空から射抜くような熱い視線が、地上を焼いている。
絶え間なく降り注ぐ太陽の光に、地面は熱され、陽炎が出来ていた。
行き交う人々の影すらも揺らいでみえる熱帯のような気温に、風もゆっくりと流れて行く。
おかげで、いつもなら涼しい風が吹くはずの屋敷の中も、ぱったりと風は流れなく、時々忘れたころに吐息のようにか細く流れてくる風は、生温かかった。
しばらくは、おとなしく上質のソファにもたれて、団扇で仰いでいたスイであったが、いいかげん昼も超える頃になると――暑さも絶頂になると、吹き出す汗に苛立ち、ソファから起き上がった。
「あついー……。」
そして、庭に面した開け放たれた窓近くまで歩くと、絨毯のない場所――フローリングの床に、ぺったりとしゃがみこんだ。
いつもきっちりと着込んでいるのだが、今日はさすがに暑すぎるし、外に出かける予定もないため、シャツとズボンだけである。そのズボンも、腿の辺りまで捲り上げられており、館の主らしからぬ姿であった。
むき出しの素足で床の上に座り込むと、ソファの上よりも固いながらも、冷たい感触が返ってきて、一瞬だけ汗が引いた。
けれど、そのままそこに座っていれば、必然的にスイの体温で温まってしまう。それに、心地よいのは足だけであった。
しばし無言でそのまま窓の前に座り込み、団扇を仰いでいたのだが、温まった床の感触に耐え切れず、ずず、と移動する。
冷ややかな床にしゃがみこみ、ずるずると身体を倒して行く。
ぺったりと、頬に冷たい床がついて、それがまた気持ち良い。
もちろん、しばらくそうしていれば、床は温まってしまう。
そのため、床が温まったころに、新たに冷えた場所を求めて、ごろごろと身体を回転させて移動する。
ごろごろごろごろ
持っていた団扇を、窓の前に置き去りにしたまま、絨毯をも捲り上げて、その下の床に涼を求める。
ぺったりと、頬を床につけて、ほう、と吐息をついた瞬間であった。
「ぼっちゃんっ! 何をみっともないことをしているのですかっ! 汚いでしょうっ!?」
開け放たれたドアの外に、偶然やってきたらしいグレミオが、悲鳴に近い声をあげた。
スイはそっちに顔どころか、視線を向けることなく、しれっと答える。
「いつもグレミオが磨いているからピカピカだもーん。」
再び身体を移動させる。
ごろごろごろごろ
「そーゆー問題じゃなくって……。」
そのまま転がって行くスイに、グレミオが腕を組んで眉を顰める。
かくいう彼も、いつもの長袖の服の袖を、二の腕で捲っていた。けれど、それ以外は特にいつもと変わりない姿である。
ちらり、とグレミオを見上げたスイは、その暑苦しい格好に柳眉を顰めながら軽く唇を尖らせる。
「だってあっついんだもん。」
良くそんな格好できるね。と、見ている方が暑いといいたげに、つい、と視線をずらす。
グレミオの注意を無視するかのような態度に、青年は微かに不機嫌そうな表情を見せる。
「心頭滅却すれば、火もまた涼し、ですよ、ぼっちゃん。」
けれど、そんなグレミオのじじくさい言い分にもまるで聞かず、スイは目を閉じて、床に熱い吐息を零す。
冷えた床の感触が、暑さに火照ったからだに心地よい。
「この年でそんなの、悟りたくもないよーっだ。
んねぇ、グレミオ。氷ない? 氷。」
確か、どこだったかの貴族が差し入れてくれたはずだと、ぱちり、と瞳を開ける。
軽く上半身を起こして尋ねた瞬間、
「駄目です。」
氷と張るくらいの冷ややかな声が即答で返ってきた。
「なんだよ、けちっ! 冷血漢っ! 三十路っ!」
噛み付くように怒鳴りながら、顔を起こして見た先で。
「……………………ぼっちゃん?」
冷ややかな――他の人が見るところには、穏やかで優しそうなのであるが――微笑みを浮かべたグレミオが、腕を組んで立っている。
「……――あ。」
たらり、と、スイの額を汗が滑った。それは決して、暑さのためではなく、どちらかというと、冷や汗に近かった。
まずい、とスイが思った瞬間、それを肯定するかのように、グレミオがゆっくりと歩み寄ってきた。
彼の整った顔に浮かぶ笑みは、この上もなく恐ろしい。
「そんなに、お仕置きしてほしいみたいですねぇ?」
「そ、そーゆーわけじゃぁぁぁ。」
えへ、と笑ってごまかしてみるものの、スイのすぐ側にしゃがみこんだグレミオの顔は、穏やかにはならない。
「暑いとおっしゃるなら、もっと熱くしてさしあげますよ?」
近づいてくるグレミオの瞳が、熱さを宿していて、じりり、とスイが後退する。
けれど、その先にはソファがあって、どん、と背中から突き当たった。
「なぁんか、最初のあついと、最後のあついの言葉が違うような……。」
そう、違うのである。
これ以上下がれずに、引きつった笑みを浮かべるスイに、グレミオの微笑んだ顔が近づく。
「……って、うわっ、おいっ、グレミオっ!」
慌てて両腕ではばもうとするスイに、グレミオの手が触れる。
「服がはだけているので、脱がせやすいですよね、ぼっちゃん?」
にっこりと笑いながら、スイがだらしなく着ていたシャツの裾から手を入れる。
それを止めようとしたスイが、手に意識を集中した隙を狙って、グレミオの膝が両足を割って踏み入ってくる。
「って、こらっ、あつっ……熱いって……ん……っ!」
心地よく汗が冷えた体に、触れてくるグレミオの手の平が熱くて、軽く眉を顰めたスイは、微笑む三十路の笑顔に――熱さに目眩を覚える自分を予感するのであった。
「………………し、死ぬ………………。」
ぐったりと、床にしゃがみこみながら、ソファにもたれかかるスイに、さっさと服を着込んだグレミオが、呆れたように片眉をあげる。
「体力ないですねぇ、若いくせに。」
言いながらも、スイのために持ってきた冷えた水入りのグラスを差し出す。
それを乱暴に奪い取りながら、スイが噛み付くように怒鳴る。
「熱くて体力なかったんだから、しょうがないだろっ!」
夜だったら、もう少しマシだよ、と口にしないだけ、学習能力があると言ったところであろう。
グレミオに差し出されたグラスを口に入れ様としたスイは、その中に氷が入っていないことに気付き、冷え切ったとは言えない水を見下ろす。
そして、ため息を零すと、グラスの中の水を一気に飲み干した。
井戸水からくみ上げたてとはいえ、汗が一気に引くほど冷たいわけではない。
ただ、喉がからからになっていた喉には、ちょうど心地よかった。
一気に飲み干したわりには、汗が引いたわけでも、目眩がするような熱さがなくなったわけでもない。スイは辛そうに片手で顔を仰ぐ。
それを見ていたグレミオは、やれやれと言いたげに空になったグラスを取り上げ、再び部屋を出ていった。
少しして返ってきた彼の手にも、同じグラスが握られていた。
お代わりかと思ったスイに、
「……一粒だけ……ですよ。」
からん、と心地よい音が、グラスの中から聞こえた。
ぴく、と動いたスイは、グレミオが差し出すグラスの中に、汗をかいた透明な塊を見つけて、キラキラと瞳を輝かせる。
「あーん。」
「まったく……。」
親鳥から餌をもらう小鳥のように、口を開けるスイに、呆れた表情でグレミオが氷を手にする。
そして、冷えたそれを、スイの唇を滑らせるようにして含んでやる。
赤い舌の上に乗せられた氷が、す、と唇の中に消えたかと思うや否や、スイが先ほどまでの辛そうな表情を一転させて、しあわせそうに微笑む。
「……冷たい。」
とろけるように笑うスイに、グレミオはしばらくその子供じみた表情を見ていたが、頃合いを見計らって、ひょい、と覗き込む。
「ぼっちゃん?」
「ん?」
無警戒に見上げたスイに、乱れてかかる髪を抑えながらグレミオが顔を近づける。
「ん。」
唇で唇を覆うように塞いで、驚きに目を見張るスイの柔らかな唇を、舌先で割る。
「ん……んん……ん……!?」
驚いたスイの顔が、陶酔に変わるよりも先に、顔を放す。
そして、瞳を開いたままのスイに、にっこりと笑いかけると、やっと何が起きたのか悟ったらしいスイが、手の平で唇を覆った。
「ん……んん? あれ、氷? 氷が……??」
ないよ、と、見上げた先で、グレミオが微笑みながら、口の中をチラリと見せる。
舌に乗るのは、半透明の溶けかけた氷。
あ、と小さく叫んだスイに、
「これ以上は、お腹を壊しますからね。」
楽しそうに、グレミオが答えた。
スイは、自分の唇を指先で抑え、乱れたままのシャツをつかみ、ぎゅ、と眉を引き絞る。
そうして、悪びれずに口の中に入った氷を舐めている青年に、小さく、叫んだ。
「………………グレの馬鹿……っ!」
HAPPY?