「………………………………っ。」
 まさか、と──カッフェは背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、ゴクリ、と喉を上下させる。
 カタカタ、と自分の指先が震えるのを感じつつ、カッフェはグラスを掴み損ねた手をもう片手で抑え込んだ。
 そして、目を据わらせ──まさかとは思うけど、と、心の中で呟きながら、絶望が胸を占めるのを覚えた。
 そう、「かの人」に仕えてもう大分になるが、ことこういう勘は酷く冴えるようになっている。
「────…………へーか………………。」
 小さく、小さく呟いた声に、手にしたグラスを優雅に……このざわめきの立食会には不似合いすぎるほどの優雅さで傾けた男は、
「なんだ。」
 アッサリと、カッフェの声に答えた。
 聞き覚えのありすぎる声に、カッフェは憂鬱の色を纏わせて顔をあげた。
 果たしてソコには、つい昼過ぎに笑顔で挨拶して別れたはずの人の顔があった。
「なんで陛下が、同窓会なんかに参加してるんですか。」
 絶望とショックと混乱を覚えつつも、カッフェは疲れたような声で、そう男に尋ねる。
 ぬば玉の髪を持つ男は、そんなカッフェの疲れた声に、とても嬉しそうに笑うと、
「お前の言い分が余りにも楽しかったので、邪魔をしにきた。」
 ウットリと見とれるような美声で、そうおっしゃってくださった。
 瞬間、カッフェはすこしばかり遠い目をして、今ごろ涼しい顔でお茶を飲んでいるだろう女官長の顔を、思い浮かべた。
 どうして止めてくれなかったんだ──……っ!
 いや、陛下が本当にやろうとしていることを、女官長や四天王が止めれるわけがない。
 それはよく分かっている。
 よく分かっているが──きっと彼女は、魔王陛下をカッフェに押し付けて、さらに陛下の機嫌も取れるとは、なんて有意義な1日なのだろうとか思っているに違いない。
 そう思うと、カッフェは余りのことにクラクラと眩暈すら覚えた。
 つまり、早い話が。
 この邂逅の瞬間から、カッフェの休暇は、事実上「公務」になってしまうということになる。
「俺の休暇…………俺の同窓会…………俺の憩の場……っ。」
「存分に楽しめ。俺が見ていてやろう。」
 空になったグラスを、わざわざカッフェの手の平に戻して、魔王陛下が「まずい」と一言感想までくれる。
 この言葉を意訳すると、空になったグラスをテーブルに戻して、さっさと上物の酒をどこからとも無く調達してこい、と言う意味になる。
 カッフェは受け取ったグラスを見下ろすと、無言でソコに残った水分を一瞬で蒸発させ、軽くグラスに熱を伝わせることで消毒作業を行う。
 そしてそのグラスを手にしたまま、今度は周囲の空気を探り、グラスへと視線を転じた。
 ただそれだけで、グラスの中に見る見るうちに透明な水が湧いて出てくる。
 それとともに、人の熱気でムッとしているはずの一帯に、かすかな熱風が吹いたが、誰もそんなことは気にしても居なかった。
 あっと言う間にグラスに8分目まで埋まった水を掲げて、カッフェはそれを陛下に恭しく差し出す。
「どうぞ、陛下。浄水です。まずはコレで口直しを。」
「ん。」
 当たり前のようにソレを受け取り、魔王はそれに口をつけ、不純物の混じってない味のしない水に軽く眉を寄せるが、特に文句も言わずそれで口の中を洗い流す。
 一瞬でこの周辺の空気の密度を高め、気づかれない程度に熱調整をして水蒸気を水に転化させてワケだが──これはそれほど荒業ではない。
 ただ、わざわざソレを炎の力でやる意味がない、というだけで。
 しかし、炎の寵児であるカッフェは、風や水の力を使って水を作り出すよりも、このやり方のほうがずっと簡単らしく、シルバーやリヴァンにいつも言われていても、一向に直る気配はない。
 ──一つ付け加えるならば、魔王の喉を通る水は冷たく心地よい温度まで下げられている。
 本来、熱調整で水を作り出す作業で行った浄水は、ほんのりと熱を持っているのが定石。
 その温度を下げるということが──カッフェの人並みではない荒業、なのである。
 もっとも、そこまで気を配っていなかったら、魔王陛下は飲みもせずに、カッフェに向かって水をぶちまけていただろうことは、想像するに難くない。
「陛下、それを飲んだら、さっさと出ましょう。
 ココで美味い酒が飲めるわけがないことは、ご存知でしょう?」
「いや──だが、お前の同窓生とやらに挨拶でもしてやろうかと思っているのだが。」
「しないでください。」
 楽しそうに笑う魔王陛下が、心の奥底から楽しんでいるのだとわかるからこそ、カッフェも鋭く突っ込んでみた。
「そもそも、ココにはティティス=グリニスも居るんです。
 陛下の顔を知ってるじゃないですか、ティティスはっ。
 見つかったら大事ですよ!」
 っていうか、帰ってくれ、一刻も早く。俺の平穏のために。
 そんな思いを込めて握りこぶしをしつつ、周囲に気取られない程度の声でカッフェは恐れ多くも陛下に向かって忠言する。
 だがしかし、魔王陛下はそんなカッフェを満足そうに見下ろして、にやり、と口元に不敵な笑みを浮かべて見せた。
「見つかるわけがないだろう? ──この会場で俺を見分けることが出来るのは、お前くらいのものだ。」
「──……は?」
 言われてみて初めてカッフェは、目を細めて魔王陛下の姿を見透かした。
 すらりとした均整の取れた立ち姿。
 その輪郭が、よく目を凝らしてみれば、かすかに揺れているようにも見える。
「────………………姿写しの……術?」
 さらに目を凝らせば、彼の上に別の姿が見て取れる。
 たまに陛下が、仕事に飽きたと言っては自らの上に幻を重ねて別人のフリをして遊びに出かけているのは、カッフェも知っている。
 カッフェ自身も、イヤイヤお供をさせられたこともあるからだ。
 ちなみにその比率は、カッフェ:シルバー:ゴールドで8:2:1の割合となる。
「お前は炎の精霊王の強烈な加護があるからな、火の守りをすこし弱くしておけば、意識せずとも真実の姿を見て取れるだろう?
 ──それだけの話だ。」
 しれっとして説明してくれた内容は、魔法術の基礎の基礎とも言える内容でもある。
 劣等生であったカッフェでも理解は出来る。
 つまり早い話が、魔王陛下は、姿写しの術をカッフェにだけたやすく見破れるように仕掛けて、ココへ来たということだ。
 無意識下で、炎の魔力を無効化する能力を持っているカッフェには、魔王陛下が擬態をしているなどと、意識すらしない──感じ取れないほど見事に調整する魔王陛下の腕も、素晴らしいものなのだが。
「…………いっそ、俺にもわからないようにしてくれりゃ、俺の心労もないのに…………。」
 思わずボッソリと毒を吐いてしまったカッフェを、魔王陛下はとろけるようなにこやかな微笑みで見下ろした後、ぽん、と、灼熱の炎色の頭に手を当てると、
「お前に心労があるとは、それはまた面白いことを言うな。」
 いっそ、キレイサッパリと燃やしてやろうか?
 そう──耳元にひっそりと囁く魔王陛下の声に、カッフェは絶望に近い感情を、そ、とはき捨てた。
「………………誰のせいで心労を覚えてると思ってるんだか…………。」
 ──まぁ正直に言うと、この魔王陛下に出会うまでは、心労らしい心労を体験した覚えはないのだが。
 おかげさまで、その時までに覚えなくてはいけなかった心労のツケまで、支払わされている状態である。
「で、カッフェ? お前が忙しい中、ワザワザ休暇まで取って会おうと思った『同窓生』というのは、どこにいるんだ?」
 カッフェが入れた水の入ったグラスを掲げながら、微笑む魔王陛下の顔が、すこしばかりイヤミな色を含んでいるような気がしないでもなかったが、とりあえずカッフェはそれを見て見ぬフリをして、あたりを見回す。
「んー──それなんですけどねー、なんか、居ないように見えるんすよね……っていうか、なんでか知り合いっぽい顔がティティスしか居ないというか。」
 この場から庇わなくてはいけない張本人である魔王陛下が、自らの力で擬態をしているのなら、彼が彼だとばれないように気を使う必要はない。
 何せ、この世界の「神」とも言える魔王陛下の力に敵う人など、居るはずもないのだ。
 ティティスもまた、カッフェの前で優雅に水を傾けている者が魔王陛下であるなどと気づくことはないだろう。
 それが分かっていたから、カッフェは逆に魔王陛下の体をティティスとの間に壁として立って頂くことにした。
 コッソリと魔王の体に自分の体を隠すようにしてティティスの様子をうかがうカッフェを、魔王陛下は無言で見下ろした後、
「ティティス=グリニスというと、お前のライバルと自称している男だな。」
 チラリ、と、後輩たちに囲まれながら、なにやら談笑しているらしい男に視線を当てる。
 見事な青銀の髪と、その下で微笑む美貌には、確かに覚えがあった。
 数年前から仕官レベル5まで上り詰めることに成功して、時々魔王陛下の目の端に映る青年である。
 しかし、魔王陛下はそのことよりも、自分の愛玩道具であるところのカッフェに向かって、堂々とライバル宣言をした挙句、しょっちゅう彼に「魔王陛下カルトクイズ」で挑んでいる、という事実で覚えていた。
 確かこの間も、四天王の四人が昼食の合間にゲームをして遊んでいたときに、カッフェに勝負を挑み、カッフェがコテンパに負けていた覚えがある。
 そうだ、仕官レベル5に過ぎない人間に、四天王であるお前が負けてどうするのだと、その日1日、頭に水の入ったバケツを乗せて仕事をさせるという、非常にくだらない罰を下した覚えがある。──まぁ、フラフラしているカッフェを突付いて遊ぶのは楽しかったが。
「そーゆー言い方するから、ティティスは俺にケンカ売ってくるんですよ、へーか。
 もう少しこう、『あのグリニス家の息子か』とか、『士官学校卒業後すぐに闇の宮殿に仕官』とか、言ってやらないと。」
 っていうか、どうして俺がそんなことを陛下に進言しなくてはいけないのだろう?
 そんな疑問を抱きつ、魔王の腕の影から、コッソリとティティスを見つめたカッフェの台詞に、魔王陛下はニヤリと口元をゆがめて意地悪げに笑って見せた。
「シルバーと四天王試験を争ったあげく、お前の誤砲で重傷を負って、四天王最終試験に参加できなくなったティティス=グリニスだろう?」
────そう、魔王陛下が、「ティティス=グリニス」という男を、まともに認識したのは、あの時が始まりであった。
 そのおかげで、ティティスは四天王試験を受ける権利を永遠に失い、結局チマチマと地味に仕官レベルを上げるという行為に励むしかなくなったのである。
「……………………────え、あ、いや、だってあれは誤砲じゃなくって、陛下がアソコに向かって打てって……っ!」
「いや、見事だったな。あの誤砲は。」
 あくまでも「誤砲」と言い張る魔王陛下に、カッフェは大きく眉を寄せたが、何を言ってもムダなのは分かっていたからこそ、はぁ、と盛大な溜息でソレを押し殺した。
「ま、ティティスのことは今はどうでもいいや。見つかりさえしなかったらいいんだし。」
 それに、誤砲のことも、過ぎたことだから、忘れることにする。
 たとえそれがティティスが自分をライバル視しているのに拍車をかけた原因であろうと、過去を悔いてそれが無くなるわけではない。
 あっという間に頭を切り替えて、カッフェはあたりをキョロリと見回す。
「それよりも俺、知り合いを探さないとな〜。
 ココまで来て、会ったのがティティスと陛下だけじゃ、いつもと一緒じゃん。」
 ま、キースには会えたけど。
 そう心の中だけで呟いて、魔王陛下をちょうどいい死角の壁に使いながら、ティティスの視界に決して入らないように気をつけつつ、あたりをうかがう。
 けれど、講堂から溢れるほどの人の顔を、一つ一つ見分けるのは至極難しく、入れ替わり立ち代りしている人間たちの顔はどれも、カッフェの見知らぬ顔ばかりであった。
 このままココに居ても、友人たちとは顔を合わせられない気がする──やっぱり、ぶっつけ本番で同窓会にやってきたのは間違いだったか。
 ゆっくり友人を探そうにも、近くではティティス=グリニスが。
 そして目の前には一番面倒な邪魔な人が居る。
 カッフェは、チラリと魔王を見上げて、愛想笑いを顔一面に浮かべて、彼を見上げた。
「──陛下、退屈じゃないですか?」
──できれば、退屈だからと、さっさと帰って欲しいところである。
 だがしかし、陛下その人は、満足そうな笑みでカッフェに微笑み返す。
「いや。お前の行動はいつも面白いが。」
 心の奥底からの本気っぽい陛下の台詞のほうが、一枚上手であった。
「………………俺の行動ですか。」
 つまり、たとえどれほどつまらない場所であろうと、カッフェを見ているだけで楽しいと、そう魔王陛下はもったいないお言葉を下さったわけである。
 だがしかし、カッフェのその台詞にイヤそうな顔で呟き返すだけである。
「お前が居ない日は、退屈でしょうがないからな。
 どうだ、光栄すぎて困るくらいだろう?」
 そのイヤそうな顔がまた楽しいのか、魔王はクツクツと楽しげに喉を鳴らす。
 魔王陛下の機嫌がいいときほど、まともな目にあったことがないカッフェは、頭痛を覚えるのを堪えて、
「そーですね、もったいないお言葉すぎて、俺、真剣に四天王を辞めたいんですが。」
 そう、うんざりしたように答えてみた。
「気が向いたらな。」
 慣れた調子でそんなカッフェをあしらいながら、さて、と魔王陛下は改めてあたりを見回した。
 当たり前だが、姿写しの術で己の姿を隠している上に、魔力も隠している──同窓会会場にまぎれて立っているこの男が魔王陛下その人だと悟る人間は一人も居ない。
 ただ一人──カッフェ以外は。
 チラリ、と見下ろした先で、カッフェはイヤそうな顔を隠さず──それでも、周囲にキッチリと意識を払っている……魔王その人に何かあっては困るからこそ、公務モードになっているのだ。
 このような同窓会の場で、魔王陛下に指一本触れられるような者は居ない……そう分かっていても、魔王陛下がどこに在っても心身ともに健康であるようにするのが、四天王の役割なのだ。
 イヤイヤではあっても、伊達に最古参の四天王を勤めてはいない。魔王陛下が隣にあれば、きっちりと四天王としての役割を果たしている。
 そのカッフェの様子に、なぜか魔王陛下は不満そうに片目を眇める──ココまで見事に公務を果たそうとしてくれると、「罰」を与える機会がなくてつまらない。
 しかし、さすがは「カッフェ」。前代未聞の方法で四天王に着任しただけのことはあった。
 決して魔王陛下の期待は裏切らない。
 鋭い視線をあたりに向けた後、カッフェは最後にちらりとティティスを視界に写して──ふぅ、と短い吐息をこぼした。
 かと思うや否や、にっこりと笑みを浮かべて、魔王陛下を見上げる。
「陛下──俺、先に外に出てますけど、どーします?」
 アッサリとした一言であった。
「ん、気にするな。」
 そして、陛下のほうも、カッフェが「言いたいこと」が分かっているからこそ、あっさりとしたものだった。──いや、どちらかというと、表情をチリとも変えていない奥で、ほくそ笑んでいるに違いない。
 何事も無かったかのように水を飲み続ける魔王陛下の人並み外れた美貌を、しばらくカッフェは見つめていた。
 そして、たっぷり一拍置いた後、
「この講堂内に、陛下を害そうとする者の気配は感じられませんし、何より何かあったとしても、ソコにティティスが居ますから、大丈夫ですし。」
 カッフェは、陛下の「サラリとした一言」を無視して、淡々と語り始めた。
 ソコ、とチラリと顎しゃくったカッフェを横目で見下ろして、魔王陛下はニッコリと微笑みかけてやった。
「カッフェ?」
「はい、なんでしょう?」
 伊達に俺だって、陛下の側で色々な扱きに耐えてきたわけじゃない。
 カッフェは内心を見破られたことにギクリとしつつも、それを見事に隠しとおした。
 そう──こんなときに堂々たるフリをして、にこやかにしていれば、内心怯えていることは分からないものだ。
 ──それが、この魔王陛下その人に通用するかどうかは置いておき。
「ここで職務放棄をするなら、先一ヶ月、執務室で犬だ。」
「────────………………………………。」
 なんでもないことのように淡々と語った陛下の言葉が、しん、と二人の間に落ちた。
 その瞬間、脳裏に浮かんだのは、腰布一枚を身につけることを許された自分が、「貴賓」が立ち入ることもある陛下の執務室で、首に首輪をつけ、鎖もつけられ、傍らにみすぼらしい犬小屋と毛布と水入れとドックフードを置かれ──ひたすらその場にお座りをし続ける自分の姿であった。
 もちろん、その犬の間は、陛下により犬のような扱いを受けることになる。
 この際、時々同僚や女官長から、「カッフェ、お手」と、にこやかに言われることもある。
──過去を思い返せば、犬生活は仕事をしなくていいだけ気楽であったが、そうしょっちゅうしたいことではない。何せ、犬の間に溜まった仕事を、誰かほかの人がしてくれるわけでもないのだ。
 犬が終わったあとは、その犬の日々の倍の日数、自分の執務室にこもって仕事をし続ける日が待っているのだ。
 その、今までにも何度か味わった陛下の罰を思い出した瞬間、カッフェの脳みそは凍りついた。
 そして一拍後、
「職務放棄じゃないでしょうっ!? だって俺、今日は休みなんですよっ!!?」
 カッフェは、ココがどこであったのかも忘れて、思いっきり叫んでいた。
 ギリギリと拳を握り締め、思いっきり力説するカッフェを、
「俺がココに居る時点で、お前の休暇は返上だ──光栄だろう?」
 ニッコリ、と微笑む魔王陛下に、カッフェは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 ココで、ふざけるなっ、と言って拳を叩きつけることもできる。──が、それは相手が魔王陛下ではない時だけだ。
「────…………俺の休暇…………。」
 ガックリ、と肩を落としてカッフェは名残惜しげにその響きを噛み締めた。
 この時点で休暇が返上されると言うことはすなわち、どう考えても魔王陛下を王城へ返すまでが自分の責務になってくる。
 つまり、帰りに自宅によってキースと遊ぶつもりだったカッフェの願いは、また何年かごしのユメと消えてしまうわけである。
「あーっ、もう、しょうがないから、最後まで付き合いますよ、陛下。」
 忌々しげに舌打ちをして、カッフェは無言で空になったグラスの中に、真新しい水を作った。
 グラスに冷ややかな汗を掻くほど冷えた水は、カッフェの陛下への忠誠心というよりも、ただのイヤミであろう。
 手近な空のグラスを手にして、カッフェもソコに水を作り上げると、溜息を飲み込むように水を飲み込んだ。
「休日返上してまで陛下に付き添うことができて、俺ってばなんて果報者なんでしょーねー。」
 まるで心のこもっていない台詞を吐いて、カッフェが舌先で唇についた水を舐めた瞬間であった。
 ビリッ、と、耳元で何かが爆ぜた気がした。
 思わずカッフェは神経を尖らせ、一瞬で魔王陛下の周囲に、それと悟られぬよう熱のバリアを張り巡らせる。見た目には何も見えないが、触れた瞬間相手が燃え上がるほどのバリアである。
 カッフェはそのまま、手にしたグラスをいつでも投げれるように、その「殺気」目掛けて振り返った。
 一見何も気負ってないように、さりげに魔王陛下を背に庇うように──。
「いったい誰……だ………………。」
 キッ、と、眼差しきつく振り返った先。
 ビリリっ、と、目の前で何かが爆ぜた。
 鼻先で光ったソレが何なのか悟った瞬間、カッフェは血の気が引くのを覚えた。
 同時、パリンッ、と、耳障りな音がして、カッフェの手の中でグラスが弾ける。
 しかしそのグラスの破片は、そのまま床に落ちることなく、空中に停止していた──まるで、時が止まったように。
「──ほぉ、なかなか優秀な雷能力者だな。」
 感心したような魔王陛下の声に、それはもう、殺気の相手が誰なのか知った時点で、わかっていることだと、カッフェは思った。
 思うと同時、まだ手の中に残っていたグラスの足から手を離す。
 同時にそれは、バチバチっ、と小さく音を立てて、ほかのグラスの欠片と同様に、空中に浮いた。
 良く見ると、ほかのグラスの欠片にも電気の帯がまとわりついているのが分かった。
 すなわち。
「………………カッフェ………………。」
 低い声で、名を呼ぶ主。
 怒りのあまりか、彼の髪がバチバチと帯電して、美しく輝いていた。
 周囲に群れていた者が、すべて恐れおののくように輪を描いて遠巻きにしている。
 その中央に佇む青年が、一人。
 冷ややかな眼差しで、カッフェを睨みすえていた。
「…………ティティス………………。」
 うんざりした声で、うんざりした態度で、カッフェは先ほどまで逃げ続けていた人物の名を呟いた。
 かくして、向けた視線の先には、思ったとおりの人物がいた。
 つい今の今まで、魔王陛下の体をも使って隠れていた相手である。
「──悪いけど、俺さー、今、職務中なんだよな。
 因縁つけるなら、明日にしてくれ。」
 バチバチと音を鳴らし続ける空気中の帯電に、フワリ、と自分の髪さえ巻き込まれるのを感じつつ、カッフェは小さく溜息を零す。
 こんな母校の講堂で──しかも今は、よりにもよって魔王陛下付きだ──ティティスとやりあうつもりはない。
「職務中? さっき、休暇中だと怒鳴っていたのは、誰だ?」
 ぎり、と、鋭い眼差しをくれられて、思いっきりカッフェは不満を彼にぶつけたくなった。
 しかしそうすると、自分が背後に庇っている男が誰なのかから説明しなくてはいけなくなり、そんなことをすれば、この場は大パニックになることは間違いない。
────あー、もぅ、陛下が勝手にこんなところにこなかったら、話は早かったんだけどなぁ。
「休暇中だったんだけど、職務になったって叫んでたんだよ──あー、ココに通行人に。」
 クイ、と親指で魔王陛下その人を指し示す。
 こんなことを闇の宮殿内でしようものなら、四方八方から命がけの制裁が飛んでくるが、この場ではそんなことはなかった。──代わりに、魔王陛下がニッコリと笑うのが見えた。
 ティティスは、そんな魔王陛下を不審そうに見た後、チラリ、とカッフェに視線を向けた。
「通行人?」
 いぶかしげな表情になるティティスに、カッフェはいろいろと言いたいことがあったが、それをすべて飲み込んで、そう、と頷いてやった。
「同級生に会いに来たんだけど、誰とも会えないから、こうして寂しく見ず知らずの通行人と話してたんだよっ。」
「……ほぉ、見ず知らずの通行人。」
 カッフェの、どこかヤケになった叫びに、魔王陛下が小さくつぶやく。
 その囁きに秘められた物騒な響きに、なんだか肌がざわざわと粟だったが、カッフェはそれを無視して、ティティスに無理やりな笑顔を浮かべて見せた。
 本人は、ココをなんとか乗り切るつもりでさわやかな笑顔を浮かべたつもりであった。
 ティティスは、剣呑な光を目に宿し、カッフェを睨みすえる。
「カッフェ……お前、何をたくらんでいる?」
 声も一段低くなり、何かを警戒するような響きが宿る。
 そんなティティスに、カッフェは愛想笑いを浮かべて首を傾けた。
「そんなことはないぜ?」
──たくらんですむことならば、とっととこの場から逃げることを、すでに実行している。
 まだバチバチと全身から雷の波動を飛ばし続けるティティスに、うんざりした表情を隠しもせずに、カッフェは自分の手元まで飛んできた火花をペシリと叩き落とす。
 何気ない仕草だが、現在遠巻きにしてことの次第を見守っている「士官学校OB」が同じことをすれば、すぐさま感電死か炎上死してしまう、危険な行為である。
 シルバーがいてくれたら、風を操ってこの帯電天国を一瞬で消し去ってくれるだろうに──と、カッフェは飛んでくる雷の高電圧から魔王陛下を庇いつつ、逃げる算段を頭の片隅で考え始める。
 そんなカッフェを、ス、と眇めた目で睨みつけて、ティティスはバチッ、と一際高い音を立てて頭上で雷を鳴らした。
「職務中、同級生──導かれる答えは一つだろう?」
「…………は?」
 何のことだと、怪訝げに眉を寄せたカッフェに、ジリ、とティティスが脚を一歩踏み出す。
 同時に、全身から吹き出る雷のオーラを隠そうともしないティティスの足元で、バシンッ、と床が爆ぜた。
 そんなティティスの様子に、周囲が、ざわ、と声を上げる。
 ティティスが対戦モードに入っているということは、誰の目にも明らかだった
──そして、その視線の先に立つのが、カッフェだということも。
「……えーっと……何が、一つ?」
 しかし、その視線の先にいて、びりびりと殺気を浴びているティティスは、怒りの波動を抑えることもせず──カッフェから視線をはずさず、低く、ののしるように呟く。
「しらばっくれるな──……、お前、そのような幼稚なウソで、俺を騙せると、本気で思っているのかっ!?」
 ビリッ、と、空気が震えるような声だった。
 同時、バシンバシンッ! と、頭上で空気が音を立て、テーブルの上でグラスが次々にはじけていく。
「キャーッ!!」
 悲鳴が轟き、恐怖におびえた数人が出入り口に向けて飛び出していくのが見えた。
 それを見やりながら、カッフェは小さく舌打ちして顔をしかめる。
「ティティス! こんな場所で、何を考えてるんだ、お前……っ!」
「お前が人のことを言えるのかっ!」
 ティティスは、何を考えているのか、キッとカッフェを睨みつける。
 そのティティスの険の篭った眼差しを受けて──あぁ、この視線を受けるのも、士官学校を卒業して以来、数えるのも飽きるくらい受け続けてきて、いまさら脅威に感じることはない──、「オマエがヒトのコトをイエルのか」って、オマエ……と、カッフェは周囲をちらりと見回した。
 どう見ても、ティティスの方が、迷惑をかけているようにしか見えない。
「──まぁ、あれほど憤っているにも関わらず、被害が対人に及ばないように制御しているあたりは、さすが仕官レベル5と言ったところか。」
 背後で、冷静に──いや、面白がって事の成り行きを見守っている魔王陛下が呟くのが聞こえた。
「って、そんなこと褒めてないで、止めてくださいよっ、陛下っ。」
 思わず噛み付くように背後の魔王陛下に向かって小さくののしると、彼はカッフェを面白そうに見つめて、優雅な仕草で腕を組むと、
「なんとかしてもいいのか?」
 嫣然と微笑んでくれる。
 その、「待っていた」とばかりの微笑みに、カッフェはなんとかするなら早くしろ、と言いかけた言葉を、ぴたり、とつぐませた。
「……いえ、何もしなくていいです。
 『部下』の不始末は、俺の責でした。」
 クルリ、と完全に魔王陛下に背を向けて、ついでとばかりに彼の周囲に熱の障壁を張り巡らせる。
 魔王陛下が言ったとおり、ティティスは「人」を傷つけるようなヘマはしてないようだが、コントロールが狂うということもありうる。
 そうして、コントロールが狂った瞬間に、魔王陛下を力の破片がかすめでもしたら、その咎は絶対、ティティスではなくカッフェにくるのは、過去の経験上、分かりきっていた。
 今だって、そうだ。
 「仕官レベル5」の仕官人の咎は、その上司に当たる四天王の責。
 今この場で、カッフェが魔王に助けを求めるということは、自分の監督不行届きを認めることになる──つまり、宮殿に帰ってからの「お仕置き」が決定してしまう。
 コレで処罰の内容が「四天王から降格」なら、喜んでカッフェは次々に事件を起こして行くのだが、基本的に罰は「他の四天王の仕事の持ち回り」だとか、「光の宮へお使い」だとか、嬉しくないことばかりである。
 改めてカッフェはティティスに向き直り、なぜか怒り心頭のティティスを落ち着かせようと、両手を挙げて、
「ティティス、とりあえず場所を変えようぜ……こんなところで、バチバチやるわけには行かないだろ?
 表に出よう。」
 クイ、と──まるで場末の酒場か何かで、相手にケンカを売っているような台詞だな、と我ながら思いながら、カッフェは出入り口の辺りを顎でしゃくる。
 同時に、コレで魔王陛下もようやくココから連れ出すことが出来る、と、心ひそかに拳を握り締めた瞬間、
「そこでまた、先ほどのように逃げる気か?」
 カッフェの計画を、鼻で笑うようにティティスが拒否してくれた。
 バチバチ、と一際大きく鳴った火花に、近くにいた女が悲鳴を上げて床に伏せる。
「この場に居る者たちにはすまないが、お前が逃げないために協力してもらう……お前の、そのくだらん悪知恵を、陛下にご報告申し上げないといけないしな。」
 カッフェを威嚇するためだけに、あたりに浮遊している電気の塊を一瞥して、カッフェは眉を寄せてため息をこぼす。
 陛下にご報告も何も、その当の魔王陛下は後ろに居るんすけど。
 しかし、そんなことを丁寧に教えてやるわけにも行かず、カッフェはガリガリと髪の毛を掻き毟って、
「悪知恵……って……同級生に会うために、休み取ったのが悪知恵かよ…………。」
 それだけ、呟いた。
──そうだ、自分は卒業してから一度も参加したことのない、「同窓会」に参加して、卒業してから一度も会っていない同級生たちと楽しい時間をすごしたいと、ただそれを求めただけなのだ。
 なのに、ティティスは出てくるし、陛下はやってくるし、なんかケンカ売られて、イチャモンつけられるし。
 俺の休暇は、一体どうなっているのだと、叫びたくなってもしょうがないと思うのだが──。
「だから、いい加減──そのくだらない『言い訳』はやめたらどうだ、カッフェ?
 ウソは突き通しても、ウソにしか過ぎないぞ。」
 バカじゃないのか、と──あからさまな嫌悪を浮かべて諭すティティスに、カッフェのほうこそ、何のことなのかいい加減説明してくれ、と聞きたくてしょうがなかった。
 同窓会の会場で、これほどの騒ぎを起こして……立場が悪くなるのは、ティティスの方じゃないのか、と……だから、やはり話し合いのための場所を移そうじゃないかと──第三者さえ居なかったら、自分が背後に庇っている『通行人』が実は魔王陛下だと、ティティスにばらすことも出来る──、、カッフェが口にしかけた瞬間、
「ティティスさまっ! な、なんだか分かりませんけど、俺たち、我慢しますからっ、だから……そ、その犯罪者を捕まえてくださいっ!」
「私たちは大丈夫ですからっ!!」
 講堂に居る仕官学校OBたちから、そんな好意の声が、ティティスめがけて降り注いだ。
 ワッ! と、歓声に包まれた面々が、必死に恐怖と戦いながら、そう叫ぶ様には、
「わー、すごいなー、ティティス。人気者じゃーん……って、なんで俺が犯罪者なんだよっ!」
 カッフェも、のんきに天然ボケをしている余裕はなかった。
 思わず裏手で何もない空気に突っ込んだカッフェの背後で、クツクツと、それはそれは楽しそうに、麗しく魔王陛下が笑ってくださった。
「──まったく、飽きないな、お前は……炎の四天王が、犯罪者扱いか……。」
 声を震わせ、低く笑う魔王陛下に、フルフルとカッフェは肩を震わせる。
 けれど、そのカッフェを、ビシリ、と指差し、ティティスは堂々と宣言する。
「お前の行動は、犯罪そのものだろう、カッフェっ!
 よりにもよって、同級生に会いに同窓会に来たなどと──公務だなど、ウソをついて……この恥知らずがっ!!」
 ビリリッ! と──講堂中の空気が音を立てて震えるほどの迫力のある、声だった。
 その響きに、床にしゃがみこんでいた娘たちが、両手を胸にあてて、うっとりとした眼差しをティティスに降り注ぐ。
「…………? 犯罪って……ちょ、おい、待てよ? 俺が一体何をしたって言うんだ……?」
「だがな、カッフェ。俺が今日、この事件の捜査に借り出されたことを、不幸に思うんだな。
 ……まさか、お前が犯人だとは──まったく、忌々しい。」
 端正な顔をゆがめて、吐き捨てるティティスに、カッフェは右手でクイクイと宙を掻いた。
「……って、あのー、もしもーし? 俺を無視せずに、ちゃんと説明してくれってば。」
 ティティスは何事か理解しているようだが、カッフェはサッパリ分からない。
 いくら四天王とは言え、今日のティティスがなにの仕事でココに来ているのかなんて、把握しきれるものではないからである。
 今のティティスの台詞で分かったことといえば、彼が本日、「公務」で士官学校を訪れていた……ということくらいであろう。
 それも、何かの「事件」がらみで。
「──士官学校で起きてる事件って、何かあったか?」
 首をかしげて考えてみるが、基本的に士官学校のことなど、四天王の管理管轄外である。
 もしかしたら何かの報告書に書いてあったかもしれないが、物覚えが基本的に良くないカッフェは、頭の隅に掠める何かを掴み取れることはなかった。
 首をかしげ続けるカッフェに、しらばっくれても無駄だ、と言い捨てると、ビシリ、とティティスは彼を指差し、
「お前が、この卒業生の中から有望な芽を摘むという……あくどいことをしている張本人だとはな、見下げた根性だっ!!」
 堂々と、叫んだ。
「…………ぁ?」
 間の抜けた抑揚で、顔をゆがめたカッフェの声は。
「なっ、なんですってーっ!!?」
「こいつが、数年前から、俺たちの中にウソ情報を流して霍乱させていた張本人……っ!?」
「それじゃ、去年の伯爵の試験のウソを言ったのも、この人なのっ!?」
「それどころか、おととし、有望株が試験を受けるのを邪魔するために、同窓会の帰りに怪我をさせたというのも……っ!」
「渡される書類を改竄したというのも……っ!?」
 講堂中から沸いた、憎しみの轟音によって、掻き消えた。
 それどころか、カッフェは、自分たちを囲うように立っていたOBたち一同から、殺気を向けられる。
 全身をびりびりと刺激する、不快な感情の的にされたカッフェは、大きく顔をゆがめると、目の前で嫌悪の表情をあらわにしているティティスを凝視する。
「……って──何のことだよ、一体?」
「しらばっくれても無駄だ。
 お前がウソをついてココに居ることが、何よりの証拠だろう?
 お前は、数年前から、この同窓会会場にウソの情報を流したり、闇の宮殿に仕官する実力を持っていそうな人間を、排除していた──お前の地位を、揺るがす人間が出ることを恐れてなっ!」
 あまりに堂々と宣言するティティスの声に、さいてー、だとか、信じられないっ、だとか言う憎しみの篭った周囲の声が続いた。
 そうして、その声と視線と感情を一身に受ける立場になったカッフェは、あまりといえばあまりにあきれ果てる事実に、声を失って呆然と立ち尽くしていた。
────…………っていうか、一体どこにそんな暇が、俺にあったと…………?
 カッフェの同僚である他の四天王たちが、朗々と語りあげるティティスを見ていたら、「カッフェに罪をなすりつけようとしているティティスこそ怪しい」と言っただろう。
 しかし、当然カッフェはそこまで頭が回らなかった。
 回らなかったというか、理解できていなかった。
 ようやく回り始めていた頭が、言われてみれば、最近同窓会で有望な芽を摘み取ろうとしている動きがあるらしいから、一人調査に遣した、という話を……昼食会のときに、リヴァンがしていたような、していなかったような。──という事実を思い出したくらいで。
「つぅか、俺、個人的に言えば、将来有望株はザックザク出てきて、さっさと代替わりしたいとこなんだが。」
 出来ればもう、四天王制なんてやめて、12使徒制にするとか。
 そんなくだらない提案をしてきては、魔王陛下に綺麗な笑顔で却下を食らっている身としては、ティティスの言いがかりはひどく理不尽のはずであった。
 周囲から向けられる殺気は、これ以上ないくらいに痛いし、見える範囲には、やっぱり知っている同級生は居ないし。
 さしものカッフェも、いい加減うんざりしてきて、髪を掻き揚げながら、ティティスを見上げる。
「証拠も何も──ティティス、お前さぁ、『公務』で、『同級生に会いに来た』って言うのが、ウソだって思うんだよ?」
 その、苛立ちを混ぜたカッフェの疑問に答えるティティスの声は、ひどくバカにした響きが宿っていた。
 彼は、腰に手を当てて、堂々とカッフェを睨みながら。

「バカか、お前は?
 数十年前に卒業したお前の同級生が、未だに同窓会に参加など、しているはずがないだろうが!」

 よく考えてみたら、ひどく、当たり前すぎて、どうしようもないようなことが、現実であった。
「……………………ぇ?」
 だがしかし、その、どうしようもないほど当たり前のことが、カッフェには理解できていなかった。
 彼は、目を見張り、凝固し……ぎこちなく、あたりを見回す。
──最初から、見知った顔が居ないとは、思っていた。
 同級生に会うと言ったカッフェに、アルタミラが首をかしげていた。
 魔王陛下が、「誰に会うのか見ようと思って」と、いけしゃあしゃあと言っていた。
 つまり、そのすべての答えが。
「──で、カッフェ? お前の『同級生』とやらは、結局ティティス=グリニスだけなのか?」
 絶妙のタイミングで、にこやかに突っ込んでくれる魔王陛下の、楽しげな口調が物語っているような気がした。
「──……えぇぇぇ……?」
 すなわち。
「……────骨折り損の、くたびれもうけっ!!!?」
 思わずカッフェが、全身で絶叫するようなコトこそが……現実であると。


 クラリ、と。


「……ウソ、だろ?」
 眩暈が、した。
 ガンガンと、頭の中で警鐘が鳴っているかと思うほどの、頭痛まで覚えた。
 自分のバカさ加減は知っていたつもりだったが、そこまで考えが及ばなかった。
 言われてみれば、確かにそうだというのに、まるで、気づかなかった。
 士官学校を自分が卒業したのは、確かにん十年前だ。
 自分たちにとっては、めまぐるしいまでに過ぎ去った時間であり、つい先日のようにも感じていたが──宮殿に仕えていない者にとっては、家庭を持ち、手に職をつけるには十分な時間なのだ。
 ん十年も経過していてもなお、職が決まらず──もしくは、落ち続けた各宮殿への仕官を、望み続ける者など、居るはずもない。
 つまり、今、カッフェの同級生たちが、「職を求めるための情報収集の場」たる同窓会に、参加などするはずがないのである。
 ワンワンと耳鳴りすら覚えるカッフェに、
「有意義な休みだっただろう、カッフェ。」
 にこやかに……悔しいくらいににこやかに、魔王陛下が語りかけてくれた。
「…………うぅぅぅ……。」
 周囲からの、非難の声と、目の前のティティスの憎しみの眼差し──さらには、魔王陛下の背後からの嬉しげな波動を受けつつ。
「俺って、救われてない……。」
 カッフェは、それでもこの状況から魔王陛下を連れ出して、うまくコトを収めるために働かなくてはならない自分に、こっそり涙を落とすのであった。


















THE ENDv


大変長らくお待たせいたしました……。
5周年企画、ありがとうございます小説、オリジナル「ダークメイズ」……ようやく、完結いたしました。

うぅ──な、長かった〜(><
さらに途中で二回もパソコンクラッシュしちゃって……本当に、お待たせいたしました!

色々ありまして、メールでのお届けが出来なくなってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたらいいな、と……思います。

最後までお付き合いありがとうございました!




ちなみにこの後のカッフェ。





「カッフェ、お前、この間、思いっきり士官学校の天井を吹き飛ばしたらしいな。」
「うっ。」
「しかも、その場に居た人間を人質にとって逃げたんですって?」
「それも、あのティティス=グリニスの前で。──何やったの、カッフェ?」
「うぅ……っ!」
「陛下はしばらく上機嫌だったけどな。」
「そうね、しばらく上機嫌だったわ。よっぽど楽しんだみたいだけど。」
「……お前らな、何が起きたか分かってて、聞くなーっ!!」
「でも、おかげであの後、同窓会の邪魔をするおかしな事件はなくなったらしいから、それはそれでいいんじゃないかな?」
「良くないーっ! アレのおかげで、俺は未だにティティスに、やっぱりあの事件はお前の仕業か、とか、そんな犯罪しておいて、よくまだ四天王で居るもんだな、とか、色々いやみ言われてるんだぞーっ!!」
「講堂吹き飛ばしたのは、犯罪だよな。」
「だよね。」
「そうよね。」
「って……だってアレは、ティティスがそこらに帯電子を放り出してて、さらに言えば、周囲を敵意が囲ってて……陛下さえ居なかったら、強行突破したけど、そーゆーわけにも行かなかったから、陛下連れて、天井吹き飛ばして逃げただけじゃんかーっ!!」
「派手な爆発だったらしいわね。」
「しばらく学校は休校だったらしいぞ。」
「うぐっ。」
「わー……カッフェ、やりすぎだよ、それ。
 もう少し自分の力が強いってこと、考えないと。」
「うぅぅぅ。」
「しかもカッフェったら、犯罪者だと思われてるから、あと数十年は士官学校に顔を出せないわよねー。」
「だよね。」
「だな。」
「うううううううう。」
「──まぁ、あの騒ぎでいいことがあったとすれば……、同窓会事件の犯人が、ティティスがこの事件に乗り出していることを知って、それ以降はおとなしくなった……ってことくらいかしら?」
「うううう。」
「カッフェ、良かったね。
 ある意味、お手柄じゃないか。」
「な。」
「嬉しくない……。」




相変わらずな様子デス(笑)。