「彼」と初めて会ったのは、今からもう15年も昔のことだ。
第一印象は、「女みたいな顔をした、陰鬱そうなガキ」──俺とは、決して相容れないタイプの人間だと思った。
リオの半歩後ろを歩きながら、同盟軍を見上げる眼差しはどこか悲しげで、こんなのが仲間になって、力になるのかと、思った。
背丈は自分よりも少し高いくらいで、カスミさんよりもまだ低い。
折れそうに見える細い首と、ヒョロリとした手足。
育ちが良さそうな雰囲気が全身から匂っていて、同盟軍の荒波にもまれれば、すぐにでも根をあげそうに感じた。
だから、どうせすぐにココから逃げ出していくだろうと──そう思っていた。
彼の名前が──トランで一番有名な「スイ・マクドール」であると、……フッチから聞かされるまでは。
──まさか、と思った。
だって、トランの英雄と言えば、解放戦争の英雄だぜ?
当時から3年前に、ロッカクの里を壊滅状態に陥らせた「百戦百勝将軍」を、破った男だぜ?
あの悲惨な戦いの中──実の父であろうとも、悪しき道を歩んだ相手は討伐するという、男意気に溢れた……そう、ロッカクの里でも、ヒーローだった、「スイ=マクドール」だがぞ?
あの、か弱そうで、貧弱そうで、おぼっちゃん然とした「坊主」がそうだって聞いて、どうして信じることができるんだよ?
フッチがニッコリ笑って、「この人がスイさん。サスケは、カスミさんから聞いて知ってるんだったよね?」──なんて、紹介してくれた時にはホント……目から鱗どころか、血が噴出すかと思った。
噂の英雄に会って──あぁ、正直に言う。
俺、その時までは、トランの英雄って言うのに、憧れてたんだ。
だって、俺とそう年が違わないのに、解放戦争を制したんだぜ?
カスミさんからも、頭領からだって、あの人のいろんな話を聞いた。
心身ともに強くて、まっすぐで、そしてとても優しい人なのだと。
けどさ──実物を見て、……あぁ、そりゃ、優しそうでまっすぐそうだとは思う。その穏かな微笑みを見せられて、良い人そうだとは思ったけど、それだけだ。
ガッカリしたよ。
だって、フッチやカスミさんが心酔してる相手が、「こんなの」なんだぜ? リオやナナミさんまで、心酔してるし、ビクトールやフリックにいたっては、「スイだから」って言い切るし。
なんなんだよ、ソレ──って感じだ。
解放軍がどういうのだったかは知らないけどさ、そのスイ・マクドールって言うのは、なんだ、結局のところ、【お飾り軍主】ってやつだったのか、って……すごくガッカリしたんだ。
なんていうんだ? 夢が覚めて大人になった感じ?
そういう……裏切られた気持ちと、そんな相手だって言うのに、カスミさんやフッチやリオは、ことごとく「スイさんスイさん」って言うしさ──、キライになっても、不思議はないだろ?
ま、半分は意地みたいなものだったんだけどさ。
……俺、トランの英雄に憧れて──カスミさんやハンゾウ様がベタ誉めしてる英雄のようになりたいって、そう思って、頑張って修行してたんだぜ?
同期の連中の中じゃ、ぬきんでて才能があるってハンゾウさまから誉められてさ……、3年前の戦のとき、俺はただ、守られるだけの子供でしかなかったから、だから。
このジョウストンの戦いでは、絶対、トランの英雄のようになるんだって──意気込みが、あった。
……って、言うのに。
初めて会ったトランの英雄が──あれ、だもんなぁ。
そりゃ、確かに、美形だし、人当たりいいし、子供には優しいしさ……、言うことはないのかもしれないけど。
俺はやっぱり、裏切られたっていうか、夢破れたっていうか──そういう気持ちだったんだ……ずっと。
ジョウストンの戦いが終わった後も、そのモヤモヤした気持ちはずっと続いていて──それでも、月日が経つにつれて、その思いも薄れていったし、15年も経った今じゃ、「あぁ、そんなこともあったなぁ」程度の感慨しかない。
忘れてたのと同じくらい、あの時の裏切られたようなショック感は、ずいぶんと薄らいでいた。
そんな中で。
久し振りに再会した過去の戦友たちの筆頭に、「かの人」が立っていた。
初対面のときと、何ら変わりない風貌に、微笑み。
静かな物腰と、優しい笑顔と。
そして──「自軍の仲間」にしか見せない、壮絶なまでの微笑を認めた瞬間。
俺は、15年前の認識をくつがえさずにはいられなかった。
頭をガツンと殴られたような衝撃とともに。
……「かの人」は……、そう────…………。
「……ココは、──変わらない。」
小さく呟いて、少年は無言で左掌を握り締めた。
細めた視線の先には、シンと冷たくなった寝所が一つ。
その手前の丸いテーブルの上には、つい先ほど寝所の主が脱ぎ捨てたかのように、赤い服が広げられていた。
立てかけられた棍は、長い間そうされているにも関わらず、今朝方手入れされたかのように、ロウソクの明かりに輝いて見えた。
あの時は──目の前に突きつけられた現実に……自分たちが追い求めていた「炎の英雄」が、とおの昔に没していたというソレに、目の前が真っ白になって、色々なことを考える余裕も、そのことに対処しようとする心構えもできなかった。
しかも、今、自分たちが「敵」としてみている人達も現れて──俺が紋章を継承することになっちゃって……、本当に、色々と、精一杯で。
ゆっくりと、「亡き英雄の痕跡」を見ている暇なんて、本当に──なかったから。
「──……ここに来て、何かが見つかるわけじゃ、ないんだろうけど。」
小さく呟いて、少年──暗闇の中、炎の照り返しに暗く浮かび上がる褐色の肌を持つ、カラヤの少年は、苦い色を口元に刻んで、俯いた。
静かな──冷えた空気の中、彼の自責の色がにじみ出た言葉が、声の余韻を残して消えていく。
カツン、と足を進めれば、うつろな空間にその音が響く。
この部屋の主は、もうとおの昔にいない。
そう、分かっているけれど、──それでも。
「気持ちは、引き締まる、かな。」
グ、と握り締めた左手の甲が、知らず、ジン、と熱くなった気がして、彼は俯いていた顔をあげる。
人気のない部屋の中をグルリと見回すと、彼は、この部屋の空気を胸いっぱいに吸い込み、グ、と息を止めた。
それから数秒間、目を閉じて──、
「……──よしっ!」
瞳をパッチリと開くと同時に、胸に吸い込んだ乾いた空気を吐き捨てる。
そして、来たときよりも輝きを増した瞳で、もう一度室内を見回すと、キリッとした表情で、その場を後にする。
カツカツカツ、と、勢いの良い足音が遠ざかり──やがて、その姿が消えると、室内には、シン、とした暗さと静けさが残った。
それから……、もぞり、と、真っ暗闇になった室内の寝台で、何かが蠢く。
それとともに、先ほどまではささやかな風の気配すら感じなかった室内に、ひそやかな……溜息にも似た吐息の気配。
「──ね、もう行ったかな〜?」
ひそひそひそ……と、零れる囁き声は、暗闇を震わせることなく、逆に溶け込んでいきそうに、ささやか。
「ん〜、どうかな? 出て行って、表でハチあわせたら、しゃれにならないよね。」
答える声は、言っている内容とは違い、ずいぶんと暢気で穏かな声色だ。
数秒の間をおいてから、寝台の下から、モゾモゾと人影が二つ、這い出てくる。
その気配に合わせて、近くのドレッサーの扉が、キィ……と薄く開いて、中から二対の瞳がパッチリと現れた。
暗闇の中でもほのかに浮き出る白い肌を持った人影が1つと、暗闇に溶け込みそうな褐色の肌の人影が1つ、そろり、と床に足をつけた。
「入り口の方って、ココみたいに隠れる場所がないから、ハチあわせになったら、しゃれにならないわよね。」
はぁ、と溜息を零す白い肌の娘は、指先で金色の髪を撫で付けながら、首を傾げる。
いざとなったら、コレで絞め殺すかと、パァンッ、と薄いショールを左右に引っ張った気配が、遠目にも分かる。
「た、たしかに……。師匠の言うとおり、今の炎の英雄を倒しちゃったら、しゃれになりませんよね?」
そんな「師匠」の隣で、褐色の髪の娘が、困ったように首を傾げるが、隣の師匠とは異なり、闇に溶け込むような色彩をしているせいで、気配と声以外、彼女の動作は全く分からない。
そんな「弟子」のいるだろう方角を見て、師匠は少し考えた後、軽やかな足取りでドレッサー近くのロウソク立ての方に向かった。
あのカラヤの少年は気づかなかったようだが、実はこの部屋には、明かり用のロウソク立てもあれば、ランプもあるのだ。
「彼」が最後に来たときとは異なり、ロウソクもランプの油も、ちゃんと補充された状態で──。
「鉢合わせになったら〜? みんなで、ボナパルトの口の中に入ればいいんだよ〜v」
寝台側に立つ娘2人の方角から、暗闇の中でも、ほえほえ、と笑った娘の気配がした──瞬間、ガタンッ、と、入り口近くの椅子が大きく音を立てた。
彼女たちが視線をやれば、実は「少年」が部屋に入ってきたときからずっと、椅子の後ろにコソコソと隠れていた人物が、己を隠してくれていた恩人を、倒したところだった。
スックと立ち上がる服装は、白が際立つ。明かりが灯れば頭の上に音符を模したベレー帽を被っていることが目に付いたことだろう。
彼女は、肩口でザンバラに乱していた褐色の髪をブンと振るようにして頭を振りながら、
「ぼ、ぼぼぼぼ、ボナパルトさんはダメです! 絶対ダメです!!」
ギュ、と両手を胸の前で握り締めて、そう力説する。
そして、唇をへの字にまげて、続けて力強く、、
「だって、ボナパルトさん、ドレミちゃんたちを食べようとするじゃないですか!?」
おもむろに、道具袋の中からチマい人形のような生物を取り出し、暗闇のなかにそれを晒しだした。
とたん、彼女の掌の上に乗せられた小さなドレミの精たちは、暗闇に驚いたように彼女の手の上で、右へ左へとアタフタ踊り始める。
「──って、別にドレミの精が入る必要はないんじゃないの?」
思わず暗闇の中にうっすら見えるプチドレミの精に向かって突っ込む娘の声に重なるように、
「え〜っ! ボナパルト、ドレミちゃんたち、大好きなのに〜。」
寝台の側から、丸テーブルの方に歩み寄ってきた娘が、ぷっくりと頬を膨らませて批難の声をあげる。
「あ、あの……それは、その……好きの意味が違うのではないでしょうか?」
おずおずとした声が、部屋の端から聞こえてくると同時──ボッ、と、小さな音を立てて、部屋に明かりが灯った。
明るくなった部屋の片隅で、白い煙をあげるマッチに向けて、フッ、と息を吹きかけながら、金髪の娘が、軽やかに笑う。
「ま、どっちにしても、行って見ないと分からないわよね?
もしまだ彼が入り口にいるようだったら、ドレミの精とボナパルトをけしかけて、その間に外に出ればいいのよ。
なんなら、私も後ろから、こう、グビッとしてあげるわよ?」
透ける文様の入ったショールを、そう言いながら彼女はねじると、ヒラリと舞わせて、すぐ前に立っていた娘の小麦色の細い首にそれをかけた。
さらに、グイッ、と手前に引き寄せると、
「キャッ、し、師匠っ!?」
慌ててそれを引き剥がそうとするけれど、しっかりと食い込んだショールは、多少の抵抗では外すことはできなかった。
締め付けられる喉の苦しみに、彼女は片目を瞑ると、尖った爪先を、キランと炎に照り輝かせて、それをショールに食い込ませようと──したところで、
「ダーメよ、カレン。これは私のたいっせつな商売道具なんですから、傷つけたら承知しないんだから!」
シュルンッ、と──抵抗しても外れなかったのがウソのように、あっさりとカレンの首先をすり抜けて、ショールは元のようにミーナの腕に収まった。
ヒラヒラとそれを揺らしながら、ミーナは軽い足取りでクルリと一回転すると、
「さ、早く行かないと、日が暮れちゃうじゃない!」
にっこりあでやかに微笑む。
そんな彼女の華やかな笑顔に、つられたように、ふへら、と笑顔を浮かべたミリーの隣で、メグがヒョイと肩を竦めて、
「そうね……、それに、入り口に彼が残ってくれてたほうが、この新からくりの性能を試せるチャンスってことだし!」
クルンと表情を変えて、満面の笑顔で背中に背負っていたピコポンハンマーを取り出す。
どう見てもからくりには見えないが、彼女がからくりだというのだから、からくりなのだろう。
何せメグは、からくり師なのだから。
「からくり……、だったの、ソレ?」
掌に出していたドレミの精を元のように道具袋に仕舞いこみながら──よしよし、と慰めてあげるのは音職人のたしなみである──、メロディが困ったような顔で問いかける。
その言葉に、メグは得意満面の笑みで、ニッコリと頷いた。
「とうっぜん! 本当についさっき、完成したばっかりでね、試してみたかったんだ〜♪」
「あのね〜、私とボナパルトが、ココまで材料を〜、運んできたの〜。」
言いながら、ミリーは自分の肩に乗っている山あらしの頭を、なでなで、と撫でてあげる。
そんなミリーの瞳は、自分の相棒に対する愛情に満ち満ちていた。
しかし、そのミリーを見つめるメグ以外の面々の視線は、少しばかり冷たい。
「……運んできたっていうか……。」
思わず、俯きながら、ぽつり、──と零したのは、カレン。
「アレは、転がってきたって言わない?」
コリコリ、と頬をかきながら、呆れた溜息を零すのはミリー。
「私……まさか、あんな中から人が出てくるとは思わなかったから……ほんと、ビックリした。」
はぁ、と、胸を撫で下ろすようにして呟くのはメロディ。
特にメロディは、「あれ」がミリーとの初対面になったのだから、本当にビックリしたのだ。
まさか、転がり落ちてきた怪物の中から、満面の笑顔の美女が出てくるなんて──一体、誰が想像できるというのだろう?
その事実に、同じく初対面のくせにビックリしなかったのは、ミーナとメロディの修羅場の数の違いだろう。
「さっすがボナパルトよね! コレを探すのって、大変なんだから!」
ニコニコと、新作のからくりハンマーを片手に、メグは上機嫌にボナパルトの頭をなでる。
ボナパルトは、乱暴とも言える撫で方に、イヤがるように小さく鳴いたが、ミリーはそれを見て、ニコニコ笑いながら、
「メグ、ボナパルトがね〜、目も突付いてって言ってるよ〜。」
と、余計な一言を付け加えて、ボナパルトを両手で掴んで差し出してくれる。
「……め……目っ?」
嫌そうに顔を歪めるメロディに構わず、メグは、そうだったよね〜、と明るく言いながら、差し出されたボナパルトの目を突付いてやった。
「……で? メグ? その、からくりハンマーって、どういう性能があるのよ?」
興味津々な様子で、トントン、と踊るように近づいてきたミーナに、メグはニンマリと笑んで、
「コレでピコポンと叩けば、なんと! ぴよぴよ状態にしちゃうのっ!!!!」
ババーンッ、と、ハンマーを掲げて、自信満々、得意げな顔で叫ぶ。
その、メグいわく「世紀の発明」に、室内の人間は、揃ってハッと息を呑んだ後、
「──それって、私とカレンの協力攻撃『踊り子攻撃』と、何が違うの……!?」
「えーっと……ぴよぴよ状態なら、私とプチドレミちゃんズの『おと攻撃』でもいけますけど……?」
「えぇ〜、メグちゃん、そんなピヨピヨちゃんのために〜、ボナパルト、山の中で探してきたのぉぉ〜?」
それぞれから、メグに向かって抗議の声が飛んだ。
「ぴぎぃ!」
さらに、ミリーの手の中からボナパルトにまで抗議されて、メグは思わず半歩後ろに下がった。
それから、
「で、ででででもっ! 協力攻撃じゃなくって、1人で! しかも100%ピヨピヨにしちゃうんだよ!? それに──……そ、そう!!」
だんだんと冷ややかになっていく面々の表情に、メグは慌ててピコポンハンマーを掲げた。
助けを求めるように視線を横へやれば、ミリーとボナパルトは、冷ややかを通り越して、目が怪しく光り輝いていた。
それを認めた瞬間、メグの背筋が、ゾゾッと毛羽立って、
「こっ、コレで叩くと、ピヨピヨな上に、直前で見た記憶も消えちゃうって言う、す、すっごい代物なのよーっ!!!」
思わず──叫んでいた。
力強くハンマーを握り締めながら、メグは、シン、と静まり返った室内に、びくびくと首をすくめた。
そして、「そんなことあるかーっ!」と、それぞれの紋章でぶっ飛ばされやしないかと──いざとなったら、ピコポンハンマーでピヨピヨだっ! と、気合いを入れた……その刹那。
「……えっ、ええええええーっ!!!?」
「す、すっごいじゃないの、メグ!!?」
「ふぇ〜、これで、記憶が消えちゃうのー?」
「それじゃ、さっきのあの子に見つかっても、全然大丈夫じゃないですか!」
四人娘は、目を輝かせて、メグの「大傑作品」を、拝むように見上げてくれた。
「…………え…………ぃや、もしかして……その………………。」
ぐぐっ、と詰め寄ってくる四人に、今度は別の意味でジリリと後ろに下がるメグは、キョロキョロと迫る美人四人の顔を交互に見て──それから、えへ、と笑った。
「そう! だから、ドーンと大船に乗ったつもりで、皆で出かけてみよー!!」
無理矢理貼り付けた笑顔を、そのまま満面の笑顔に染め上げて、メグは大手を振ってハンマーを振り上げる。
途端、オオーッ、と回りから拍手が沸きあがる。
「すっご〜い、メグちゃん! 記憶を消しちゃうなんて、まるで魔法みた〜い!」
「う、うん、そうそう! ちょっとね、ヘリオンさんに頼んで、魔法を組み合わせたっていうか!」
米神に落ちかける汗を、何もなかったかのように振り払って、メグは笑顔を固持したままミリーの言葉に頷く。
「へー……普通の突っ込みハンマーのようにしか見えないけど、大したものね。」
シャラリと肩口から金髪を零れさせながら、ミーナが嫣然と微笑む隣では、頬を赤く染めたカレンが、コクコクと忙しなく頷いている。
そんな彼女たちに、ちょっぴり罪悪感が出てこないわけではなかったけれど──まぁ、ピコポンハンマーで、ぴよぴよ状態になったなら、多分、きっと、そう……少しくらい記憶があやふやになって、「さっきのあれは夢だったのかな?」って、思ってくれると思う……いや、そうに違いない!
うん、だからこれは、直前の記憶をちょっぴりなくしちゃう機能つきピコポンハンマーで間違いなし!!!
からくりを作る事では一応優秀な脳みそで、一瞬でそう結論づけたメグは、その自信満々の笑みを貼り付けて、鼻高々に言い放つ。
「そりゃもー、ジュッポおじさんの一番弟子ですから!!」
「おおーっ!!」
パラポラパラポラ〜♪
女性たちからの拍手に混じって、プチドレミの精たちまでもが、可愛らしい拍手を送ってくれていた。
メロディの頭の上で、音を鳴らしながら一生懸命拍手をくれるドレミちゃん達に、メグはブイサインを見せた後、
「ささ、みんな! 張り切って、ブラス城まで遊びに行くわよー!!!」
「おーっ!!!」
──とりあえず、今日の目的を達成させるかと、揃って「炎の英雄アルトの居室」だった場所を飛び出そうとした。
そんな絶妙の瞬間で。
「そ〜んな愉快な話を聞いたら、黙って見過ごすわけには、いかないよね〜?」
愉悦を含んだ──ひどく上機嫌な「ひと」の声が、した。
思わず、ビクンッ、と肩を震わせたのは、ミーナとメロディとメグの三人。
固まる三人の美女の姿に、カレンとミリーが、パチパチと目を瞬く。
「……この声って……、スイさん──、ですよ、ね?」
オズオズ、と、ミーナの後ろから、ヒョッコリと顔を出したカレンが問いかければ、つい先ほど──そう、本当に先ほど、カラヤの少年が出て行ったばかりの壁が、蠢いたのが分かった。
まるで闇が動いたみたいだと、軽く目を見開く面々に、壁に背を預けていた彼は、柔らかに微笑みながら、ロウソクの明かりが届く場所へと躍り出る。
パッ、と空気が変わったかのような錯覚とともに、どうして闇に溶け込んでいたのかと思うほどに鮮明な存在感が、五人の娘に押し寄せた。
その触覚に、さらにブルリと背筋を震わせながら、ミーナが苦い笑みを刻んだ。
「スイさん、いつから、ソコに……?」
「んー? 皆が来る、ほんの少し前かな? ちょうど出かけようと思ったところで、洞窟の入り口のほうで人の気配がしたから、ここでそのまま待ってたところ。」
ニッコリ。
悪びれず微笑むスイの言葉に、思わずメロディは米神に指を当てた。
「待ってたって……それなら、私達が出てきたときに、忠告してくれるとか……考えなかったんですか……?」
「いや、もしかしたら、敵かもしれないわけだし? それなら、戦闘要員はココにいてくれたほうがいいじゃない?」
ね? と、明るい笑顔で告げながら、スイは手にしていた棍で、ポンポン、と自分の肩を叩く。
「せんとうよういん……。」
──確かにそりゃ、ミーナだって、カレンさんだって、メグだって、ミリーさんだって、戦闘要員だけど……私は、補助人員ですよ〜!?
そんな声を浴びせたいのは山々だったが、頭の上でスイの登場を喜んでミニオーケストラなどを開いてくれているプチドレミちゃんズのおかげで、戦闘に参加できないわけではない己に、溜息が零れてきたメロディだった。
「それで、メグ? そのハンマーで、記憶をちょっと消去することができるんだよね?」
スイは、場に流れる微妙な雰囲気を、綺麗サッパリ流しながら、ニコニコと笑顔で問いかけてくる。
その目が、無駄なくらいキラキラと光っているのを、うっかり間近で認めてしまったメロディは、クラリと脳が揺られる感覚に、慌てて目を閉じた。
──ダメっ、スイさんの垂れ流しは、いつになっても危険!
「えっ……あ、う、うん──まぁ、その……いちおう?」
えへへ、と笑うメグの頬がかすかに赤いのもきっと、スイの無駄なほどの垂れ流しの笑顔とキラキラのせいだろう。
「なんだ、自信なさげだな? ──あぁ、そういえば、まだ試してないって言ってたっけ?」
クリ、とかわいらしい仕草で小首を傾げて、そうだな、とスイは思案するように顎に手を当てた。
そのまま考えること一瞬。
「それじゃ、早速、ヒューゴ君で試してみよう!」
まるで、最初から決まっていたかのような笑顔で、そう提案してくれた。
「え……えええええーっ!!!?」
抗議の声なのか、嬉しい悲鳴なのか分からない声をあげる娘達に向かって、スイはニコニコと崩れることのない笑顔を浮かべながら、
「ちょうど僕、今からルックにチョコレート持って行くところだったんだけど、コレを急遽ヒューゴ君用にしよう。
作戦はこうだ。」
彼女たちの停止も反論も待たず、懐からおもむろに馬鹿でかいチョコレートを取り出した。
そのチョコレートの大きさに、不満をぶつけようと口を開いたミーナは、うっかりその口を益々大きく開いてしまった。
とてもじゃないけど、一口サイズだとか、一人用サイズだとは思えない大きさだ。
「まず、君たち5人でジャンケンして、代表を決める。
で、ヒューゴ君にバレンタインチョコと言って、これを渡すんだ。」
「あぁ……やっぱり、ルック君にバレンタインチョコなんだ、ソレ……。」
メグが、額を押さえながら呟く言葉に、みたいだねー、と、なぜかミーナが少しばかり遠い目をする。
そりゃ、普段はウッカリ忘れてるけど、自分たちですら「この集まりは、対破壊者一行」だと分かっているというのに、軍主であるところのこの人が、「バレンタインにチョコ」なんかを、ルックに渡しに行くとは、どういうことなのだろう?
また、シュウさんあたりの米神の毛が後退してしまうような予感がした。
「その際、必ず目の前で一口食べてもらうこと。
──あぁ、もし、毒が入っているとか薬が入っているんじゃないかって疑われたら、自分で目の前でひとかけら食べてみせたほうがいいかもしれないな。
それなら先に、解毒剤を飲んでおいたほうがいいか…………。」
「──……って、解毒剤ってナンですかっ!!!?」
言葉がなぜか不穏だなー……と思っていた矢先に、聞き捨てならない言葉を聴いて、慌ててメロディが突っ込むと、逆にスイは不思議そうな表情で聞き返してくる。
「え? 何って──解毒剤がないと、最低1週間は意識不明の重体になっちゃうよ?」
「なっ、何入れてるんですかぁっ!!」
悲鳴に近い叫びをあげて、カレンはミーナの腕にひっしと捕まる。
解毒剤を飲まなくてはいけないようなものを、軽々しく「ヒューゴ君用にしよう」なんて言わないでほしい。──いや、それ以前の問題で、そんな解毒剤を飲まなくてはいけないような危険物体を、解毒剤を飲むとはいえ、一口食べろだなんて……っ!
そんな恐怖に体を引きつらせるカレンの叫びに、スイは困ったように微笑みながら、
「えーっと……愛情?」
「一週間意識不明になるような愛情が、どこにあるんですかっ!」
「だって、僕の愛情はほら、重くて毒々しいし。
まぁ何かな? この間の節分の時に、ルックのところにマメを撒きに行ったらさ、うっかり反撃にあったじゃない? あの時の意趣返しってわけじゃないんだけどね?」
「思いっきり意趣返しじゃないですか。」
すかさず突っ込んだメグとミーナの言葉にもめげず、スイは柔らかに微笑み続ける。
そんな意味不明の会話を前に、とりあえず最後の辺りだけ理解したミリーが、ぽんっ、と手を叩いて、
「わ〜、節分に豆まきしたんだ? いいな〜、楽しかっただろうね〜。」
もう少し早く、こっちに顔を見せにくればよかった、と。
心から悔しげに呻いてくれた。
──いや、まぁ、多分……、こなくて正解だったと思うよ?
そんな思いを噛み締めながら、四人の美女たちは、無言でミリーから視線を剥がした。
思い出すのは、つい10日ほど前のめくるめく痛々しい戦いの一日だ。
クライブの銃にマメを詰め(ちなみにクライブは、邪魔をするからという理由で、全身にマメを縫い付けられて大砲の中に詰められていた)、発砲したのはいいものの、真なる風の紋章を手足のように操るルックの前には、最初の奇襲くらいしか通用しなくって。
最後の方では、撒かれたマメのほとんどを風が巻き上げ、マメ竜巻となってこっちの陣営に襲い掛かってきたのだ。
──そう、あの時の、ペシュメルガの思いも寄らない箸さばきもビックリしたし(箸で飛んできたマメを受け取り、そのまま升に戻していた)、フリックさんの両瞼に見事に豆が命中したのにも笑ったけど、何がビックリしたって。
豆風に対抗しようと、スイさんが火炎槍を出してきたことかなぁぁぁ……。
なんでトランのドワーフって、あんなにスイさんに協力的なんだろう…………。
そんな、つい10日ほど前に起きたことを、遠い目で思い出してみるメグの肩を、不意に、ぽん、と叩く手が一つ。
ハッ、と我に返って視線をあげれば、そこには、嫣然とした魅惑的な笑みを浮かべるスイが立っていた。
しまった、間近で見上げてしまったと、後悔が頭を掠めたのも一瞬、
「チョコを一口食べた瞬間に、体がかしぐと思うから、そこを狙って、このハンマーで後ろから殴りつければいい。
後の始末は、僕に任せて……、ね?」
満面の笑み。
優しい色合いを含んだ語尾。
そんな無敵状態のものを眼前に見せ付けられて、「ダメですよ、そんなの!!」と言える人物を、彼女たちは一握りしか知らなかった。
そして、その一握りの人間は、当然、この場にはいなく…………。
「は──はいっ! スイさんっ、任せて下さい!!」
あっさりと彼の手の中に陥落したかわいそうな子羊たちは、意気揚々と、「ピコポンハンマー実験」に参加することになったのであった。
さて、彼らが、アルトの部屋に隠れていたのには、理由があった。
それはとても簡単な謎だ。
ただ単に、彼らが本拠地として使っている洞窟の奥へと続く扉が、この部屋にあっただけの話なのだ。
つまり、このアルトの部屋は、彼らがチシャクラン側から表に出るときに必ず通り抜ける『入り口』なのである。
アルトの部屋の床の一角が、パッカリと開いて、そこから出入りすることができるのだ。
そんなわけだから、当然、メグ達やスイの他にも、あの瞬間に、他に人がいてもおかしくはない。
そしてココにも1人──アルトの部屋に抜けようとしたところで、メグ達の声を聞いて、「今、ここで出て行ったら、メグ達のチョコレート買出しの荷物持ちにさせられる……!」という危機感から、彼女たちが立ち去るのを、こっそりと見守っていた青年がいた。
彼は、賑やかな6人組みが立ち去ったのを確認してから、パカッ、と床の扉を開けて、もそもそと部屋の中に這い出てくる。
そうして、再び暗闇に戻ったアルトの部屋を、険しい表情で見回しながら、唸るように低く呟く。
「スイさんのチョコレートを、ヒューゴ君にあげるって……っ!?」
部屋の中には、スイが撒き散らしたばかりの、ピンク色の空気が濃厚に残っている。
頬に当たるピンク色の空気を払いのけるように、ブルリとかぶりを振った青年──リオは、厳しい表情で眦をゆがませた。
「ヒューゴ君って……え? スイさんがチョコレートあげるのって、ルック君にじゃなかったっけ?」
部屋の中に仁王立ちするリオの後ろから、モゾモゾと這い上がってきたのは、いつもと同じ彼の幼馴染と、姉である。
ジョウイは、身軽に床の上に出た後、背後から続くナナミを引きずりあげるのに手を貸しながら、自分の肩越しに嫉妬オーラを撒き散らしている幼馴染を見上げた。
自分たちがココへやってきたのも、つい先ほど、グレミオが「ぼっちゃんなら、ルック君にバレンタインのチョコをあげてくるって、出て行ったところですよ〜」と、衝撃の事実を聞いたからだった。
トラン共和国出身者にとって、「バレンタイン」が、「ただの感謝祭」に過ぎないと分かっていても、恋する青年にとったら、愛する人が自分以外の人にチョレコートを渡すのを、黙って見過ごすことはできなかったのだ。
だから、チョコを渡すのを防げなくても、せめて、一緒についていって、ネチネチとルックにイヤミを言うのくらいはいいのではないか! というのがリオの言い分だ。
ちなみにこのセリフを聞いていたフリックは、「多分お前、今年もルックにやりこめられて帰ってくるだけじゃないのか……?」と、まるで毎年の行事を見ていたかのように突っ込んでくれたという。
「さっき、スイさんが、ルック用のチョコをヒューゴ君にあげるって言ってたんだよっ!!」
ぐっ、と拳を握って力説するリオの耳には、どうやら、そのセリフの後に続いた「解毒剤が必要」というセリフは頭に入っていないらしい。
悔しそうに、グッと眉を寄せて、思いも寄らない下馬評だと、忌々しげにはき捨てる。
「えーっと……ヒューゴ君って言うと、こないだメグちゃんが『なかなか好み〜』って言ってた子かな?」
床の上に這い上がったナナミが、最近お尻の肉が重くなった気がする……と、唇を軽く尖らせながら、リオとジョウイを仰ぎ見る。
首を傾げながら、ビュッデヒュッケ城の新年パーティに潜り込んだ時に見たはずの、「ヒューゴくん」の顔を思い出そうとするけれど、その直後にメグの娘を遠目に発見して、「まずい! 隠れるよ、ナナミちゃん!!」と、押し倒された記憶しかない。
そうそう、メグの娘さんも、ホッペをピンク色に染めて、その少年に話しかけていたから、多分きっと、彼が『ヒューゴ』君に違いない。──顔は覚えてないけど。
「ルシアの息子さんだよ。ナナミも何度か会った事なかったっけ?」
「えーっと……? ──あっ、もしかして、思いっきり高い高ーいしたら、木の枝に引っかかっちゃって、ルシアさんに怒られたときのあの子のこと!?」
「──うん、そう、その子。」
ピョンッ、と飛び上がるようにして笑って過去を振り返るナナミに、ジョウイは、ちょっとだけ引きつった笑みを浮かべながら、それでも頷いて見せた。
「そっか〜、あの小さかった坊やなんだ〜。
私も、スイさんと一緒に、ヒューゴ君にチョっコレートあげちゃおっかな〜!!」
どれくらい大きくなったんだろうと、目を細めて笑うナナミの言葉に、ジョウイは益々答える言葉を無くした。
多分、ナナミが言っているのは、メグ達のように「購入したチョコ」ではなく──手作りに、違いなく。
──……っていうか、どうして毎年毎年──20年近くも作ってるのに、いまだに出来上がりはモンスターっていうのは……どうしてなんだい、ナナミ?
「う、うーん……それは、どうかなぁ?
軍主ともなれば、ほら──、他人から貰った食べ物には手をつけないかもしれないし……、ね?」
毒が入っているならまだしも、マジカルクッキング状態のナナミの料理で腹を壊した──いや、もしかしたらもっと酷いことになるかもしれないと思えば、とてもではないが、進められたものではない。
「あ、そっか……そうだよね……そういや、リオの時も、シュウさんがそんなこと言ってたっけ。」
シュン、と肩を落とすナナミには悪いが、ヒューゴの体を思えば、あきらめてくれることこそ嬉しいだろう。
そう思い、心から止めようとするジョウイが、ナナミの言葉に、そうだよ、と笑顔で頷こうとした瞬間──、
「──そっか! それだよ、ナナミ!!」
パチンッ、とリオが指を鳴らして、笑顔で振り返る。
「へ?」
「だから、ナナミがチョコレートを作って、ヒューゴ君に渡すんだよ!! いや、渡すっていうか、交換するんだ!! さっきのは失敗だったからとかなんとか言って!」
間の抜けた表情で振り返るナナミとジョウイに向かって、リオは両手を広げて、作戦のすばらしさをアピールしようとするが──しかし、
「……リオ……あのね…………。」
「あ、でもスイさん、さっき、チョコレートを目の前で食べてもらうって言ってたな……。
それじゃ、やっぱり、交換じゃなくって、すり替えだねっ!!!」
「どうやってっ!!!」
さしものジョウイも、ココの所は突っ込まずにはいられなかった。
いやそもそも、もうすでにスイたちは行ってしまった後なのだ。
ナナミが今からチョコレートを作って、どうして事に間に合うというのだろう?
「えーっと……だから、その……気合いで?」
「あのね、リオ──そもそも、チョコレートだって間に合わないじゃないか。
それに、スイさんのチョコレートだって、あさってまで待っていれば、絶対にもらえるに違いないんだからさ──、ね?」
「でも、一番最初にほしいんだもん。」
ぷく、と、良い大人が頬を膨らませて抗議してくるという事実に、ジョウイは頭痛を覚えずにはいられなかった。
しかも、目の前の青年は、こう見えて、かの有名な「アヴァ軍の元リーダー」なのである。
あの頃のリオは本当に、なんていうか──対面している僕ですら、ゾクゾク来るほど凛々しく、勇ましかったというのに。
なんだ、今の目の前の、わがままガキンチョは?
そうして、ジョウイがそんな風に、ぷっくり膨れるリオに溜息をついている真後ろでは──、
「そうよねっ、やっぱりチョコレートは、一番初めに貰ってこそ、花!!」
娘が1人、暴走し始めていた。
その事実に気づいて、ハッと後ろを振り返る間もなく、
「チョコレートは、適当な店で買ったらいいのよ!
そして、何が何でも、スイさんのチョコを私が手に入れてみせる!」
グッ、と、ナナミは燃える拳を天井に突き上げて、瞳をランランと輝かせて、そう堂々と宣言してくれた。
「って……なな……ナナミっ!?」
なんでナナミまで、やる気モードになっているのだと、ジョウイが顔をグシャリと歪めた──その刹那。
「そっ、それなら、私も負けてはいられませんっ!」
パッカリ、と、ナナミが拳を突きつけた天井が、大きく開いた。
──ぇっ、ココって、洞窟の中じゃ……っ!!?
そんなジョウイのためらいを吹き飛ばす勢いで、開いた天井裏から、ヒラリと舞い落ちる1人の女性──、深い真紅の衣に身を包んだ娘は、床の上に降り立つと、ゆっくりと起き上がりながら、ビシリ、とリオとナナミを指差して、
「私のこのチョコを、誰よりも早くスイさんにお渡しし、そして──スイさんのチョコを、頂きます!!」
もう片手で大切そうに握ったチョコレートを胸元に押し付けながら、朗々と宣言した!
「──……って、カスミさん?」
なぜ彼女がココに? と、ハテナマークを浮かべながら、本拠地へと続く床の扉と、開いたままの天井裏とを交互にジョウイが見ている隣で、なぜか物事の展開にやすやすと付いていけているナナミとリオが、そのカスミの宣戦布告を受けて、ぐぐ、と胸を張る。
「いくらカスミさんにだって、今年のバレンタインの最初のチョコは、絶対に渡しませんよ!!」
「それは僕だって同じだ! いやむしろ、僕のチョコを一番最初に渡して、さらに貰ってみせる!!」
「──……ぇ……いや……なんで何時の間に、そんな戦いに…………?」
っていうか、まだバレンタインって──二日後だよね??
なぜか身の置き所がなくなったジョウイが、途方に暮れて視線を飛ばした先──開いたままだった天井から、
「そういう争奪戦なら、俺も出ないとしまらないよなぁ?」
ニヤリ、と、不敵な面構えで顔を覗かせる男が1人──彼は、カスミの後に続くように、天井裏からヒラリと飛び出して、軽い音を立てて床に着地する。
「シーナさん!!」
驚いたように目を見開く面々に、シーナは余裕じみた笑みを浮かべると、
「スイの行動パターンなら、俺のほうが知り尽くしてるぜ……、カスミさんとナナミちゃんには悪いけど、いくらカワイイ女の子でも、譲れないものがあるからな?」
顔の前で謝罪をするように掌を立てたシーナは、そのまま、さぁてと、と呟いたかと思うや否や──ダッ、とばかりに、部屋の外目掛けて走り出す!
「あーっ!!! シーナ君、ずっるーいっ!!!!」
見えた背中が、あっという間に掻き消えた段になって、ようやくナナミが我に返る。
「くっ……、では私も……っ。」
一瞬の不覚だと、唇を噛み締めたカスミが、シーナに続いて掻き消え──リオが、小さく舌打ちを零す。
「くそっ、出遅れたじゃないか! ジョウイ、行くよ!」
「って……えっ、僕も行くのかい!?」
「当たり前じゃないか! ジョウイが一緒じゃないと、幼馴染攻撃ができないだろっ!!」
「……………………………………。」
右手に輝く盾の紋章を持ち、左手に破魔の紋章を宿し、さらに額に土の紋章を宿している分際で、一体なぜ僕がいるというのだろう?
そんなことを思うと同時、ジョウイの優秀な頭脳は、あっさりと答えをはじき出した。
つまりナニだ。
全体攻撃をしたいわけだ──それも、何度も。
ガックリ、と、肩を落とすジョウイの腕を、強引に引っつかんだリオは、そのままスタリオンダッシュでもって、アルトの部屋を抜け出た。
あとは、騒々しさが去って行った後の、シン、と静まり返った空気が舞い落ちるばかり──……。
そんな中──ふと、ほわり、と、発色する不定形のものが突然宙に姿を見せた。
みるみるうちに、それは人型を形作り、やがて、半透明な「英雄」の姿をとった。
空中で胡坐を掻きながら、彼は人気の無くなった、生前の己の自室の只中で、かるーく首を傾げると、
『ばれんたいん……って、なんだ??』
面白いことかなー、と、クルリと胡坐を掻いたまま一回転した後──にんまり、と笑みを広げて、
『俺もついてってみーよぅっと♪』
自ら、騒動が広がる原因になりにいくことにしてみた。
+++ BACK +++
……ここで終ったらダメだよね……やっぱり?