プール激戦区にいらっしゃいっ!

1主人公:スイ=マクドール



「プールを作ろうと思う。」
 それは、最終決戦も間際に控えての軍事会議での、軍主の第一声であった。
 いつも軍主を止める役割にある軍師は負傷のため、姿をあらわしておらず、第一軍師を欠いての、緊張の会議の第一声は――緊迫感のひしめいた室内に、とても良く響いた。
「……………………………………………………プール?」
 かろうじて、彼のとっぴな行動に慣れているクレオが、末席から声をあげた。
 それに、当たり前のように少年は肯いた。
 貴族かくやと思わせる優美な仕種であったが、普段の彼の態度を知っている幹部達は、ため息ばかりをこぼすのであった。
「プールというのは、何だ?」
 いぶかしげに眉を顰めるのは、レオン=シルバーバーグ――宣言した少年の副軍師であった。
 その台詞に、あ、という顔をした幹部連に対して、聞かれた少年は、ここぞとばかりに微笑みを広げた。
「水を溜めて、そこで身体の療養をしたり、身体に負担をかけずに運動をしたりする施設だよ。」
 その軍主の説明を聞いていた幹部連は、完全に違うわけではないが、ちょっと違う説明を聞いて、何ともいえない表情をしてみせた。
「ほう、温泉とは少し違うので?」
 興味を示したらしいレオンに、彼はさらに素晴らしい笑顔を浮かべて見せた。
「そう。身体に負担をかけず、筋肉をつけたり、体力を養ったりするのは、温泉にはできないことだろう? 他にも、水泳の訓練をしたり、と、いろいろ使い道はある。
 最後の最後でこんな提案をするのも、無駄だと思うかもしれないけど、最後に備えて、兵たちの体力を養うには、ちょうどいいと思うんだ。」
 本当の、本当のところはどうなんだ、と、副リーダーは突っ込みたそうにしていたし、ビクトール自身も何やら突っ込みたそうに口を開いていたが、それを全て黙視で黙らせて、スイはさらに言葉を続けた。
「それに、温水プールや、海水の水をひいたりすることで、身体にも良い物も出来る。これには、リュウカン医師も賛成している。」
 ほほう、と感心しはじめるレオンだとか、カシム=ハジルだとか、ミルイヒ=オッペンハイマーだとかの顔を見ないようにしながら、ソニア=シューレンが意見をするように手をあげた。
 不本意そうな表情ではあったが、これは一つ言っておかなくてはいけないと、そう思ったらしい。
「場所はどうする気だ? これ以上このシュタイン城に、施設を増やせるとは思えないが。」
 もっともな意見に、それはそうだ、とレパント達が顔を見合わせる。
 その意見はもっともだと言いたげに、スイが大きく肯いた。その鷹揚な仕種から分かることだが――彼はそれくらい、お見とおしというわけである。
 ソニアにとっては、いやなことこの上ないが、昔からいたずらが好きなこの悪餓鬼は、無謀に色んなことを口にすることはないのである。口にする以上、最後までやり遂げるための術は揃っているはずである。
「二つの塔の間に、防水性の布を張って、そこに水を貯めるとか――ああ、そうすると景色もいいよねー。」
「ばぁっ、ばかか、お前はっ!」
 ばんっ、とフリックがたちあげるのに、
「嘘に決まってるだろ、面白そうだけど、さすがにそこまで耐性のある布を調達するのは難しいしね。」
 そういう問題でもないだろ、というビクトールの無言の圧力を無視して、スイは話を続ける。
「場所は、船着き場の近くの地面にしようと思うんだ。地面を少し掘って、固めて、水を入れる。――どうかな?」
「ああ、なるほど。あのあたりの場所は残っていましたからね。」
 感心するクワンダ=ロスマンに、クレオは密かにこぶしを握って、何とかしてこの無謀な計画を何とかしなくては、と挙手する。
「ですがスイ様。今この時期に、人員を割き、作るのは厳しいかと思われますが?」
 手をあげた彼女に、スイは意味深に笑い、クラウリー達魔術師連に視線を当てた。
 ジーンが、その視線に答えるように、うっとりとした微笑みを浮かべた。
「うふふ…………地面を掘るのは、簡単よ? 大地の紋章も、水の紋章も、クラウリーさんにかかれば――ねぇ?」
 無言で首肯するクラウリーに、なんで現世の面倒ことは嫌いだと言っておきながらっ! と、クレオ達はきつくこぶしを握った。
「それに、水を貯めた後に固めるものは、ルックがゴーレムを呼び出してやってくれるらしいしね。」
 しれっとして続けるスイに、やはり、やりたいことをやるためには、完璧に準備をしているのだな、と、一同はため息をこぼさずにはいられなかった。
 つまり、これはほとんど――事後承諾のようなものなのだ。
「――――正直に言ってくれ。本当のところは、何がしたいんだ?」
 このままでは、話し合いが何も進まないことを感じながら、ビクトールが先を促す。
 嫌でしょうがないようであったが、納得しないと、このまま問答を続けて止まらないのも分かっていることであった。
 スイは、机にかけている面々をゆっくりと見回した後、
「第一回 スイ=マクドール杯、一位賞品は、戦争終了後、好きなアイテムを十個まで獲得――ってことで。」
 にっこりと笑って――瞬きの手鏡などを掲げて見せるのであった。


 かくして、次の朝には見事なプールとプールサイドがお目見えとなったのであった。
「ねぇねぇ、聞いた? アイテムもらえるって話! 私、トウシューズ欲しいのよねっ!」
 ミーナが目を輝かせて、酒場のテーブルに乗り出せば、
「なんでもいいんだよね? それなら、からくりっ! からくりの紋章っ!」
「て、もう付けてもらってるじゃないのよ。」
「もう一個持ってるんだよ、スイさんはっ!」
 ぴし、と指で指し示した後、メグは目の前のジュースをすすった。
 水滴が滴るグラスを眺めて、ミーナはなるほど、と肯いた。
「結構みんな欲しいものあるらしいね。ほとんど全員参加だって言ってた。」
 ずずずず、とジュースをすすって、ロッテが同じテーブルについているみんなの顔を見回した。
「そういうロッテは欲しいものとかあるの?」
「うーん? 特にないかな? あ、でも、魔の紋章片があまってるとか言ってたっけぇ。それ欲しいなぁ。」
 ロッテは、抱えていたミナを撫でながら、軽く首をかしげる。
 にゃぁ、と腕の中で鳴いた猫が、小さく身じろぎするのに、何か欲しいものあるの、ミナ? などと声をかけている。
「それじゃ、みんな参加するの? ――カスミちゃんは?」
 メグが、先ほどから真剣な表情でメニューを見ていた忍者の少女を見た。
 彼女は、軽く目を見張った後、
「え…………い、いえ、特にない…………ですけど――あ、でも、イワノフさんが…………い、いえっ! なんでもっ!」
 そんな、私なんかが――と、口をモゴモゴさせる彼女の望みなど、聞かなくてもわかった。
 赤面した彼女の表情と、口にしてしまった「イワノフ」の台詞に、ああ、と、少女達は肯く。
「スイさんの肖像画ね。」
「そういや、そんなもの描いてたらしいね、あの人。」
「カスミちゃんも、欲しいなら複製画頼んでおいたら?」
「だっ、だから、そんなものじゃないって…………っ!」
 慌ててメニューをバサバサさせて、カスミが反論するが、真っ赤な顔がそれを裏切っている。
 分かりきってることなのにねぇ、と、少女達がニヤニヤ笑っていると、
「あれ? 何みんな集まってるの?」
 テンガアールが、いつものようにヒックスを引きずってやってきた。
「テンガっ! テンガこそ、今日もヒックス君のお世話?」
「ううん、今日は違うんだ。ほら、例のプールの試合。ヒックスに、あれに参加してもらおうと思って。」
 くい、とテンガアールは酒場のカウンターを指差す。
 そこで、受け付けをしているのである。
 マリーがいつもの陽気さで、臨時の受け付けをしている前に、何人かの人間が集まって参加帳にサインをしていた。
「ああ、なるほど、ヒックス君、今日もお疲れv」
 ぽんぽん、とメグがヒックスの肩をたたく。
 彼は情けなさそうな顔をして、眉を顰める。
「べ、別に欲しいものなんてないんだけど――。」
 テンガアールが、と続ける声は、美少女達によって、そっくりかき消された。
「そういえばっ! シーナがさ、遠眼鏡欲しいって言ってたのよっ!」
 メグが、きりり、と目つきを鋭くさせて叫ぶと、おとなしくジュースを飲んでいたアップルが、嫌そうに顔をしかめる。
「もしかしてあの人、いかがわしい目的で…………っ!?」
 恐らく、そうであろうことは、彼の普段の女好きを見ている女性達には疑いようもなかった。
「ゆるせなーいっ! 何よ、それぇっ! ヒックス君っ! シーナにだけは、負けちゃだめよっ!」
 ロッテが唇を歪めて、ヒックスを睨む。
 そのあまりの瞳の強さに、ビクビクビクビクっ! と、ヒックスは震えた。
 そして彼は大きく何度もうなずいた。
「う、うん、わかった…………。」
「よしっ! それじゃ、ヒックスっ! さっそく参加させてもらいに行こうっ!」
「うう…………わかったよ、テンガアール。」
 ため息をこぼして、ヒックスは、せめてそれなりの順位になるように、練習しようと誓う。
 もっとも、明日ある大会まで、どれほど上達するかは分からなかったけれども。
「あれまぁ、結局ヒックス君も参加するのかい?」
 参加者を書いているノートを片端から開けて、マリーがクイクイ、と白い紙面を指差し、ペンをヒックスに渡した。
 嫌々ながらそれを受け取った彼は、しぶしぶペンを走らせた。
「ええ…………欲しいものなんて、ないんですけど――。」
「そりゃお気の毒に。ま、優勝者には、ちゃぁんと賞品があるさ。ちなみに、スイが言っていたけど、瞬きの手鏡だけは、優勝者にしかあげないってさ。」
「…………それまで景品なんですか…………。」
 はぁぁ、とため息をこぼして、ヒックスは名簿をぺらぺらとめくった。
「へぇ、フリックさんも出るんですね。」
「ああ…………スイが持ってる、オデッサさんのイヤリングが欲しいらしいね。」
「あれ? ルック君の名前もある。」
「それはね、石版もアイテムだとか言われて、参加せざるを得なかったんだって。」
 ひょこ、と顔を覗かせたのはビッキーであった。
 彼女は、さりげない動作でヒックスからペンを受け取ると、そのまま参加者の欄に名前を書いた。
「え? 何、ビッキーも参加するの?」
 テンガアールが驚いたように瞳を見開くのに、彼女はこくん、とうなずいて、
「だって、すりぬけの札って、迷子になったときに、便利じゃない?」
 そう、続けた。
 彼女の普段の「そそっかしさ」を知っている一同は、ああ、なるほど――と、思わずにはいられなかった。
 つまり、どこかのダンジョンに出たときに、使うのであろう。
 ビッキーに限って言えば、すりぬけの札は、いくらあっても足りないのである。
「それじゃ、僕も参加しようかな? ちょうど、防具とかほしかったし。」
 思ったよりも大勢女の子が参加することに気付いたテンガアールが、自分の口元に指を当てて考える。
「防具? どうしてよ? ヒックス君に守ってもらえばいいじゃない。」
「……………………………………………………………………………………。」
 テンガアールは、微妙に微笑みを広げて、ふっ、と笑った。
 どうやら、何か思うところがあるらしい。
「あ、ねぇ、マリーさん? 男と女も一緒に泳ぐの?」
「まさかぁ。」
 話をずらすかのように尋ねたテンガアールに、朗らかにマリーが笑って否定する。
「ちゃんと、1から3コースが男性用、4から6コースが女性用だって、決まってるよ。」
 軽く返ってきた答えに、なるほどぉ、と頷いたビッキーが、参加簿を見つめながら、尋ねた。
「たくさんの名前…………もしかしてみんな参加するのぉ?」
 のほほーんと尋ねられた声に、そうだねぇ、とマリーが参加簿をめくる。
 一枚、二枚――と、帳簿を埋め尽くす名前を流し見て、ふむ、と唸る。
「そうだねぇ…………名前書いてない人を捜す方が早いかも――。」
「えーっと――ライバル候補っていうとぉ…………。」
 隣から顔を覗き込ませたメグが、マリーが手にしている帳簿を指先でたどる。
 女性の名前を辿りながら、ふ、と手を止めた。
「――ソニアさんも出るのっ!?」
「うっそっ! 水軍元頭領がっ!?」
 慌ててテンガアールも覗き込み、そこにある名前に顔をしかめる。
 これは、勝ち目望み薄かと、お互いに顔を見合わせたその瞬間、
「ああ、ソニア様はね、それほど泳ぎがうまいわけじゃないから。」
 マリーがそう教えてくれた。
「え、えええええーっ!!? うそうそ、ほんとにっ!?」
 驚いたように目を見張るメグ達に、マリーが朗らかに笑った。
「そうそう。とはいうものの、普通の人に比べたら、相当泳げる方だよ。」
「あー…………やっぱり。」
 がっくり、と肩を落とすテンガアールは、そんなに泳ぐのが苦手なんだろうか?
 彼女は、そっと顔をあげて、ヒックスを見詰めると、
「ヒックス、後は任せたよ。」
 託した。
 託されたヒックスは、小さく息を呑んだ後、泣き言を口にしようとしたのだけど。
「ヒックスだけが頼りなんだよ。」
 きゅぅ、と手を握られて、ジィッと下から見つめられて、泣きそうな顔をゆがめるしかなかった。
 そして、こっくりと――頷く。うなだれるような仕草で頷いた彼に、
「ヒックス?」
 低く、テンガアールの唇が彼の名を呼んだ。
 慌ててヒックスは顔をあげると、
「もちろん、テンガアールのために、頑張るよ!」
 笑顔を引きつらせて、無理矢理な笑みを貼り付けた。
 そんな二人の恋人を背後から見つめていた少女達は、
「いいなー、テンガは。」
「私も、誰か男に身代わりにさせようかな?」
「えーっ!? 解放軍内で、そーゆーひと、居たっけ?」
「シーナとか。」
「あー、シーナとか。」
「シーナだねぇ。」
 口々に言い合う彼女達は、女と見れば声をかける少年の顔を、アリアリと思い出して――はた、と顔を見合わせた。
「そうじゃんっ! それ、いい!!」
 メグがパチン、と指を鳴らす。
 ミーナも両手を握りこぶしにさせて、大きく頷く。
「何が?」
 ビッキーは分からない様子で首をかしげている。
「だからさ、シーナに、『私のために、〜〜取ってっ!』って、頼むのよっ! 取ってくれたらデートしてあげる、とか言って!
 そしたら、シーナが勝っても、遠眼鏡を取る隙も無くなるわけじゃない。」
 嬉々として説明してくれるメグに、なるほどー、とビッキーは両手をあわせる。
 しかし、その後で、ゆっくりと首をかしげて。
「でもね、メグちゃん? それだと、結局誰かがデートしなくちゃいけないわけじゃないの? シーナ君と、二人で。」
 はっ!
 ビッキーの口から出た衝撃の事実に、思わず固まるメグに、すかさずミーナがフォローを入れる。
「だから、複数でお願いすればいいわけよ。そしたら、デートも、グループデートになるわけで、誰か一人を危険な目にあわせることもなくなるじゃない?」
「まるでシーナさんが猛獣のような扱いですね…………。」
 たらり、と汗を垂らしたカスミが、引きつった笑みを浮かべる。
 そんな彼女に、ビシリ、とメグが指差す。
「じゃぁ、カスミちゃんは、シーナがフェロの紋章を持ったりするのが良いと思うの?」
「そ、それは……………………っ。」
 頭の中に浮かんだ、とりあえず女の子に声をかけるシーナの姿に、カスミはそれ以上言葉に出来なかった。
 フォローしようにも、シーナの日ごろの行いが行いなのである。
「でっしょ? それじゃ、作戦実行――だよね。」
 にんまりと笑ったミーナに、さんせーいっ! と元気良く手をあげたのは、カスミ以外の美少女達全員であった。







 シーナが捲っている手帳に目を止めたのは、スイだけではなかった。
 すでにやる気満々で、水着姿になった彼は、肩からタオルをかけ、嬉々とした表情でページを捲っているのである。
「シーナ――それ…………。」
 指を突きつけて尋ねるフリックに、彼はニンマリと笑った。
「ま、モテル男は辛いってやつっすか?」
 手帳を愛しげに見つめながらそう言う彼に、フリックは理解不明だという表情を貼り付ける。
 隣でビクトールが、なるほどな、とニヤニヤ笑っている。
 そんな彼らに、
「呈の良い貢君は、こういうとき大変だね。」
 華奢な体の上に上着を羽織った美少年が、冷ややかに声をかけて通り過ぎていく。
「あんだとっ!?」
 シーナが苛立ちもあらわに振り返った時にはすでに、ルックの姿はどこにもない。
 チッと舌打ちするシーナには悪いと思ったが、ルックの言う言葉が的を得ているような気がするフリックとビクトールであった。
「ったく、性格悪くてもてない男の僻みは、ほんと嫌味だぜ。」
「……………………ルックは性格悪くてももててると思うけどなぁ。」
 不意に真横から声が飛んできて、びくんっ! と両肩が強張った。
 背筋に冷たいものが走った気がして、シーナは慌てたように真横を見やる。
 そこには、声の主が立っていた。
「スイ…………。」
 ついいつものように疲れた声を出すシーナに、スイは優しい笑顔を浮かべて見せた。
「ま、シーナ。世は二枚目よりも三枚目の時代らしいから。」
 ぽんぽん、と肩を叩かれて、そんなこと言われても嬉しくないのである。
「おまえなーっ!」
 咄嗟にスイに向かって叫んだシーナの目の前に、ぐい、と突き出されたのは一枚の紙であった。
 思わず顔を退けさせて、彼はスイからそれを奪い取る。
 そこには、今回のレースの賞品数が書かれていた。
「一等、お好きなアイテム十個。
 二等、お好きなアイテム五個と勲章。
 三等、お好きなアイテム三個
 四等、お好きなアイテム二個。
 五等〜十等、お好きなアイテム一個。
 また、タイム順により、ブービー賞に輝いた人には、特別賞として――…………ソウルイーターの中身をプレゼント……………………?」
 読み終わったあと、シーナは無言でスイに紙を掲げて見せた。
 気になる最後の一文を、くいくい、と指差すと、彼はにっこりと明るい笑顔で笑ってくれた。
「ああ、それも、アイテムアイテム。」
 ぱたぱたと手を振るスイに、ルックが心底嫌そうな顔をしてみせた。
「そんなもの、誰がいるっていうんだい?」
「だーかーら、ブービー賞なんじゃないか。ビリから二番目になった人には、拒否権ナシってことで。」
「………………………………………………………………。」
 シーナは、無言で自分の持っている紙と、手帳とを見比べた。
 そして、広々としたプールを見やる。
 さらに視線をずらして、プール脇で準備運動している面々を見た。
 そこには、やる気満々のレパントだとか、ビクトールだとか、タイ・ホーだとかが揃っていた。
「……………………いや、ブービー賞にはならねぇよな、さすがに。うん。」
 流れた視線の先で、ミルイヒやヴァンサンが準備運動をしているのが見えた。
 彼らは、それはそれはミラクルな水着に身を包んでいたが、眼の保養にならないことは間違いなかった。
 そんなナルシストな彼らに負けるはずもないかと、シーナが少し安心した瞬間であった。
「シーナ…………飛び込み時には、気をつけなよ。」
 ぽん、とすれ違い際、シーナの肩を叩いて、ルックが歩き去ったのは。
「………………………………って、おいっ、ルックっ!? そりゃどういう意味だよっ!!」
 慌ててルックに追いかけるが、飄々とした態度で、ルックは走り寄ってきた彼の足を払う。
「おわっ!?」
 両手を振るシーナ向けて、無表情にルックが告げる。
「プールの縁は滑るらしいからね。それを注進したまでさ。」
 そして、言い終わるなり、バランスを崩したままのシーナの背中へ、蹴りを入れた。
 間をおくことなく。
ばっしゃーんっ!!!
 キラキラ輝く綺麗な水柱が立った。
 その拍子に、ルックの髪に水しぶきが飛んだ。
 彼は、少し濡れた髪を面倒そうに払いながら、
「だから滑ると言ったのに。」
 水に濡れても居ないプールサイドを、すたすたと歩き去っていった。
「ぶはっ! てめっ、ルックっ!!」
 水面から顔を出したシーナが、何事も無かったかのように立ち去るルック向けて叫ぶのは当たり前であった。
 しかし、その当たり前の光景を見て、当たり前ではないことを思いつく非常人が近くに居た。
 今の今まで、ルックとシーナのやり取りを他人事のように見ていたスイである。
 彼は、ぽん、と両手を叩くと、みるみるうちに顔に笑顔を広げていった。
「ハプニング…………か…………。」
 不穏にも、そう呟いて。






 一度に泳ぐのは、男女ともに三名ずつ。
 女性用のコースを仕切るのは、今回の勝負に参加しないクレオとマリーであった。
 スタート開始ようの笛を口に咥える準備をして、クレオは反対側のプールサイドに居るマリーを見やる。
 彼女はふくよかな手に、タイムウォッチを持っていた。右手に一つ、左手に一つで、同時に二人数えられるようにだ。残る一人の分は、クレオが手にしている。
 はじめに立ち並ぶ女性陣の華やかな姿を見て、男性陣が鼻の下を伸ばしているのを見ながら、クレオはため息を零す。
 わざわざプールなんぞを作らなくても、湖で水浴びするものは居るし、それが出来ない者だとて、船着場にたまっている水場を使って水遊びくらいはしている。
 確かに湖の中に立つ城としては、泳げなくては、いざというときに大変なことにもなるだろうけど。
 だからって、どうして「水泳勝負」が成立してしまうのだろう?
 まぁ、解放軍の性質からして、賞品アリの勝負となると、皆やる気になる、ということもあるのだろうが。
 そうなのだろうけど。
「どう考えても、ぼっちゃんの趣味としか思えないのは、どうしてだろうねぇ?」
 おっくうに呟いて、クレオは日差しの強いプールサイドを見やる。
 そこでは、やる気満々に準備運動をしている男性陣がいた。
 先に男性の第一レースからスタートする予定だ。
 プールサイドには、スイが立ち、手元の日時計で時間を確認しているようだった。
 予定された時間まで、あと少しである。
「…………そろそろ準備してくれるかな?」
 くい、とスイが示すと、最初の遊泳者が位置につく。
 軽く肩を鳴らしているビクトールだとか、いつもの飄々とした態度で腕を振り回しているタイ・ホーだとか、やる気満々で水を覗き込んでいるシーナだとかが、スイにいつでもいいぜ、との軽口を叩く。
 そんな彼らに、スイも頷く。
「男性だけ、ハンデをつけようと思うんだ。そのほうが盛り上がるでしょ?」
「別に女性とタイム比べるわけじゃねぇのにか?」
「だって、そうでもしないと、盛り上がらないじゃないか。男の…………それもムサイおっさんばかりの勝負なんて。」
 あっさりと言われた内容に、シーナは自分の隣のコースに立つ男達を見て、こくりと同意を示した。
 確かにそのとおりである。
 そして、ルックやヒックスなどと言った面々が出てきても、勝負は面白くならないのは間違いないからである。
 何せ、うちの美少年達ときたら、むさいおっさん達には体力で勝てないのだから。
「だったら最初っから、女性限定だとかにしときゃーよかっただろうがっ!」
「それはそれで、プールサイドがムサクなるから、嫌だなー。」
 軽く叫んだビクトールに、合図の笛をもてあそびながら、スイが眉を顰めて答える。
 それももっともな答えだったので、シーナはコクコクと頷いた。
「それで、ハンデの件に関しては、オッケー?」
 くり、と首をかしげるスイに、ビクトールは嫌な顔を崩さない。
 タイ・ホーもシーナもそれは同じらしく、お互いに顔を見合わせあってから、恐る恐るスイに尋ねる。
「具体的には、どういうのだよ?」
 スイの言いだす「ハンデ」だから、安請け合いすることだけはできないと、彼らは慎重になる。
 けれど、慎重になったとて、相手はスイである。この軍の軍主様である。そう簡単にやめてくれるようには思わない。
 三人はゴクリと喉を鳴らして、彼の言葉を待った。
「障害物っていうのは、どうかな? 途中で、フープをくぐらなくてはいけないだとか、落ちているボールを拾わなくてはいけないだとか、そういうの。」
 しかし、提案された言葉は、案外まともであった。
 よくある水泳運動会のようなものだと、三人は瞬時に理解する。
 だから、お互いの顔を見合わせて、
「それならいいんじゃねぇの?」
「ああ、障害物ならな。」
 納得しあったように、頷きあう。
 スイは、それを認めた後、それじゃぁ、とプール縁に立っていたグレミオに向かって、合図を出した。
 彼はそれに答えて、いつのまにか用意してあったフラフープを三つ、それぞれのコース向けて放り込む。
「水色が1コース――つまり、シーナ。赤色が2コースのタイ・ホー、黄色が3コースのビクトールが通るフラフープだから。」
 指定されたフープを確認して、三人がまた頷く。
 続けて、スイはグレミオに言って、十個ばかりの小さな玉を、水底に沈めさせた。洗面器から流しいれるのが、なんとなく哀愁を誘った。
「今入れた玉の中に、フープと同じ色をした玉があるから、フープと同じ色の玉を一個取ること。これはゴールまで持っていてね。」
 よし、と彼らはこれにも同意する。
 スイはそして、最後の罠――もとい、障害を仕掛けることにする。
 それは、グレミオにも頼まず、自らが仕掛ける。
「そしてここに、最後の障害を用意しておくから。」
 ぴしゃん、と水に手をつける彼に、三人は一斉に突っ込む。
「何の障害だ。」
 それは、いつもの軍主様の行動を考えたら、あたりまえといえば当たり前の突っ込みであった。
 それに答えて、スイはにっこりと笑う。
「ただの紐だよ。この紐が水中で揺れてると思うから、その紐に触れないように通り抜けてくれ。泳ぎのテクニックが物を言う障害だね。」
 ほら、とスイが掲げて見せたのは、少し太いようであったが、模様の描かれた紐であった。
 どうやら重りに紐を巻きつけ、その反対の端を浮きにくくりつけ、水底に落としたらしい。
 スイが先ほど手を入れたあたりに、ぷっかりと小さな浮きが浮いているのが見えた。
 シーナたちが泳ぐ波によって、ゆらゆらと紐が揺れるというわけである。
 水面に浮いている浮きの数からすると、すでに10個近くは仕掛けられているらしい。
 これをくぐるとなると、相当泳ぎのテクニックが必要になってくる。
 面倒な障害を最後の最後に作りやがって、とシーナは小さく毒づく。
 だが同時に、これは体の細く、小さい者ほど有利になる障害である。
 うまく行けば、タイ・ホーやビクトールを引き離すこともできるのだ。
 ぺろり、と唇を舐めて、シーナは小さくほくそ笑んだ。
 何にしても、うまく切り抜けられた者の勝ちというものである。
「それじゃ、始めるよ? タイムが一番早かったもの順に、順位が決定するからね。」
 言いながら、笛を咥える。
 三人は、一斉に腰を折り、飛び込みの準備をする。
 見ていた観客達が、息を詰めた。
 その緊迫が高鳴る瞬間、
フィィィィーッ!
 スタートの笛が鳴った。


ばっしゃーんっ!
 派手な水しぶきが散り、三人の体が先へと進む。
 水を掻き分け、激しい音が鳴った。
 プールサイドに、揺れた水面によって押し上げられた水が、びしゃびしゃと音を立てて迫ってくる。
 スイは体を引いて、水に濡れないような場所から三人の行方を追った。
 やはりダントツに早いのがタイ・ホーであった。彼の泳ぎには無駄なところはなく、ばしゃばしゃと水を飛び散らせ豪快に泳いでいるビクトールや、余分なところに力が入っているように見えるシーナの二人との距離を、どんどん広げていくように見えた。
 そのタイ・ホーが、一つ目の障害――フラフープにかかった。
 彼は水面に顔を出すこともなく、水中から自分のフラフープを判断して、浮いている輪を水中に引きずり込む。
 そして、そのまま潜り抜けた――瞬間。
 ふっ、と、タイ・ホーの体が消えた。
「……………………え?」
 驚いた声があがったのは、観客の中からであった。
 今水中に見えていたタイ・ホーの泳ぐ影が、急に無くなったように思えたのである。
 もっと先に行ったのかと視線をやっても、タイ・ホーの姿は見えなかった。
 これは一体どういうことだと、思わず一同の視線がスイに集中した瞬間、ばしゃん! とひときわ大きい音を立てて、ビクトールが水面に顔を出した。
 そして、そのまま水面を掻き分け、自分のフラフープをわしづかみにする。
 あ、と一同が止めるよりも先に、彼はフラフープに顔から突っ込んだ。
 その巨体がフープに消えると同時。
 ばっしゃんっ!
 なぜか、ビクトールの体が、その上空――空中から、水の中へと落ちた。
「………………………………なっ、なにぃっ!?」
 驚いて水を飲み込んだビクトールが、咳き込みながら顔をあげる。
 そんな彼の目の前で、今度はシーナがフープにくぐる。
 そのまま進むようにフープをくぐったシーナは、やはりフープにくぐった瞬間に姿が消えた――正しくは、フープを境に、体が消えるのである。
「なっ、なんなのよ、あれーっ!!?」
 観客席から悲鳴が上がる。
 スイは、それをどこ吹く風で見守っている。
 ビクトールが呆然としているその前で。
「がぼっっ!!?」
 引きつぶれたような音が聞こえた。
 それと同時に、ビクトールの足元から世界がひっくり返る。
ばしゃんっ!
 背中からひっくり返ったビクトールの足元に、なぜかシーナが現れる。
 彼は、ゲホゲホと大きく咳き込みながら、涙目でスイを睨みつけた。
「てめっ、なっ、何しやがったっ!?」
 笛を握ったままの軍主様は、ニヤニヤ笑いながら、
「僕は、何も、してないよ?
 ただ――用意したフラフープが、ちょぉーっと、間違ってたみたいだね?}
 首を傾げられても、信用はゼロである。
「あのなーっ!」
 叫ぶシーナの肩が、不意に捕まれた。
 びくんっ、と振り向いた先で、ビクトールが眼を血走らせて水面を指差していた。
「あん?」
 今はそれどころではないと、シーナが言おうとして、同じように視線を落として――――――………………………………。
「…………………………………………………………………………………………………………ぴらにあ………………………………………………………………。」
 ぽつり、と――今見た影の正体を、呟いた。
「あ、それは、次の障害のだね。」
 水中に泳ぐ影は、どこかの図鑑で見たものであった。
 スイは、その名を聞いても平然として、そんなことを言ってのけてくれる。
「ばっ、ばぁっかやろうっ! 次の障害っていうのは、球拾いだろぉがっ!」
「だから、良く見てよ。
 ちゃぁーんと、ピラニアの頭に、色のついた玉がついてるでしょ?」
 ぴ、と指差したスイに、誰もが思った。
 あの時、洗面器の中身をきちんと確かめて置けばよかった、と。
「えっ、ええええーっ!? あれ、ピラニアだったんですかっ!?」
 大げさにのけぞるのは、その洗面器を入れたグレミオである。
 彼は、まずいじゃないですか、とスイに食って掛かるが、
「大丈夫大丈夫。ピラニアには毒はないからさ。」
「――…………そういえば、そうですよねー。」
 スイに、なぜこれで納得するのだろう、と思われる回答をいただいて、納得してしまった。
「あのな!」
 未だ叫ぶシーナを、慌ててビクトールが押しやる。
「ばかやろっ、突っ立ってると、やばいっ! さっさと泳ぐぞっ!」
 言い捨てると、ビクトールはそのまま泳ぎ始める。
 ばっしゃばっしゃと波立つ水面に、水中がまったく見えなくなって、シーナの背筋がゾクリと冷えた。
 そこで彼は、慌てて彼に倣って泳ぎ始める。
 二人ともが、一番近いプールサイドに泳ごうとしないのは、そこにスイが居るからである。
 ばしゃばしゃと泳ぎながら、時々近づいてくる魚を手で威嚇して遠のかせ、ゴール目指してひたすら泳ぐ。
 とにかく、玉を持っていようと持ってなかろうと、プールから上がる方が大切なのである。
 ハラハラドキドキする展開に、客席は手に汗を握っていた。
 そして、シーナは前方に見えるユラユラ揺れる紐を発見した。
 本来なら、これに触らないように通り抜けろ、とのことであったが、今はそんなことに構っている暇はなかった。
 そのまま通り抜けようとして、腕が紐に触れた。
 瞬間、ぬめり、とした感触に、シーナは眉を寄せる。
「……………………?」
 今のは一体何なのかと、思った瞬間。
 ぬぅっ。
 目の前に――…………。
「がぼっ。」
 無表情で冷機的な眼が迫ってくる。
 その「紐」めいた物の正体を知った瞬間、シーナの喉に無機質な塩素の匂いが飛び込んできた。
 ぬめぬめした表面が、水の中で光って見えた。
 シーナの足が、プールの底についた。
 がほぉっ、と水から顔を出すと、同じように眼を見開いてプールから顔を飛び出させたビクトールが見えた。
 二人は揃って、「浮き」のように見えた丸い頭の物を指差し。
「スイっ! てめっ、これっ、これ――…………っ。」
「水蛇じゃねぇかっ!!」
 叫んだ。
 すると。
「うん、そうだけど?」
 あっさりと――拍子抜けするほどあっさりと、スイは認めてくれた。
「そっ、そうだけど、じゃねぇだろぉがっ!!」
 ばしゃばしゃと水音を立てて抗議するシーナに、スイはプールサイドで眉を曇らせる。
「だって、ちょうどいい紐が無かったからさ…………。」
 だからって、生き物を使うな、生き物をっ!
 さらに抗議するシーナの体が、びくんっ、と跳ねる。
 そして、彼は足を抱え込み、悲鳴をあげた。
「ってぇぇぇぇっ! かみっ、噛み付かれたっ!!」
 彼は、鋭い歯のピラニアを無理矢理引き剥がすと、それをプールサイドめがけて投げつけた。
 ビッチビチと元気良く跳ねるピラニアの頭には、水色の玉がついていた。
「後は、紐をくぐるだけだね、シーナ。」
 笑顔で告げるスイの飄々とした態度が憎かった。
 ぎりぎり、と手に力をこめると、足から赤い血の筋が出て行く。それがプールに広がるのを見て、ビクトールが顔をしかめる。
「シーナ! 本気で急がねぇと、食い殺されちまうぞっ!」
「じょ、じょーだん! ――こうなったら、蛇くらい…………っ。」
 シーナが、目の前の蛇をわしづかみしようとするのには、
「ちなみに、その水蛇、毒持ってるから。」
 しゅた、と右手を上げて、スイが最悪なシナリオを告げてくれるのであった。
 そんな軍主様の一言に、シーナは本気で涙の混じった顔で、叫ぶしかなかった。
「おっ、鬼ーっ!!!」
 その言葉には、誰もがコクコクと頷くが、そんなことでシーナの命の危機がなくなるわけではなかった。
 スイは嬉しそうにプール縁にしゃがみこみながら、
「毒を持ってる水蛇の名前、分かる? 分からないことには、血清の用意もしようがないんだよねー。」
 にこにこと、ちょっと考えれば恐ろしいことを言ってくれた。
 もちろんシーナは、それにこう叫び返すしかなかった。
「んなもん、わかるかーっ!!」
 その声と同時に、はるか遠くの湖面で、大きな水しぶきが上がったというのは――ほんの少し後に知ることであった。






「結局、優勝者はレパントかー。あの赤鬼顔には、さしものピラニアも水蛇も、タジタジだったってことかなぁ?」
 ねぇ? と愛らしく首をかしげる少年を、じろり、とシーナが睨みつける。
 彼の足には数箇所の歯型があり、首にはうっすらと締め跡があった。
 隣ではフリックが解毒剤を打った後そのままの姿で横たわり、ヒックスが全身を真っ赤に染めてヒリヒリすると呟いている。
「有力候補だったタイ・ホーは、フラフープで棄権コースまっしぐらだったし、なかなか波乱万丈だったね。」
 にっこりと笑顔でダメ押しする彼に、本拠地から大分離れた湖面に、上空から叩きつけられることになったタイ・ホーは、馬鹿言え、と愚痴る。
「ありゃ、下手したら死ぬぞ? あんなとこから落とされて、いくら下が水面だったからってなぁ、物には限度ってものがあらぁな。」
「死んでないから、いいじゃない。」
 さっさと話を終わらせてくれる軍主に、がっくり、とタイ・ホーの肩が落ちる。
「でも、唯一悲しむべきことと言ったら…………。」
 ほう、とスイはため息を零す。
「結局、最後に出場したルックによって、プールが破壊されたことか?」
 フリックが忌々しげな口調で呟く。
 なんだかんだといいながら、ルックはレパントを言いくるめて「約束の石版」を自分に渡してもらっていた。
 おかげでフリックは、レパントから「好きなアイテムを貰う権利」を貰いそこねてしまったのだ。口調にルックに対する苛立ちが見え隠れしていても仕方がないのかもしれない。
 けれど、スイはそれにゆるくかぶりを振った。
「それは予測済みだったから、いいんだけど。」
「予測済みかよ。」
「いいんかい。」
 とっさにシーナとビクトールが突っ込んだが、スイはそれもどこ吹く風であった。
 最後の選手として登録されていたルックが、プールの中に溢れるピラニアを見た瞬間、
「邪魔…………。」
 と呟いて紋章の力を、大解放してしまったのである。
 結果、あれほどいろいろなことをしてまで作ったプールは、崩壊してしまったわけなのだが――…………。
 スイは、別にそれは構わないという。
 やりたいことをやったから、もういいと言う意味だとしても――ほかに一体何を悲しまなくてはいけないことがあるのだろう?
 不思議に思ったヤム・クーが、その点についてスイに尋ねると、彼はまってましたとばかりに、憂いの表情を貼り付ける。
「ほら、結局、ほとんどの人が棄権しちゃって、男女合わせても10人しか参加しなかったじゃない? おかげで、賞のない人っていうのがいなくて――…………。」
 その棄権というのには、「やっぱやめる」の棄権と、「フープで遠くに飛ばされた」の棄権と、「ピラニアから玉なんて取れるかい!」という棄権と、「蛇に触られちゃったよーっ!?」という棄権が入る。
 これをクリアできたのが10人も居たということが、一同にはとても不思議なことである。
「ブービー賞のソウルイーターの中身、一体誰にあげたらいいのかって、思ってさ。」
「やらんていい。」
 即座に一同が声を合わせたのも仕方のないことなのかもしれなかった。





 そうして――このプールイベントについて、というレポートを、後日みんなに書かせたところ(どうやらマッシュが、軍主に反省を促すために、無駄な努力と思いつつもやったらしい)、軍師の意思に反して。
「面白かったv」
「見ていて、とってもスリリング。ああいうのなら、また見てみたい。」
 という意見が、大半を占めていたという。
 やはり、カエルの子はカエル。
 軍主の下に居る人も、「それ」と言うわけなのかもしれない。








お付き合いありがとうございました。
なんだかんだと言いながら、楽しそうな解放軍ですが(笑)、今回の謎賭けは、途中でスイ様がおっしゃっておりました、
「毒のもってる水蛇の名前」でございます。
それも、某高校生(小学生?)探偵のマンガとアニメに出てきた、「羽根のある海蛇」の名前です。
なんていう名前だったでしょうか?