見上げた桜の向こうに青い空。









 うららかな春の日差しが、ちょうど真上から差し込む昼時──、活気溢れる声に満ちていたグレッグミンスターの中央街道は、この時間になると人の流れが少し変わる。
 主街道沿いに並んだ細工物やみやげ物を売っている店から客足が遠のき、店の主人達も店先から奥へと姿を消す。
 そうして、そこから消えた客人たちは、そこから少し離れた……昼食時の良い香りを漂わせる、飲食店街の方へと、移動し始めるのだ。
 その中の一つ──帝都の外に通じる門のほど近くに位置した、グレッグミンスターでも老舗に当たる宿の中で、マリーは卸したてのエプロンに身を包んで、今日の宿を決めたばかりのお客様を相手に、愛想良く接客していた。
「ええ、ええ、この先の中央広場に行けば、皇帝陛下がお住いの宮殿が遠目に見れますよ。
 その屋台では、最近、ご結婚あそばされた皇太子様と皇太子妃様の絵姿も売ってますから、お土産にいかがですか?」
 朗らかな笑顔は、誰からも親しみを覚えられるそれ。
 そんな笑顔を、向けられた客は、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、ぜひそうするよ、と笑い返してくれた。
 マリーはその満面の笑顔に、ますます嬉しそうに顔をほころばすと、一礼してクルリと踵を返した。
 数年前にこのグレッグミンスター1の宿屋に嫁入りしたばかりのマリーは、宿屋の接客が肌に合っていたみたいで、忙しさのあまりやつれてもおかしくないような仕事量にも関わらず、回りから「妊娠したの?」と言われるほどに、ふっくらとふくよかになってきている。
 先日、夫に買ってもらったばかりの長く裾を翻すスカートだって、正直言うと、少々腰周りがきつかったりする。
 そのスカートで締め付けられた腰に手を当てながら、ふぅやれやれと、厨房に取って返してきたマリーは、ふとカウンターの上に置いたままになっているメモに気付いた。
 白い手帳を破いたような小さなメモに目を留めたマリーは、ヒョイとそれを目線まであげて、一体何のメモだったかと軽く首を傾げる。
 それと同時に、ポン、と頭の中に金髪の細身の少年の姿が思い浮かんだ。
 赤月帝国の心臓とも言える宮殿のある区域──宮殿を守るための軍人や貴族の屋敷が群れを成している一角──で、一番この宿に近い位置に存在する「テオ=マクドール」の屋敷に一年ほど前から下働きとして働き始めた少年だ。
 北方の小さな小競り合いの戦を、テオ率いる小隊が鎮圧しに行ったときに、テオが連れて帰ってきた「孤児」だと言っていた。
「やだねぇ……グレミオったら、肝心のメモを忘れてってるじゃないか。」
 マリーは、朝も早くから宿を訪ねて来ていた少年のことを思い出すと同時に、自分が手にしているメモが何なのか思い出した。
 それは、血相を変えて朝から飛び込んできた少年──グレミオが、「食欲がそそられるような、離乳食の作り方を教えてくれ!」と、驚くマリーに急かして走り書きさせたものだ。
 あの、一歩間違えれば愉快としか映らない動転ぶりを思い出して、マリーはメモを書いた紙を自分のエプロンのポケットに突っ込みながら、くすくすと笑った。
 最初、テオがこの宿に連れてきて紹介してくれたときには──なんてまぁ、無愛想で背ばかりがヒョロリと高くて、腕力もなくて何ごとにもやる気がない子供だと、そう思ったけれど。
 テオの厳しくありながら、それでも豊かで優しい一面に触れ──そして、当時マクドール家ですくすくと育っていた「新しい命」を目の当たりにして、彼はだんだんと明るさと、おそらくは生来の「おせっかい」で「心配性」を滲み出すようになっていった。
 まだ一年ほど前までは、グレミオの心配性でおせっかいの対象は、「離乳食」を食べる子供ではなく、その子供を腹に宿していた母親のほうだった。
 優しく穏やかに微笑み、マクドール家の庭に一本だけ生えていた桜の木の下で、ユラユラと揺り椅子に揺られて編み物をしていた。
 時折、大きなおなかを抱えて、屋敷を抜け出してきたと言っては、ここでマリーを相手にお茶を飲むような──そんな女性だった。
 あの頃は、マリーも若女将として忙しくて、色々もめごとや問題ごとも抱えていて──胎教に悪いはずなのに、彼女はいつも微笑みながら、マリーの話を聞いてくれていた。
 けれどその人は、もう居ない。
 だからこそグレミオは、「居ない母親」の代わりに、必死になって「遺児」のために、奔走しているのだ。
「……奥様が亡くなってから、まだ、半年、か。」
 あの当時の、帝都中の沈んだ雰囲気は、今でもアリアリと思い出せる。
 実際、ココに存在するほとんど全ての者が、あの悲しい状況を今でも憂いている。
 それでも、たった半年で、あれほどたくさんの人に愛されていた女性の死の色が、ここまで拭われたのは──やはり、残された一つの宝物のおかげだろうと思われる。
 小さなベビーカーに乗せられて、グレミオが甲斐甲斐しく散歩に連れてくるたびに、アッと言う間に人だかりが出来るらしいのだ。
 それはそれは、奥様に良く似た、愛らしい面差しで笑うのだという。
 その小さな赤ん坊の愛らしさは、グレミオの溺愛ぶりからも想像がつくが、実際会ってみなくては、あの子の可愛らしさは分からないだろう。
──もっとも、最近はハイハイと覚えたらしく、生まれて一年に満ちてないとは思えないほどの上達ぶりで、次々に家の中の物をひっくり返しては、破壊して次の部屋に移っているのだと、この間クレオが嘆いていた。
 おかげで、今、マクドール家には使用人を入れても5人しか居ないというのに、洗濯物はその倍。
 毎日、庭でハタハタと洗濯物がはためいているらしい。
 そして、一時間に一度の割合で、何かが壊れる音も響くとか、どうとか。
「──……まぁ、でも──元気で何よりだねぇ。」
 くすくすと、漏れ出て来る笑みを堪えることもせずに、マリーは、昼食時がすぎた後──休憩時間にでも、離乳食のメモをグレミオに届けてやろうと思う。
 毎日毎日、疲れきって熟睡するほど暴れまくるカワイイ「小さな怪獣」が、今朝はなぜか食欲がなかったのだと──真剣な顔で心配していた少年のことを思い出しながら、マリーは脇に抱えていたお盆を持ち替えて、新しい料理が仕上がっただろう厨房に、早足で飛び込んでいった。












 賑やかな活気溢れる飲食街から少し離れた閑静な住宅街。
 上品な様相を持つ家々が並ぶ中、つい数ヶ月前までまるでこの世の終わりが来たような暗さを宿していた屋敷の庭には、優しい春が訪れていた。
 暖かな桜色の光に満ちる庭、春の日差しの下でハタハタと気持ちよさそうに洗濯物が揺れている。
 その庭が見渡せる大きな窓のある居間では、暖かな日差しが差し込む窓辺に三つの人影が腰掛けていた。
 明るい日差しを受けて、キラキラと金色に輝く短髪を持つ少年が一人と、肩甲骨の辺りまである薄い金色の髪を三つ編みにした少女が一人。
 そしてその二人に囲まれた形になったふわふわの黒髪と大きな黒い瞳が印象的な赤ん坊が一人、赤ん坊用の椅子にチョコンと腰掛けている。
 少女はスラリと長い足を組みながら、右手に握ったパンにガブリと齧り付きながら、少年が手にしているスープ皿の上に乗った、米の形も残っていないようなリゾット風の物を見下ろす。
 少年はそれを丁寧にスプーンの上に乗せて、ふぅふぅと口をすぼめて息を吹きかけた後、
「はーい、ぼっちゃーん、お昼ごはんですよ〜。」
 そろそろと、零さないように気をつけて、目の前で首からよだれ掛けをつけて、ジ、と待っているカワイイ主人へとスプーンを近づけた。
 しかし、ふっくらした白い頬が愛らしい赤ん坊は、大きな瞳で、ジ、と窓辺で揺れる白いレースのカーテンを見つめるばかりで、鼻先をくすぐるリゾット風離乳食には、チリとも反応してはくれない。
 それどころか、
「ぼっちゃーん、ほら、とっても美味しそうですよ〜?」
 ねー? と顔を覗かせてくるグレミオには一瞥もくれずに、椅子の上の小さなテーブルに置かれていた手を伸ばすと、
「う……あー……。」
 舌足らずな声で、突然カーテンの方へと体を乗り出そうとする。
 グレミオはスプーンを持った手と、その下に添えた手をそのままに、笑顔でニコヤカに、
「はーい、ぼっちゃーん、こっち向いてくださいね〜、ごはんですよー。」
 と、呼びかける──がしかし、そのくだんのぼっちゃんは、グレミオにも近づいてくるスプーンにも視線をやらずに、さらに身を乗り出し、
「あー。」
 ブンブンと手を振る。
 全く、グレミオをかまってやる気はない様子である。
 目を覚ましてから寝るまでの間、気の休まる暇もないくらいヤンチャぶりを示してくれるマクドール家の嫡男であるスイ=マクドール、満0歳は、昼食時もおとなしくしてくれる様子は見えない。
「あー、……じゃなくって……ぼっちゃん、おんもに行きたいかもしれないですが、ご飯を食べた後にしてくださいね〜、ぼっちゃーん、ほーら、おいしそうですよ〜。」
 鼻先にグレミオがスプーンをちらつかせると、それが邪魔臭いと思ったらしいスイが、不満げに顔を顰めて、キュ、と可愛らしくグレミオを睨み上げる。
「グー、めっ!」
 ──そんな風に叱られても、困る。
 ムッスリと唇を一文字に結ぶスイに、グレミオはますます疲れたように肩を落として、自分が掬い上げたスプーンの上のリゾット離乳食を見下ろして、ジットリとスイを見上げなおす。
「……ぼぼ、ぼっちゃぁぁーん……グレミオの作った離乳食は、そんなに美味しくなさそうですかぁぁ〜? お願いだから、食べてくださいよぉぉぉ〜。」
 そのまま再び、スプーンの上の冷めた離乳食をスイの口元に運んでいくが、スイはそれを狙っていたかのように、ツイ、と顔を逸らして、窓を手の平で示す。
「うー。」
 ヒラヒラと揺れるレースのカーテンが、春の日差しに透かし見えて、とても綺麗だ。
 クレオはそんなことを暢気に思いながら、パンの最後の一口を放り込むと、テーブルの上に置いてあったコーヒーを取り上げ、それを飲み込んだ。
 そんな風に、一人淡々と昼食を済ませるクレオの前では、ガックリとグレミオがスイの椅子の目の前に座り込んで肩を落としていた。
「うー……って言いたいのは、グレミオの方ですよぉぉぉ。」
 イジイジとスプーンを見つめていたグレミオは、改めて顔をあげて、持っているスプーンの上の離乳食は、冷たくなっているからダメなのだと、それを一度皿の上に戻して、改めてホカホカと湯気の立っている離乳食をスプーンに受け取ると、
「おいしそうなのに……ほーら、ぼっちゃん。ぱっくん。」
 ニッコリ笑って、スイの口元に近づけて、ぱっくん、と──その言葉につられるように口を開いてくれたらいいなと願いながら、グレミオが口に出すが、
「あー。」
 スイは、やっぱりこちらには視線もくれずに、窓で揺れるヒラヒラのカーテンを見つめるばかり。
「────…………うう……。」
 グレミオは小さく呟いて、ホカホカと湯気の立ったスプーンにパックリと噛み付いて、グレミオは喉を上下させた。
 味の薄い離乳食は、正直、とても美味しいとは思えなかったけれども、グレミオは必死で笑顔を作って、スイに向かって語りかける。
「ほーら、ぼっちゃん、とっても美味しいですよぉぉ?」
 これで、つられてくれたらと思わないでもなかったが、スイは一筋縄ではいかない。
「う?」
 目線を寄越してくれるものの、グレミオを不思議そうに見上げるばかりである。
 その目が、ちっともグレミオが手にしているスプーンに行かないのを認めて、グレミオはガックリと肩を落とす。
「────……うぅ……。
 やっぱり、マリーさんから貰ったレシピメモ、なくさなかったら良かった…………。」
 今頃きっと、どこかの道路で誰かに踏まれて、もみくちゃにされているに違いない。
 また聞きに行くのも、どうかと思うしと、そのまま床に沈没してしまいそうなほど、ガックリするグレミオを、クレオは呆れたように見下ろす。
「グレミオ、ぼっちゃんはおなかが空いてないんじゃないのかい?」
 どう見ても、スイの興味はグレミオとグレミオのスプーンの上よりも、窓でヒラヒラ揺れているカーテンにあるみたいだ。
 あんな風に揺れるカーテンに興味を示しているときは、常にカーテンを掴み、カーテンを引きずり回したいという欲求に駆られているときだ。
 そう指摘するクレオに、グレミオは渋い顔でフルリとかぶりを振って否定する。
「いえ、そんなことはないはずなんですよ、だって、朝ご飯の時も、眠そうにウツラウツラしてて、半分も食べてなかったんですから。」
 その朝、眠そうにウツラウツラしていた理由というのも、昨夜遅くまで、アッチへ行ったりコッチへ行ったりと、遊びまわっていたのが原因だ。
 時々スイは、夜中まで興奮して寝られないときがあるのである。
 ちなみに、いつもそれに付き合わされるのはグレミオの役目だ。クレオは寝不足はお肌の大敵だといいながら、自室に鍵をつけて引きこもるのが常である。
 朝ご飯の時は、ウツラウツラしていたけど、その後は元気に廊下をハイハイ競争する勢いで走り回って、なぜか風呂場の桶を一個壊してくれたから、おなかは空いているはずである。
「おなかが空きすぎちゃったのかね? ぼっちゃーん、ほーら、オレンジジュースですよ〜。」
 食べ物はダメでも、大好きなオレンジやアップルのジュースならどうかと、クレオはストローのついた瓶を取り上げて、猫撫で声でニッコリ微笑みながら、スイの顔を覗きこむのだが。
「うーっ、ヤ!」
 スイは掲げていた手で、ペシンとクレオの手を叩いて、ツン、と顎を逸らす。
 ふっくらとした柔らかな頬が、ぷくぅ、と不満げに膨れている。
「────…………。」
 その愛らしい拗ねた顔を見ながら、クレオはコトンと瓶を置いて、スイの横顔を見下ろす。
 赤ん坊と付き合って早数ヶ月になるが、いまだにまったく、スイとは意思の疎通が取れない。
 これが将来、赤ん坊が何かをしているのを見るだけで、ああだとかこうだとか、分かるようになるとは、到底思えなかった。
 グレミオもまた、クレオと同じようなことを思っているらしく、ぷーい、と窓のカーテンを見ているスイを見ながら、頬に手を当てて、
「さっきから、ずーっとこうやって外を見てるんですけど、庭に何かありましたっけねぇ?」
 さっぱりわかりませんと、窓の外を見やる。
 レースのカーテンの向こうの窓では、春の柔らかな日差しが降り注いでいて、洗濯物がハタハタとはためいていた。
 その光景の、何が楽しんでしょうと──どうしてぼっちゃんは、そこまで外に出たがるんでしょう、と不思議そうに零すグレミオの言葉に、あぁ、とクレオは窓の外へと視線をやった。
 てっきりぼっちゃんは、レースのカーテンが気になるのだと思っていたが、もしかしたら窓の外に、猫か犬か──何か気になるものでもあるのかもしれない。
「庭、ね?」
 そう思って、ヒョイ、と視線をやったクレオは、はためく白い洗濯物の隣──見慣れた気に、目を引く色が灯っているのを認めて、
「…………、あれ、桜が満開じゃないか! いつの間に……。」
 驚いたように目を見張った。
 マクドール家に一本だけある桜の花が、枝を覆い尽くすほどに薄い桃色で咲き誇っている。
 思わず窓辺に駆け寄るクレオに、
「グー、……しょっ。」
 スイが両手を挙げて、抱っこして、とねだるようにグレミオを見上げるが、グレミオはクレオと同じように窓の外を見ていて、気付いてはくれない。
「そうなんですよ〜、私も起きてビックリしました。昨日はチラホラしか咲いてなかったのに、また一気に咲きましたよね〜。」
 ノホホンとした笑顔を浮かべるグレミオに、スイはプクリと頬を膨らませると、バンバンと椅子を叩き──そのまま、ヨジヨジと椅子から出ようと体をひねって試みる。
 しかし、いつも暴れるスイのことを思って、しっかりと椅子にベルトで固定されている体では、体を伸ばすのが精一杯だった。
「って、コレだろっ、どう考えても!」
 バンッ、とクレオがガラスを叩いて、カチンと眦をあげる。
「へ? 何がですか?」
 どう見ても分かるだろうにと叫ぶクレオに、グレミオはイミが分からないと首をかしげる。
 全くもう、ボケボケな男なんだからっ。
 そう零しながら、クレオは乱暴な手つきで窓ガラスの鍵を開くと、ガラリと窓を全開に開く。
「ぼっちゃんは、この桜に気をとられて食事がお粗末になってるんだよ!」
 風をはらんで大きく膨らんだレースのカーテンを、シャッと真横に引いて、そのまま紐でくくる。
 そんなクレオの背中に、スイの期待に満ちた視線が突き刺さる。
「え、あ……あーっ! なるほど、そういうことですか! なーんだ、ぼっちゃん、桜が見たいなら見たいで、そういってくれればよかったのに〜。」
 一転して笑顔になったグレミオが、パフリと両手を合わせて、ニッコリ微笑む。
 もう、ぼっちゃんったら、ツーン。
 なんて、ニコヤカな笑顔でスイの頬を指先でつついて、グレミオは安心したように笑う。
「赤ん坊が言えるわけないだろ。」
 窓の外に足を踏み出して、呆れたように突っ込むクレオに、グレミオは心外だと言いたげに眉を曇らせると、
「え、でも最近では、グレミオのこと、グレ、って呼んでくれますものねー〜?」
 ねー? とスイの顔を覗きこむ。
 けれどスイは、愛らしい顔をグレミオに見せるのではなく、
「グー、あー、あー。」
 手の平と全身でもって、グイグイと窓の向こうを指し示した。
 そんなスイの様子を窓の外から見たクレオは、くすくすと口元に手を当てて、桜の木を見上げる。
「あぁ……やっぱり、アレ、って言ってるみたいだね? ぼっちゃん、桜が見たいんですか?」
 振り返り、小さく微笑んで問いかけると、スイは大きな目を瞬かせてから、コクコクと激しく首を上下させる。
「うー、うー。」
 その、興奮したような面持ちを認めて、グレミオもようやくクレオの意図に気付いたのか、身を乗り出すスイの体を戒めているベルトを外すと、
「はーい、それじゃ、ちょっとだけですよ〜。」
 小さな体をヒョイ、と抱き上げて、自分の胸元まで抱き寄せた。
「う?」
 目の前に近づいてきたグレミオの顔に、不思議そうな表情になる大きな黒目に、グレミオはニッコリ微笑みかけると、
「桜、見に行きましょうね。」
 軽い体をしっかりと抱き寄せて、クレオの後を追うように庭先に向けて足を踏み出した。









「ほら──ぼっちゃん、桜ですよ〜。」
 見上げれば、満開の桜。
 その向こうに見て取れる蒼い空。
「あー。」
 グレミオに抱きかかえられて、すぐ間近に迫る桜に、スイが嬉しそうに顔をほころばせる。
「はーい、タッチ。桜ですよ〜。」
 スイを軽々と抱き上げた腕とは違う手で、間近に見えた桜の枝を引き寄せて、かすかに甘い香りのする花に触れさせると、
「きゃーぁっ。」
 ますます嬉しそうに、スイが笑顔を零す。
「あぁ……もう、桜の下のぼっちゃん、可愛らしいですね〜vv」
 そんな、ひどく嬉しそうなスイの様子に、グレミオの目元はますます垂れ下がった。
 そんな二人を見ながら、クレオは楽しげに喉を鳴らして笑った後、
「ふふ……今日はこのまま、桜の下でご飯と行こうか、グレミオ? どうだい?」
 クルリと踵を返して、先ほど出てきたばかりの窓に戻ろうとすると、驚いたようなグレミオの声が背中にかかった。
「えっ、さ、さすがに昼間から一杯ひっかけるのはどうかと!」
「誰が酒を飲むといった、大バカもの!!」
 思わず振り返り、怒鳴った先で。
 グレミオの腕に抱かれながら、キャキャキャと楽しげに笑っているスイの顔が、見て取れた。
──まったく、もう。
「そんな顔見たら、怒れないじゃないか。」
 抱いた怒りの矛先を、一体どこへやればいいのかと、そんなことを呟きながら、クレオは唇を真一文字に引き結んでみせた。










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