屋上の怪異現象

 
 
 僕の名前はリオと言います。このジョウストン都市同盟の軍主っていうのをやってます。
 いつもはお飾りリーダーをやってればいいんですけど、時々シュウ……あ、うちの軍師なんですけどね、顔と声と頭だけが良い、性格はちょっと箸にも棒にも引っかからないっていう――その軍師に言われて、仕事してます。
 子供は遊んでいるのが仕事みたいなものだって言ってくれて、良く表に仲間集めに走り回ってるんだけど――そう、同盟軍はね、元々の人数が凄く少ないから、軍主自ら仲間捜しに走り回っているってわけ。とはいうものの、結構人が集まって、最近は城の施設も沢山増えて、それにつられるように住む人も増えてきてるんだけどね。
 それで、最近やってることと言ったら――えーっと、うーん…………なんだろう? 露天風呂ツアー組んだりとか、グルメツアーしたりとか、そうそう、骨董品集めとかにも凝ってるかな? お風呂に飾ったり、城の所々に飾ったり――そうすると、僕の憧れの人が、良く来てくれるから。
 とと、これは報告書なんだっけ。余計なこと書いてると、まーたシュウから書き直し命令くらっちゃうよ。
 とはいうものの、シュウに、「報告書を書いてください」と命令されただけで、何を書いていいんだろうね?
 一応ナナミに聞いてみたけど、ナナミの答えはいつだって当てにならないし。
 あーあ、こういう時にジョウイでも居てくれたら、ジョウイに書いてもらうのに。
 無理な話だけどね。
 で、しょうがないから、僕は、ついさっき、屋上で見たことを報告することにしました。
 ま、報告書ってくらいだから、とりあえず、事実そのままを書かないとね。
 うーん、僕の表現力で、表現しきれるかなぁ?
 
 
 
 
 
 

※※※※※※※※
 
 
 
 
 

「うーん、良い風。」
 屋上には、いつも良い風が吹いている。
 けれど、屋上に来るものは滅多にいない。何故ならここは、柵も仕切りもないため、危険なのである。
 頂上では同盟軍の証である旗が揺れ、急な斜面になっている屋根にも関わらず平然と止まっているフェザーが毛作りをしている。
 時々リオが屋上に行くことはあったが、屋上に行くためには、リオの部屋しかない階を通っていかねばならないこともあり、ここに人がいることは滅多になかった。
 けど、今日は違った、
 屋根の上に座り込み、フェザーの羽根に頭を預けるようにして、少年が一人、地上を見下ろしていた。
 澄んだ青い空、強く吹く風。乱れるバンダナをそのままに、彼は気持ちよさそうに目を細めている。
 見る人が見ればわかる、隣国の英雄である。隣の共和国のとある部屋に行けば、彼の肖像画や、胸像、飾られた歴史書を目にすることができるであろう。
 人々は、彼を英雄と呼び、誉め、たたえ、時にはしんみりと語った。
 その少年の存在を、同じように屋上にやってきた男は――兜に隠れて見えない顔の、唯一見える口元を歪めて、そのままUターンしかける。
 が、しかし、その入り口の方向をチラリとも見ない少年が、
「こっち、座れば?」
 ぽん、と自分の隣を叩いた。
 もちろん、彼と男、そしてフェザー以外はいない屋上でのことである。
 誰を誘っているのかは、分からないはずもなかった。
 暑い中、見ている方も暑くさせるような黒い鎧に身を包んだまま、ペシュメルガは嫌そうに顔を歪めた。
「先客がいるのなら、別に……。」
「いつもの場所は、誰に取られたのさ?」
 くすくすと笑う声は、原因をしっかり把握しているといいたげであった。
 ペシュメルガは、心底嫌そうに顔を歪める。
 彼にそんな顔をさせることが出来るのは、五本の指だけで足りた。
 その栄誉ある一人であるスイは、ほら、と自分の隣を示す。
「もっとも? いつもの場所で、ナルシスト軍団に囲まれて夏の暑い日を過ごしたいのなら、別だけど?」
 耳を澄ませば、風に乗って軽やかなメロディが流れてくる。
 それは、遠い昔――いや、ペシュメルガにとっても、スイにとっても、ほんの短い月日でしかない三年前の日常に、ごく当たり前に存在していた曲であった。
「お前が連れてきたのか?」
「人聞き悪いね。連れてきたんじゃないよ。使者として、ぜひに、って自分から名乗り出たんだよ――ミルイヒが。」
 にこ、と笑ったその顔の、一体どこまでを信用してもいいものか。
 ペシュメルガは、そのまま踵を返したいのを熱心に思ってはいたが、特にこれと言って彼を避けるような事情が見つからず、しぶしぶ隣に座る。
 それを、至極満足そうにスイが見つめる。
「ペシュとは、あんまり話してなかったから、避けられてるのかと思ったよ。」
「避けれるものなら、避け続けたいな。」
 確かに、と続ける ペシュメルガに、スイは片方の眉だけをあげたが、特に何も言わず、空を仰いだ。
 明るいばかりの日差しを浴びながら、そう言えば、と口火を切る。
 ペシュメルガは、あまり聞きたくないといいたげな表情であったが、先を促すしかないため、軽く頷くようにしてスイの言葉の先を待つ。
「ペシュといるとさ、いっつも、空が暗くなるよねぇ。」
「天気はいいと思うのだがな。」
 答えたペシュメルガも分かってはいた。
 空は明るいばかりの青である。
 なのに、視界が暗い。まるで雨雲が……いや、雷雲が辺りを覆っているかのように、太陽の光を遮断しているかのような暗さである。
 空では、太陽がしっかりと輝いているのに。
「いっつもだよねぇ。」
「気のせいだろう。」
 スイがもたれているフェザーが、小さく身震いする。
 寒気でも感じたのかもしれない。
 即答しつつも、決して空を見上げようとしないペシュメルガに、くすくすと、スイが笑う。
 その笑顔は、愛らしくはあったけれども、決して微笑ましいものではなかった。
「ペシュメルガ。」
 ふい、と声をかけるスイに、彼は無言で視線を向ける。
 そんなに嫌なら、さっさとここをさればいいのだけど、久しぶりに彼から声をかけられたのだ。ここで逃げてしまったら、彼の機嫌を損ねることは間違いなかった。
 べつにそれが恐ろしいわけではないのだけど、彼の不況を買うことは避けたかった。そんなことをしてしまったら、先一ヶ月は安眠を保証されないこと間違いなしだからである。
 この時期に、面倒を背負うことだけは止めたい。
 夜中に女の啜り泣きが聞こえるのも、子供の呼び声が聞こえるのも慣れてはいるが、「彼」が寄越すのは、そういう生易しい物ではないのだ。
「何考えてるの?」
 楽しそうに笑うスイの右手が、ほのかに光っているのを感じながら、何も、と答える。
 お前が毎晩毎晩寄越す、ソウルイーターの中の「不敵な住民」達のことを考えていた、なんて言ったら、今日からあげようか? と笑顔で言われることが決まっていたからである。
 残念そうな顔で、そう、と囁いて、スイは右手をさする。
 普段はこの城で猫を被って、おとなしく、傷ついた英雄を演じている少年なのだが、時々それに疲れたら、こうして屋上で休んでいる。
 こういう時の彼は、たまりにたまったストレスを発散するとでもいいたげに、いつも以上に凶悪になるのである。
 それが分かっているからこそ、できるなら、屋上で安らいでいる彼に近づきたくなかったのだけど。
「……スイ、お前いつ帰るんだ?」
「どこへ?」
 にこ、と笑うスイに、「グレッグミンスターに早く帰れ」といいたいには山々なのであったが、そんなことは、彼の笑顔の明るさを前にしたら聞けなかった。
 何が返ってくるか分からないからである。不用心な事を口にして、屋上から叩き落とされた某現大統領の不幸な出来事は、解放軍メンバーの心に、強く刻まれているのである。
「いつまでも屋上にいては、身体が冷えるだろう。……軍主殿も心配する。」
「軍主……ああ、リオ? さぁ、どうだろう? 今はシュウに掴まってるみたいだしね。」
 会話を交わすように笑うその顔よりも、彼が口にした「名前」に気が行った。
 スイは、普段からシュウのことを、「シュウ殿」と呼んでいる。それはシュウを敬っているということではなく、彼をこの同盟軍の軍師として扱っているということに他ならない。
 何せ、スイは、尊敬しているから「殿」を付けて呼ぶのだという、わかりやすい性格はしていないのである。
「…………………………。」
 何故スイが、「シュウ」と呼びすてにするのかと、いぶかしむペシュメルガの顔に気付いたのだろう。
 スイは、ああ、という顔をした後、フェザーの羽根の付け根に指を滑らせ、そこを掻くように撫でながら、
「ちょっといろいろあったんだよ――そう、いろいろね。」
 唇を隠すように、フェザーの羽根に頬を埋めた。
 それはまるで、泣いている顔を隠すような仕種であった。
 猫を被っている「儚い英雄スイ=マクドール」なら、するであろう仕種、とでもいうべきなのかもしれないけれど。
「いろいろ……な。」
「そ、いろいろ――でさ、ペシュ?」
 フェザーがおとなしくしているのをいいことに、頬を摺り寄せ、唇に柔らかな微笑みを乗せる。
 瞳だけは、ペシュメルガを見つめている。
 昔、彼が魅了された瞳。光の加減によって、赤く光る――奇麗な目。
 射抜かれて、息が詰まるのを覚えたペシュメルガに、囁くような声が届いた。
 それは、聞こえたくも無いのに、しっかりと耳に絡み付く。
「気分転換に、ちょっと空を飛んでみたくない?」
「…………………………お前は、気分転換をしたいのだろうが、俺は………………。」
 言いかけた言葉は、つい、と伸びてきたスイの指先により止められる。
 分厚い兜で見えないペシュメルガの顔で、唯一露出した部分――唇に、人差し指を突きつけて、スイは、笑顔で続けた。
「もちろん、付き合ってくれるよね?」
 突きつけられた右手の指先を見下ろしたペシュメルガは、卑怯にも光を放っているソウルイーターを認めて――ひきょうもの、と小さく呟いた。
 その声は、十分スイに届いていただろうに、スイは、何も聞かなかった振りをした。そうして、ペシュメルガに突きつけていた手の平を返しす。
 さぁ、と催促するように差し伸べられた手の平を突き返せるほど、ペシュメルガもスイの被害の酷さを知らないわけではなかったのである。
 
 
 
 
 
 
 

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 フェザーが、空を飛んでいました。
 その背中で、スイさんはとても楽しそうに笑っていました。
 ペシュメルガさんも、楽しそうでした――とは言っても、ペシュメルガさんの顔は見えませんでしたけどね。
 後から、僕も呼んでくれたら良かったのに、ってスイさんに言ったんです。そうしたら、危なくないのが分かったから、今度はいいよ、と言ってくれました。
 今度スイさんと一緒に、フェザーに乗って、ムササビ捜しに行くことになりそうです。今から凄く楽しみv
 とと、これは報告書だったっけ。
 ということで、本日屋上で見かけたのは、ペシュメルガさんとスイさんが、フェザーに乗って御散歩しているところでした。
 おしまい。

 ……こんなものでいいのかな? 報告書??
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

――もちろん、こんな報告書でいいわけはなく、
「お前はまともな報告書も書けんのかーっ!!」
 という、シュウの怒涛の叫びが、執務室に響いたのであった。
 かくして、書き直し命令をいただいたリオは、しばらくスイとのフェザーの旅に出ることもなかったのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

追伸。

「スイ殿? 私は、あれほど、口を酸っぱくして、フェザーには乗らないようにと、そう提言さしあげたはずですが?」
「ええ、そうですね。シュウ殿は、フェザーに一人で乗るなんて、とんでもないと、そうおっしゃいました。普通の人を乗せるのも危険だと。」
「覚えておいででしたら、どうして――。あなたに何かあれば、わたくしたちは、レパント大統領に顔向けできません。」
「だから、一人ではなく二人で、ペシュメルガと、乗ったじゃないですか。」(にこにこにこにこ)
「…………(にこにこにこにこ)………………こっの、くそ英雄。」
「え? 今何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何も。――なにはともあれ、ご無事でなによりでしたよ。」
「ご心配ありがとうございます。
 ですがシュウ殿? 私は、これからのあなたの御身を心配さしあげますよ。」
「どういう意味で?」
「もうすぐ分かりますよ。」
「?」

どたどたどたどた……っ!!!

「シュウっ! 僕がフェザーに乗ったら、どうして駄目なのさっ!」
「そうよそうよっ! スイさんが良くって、私とリオは駄目なのっ!!?」

「まぁ、頑張って説得してくださいね?(にっこり)」
「………………こ、この悪魔………………っ。」
 
 
 
 

THE DEVIL