を貼り付けていた。
 そんなシュンに向かって、ベルクートは柔らかな微笑を浮かべ、ゼガイはいつもの無表情のまま、それでもコクリと頷いた。
 シュンは、へへ、と嬉しそうに笑って、背の高い二人の間にチョコンと立つ。
 そんな三人の元闘技奴隷を遠目に眺めながら、ふーむむ、と、顎に手を当てて難しい表情で首を傾げる娘──ミアキスが一人。
「どうかしたの、ミアキス?」
 少し離れた場所で、リオンと一緒に地図を覗き込んでいた王子が、目を皿のようにして三人を見つめるのを見咎めて、柔らかな口調で問いかける。
 その声に、ミアキスは更に唸り声をあげて、はい、と答えると、大きな目をクルンと回して王子を振り返りながら、
「この間〜、ハヅキさんから、闘技奴隷のお話を聞いたんですよ〜、王子。」
「……ハヅキさんから?」
 振り向いたミアキスの瞳は、真剣きわまりない色を宿している。
 その彼女の口から出た名前に、リディクとリオンは不思議そうにパチパチと目を瞬かせた。
 ハヅキと言えば、他国からやってきた流れの剣士だ──正しくは、とある国の有名な流派の一人娘らしいが──。そのハヅキが、ファレナの女王騎士であるミアキスよりも、闘技奴隷に詳しいはずがない……普通ならば。
 しかし、裏には裏の道があることを、リディクはこの戦いの中で知った。
 だから、もしかしたら、リディクやリオンの耳には──正規の女王騎士や、王家には伝わらないような、裏の何かを、ハヅキが旅の中で見聞きしたことがあるのだろうかと、2人は互いにチラリと目線を合わせてから、ミアキスを改めて見やった。
 そのミアキスはと言うと、2人の視線を受けながら、再び三人の方に視線を当てて──ふーむむむ、と、何を悩んでいるのか難しげな声をあげるばかりだ。
「ミアキス様、そのお話と言うのは、それほど……重要なことなんですか?」
 後半は声をひっそりと潜めて──少し離れたところで、和気藹々と話をしている三人に聞えないように、問いかける。
 そんなリオンに、ミアキスはピクンと肩を跳ねさせて、
「重要……、うん、重要と言えば、重要だよね〜。」
 視線を右から左へ移動させて、最後に地面に落として、うんうん、と勝手に一人で納得する。
 ミアキスのその態度に、ますますリオンとリディクは首を傾げてお互いに視線を交し合う。
「ミアキス、ハヅキさんが一体、闘技奴隷の何を知っていると言うの?」
 お互いの顔を見交わしても答えはでなくて、結局リディクは意味深に笑うミアキスに向かって問いかけた。
「え〜、何がですかぁ、王子?」
 ところがミアキスは、目をかまぼこの形にゆがめて、ニコニコとそんなことを口にしてくれる。
 リディクが何を聞きたいのか、分かっていて、だ。
「何って……ミアキス。」
 だから、ちょっと声を低くして、すごむようにしてミアキスを睨み付ければ、彼女はそんなリディクの顔に、はじけるように笑って見せた。
「そんなたいしたことじゃないんですよぅ?」
「たいした事じゃなくても、言いかけたことを途中で止められたら、気になるじゃないか。
 それで、闘技奴隷に──何か、あったの?」
 心配そうに瞳を揺らすリディクに、ミアキスは小さくはにかむように微笑んで見せる。
 そんなリディクの隣で、リオンが少しだけ誇らしげな顔で、ミアキスに向かってこっくりと頷いている。
──あの、闘神祭で、リディクは初めて「闘技奴隷」というモノをその目で認めた。
 言葉の上では、リディクだって「闘技奴隷」というものの存在を知っていた。けれど、実際にその存在を、そしてその扱いを目に止めたのは、あの時が初めてだった。
 その時にリディクが選んだこと、その時にリディクが決断したこと──それをリオンは、とても誇らしく思ったと、柔らかに微笑みながら教えてくれた。
 その事を思いだしながら、ミアキスはリディクが、闘技奴隷達にとって不利な何かが起きているのではないかと、そう心配しているのだと推測する。
 そしておそらくそれは、間違ってはいないのだろう。
 そんなリディクの心配を吹き飛ばすように、ミアキスはニッコリと笑いかけると、
「ちがいますよぅ、王子〜。私はぁ、ゼガイさん達の話を聞いたって言ったんであってぇ、闘技奴隷の話を聞いたんじゃないんですぅ〜。」
 人差し指を右に左にと揺らして、少し腰を曲げて前のめりになって、ね? と、小首を傾げる。
 悪戯気とも見て取れる微笑に、リディクは困惑したように眉を寄せる。
 そんな王子の表情に、ミアキスはますます楽しげに口元を緩めると、そ、とリディクとリオンとの間合いを詰めて、彼ら2人の耳元に口元を寄せた。
「──内緒ですよぅ? あのですね、ハヅキさんに聞いたんですけど………………。」
 その目に宿る悪戯げで楽しげな雰囲気を間近で見た瞬間、リディクもリオンも、なんだかこれ以上聞いてはいけないような気がした。
 けれど──ハヅキが言った、闘技奴隷の……いや、ミアキスの言葉を借りるなら、闘技奴隷の話ではなく、ゼガイ達の話と言うのに、興味はった。
 ハヅキはベルクートと親しいようだから、きっと彼の何かしらの情報を持っているのだろう。
 戸惑いはあったけれど、それでもリオンとリディクは、そ、と視線を合わせて、お互いに納得しあうようにこっくりと頷きあうと、改めてミアキスに向きあう。
「……それで、ゼガイとベルクートとシュンが、一体、どうしたって……?」
 心配そうな色を滲ませた心優しい王子に、ミアキスは、うんうん、と笑いながら頷くと、コソッと口元に手を当てて、2人の間に顔を突っ込むようにして、囁いた。
 少し離れたところで楽しげな笑い声を響かせて、何事か話している元闘技奴隷達に聞えないように、低く、小さく。

「あの3人、三角関係で、3Pしてるらしいんですよぅ〜。」

 ──事実無根の「噂話」、を。

 その言葉に、びっくりしたように固まり、目を見開くリディクとリオンの耳に、
「そうですよね、ゼガイさんは長いですから、俺、まだちゃんと受けられないなぁ……。」
「シュン君は間合いが短いからね。まだ君がゼガイさんとやるのは、少し早いんじゃないかな。」
「……………………………………ベルクートも同じくらい長いだろう? まだシュンは早いな。」
 そんな、3人の会話が飛び込んできたのは──ミアキス的には、ぜんぜんオッケーだったのだが………………。












 シュンは、ゼガイの腰元とベルクートの腰元を交互に見比べて、首を傾げながら顎に手を当てて、そっかぁ、と納得したように呟く。
「俺、基本が拳ですから、やっぱりどうしても剣や槍だと間合いが足りなくなるんですよね。」
 その分、素早さで隙を見て懐に飛び込むようにはしてるんですけど、ゼガイさんやベルクートさんレベルになると、返り討ちにあう確率も高いんですよね……。
 そう言って、シュンは困ったように自分の両拳を見下ろした。
 闘技奴隷は、まさに闘うために存在する「奴隷」だ。
 自分たちが生き、勝ち残るために、一番初めに必要なのは、「自分の戦闘スタイル」を探すことだ。
 ベルクートは、闘技奴隷時代にソレを見つけられず、そのおかげでパッとした活躍が出来なかったのだと、間合いに悩むシュンに向かって苦笑を浮かべながら教えてくれた。
「俺も、あの頃は自分の間合いが短いものだと思っていて、その分踏み込みすぎてね──大怪我をすることはなかったけど、なかなか勝てなかったんだ。
 でも、今の師匠に会って、この長さの剣を使うようになってからはね──これが一番自分の間合いに合ってるということに気づいたんだ。」
 それからは、間合いを体に叩き込んで、1から自分の剣の癖を洗い直して……気づけば、ココまで来ていた。
 そう穏やかに微笑むベルクートに、シュンはなるほど、と感心したように頷く。
「シュン君はゼガイさんと組み手をすると間合いがしっくり行かないから、なかなか上手く受けれないって言うけど、俺が見た限りは、そうじゃないかな?」
「え、どういうことですか?」
「君はさっきも言っていただろう? ゼガイさんの間合いが長いから、上手く受けれない、と。
 それが違うんじゃないかな? ──ゼガイさんの間合いは、長いだけじゃなくって、短くもあるんだ。」
 そこで一度ベルクートは、チラリとゼガイを見て、そこまで言ってもいいのかな、と言う視線を送って見せたが、ゼガイは何も言わず目を閉じたままなので、先を続けることにした。
 何にしろ、間合いのことを知ったとしても、ゼガイの動きにシュンが付いていくには、まだまだ修行が必要なことは確かだ。
──それに、もう今は、ゼガイもシュンも闘技奴隷ではない。彼らが必要にかられてお互いに拳を交えることなど、来ないだろうから。
 逆に、一緒に闘っていく以上、仲間の間合いを知っておくのは必要なことだ。
 特に自分たちのようにSレンジと、ゼガイのようなMレンジは、踏み込んだ瞬間の連携が上手く行けば、敵に大打撃を与えることが出来るのだから。
「長くて、短い……、んですか?」
「そう、彼の武器は矛だろう? すると攻撃パターンは、突くことになるんだけど、ゼガイさんの場合は、力があるからね、持ち手の部分で返し際に打撲を与えることもできる。──棍は遠心力を使って打撃を与える武器だけれど、ゼガイさんは力がある分だけ、遠心力を使わなくてもダメージが大きくなる。」
 思いだしてごらん、と促すように言われて、そういえば、とシュンは闘技奴隷時代から見てきたゼガイの攻撃パターンを思い返す。
 矛で突いて相手の間合いにうっかり入ったように見せかけ、その攻撃を囮に、相手がゼガイに攻撃しようとしたのを避けながら、持ち手で打撃を与えていることがあったような記憶がある。
──なるほど、アレもまた、ゼガイにとっては「通常攻撃」なのか。
 いわば、魔法を使うロッドで打撃を与える、ジーンのようなものだろう。
 なるほど、と感心したように頷くシュンに、ベルクートはそういうことだ、と話を締めくくると、さて、と後ろを振り返った。
「今日の講義はココまでにして、次はまた実戦で体に覚えて貰いましょうか。──シュン君は、そっちの方が得意そうだしね。」
 軽口を叩きながら、リディクとリオン、ミアキス達が休憩している方角に視線を向ければ、ちょうど彼らもそろそろ休憩を終わろうとしていたところらしく、こちらを見ているところだった。
 ベルクートが視線を向けると、なぜかリディクとリオンが、びっくりしたように肩を跳ね上げ──そして、遠目に見て分かるほどに、顔を真っ赤に染めた。
「──……? 王子殿下、そろそろ出発いたしますか?」
 なぜ、そんなに顔を赤くしているのだろうと、首を傾げながらもそう問いかければ、リディクはベルクートの言葉に、はんなりと頬を赤く染めたまま、コクコクとせわしなく頷いた。
 そして、自分の頬が熱くなっているのを気にするように頬に手を当てながら、
「う、う、ん。そうだね。
 ──ちょ、ちょっと、休憩時間、長すぎたかな?」
 なぜか焦った様子で、さりげなく──いや、おおっぴらにあやしげに、ベルクートから視線をそらして、地面に置いたままだった荷物を取り上げた。
「? 王子殿下、いかがしましたか?」
 不思議に思って──何か休憩中にあったのだろうかと、そう思いながらベルクートが問いかければ、リオンが慌てたように両手を顔の前でブンブンと振りながら、
「い、いえ! なんでもありません! ただ、ベルクートさん達が、すごく仲がいいなぁ、って話してただけなんですよ!!!」
 こちらも目元と頬、さらに耳まで真っ赤に染めながら、そんなことを叫んで──アッ、と、慌てた様子で口元を覆った。
 そんなリオンの後ろで、ミアキスが意味深に微笑みながら、
「そうなんですよぅ、三人とも、本当に仲がいいですよねぇ〜。」
 ねぇ、王子? と、道具袋を装備しているリディクに向かって、ニンマリと問いかける。
 その楽しげな口調を耳にして、リディクはうっすらと赤く染めた頬に、少しだけ瞳を潤ませて──小さく、唇をキュと引き結ぶと、
「う、ぅん。」
 コクリ、と、頷いた。
 そのリディクの動作に、ベルクートは意外そうに目を見開いて、マジマジと彼の背中を見つめた。
 リディクは、何が恥ずかしいのか、首筋まで赤く染めて──それから、ベルクートが自分を見ていることに気づいて、慌てて顔をあげて、はにかむように笑った。
「そ、その──……っ、3人が仲がいいから、ちょっと、うらやましいなぁ、ってリオン達を話してたから! その、それだけ、だからっ!」
 最後の方は、なぜか慌ててリディクはそういいきる。
 その態度がますます怪しいのだが──リオンは、リディクが慌てている理由を良く分かっていた。
 何せ、リディクの背後でミアキスが、にんまりと笑いながら「イヤですよぅ、王子〜、3人の仲がうらやましいだなんてぇ〜」と、囁いていたからである。
 ベルクートは、そんなリディクの、焦ったような表情を珍しげに見下ろしながら、そ、と瞳を細めた。
 白い肌が赤く染まり、目元が少し潤んで見えるリディクが、恥ずかしそうに首をすくめているのを見ながら、──仲良さそうに話しているって言っても、ただ、闘い方のことを会話していただけなのに。
「なんだ、そうだったんですか。」
 それを言うなら、リディクやリオン、ミアキスだって、時々自分たちでは入っていけないくらいに親密そうな雰囲気を滲ませて居るのに。
 苦笑を滲ませながら──それでも、混み上げてくる嬉しさを隠しきれずに、
「それなら、今度は殿下もご一緒にどうですか?」
 思わずホロリと口元と目元を緩ませて、少しの高揚感と共にそう──一緒に組み手に参加されませんかと、そのつもりで声をかければ、リディクははじけるように顔を跳ね上げ……みるみるうちに、真っ赤になったり、真っ青になったりした。
「……殿下?」
 怯えたような表情で自分を見上げてくるリディクに、ベルクートは何かおかしなことを言っただろうかと、首を傾げた瞬間、
「なっ、なんてことを言うんですか、ベルクートさん!」
 リディクの隣から、リオンが顔を真っ青に染めて──怒りの眼差しで、ベルクートをギッと睨み付けた。
「え? な、何がですかっ?」
 驚いて、ベルクートが眼を見開けば、今度はミアキスが、先ほどまで浮かべていたニヤニヤ笑いを一瞬で引っ込めて、殺気すら感じる眼差しで、
「本当ですよ、ベルクート殿っ! 王子になんてことを言うんですか!」
 いつもの間延びした声ではなく、怒りを露にして、そんなことを叫んできた。
 一転して態度の変わったリオンとミアキスに、ベルクートは戸惑い──2人を交互に見やるけれど、少女達の態度はまったく軟化する様子はなかった。
 それどころか、そろってリディクをかばうようにベルクートの間に立つと、
「王子、しばらくベルクートさんに近づいちゃいけませんよっ。」
「本当ですよぅ〜、もう〜!」
 ベルクートに背を向けて、王子を彼から引きはがそうと言うように、更にリディクを遠ざけてしまった。
 そのまま、「やっぱり今日はココまでにして帰りましょう」とリオンが言い出すのを聞きながら──一体、何が悪かったのだと、ベルクートは顔を顰めながら、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そんな彼が、自分とゼガイとシュンの間に流れる噂を聞くのは……………………いつになるのだろう。










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最後説明。


うちのハヅキさんは腐女子です。


ミアキスさんは確信犯です(笑)。
リオンとリディクは天然です。