〜坊様ステキバレンタイン大作戦〜
「ルック様……これを。」
白い頬をかすかに赤く染めて、微笑みながら差し出されたソレを見た瞬間、ルックは眉間に軽く皺を寄せた。
「これは?」
「はい、今日はバレンタインですので、セラも作って見たんです。」
お口にあえばいいんですけど、と、はんなりと甘い色をにじませて、セラは微笑む。
彼女の白くたおやかな指先の上に乗っている小さな──手のひらにすっぽりとおさまりそうな大きさのソレを見下ろし、ルックはあいまいに頷く。
「……あぁ、なるほど、バレンタイ──……、ば……バレンタインっ!?」
がばっ!
思いっきり良く立ち上がったルックの顔が、一気に真っ青になる。
今まで、どのような状況にあっても、平然とした顔をしていたルックが見せた、動揺の色に、セラは怪訝そうに柳眉を顰める。
「ルック様?」
何かあったのですかと、下から覗きこむようにして問いかけるセラの言葉に、ルックはキリリと唇を噛み閉め、軽くうつむいて、忌々しげな表情を浮かべる。
「しまった──僕としたことが、この日を忘れてるだなんて、なんていう失態を……っ。」
ルックは、堪えきれないように緩く頭を振ったあと、ギリ、と手のひらに爪を立てる。
「ルック様、一体、どうなされたと言うのですか?」
「毎年恒例の……恐怖のこの日……、もう時間が無い……っ。」
セラの穏やかな問いかけに耳を貸す余裕もなく、ルックは顎をあげて空をにらみ上げる。
青く澄んだ空は、中天に輝く太陽を迎え──まさに神々しいばかりのお出かけ日和だ。
「恐怖?」
首を傾げて、セラもルックに倣うように空を見上げて見るが、そこから恐怖が降ってくるわけじゃないようだった。
見上げた空は、本当に気持ちがいいほどの晴天だ。
「毎年恒例?」
ルックが呟いた言葉に、少し離れたところで昼食の火の始末をしていたアルベルトが、いぶかしげに呟いた瞬間──その「悪魔」は、現れた。
「ということで、そのご期待に応えて、今年もやってきました、チャオ、ルック!」
空の晴天にも負けないほどの明るい笑顔と、小脇に抱えたまぶしい金色の包み。
その金色の包みには、緑色のヒイラギ模様。さらに黄色いベルまでついている辺り、クリスマスの包みのように見える。
それを片手に持った少年が、にこやかにアルベルトの横に降り立った瞬間、
「──セラっ、今すぐその男を、どこかの山に捨てて来いっ!」
そちらを振り返るなり、ルックが声を荒げてそう叫んだ。
そんなルックに、少年はあきれたように片手を腰に当てて、小首を傾げて、
「姥捨て山に捨ててくるなんて言ったら、レックナート様が怒るぞー。」
まったくもう、と、説教口調でそんなことを言ってくれるから、思わずルックは、眉を引き上げて、
「誰もレックナート様を捨てるなんて言ってないだろうっ!?」
「ん、僕も言ってないけどね。」
ルックの鬼気迫る表情にしれっとした顔で返したスイは、改めて右手に持っていたクリスマスのラッピングがされたプレゼントで、クイ、とそこら辺の地面を指し示すと、
「まぁまぁ、そう怒らないで、そこに座って座って。
ほーら、今年も手作りチョコレート〜。」
小首を傾げて微笑むスイの顔は、何も知らない人間が見たら、思わず見とれてしまいそうなほど綺麗であでやかだった。
けど、何もかもを知っている人間にとったら、その笑顔は凶悪な悪魔のソレに近い。
現に、ルックはそんなスイの笑顔から視線をそらし──自分の鼻先に突きつけられるラッピングを、視界から消そうと努力している。
スイはそんなルックに微笑を絶やさず、片手でクイと彼の顎を掴むと、無理やり自分に視線を合わせて、にっこり、と極上の微笑を一つ。
「それにしても良かったよ、本当。
今年もきっと、ルックに逃げられると思ったから、本当は二日前に用意してたんだけどね、ちょっといろいろあって、サスケにあげちゃったから、作り直すのに二日もかかっちゃったよ。」
垂れ流しの笑顔に、金縛りにかかったような気がするルックの後ろから、セラがキッ、とスイを睨み付ける。
「──……ルック様にあげるものを、他の人にあげるだなんて……。」
それはちょっと、突っ込むところが違うんじゃないだろうかと、アルベルトは思ったものの、その三角関係(?)に関わりたくなかったので、あえて見なかった振りをして、そ知らぬ顔でそっぽを向いて見た。
「作り直さなくてもいい。そのままあのバカザルにあげてくれればいいものを……。」
なぜよけないことを、と、視界に入るチョコレートの姿に、ルックは忌々しげに呟く。
「そういうわけにも行かないよ。ほら──ルックにはいつもお世話になってるし?
バレンタインの最初のチョコは、ルックにするって、毎年ちゃんと決めてるもん〜v」
語尾が楽しそうに跳ね上がっているが、それとは逆にルックの気持ちは盛り下がる一方だった。
一年に数回しか会わない関係であるが、そのたびにこう、イベント嫌いになるようなことをしてほしくはない。
ルックは、チラリと自分の左手を見て──そこに、烈火の紋章が宿っているのを確認するや否や、鼻先に突きつけられたスイのチョコを、バッ、とばかりに奪い取った。
「あぁ、そうかい。それじゃ、そういうことで、このチョコは受け取ったから、さっさと帰ってくれるかい?」
ふるりと首を振るようにして、顎にかかっていたスイの指先をはずして、上から見下ろすようにして告げれば。
「ちなみにそのチョコ、二日前に作ったやつは、烈火の紋章レベル4技ダブル合体食らわしても、溶けなかったから、丈夫だよー?」
──スイは、不穏な言葉と共に、機嫌良さそうに笑ってくれた。
それはすでに、チョコレートと言える物体ではないということを、言外に告げている内容である。
とたん、ルックは、一度は受け取ったチョコレートを、ペシンッ、と地面に向けて叩きつける。
「……くっ、えるかっ、そんなもの! どこがチョコレートだ、ええっ!? 烈火の紋章で溶けないチョコって、なんだい、それはっ!?」
「僕の愛情たっぷりのチョコ? そんな、たかだか1億度やそこらで溶けるわけがないじゃないか、ルックったらv」
もぅ〜v と、かわいらしく恥らうフリをしているが、目の前の少年の本性を、ルックは良く知っている。
なにせ、つい10日ほど前に、戦争かと思う勢いで豆合戦をしたばかりだ。
警戒を宿したまま、ジロリとにらみ上げた先で、スイは地面に落ちたチョコレートを取り上げながら、
「ちなみに、烈火の紋章のレベルの合体魔法使うと、大地も蒸発するみたいだよ。」
ぽん、とチョコを手の上でもてあそぶようにして微笑んでくれる。
この台詞が意味することを的確に理解したらしいアルベルトが、うんざりした顔でスイが手にしているチョコを胡散臭げに見やる。
「そんな火でも溶けないチョコって……、本当にチョコか、それ?」
確か、人の体温でも溶けないチョコが開発されたという話を聞いた事はあったが──炎でも焦げたり溶けたりしないチョコは、もうチョコじゃないような気がする。
そんな疑問を跳ねのけるように、スイは朗らかに微笑むと──この人の笑顔は、本気で凶器であると、後にアルベルトはアップルに呟いたとかどうとか──、
「チョコです。──材料の一部は、ちゃんとチョコだった!」
ハキハキ、きっぱり、と断言してくれた。
──っていうか、材料の一部って、なんですか、その微妙な言い方は?
セラとアルベルトの視線がスイの手元のチョコでヒタリととまる。
彼が手に握っているチョコレートは、ごくごく普通のチョコのラッピングのように見える。
けれど──その奥に、一体何が隠れていると言うのだろう?
「真面目な顔をして言わないでくれるかい、スイ。
──とにかく、ソレは一度受け取ったんだ、もういいだろ?
さっさと帰ったら、君?」
ルックは、スイが掲げるチョコレートから視線をそらす。
そんなルックの視界に、無理やり分け入ると、スイはチョコレートを再びルックの前に突き出した。
「いやいや、ルックが一口食べるまでは、帰れないんだよ、見届けないと。」
ニコニコニコ、と微笑むスイに、はい、と再びチョコを突き出されて、ルックは軽く眉を寄せると、
「……君が帰ってから始末するつもりだから、遠慮せずにさっさと帰れ。」
食べるつもりは毛頭ない、と言い切る。
そんなルックに、スイは困ったように小首を傾げる。
「始末したら困るよ。
別に食べれない物は入ってないって。
僕、ナナミみたいに、食べ物の材料を使って、食べれない料理とか作る才能ないもん。」
「そんな才能が君になくて何よりだよ、本当に。」
思わず、ルックは口元に微笑を浮かべて見せた。──凍てつくつような、皮肉めいた微笑を。
その、ゾクリとするほど美しい笑みに、ルックの美貌を見慣れたセラですら、ヒュッと息を飲んだ。
けれど、ルックのその凄みのある笑みを目の前で見たスイはと言うと、それにまったく構わず、マイペースに、自分の手の中のラッピングにバリバリと手をかけた。
「まぁ、それはとにかく、ほらほら、見て見て。」
バリバリバリ──と、あっと言う間にラッピングを剥いて、スイはその中の箱の蓋を開いた。
「…………君が開くのかい、結局。」
ス、とルックの瞳が細まる。
そんな彼に、にこやかに微笑んだまま、スイは手の中のチョコレートを、彼の鼻先に付きつける。
「ほーら、ツヤツヤしてて、すごく美味しそうだろう?」
「……──。」
──その言葉を、できれば否定したかった。
けれど、ルックの目の下に差し出されたチョコレートは、悔しいくらい……美味しそうだった。
鼻腔をくすぐる極上のカカオの香り、ツヤツヤと照り映える魅惑の色彩。
チョコレートが大して好きじゃない人間ですら、思わずゴクリと喉を鳴らしそうな……たまらない魅力。
「それ」に、何が入っているのかもわからないにも関わらず、ツヤツヤした小粒のチョコを、思わず手に取ってしまいそうになる──悪魔の誘惑だ。
興味本位で、遠目にそれを覗き込んだセラとアルベルトは、その魅力的な食の誘惑に、ごくり、と息を飲む。
「…………たしかに。」
「見た目は極上のチョコですね。」
コレは、「危険」だと知らなかったら、喜んで口に入れているかもしれない。
そんな見た目の──美味しそうにしか見えないソレに、セラとアルベルトが感嘆の声をあげる。
それをルックは、鼻で笑うように、2人に一瞥してみせると、
「………………そう思うと痛い目を見るのがスイのチョコだ。
味は美味しくても、余計なものが入ってるからね……。」
ゆっくりと、にこやかな笑顔を浮かべているスイに向かって、極上の微笑みで対峙した。
「スイ? どうっしても僕に食べてほしいなら、先に君が一口食べたらどうだい?」
「……!?」
とたん、見せたスイの驚きの顔に、ルックは嫣然とした笑みをさらに深くした。
自らが優勢に立ったのを自覚して、スイが掲げるチョコレートを一粒掴み取ると、それでツイと彼の唇を撫で上げ、
「そうしたら、僕も食べてあげるよ?」
この瞬間、ルックは、勝った──と、心の中で思った。
「ルック……、びっくりした。」
ぱちぱち、と、スイは大きな目を瞬き、ルックが押し付けてきたチョコレートを震わせるように呟く。
「何を今更……。」
ほら、と、チョコレートを押し付けてくるルックを見て、スイはホロリとほころぶように笑った。
「ルックがそんな風に誘ってくるなんて、初めてかもしれない。」
そして、照れるように目元を赤く染めると、ルックが差し出してきたチョコレートに、パクリ、と食いついたと思うや否や──、
「……スイ?」
驚いたように目を見張るルックに向かって、スイは腕をあげて──するり、と彼の首に手をかけると、
「その誘いに答えて、情熱的な口移しをやってみせよう!」
「は? ちょ……なにい………………むぐっ……んっ………………んんんーっ!!!!!????」
──あとは、一気だった。
「──……る、ルックさまっ!!?」
突然の情熱的な口付け(?)に、対応できず、目の前にあるスイの顔に、驚きの目を見張るしかできないルックに剥けて、セラが叫び、慌ててスイをルックから遠ざけようと手を伸ばす。
けれど。
「んー……──ぷはっ。」
それよりも一瞬早く、スイは固まるルックから顔を引き剥がすと、グイ、と手の甲で口元を拭い──にやり、と、凶悪な表情で笑んで見せた。
「極上の味だろ?」
「……………………──────何を、入れたって……?」
羞恥にか、怒りにか……顔を赤く染めるルックが、少し潤んだ瞳で、スイを睨み付ける。
スイは、そんなルックに向かって、小さく笑みを見せると、
「愛情。」
「………………………………………………。」
──あまりのうそ臭さに、ルックの目元がヒクリと揺れる。
スイは、ルックの表情に楽しそうに口元を緩めると、残っている7粒のチョコレートのうちの一粒を、ヒョイ、と摘み上げた。
また何をするのかと、警戒を見せるルックの前で、スイはソレを口の中に放り込み──彼の前で、それを噛み砕いて嚥下する。
「──スイ?」
険しく眉を寄せるルックの前で、指先に付いたチョコの痕も、綺麗にぺろりと舐め取ってから、
「解毒剤は、二個。」
「──……っ!」
つややかに微笑んで、残り6個になったチョコレートを、はい、と、手渡した。
「──……スイっ!!」
ルックが叫ぶのと、スイが何気ない動作でその場を飛び退るのとが、ほぼ同時。
何が起きたのかわからないまま──それでも、セラがルックを守ろうと、杖を掲げる。
────でも、それよりも、早く。
「じゃ、そゆことで、全部食べてね〜♪」
悪魔は、ふところから見慣れた鏡を取り出したかと思うや否や──シュンッ、と、その姿を、消した。
「────………………………………………………。」
突然目の前に現れたバレンタインの悪魔は、そうして今年も、ステキな贈り物をして去って行った。
そう、まさに──悪魔にふさわしく。
ルックは、スイが消えた場所から、手元のチョコレートに視線を落とし──そこにツヤツヤと輝くチョコレートを6粒見た後、
「……いい加減、飽きてくれないかな……。」
低い声で、そう、呟いた。
+++ BACK +++
ということで、本来なら「らぶてろりすと3」のラストシーンに入るはずだったシーンです。
いやー、ココまで書いちゃうと、総受けって言うか、「坊ルクじゃん!」って思ったので(どうしてうちのルク坊は、坊ルクくさいんだろう……そうか、2人が百合っぽいからか!!)、書くのを止めた代物です。
……ね? 坊ルクっぽいでしょ?