そこは、優美なる都──ハイランドが皇都、ルルノイエ。










「なーなー、クルガン、ジョウイさまを見なかったか?」
 ノックもせずに入ってきた赤髪の同僚に、クルガンは眉間に皺を寄せて彼の顔を見上げた。
「入ってくるときにはノックをしろと、いつも口をすっぱくして言っていたと思うが?」
 しかし、そんなクルガンの台詞はキレイに右から左へと聞き流して、シードは彼が腰掛けている机に向かって歩き出すと、彼の机に腰を落とした。
「……シード……っ。」
 筆を握る手を震わせながら、低く唸るように名を呼ぶクルガンに、シードは鮮やかな赤い髪を揺らしながら、彼の眉間の皺を指先でつついた。
「クルガン、そーやって皺ばっかり寄せてると、癖になるぞ? ただでさえでも老け顔なんだからさー。」
 アハハハハハ、と明るく笑うシードに、クルガンは引き攣る唇で机に向かって吐き捨てる。
「だ・れ・の・せ・い・だ……っ。」
「それでさ、クルガン? ジョウイさま見なかったか? この書類にサインが欲しいんだけどさー、城内のどこにも居なくって。」
 ヒラヒラと右手に持った書類を舞わせるシードに、だから──と、クルガンは何も頭に入っていないらしい戦闘馬鹿な男に、堪えきれないようにこめかみに指を当てた。
「──……あのな、シード?」
「ん?」
「ジョウイさまは、本日は1日お休みを頂くから、用事は全て昨日までに済ませるようにと、そう言ったはずだが……っ!?」
「…………ぁ? えー……そうだったっけ?」
 能天気に首を傾げるシードが座っている机ごと、思いっきりひっくり返したくなったが、なんとかクルガンはそれを堪えた。
 その代わりに、机の上に広げていた紙が、ぐしゃりと彼の手の平で握りつぶされた。
「と・に・か・くっ! 今日はジョウイさまはいらっしゃらない。城下に下りているそうだ。」
「えーっ、マジかよ? 参ったなぁ。どこに行かれたんだろう?」
 首を傾げるシードの台詞に、知るかっ、と短くクルガンが吐き捨てたその瞬間、
ばさぁっ!
 突如クルガンの背後のカーテンが、大きく翻り、
「ジョウイの居場所なら、わたくしが知っておりますわっ!!」
 臙脂色のドレスを着た美姫が、声高に叫んでくれた。
「──────………………あっれー? ジルさま?」
 キョトン、と目を見開くシードと、背中で巻き起こった一陣の風に、
「…………なんでジルさまが…………私の執務室のカーテンから………………。」
 クルガンは、頭を抱えて机に突っ伏した。
 そんな苦労症のクルガンに、ジルはうふふ、と明るく笑ってくれた。
「ピリカとかくれんぼをしていたのですわ。」
────なぜ、そこで、私の執務室のカーテンに……っ、というか、ぜんぜん気づかなかった……っ。
 衝撃を覚えて、泣きそうな思いをかかえるクルガンに気づかず、シードは机からヒラリと降りて、ジルの前に跪く。
「ジル皇女。ぜひ、ジョウイさまの居場所を教えていただきたいのですが……。」
「ええ、喜んで。」
 右手を差し出して、シードがその手の甲に口付けを贈るのを見下ろしながら、優雅にジルは頷いて見せた。
 そして、その美貌をニッコリとほころばせると、
「ジョウイは今日、友人を招いて、ルルノイエの観光ツアーをすると言っていましたわ。」
「友人? ジョウイさまの?」
 不思議そうに目を瞬くシードに、クルガンもゆっくりと顔をあげて、ジルを見上げた。
 そんな二人を見下ろし、ジルは、ええ、と鷹揚に頷いてみせる。
「そうですわ。新同盟軍の、リオとナナミと言う二人なのですって。」
「へー、新…………同盟軍っ!!!???」
 まったく、と──うんざりした心地で頷きかけたクルガンが、今度という今度こそ、執務中の机を、思いっきりひっくり返してしまったのは、決してクルガンのせいなどでは……ない、はずである。











ツアーガイドはトラブルメイカー

1主人公:スイ=マクドール
2主人公:リオ











 古びた威厳溢れる門をくぐれば、ソコは美しい花の都──整然と敷かれた石畳がまっすぐに中央を貫く主街道沿いには、多くの華やかな店が並んでいる。
 整然と並べられた石畳の中央街道は、いつも賑わいに溢れている。
 冬は寒々しい雰囲気を待とう石の畳には、この季節だけは色とりどりの花々に包まれ、皇都内を、華やかに見せる。
 その、花に包まれた美しき都の表通りに面する小さなカフェテラスに、飾られた花よりも鮮やかな空気に包まれた一角があった。
 華奢で繊細なラインを描くテーブルと、同じレリーフが刻まれたイスと──さんさんと降り注ぐ太陽の視線を和らげる役割を果たすパラソル。
 その足元には、花が咲き誇った鉢植えがいくつも置かれている。
 咲き誇る花は、温室や貴族の庭にあるような豪奢で贅沢な花ではなく、野原や森の中で咲き誇っているような品種のものばかりだったけれど、その可愛らしい花には、このカフェテラスを訪れる客の目を楽しませるのに十分な役割を果たしていた。
 けれど、今──このカフェテラスの一角が、華やかな様相を纏っているのは、その花のせいではない。
 その一角のテーブルに腰掛けているのは、ただ一人だけ……「美人さん」が、その席についた瞬間から、なぜかそのテーブルの周囲はガランと空いてしまっていた。
「────────……………………。」
 チクチクと、遠くから観察されるような視線にさらされている「美人さん」は、それに気づいているだろうに、それらをチリとも歯牙にかけることはない。
 ただ無言で、ロイヤルミルクティーの入ったカップを傾けるだけだ。
 少し動くたびに、透き通るような白い肌にサラサラと零れる色素の薄い髪──カップを傾ける瞬間、薄く開かれる桜色に色づいた唇と、形良い鼻梁。
 絵になる美しさに、男とも女ともつかない中世的な美貌の主が動くたびに、周囲からとろけるような吐息が零れた。
 美人さんの半径3メートル外では、カップを持った手を止めたまま、芸術鑑賞をするかのように、視線が釘付けになっている人が山のようにあふれ帰っていた。
 その誰もが、それ以上中に踏み入ることが出来ないでいた。──何か、近づきがたいオーラを、その美人は放っていたのである。
 持っていたカップをソーサーに置いた形良い桜色の爪先が、ツイ、と揺れて、カップとおそろいの模様が入った皿の上に盛られたクッキーを摘み上げる。
 こんがりとキツネ色に焼けたクッキーは、搾り出した形のちょうど中央に、宝石のように鮮やかなジェリーが乗せられていて、口の中に放り込んだ瞬間に、サックリホロリと解けるクッキー生地と、ジェリーの甘い香と味わいが絶妙なバランスを誇る──このルルノイエの名物でもあった。
 カフェテラスの通りに面した入り口近くでは、その華やかなクッキーが透明な袋に包まれて、可愛らしいリボンをつけて売られていた。この店一番のお勧めの美味しいクッキーなのだそうだが……、テーブルに腰掛けたその人は、それを粗食し終えるなり、柳眉に濃い皺を刻み込み、ポツリ、と呟き吐き捨てた。
「──まずい。」
 ボソリ、と零れた声は、天上の音色のように美しく。
 普段なら良く響くだろうその声は、雑多な音が行き来する外の空気にたやすく攫われていってしまった。
 その耳障りな音に、余計に食べているものをまずく感じると、金に近い色の髪を持つ異国の観光客は、長い睫を伏せて、心の奥底から吐き捨てる。
「……いいかげん、帰りたいんだけどね……。」
 まだ半分以上残っているカップの中身と、ほとんど手をつけていないクッキーの山を見つめた。
 その憂いた顔もまた美しいと、辺りかた感嘆の吐息が零れるのが、また邪魔臭くてしょうがない。
 できることなら、このままこの場から消えうせてしまいたい所なのだけど。
 チラリ、と見下ろした両手首には、分厚い鉄の環がつけられている。
 ソコには、意味が不可解なナンバーが刻まれている。
「──────────────…………………………。」
 視線をそらせた先──遠くにかすんで見える、厳かな雰囲気を纏う宮殿の建物を睨みつけて、美貌の魔法使いは、憎憎しげに唸り声をあげた。
「──ふざけるなよ、スイ……っ。」
 低く吐き捨てられたその名前の主こそ──己がココから立ち去ることができない原因であった。
 そのまま落とした視線に、自分の両手首に嵌められた鉄の輪とこの店のテーブルの脚をつなぐ鎖が映った。
 わざわざ、両手を動かせやすいように、右手と左手の環から、それぞれ鎖が伸びていて、それがテーブルの脚に結わえられている形になっている。
 しかも、長いズルズルしたローブを身につけているため、遠巻きにしている人間たちからは、美人さんの手に鎖が見えていなかった。
──────そう、美人さんは、この店のテーブルに、その名の通り、拘束されているのであった。
 拘束した人間いわく、「乗り物は、きちんと駐車しておかないとね♪」という、理由のために……。











 始まりは、ジョウストン都市同盟の新同盟軍軍主、「子猿」で「わんこ」ことリオが、どこからともなく手に入れてきた、一冊の観光雑誌から始まった。
 そこに見開きで載っていた、「今月のお勧め観光地」に、彼の心を強く揺さぶられたのが、いけなかった。
「あのね、ジョウイに相談したらね、ジョウイが手引きしてくれるから、ぜひ遊びにおいでって言うんだ〜♪ だから、シュウ、お休み、ちょうだい?」
 そんな、計画ともいえない計画を立てて、それでお終いにしておけばいいものを──どうせ十中八九、リオとナナミの現在の保護者を兼任している軍師のシュウによって、大反対されることは間違いないのだから。
 なのに、彼はその話を自分が崇拝してやまない憧れの英雄──同盟軍に身を寄せている元解放軍面子に言わせるところの、「そういう時には絶対相談しちゃいけない人物」を、誘ってしまったのである。
 かの英雄の名を、「トランの英雄」こと、スイ=マクドール。
 貴族出身のぼっちゃんのくせに、荒くれ者が集っていた赤月帝国解放軍を、その細腕一本で纏め上げたツワモノである。
「キワモノ、の間違えじゃないの?」
 ──皮肉を得意とする、顔だけはきれいな魔法使いの言う台詞に、あぁ……と納得してしまうところがある人物だといえば、誰もがその人物の性格を想像できることだろう。
 そうして、その英雄は、どういう手段を使ったのかはわからないが、しっかりとシュウを丸め込むことに成功した。
 結果として、、リオとナナミと自分と、一応の護衛役としてビクトールとフリック、さらにフッチと。
 そして、なぜか「乗り物」として、ルックを連れ立て、ルルノイエに観光ツアーに出発することになったのである。
「というか、乗り物ってなんだい、乗り物ってっ!」
「観光ツアーには、乗り物が必要不可欠じゃないかvv」
 楽しそうに──非常に楽しそうにそう笑ってくれるスイに、勝てる者はその場にはいなかった。
 真っ青になって、無言で視線をそらし続けるシュウには、助言は期待できない。
 そして、一応の護衛役であるところのビクトールとフリックとフッチなんて、いわばスイの暇つぶし役にすぎない。
 今からげっそりと青くなっているフリックに対して、ビクトールはリオとナナミと一緒に、観光ツアーガイドを覗きこんでいる始末だ。
「だから、ルック、ルルノイエにいる間は、このナンバープレートを外しちゃダメだよ? 君は、観光ツアー客の集合場所なんだからv」
 どこの雑誌を見てどう考えたのかは知らないが、「乗り物」役に任命したルックの手首に、ジャラリと思い手錠をつけてくれた。
 あまりにアッと言う間で、さしものルックも抵抗一つできなかった。
 こうして新同盟軍の6人プラス1人は、「敵国」であるところのハイランドの皇都、ルルノイエに観光ツアーをしにやってきたのであった















 花に満ちた、華やかな雰囲気の石畳が続く主街道──少し前までは、白い雪がチラホラと辺りの木々を染めていたのに、今、目の前に広がっているのは都を華やかに染め上げる花の色。
 暖かな風が頬をなぶり、鼻先で少し甘い香がした。
 心地よい花の香を思い切りよく吸い込むと、砂糖菓子の甘い香も同じくらい香った。
 暖かい季節になったために、主街道沿いの店が、訪れる観光客や旅人のために、店の間で食べ物の出店をしているからだろう。
 厳かでありながら華やかな皇都、ルルノイエの名にふさわしい趣のたたずまいを見せる都は、隣国と戦争をしている国の首都には見えないほど、賑わっている。
 こうして主街道の中に立ち尽くしていると、賑やかさに圧倒されて、そのまま飲み込まれてしまいそうな錯覚すら覚えるほどだ。
──ジョウストン都市同盟に、自国の皇帝が敗れてそう間もないというのに、日常をはぐくむ彼らの顔には笑顔がのぼり、街道を歩いていく人に呼びかける声も明るい。
 グルリと見回しただけでも、誰も彼もの顔には笑顔が見えた。
 そんな彼らの明るい表情が、
「──……まぁ、今は小康状態だしね……。」
 亡くなった皇帝が、町の人々からも恐れられていた証なのか、単に戦争をしている事実が遠く思えて、現実味を持っていないからなのか、ジョウイには分からなかったけれども。
 そんな、賑わいを見せる街道を、ことさらゆっくりとジョウイは歩いていた。
 宮殿内で身につけている上等の上着ではなく、ただの旅人に見えるような身軽な服装である。
 城内ならイザ知らず、この皇都では、ジョウイの顔を知る者はほとんど居ない。そのためか、ジョウイはたやすく皇都の民衆に溶け込むことが出来た。
 最も、身軽な服装に身を包み、剣の代わりに愛棍を持ち、親しみやすい微笑みで笑っていれば、たとえ皇帝としてジョウイを知っている者が見ても、その人だとすぐに感づくことはないだろう。
 剣を帯刀した当時は、棍がないのに不安を覚えたものだけど、不思議と今は、腰の辺りが軽すぎることに違和感を覚える。
 そんな自分を、イヤに意識した。
 苦い感情が心の中にある。
 正しいことをしたという気持ちと、自分が本当に間違っていないのかと糾弾する心と。
 引き裂かれそうに痛い心は、いつだって、なくなる事はない。
──あの時選んだ道は、正しいと、ずっとそう思っている。
 でも、それでは……あの時選んだ道の果て、ここまで来てしまった自分の今の状況は。
 本当に、僕が望んでいた、形だった……?
「ジョーゥイッ!」
 ふ、と、沈み込みかけた思考を無理矢理浮上させるように、明るい声が耳に飛び込んできた。
 ハッ、と顔を上げると、目の前に見えたのは、幼い頃から良く知っている幼馴染の顔だった。
 つい先ほどまで、先導して案内していたジョウイの後を、
「それにしても、ルルノイエって、大きいのね〜。」
「だねー。」
 というような、おのぼりさんの台詞を口にしながら着いて来ていた「6人」のうちの一人だ。
 一応、ココは敵の本拠地だと言うのに、緊張感も持たずに、先導する敵の総大将の後を、何の疑問もなく着いて来ていた彼が、軽く首を傾げるようにしてジョウイの顔を覗き込んでいる。
「リオ……。」
 少し驚いたように目を見張って自分を見下ろしてくるジョウイに、リオはすこしだけ眉を寄せて、手袋に包まれた指先で、トン、とジョウイの眉間の間を突付いた。
「すっごく怖い顔してるよ、ジョウイ? そんな顔してたら、ナナミに『気分でも悪いのっ!?』って、薬草スープ飲まされちゃうよ。」
 茶目っ気たっぷりに笑う彼の顔を、は? と、ジョウイは見返した。
「や……薬草スープ?」
 聞き覚えのない名前に首を傾げつつ尋ねると、リオは重々しく頷いてくれた。
「そう──ティーカム城で新しく習得したんだ……。
 さすがの僕も、悶絶死するかと思った。」
「りっ、リオが悶絶死するくらいの味なのっ!?」
 思わず悲鳴に近い声をあげて──慌ててジョウイは自分の口元を覆った。
 そして、チラリ……と、話題の少女姿を視線で追った。
 ナナミは、美味しそうな香を発している屋台を、「護衛役」としてついてきた少年と一緒に覗き込んでいた。
 羽根のついた額飾りをした少年は、ナナミが指差す物を、興味深そうに見つめている。
 ナナミが自分の知らない少年と仲よさそうにしているのを、どこか眩しげに見つめながら、ジョウイは感心したように呟く。
「──さすがナナミ、着々と人間離れしたものを作ってくね……。」
「だろ?」
 リオは、そんな親友に、笑って同意をしてみせた。
──刹那、背後から、ニュッ、と腕が伸びてくる。
「──……っ。」
 視界を掠める太い腕を認めて、ハッ、と身構えるよりも先に、その手に捕まえられる。
「く……っ。」
 何が起きているのか理解しないままに、せめてリオだけでも逃がそうと、ジョウイが身を捻るが、それはしっかりと肩を掴んだ腕により阻止される。
 それどころか、ジョウイもリオも、2人揃ってグイッ、と、背後に引き寄せられる。
「ぅわっ。」
 短い悲鳴を上げた直後、トン、と背中に当たる柔らかな感触。
「お前ら、そんなこと言っていると、本当にナナミに薬草スープを飲まされるぞ?」
 まったく、と──呆れたような声が、頭の上から降ってきた。
 2人揃って見上げた先、ニヤリと笑う顔は──見慣れた男のものだった。
「ビクトールさんっ!」
 素っ頓狂な声をあげて、リオは目を丸くさせる。
 ジョウイは、そんな男の顔に、安堵とも苦笑ともつかない感情を覚えた。
「驚かさないで下さいよ……。」
 はぁ、と──胸の奥から零れる吐息は、「ココ」が、リオにとって敵の本拠地だと理解しているからだ。
「なんだ? てっきり、お前のところの兵士が、リオを捕まえようとしたのかと思ったってか?」
 不敵に笑い、意地悪げに尋ねるビクトールの台詞に、ウッ、とジョウイは言葉に詰まった。
 まさに、その通りだったからだ。
 思わず視線を伏せたジョウイに、きょとん、とリオが目を瞬く。
「え、何が? ジョウイにも護衛さんとかがついてるの?」
 軽く首を傾げるリオに、いや、とジョウイはかぶりを振った。
「ついてきてない……と、思うんだけど、ね。」
 言いながら、苦笑を噛み殺すことが出来ないのは、おそらく──自分の身を守るために、忍者が護衛役として常に居るという可能性を否定できないためだ。
 ハイランド皇国には、昔から使えている忍者が居る。その忍者達は、皇帝にのし上がったジョウイに少なからず反感を抱いているようではあるが──それでも、任務に忠実だからこそ、自分達には感じ取れないような場所で、見ているに違いないのだ。
 その彼らが、自分が今会っているのが「リオ」であると──自分たちが今戦争をしている相手「ジョウストン都市同盟」の、「新同盟軍軍主」であると知れば、もしかしたら彼らは………………、そう、思わない気持ちがないわけでもないのだ。
 自分の肩とリオの肩を抱きしめるビクトールの腕が、重く感じて、ジョウイは顔を俯かせた。
 その彼を見て、はぁ──とため息を吐いたのは、ビクトールと同じく、リオの「護衛」という名目でこの場についてきていたフリックだった。
「ビクトール──……からかうのはそのくらいにしておけ。
 それからジョウイも、そのことは考えなくてもいい……イザという時のために、俺とビクトールが護衛に着いてきてるんだからな。」
 さっさと離してやれ、と言いたげに、フリックがポンポンとビクトールの腕を叩く。
「ビクトールさん──フリックさん……。」
 少し……辛そうに微笑むジョウイを見下ろして、ヤレヤレと、フリックはビクトールを軽くにらみつけた。
 ビクトールは素直に彼ら2人を解放すると、その両方の背中をポンと軽く押し出す。
「ほら、ナナミが向こうで何か買おうとしてるぞ。お前らも行って来い。」
 そのビクトールの言葉を待っていたかのように、フッチを連れて屋台を覗き込んでいたナナミが、満面の笑顔でコチラを振り返った。
「リオっ、ジョウイ! 見てみてっ! 美味しそうなお団子なのっ!」
 明るい声で叫ぶ少女に、2人はどちらともなく顔を見合わせ、
「やっぱり食べ物か。」
「お団子だって! まともな団子なんて、久し振りかも〜。」
 小さく笑いあうと、彼女の元へと走り出した。
「おーおー、元気だなぁ。」
 あっと言う間にナナミの居る場所まで駆けつけたリオとジョウイに向かって、能天気にビクトールが呟く。
 フリックは、出店の前に集まった4人を見やって、──はぁ、と重くため息を零した。
「──……あー……ったく、コッチは生きた心地がしねぇっつぅのに、暢気なもんだな。」
 本日何度目か分からないため息を零すフリックに、
「もっと気楽に行けよ。」
 ビクトールは軽く言ってくれるのだけど、そうお気楽に言える場所なのかと、フリックは米神を揉み込む。
「気楽ってなぁ……、まぁ、確かに、今回の件が本当にリオの息抜きで、ジョウイだけが相手だって言うなら、もっと気楽にいけたんだろうけどな……っ。」
 最後の一言は小声で、吐き捨てるように呟く。
 実際、ひさしぶりにあったジョウイとリオとナナミの幼馴染三人は、本当に仲が良くて楽しげで、見ているコッチも胸が温かくなるほど優しい雰囲気に満ちている。
 ルルノイエ観光にジョウイが案内してくれると、そうリオから言われた時は、本気でどうしようかと思ったけれど、こうして三人が楽しそうなところをみていると、コレも良かったかもしれないと、そう思う。
 戦争に休日なんてないけれど、たまにはこういう「息抜き」もいいだろう。
 そう──本当に、気を使わなくてはいけない相手が、ジョウイだけであったなら。
 何度目か分からない──この「観光ツアー」が決定したときから、本当に何度吐いたか分からないため息を、もう一度フリックは零しながら、チラリ、と自分の背後を見やった。
 リオとナナミの……新同盟軍軍主とその姉の護衛役に任命されたフリックとビクトールとフッチとを連れてきた、本人いわく「今回のツアーガイド役」が、そこに居るはずだった。
 何を考えているのか知らないが──いや、十中八九、暇だったのだろうが──、リオの誘いに簡単に乗って、あまつさえ、彼に協力して本当に「ルルノイエ観光ツアー」を実行してしまうツワモノ。
 そのくだんの、多分今現状で一番フリックの頭を悩ませている少年は。
「──……って、おいっ、ビクトールっ! スイのやつはドコにいったっ!?」
 振り返った先には、すでに居なかった。
 まさかリオたちの所に行っているのかと視線を向けてみたが、ナナミとリオとジョウイとフッチは、仲良くお団子屋さんの前で、可愛らしい言い争いをしている。三色団子が良いだとか、みたらし団子も捨てがたいとか、非常に微笑ましい会話だ。
 しかし、その中にスイの姿はなかった。
「そこらに居るんじゃねぇか?」
「見当たらないから聞いてるんだろうがっ!」
 いつまでも、居ると思うな神出鬼没。
 そんなわけの分からない名言がフリックの脳裏を掠めた。
 焦ってあたりを見回すが、それでもそのドコにもスイの姿は見当たらなかった。
 コレが、グレミオ付きのスイならば、まったくしょうがない、の一言で見捨てることもできる。
 あの少年の身を心配することほど無駄なことはないからだ。
 だがしかし、今はグレミオも居ない、フリーの状態だ。
 そんな彼を、こんな場所で野放しにして、大丈夫なのかと聞かれたら、想像した瞬間のフリックの胃は正直に答えてくれた。
 キリ……と、胃が捻ったかのように痛む。
「うぅ……っ。」
 何かしでかしてないと良いが──いや、さすがにハイランドの皇都で、おかしなことをしてくれるはずはない……とは、思うのだけど。
「なんか……どっかで、やってそうなんだよなぁ……アイツの場合。」
 顔を情けないくらいにゆがめて、そう零したフリックが胃を撫で摩るのに、ビクトールはヒョイと肩を竦めるだけで、特にそれに返事はしなかった。
 ──否、返事をしなくても、わかりきっていることだったのである。










 主街道沿いの、宮殿に程近い店で、「彼ら」は雁首を揃えて覗き込んでいた。
 観光ツアーのガイドで紹介されていた、城門から程近い、皇族ご用達の店の一つである。
 皇都でも有名な手織り雑貨の店の看板を掲げるそこは、丁寧で繊細な模様の書かれたタペストリーが店の前に掛けられていて、その下には小さなワゴンが置かれていた。
 そのワゴンの中身は、店内に飾られている緻密で美しい織り目の高価な布地ではなく、出来合いの服を作るときに余った半端布で作ったと思われう、手ごろな価格の雑貨が積まれていた。
 髪を止めるバレッタや、シュシュ、コースターや鍋敷き、小さな箱の周りに布地が張り付けたものもある。
「ちょっとしたお土産とかにも、人気がある店だってグレミオが言っていたけど、これなら納得できるね。」
 土産には、確かに最適かもしれない。
 使い勝手も良さそうだし──と、シュシュの中に入ったゴムの具合を確かめて、うん、と少年は一つ頷いた。
 サラリと流れる漆黒の髪を緑色のバンダナで止めた、簡易なチュニックに身を包む少年である。
 腕で棍を支えながら、軽く首を傾げるようにしてワゴンの前に立つ様は、普通の旅人のように見える。
「んー……どれにしようかな? やっぱり、中の布も買いたいしなぁ。」
 暢気に呟きながら首を傾げて、少年は眼の前に並べられている雑貨を真剣な目で見つめる。
「ほぅ……さすがはルルノイエ。このような物まで……。」
 その隣から、感心したような低い声が零れていた。
 チラリと視線をやると、見知った顔が、なにやら見慣れないものを掴んで目の前に吊るしている姿が見えた。
 どうやら、グレッグミンスターでは見かけない──あまり手に入らないものが、「それ」のようである。
「あっ、すごいぜ、これっ! 俺、こういうの見たの初めてだなー。コレ、なんていうんすか? テオ様?」
 その男の隣で、なにやらはしゃいでいる少年が、キラキラと目を輝かせて、筒状の物体を取り上げる。
 片方の面に穴があいているソレを見て、
「見たの初めてって──それ、ただの万華鏡じゃないの。」
 呆れたように、男達とは逆隣に立っていた女が、ひょい、と顔を覗かせて教えてあげた。
 彼女の肩口からサラリと零れる鉄錆色の髪が、ワゴンの上でヒラヒラと舞っている。
「おぉ、懐かしいなぁ。昔、スイに強請られて買ったことがある──あの子も、当時は可愛らしくて、夢中になってくれたんだよ…………これで。」
 明るいとび色の髪の少年の手から、万華鏡を手渡され、男は懐かしげにそれを掲げて見せた。
──そう、コレを買ってやったのは、イツのことだったかと……そう懐かしむ目に、スイはやや呆れた目を斜め上に向けた。
 しかし、そのスイの──話題の人物の視線に気づかず、「テオ」は、指先で万華鏡の表面に巻かれている布を撫でていた。
「あら、スイ君は今もかわいらしいと思うわよ?」
 上半身を起こして、女がグイッ、とスイの頭を引き寄せて、バンダナに頬を寄せるようにして、悪戯げに笑う。
 ね? と、相槌を求められるように顔を覗き込まれて、スイはあいまいに笑って首を傾げる。
「このスイを、かわいいの一言で済ませてしまうのは、世界広しと言えどもグレミオさんくらいだと思っていたんですけど──さすがはオデッサさん。」
 うーん、と腕を組んで首をひねって、テッドは気を取り直したようにテオを見上げた。
「で、テオ様? それ、買うんですか?」
「うむ、そうだな──コレを見て、たまには昔を懐かしむのもいいだろう。」
 テッドの問いにはそう答え──さて、と、テオは改めて隣に立っている息子を見下ろした。
「スイ、私はコレを持ち帰りしたいと思うんだが、買ってきてくれるか?」
「あっ、それなら俺は、コレコレ! やっぱり、これからの季節、コースターは必要だと思うんだよなー。」
「あら、それなら私は、バレッタが欲しいわね……さすがに、髪がこのままだと、邪魔で邪魔で……。」
 その息子は、どこか胡乱げな目でテオとオデッサ、テッドを順番に見上げた後、
「──そのお金は、誰が払うと思ってるんですか?」
「スイ。」
 返ってきた答えは、異口同音に揃っていた。











 フリックが慌てて、周辺を見てくると、飛び出したすぐ後、団子屋から四人がビクトールの下へ戻ってきた。
「やっぱり、アッチの団子のほうが大きかったかなぁ?」
 両手に団子の入った串を数本持ちながら、不満そうに呟くリオの言葉は、平穏さを表しているようで微笑ましいばかりである。
「でも、絶対コッチのほうが、柔らかそうよ!」
 断言してみせるナナミが、今にもスキップをしそうな勢いで、右手に三色団子、左手にみたらし団子を持ってやってきた。
「おぅ、なんだ、結局両方買ったのか。」
 軽く片手を挙げて出迎えてやると、うんっ、とナナミは大きく頷いた。
 そして、弟と一緒に、笑顔でビクトールに尋ねる。
「ビクトールさんっ! スイさん、どこに行ってます〜?」
「ん? あぁ、今、フリックが探しに行ったぞ。」
 悪びれず、笑って答えるビクトールに、リオとナナミは驚いたように眉を吊り上げた。
「ええーっ!! ビクトールさんっ、スイさんがドコに行ったのか、チェックしてなかっんですかっ!!?」
「ええーっ、せっかくスイさんと一緒に、立ち団子しようと思ったのにーっ!」
 同時に左右から、非難の声が浴びせられる。
「立ち団子って何……?」
 すごい勢いでビクトールに詰め寄るリオとナナミの後ろから、ジョウイは困ったように苦笑を浮かべて見せた。
 ビクトールは、そんな彼らにヒョイと肩を竦めて見せると、
「あーゆー、神出鬼没な人間を、捕まえておくことが出来るわけねぇだろうが。」
 何せ、首根っこをひっ捕まえても、ふと目を離したスキに、変わり身の術を使って逃げ出していた、という昔の経験もある。
 アレを捕まえておくことなんて、おそらく、グレミオやクレオが出来るかどうか……というくらいの難易度なのである。
 まだ、毎日のように顔を突き合わせていた解放軍時代なら、10回に1回は成功することもあったかもしれないが、毎回顔をつき合わせているわけではない今──それは、到底無理だ。
「──神出鬼没って……あの、リオたちの護衛役で一緒に来ていた人……だよね?」
 リオとナナミに言われて、お土産として買わされたお団子パックの入った袋を両手に持ちながら、ジョウイが不審そうにフッチに尋ねる。
 二人の護衛役は、全部で4人──その全てと、最初に引き合わされたときに紹介は受けている。
 「スイ」だと紹介された少年は、ビクトールやフリックと仲が良さそうだったので、てっきり傭兵砦時代の知り合いかと思ったのだが──そう考えれば、リオとナナミが尻尾を振りそうに懐いているのも、理解できないわけじゃない。
 それに、ジョウイ自身も、誰だと断言はできなかったが、おぼろげに知っている人のような気がしていたから。
「あ、え、ええ……スイさんですか?」
 どこか戸惑ったように答えて、フッチは苦い笑みを貼り付けた。
「もし、迷子になったのなら、なるべく早く見つけたほうがいいと思う……さすがに皇都だから、治安が悪いわけではないけれど──皇王が代替わりしたばかりだから、やっぱり……少しは、ね。」
 その、「代替わりした皇王」その人であるジョウイは、自分の力の至らなさを悔いているのか、少し辛そうに眉を寄せる。
 フッチはそれを間近で見上げて──彼がこういう顔をするのは、朝会ってから、一体何度目だろうと思った。
 リオとナナミが、ジョウイはいつも一人で溜め込むから、心配だと、そう言っていたことがふと思い出された。
「──スイさんのことなら心配ないと思いますよ、あの人は…………いや、えーっと……フリックさんが探しに行ってますし。」
 あのスイに限って、迷子になるなんてことはないだろう。
 三年前の解放軍時代に、その事実はイヤというほど、フッチも叩き込まれて知っている。
 案外抜けている彼が、迷子になったことが無かったと言い切ることはないが──その結果、ステキな展開が常に待っていたのは、こんなところで説明しなくてもいいだろう。
「心配ないって……。」
 それでも眉間に皺を寄せ続けるジョウイに、ビクトールはヒラヒラと手を振った。
「そうそう、スイの身の危険を案じてるなら、そりゃ問題ないな。
 ドッチかって言うと、アイツが行った先で、なんか起きてないといいな、って祈った方がいいくらいだな。
「え? あの……それはどういう……?」
 不審そうに眉を寄せるジョウイに、
「あっ、そうですっ! そういえば、スイさんは芸術品とかがスキなんですよねっ。
 もしかしたら、この辺りでそういう観光名所って無いですか!? 案外、そういう……えーっと、待ち合わせ場所に最適なところとかに行っていたりとか……してたら………………いいなぁ…………………………。」
 話を無理矢理そらすように、フッチは声を明るくしてそう提案してみせたが、言っているうちに、だんだんと語尾が小さく、消え入りそうになり、最後にはただの希望に変わっていた。
 迷子になったからと、目立つような場所で待っていてくれるような人だったら、これほど苦労はしないだろう。
 とりあえず、ジョウイが疲れたように突っ込んでくれたが、それがフリックの救いの手になるわけでもない。
「観光名所──か。」
 顎に手を当てて、ジョウイは視線を人ごみが流れていく方角に向けた。
 皇都ルルノイエには、何箇所か観光名所と言える場所がある。
 もちろん、巨大な宮殿も、数多くの匠により作られた、立派な観光名所でもある──もっとも、選ばれた者以外、中に入ることはできないから、スイは入ることは出来ないだろう。
「──それなら、この先に中央広場があるんだけど、そこを覗いてみるかい?」
「中央広場?」
 首を傾げるフッチに、団子が干からびちゃう……と呟いていたリオが、目を輝かせて振り向いた。
「屋台が出てるって、ジョウイが手紙に書いてたところだよねっ!?」
「ソコしか見てないの……リオ?」
 はぁ、と──変わってないなぁ、という嬉しいような哀しいような溜息を零して、ジョウイは苦笑を噛み殺しながら、リオの言葉に頷いた。
「中央に女神像の噴水があってね、ハイランドが建国された当時の有名な意匠が作ったといわれてるんだ。
 年代物だけど、とても繊細でキレイで、人気の場所の一つなんだよ。
 だから……芸術に興味があるのなら、多分、一目は見ようとするかもしれないし……一応、行って見る?」
 首を傾げるように尋ねると、リオは少し考えるように視線をさまよわせた後、チラリ、とビクトールを見やった。
「スイさん、居ると思います?」
「居てもいなくても、神出鬼没だから、出てくるんじゃないか?」
「──僕もそう思います。いざとなれば、ルックのところに行ってそうな気がしますし。」
 ビクトールとフッチの言葉に、リオはそれでも悩むように考え込んだが、団子にパックリと食いついて、
「よーし、それじゃ、今から屋台天国へ、ゴーッ!!」
 元気良く腕を振り上げて、そう宣言した。
「いや、屋台天国じゃなくって、花壇がすごくきれいな中央広場って覚えて、頼むから。」
 すかさず、幼馴染的突っ込みで、ジョウイはお願いする。
 けれどもちろん、リオはそんなことを聞いていなかったし、ナナミもまったく聞いていなかった。
「屋台か〜v 焼きソバはあるかしら〜vv そこにスイさんが居たら、もぅ最高っ!」
 ウキウキと浮き立つような声で、ナナミが弾んだ声をあげ、
「屋台なぁ。やっぱ、外で食べるとうまいよなー。」
 うんうん、とビクトールが同意してみせた。
 フッチは、そんな彼らにこめかみに手を当てて、揉みながら──、
「そこの店の人に、フリックさんを見かけたら中央広場に来るように伝言してきます。」
「ああ、頼む。」
 珍しく気が利くなぁ、と軽口を叩くビクトールに、フッチは彼の腕をパシンッ、と叩いて、駆け足で近くの人の良さそうな店へと走り寄った。
 そこで伝言をお願いしたフッチが戻ってくるのを待って、ジョウイは周囲の人々が向かっていく方角と同じ方向を指差す。
「それじゃ、今から案内するよ。コッチだよ。」
 さぁ、と促すジョウイに、団子をほうばりながら、ナナミとリオが嬉々として続き、更に後から──、
「スイさん……何もしてないですよね?」
「……大丈夫だろ、多分。」
 心配そうなフッチと、まるで説得力のない言葉を吐いてくれる、ビクトールが続いた。










 ズカズカと、全身から闇色のオーラを噴出しながら、クルガンは主街道を逆行していた。
 彼の異様なオーラを感じ取ってか、観光客や旅人たちは、彼の前に道を開けていっている。
「まったく、何を考えていらっしゃるんだ、ジョウイ様はっ…………。」
 ブツブツと呟きながら肩で風を切って歩く男の後ろを、身軽な動作でついてくるのは、二人の男女であった。
「あら……このお団子、美味しいですわね。」
 頬に手を当てて、娘は右手に持った三色団子をマジマジと見つめる。
 その隣で、みたらし団子を左手に三串手にした男が、でしょー? と明るく笑った。
「この店の団子は、有名なんすよ、ジル様。」
「まぁ、そうですの? 今度ジョウイとピリカと一緒に食べにこなくてはいけませんねぇ。」
 ズカズカと歩き続けるクルガンの背後で、そんな楽しげな会話をしてくれる同僚と皇妃様に、ピクピクとクルガンの米神がゆれる。
「──……シードっ、お前、まじめにジョウイ様を探そうって言う気はないのかっ!?」
 ギリッ、と目を吊り上げて怒鳴りつけると、はむ、と団子を頬ばったシードは、軽く首を傾げた。
「えー、ジョウイ様を探すのは、クルガンの仕事じゃん? 俺の仕事は、ジル様の護衛。
 ですよねー? ジル様?」
「ええ、そうですわね。うふふ……こうしてお忍びで城下に下りるのは、本当に久し振りですわ〜。
 ……あっ、あんなところに、新しいお店が出来ているではありませんか!」
 二人揃って、フラフラと歩いていくのに、さらにクルガンの米神が揺れた。
「────…………〜〜っ! あぁっ! まったく! ぜんぜんジョウイ様を探すことができないじゃないですかっ!」
 ──クルガンの性格上、シードのジル皇妃をお任せする、なんてことは……当たり前だが、出来ないのであった。
 ハァ……と、溜息を零して、クルガンは頭痛を訴える頭を軽く振った。
 そして、目を閉じて瞼の上から指先で揉みこんだ後、ゆっくりと顔をあげ──、
どんっ、
「あ、すまん。」
 正面から歩いてきた人と、肩をぶつけ合った。
「いえ、こちらこそボーッとしていたから……。」
 短く謝ってきた男に、クルガンも謝罪を述べようと顔をあげ──、お互い、その顔を認めて、動きを止めた。
「……………………お前……っ。」
 相手を認めたのが、どちらが先なのかは覚えていない。
 ただ、とっさに互いの右手が、腰の剣へと伸びていた。
「クルガン……っ。」
 吐き捨てるように呟いて、間合いを取ろうとする男が、クルガンの名を呟く。
 それだけで、相手が自分の思っている通りの人物だと、クルガンは理解した。
 近くに居るだろうシードとジルに、ココへ近づけさせないつもりで、彼は相手の名を呼んだ。
「青雷のフリックっ。」
 瞬間、
「……………………………………………………。」
 相手は、なんともいえない顔をして──がっくり、と肩を落とした。
 その行動に、眉をひそめたクルガンに、フリックは、のっそりとした動作で顔をあげたあと、
「悪いが──その名で俺を呼ばないでくれるか?」
 そう……疲れたように呟いた。












 5人が中央公園に足を踏み入れた時には、ソコはすでに人だかりが出来ていた。
 ちょうど昼時ということもあるのだろう、芝生の中やベンチには、家族連れやカップルが陣取り、和やかな昼食タイムに入っていたのだ。
 その、中央公園のちょうどど真ん中に、観光名所でもある噴水があるのだが──……、
「ふはははははははっ! なんだ、これはっ! 豚どもの巣窟かっ!!」
 この穏かな雰囲気に似つかわしくない男が、噴水の中──女神像の上に乗り、頭に片足を乗っけて、高らかに笑っていた。
「……………………ぇ?」
 一歩公園に踏み込んだ瞬間、聞きなれた──けれど、決して聞こえてはならない人の声に、ジョウイは思わず足を止めた。
 ギギ……と、ぎこちない音を立てて見やった先──場違いな金属の鎧に身を包む男の姿は、確かに、ソコにあった。
 和やかに談笑する、心温まる風景が繰り広げられている噴水のど真ん中、女神像にのしかかって。
 けれど、その高らかな笑い声に反応するものは居ない。
 みな、その男の姿が見えないかのように、穏かな午後をくつろいでいるように見えた。
 それに気付いているのか気付いていないのか、男は高らかに笑い続けている。
 その、良く見知っている姿と声を認めた、ジョウイは震える声で、その人物の名を叫んでいた。
「る……ルカ=ブライト!?」
 思わず零れたその名に、ジョウイは、ハッ、と自分の口元を覆った。
 そして、誰もその名を聞きとがめてはいないだろうかと、あたりを見回した刹那、
「えっ、ルカ? あの銅像がルカ=ブライトっ!?」
 驚いたようにナナミが、中央の噴水の上に建てられている半裸の女神像を指で指し示して叫んだ。
 そんなナナミの驚きを、リオは明るく笑い飛ばす。
「ヤだなー、ナナミったらv あれは女の像だから、ジルさんだと思うよー。」
 そして、勝手にそう決め付けた。
 観光ガイドを、さっぱり見ていないことがわかる台詞であった。
 その言葉を聞いた瞬間、ナナミは音がするほど頬を赤らめて、
「ジルさんっ!? ヤだっ、ジョウイのえっちーっ!」
 ばっこーんっ!
 勢い良く、ジョウイの頭をパンチでどついた。
 全身の体重が乗せられた強い力に、思いっきり体をつんのめらせたジョウイは、痛みを訴える頭を抑えながら、慌ててナナミを振り返る。
「って、ナナミっ、ナナミっ! 君は一体何を勘違いしてるんだよっ!!」
「もぅっ、ジョウイったら、知らない〜っ!!」
 ダッシュで噴水の周りを一周しようとするナナミを、ジョウイが追いかける。
 そんな二人に、
「えっ、何? 追いかけっこするのっ!?」
 リオは、目を輝かせて自らジョウイを追いかけた。
 止める間もなく、三人はグルグルと噴水の周りを回り始めた。
 その噴水の中央──女神像の上では、まだルカ=ブライトが高笑いをしていたが、やはりその光景には誰も気づいていないようだった。
「あー、もー、何でもいいが、お前ら、目立つなよー。」
 すでに遅いことを声に出して叫びながら、ビクトールは、ちゃっかり屋台で買い込んだイカ焼きをフッチの前に差し出した。
「んっ、このイカ焼きもうまいぞ。ほら、フッチ、お前も食え。」
「えーっと……食えって言うか──いいんですか、こんな風に食べてても…………?」
 かく言うフッチの手の中には、ビクトールから買わされたタコヤキだの、リンゴ飴だのが握られている。
 視線の先では、穏かな昼食を楽しんでいる人たち、そして、仲の良い追いかけっこをしているナナミとジョウイとリオの姿があった。
 敵の本拠地だというのに、異様に穏かなムードである。
 困惑したように屋台で購入した物を見下ろすフッチに、ビクトールは不器用なウィンクを飛ばした。
「なーに、いざとなりゃ、ジョウイを人質にルックんとこまで逃げるだけさ☆」
「────…………あぁ……なんかもう、スイさんそのものって感じですね……。」
 フッチは、疲れたように頭を振って、とにかくさっさと帰りたい、と──ビクトールに持たされたイカ焼きに、かじりつくのであった。











 ルックは、あまりの暇さに瞑想をしていた。
「おぉぉぉぉーっ、美味そうじゃん、このクッキー♪」
 ざわめきが包み込むこの街道沿いには、人だけではなく、人ならざぬモノも多くて、正直うんざりしていた。
 昼の日差しに照り返される美貌は、人々の目の保養になるらしく、ビシバシと突き刺さる視線が痛くて痛くてしょうがなかったが、それはまぁ、置いておいてもいい。
 近づいてきた人間は、持ち前の毒舌と絶対零度の睨みで排除することは出来るが、それが効かない相手もいる。
 ソレが、「人ならざぬモノ」だ。
 特に彼らは、自分の姿が見える人に、ホイホイと近づいてくる兆候がある。
 うっとうしいと、「彼」はそれらが近づいてこようとするのを、無理矢理力でねじ伏せていた。
 姿を保つのが精一杯なモノ達が、自分の力に敵うはずはなかった。
 だから「彼」は、その声が目の前で聞こえたとき、またずうずうしい人間が近づいてきたのだと、疑わなかった。
 だがしかし、
「なぁなぁ、ルック。お前、コレ食わないなら、俺が貰ってもいいか?」
 ひょい、と、瞑想中のルックを覗き込んで、笑いかけてくる「声」は。
「……………………なんで君が、ココに出てきてるんだい?」
 ス、と開いた視界に映る人物は、やはり脳裏に描いていた通りの人で、ルックは眉間に皺を刻み込んで彼を睨み上げずには居られなかった。
「なんでって……えーっと……スイとはぐれたから?」
 きゅるん? と、それが動物であったなら、可愛らしいと表現できるような動作と瞳で、彼は首を傾げてくれた。
 もっとも、目の前の人物は、動物でもなければ、厳密に言えば人でもなかった。
「──はぐれた?」
 いぶかしげに問い返すルックに、そうそう、とお気楽に笑って、相手はルックと同じテーブルの椅子に着いた。
 そして早々に、目の前に山のように盛られたままのクッキーを掴み取り、パクリと口に放り込む。
「ん〜、美味い♪」
「……さっさと探しに行ったら? 自分の『ご主人様』をさ?」
 嫌味ったらしく口元に笑みを刻んで見上げた先で、彼──テッドは、ニッコリと笑い返してくれた。
「その『ご主人様』がさ、はぐれたら、ルックのところで集合って言ったんだよ。」
「…………………………………………………………………………。」
 思わずヒクリと引きつったルックの一瞬の間に、
「あ、お姉さんっ、すみませーん、大人のコーヒー一つ〜♪」
 テッドは、明るく片手をあげて、ウェイトレスさんに新しい注文を頼むのであった。
 だがしかし、テッドの姿はウェイトレスさんには見えなかった。
 何も気づかず、普通に通り過ぎていってしまったお姉さんを、名残惜しそうに見つめながら、はぁ、とテッドは頬に手を当てて溜息を零した。
「…………うーん……やっぱり、大勢で出ちゃうと、一人頭の密度が薄くなるのかな?」
 そんな、どこか憂鬱げなテッドが零した台詞に、ルックは眦を険しくさせる。
「──なんだって?」
 何か、聞きたくないことを聞いてしまったような気がした。
「だから、大人のコーヒー一つだって。ったく、ガキはきちんと聞いたことを頭に入れないなぁ。」
 馬鹿にするように片目をすがめながら、そう漏らすテッドのからかいは、右から左へ聞き流して、ルックは彼を正面から睨みつける。
「大勢で出るって……まさか、スイの右手……っ。」
 眼の前の少年──生きているときには、一度しか会わなかった目の前の彼が、今、どこで暮らしているのか、ルックは知っている。
 だからこそ、声をひそめてテッドを問い詰めようとした。
 けれど、テッドがそれに答えるよりも早く。、
「あーら、テッド君ったら、もう先に着いてたのね〜。」
「なんだ、まだスイは戻ってきていないのか。」
 明るい女性の声と、響きが心地よい男の声がした。
──まさか、と、思った。
 いや、正直言って、声の主が誰なのか、知りたくなどなかった。
 だがしかし、そんなルックの切なる願いをアッサリバッサリ切り落とし、
「あれ、オデッサさんとテオ様も、スイとはぐれちゃったんですか〜?」
 あははは、と、明るくテッドは笑って、自分と同じ境遇の二人を手招いてくれた。
 そうして──ルックが、頭痛を覚えて額に手を当てている間に、彼が腰掛けていたテーブルは、あっという間に満席になってしまった。
 イヤイヤ目を上げると、右手にはニコニコ微笑むオデッサが一人。
 左手を見れば、偉そうにふんぞり返る鎧姿のおじさんが一人。
 そして正面には、ルックと同じ年くらいの見た目の、その実この場で一番年寄りなテッドが一人。
「……………………ダダ漏れか…………っ。」
 これはスイの嫌がらせに違いない──ルックは、心の奥底からそう思ったのであった。
 ……たぶんそれは。
「あら? あれは兄さんじゃないかしら? 兄さんもスイ君とはぐれちゃったのかしらね?
 にーさーんっ、コッチよっ、ココにルック君はいるわよーっ!」
 ガタンっ、と席を立ったオデッサが、にこやかに主街道めがけてそう叫ぶ声を聞けば…………ルックの考えが被害者妄想ではないということが、わかるだろう。
 ルックは、もう一人が近づいてくる気配を感じながら、冷静に──冷静な手つきで、自分の分のカップを取り上げた。
 それでも、冷静になりきらない手が、かすかに震えているのを認めた瞬間、
「──……もう少ししてこなかったら、実力で訴えるからね……スイ…………。」
 今、どこに居るのかわからない──聞こえているはずもない相手に向かって、ぼっそりと暗く、呟いた。












 とりあえず、ジョウイを探しているというクルガンと、ルルノイエの城下町を満喫しているジル皇妃とシードと、フリックは1日だけの休戦条約を結んだ。
 握手を交わすだけの簡単な休戦条約ではあったが、その一瞬だけで、フリックもクルガンも、お互いがどれほど上司や同僚に悩まされ続けているのか、ほかの誰よりも理解できてしまった。
 ──そんな自分たちに、同時に哀しさを覚えたが。
 スイの探索は一時棚上げにすることにして、ビクトールたちを置いてきた場所に戻ったフリックは、そこで店の主人から一同が中央広場に向かったことを聞いた。
「今、中央広場は、花がとても美しいんですよ。」
 行く気満々になったジルの鶴の一声で、早速彼らはクルガンの先導のもと、中央広場に向かった。
 その向かった先は、花が咲き乱れる、人の多い場所であった。
「ぅわーっ、混んでるなぁー。」
「まぁっ、あれが噂に聞く、屋台というものですね。なんだか美味しそうな匂いがしますわ。」
 着いた早々、散策モードに入ろうとするシードとジルを、なんとか食い止めながら、クルガンは辺りをグルリと見回した。
「先にジョウイ様を探すのが先です。
 屋台で何かを購入するにしても、少しくつろぐにしても、まずはジョウイ様たちと合流しないことには……。」
 いつもと変わらず難しい顔でそう呟いたクルガンは、ふ、と視線を中央の噴水へ向け……目を丸く見開いた。
 リオとナナミとビクトールのことだから、屋台の近くに居るに違いないと、目を皿のようにして辺りを見回していたフリックを、クルガンは掠れた声で呼ぶ。
「フリック殿……あれが、見えますか……?」
 目を疑うような光景に、とりあえず彼を呼んでしまったのは、この場合のシードとジルの答えが、非常に当てにならないことを、経験上知っていたからだった。
 困惑した声で自分を呼ぶクルガンに、どうかしたのか、と目を向けたフリックは、噴水の周りを、なぜか楽しそうにクルクルまわっている少年たちを見つけた。
「──あぁ、なんだ、ずいぶん楽しそうに追いかけっこをしているな。」
 苦笑を噛み殺し、ナナミを追いかけるジョウイ、そのジョウイを追いかけるリオ、さらにリオを追いかけるナナミ──という、何が楽しいのかわからないが、グルグルと噴水の周りをまわり続けている彼らを認めた。
 ということは、この近くにビクトールとフッチも居るはずだが、と、フリックは視線をツイ、とずらし…………、
「………………………………ぁ?」
 呆然と、口を開いた。
──開かざるを、得なかった。
 その目に映った光景が、信じられなくて。
「──見えますか……?」
 クルガンが、蒼白な顔で再び尋ねてきた。
 フリックは、彼が見ているだろう場所を凝視しながら、頷くことも、答えることもできず──彼が、「何」が見えるかと聞いてきたのか、理解した。
 ソレ、は。
「…………ルカ=ブライト………………?」
 何度目を瞬いても、目を擦っても、そう、見えた。
「違いますわよ。」
 ジルが、中央の噴水に目を当てて、驚いたような顔をしているクルガンとフリックを見上げて、キッパリと言い切る。
「あれは、女神像ですわ。お兄様に見えるなんて、クルガンもお疲れなのではなくて?」
 当たり前のように──けれど少し心配の色を滲ませて自分を見上げてくるジルに、クルガンは苦い笑みを貼り付け、再び視線を噴水に当てた。
 確かに、中央広場の噴水の中にたたずむのは、女神像だ。
 このハイランドが設立された当時の有名な意匠が作ったとされる、観光名所のひとつだ。
 だが、
「──……なんでルカ=ブライトが、女神像の上で高笑いしているんだ…………?」
 クルガンとフリックの目には、くっきりとこの温和な場には不似合いな鎧を身に着けた男の姿が見えたし、改めて耳を澄ませてみれば、雑多なざわめきの中、はっきりと声も聞き取れた。
「ふはははははは! 愚民どもよっ! その穢れた血を噴出すがいいっ!!」
「…………──成仏、なさってなかったんですね……やっぱり。」
 しみじみと、呟いて……クルガンは、頭痛を覚えて額に手を当てた。
「何がだよ? クルガン? またそんな眉間に皺を寄せてたら、すっげぇ浮いてるぜ?」
 お気楽に笑ってくれるシードの手には、いつのまにかイカ焼きと綿菓子とリンゴ飴とヨーヨーが吊るされていた。
 彼は当たり前のように、綿菓子をジルに差し出すと、ついでとばかりにリンゴ飴をクルガンの前に突き出した。
「ほら、甘い物でも食べて、少しは笑えって。」
「……………………シード…………お前も、見えてないのか…………?」
 グリグリと頬につきたてられるリンゴ飴をイヤそうに払いのけながら、クルガンは噴水向けて顎でしゃくった。
 しかし、お祭り気分で屋台を満喫したらしいシードは、意味がわからないとばかりに首をひねるばかりだ。
 それでも、クルガンの視線を追うように目を向けてはみる。
「は? 何が? ──って、あっ、ジョウイ様発見!」
「まぁっ、ジョウイが居ましたの? さすがはシードですね、見つけるのが早いわ。」
 グルグルとリオとナナミと一緒に走り続けているジョウイの姿にいち早く気づいたシードに、ジルはニッコリと微笑んでみせた。
 ス、と手の平を下にして、手を差し出すジルの手を、シードが恭しく受け止める。
「──……やっぱり、見えてないのか……。」
「らしいな。」
 ジルの手を取って、シードが噴水に向けて走っていくのを、止めるべきかどうするべきかクルガンは悩む。
 何度見直しても、女神像の上で高笑いしているのはルカである。
 その中途半端な長さの黒い髪も、狂気を宿しているかのような鋭い野生の目も、何もかもが生前の頃のままだ。
「だが、今まで私はルカ様が化けて出ているのを見たことがないが……やはり、同盟軍のリオ殿に憑いていたということか?」
 さすがに噴水を走り回るのにも疲れたらしいナナミが、へろへろ、と縁に寄りかかると、その隣でジョウイが脚を止めて、どっかりと地面に座り込む。
 さらにそのジョウイの背中に、のし、とリオが圧し掛かり、疲れたー、とぼやいているのがわかった。
 何かジョウイが振り返り叫ぶと、リオはヒラヒラと手を振り、ナナミが明るく笑っている。
──平穏な光景で、思わずつられて微笑みが零れてしまいそうだが……その上では、ルカが剣を振り回して笑っている。
 なんともシュールな光景だった。
「いや、リオに憑いていたというなら、同盟軍で俺が見えているとは思うんだが──こういう、霊関係で詳しいのは、カフェで駐車してたり、迷子になっていたりで、今、ココに居ないからな…………。」
 シードとジルが、そろそろとジョウイの傍へと近づいていくのを見ながら、フリックは、ポン、とクルガンの腕を叩いた。
「とにかく、俺たちも合流しよう。──そして、できれば、噴水から離れるように説得しないとな。」
「──あぁ、まったく、その通りだな。」
 言いながらも、フリックはほぼ確信していた。
 今回の面子の中で、一体何人が、「死んだはずのルカ」の姿を認めることが出来るだろうか?
──────ほぼ皆無な状態で、ココから逃れることなど出来るはずも無かった。










 背後を振り返って、少年は手袋をつけた右手を見やる。
 ソコがいつもよりも冷えた感触を返すのに満足げな微笑を零して、さて、と彼は辺りを見回した。
「無事に保護者どもは撒いたみたいだし、そろそろリオたちと合流しようかな?」
 ルルノイエ観光を十分満喫した彼の荷物袋の中には、細かな雑貨土産だの、トランの自宅へ郵送手続きを済ませた証書だのが入っていた。
 とりあえず、リオやナナミを連れて行っては、うるさくてまともに買い物をできないような場所は、全てクリアした後だった。
 残るは、ゆっくりと彼らと共に楽しむだけである。
「ジョウイ君の手紙を見て、中央広場に屋台が出ているとか言うところで酷く興奮してたし──ま、昼時だから、多分ソコだろ。」
 もしココで見つからなかったとしても、カフェで拘束してある──もとい、駐車して頂いている乗り物の場所まで戻って行けば、すむことである。
 そこで、いつものように、ルック相手に延々と押しかけ問答をしてみたり、次の人体実験の話を延々と語ってみたりしていれば、そのうち合流できるだろうし。
 人ごみの中を、スイスイと泳ぐように進みながら、スイは目的へとアッサリと到着した。
 ルルノイエの中央広場と呼ばれる場所は、噴水と屋台が名物の観光名所のひとつであり、当たり前だが一見しただけでは探し人など見つかりそうにもないほど人で溢れている。
 しかし、スイはその中を、まるでわかっているかのように迷うことなく中央の噴水に向かって歩いた。
「噴水の女神像の上に上れば、リオたちは目立つから、すぐにわかるよね〜♪」
 基本的に目立つことは嫌いな少年であるが、旅先ではあまり考えない。
 旅の恥は掻き捨て、旅先では好きなように生きる──そんな一度訪れただけの場所で、顔を覚えられるのは、相当の行為をしないと無理だ。
 スイの持論は、ソレ、である。
 これで見つからなかったら、適当に屋台で昼食を購入して、ルックが待つカフェに戻るつもりでいた。
 そのつもりで、噴水の前に出たのだが──、
「──あれ?」
 大きな噴水の縁には、見知った顔がいくつも座っていた。
 女神像に上るまでもなかったようである。
 しかも──人数が、増えてる。
 見覚えのある人から、見覚えのない人まで。
「……僕、ココまでダダ漏れしたかな……?」
 思わず右手を見下ろして確認してしまうスイに、
「あっ! スイさんっ! スイさんだーっ!!!」
 ほぼ正面に座っていたリオが、食べかけていた焼きそばを隣のジョウイに投げ渡して、ダッ、とばかりに駆け寄ってきた。
「おかえりなさいっ、スイさんっ!!」
 尻尾があれば、ちぎれんばかりに振っているだろう様子で、勢い良く抱きついて、リオはスイの肩に頬ずりをする。
 その、犬めいた仕草に、よしよし、と頭を撫でてやりながら、スイはリオに小さく微笑んでやる。
「ただいま、リオ──ゴメンね、ちょっと席を外して。」
 ニッコリと微笑むスイに、いいえっ、とリオは照れたように笑って、名残惜しげにスイから離れる。
「こうして戻ってきてくれたから、それでいいんです♪」
 そういう殊勝な台詞を、たまにはシュウにも言ってやれよ、といいたくなるような素直さであった。
 スイは、そんなリオの頭をもう一度撫でてやると、淡く微笑んだ。
 そこを待っていたかのように、
「スイさぁーんっvv」
 がばぁっ!!
 今度は、ナナミが隣から抱きついてきた。
「ぅわーんっ、お帰りなさい〜! さびしかったんですよーっ!」
 そんな、姉弟の過剰なスキンシップに、リオから投げ渡された焼きそばと、ナナミから渡されたタコヤキを両手に持ちながら、ジョウイはげっそりと幼馴染の名を呟いた。
「…………ナナミ、リオ……お帰りなさいとかさびしかったって、はぐれてから、また一時間も経ってないよ………………?」
 なぜか短時間で相当やつれた感のあるジョウイを、ポンポン、とビクトールは慰めるように叩いた。
「いつものことだから、気にするな。」
「あら、そうなんですか?」
 引き攣るジョウイに変わって、おっとりとジルが笑って答えてくれた。
 そんな妻に、ジョウイは無言で渇いた笑いを零す。
 ココで、色々突っ込みたいことは山ほどあったし、ナナミとリオをスイから引き剥がして、「邪魔しちゃダメだろ」と言いたい気持ちもあったが、今のジョウイにはそんなこともする気力がなかった。
 ソレと言うのも、彼らには聞こえていないし見えても以内、背後の噴水の──
「ふんっ、しかし、くだらんなっ! まったくもって、くだらんっ!」
 女神像のさらに上に居座っている、悪霊? の、せいである。
「──……あぁ……あれ、どうにかならないのかなぁ……。」
 はぁ、と、溜息を零して、ジョウイは顔を手の平に埋めた。
 ルカがこんな所に現れた理由と言えば、自分を殺した者への復讐以外に考えられない。
 そう思うのは、フリックとクルガンも同じだったようで、とりあえず三人で、騒ぎにならないようにと、先ほどからリオの周辺に気を配っている。
 その反面、女神像の上で高笑いしている男の挙動にも、意識をやってはいる。
 よって、何をしていても、何を見ていても、常にジョウイの耳には、ルカの声が届いていた。
 それが──イヤに、苦痛で。
 はぁぁぁ、と、重いため息を零して他の平に顔を埋めるジョウイに、リンゴ飴を上品に舐めていたジルが、不思議そうな顔をする。
「ジョウイ、いかがされました? もうお疲れですか?」
「いえ──なんでもないんです。」
 苦笑を刻みながら、フルフルとかぶりを振るジョウイをチラリと見て──フリックは、スイを見た。
「おい、スイ、ちょっと良いか?」
 クイ、と、スイに向かって指先で自分の方を指し示す。
 リオとナナミに両方から抱きつかれて、しょうがないなぁ、と甘く笑っていたスイは、キョトンとしてフリックを見返した。
「何、フリック? また何か、土産話にでもなりそうな、面白いことでもしでかしてくれたの?」
 首を傾げて尋ねて来るスイに、それはいいからっ、と、フリックはもう一度手招いた。
 不思議そうな顔をしながら、リオとナナミを両脇にぶら下げながら、スイはフリックの傍にやってきて、彼を上目遣いに見上げる。
「で、どうしたの?」
「…………あー……とな。」
 リオとナナミも居るのか、と──どうしようかと一瞬悩んだフリックの視線が、チラリ、と噴水に当てられる。
 その上では、ルカが取り出した剣を日にすかして、切れ味加減を確認しているのが見えた。
「──そろそろ、やばそうだが……悪霊に詳しいというのは、その少年なのか?」
 クルガンがすかさず囁いてくるのに、フリックは嫌そうな顔で頷き──スイを見下ろすと、クイ、と顎で銅像をしゃくった。
「お前、アレが見えるか?」
「アレ?」
 不思議そうに首を傾げたスイは、そのまま視線を噴水に向けて、理解できなさそうな顔で目を瞬いた。
 その仕草は、フリックもクルガンもジョウイも、「見えない人」の動作で見慣れていた。
 思わずフリックは、落胆の溜息を零した。
「見えない……か?」
「……ただの普通の噴水に見えるけど、何か仕掛けでもされてるの?」
 あからさまに残念そうに聞き返すフリックに、スイはワケがわからないと言いたげな視線を向ける。
 スイにしがみ付いているリオとナナミも、彼につられるように噴水に視線をやるが、彼らの目にはただの平和な噴水と女神像以外は映らなかった。
「?? 何かあるんですか、あの噴水に?」
「宝物庫の入り口とか??」
 まったくわからないという顔をするリオとナナミとスイに、クルガンは細く溜息を零した。
 フリックもまた、参った、と言いたげに、パチン、と軽く自分の額を叩く。
「お前に見えないということは、アレは悪霊とかの類じゃないってことか……?」
 解放軍時代に、死刑執行人のキルケや、寺の住職であるフッケンと共に、楽しく幽霊タイムとかしていた「スイ=マクドール」の目に映らない。
 それがどういう意味なのか図りかねて、フリックは下唇を噛み締めた。
「──……い、いま……なんていいました? フリックさん??」
 真剣に考えに頭が行ってしまったフリックは、そう問うたナナミの声が震えていることにも、スイの服を握る彼女の手が震えていることにも、気づかなかった。
 だからこそ、どこか気の無い返事で、ウッカリ本当のことを話してしまった。
「ん? いや、だから、怨霊や悪霊の類なら、スイには絶対に見えるはずだと……。」
 瞬間、ナナミの動きは速かった。
 ヒュンッ、と風をきる音がしたかと思うや否や、彼女は懐の中から花棍を取り出し、次の瞬間には両先端に当たる節を左右に握り締め、ピョンッ、と飛び上がった。
 全体重をのしかけて、
どごっ!!!
「ななななっ、なんてこと言うんですかーっ! フリックさん〜っ!!!」
 完膚泣きまでに、フリックを地面に静めた。
 更に、目じりに涙を溜めながら、ナナミは地面と挨拶をしている最中のフリックの上に圧し掛かり、ボカボカと花棍で彼の背中を太鼓のように叩き続ける。
「ああぁぁぁっ、あく、おば、だなんて、そんなことは、昼間っからでも言っちゃダメですーっ!!」
「いたっ、いたっ、痛い……っ、って、こらっ、やめろっ、ナナミ……っ!」
 ばんばんばんっ、と激しい音を立てるフリックの背中に、リオは両目を閉じて顔の前で手の平と手の平を合わせてみせた。
「あーあ……ナナミの前では、怖い話は禁句なのに……。」
 ナナミは、こうなるともう手がつけられないのだ。
「……──止めないのか?」
 クルガンが、困惑した表情でリオに尋ねるが、リオはアッサリとしたもので、
「後少ししたら、落ち着くと思いますから、それまで放っておいても大丈夫ですよ。」
 パタパタ、と片手を振って、クルガンの心配を払拭してあげた。
──本当にその台詞で払拭されたかどうかは疑問であったが。
「そうか……なら、とりあえず見なかったことにしておくが。
 ──だが、あなたがわからないということは、一体あのルカ様はどうしたら……。」
 顎に手を当てて、考え込む仕草をするクルガンに、リオは目を丸くさせる。
「え、ルカって、ルカ=ブライト? どこかに居るの??」
 額に手を当てて、辺りを見回すような仕草をする。
 その彼の視界には、当然噴水の上の女神像もあったが、残念ながらソコで高笑いをして豚を褒めちぎっている張本人の姿は、映っていないようであった。
 なんと答えたものかと、クルガンが人差し指でこめかみをグリグリとマッサージして、小さく唸りをあげた。
 そこに、
「ルカ=ブライトなら、そこの噴水の女神像の上に居るよ?」
 あっさりと微笑みながら、スイが指で女神像を示して、そう告げた。
「………………………………ハイ??」
 何を言われたのかわからなくて、リオはスイの指の先を追う。
 しかし、目に映るのは銅像とその背後に広がる町並みだけ。
 頭の上にハテナマークを飛ばすリオに、ただスイは穏やかに微笑んでいた。
「……って、貴殿、さきほど何も見えないと……。」
 顔つきを険しくさせたクルガンの声に、がばっ、とフリックもナナミを放り出して上半身を起こした。
「きゃっ!」
 ころん、と地面に転がったナナミの非難の悲鳴を無視して、フリックは上体を起こした体制のまま、スイを睨み挙げる。
「スイっ、どういうつもりだっ!!? お前、見えないって言っただろうがっ!?」
 だから俺は、あのルカ=ブライトは霊ではないのだと、そう思ったのに。
 そう叫ぶフリックに、ナナミがまた泣きそうな顔になる。
 けれど、今はソレに構っている暇はなかった。
「見えるのか、あそこのルカ=ブライトがっ!?」
 びしっ、と、フリックが指差した先も、スイが示した先と同じ──銅像の、上。
 思わず、リオもナナミもビクトールもフッチもジルもシードも、その指先を追って銅像を見た。
 だがしかし、そこにあるのはどう見ても女神像でしかない。
「? 見えるよ? ルカ=ブライトでしょ?」
 キョトン、と目を瞬くスイに、
「だがっ、お前、さっきは見えないって……っ。」
「ヤだな、誰も見えないなんて言ってないじゃないか。
 ただの、ふつーの、悪霊が住み着いている噴水だね、って言っただけじゃない。」
「……………………っっ。」
 ガクリ、と、フリックは両肩を落とした。
──そうだ、コイツは、当たり前のように見えているからこそ、この光景が……フリックたちにとったら、異常にしか見えないこの光景が、「普通」に見えてしまうのだ。
「あっ、あくっ、って……スイさんまで、そんなこと言う〜っ!!」
 両手を握り締めて、ぅわーんっ、と空を見上げて泣き叫ぶナナミに、まぁまぁ、とリオは彼女の頭を抱き寄せてやる。
 そうしながら、リオはもう一度改めて噴水を見る。
 自分の目には、何も映って見えないけれど、スイが居るというなら、あそこにルカ=ブライトが居るのだろう。
「あの噴水に、ルカが居るって言うのは、本当なんですか、スイさん?」
 フリックやジョウイが散々言っていたときには、まるで聞く耳もたなかったくせに、スイが断言した途端、手の平を返す。
 そんなリオに、こういうやつだよな、こいつも──と、どっぷりと溜息を零して、フリックはスイに話をすすめるように促す。
「こういう噴水って、水の流れが滞るから、色々残留思念が集まりやすいんだよ。
 だから、別に何か居ても不思議はないよね。」
 ニッコリ、と微笑んで答えてくれたスイに、噴水の縁に腰掛けていたジョウイは、思わず直立不動した。
 そしてそのまま、ススス、と噴水からさり気に離れつつ、改めて噴水を見上げる。
「ふはははははっ! 豚どもめっ! 俺の前に跪けーっ!!」
 抜き放った剣を空に突き上げ、そう堂々と叫ぶルカは、太陽の光に反射して輝いて見えた。
 その姿は、脚もアレば透けて見えることもなく──完璧に生きている人と変わりがないように見えるのだけど……それでもやはり、フリック、ジョウイ、クルガン、スイ、という面子しか見えないということは、生きている人ではないのだろう。
「で、彼がどうかしたの?」
 なんでもないことのように聞いてくるスイに、だからな、とフリックは疲れたように呟く。
「アレ、なんとか出来ないか? お前?」
「何とかしなくちゃダメなの?」
 面倒そうに顔を顰めるスイに、ジョウイはコクコクと頷く。
「なんか、今にも生きている人に切りかかりそうじゃないですか──。」
 このまま見てみぬフリをしても、なんだか目覚めが悪いと、そう両手を組んで、なんとかなりませんか、と見上げてくるジョウイに、クルガンも頷く。
「なんとかできるようなら、お力をぜひお借り願いたい。」
 スイは、リオに抱きついて顔をゆがめているナナミと、なんだかわからないけどスイと視線があって、ニッコリと笑うリオと、それから話に置いてきぼりにされているほかの面々を見たあと、噴水の上のルカを見上げた。
 明るく笑うその姿は、恐ろしくも楽しげである。
「……別に問題はなさそうだと思うけど? ルカだって、久し振りのシャバだから、叫びたいだけだと思うし。」
「いやっ、問題オオアリだろっ!? ルカ=ブライトが噴水の上で高笑いしてるって言う時点でっ!」
 ばんっ、と、フリックが地面を叩いて力説する。
 それにジョウイがコクコクと頷いて同意した。
「そうですよ! 僕なんて、さっきからもうずっと、生きた心地がしなかったんですからっ!」
 そんな二人に付け加え、
「なんとかできるのですね?」
 クルガンが、お願いします、と頭を下げてくる。
 その三人に、ふぅ、とスイは溜息をつくしかなかった。
 そして、ヒョイ、と肩を竦めると、
「──ま、しょうがないか。
 元はといえば、ダダ漏れなのに気づかなかった僕の過失だし。」
 そう──わざとらしく、零してくれた。
「……ダダ漏れ?」
 引っかかったポイントを口の中で繰り返し、嫌な予感にフリックは顔を引き攣らせる。
「……何がだ?」
 それでも聞かずに居られなかったのは、彼が「青い」と呼ばれるためか……。
 スイは、その質問を待っていたとばかりに、ニッコリと華やかに微笑んで──ヒラリ、と、手袋に包まれた右手の甲を彼に向けてやった。
「僕の右手vv」
 非常に嬉しそうな声であったことは、あえて説明する必要もないだろう。
 フリックを困らせることが、楽しかったのかもしれない。
「……………………………………は?」
 つぅ……と、フリックのこめかみを冷や汗が伝った。
 聞きたくなかった──できることなら、一生、口をつぐんで欲しかった台詞だった。
 突然凝固したフリックに構わず、スイは、リオに抱きついて目を閉じてブツブツと何か呟いているナナミの頭を、ポンポン、と優しく叩いた。
 そして、自分を見上げるリオにニッコリと微笑むと、
「待っていて、すぐに片付けるからね。」
 自分が原因だということを、すっかり棚にあげてそう告げてから、キリリと顔つきも真剣に、噴水の上を睨みつけた。
 リオも、キリリと顔つきを改めて、噴水の上を睨みつけてみるが──やっぱり彼には何も見えなかった。
 なので、何が起きているのかスイを見ていることにした。
 スイは、腰に手を当てて、噴水の上で高笑いをして、剣を振りかざしている実体を持たない男に向かった。
「コラっ、ルカ! 勝手に右手から出ていっちゃダメでしょ! それも、豚だなんて、君の元国民たちじゃないか。
 ほら、さっさと戻った、戻ったっ。」
 ヒラヒラ、と右手を左右に振る。
 少し怒ったような口調でスイが言い切った瞬間、ピタリ、と、ルカの笑い声が止まった。
 一瞬、空気が冷え切ったような気がして、ジョウイはブルリと体を震わせる。
「スイさんっ、そっ、そんな言い方したら、ルカが……っ。」
 キンッ、と、音がしそうなほど鋭い視線をよこすルカに、慌ててジョウイはスイの元へ駆けつけようとした。
 しかし、─それよりも早く、トン、と、スイの隣に影が降り立つ。
 途端、ジョウイは歩み寄ろうとしていた脚を止め、クルガンはとっさにスイの傍から離れた。
 なのに、スイだけが涼しい顔で噴水を見つめている。
 まるで、ソコから飛び降りたルカの姿が見えていないかのような態度に、ジョウイは叫ばずにはいられなかった。
「スイさんっ、隣っ、隣にルカ=ブライトがっ!」
 叫んだジョウイに、スイの隣に降り立ったルカが、ニヤリと口をゆがめて笑う。
「ほほーぉ、ジョウイ、お前、俺が見えるのか?」
「イヤだけど、なんかハッキリクッキリ見えてます……。」
 言いながらも、ジョウイはジリリと後退する。
 ルカが恨む相手の中の一人に、自分も入っているはずだ──そう思えば、彼の手が届く範囲に入ってしまうのは避けたいところだ。
 ルカは、ゆったりと腕を組むと、手にした剣をかすかに揺らしながら、ふぅん、とジョウイの顔を見下ろす。
 その視線に、ジョウイが引き攣った。
 じり、と、もう一度後退しかけた瞬間、獰猛な雰囲気を纏わせらルカの意識を反らすかのように、
「はいはい、ルカ、君は邪魔らしいから、戻ってね。」
 スイが、ポンポンとルカの腕を叩いた。
 軽い口調での戒めの声に、ルカは不穏な雰囲気を纏わせて、ジロリ、とスイを睨みつける。
「…………馬鹿を言うな、俺はまだ何もしていないぞ?」
 視線だけで人を射殺しそうなルカのドスの効いた声に、ジョウイもクルガンもフリックも、相手が武器が通じないかもしれないと言う事実を忘れて、それぞれの武器に手をかける。
 ルカが本気になれば、その目にもとまらない一閃で、眼の前のスイの頭くらいは軽く吹き飛んでしまうだろう。
 ジリ、と、かすかに間合いを詰めたフリック達の心境を知ってか知らずか、スイはアッサリとしたもので、
「んー……それじゃ、好き放題したいなら、僕の眼が無いところでやってくれる?
 後始末しなくちゃいけなくなるじゃないか。」
 少しばかり的が外れたことを、当たり前のようにルカに向かって告げた。
「って、何言ってるんだ、おまえっ!?」
「正論じゃないか。」
 声を荒げたフリックに、スイはチラリと視線を向けてから、再び目をルカに戻した。
 すると、ルカは少し考えるように顎に手を当てたかと思うと、
「──それもそうか。よし、ならお前の居ないところで、暴れてくるか。」
 なぜか納得して、クルリと踵を返す。
 かと思うと、すたすたと中央広場の外へと通じる道に向けて、歩いて行く。
 その背中は、ひどく上機嫌そうに見えた。
「はぐれたら、ルックのところだからね〜。」
 どこへ行くのかはわからないが、何事も無かったかのように中央広場から立ち去るルカの背に、一応スイは声をかける。
 今まで4人に繰り返したものと同じ台詞であったことは、言うまでもないだろう。
 あまりにも素直に去って行ったルカのたくましい背中を、呆然と見詰めていたクルガンが、その背が視界から消えると同時、ハッ、と我に返った。
「って、何とかしてくれるんじゃなかったんですかっ!?」
 思わず食って掛かるクルガンに、スイは首を傾げてこう答えた。
「したじゃない? 噴水の上から居なくなって欲しかったんでしょ?」
 ほら、とスイが指し示す噴水の上には、確かにもう余分なオブジェは乗っては居なかった。
「ほーら、コレで観光名所も安心して見れる銅像に早代わり〜。」
「いや、はや代わりじゃなくってな……っ、俺たちが求めていたのは、こう、もっとな……っ。」
 フルフルと拳を震わせて、フリックは顔を大きく歪める。
 スイは、そんな彼の耳を摘んで引っ張ると、素早くその耳元に囁く。
「だからって、ルカを右手に吸わせるところを彼らの前で見せるわけには行かないじゃないか。」
 ね、と──少し困ったように笑うスイの顔に、あ、と、フリックはようやくその事実に気づいたと同時──イヤな予感に、眉を大きく歪めた。
「…………おい、スイ、その件だけどな…………。
 もしかしてお前、右手に……ルカ=ブライト、吸ってたりとか…………するのか?」
 聞きたくない──心の奥底から聞きたくないと、フリックの顔にアリアリと書かれていた。
 今、ここで「吸う」のではなく──「中に戻す」という意味なのか、と。
「あれ? 言わなかったっけ?」
「吸ってたのか……。」
 いつの間に……と、額に手を当てるフリックに、スイはアッサリと、
「いや、なんか肥えて美味しそうだったから、つい食指が。」
「動かせるなっ、そういう食指をっ!」
 怒った風に叫ぶフリックに、はいはい、とおざなりな返事をしてから、スイは、もう大丈夫だよ、とナナミに微笑んで見せた。
 ナナミは、涙目をそのまま上げて、コクリと頷く。
 慌てたように両手の甲で目に浮かんだ涙を強引に拭い取っていると、リオが目が傷つくよと、ナナミの手を掴み取った。
 彼ら二人の前に、ジョウイも腰を落とすと、ナナミが立ち上がるのに手を貸してやる。
 そんな仲の良い三人に、小さく微笑みを零してから、スイは、改めて自分の右手を見下ろすと、軽く首を傾げた。
 イヤに涼しい気のする右手は、確かに中にこもっていた魂がいくつか抜け出ているに違いないと感じる。
「しっかし、勝手に出たのってルカだけかなー?
 オデッサさん達だけだと思ってたんだけどな……。」
 不穏なスイの呟きに、ほかにも誰か居るのかっ、と、ビクトール達が突っ込むよりも先に、フリックは彼が零した名前に反応していた。
 「オデッサ」
 その名のもつ響きが耳に強く残ったと思うや否や、彼は華奢なスイの肩を掴んでいた。
「何っ、オデッサがっ!? どこだっ、どこにいるんだっ!!?」
 ガクンガクンと力のままに揺さぶるフリックに、うんざりした顔でスイが天牙棍を握り締めた瞬間であった。




どっごぉぉぉぉーんっ!!!!





 遠くで、巨大な爆発音がした。
「何だっ!?」
「爆発かっ!?」
 すぐに反応して、シードとクルガンがジョウイとジルを、ビクトールとフッチがリオとナナミを背後にかばい、爆発音のした方角を見据える。
 続けてすぐに、もうもくと黒い煙が上がるのが見えた。
 そこは、ココから少し離れた主街道の辺りだ。
 フリックに肩をつかまれたまま、アレ、と、スイはその方向を視線で見る。
 あの方角に、覚えがあった。
 はて、どこだっただろうかと彼が思い出すよりも先に、肩を掴んでいたフリックが、その手をスイの襟首に持ち替えて問い詰める。
「スイっ、何をした、お前ーっ!!」
 血相を変えたフリックの口から飛んでくるツバに、スイはためらうことなく握り締めた天牙棍で、アッパーをかました。。
 どごっ。
 小気味良い音とともに、フリックの顎が跳ね上がり、襟首を握る手から力が抜ける。
 その瞬間を狙って、左手でフリックの右肩を抑え込むように師ながら、迷うことなく膝蹴りをみぞおちに一つ。
「ぐっ。」
 思い切り良く決まった一撃に、フリックがフラリと足を揺らした瞬間に、ス、と身体を引く。
「失礼な、まだ何もしてないよ。」
 今の一連の攻撃など何でも無いことのように、スイはドサリとその場に跪いたフリックを見下ろして、呆れたように呟いた。
「げほっ……っ。」
 喉で止まった息を吐き出し、フリックが腹と口を抑えて悶絶するのに、あぁ……と、フッチはつらそうに目をそむけた。
 しかもスイは、クルガンとシード、ビクトールとフッチの体で、リオとナナミとジョウイとジルの4人からフリックが見えないとわかっていたからこそ、今のコンボを決めたのだと、わかってしまったからこそ、余計に悲惨さを覚える。
──絶対今の、手加減してなかったよな……。
 だからこそ、フッチは、「まだ」というスイの言い方に疑問と恐怖を抱いてしまっていたが、あえて口にすることは止めた。
 その代わり、フッチは話をずらすように、煙があがっている方角を指で指し示す。
「スイさん? あの方角って、さっきルックを置いてきたところじゃないですか?」
「……言われてみれば、駐車場の方角だな。」
 ニヤニヤと笑いながら、ビクトールがだんだんと薄れて行く煙を見やった。
 何が起きているのか、大体の見当はついているようである。
 ──いや、それはビクトールだけではないようだが。
「え、駐車場? いえ、あそこに駐車場なんて無かったような気が……。」
 不審そうに──けれど、城下で突然起きた爆発に、ジョウイが顔つきを厳しくさせる。
「のろしにしては、大きいわねー。」
 ジョウイとリオの手を借りて、ヒョイッと身軽に立ち上がったナナミは、手を額に当てて、薄くなって上空に消え入りそうな煙を見つめた。
「……いや、スイとルックなら、アレでも規模は小さい方だろ。」
 何せ、見た限り、爆発しただけで周辺の家々は燃えていないように見えるし。
 そう判断したビクトールに、それは一体どういうことだと、クルガンが頭痛を覚える。
「だね。ルックってば、なんだかんだ言いながら、派手好きだよね?」
 ニコニコとリオは笑ってそう告げた後、さて、と腕を空に向けて伸ばして、一同を見回した。
「──そろそろ帰って来いってことかな?」
「えーっ、まだお昼ごはんしか食べてないよー?」
 ナナミは不満そうに唇を尖らせる。
 リオは、困ったように眉を寄せて首を傾けた。
「そんなこと言っていると、またルックが花火上げちゃうよ?」
「それだけは勘弁して……。」
 頼むから、と、ジョウイから泣きそうな声で訴えられて、渋々ナナミも帰ることに同意する。
 ビクトールは、少しだけ遠い目をして──この際だから、思いっきりやってしまえとルックに心の中で声援を送ってみたりした。
「まぁ、また花火があがるの? それは楽しみね。」
 その「花火」の正体がわかっているのかわかっていないのか、ジルはパフ、と手を合わせてニッコリと可憐に微笑んだ。
 愛らしい微笑みに、思わずシードは口元を緩めて、とびっきり楽しそうに人差し指を一本立ててこう提案した。
「お望みでしたら、ここでも一発あげちゃいますよ、ジル様?」
「あげるなっ、シードっ!!」
 スパコーンッ!
 景気良く、クルガンが手にしていたリンゴ飴でシードの頭を叩く。
 油断をしていたところに、思いっきり叩かれたシードは、下唇を突き出して拗ねたような表情になった。
「ちぇっ、クルガンはうっせぇなぁ、ったく。」
 ボソッ、と呟いた言葉に、
「え、なんだったら僕があげましょうか?」
 親切心で、リオが左手を掲げた。
 なぜか仄かに光を宿しはじめる烈火の紋章に、ジョウイは慌てて彼の左手を掴み上げた。
「だからあげちゃダメだってばっ、リオっ! すごい騒ぎになるだろっ!」
「そうよ、リオ? 一応お忍びなんだから、ばれたらシュウさんに連れ戻されちゃうわっ!」
 慌ててナナミもリオの右腕にしがみ付き、彼が紋章を開放して、何らかの魔法を打ち上げようとしていたのを止める。
 え、そうですか? と、渋々リオが左手を下ろした瞬間、それを待っていたかのように、スイが穏やかに微笑みながら右手の手袋に手をかけた。
「しょうがないなー、じゃ、ココで一発闇色の花火でも……。」
「って、お前もいそいそと右手の手袋を脱ぐなーっ!!!」
 喉が張り裂けそうなほど強く、思い切りフリックが叫んだ。
「え、だって、どうせルカとかテッドとか父上とかオデッサさんとかマッシュとか仕舞わなくちゃいけないから、脱がないと…………。」
 だから、やっぱりどうせ脱がないと、と、再び手袋を脱ごうとするスイの手を、しっかりと握り締めて止めて、フリックは引き攣った目で彼を覗き込む。
「──出したのか、お前?」
 そのフリックの問いかけには、スイは微かな微笑を浮かべて曖昧に視線を揺らすばかり。
「春だから、ちょーっと浮かれてたかなー、僕も?」
 春だから、ダダ漏れって言うのも、どうかと思う。
「──スイさぁぁーん…………。止めてくださいよ、そういうの……。」
 フッチは、ガックリと肩を落とし、辺りをおそるおそる見回した。
 しかし、見回したくらいで何かが目に映るわけではない。
 もともとフッチ達には、見えていないからだ。
──見えないだけで、実はこの周辺に、フヨフヨと「ルカとかテッドとか父上とかオデッサさんとかマッシュとか」が浮いていたらイヤだなー、と、悪寒に体を震わせる。
「とにかく、とっとと帰るか──ルックとスイが暴走しないうちにな。」
「えーっ。」
 ビクトールが、ヒョイ、と肩を竦めると、行くぞ、とリオとナナミを促す。
 一方的に話がまとまって行くのに、リオもナナミも不満そうな声を零す。
 だって、まだ、この中央広場でご飯しか食べていないのだ。
「──そんなに急いで帰らないと、ダメかい?」
 ジョウイも、名残惜しそうに顔をゆがめて尋ねてくれたが、ビクトールはソレにはシニカルに笑って、指先で「謎の爆発現場」を指し示し。
「アレの被害が増えて欲しくはないだろ?」
「ないです。」
 今度は即答だった。
 どういう被害状況なのか、城に居ないジョウイはまだ報告を受けてはいないが、結構な規模の爆発であったことを思えば。
「──しょうがない、か。
 僕たちがココに居るってこと、ほかの人にばれても困るしね。」
 はぁ、と、リオは溜息を零して、ジョウイたちを振り返った。
「ゴメンね、ジョウイ。今日はもう帰らないとダメみたい。」
 すまなそうに謝るリオに、ジョウイは、ううん、とかぶりを振った。
「こっちこそ、大してもてなせなくて、ゴメンね。また今度、ゆっくりおいでよ。
 リオも、ナナミも。」
 ニコリと微笑み、リオとナナミの手を握り、ジョウイは優しく笑った。
 そんなジョウイの微笑みに、二人も笑顔で頷く。
「ジョウイの方こそ、都合がついたら、コッチに遊びに来てね。僕たちはいつでも歓迎するよ!」
 久し振りに再会した幼馴染たちは、お互いの別れを惜しみ、がっしりとあわせた手を何度も何度も名残惜しげに上下に振った。
 そのシーン自体は、非常に微笑ましいシーンであったのだが。
──彼ら三人の別れを惜しむシーンを見ていた面々としては、
「っていうか、お互いに呼び合うな、頼むから。」
 自分たちの立場を、もっと自覚しろ、と、背後から突っ込みを入れたくなった。
「それじゃ──二人とも、元気でね。」
「うん、ジョウイも元気で。」
「また、手紙ちょうだいね。」
 ようやく手を離して、ジョウイとナナミとリオはお互いに笑いあった。
 少しだけ寂しそうな表情になるのは、仕方がないことだ。
「じゃ、ルックのところに戻りましょう。」
 そうしないと、また爆発が起きるかもしれない──そんな焦りに駆られたフッチが、さ、早く、と、リオとナナミを促す。
「それじゃぁな、今回は世話になったな。」
 また戦場で会おうぜ、と──囁くようにビクトールがクルガンとシードを見つめて呟く。
 その台詞に、二人の男は鋭い光を目に宿し、ビクトールを睨み返した。
 おお、コワ、と肩を竦めるビクトールが、リオとナナミに先に行くように告げたその刹那。
 待ってましたとばかりにスイが片手を上げて、宣言してくれた。
「それじゃぁ早速、ルックに、のろし返しをあげるね〜。」
「いや、だからもう狼煙はいいからっ!」
 何をするのか気づいたフリックが、スイにすかさず突っ込んだが、時、すでに遅かった。
 いつのまにか脱いだ手袋が、ポイッ、とフリックめがけて放り投げられる。
「人の話を聞けーっ!!」
 叫んだフリックが、どうしてソコまで焦っているのか、「?」マークを飛ばしたハイランドを他所に、
「えい☆」
 スイは、楽しそうに空に向けて右手の力を放出した。
「だからするなーっ!!!」
────もちろん、唯我独尊を行くスイが、そんなフリックの制止を聞いてくれるはずもなかった。
 かくして。





ぎゅぉんっ。







──後に原因不明の「日食」現象と称された、この特大の「のろし」を、とあるカフェで見ていた少年は。
「…………あぁ、ようやく帰ってくるか……あの馬鹿は……っ!」
 特に動揺することもなく、低く唸りを上げて、忌々しげに太陽を飲み込んだ闇を見据えた。
 しかし、すぐにその表情を掻き消すと、埃に塗れた髪を掻き揚げる。
 ガタンッ、と乱暴に壊れかけたイスに腰掛けると、何事もなかったかのように、煤と瓦礫塗れの店の中で、一人涼しい顔で目を閉じて、彼らが到着するまでの瞑想に再びふけるのであった。











THE END


あとがき……

 ココでお終いです。

 久し振りにハイランド側の人を書いて見ました(笑)。楽しかったですv ジル皇女とシードさんがvv
 そして、ぼっちゃんの右手からだだ漏れ……やっぱりやってしまいました(笑)。
 多分この後も、日が暮れるまで色々とあったことでございましょう。
 そして、話を大幅にダイジェストっぽくしたら、なんだか短くなったからと、色々付け足してみたのですが──ハイランド側とか、右手の住人とか。
…………余計に話しが収まらなくなりました。
 やっぱりギャグは、大幅に削るべきだと思いました。

 5周年記念企画にご参加いただきまして、まことにありがとうございます〜v
 駄作ではございますが、楽しんでいただけると何よりでございます。





「ただいま〜♪ ルック〜♪
 どう? 狼煙返し、わかったー?」
「君の場合、アレは狼煙っていうか、呪いじゃないの?」
「えっ、そんなことないよ? あのドサクサで飲み込んだ魂って、そこらの自縛霊しか居なかったし……っ。」
「飲んだのか、お前っ! またーっ!!」
「大丈夫、大丈夫、そんな目じりを吊り上げなくっても、別にソウルイーターのレベルはアップしてないからさー、あはははは。」
「──あぁ、そういえば、ここらで邪魔くさくうろついていたのも、あの時同時に飲み込んでくれたようだね?」
「力を使うと、入ってきちゃうみたい。
 っていうか、ルックのところに誰が居たの? 父上とテッド?」
「──────…………全部来たけど?
 っていうか、きみ、ルカ=ブライトも飲み込んだのかい? うざかったんだけど?」
「そっか。みんな素直でいい子たちばっかりだね。ちゃんとはぐれたら、ルックのところに来てくれるなんて。
 今度褒めておかないと〜♪」
「いや、つぅかその前に、出すなっ!!」
「えー……一人で寂しい晩とかに、話し相手とか欲しいし?」
「────そーゆーときは、普通の、生身の人間を相手にしろ……っ。」
「時々ティーカム城でウロウロしてる、ビクトールの過去を語ってくれる男の人の霊とかを相手にしてるのは、ダメ??」
「ダメ。」