トラン湖の化け物退治

1主人公:スイ=マクドール





 赤月帝国の中心に存在する、巨大な湖――トラン湖。
 その中央に位置する古城が、解放軍の本拠地となって、いくばくかの月日が過ぎた。
 化け物に巣食われていた砦が、みるみる内に活気溢れる城へと姿を変え、近くのカクの村へ、毎日のように船が出る日々が続いた。
 そんな、ある日のことであった。
「ねぇ……カミーユ。」
 こそこそと、少女が一人、壁に背を持たれて何事か考えている娘に近づいた。
 辺りをうかがうように、少しおびえた様子を見せる仲間の様子に、カミーユと呼ばれた娘は、軽く眉をひそめた。
 いつもは明るい日の下で、音楽を好んでいるような彼女が、わざわざ宿屋の中まで来るなんて、よっぽどの用件があるとしか思えなかった。
「どうしたのさ? メロディ? あんたがココへ来るなんて珍しいね……誰かに何かちょっかい起こされたってんなら、ロハで請け負うよ?」
 かたん、と手にした槍で床を軽く叩くと、彼女は慌ててかぶりを振った。
 カミーユが、「借金の取立ての名人」だったということを思い出したのだ。
 両手を顔の前で激しく振ると、メロディは眉を強く寄せる。
「そんなのじゃないの! ただ、カミーユってさ……ほら、このお城が本拠地になったときの――化け物退治のメンバーの一人なんでしょ?」
 焦るようなメロディの言葉に、カミーユは小さく息を吐いた。
 そして、ゲンナリするように、額に手を当てる。
「あんたで、5人目だよ……。」
「え?」
 キョトン、と目を見張るメロディに、いいや、と片手を挙げてカミーユは、今日で四回も説明したことを、今再び口に上らせる。
「確かにあたしは、古城に救ってた化け物を倒したメンバーだったけど――言っとくけど、アレはただのドラゴンゾンビ……マッシュ様によると、ソニア・シューレンが湖賊退治ようにって放った罠だったらしいけど。」
 軽く肩をすくめて説明すると、メロディは大きい目を何度も瞬かせた。
「私、まだ何も言ってないけど……?」
「それじゃ、違うことを聞きたかったの?」
 チラリ、と目をやると、メロディは少し困ったように笑った。
「ううん……そうなんだけど――ねぇ、本当に本当に、ドラゴンゾンビ? 変な奇声発するゴーレムとかじゃなくって?」
 心細い表情を浮かべて、詰め寄ってくるところまで、先の四人と一緒だった。
 カミーユは、片目を眇めて彼女を見やると、ため息を零す。
「確かだってば。
 アレを倒したら、霧も綺麗に晴れたし……ま、他に何かが巣食ってて、今の今まで上手く隠れてたってなら、わからないでもないけど?」
 少しからかうように――朝から繰り返されてきたことへ対する憂さ晴らしをかねて、カミーユは目を緩ませてメロディを見た。
 瞬間、彼女は大きく身を震わせ、泣きそうに目をゆがめた。
「か、カミーユぅっ!」
「だって、そうじゃない? あたしは、あんた達みたいに、化け物の鳴き声なんて聞いたことないし、動く岩なんてのも見てないもの。
 なんとも言えないよ?
 あたしにいえるのは、あの時対峙したドラゴンゾンビは、ちゃんと倒したはずだってことだけ。」
 ひょこりと肩をすくめる彼女の言い分に、メロディは恨みがましそうに上目遣いに睨んだが、
「でも、夜――聞こえるのよ。」
 メロディは、そう言った瞬間、ブルリと体を震わせた。
「聞こえる?」
 軽く首を傾げて、胡散臭そうに尋ねるカミーユの後ろから、
「ああ、あれだろ? 地下から、うめくような声が聞こえるとか、海の上に、岩の巨人が立っていたとか!
 最近、良く見かけるらしいねぇ。」
 明るく朗らかな声で、マリーが笑った。
 ふと見やると、ふくよかな体もつ彼女が、羽ペンを揺らしながら、帳簿を閉ざしていた。
「そうなんです! 私も、声を聞くまでは、絶対誰かの悪戯だって思ってたんだけど、昨日、聞いちゃって……あれ、絶対、人の声だとか、そういうんじゃないですー!!」
 縋るようにメロディが、カウンターに両手をついて叫んだ。
 マリーは、そんな彼女に苦笑を見せる。
「らしいねぇ……あたしは幸いにして、一度も見てないし、聞いてもないけど。」
「ただの化け物なら、ここまで怖くないんです! ただ、未発見のトランッシーってこともあるし!」
「トランッシーって、何?」
「トラン湖の化け物の名前なんですって。メグたちが言ってましたよ。」
 思わず胡乱げな目になったカミーユに、メロディが答えてくれた。
 そんな彼女を見て、ふぅん――とカミーユは力なく答えた後、
「とにかくさ、怪物なら、このつわものぞろいの解放軍なら大丈夫! それ以外だったとしても、フッケン殿とか居るんだから、大丈夫じゃないのかい?」
 ねぇ、とマリーがおおらかに笑うのに、カミーユがそれもそうだと頷く。
 少女らしく騒いでいたメグにしても、テンガアールにしても、ミーナ達にしても、なんだかんだ言いながら、この騒ぎを楽しんでいたようにしか思えなかった。
 つまり、結論としては。
「誰かがそのうちなんとかしてくれるだろうってぇ……ことだね。」
 今までここにきた四人という四人が、キャーキャー騒ぎきった挙句、じゃぁねー、と、何の解決策も持たず、元気に帰っていったのを思い返すと、そうとしか表現できなかった。
 カミーユが半ばうんざりしたように告げると、メロディは微かに目線を揺らして――天井を見た後、
「そういえば、そうだね。というか、それ以外、どうしようもないしね。」
 あっけなく、納得した。
「そうそう。そういうことだね。」
 マリーも明るく笑って言ってのけた。
 どうせ今のところ、何の被害もないのだ。
 誰か被害にあうかしたら、上が否応なく動くだろうし、誰か被害にあわなくても、好奇心旺盛な誰かさんが、さっさと首を突っ込むことは間違いない。
 ならば。
「あたしらは、呑気に時間が過ぎるのを待ってたらいいのさ。」
 カミーユは、ニヤリと笑ってそう告げた。
 なにせ、この解放軍という場所は。
 力と暇にありあまったヤツラの溜まり場のような場所なのだから――と。







 さて、その力と暇に有り余った一人であるシーナは、今日も元気にスケジュール帳を捲り、暇を埋める努力をしていた。
「明日はアリーちゃんと約束してるから、今日はミサトちゃんでも誘おうかな〜♪」
 ふんふん、と楽しげに笑う彼の笑顔は、いつも満開である。
 何せ、見て嬉しい美少女がたくさん居るのが解放軍の本拠地内であり、近くの町へも気軽に行け、そこでも可愛い子がたくさん居るのである。
「毎日毎日、親父と顔あわせてるなんて、冗談じゃねぇもんな。」
 どうせあの厳しく熱い父親のことだ。顔をあわせれば、今日の訓練が、魔法力が、剣術が、と口うるさく言ってくるに決まっている。
 死なない程度の実力をつけて、世渡り上手に生きていくのが理想であるシーナとしては、父の過剰なほどの修行がうっとおしくてしょうがなかった。
 だから、ついつい、母の曇る顔に罪悪感を抱きつつも、外へ出てしまうのだ。
 船を出すぞ、というタイ・ホーの言葉に喜んで同乗させてもらうのも、これで数え切れないくらいの数になった。
 キーロフに行くのもいいし、セイカまで脚を伸ばすのもいい。
 ちょっと遠いけど、竜洞騎士団の領地辺りまで脚を伸ばしてみるのも、気分転換になるだろう。
 とにかく、この砦に居なければ――レパントやアイリーンの声が届く場所でさえなかったら、いいのだ。
 そんなシーナのことを知る仲間達は、アイリーンさんが心配しないうちに帰って来いよと、快く見送ってくれる。
 シーナはそのたびに、苦虫を噛み潰したような顔で、片手を挙げて答えた。
 始めの頃――もう数ヶ月以上も前の話だけれど、せっかく逃げ出したレパントの元に、最悪な形で連れ戻され、強引に解放軍に参加させられた頃、シーナがカクの村へ飛び出したっきり、夜遅くまで帰らなかったことがあったのだ。
 アイリーンは、寒い夜風の吹く中、ずっと船着場にたたずんでシーナの帰りを待っていた。
 翌日、高熱を出してうなされた母の姿に、シーナは重い痛みを持ったし、同時にやりきれない思いも抱いた。
 レパントは頭ごなしにシーナを叱り――同じくらいの痛みで、アイリーンに叱られていた。
 枕もとで、御免、と謝るシーナに、アイリーンは微笑んで答えてくれたのだ。
「あなたの自由を縛るつもりはないの。私が自分の勝手で、あなたを心配しているだけなのだから。」
 それが、重いのだと――その言葉が、母に逆らえない何よりもの重さなのだと、シーナは心の奥底から思う。
 頑固で偉大な父と、芯の強い、どうしても逆らえない母と。
 そんなイロイロな物から逃れたくて、もっと自由になりたくて、家を飛び出した。
「ホントなら、今ごろ、こんな湖の真ん中の城で、戦なんてしてないでさ。
 いろんな街で、カワイ子ちゃんと遊びまわってるはずだったのになー。」
 かつん、と靴で蹴った回廊が、小さく音を立てるのに、シーナは片目だけを眇めた見せた。
 思い返すのは、とある町で、好みとは言いがたいが、それなりに可愛い女の子をナンパしていたときのこと。
 故郷を飛び出して、好き勝手に生きていた中、やっと旅慣れてきて、女の子を口説く口調にも慣れが出てきた頃だった。
 ナンパに熱中していても、背後を取られることはなかったのに――唐突に、あっさりと、背後を取られたあげく、トン、と肩を叩いた少年が居た。
 振り返った先にあるのは、口説いていた少女よりもずっと綺麗な顔立ちだった。
 それに絶句したのもあるけど、思わず言葉を失ってしまったのは、その少年の眼の輝きが――あまりにも、綺麗だったから。
 慌てて、男に惹かれてしまったなどという屈辱な事実を隠すため、ぶっきらぼうに返事をして。
「あのさ、突然なんだけど、うちの連れが怒ってるんで、ナンパ、やめてくれない?」
 くい、と後ろを示した少年の背後で――こんなところで会うはずのない父の赤鬼のような顔を見て…………あれから、運命が変わってしまった。
「あの時、親父に見つからなかったらなぁー……。」
 そんなボヤキを聞きとがめると、きっとヤツラはこう言うのだろう。
「まだ諦めてなかったの?」
「ったりめぇだろ。せっかく修行の名目で、遊学にいそしんでたってのにさ。」
 ったく、と軽く肩をすくめて――ん? とシーナは眉を顰める。
 慌てて視線を走らせた先には、シーナがちょうど思った台詞を、そのまんま口にしてくれた、「ヤツラ」の片割れが、座っていた。
 それも、ちゃっかりと船の中で一番良い席を確保して、だ。
「おまっ……何やってんだよ、スイ!?」
「本日のメンバーは、と、いうことで、タイ・ホー、シーナ、フリック、ルック、僕、で決定みたいだね!」
 ね? と、スイが当たり前のように背後を振り返る。
 そこでは、船の舵を取るタイ・ホー。ちょうどカクの村に用事があったらしいフリック。そして、スイと背中を合わせるようにして座っているルックが居た。
「…………はぁ?」
 一瞬、何が起きたのか理解できないらしいシーナが、あっけに取られてスイの顔を見る。
 そのスイの肩を掴み、フリックが身を乗り出すようにして彼の顔を覗き込む。
「って、おいっ! リーダーっ!? 俺はマッシュ殿に託された用事があるんだぜっ!?」
「俺は、別に暇だから、いいけどよ。」
 タイ・ホーは呑気に持っていた櫂に顎を乗せて答える。
 頭の中では、おかみさん気取りのキンバリーのことが浮かんでいるに違いなかった。
「じゃ、特に反論もないようだから、出発しようか、タイ・ホー?」
 ぐい、と強引にシーナの腕を引っ張って、彼を船の上に乗せた後、笑顔でスイがタイ・ホーを促した。
 瞬間、
「反論してるだろうが、だからっ!!」
「俺だって、今日の予定がっ!」
 フリックとシーナが猛反対してきたのだが。
「うるさい。」
 ルックの、不意打ちに近いロッドの一撃をくらって、船の床とご対面することで沈黙した。
 面倒そうにソレを一瞥した後、ルックはスイの背に自分の背を預けると、両腕を組み、ドッと船底に腰を落ち着けてしまう。
 タイ・ホーがゆっくりと船を発進させる。
 それほど遠くに行く予定でもなかったから、船はゲンとカマンドールの自信作のアレではなく、ただの釣り船であった。
「で、どのあたりまで行きゃいいんだよ、スイ?」
 湖面が波立ち、心地よい風が流れていた。
 その中、慣れた仕草で船を駆るタイ・ホーののんびりとした声を聞いていると、まるで今から釣りに行くかのようであった。
 けれど、
「そうだねー……とりあえず、最近目撃証言のあった、僕の部屋の真下辺りに移動してくれる?」
 ルックの背に、自分の背を凭れさせるようにして座ったスイが、ニッコリ笑って答えた内容から察するに。
「……って、お前、もしかして、このメンバーで噂の化け物を退治しに行くとか言うんじゃねぇだろーなっ!?」
 叫んだシーナの手が、どん、と船の縁を叩いた。
 その拍子に、小さな船が左右に小さく揺れて、タイ・ホーが笑いながらそれを注意する。
 けれど、シーナはそんな船の命を握っている男の声を聞くことなく、スイを睨みあげた。
「やだな、シーナったら。」
 あっけらかんと、スイは言い切った後、ニッコリ笑顔で続けた。
「何今更なことを言ってるのさ?」
 同時に、ルックがスイの背中越しにシーナを見やる。
「他に、何の用でわざわざ君をメンバーに入れると思ってるのさ?」
 その、悔しいくらい冷静な口調に、フリックは諦めたようにがっくりと首を落とした。
 そして、どっかりと船底に座り込むと、ため息を漏らす。
「……――で? その、最近噂の化け物について、お前らどこまで調べてあるんだ?」
 タイ・ホーがたくみに操る船は、滑るように城の裏手へと回っていく。
 もう少し回り込めば、軍主であるスイの部屋の窓の真下へと移動することが出来るだろう。
 そこまでたどり着くのは、嫌になるくらい早いことは間違いなかった。
「あれ? 反対しないんだ、フリック?」
 楽しそうに笑いかけてくるスイの顔を軽く睨みつけて、
「反対したとたん、船から落とされたらたまんねぇからな。
 わざわざ砦まで泳いでかえるなんて、冗談じゃねぇ。」
 ふん、と鼻を鳴らすフリックの言葉に、シーナもそれはそうかとゲンナリした。
 さすがはフリック――普段から、スイの嫌がらせを集中して受けているだけではないわけだ。
「え? 誰もそんなことさせないよ? 砦まで泳いで帰らせるわけないじゃないか!
 どうせ落とすなら、餌代わりに使ったほうが有意義だしね。」
 にっこり。
 とびきりの笑顔で笑ってくださる英雄の、かくも美しい表情は――まるでこれからの未来を示しているようで、どっぷりと疲れるのを覚えてしまう二人の耳に、。
「おっ。」
 何か、面白い物でも見つけたらしいタイ・ホーの楽しそうな声が響いた。
「おい、スイ? アレじゃねぇのか、お前らが用があるってぇのは?」
 くっくっくっ……と、漏れ出る笑い声を隠すつもりもない様子で、ゆっくりと彼は櫂を操る手を止めた。
 そして、片手で向かう先――スイの寝室の窓がある辺りの、ちょうど真下に当たる場所を示した。

ざっぱーんっ!

 大きな音を立てて、水しぶきが舞い上がった。
 船の上に立っているタイ・ホーの背丈よりも高く上がった水しぶきが、「そこ」から距離のある地点に居る彼らの上にも降り注いだ。
「――――んなっ……。」
 短く息を零したフリックの唇が、ワナワナと震えている。
 シーナの口も、ふるふると震えていた。
 そんな二人を他所に、スイは顔を顰めて軽く首を傾げた。
「前よりも、大きくなってない? アレ?」
 くい、と顎をそらして、肩越しに見えるルックの髪を見ると、魔法使いの少年は、面倒そうに息をついて髪を掻き揚げた。
「場がいいんじゃないの? 解放軍って、ちょうどいい餌が多いしね。」
 チラリ、と視線を流した先では、湖面に悠々と映る巨大な影が見えた。
 それは、優美な動きを見せたかと思うと、するり、と水底へと消える。
「あれ……あれっ!? まさか、噂のトランッシー!?」
 指差し、あんぐりと口をあけて叫んだシーナに、海蛇にしちゃぁ、でけぇなぁ、と感心したようなタイ・ホーの言葉が重なる。
 フリックは、思わず腰に佩いたオデッサの存在を確認して、鋭くスイとルックを睨みつける。
 のんびりと、船の真ん中で背中を合わせて座る少年達は、あんな大物を見たにも関わらず、未だ戦闘態勢をとってはいない。
「おい、リーダー? アレは、何だ?」
 突き刺すような響きのある声に、スイはのんびりと彼を振り返った。
 そして、ゆっくりと瞳を細めると、
「だから、君達がトランッシーって呼ぶものでしょ?」
「マジでいたのか――……なぁんて、簡単に納得するかよ、コラ。」
 船の縁から湖面を眺めていたシーナが、目を据わらせて二人を振り返る。
 のんびりと櫂を片手に、船をこれ以上進めもせず、かといって後退させもせず――タイ・ホーは会話の行方を待っている。
「アレ! どう見ても、この湖にもともと居たようにはみえねぇぜっ!? っていうか、でかすぎだろっ!!」
 先ほど、水を跳ねた尾の大きさから考えても、大きすぎであった。
 遠目に見ても、尾の先の尾ひれ一つだけで、シーナの体の二倍はあったのだ。
 そんなものがこんな湖に居たというのなら、もっと昔から噂になっていて当たり前だし、毎日のように湖に出ているアンジーたちが知らないはずがない。
 もしこれが、ムササビくらいの大きさの化け魚だったというのなら、今まで噂になっていなくてもしょうがないが――この巨大な湖で、たやすく見つけられるような大きさじゃないのは良く分かるから。
 けど、どう考えても、コレはそういうものじゃない。
「ルック! スイ! お前ら二人で、何やったんだよっ!?」
 結論として、解放軍で一番の、コンビを組んだら最低な二人を睨みつけるしか仕方がないのである。
 そのシーナの視線に、あれ、とルックは目を細める。
「僕とスイが何かをやっていたって思うんだ?」
「それ以外、ありえねぇだろーが。」
 握った拳が小さく震えているのを感じつつ、低くぼやいたシーナに、クスクスとスイが笑った。
 彼は、ゆっくりと身を起こすと、湖面に指先を浸けた。
 ルックは、無言でそれを見送ると、小さく肩をすくめる。
「なんでもかんでも、僕らのせいにするのは、やめてほしい所だけど――。」
 言いながら、無言で懐に仕舞っていた愛用のロッドを取り出す。
 くるり、とそれを一回転させたかと思うと。
「君も、たまにはまともな事を考えるんだね。」
 にやり、と。
 世にも綺麗な笑顔を浮かべて、ルックは無造作にロッドを振った。
 刹那、風が、起きた。
「――……っ!?」
 痛いほどになぶられる髪が、湖面から天上向けて突き上げた。
 暴力にしか感じない風が、湖面を波立て、轟音とともに空へ突き抜けていく。
 水しぶきが激しい音をたて、船上の彼らの上に降り注ぐ。
 慌てて顔を覆った彼らの足元――船は、けれど、グラリとも揺れはしなかった。
 痛烈なほどの風は、船の周りのみを騒がせる。
「ルック?」
 うんざりしたような声で、スイが顔にかかる水しぶきを拭いながら、バンダナを手で抑える。
「僕は、撒餌は嫌だって、言わなかったっけ?」
 風の音に掻き消されそうな声の大きさだったけれども、良く通る彼の声は、船上の全員に届いた。
 心底嫌そうなスイの言葉の意味を、何のことだと尋ねるよりも早く。
「時間を無駄にするよりは、いいだろうに?」
 こちらの気を飲まれそうな笑顔で、ルックが囁く。
 思わず、その美しいまでの笑顔に、ゾクゾク、と背筋をしならせたシーナとフリックの、すぐ耳元で――声が、した。
「しょうがないな。」
 それは、先ほどまで船の縁に背を預けていたはずの少年の声で。
 こういう状況下では、決して背中を見せてはいけない少年の声であった。
 まずい、と二人が思うよりも早く。
「じゃ、いってらっしゃーい♪」
 彼は、養父譲りの天然ノホホンな声で、二人を見送る声をかけた。
 同時に、絶対逆らえない強さで、湖面へと突き落とした。


ばっしゃーんっ!!


 激しい水音と共に立った水柱は、二本。
 そのうちの二つともが、同時に湖面に顔を出す。
 ぷはっ、と大きく息を継ぐ二人に、船の縁に手を置いて、ニッコリと見下ろすのは軍主様であった。
「それじゃ、頼むよ。」
「てっめぇ、スイ!」
 がうっ、と噛み付くように怒鳴ったシーナに、フリックも目を怒りに染めて叫ぶ。
「何考えてるんだっ!!」
 そんな二人の、水も滴るいい男な姿に、スイは満足げに笑うと、
「二人とも、泳げるし、紋章身につけてるし、剣も上手いし――っていうことを、考えての末だけど?」
 しれっと答えてくれた。
 まるで悪いとも思っていない態度の彼に、苛立ちを覚えたフリックは、小さく頭を振って水しぶきを振り払うと、どっぷりと水を含んだ手をあげて、船の縁に手をかけた。
 このままくだらない言い争いをしていたら――そう思ったのだけど。
 ごうぅぅっ
 再び脈絡もなく吹いた風が、湖面を波立たせ、フリックとシーナの体を攫った。
 二人の身体は、突然起きた大きな波に攫われ、船から遠ざかる。
「がぼっ――ちょ……っ、何、冗談ならねぇこと……っ。」
 慌てて泳いだシーナの体は、波に上手く乗り切れず、逆らうことすらできず、ルックの望み通りに――スイの部屋の真下へと運ばれていく。
 それなのに、櫂を握るタイ・ホーがたったままの船の周囲は波立つことすらせず、水にたゆたうことすらせず……ただ、止まったままであった。
 そうこうしているうちに、シーナの体も、フリックの身体も、スイの部屋の真下の場所へと運ばれてしまった。
 ちょうど先ほど、大きな尾が水柱を立てた辺りである。
「――……っ。シーナ! お前、今、紋章は何を宿しているっ!?」
「雷……一応、レベル4が2回ってとこだけど。」
「…………同じかよっ。」
 苛立つように呟いたフリックが、小さく唇をかみ締める。
 雷の紋章が、水の場でどれほど不利であるのか――炎の紋章ほどではないが、相当に不利であることは、長年雷の紋章を愛用してきたフリックには、良く分かっていた。
 別に、自分が水の中に居るわけでもなくって、水の中に仲間が居るわけでもないのなら、話は別なのだが――何せ、不純物を含んだ水というのは、帯電するのである。
 あんな大きな化け物をショックで動けなくさせるのに必要な雷撃を使ってしまえば、おそらく、同じ湖の中に居る自分達は、ショック死してしまうことに間違いはなかった。
 せめて、どちらかが土の紋章でも宿していたら、紋章術から身を守れるすべがあったのだろうけど。
 シーナもそれは思っていたのだろう。ぬれた髪をかきむしりつつ、まずいよな、相当? と、こちらへ視線を向けてきた。
 もちろん、と頷いたフリックであったが、不意に背筋を駆け抜ける悪寒を感じて、ビクンと身体を震わせた。
 そこへ。
「おーい、お前らーっ!」
 タイ・ホーが、櫂を振り回してこちらへ合図を送った。
 それが、何の合図なのか――もちろん、二人は知りたくもなかった。
 けれど、現状がそれで変わるはずもなく……特に、この現状を望んでいる最低なコンビが揃っているのだから。
「今、真下に居るから、下手に動くなよー。」
 呑気に警告なんぞをしてくれたタイ・ホーの声に、咄嗟に湖面を見た。
 光が乱反射している湖は、いくら透明度が高いとはいえ、良く見通せない。
 自分達の脚が、ゆらゆらと光の加減で揺れて見えるだけで――いや、その奥に、何か見えた。
「――……っ。」
 ひゅ、と、自分の喉を通り抜ける音を感じたと思った刹那。
 フリックもシーナも、知らず剣を抜いていた。

ざぱぁぁぁっ!!

「ぬわぁぁぁーっ!!」
「くそっ。」
 水柱が起こり、ソレは、「撒餌」の二人に食いつかんばかりに、顔を空へと突き出した。
 ぬめぬめと光る黒い光沢。
 独特の形をしたヒレ。
 大きく開いた口には、その間抜けな顔には不似合いな、鋭い歯が数十本。
 うろこも生えていない、にょろりと長い体が、出現したときと同じくらいの水しぶきを立てて、水中に入り込んだ。
 それと同時、ばっしゃん、と尾が湖面を叩き、思わず空中に舞い上がったシーナとフリックの体が、ばっしゃん、と落ちる。
「うわ……。」
 小さく呟いたタイ・ホーが、大丈夫かよ、あいつら――と、湖の中に潜り込んでしまった「獲物」と、フリックとシーナを視線で追う。
 いつのまにか船の縁に近づいていたルックとスイの二人は、鋭い目で「それ」がもぐりこんだ湖面の影を追うと、うん、と納得したように頷く。
「ちゃんと脱皮してたね。」
「なかなか大きく育ってたね。」
「しかも、やっぱり肉食らしいよ。」
「シーナたちでも良いってことは、相当の悪食であることは、間違いないね。」
 再び、影も形もなく消えた湖面を見守る二人のすぐ間近で、
「ぷはっ!!」
「げほっ、げほげほっ!!」
 先ほど、湖の本流に飲まれたはずの二人が、顔を出した。
 そして、今度はしっかりと船の縁を掴むと、
「どーいうことだっ!!?」
 と、呑気に化け物の解説をしていた二人に向かって、怒鳴り込んだ。
 どうやら、化け物の作り出した奔流に上手く乗って、ここまで流れ着いてきたようであった。
 すでに疲労の色が濃く見えるのは、思ったよりも大変だったからであろう。
 良く見ると、フリックのマントの辺りが少し敗れていたが、コレが、あの化け物によるものなのかは、分かりはしなかった。
「どういうって、見たままだろ?」
 あっさりと答える美少年魔法使いに続けて。
「だから、シーナとフリックは、撒餌。」
 ニッコリと、スイが答える。
「ままま、撒餌、じゃないだろーが、撒餌、じゃーっ!!
 お前ら一体、俺を何だと思ってるんだよっ!!」
「撒餌。」
「だから、さっきからそう言ってるだろ。」
 思い切り怒鳴りつけたフリックに、あっさりと同じ台詞をスイが繰り返し、面倒だといいたげに、ルックが柳眉を顰めた。
 そんな彼らに、さらに米神を切れそうに揺らせたフリックであったが、同じ目にあっているシーナに、宥めるように肩を叩かれ、鼻息も荒く彼を振り返った。
「こいつら相手に何言っても無駄だって――わかってんだろ、あんたも?
 それよりさ……俺ら……。」
 言いながら、シーナはしっかりと剣を握りなおし、顔を幾分青ざめて――、くい、と湖面を示した。
「本気で、餌だと思われてるみたいなんだけど?」
 くい――と、示した場所を目で探れば、そこには……光る、目が……………………。
「……………………………………。」
「あの歯で食いちぎられると、痛いだろうね。」
 無言で湖の底を見つめるフリックに、穏やかなスイの言葉が重なった。
 同時に、ルックが右手をかざす。
 光が淡く発したかと思うや否や、再び豪風が船の周囲を覆った。
「うわっ!」
 ソレにはじき出されるように、シーナとフリックの体が再び波に攫われる。
 それと同時、湖の中の「化け物」は、大きく体をくねらせて、波に翻弄される二人の姿を追って、悠々と移動していく。
 タイ・ホーは、風で出来たバリアを見やって――無言で、ニコニコと笑顔でその行方を追っている二人を見やった。
「おい……スイ。」
「どうかした、タイ・ホー?」
「櫂を入れても、風で船を止めてるから、船は動かないよ。」
 無邪気に見上げるスイと、一瞥だけで言いたいことを言うルックとを、じっくり交互に見て、彼は額に自分の掌を押し付けた。
「……この湖に出る化け物って、ゴーレムじゃなかったか?」
 なぁ? と目線で尋ねてくる彼に、うん、とスイは頷く。
 ばっしゃばっしゃと波立つ湖の上では、今も戦いが進められていた。
 化け物が水の外に出た瞬間を狙って、フリックが放った雷が、バチバチと音を立てては消え、シーナが突きたてようとした剣が、丈夫な皮に突き返されている。
「ゴーレムだったよ? 脱皮する前は。」
「――……脱皮?」
「あのままゴーレムとして育ってくれるとばっかり思ってたんだけどね。」
 忌々しい、と小さく舌打ちするルックに、クスクスとスイが楽しそうに笑った。
「だから言ったじゃないか? 通販で、買う卵には、辺りはずれがあるってさ。」
 そして、風で守られている船の縁に再び顎を乗せて、戦いの行方を見守る。
「――通販?」
 顔をゆがめて繰り返すタイ・ホーに、そうそう、とスイが微笑む。
「ジーンが教えてくれた、とある裏通販なんだけどね。
 あなたにも育てられる使い魔ゴーレムの卵っていうのがあって、ルックと一緒に育ててたんだよ。」
 にっこり。
 笑顔で言ったスイは、決して、「どこで」だとか、「今、そこに居るのがそうだよ」だとも言わなかった。
 ただひたすら、ニコニコと笑っていた。
 笑っていたのだけど。
 タラリ――と、タイ・ホーの額に汗が伝った。
 そして彼は、無言で波立つ辺りに視線をやると、
「ゴーレムだって?」
「脱皮したら、肉食のうなぎになっちゃったんだよ。」
 ほら、と指差すスイの先では、確かに黒い大きな体があるが――――――。
「うなぎぃ?」
 あの、大きさで?
 タイ・ホーの頭の中に浮かぶ「うなぎ」は、大きくても1メートルあるかないかくらいの――脂が乗っていると美味しい「それ」しかなかった。
 しかし、目の前にある物は、どう考えても……。
どばっしゃーんっ!!
 巨大な水しぶきをあげる物体は、どう見ても。
「化け物だろ、ありゃ?」
 そういう以外なかった。
 フリックが突きたてた剣が巨大うなぎのヒレの付け根に突き刺さる。
 それを拠点として、フリックが紋章の力を開放しようとした。
 けれど、それよりも先に、痛みにうめいたうなぎが、大きく体をくよらせ、湖中へと姿をくらます。
 手にしたオデッサごと湖中へと引きずり込まれる形になったフリックを、慌ててシーナが追った。
 うなぎの体から漂う血の色が、湖面を真っ赤に染めた。
「ルック?」
 スイが、チラリと視線を走らせる。
 それに答えて、ルックは小さく鼻を鳴らせた。
「確かに、良い運動にはなったろうね。」
 そして、彼は右手をゆっくりと下ろした。
 仄かな光が消え、船の回りを覆っていた風が消えた。
 同時に、ばしゃばしゃと激しい音が間近で聞こえたかと思うや否や、大きく船が揺れる。
 慌ててタイ・ホーが櫂をしっかり握り締め、船が転覆しないようにバランスを取る。
 その船の目の前に、巨大な影がザバァァ、と突き出た。
 黒いぬめるような皮膚。思わず掌を合わせたくなるような醜悪な顔。
 ギラギラと光る目が、怒りをにじませている。
 その巨大うなぎのヒレの付け根で、フリックが必死になって張りついている。
 両目をきっちりと閉じているのを確認して、ルックは小さく眉を寄せる。
 どうやら、うなぎの血をまともに浴びたか何かして、目が染みているらしい。
 うなぎの血は毒だというけど――それは、この巨大うなぎにもいえることなのかな、と呑気に思いつつ、スイがうなぎを見上げた。
 けしゃぁぁっ、と大きく口を開いたうなぎの歯が、ギラリと光る。
 その、化け物へ。
「誰に向かって牙むいてるの?」
 ニッコリと、スイが微笑んだ。
 瞬間、巨大うなぎの体が、まるで恐怖を覚えたかのように震えた。
 同時に、うなぎの目から一気に怒りが消え去り、代わりにこの上もな怯えが映し出された。
 しかし、それを認めてやる気なんて、早々ないスイは、ゆっくりと小首を傾げると、
「今日の夕飯は――うなぎなんて、どうかなぁ?」
 わざとらしいくらいゆっくりと、ルックを振り返った。
 すると、ルックはルックで。
「いいんじゃない? ちょうどいい運動したみたいだから、身も引き締まってるだろうしね――。
 誰が親かもわからないような使い魔は、役に立たないだろうしね。」
 突き放すように、キィン――と、うなぎをにらみつけた。
 慌ててうなぎが身を翻して逃げようとするよりも早く、スイは片手に棍を握り締めると、船の縁を蹴った。
 ルックが、手に宿した風の力を、無言で開放する。
 それと同時、湖の中へ、尻尾を巻いて逃げ出す犬のように、もぐりこもうとしたうなぎの周囲の水が、風によって、無理矢理押し広げられる。
 巨大なクレーター状態になった湖に、ぎょっ、としたうなぎが身をちぢこませるよりも早く、スイが、トン、と彼の額に降り立った。
「ったく……恩を仇で返すとは――親の顔が見てみたいね。」
 小さく――親であるところのルックに対する当てこすりをしてから、スイは問答無用で、棍を振り下ろした。
 そのうなぎの弱点であるところの、眉間に向けて、思い切り、ソウルイーターの力を開放させながら。





「余計なもの、吸っちゃった。」
 ヒラヒラと泳がせる右手の手袋の下が、赤く光っているだろうことを予測しながら、ルックは無言で箸を手にした。
 目の前に置かれているのは、ふんわり柔らかに煮あげられ、焼かれた「うなぎ」である。
 たっぷりの脂と、引き締まった身がとても美味しそうである。
「やーっぱ、通販じゃダメだねー。今度は、ちゃんと現物見てから買おうよ。」
 当たり前のことのようにルックに話し掛けつつ、スイは、手にした箸で身をほぐす。
 そして一口食べると、んむむ、と唸った。
「おいしい。」
 満足そうに微笑むスイへと。
「っていうかよ、人を撒餌にするなよ、お前は!」
 こっつん、と軽いこぶしが落とされた。
 ん? と見上げた先に、スイが座る椅子の背もたれに手をかけたシーナが立っていた。
 未だ水が滴る髪にタオルを引っ掛け、仄かに湯気を昇らせている。
 どうやら、お風呂上りのようである。
「シーナはいらないの、コレ?」
 ふんわりとした身を箸先でつまみあげると、シーナは小さく喉を詰まらせた。
 欲しくないわけじゃない。
 無言で彼はスイの隣の椅子に腰掛けると、スイとルックが食べているものと同じ物を注文する。
 今朝獲れたばかりの、新鮮うなぎの蒲焼である。
「たく、フリックはまだリュウカン先生に怒られてるぜ? うなぎの血は、ちゃんと洗い流さなくっちゃダメだろうがってさ。」
「あやうく失明するところだったらしいね。」
 他人事のように笑うスイの笑顔に、そら恐ろしいものを感じつつ、シーナは頬杖を突いた。
「俺は、今日のせっかくのデートを台無しにされるしよ。」
「でも、その代わりに、美味しいものにありつけてるし♪」
 ね? と顔を覗き込まれて、だからよ――と、シーナが反論しようとした瞬間。
「スイ。」
 不意に、ルックが顔をあげた。
 ん? と促すスイへ。
「今度買うのは、キメイラがいいと思うんだけど。」
 真摯な眼差しで、そう告げた。
 がくっ、と頬杖を落としたシーナが、ぱくぱくと口を大きく開け閉めするのを隣に、スイは軽く顎に手を当てると、
「キメイラか――でも、今の解放軍じゃ、マッシュに見つからないように育てる場所がないよ?」
 低く、答える。
「そうだね……なら、今回も湖で育てられるものにするしかないんだね。
 ゴーレムみたいに、水の中でも大丈夫な生き物じゃないとダメとなると、大分絞られてきちゃうな。」
「でも、今回の脱皮したらうなぎだった、みたいに、水の中でしか役に立たない使い魔はダメだしねー?」
「ったく、君があのとき、ストーンゴーレムさえ倒さなかったら……。」
「あの程度の使い魔じゃ、役不足すぎるもん。どーせいつか仕入れなくちゃいけなかったんだしね。」
「通販じゃなくって、どこかで捕まえてくるのが一番なんだけどね?」
「だめー! そんな、いつ使い主を襲うか分からないような危険なものを、解放軍内で飼う事はゆるしませーん。」
 唖然とするシーナを無視して会話する二人に――シーナは、だんだんと顔をゆがめて行き……やがて、げっそりと呟いた。
「スイ……解放軍の仲間を食いそうになる使い魔は、飼ってもいいのか?」
 自分が負った傷を示して尋ねると、彼はきっぱりと言い切ってくれた。
「だから、ちゃんとこうして逆に食べてるじゃないか!」
「……………………………………。」
「おいしいしね。」
 無言で顔を伏せるシーナの斜め前で、しれっとしてルックが答えた。
 そんな二人に、シーナがどうしようもなく疲れた思いを抱いたとしても、それはきっと……仕方のない、ことなのかも――――――しれない。








ある日、解放軍の地下室で、妖しいうめき声が聞こえたとしたら――
決してそこへ近づいてはいけません。
もしかしたらそれは、誰かが育てている、悪魔の僕なのかもしれないのですから……。


3周年アンド5万ヒット企画参加ありがとうございました〜♪
どんどんぱふぱふー!!

なんとか幻想3発売日までに仕上げることができました、が!
シーナとルックと坊の悪友話?
ルックと坊の企み話ではなく?
シーナとフリックが不幸な話ではなく?
ではなく?

ええ、三人の悪友話です!!(言い切り)

普段はこれくらい仲はよろしいのですよ、もちろん?



シーナ「スイ! 今日、一緒に飯食おうぜ。」
スイ「いいよ? その代わり、シーナのおごりね♪」
シーナ「ああっ!? 冗談! お前の方が金あるじゃねぇか!」
ルック「ご馳走さま。」
シーナ「だから、おごらねぇって言ってんだろ! 俺、親父に財布の紐握られてて、金欠なんだからよ。
スイ「あえて言おう! 僕、昨日棍をレベル16まで鍛えたから、一文ナシなんだよ。
 ちょうどルックかシーナにおごってもらおうと思ってたトコ。」
ルック「昨日、ちょうど買いたい本があってね。」
シーナ「…………お前ら、もしかして、俺の金目当てかっ!?」
ルック「しょうがないだろ。スイが一文ナシなんだから。」
スイ「ルック、その言い方、微妙に気になるんだけど、ま、いいか。
 僕もどうせ一文ナシだし。」
シーナ「言っとくけど、俺も三人分はないぜ?」
ルック「なら、僕とスイの分だけ置いて、君はアイリーンさんの手作り料理でも食べてたら?」
シーナ「うわっ、お前、俺の財布だけ目当てか!? そこらの女より最低だぜ、それ?」
スイ「そこらの女は、最低でも食事だけは付き合ってくれるもんねぇ……たとえ、シーナの財布が目当てでも。」
シーナ「お前もさりげに酷いよな――くそ、おごってやらねぇ。」
スイ「あ、うそうそ! シーナは、水も滴るいい男だってば! ついでに、財布の紐も緩ければ、最高!」
ルック「そうそう。二枚目で通すには三枚目の方が似合ってるけど、財布さえ緩ければ、二枚目に格上げも夢じゃないよ。」
シーナ「……………………おっまえらなぁ……!
 ま、いいけどよ、どーせいつものことだし?
 で、何食うんだよ?」
スイ「わーい♪ だから、シーナ、愛してるーっ!!」
ルック「感謝するよ。」
シーナ「このヤロウ……。」

フリック「あれ? お前ら、レストランの前で何やってんだ?」

スイ・ルック「………………!」
シーナ「あれ、フリック?」
スイ「フーリーッッック!!」
ルック「それじゃ、そういうことで。」
フリック「へ? あ? おいっ!?」
シーナ「ちょ……っ、お前ら、何フリックを無理矢理レストランに連れ込んで……っ!?」
スイ「ささ、こっちこっち、フリック。」
ルック「そうそう、懐が広いと、いい男って言われるんだよねー。」
シーナ「あいつら……俺よりも財布が厚い方を獲りやがったな!
 ったく、スイもいいとこの坊のくせに、金の匂いに敏感だな……っ!」
スイ「シーナ! 何やってんの! 君も早くおいでよ!」
ルック「テーブルは、四人がけだからね。」
シーナ「……! …………今いくぜっ!」
フリック「って、おいーっ!? まさか、四人分かーっ!!?」
スイ「そゆこと。」
シーナ「わりぃな、フリック。」
ルック「ま、そういうことで。」