ベルクートさんに捧げる7つのお題

2 闘神祭

*108星ベストエンディングネタバレ*







「陛下も〜、もうお年頃なわけですしぃ? そろそろ、第2回リムスレーア女王陛下争奪戦! なーんて、やっても言い頃だと思いません〜?」
 ね、と、可愛らしく首をかしげる女王騎士の発言から、全ては始まった。





 数年前に内乱を経て、新たに女王に立位した幼き女王リムスレーアには、夫が居ない。
 正しく言うと、当時10歳でしかなかったリムスレーアは、闘神祭も済ませ、当時の二大勢力であったゴドウィン家の一人息子と婚約──後、婚姻を果たしてはいたのだが、それが内乱の一部であったため、全ては白紙に戻されたという過去がある。
 その後、内乱を見事収めた女王の兄であるリディクが、女王国始まって以来の「臨時女王騎士長」に納まり、この数年、特に問題は何も起きてはいなかったのだが──、独り身の女王陛下という前代未聞のリムスレーアも、すでに15歳。
 まだ幼いとも言える年齢ではあるが、お年頃でもあるリムスレーアには、他国からも同国内からも、闘神祭の開催を望む声が高まっている。
 新しい議会制もずいぶん落ちついてきたことだし、この辺りで、祭りをしてみるのもいいのではないか──というのが、ミアキスの訴えだった。
 女王の謁見の間の奥──5年前までは母の……そして今はリムスレーアの私室となったその部屋の長椅子に横たわっていたリムスレーアは、そんなミアキスの言葉に、ぐぐ、と眉間に皺を寄せた。
 その幼い頃から治らない癖に、ミアキスはクスクスと笑いながら、
「陛下、今日もココにお山が出来てますよぅ〜。」
 つんつん、と指先で眉間の皺を突つく。
 とたん、リムスレーアはそこに手を当て、むぅ、と唇を尖らせる。
「闘神祭の件については、続行するかどうかの決議すら出てないではないか。」
「というよりもぉ、陛下がぁ〜、それは後回しでいいって言って、そのままになってるだけですよねぇ〜?」
「うぅ。」
 にこにこ、と笑って首をかしげるミアキスに、リムスレーアは短く唸り声を発する。
 そんなリムスレーアに、ミアキスはますます楽しそうに微笑みを深めると、
「闘神祭を無くすのも、必要だとは思いますけどぉ〜、まだまだ完全に無くすのはムリですよぉ、陛下?」
 だから、我慢してくださいね、と、満面に笑うミアキスに、リディクは苦笑の色を滲ませる。
 ミアキスの言い方はとにかくとして、確かにそろそろリムスレーアの夫──強いては、次の女王騎士長を正式に決める必要があるのは本当だ。
 女王の兄としてリディクが臨時に勤め上げているが、すでにそれももう5年……これ以上この地位についていては、臨時という言葉に信頼性がなくなってくる。
 今でも、内紛の混乱が完全に治まり切っていない城内の人間の中には、このままリディクが女王騎士長として君臨し、女王陛下の夫は女王騎士長ではなく、ただの「王夫」として存在すればいいのではないか──すなわち、女王の夫には権力を持たせないほうがいいのではないか、などという意見も出てきているのだ。
 女王の夫である男性が、女王騎士長として権力を得るということが、どういうイミを持つのか──……デメリットしか見ていない人達の意見を聞くわけにはいかない。
 けれど、このままリディクがこの地位にいる期間が多いほどに、見逃すわけにはいかないほどに大きくなって行くのも確かだ。
「そう、だね……、リムには、母上や父上のように、一番大事な人と結婚してもらいたいとは思うけれど──、諸国を漫遊するような時間もないしね。」
 それに、リムはまだ15だから、早いような気がしないでもないけど。
 そう続けて、うーん、と首をかしげるリディクに、隣に控えていたリオンも、困ったように首を傾げた。
「闘神祭を催してしまえば、陛下の夫が決まってしまうも同然です。
 そう軽がると、行えるものではないとは思うのですが──……。」
 闘技奴隷も居なくなっているし、代理登録が出来ないこともあり、もう少し闘神祭については、煮詰めないといけないと──今回も、人々の要求に対してはそう言い逃れるしかないのではないか、と、おずおずと口を挟むリオンに、んー、とミアキスは首をかしげる。
「だぁかぁら、闘神祭じゃなくって、今回は、第1回リムスレーア様争奪戦なんですぅ〜!」
「…………えーっと……。」
「それってつまり?」
「リム様の夫になる方はぁ、武術もそうですけど、やっぱり、知力にも長けててぇ、ジェントルメンじゃないとダメです〜! だからぁ、私達でぇ、選べるような幾つかの競技を考えてぇ、それで、大々的にぃ、大募集しちゃうんですぅ。」
 ──とどのつまり、ミアキスがウキウキして説明するところによると、他国自国を問わず、リムスレーアの夫を募集するのは闘神祭と同じではあるものの、その後が違うということだ。
 戦いだけで決めるのではなく、知力や人柄──そのようなものを総合して選び抜くと言うのだ。
 そして、最終的に選考に残った者の中から、リムスレーアを大事にしてくれそうな人と、自分達で(ここがミアキス的に一番のポイント)数人選び、その中から更に、リムスレーアと話し合いの場を持つなりなんなりして、リムスレーア自身が最終的に選ぶと──そういうシステムを考えついたらしい。
「──それは……。」
「集団お見合いみたいですね……。」
「私、あの闘神祭でぇ、ギゼル殿が勝ってから、ずぅーっと思ってたんですぅ! 陛下はまだ幼かったから良かったですけどぉ、もし、陛下がお年頃だったと思うと……っ!!!」
 ぐぐ、と、眉間の皺を濃くさせるミアキスに、リオンとリディクは二人揃って首を傾げ──リムスレーアは、驚いたように目を見張って、カッ、とほほを赤く染めた。
「なっ、なな、何を言うのじゃ! 兄上の前でっ!!!」
「ま、それはとにかくとしてですねぇ、闘神祭の開催は、もう少し煮詰めないといけないのは確かですよねぇ〜? でもぉ、このままじゃ、どう考えてもリムスレーア様のお婿さん選びにはぁ、間に合いませんよねぇ〜?」
 ポカポカポカッ、と、可愛らしい拳で叩いてくるリムスレーアを笑って交わしながら、ミアキスは、ココからが本題です、と指を付きつけて、一同の注意を引きつけた。
「ですからぁっ!!」
「うむ。」
「はい。」
「うん。」
 ミアキスの勢いに飲まれたように、ぐぐ、と身を乗り出すリムスレーアとリオン、リディクの顔を順番に見やって、にんまり、とミアキスは笑った。
「リムスレーア様のニュー闘神祭の前にぃ、まずは、お試しとしてぇ、王子の花嫁さん探しの闘神祭を開くって言うのはぁ、どうでしょうかぁ〜?」
 ──とどのつまり、それこそが言いたかったのだと……そんな、満面の笑顔を浮かべて。












 ベルクートは、仕事の休みの日には、ソルファレナから出ている船に乗って、ストームフィストに向う。
 その宿屋で働いているマリノを手伝いに行くのだ。
 だからマリノは、ベルクートが手伝いに来る日が近づくと、目に見えて分かるほど浮かれる。
 宿に併設されている酒場にやってくる常連のおじさん連中からは、マリノの浮き足立った様子を見るなり、
「なんだい、マリノちゃん? 明日はダンナさんが来る日かい?」
 ──なんてからかってくるほどだ。
 マリノはその度に、ダンナなんじかじゃありません! と顔を真っ赤に染めて返すものの、その口元は本当に嬉しそうに緩んでいて、説得力はまるで無かった。
 そんなマリノの態度を見て、酒場の常連客達は、その「ダンナさん」をからかうために、翌日は朝から詰め掛け──けれど、マリノのことを思って、夜早くに帰ってくれる。
 マリノはソレが分かっているからこそ、明日の夜は、ちょっと思い切って、ベルクートさんと夜の町に遊びに行って見ようかと──デートに誘うことまで考えていた。
 ──のに。
「……あ、あっ、あれ、お、王子様っ!!?」
 翌日、やってきたベルクートの隣には、つい数ヶ月前に会ったばかりの王子殿下と、その護衛のリオンの姿があった。
 驚き半分、喜び半分、ガッカリひとしお。
 けれど、それを顔に出さないで──のつもりだったが、ベルクートは別として、リオンとリディクにはそれが目に見えてわかっているようだった。
「ごめんね、マリノ。」
「え……えっ、な、何のことですか、王子様っ!? あ、それよりも、どうぞ中へ入ってください! 朝食はもうお済みですか!?」
 いぶかしげに自分を見るベルクートの視線に気付いて、マリノはことさら声を張り上げて、楽しそうな声を装いながら、どうぞどうぞと、リディクの手を取って、中へと導いた。
 宿の中は、宿泊客が朝食を食べている真っ最中で、入ってすぐ右手のテーブルには、人がたくさん座っていた。
 ベルクートが入ってくると、宿泊客に混じって座っていた常連客が、ピューゥ、と短い口笛を吹き──その後から続いたリディクの姿を認めた途端、ガタガタガタッ! と、イスから転げ落ちた。
「おおお……王子様ぁっ!!!?」
「えっ、な、なんで!? どうして王子様がこんなところに!?」
 ビックリして叫び会う面々に、ベルクートは苦笑を見せて振り返ると、
「殿下、やはり屋敷のほうに行っていたほうが良かったのではありませんか?」
 リディクの耳にだけ聞こえる声で、ひっそりと問いかける。
 リディクはそれに微笑みかけると、ゆっくりと首を振る。
「いや、視察も兼ねてるから、これでいいんだ。」
 淡く微笑むリディクの笑顔に、ベルクートも小さく笑みを乗せて、なるほど、と呟く。
「朝食を食べたら、ストームフィストの中を案内しましょうか、殿下?」
「いや、自分の足で歩いて見るよ。──ベルクートは、マリノの手伝いがあるんだろう?」
 リディクのために席を空けてくれるおじさん達の招くままに足を進めると、密かに聞き耳を立てていたマリノが安堵の吐息を吐くのが分かった。
 それを聞きながら、クスクスとリオンが軽やかな笑みを零して、テーブルについたベルクートとリディクの分の水を、マリノから受けとって運んでくる。
 そのまま一緒のテーブルについて、リオンはリディクと一緒にこれからの行程を話し合いはじめる。
「殿下、ぜひ新町のほうもごらん下さい。ずいぶんと様代わりいたしましたよ。」
 ベルクートがそう進めれば、このテーブルでの会話に聞き耳を立てていたおじさん連中から、あそこがお勧めだとか、あそこは外せないだとか野次が飛んでくる。
 そんな彼等に愛想良く受け答えしながら、
「でも、今日はとりあえず、闘技場を良く見ていかないとね……。」
「そうですね、あの戦い以来、閉鎖されたままですし──、壊れているところもそのままになっているようです。」
 ココに来る前に見てきた報告書を思い出しながらリディクに頷く。
 あの戦いの時──そう、ゴドウィン家に攻め込んだときに、あの闘技場でゴドウィン兵に囲まれた。
 そのときに、幾つか壊れたままになっていて──闘技場自身が壊れるような深い傷跡じゃなかったから、そのまま放置してあったはずだ。
「それと、屋敷の方も一通り見てみようかな。」
「あ、あの件ですね?」
 大切な部分を飛ばして会話する二人に、朝食を運んできたマリノが興味深そうな表情を見せた。
「あの件って、何ですか?」
 不思議そうに首を傾げながら問いかけるマリノの言葉に、確かに、とベルクートは頷きかけて──ふと何かに気づいたようにリディクとリオンの顔を見比べる。
「そう言えば……、同僚に聞いた話なのですが──リムスレーア陛下の闘神祭を近く行うらしいですね? もしかして今回のストームフィスト視察は、その?」
 声を潜めて、ひっそりと問いかけてくるベルクートの言葉に、リディクとリオンは顔を見合わせ──それから、違うよ、と、微笑みながらそれを否定しようとした瞬間……、
「闘神祭──……っ。」
 がしゃん、と。
 マリノが、驚いたように目を見開いて、手にしていたお盆をテーブルの上に取り落とした。
 それから、その激しい音で我に返って、ハッとしたように視線を落とすと、音の割りにお盆はきちんとテーブルの上に鎮座していた。
「──……っあ、や、やだわたしったら、ちょっと、驚きすぎですよね……っ。」
 慌ててマリノは、なんでもないように取り繕って微笑みを広げた後、お盆の上から皿とグラスを取り上げてテーブルの上に下ろし、それからお盆を抱え込んで見せた。
 そのまま、えへへ、とけなげに笑って見せるマリノに、リオンが心配そうな顔を向けて──それから、こちらも無理やりに近い笑みを上らせると、
「いえ、あの──マリノさん、違うんです! ベルクートさんも、勘違いされてます。今回、私と王子がココに来たのは、確かに闘技場の視察も兼ねてるんですけど、決してリムスレーア様の闘神祭のためじゃなくって……っ。」
 ブンブンと手を顔の前で振って、リオンはその先を言おうとして……そこで、チラリとリディクを見やった。
 この先を、今の段階で話してしまってもいいかという問いかけだと気づいて、リディクは目を緩ませて頷く。
「闘神祭をこれからも行うかどうかは、まだ議論の段階で、ハッキリとは決まってないんだけど──、今回視察に来たのは、闘技場のこれからの活用方法を考えてのことなんだ。
 ニケアの件で考えてたんだけど、女王の婿を探すって言う形じゃなくって、年に1度とか3年に一度くらいの割合で、盛大な武術大会みたいなのを開くのもいいんじゃないかって。」
「武術大会。」
 リディクの説明に、ベルクートは驚いたように目を見開く。
 マリノも、お盆を抱きしめたまま、リディクとリオンを交互に見やった。
 リオンはそんな二人に力強く頷いて、 
「女王騎士の選抜試験の会場にも使ったりとか──そういう方面も考えているんです。」
 二人は決して口に出しはしなかったけれど、闘技奴隷制度が無くなってから、ストームフィストの景気が下降気味なのは目に見えて分かることだ。
 それを盛り返すには、さまざまな政治的手腕を講じる必要があり──けれどあの内乱でストームフィスト以上の被害を受けた町はたくさんあり、その傷は未だに癒えていない。
 だからこそ、ストームフィストを救う方法の一つとして、武術大会を考えて見た。
 そう告げるリディクとリオンに、マリノは先ほどまでの怯えの色が一瞬で消えうせた──そう見える表情で、リディクの顔を覗き込んだ。
「へぇ……、スゴイ! 王子様、それって、とてもいい案じゃないですか!」
「確かに──そうですか、それで今回、ストームフィストに。」
 納得したような顔で頷くベルクートに、うん、とリディクは一つ頷いて、
「実は発案者はミアキスなんだけどね──リムのために、新しい形式の闘神祭を考えてたみたいで……。」
 表情を緩めて、リディクは水の入ったグラスを手にしながら、そのときのことを思い出すように目を細めた。
 アルシュタートとフェリドを見てきた自分達は、やはりリムスレーアにもそういう幸せな──好きな人と一緒になってほしいと思う。
 ──サイアリーズとギゼルの結末を知っているから、余計に。
 だから、闘神祭を廃止する方面で勧めたいのはヤマヤマなのだが、現状はそう上手く行くわけでもない。
 恋愛結婚をさせようも何も、リムスレーアはまず、出会いと言うものがない。自分達とは違って、こうして各地を視察することも稀なくらいで──視察をしたとしても、いつも厳重な警備に囲まれた仲だ。そういう素晴らしい出会いに巡り合う可能性は低い。
「新しい形式の、闘神祭……、ですか?」
 少し不安そうな眼差しで、マリノが問いかけてくるのに、リオンはチラリとリディクを見た後、彼が微笑んでいるのを認めてから、内緒ですよ、と小さな声で言った後、唇の前に指先を押し当てて、
「闘神祭というより、集団お見合いみたいな感じで……定期的に、リムスレーア様のお目がねに叶うような男性が居ないかどうか、公募するみたいな形を取ろうかと思ってるんです。──とは言っても、こっちはまだミアキス様の案件が出ているだけの状態なんですけどね?」
 代りに──と、リオンはそこで更に声を潜ませて、クスクスと楽しげに喉を鳴らしながら、
「ミアキス様ったら、その案件を通すために、今度は王子の闘神祭をするって言うんですよ。」
「……え、ええええっ!!?」
「──なっ!?」
 本当にミアキス様ったら、と──続くはずだったリオンの言葉は、店内に響き渡るかと思うほどに驚いたマリノとベルクートの声によって、掻き消された。
「……マリノ、ベルクート?」
 どう聞いても、冗談にしか聞こえない話に、大仰に反応する二人に、リディクは不思議そうな顔になる。
 しかし、マリノは両手で頬を抑えて、
「王子様の闘神祭って……つまりそれって、お嫁さん選びをするってことですよね!?」
「殿下が……そんな──……。」
「って……ちょっと、あの……おふたりとも?」
 何やら興奮した様子のマリノに、なぜかショックを受けたように額に手を当てているベルクート──その二人を見交わして、リオンは困ったように眉を寄せた。
 それから、隣のリディクを見上げて、しょんぼりと肩を竦める。
「すみません……王子。」
「いや、いいよ。どうせすぐに解ける誤解だし。」
 軽く笑って、リディクは軽く肩を竦めて見せた後、氷が溶けかけたグラスをカランと揺らして、それで唇を湿らせた後、
「僕の闘神祭をしようと言ってるのはミアキスだけだから、実現することはないよ、二人とも。」
 これ以上興奮したりして、余計なことを口外されないように、しっかりと釘を打っておく。
 ハッ、とこちらを向いた二人に、リディクは小さく笑った後、
「僕の花嫁が女王騎士長になるわけじゃあるまいし、強い人を選び出してどうするの?」
「──……ぁ、そ、そぅですよね!」
 マリノは、その事実にハッと気づいたように目を見開く。
「それに、そう提案したミアキス様は、ぜったい、ご自分も出るつもりだったんですよっ。」
 リオンが、少し怒った口調でそう続けて、まったくもう、と軽く膨れたように唇をゆがませる。
 その態度はまるで、出きるなら自分も参加したいと、そう言っているように聞こえて、ベルクートは軽く眉を寄せた。
「出るつもりって──ミアキス殿は、殿下の花嫁になるために、闘神祭を催そうと考えているのですか?」
 その眉の皺が思わず濃くなるのは、あるイミ仕方がないといえば仕方がないことかもしれない。
「冗談のつもりだったのは間違いないですけど。」
「わざわざ僕と結婚しなくても、リムとは本当の姉妹みたいだって言われてるのに。」
 憮然とした表情のリオンに対し、リディクはどこか楽しげな口調だ。
 ──彼はしっかりと、ミアキスの目的がリディクの花嫁になることではなく、リムスレーアとの更なる強い結びつきを求めていたことを理解していたらしい。
「だからって王子!」
「それに、ミアキスも本気じゃなかったと思うよ? ──まぁ確かに、リムでぶっつけ本番をするよりも、僕で前試しをしようと思って無かったとは言わないけど……それでも、本当にやろうと思ってたわけじゃないし……。」
 実際にその話は無くなったよね?
 そう言って微笑むリディクに、もう、とリオンは軽く頬を膨らませる。
 そんな彼女に、クスクスと小さく笑って、リディクは大丈夫大丈夫、とうなずく。
「──……つまり──その、殿下の闘神祭は、行われない、と……言うことですよね?」
 おずおず、と言った具合に尋ねてくるベルクートを、リディクは楽しそうに口元を緩ませて微笑む。
「うん、しないよ。」
 それから少し考えるように視線を少しだけさ迷わせて、悪戯っぽく差し向かいのベルクートを見上げた。
「でも、ミアキスに押し切られて本当に闘神祭をすることになったら、ベルクートも参加してくれるよね?」
「──……ぉっ、お……王子!?」
「殿下……っ!!?」
 ガタンッ、とイスを蹴飛ばすようにリオンとベルクートが立ちあがる。
 突然の過激な反応に、リディクは驚いたように目を瞬いた。
 リオンは微かに顔が青白く、ベルクートはなぜか耳の辺りまで真っ赤だ。
「王子様ぁぁ〜?」
 さらに、情けない声でマリノが真っ青な顔で呟く。
 リディクは、彼等をキョロキョロと見まわして、
「……女王騎士は、奉納試合には出れないから──ベルクートにお願いしようと……、思ったんだけど………………。」
 何か、マズイことでも言ったかな、と。
 曖昧な表情で見上げられて、ハッ、と、三人は我に返ったような表情になった。
 そしてすぐ後、リオンとベルクートは、ガタガタガタッ、とイスに座り込み、マリノはわざとらしく視線をさ迷わせた後、
「さぁってと、おかわりのパンもってきますね〜。」
 そそくさと何もなかったかのように──でもちょっと焦って足元をふらつかせながら、カウンターの方へと戻って行った。
 もとのようにイスに座りなおしたリオンもまた、やはり何事もなかったかのように、
「王子、おいしそうですよね!」
「ここのパンは焼きたてで、本当においしいんですよ。」
 ベルクートもまた、リオンの言葉に乗るように、そろって二人はナイフとフォークを取り上げた。
 その息のあった二人の様子に、リディクはますます分からないと言うように首を傾げて──、

「…………? ……ぁ、そうか。
 僕の奉納試合は、女性に頼まないとダメなのかも……?」

 なら、ハヅキさん? ──と、全然、的違いのことを考えていた。




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