「サッナさーんっ! なぁなぁ、こっちにカスミさん来てな……。」
 いつものように、チシャクランの長であるサナの家に、ノックも無しに飛び込んだ瞬間──サスケは、ドアを開いたままの体勢で、びくんっ、と肩を強張らせた。
 それと同時、開ききったドアをとっさに半分ほど手元に引き戻し、体の半分ほどをドアの中に隠す。
 緊迫した雰囲気で、室内を睨みつけるサスケに、部屋の主であるサナは、皺の刻まれた頬に、のんびりとした笑みを浮かべて見せた。
「あらあら、サスケ君、いらっしゃい。」
 ゆったりとした動作で椅子から立ち上がるサナの前──木の素朴なテーブルの向かい側に、一目見て玄人さんだと分かる男が1人、腕を組んで座っていた。
 その男に、ヒタリ、と視線を当てて警戒するサスケに、彼は片目を眇めると、
「……誰だ?」
 低く、すごむような声でサナに問いかける。
 その彼の手が、椅子に立てかけるように置かれている剣に伸びるのを見て、ビビッ、と猫が尾を逆立てるように反応したサスケもまた、懐のクナイに手をかけようとしたところで、
「最近、近所に引っ越してきた姉弟の弟さんよ、ゲド。
 そんな風に恐がらせないでちょうだい。」
 サナが、やんわりとした動作で、ゲドが剣を手に取ろうとしたのを止める。
 ゲドと呼ばれた男は、無言でサナに一瞥をくれるが──彼女には、目の前の青年が、とてもではないが「素人」ではないことが分からないのだろうかと、鼻の頭に皺を寄せてみせるものの、サナの、笑顔の目元の威圧感に、黙って従うことにした。
 それでも、ドアに半分身を隠した青年への警戒を怠らないゲドに、やれやれ、とサナは肩を落とす。
「ゲド、この子も、この戦争のおかげで、住む家を追い出されてきたかわいそうな子なの。敏感に警戒しても、それは仕方がないことなのよ?」
 分かってちょうだい、と、訴えるサナの言葉は、本人を前にして言うことではないと思うのだが──ドアの向こうのサスケは、その言葉になんともいえない表情で俯くばかりだ。
 ──確かに、「この戦争のおかげ」で、「住む家を追い出されてきた」ことには違いない。
 何せ、あの「英雄」……トランの英雄さまが、「ちょっと裏的暗躍したくて、その人材を探してるんだ〜」と零した瞬間、頭領から直々に「行って来い」と送り出されることになってしまったんだから。
 それに、確かに、「近所」だし──姉と弟って言うのはウソだけど、見た目ときている装束が似通っているから、任務で隠密行動を取るときは、カスミと姉弟で通しているのは本当だ。
 だから、サナは確かに、ウソはついていない。──巧妙なだけで。
 年を取った女は恐い。
 その認識を新たに心に刻み込んだサスケは、サナの言葉を裏付けるように、オズオズとした動作でドアの向こう側から姿を現す。
「──サナさん、その人は……。」
 警戒を露わに──けれど、必要以上に敵意を見せないように気をつけながら……けれど、目の前の男相手では、そう上手く誤魔化せないような気がして、サスケはその先の言葉を飲み込んだ。
 ぐ、と下唇を噛み締めるサスケに、サナは和やかな微笑みを浮かべると、
「ゲドったら、そんな恐い顔をするから、サスケ君が恐がってるじゃないの。」
「──そんな珠か?」
 ス、と片目を眇める男は、紛れもなくサスケの実力に気づいている。
 そして──おそらく、目の前の彼は、サスケ以上の実力の主だ。
 何せ、いくら警戒していなかったとは言えど、サスケはサナの部屋に、サナ以外の気配を感じることはなかったのだ。
 自然体にあってもなお、気配を消すことができる人が、手練でなくて何だと言うのだろう?
「ゲド、そんな風に威嚇しないのよ。
 縄張り争いしてるトラ猫みたいよ。」
 まったく、と、呆れたようにサナが溜息を一つ零す。
 その言い草に、ゲドはムッとしたように眉を寄せたが、何も言わず無言で目を閉じた。
 その鋭い眼光から開放されて、ほ、と胸を撫で下ろしたサスケに、サナが穏かに問いかける。
「それで、サスケ君? カスミさんがどうしたんですって?」
 そこでようやくサスケは、ハッとしたように目を見開く。
「あっ、そうだ……あのさ、カ……カスミねぇがこっちに来てない? 今日は買い物に付き合えって言われてたんだけど、気づいたらいなくってさ。」
「おうちの中にはいなかったの?」
「いなかったから聞いてんだよ。先に出て待ってるって言われたから、てっきりサナさんの所にいるんだと思ったんだけど……。」
 首を傾げて、っかしいなぁ、と零すサスケに、サナは緩くかぶりを振る。
「あら……でも、クランの中ではカスミさんは見かけなかったわよ?
 もしかして、そのまま先に買い物に行ったのではないかしら?
 あんまりにもサスケ君が遅くって?」
 クスクスと──最後のほうは意地悪気に笑んで見上げて見せれば、サスケはムッとしたように鼻の頭に皺を寄せた。
「べ、別に寝坊したわけじゃねぇよ。」
 慌てたように、プイ、と視線をそむける様が、まさにそうだったと語っているようで、サナは口元に指の甲を押し当てて、クスクスと笑う。
「あらあら、それでは、そういうことにしておきましょうか?」
「いやっ、だから、ブラス城まで行くっていうから、ちょっとおくすりとかの準備をしてただけで……っ。」
 そう早口に言い訳しながらも、何も知らないゲドはとにかくとして、ロッカクの一流忍者であることを知られているサナ相手に、なんと情けない言い訳なのだろうかと思わないでもない。
 一流の忍者たろう者、いついかなる時も、すばやく出れるようにしなくてはいけない。──本当はそうでないといけないのだから。
「ブラス城? あら──それじゃ、もしかしたら、メグちゃんたちと一緒に行ったんじゃないかしら?」
「……え? メグ?」
 なんでそこであのからくり女の名前が出てくるんだと、驚いたように目を見開くサスケに、サナは鷹揚に頷いてみせる。
「ええ、そう。昨日うちに来たときにね、あさってのバレンタインのために、チョコレートをブラス城に買いに行くって言っていたわよ。
 カスミさんも、ブラス城に行くって言うのなら、チョコレート目当てじゃないかしら? さすがにチョコは、グラスランドでは買えないものねぇ……。」
 頬に手を当てて、でも、生真面目なカスミなら、せめてサスケに伝言を残すはずなのだけど、と──、首をかしげるサナに、サスケも、そうだよなぁ、と同意を示す。
「カスミねぇも、チョコ買いに行くって言ってたから、メグに捕まって引きずり回されてるのかもなぁ……。」
 そう言えば、今朝も早くに、裏の山からボナパルトが転がり落ちてきていたような記憶がある。その中からミリーが現れたと、疲れた様子のフリックが零していたから、メグは十中八九ミリーと一緒だろう。
 となれば、彼女たちがカスミの手を引っ張って、反論をする間もなく連れて行かれた可能性もある。
「ま、もしかしたら誰かに伝言してるかもしれねぇし、俺、外でもう少し誰かに聞いてみるよ。ありがと、サナさん。」
 そうと決まれば、とりあえずブラス城に行って見るかと、ひらりと片手を泳がせるサスケに、サナは微笑みながら頷く。
「もしカスミさんが来たら、そう伝えておきましょう。」
「おねがいします。」
 ペコリと頭を下げて、チラリと、ゲドの方も見やった後、サスケは彼にも軽く頭を下げる。
 それから、顔をあげて──まっすぐに、窓の外を見やった瞬間。
「──────…………あーっ!!!! か……ッ、カスミさんっ!!!?」
 外を颯爽と駆け抜けていく集団を発見して、思わずそこに向けて、指を突きつけていた。






らぶてろりすと 2










 チシャクランまで一気に駆け戻ってきたヒューゴは、息を必死で整えながら、額に落ちる前髪を指先で弾きながらキョロリと当たりを見回した。
 チシャクランまで行きたいというヒューゴに付き添ってきていた仲間たちが、この辺りで暇を潰しているはずなのだ。
 確か、ヒューゴが野暮用だとクランを出て行く前には、軍曹が出入り口の柵の手前で日向ぼっこをしていて、フーバーが屋根の上でお昼寝をしていた。
 それから、
「ゲドさんとナッシュさんが、サナさんのところにいたけど……。」
 まさか、こんなに長くいるわけもないか?
 見回した周辺にはいないから、多分建物の中に居るか──もしかしたら暇だからと、近辺をウロウロしているのかもしれない。
 とりあえずサナのところに顔を出したほうがいいだろうと、ヒューゴは左右に広がる段畑をゆっくりと降り始めた。
 後ろから吹き込む風が心地よく首元を攫っていく。
 噴出していた汗が、その風に撫でられて、スゥ──と引いていくような感覚を覚えながら、ヒューゴは顎をあげて、空を見上げる。
 青い空は、故郷の地で見上げたものよりも、ほんの少しだけ色が薄いような気がした。
「……うん、がんばらないとな。」
 グ、と左手を握り締めて、まだほんの少しだけ胸の中に残るモヤモヤを、かき消すように、うん、と、強く頷いた。
 そして、坂道を一気に駆け下りようと、身体を少し前のめりにして、足を踏み出したところで──、
 タタタタタ……っ!
 後ろから、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「……っ。」
 とっさに、体を止めて、後ろを振り返る。
 もしかしたら、軍曹かナッシュが、自分を見つけて駆け寄ってきたのかもしれない。
 そう思って、クルリと身体を反転させた先──なだらかな坂の上には、軽く息を弾ませた娘が1人、立っていた。
 はっ、はっ……と、象牙色の頬を赤く染めて、こげ茶色の髪を乱れさせて頬に貼り付け──この辺りでは見かけたことがない服を着ていて、ベレー帽を被っている。
 彼女は、坂の真ん中でヒューゴが足を止めたのに気づいて、キュ、とつややかな唇を真一文字に引き締めた。
 ──年の頃は、そう、20代後半くらい。
 普通に村の中にいても、顔形が整っているというだけで、特に目を惹くわけでもない娘だ。
 ただ──彼女は、チシャクランの娘ではない。
 服装からも、見目からもそれが判断できて、ヒューゴは軽く眉を寄せる。
 思い出すのは、初めてココに来たときに出会った青年のことだ。
 彼女とは違うタイプの服装に身を包んだ男は、あの「ルック」と同じ容貌で、おっとりと微笑みながら……食えない言葉を投げかけてきた。
 もう、炎の紋章は自分が受け継いだのだから、誰もココには用がないだろうと言えばそうなのかもしれないけれど──そうではないのかもしれない。
 グ、と拳を握って、かすかな警戒を見せながら立ち尽くすヒューゴに、坂の上の娘は、手早く乱れた自分の身なりを整えながら、少し前かがみになって、ヒューゴをまっすぐに見つめた。
「えーっと……あの……炎の英雄の、ヒューゴさん──ですよね?」
 声は、ちょっとビックリするほど綺麗だった。
 いや……声質が綺麗というよりも、軽やかに奏でるような音だったと言うべきか。
 少し落ち着いたアルトの声は、耳に心地よく流れ、そしてシン、と沈み込むように頭の中に残る。
 ポカン、と、驚いたように口を開いて見上げるヒューゴに、彼女は照れたように笑うと、トトッ、と、ニ三歩前に進み出て、片手に持っていた物を、胸の前に持ち上げる。
「実はその──私っ、ヒューゴさんの、すっごいファンでっ。」
 ヒューゴは彼女の言葉よりも、彼女が持ち上げた「ブツ」の方に、視線と意識を奪われた。
 ソレは、まるでイヤがらせかと思うくらいに、ゴテゴテと装飾された──……………………、ぷ、プレゼント……? かな? と、疑問符を付けたくなるような代物だったのだ。
 思わずマジマジとそのショッキングピンクの素地に、目に痛い金色のハートマークが踊っているラッピングシートを見つめずにはいられなかった。
 大きさは、彼女の顔くらい。ハート型をしているのだろう中身に合わせて、大きなハートに包まれたラッピングの上から、リボンが巻かれている。それも、これでもかと聞かれているくらいラメの入った銀色と金色のリボンで。そのリボンの先は、無駄に大きいバラの形に纏められていて、なぜかその先から唇の形をしたバラの花(?)が一本、突き刺されていた。
 その、インパクトたるや──ヒューゴが生きてきた人生の中で、もっとも悪夢に見そうなベスト1に輝きそうな勢いであった。
「……え……、と──。」
 ソレは、一体、何?
 ──とてもではないけれど、その言葉はヒューゴの口から出てこなかった。
 もし一言でも出てこようものなら、恐ろしい出来事が自分に降りかかるような気がしてならなかったのだ。
 そんなヒューゴに気づかず──イヤ、多分気づいているのだろうが、娘は、あまりのことにヒューゴが凝固している隙に、サッ、と間合いを詰めて、
「コレっ! ちょっと早いですけど、私からのバレンタインチョコです!! 受け取ってください!!」
 顔を真っ赤に染めて、ドンッ、と、ヒューゴの胸元にソレを押し付けた。
 まるで──もういらないから、さっさと持っていってくれ、と、言うように。
 あげた方の気持ちは、まさにそのものであったが、貰ったほうのヒューゴは、そんな気持ちに気づくわけもない。
 突然の──もしかしたら、見知らぬ人間からは初めてのプレゼントに、大きく目を見張って……マジマジと、押し付けられたソレを見下ろすしかできなかった。
 顎先を、無駄に大きな花(?)が掠める。
 その瞬間、クワッ、と、唇の形が開いた気がして、とっさにヒューゴはソレをパシンと払い、ザッ、と背後に退いた。
 そのまま、腰から剣を抜き、チャキンと音を鳴らせて、
「──……っ。」
 やはり彼女は、敵なのかと──そう、睨みつけた先……。
「あ……あぁぁっぁ……チョコ……チョコがぁぁ……っ。」
 娘は、地面にボトンと落ちたプレゼントを見下ろし──ガックリとその場に膝をついていた。
 そして、瞳に大粒の涙を浮かべながら、地面をはいずるようにしてプレゼントに近づく。
 その、縁起とは思えない悲壮感に、ヒューゴが一瞬毒気を抜かれた瞬間──派手なラッピングから零れ落ちたバラの花(?)が、地面に横顔(?)を向けたまま、ヒューゴに食いつこうとしたときのように、パックリと唇を開き……、
「ララララ〜、ラララ〜、ラララ〜。」
 驚くほど綺麗な美声で、歌いはじめるではないか!!
「────…………ぇ?」
 高くもなく、低くもなく……見た目とはまるで正反対の、優しい響きを宿した歌声が、風下のチシャクランへと流れ込んでいく。
 誰もが手を止めて、思わず聞きほれてしまいそうな、優しく温かな風味の歌声に、ヒューゴはただ、固まったまま、その花を見つめるしかできなかった。
 花、が──襲い掛かってくるというのは、モンスターにもいるから、知ってる。
 だからてっきり、この花もそうだと思ったのだけど。
「ローエンハイムちゃんっ、け……けなげ……っ。」
 涙を瞳にたっぷりと浮かべた娘は、地面に両手をついた状態で、横倒れになったまま、それでも軽やかな歌声をつむぐバラの花(?)に、感激したような表情を浮かべる。
 覗きこみながら──その花を持ち上げようとして、自分の手が汚れているに気づき、慌てたように掌の土を払う。
 それから、花を持ち上げようとしたところで──……、
 ズンチャッチャー、ズンチャッチャー、パラリラッパリー〜♪
「…………────っ!!」
 突然、花の歌声をさえぎるような騒音めいた音楽が、彼女の体から聞こえてきた。
 バッ、と彼女は身体を起こすと、花を持ち上げようとしていた手を止めて、その手で自分の腰の辺り──道具袋の場所を、ガバッ、と押さえ込む。
「だ……ダメだよっ、プチドレミちゃんズ! 私が指揮してないのに、歌っちゃダメ!」
 顔を俯けて、必至に小さな声で言っているつもりなのだろうが、ヒューゴにはよく聞こえた。
 けれど、聞こえてはいても、彼女が何を言っているのか分からない。「プチドレミちゃんズ」って、何? ていうか、彼女の道具袋の中には、一体何が入っているのだろう?
──まぁ、世の中には、右手に嵌めた人形がまるで本当に生きているオオカミのように話すような人間や、風呂の中でも決して仮面を外さない人間とかいるのだから、道具袋の中に音符を飼っているような人間がいてもおかしくはないのだが。
 ……怪しいことに代わはない。
「…………──えーっと…………。」
 地面に倒れたまま、脳裏に染み入るような美しい歌声を零す花と、その側に落ちた「チョコレート」が入っている包みとを見下ろし、ヒューゴは途方にくれずにいられなかった。
 一体──何がどうなって、俺はどうしたらいいのだろう?
「もう……っ、やっぱり、コーネル君に頼んで、もう少しシツケをしてもらわないとダメよね──。」
 またあした辺り、ジョウストンまで──と、ブツブツ呟きながら、彼女は道具袋の口を、キュ、と紐で縛った。
 それから、改めてキッとヒューゴを見上げると、潤んだ涙が乾いた目で、
「ヒューゴさん……っ、その──あの、せ、せめて……一口! 一口だけでいいんです! コレを食べて下さい……っ!! お願いします!!」
 バッ、と掌で歌い続ける花を掴み揚げて、そのままソレをヒューゴに向けて突き出した。
「ラララ〜、ララララ〜、ラーララ〜♪」
 可憐な花弁の中央に、むっちりとした魅惑的な赤い唇を持つ花は、美しい声でヒューゴの頬を撫でていく。
 鼻先には、濃厚ではあるものの優しい薫りが漂い始め、これで見た目が「こう」でさえなかったら、それは素敵なプレゼントであったことは間違いない。
 しかし、コレを受け取るとなると、勇気が必要だ。
 そう──受け取るだけでも勇気がいるというのに、ギュッ、と目を閉じて顔を伏せながら、花を差し出す娘は、これを食べろと言ってきているのだ。
「……──一口でもイヤです。」
 それはさすがにちょっと、と、イヤそうな顔をして、ヒューゴはキッパリと断る。
 とたん、彼女は、バッ、と顔をあげて──せっかく乾いた瞳いっぱいに、涙を浮かべた。
 顔は、なぜか真っ青で、まるで何かに怯えているように見えた。
 これが恋愛に少しでも長けた人間ならば、彼女が「振られた」と思っているだろうと推測することができるだろうが、ヒューゴはその類の人間ではなかった。
 側にはそれをフォローしてくれる人もいなく、突然涙を浮かべて真っ青になる娘に、ヒューゴは怪訝そうな顔になる。
──いや、だって、普通……こんなの食べろって言われて、食べる人間はいないだろ?
 そう思うヒューゴに気づかず、彼女は、ぐ、と花を握った手に力を込めると、必至の様相で、
「──……わ、わわわわ、私がそれじゃ、毒でも……じゃなくって、えーっと……た、たたたたた、たた……食べ………………っ。」
 うろたえたように何か提案しようとするのだが、その手も口も震えて──、
「だ……ダメっ!! 私もやっぱり、食べられないよ〜っ!!!!」
 突然、バッ、と背後を振り返ったかと思うと、とうとう瞳から涙を零して、そう叫んだ。
 ──途端。
「なら、それは俺がもらったぁっ!!!!」
 気配をまるで感じ取れなかった近くの茂みから、影が一つ飛び出してくる!
 ハッ、と、ヒューゴがその場から飛び退りながら剣を抜くのと、飛び出してきた人影が、迷うこともなく地面に落ちたラッピング袋を取上げるのが、ほぼ同時。
「──……っ!」
 いつのまに、こんな間近に迫って……っ、と、歯噛みをする思いで構えた先──、派手なラッピング袋を取上げた男は、それを片手で掴み揚げると、にんまりと笑って娘の方を見やった。
「悪いね、メロディちゃん。コレは俺がもらっちゃうから。」
 かと思うと、片目で軽くウィンクして、さっきまで地面に落ちていた袋にキスをする。
「──って……え? えぇぇ? シーナさんっ!? ヤダッ! どうして? いつのまに!!?」
 混乱から抜け出ていないのか、メロディと呼ばれた娘は、ひたすら花の茎をキュウキュウ握り締めて、目を大きく見開く。
「ララ……ラ…………ララララ……ラ……。」
 なぜか、メロディが手に力を込めるたびに、指の中の花が、どんどんしおれていくのだが──今はその不思議に構っている暇はなかった。
 メロディは、慌てて片膝を立てて、チョコレートを取上げたシーナに向けて手を伸ばしながら、
「ダメです、シーナさんっ! それは……そのチョコレートは、スイさんが作った……っ!!!」
 凶器なんです──とは、さすがにメロディも続けられなかった。何せ、目の前にまだ、その「凶器」を食べさせようとした人物がいるのだから。
 そして、シーナに奪われたこの段階になってもなお、彼女はヒューゴにそのチョコを食べさせるという使命を、あきらめるつもりはなかった。
 もう今から20年近くも前に培った精神は、まだ彼女の中で根強く残っている。
 ネバーギブアップ! 目の前にどんな障害が立ちふさがろうとも、スイさんを敵に回すことに比べたらっ!!
「スイが作ったんだろ? だからなおさら、こーんな坊やにやるわけには行かないだろう?」
 なぁ? ──と、斜め上から見下ろされて、ス、と冷ややかな瞳で見つめられて……ヒューゴは、ムッとするよりも先に、ヒヤリと背筋が凍りつくのを覚えた。
 目の前の男は、ナッシュやエースを思わせる類の笑顔を浮かべている。
 それは、優男で軽そうな表情だけれど──その奥に、なにかを潜めているような、そんな油断のならない一面も秘めている。
 ナッシュやエース相手に、「油断がならない」と感じたのは最初のうちだけで今はそんなことはないけれど……目の前の人には、警戒を怠ることはできない。
 ピリピリと全身から警戒を匂わせるヒューゴを、シーナはヒョイと片方の眉をあげて、面白そうに見下ろす。
「なんだよ? こんな趣味の悪いラッピングのプレゼント、いらねぇだろ?」
 なぁ、と、覗き込むように腰を折られて、ますますヒューゴがムッと眉を寄せた拍子──フッ、と、シーナの目つきが変わった。
 かと思うや否や、

 ギィンッ!!!

「──……っ!」
 突然目の前で鳴った音に、ヒューゴはただ目を見張るしかできなかった。
 それが何の音なのかすら、自分を覗き込んでいたシーナの背中が、目の前にあることに気づいた段階になって、ようやく理解した。
 シーナが、一瞬で剣を抜き放ち、耳が痛くなるような剣戟の音を立てて──「襲撃者」の剣を受け止めていたのだ。
 シーナを警戒して、剣を握り、構えていたはずのヒューゴは、何もできず、ただ呆然と目を見張ることしかできなかったというのに、目の前の男は、鞘に入ったままだった剣を抜きながら振り返り、襲い掛かってきた男と火花を散らす。
 襲撃者は、そのまま何度か攻撃を仕掛けたようだったが、あまりにすばやすぎて、ヒューゴには相手が何の武器を持っているのかすら見て取れなかった。
 けれど、シーナはそれをことごとく弾き返し、後退するどころか足を一歩前に進めて、そのままズサッ、と剣を横薙ぎに払った。
 とたん、襲撃者は大きく跳躍し、数歩離れた場所に身軽く降り立つ。
 ──かと思うや否や、スックと立ち上がり、襲撃者の彼は、ヒュンッと軽く武器を振り回した。
 両腕に嵌められているように見えるソレは、ヒューゴが見たこともない武器だった。──けれど、どこかで、何かで見て知っているような気もする。
「──ちぃっ! なんで気づくかなぁっ!!」
 忌々しそうにシーナを睨み揚げて悪態づくものの、その声には、殺気も憎しみも──そんな感情は見えない。
 ただ、自分の奇襲が失敗したことが、悔しく感じているだけのようだった。
「なんで気づくも何も、思いっきり殺気だってただろーが、お前。」
 そんな彼に、シーナは呆れたように返して、剣を鞘に戻す。
 シーナのその行為と言葉に、驚いてヒューゴは彼の背を見上げた。
「……殺気だってた…………?」
 小さく──小さく問いかけるように呟く。
 けれど、答えは自分の中にはなかった。
 いくら目の前のシーナに気を取られていたからと言って、殺気なんていうものが発されたら──気づくはずだ。
 なのに、気づかなかったなんて……そんなこと。
 ショックを受けて、愕然とするヒューゴに気づかず、シーナはガリガリと頭を掻きながら、飢えた獣のような眼差しでチョコレートを狙っている彼に対して、溜息を零して見せた。
「──っていうかさ、リオ? お前、マジで俺を殺す気かよ?」
 首を傾げながら、なぁ? と上目遣いに睨みつけてやると、牙をむき出しにしたような──言うなれば、手に負えないケダモノのような目つきで興奮冷めやらない様子の彼は、びしりとトンファーの先でシーナを指し示す。
「だってスイさんのチョコレートがっ!!」
「あぁ……これな?」
 シーナは、手の中に握られた自分の顔ほどもある大きさのラッピングを見下ろし──それを顔に近づけると、わざとらしくリオに見えるように、チュ、とチョコレートのあるだろう辺りに口付ける。
 とたん、カッ、とリオの頭に血が上ったのが、ヒューゴにも良く分かった。
「拾ったもの勝ちってヤツ?」
「!! ……っ、スイさんのチョコレートは、僕が一番初めに貰うって、15年前から決まってるんだよ!!?」
 シュンッ、と、風を切る音がしたような気がした。
 けれど、それを知覚するよりも、目の前からリオの姿が消えたと愕然とするほうが早い。
 そして、ただ唖然とするしかないヒューゴの前で、ふたたび、キィンッ、と耳障りな音が聞えた。
 ハッと視線を向ければ、ふたたび剣を抜いたシーナが、剣の腹でリオのトンファーを受け止めているところ。
「──いつのまに…………。」
 ギリギリと、拮抗する力でお互いにお互いの一撃を受け止めるリオとシーナが、腕をビクビクと細かく震わせながら、間近に顔を突き合わせ──、
「その……チョコっ、力ずくでも、僕が貰う……っ!」
 食いしばった歯の奥から、搾り出すように宣言して、リオは打ち合わせたトンファーを起点に、グ、と体を沈めた。
──来るっ!?
 とっさにシーナは、そのリオの動きに合わせて、トンファーを弾き飛ばすようにして後方へと後ず去る。
 リオは一瞬早く地面に降り立つと、シーナに向かって飛び出す!
 ギンッ!
「ちぃっ!」
 真正面から飛んでくるトンファーを弾いて退け、シーナはそのまま半身を翻すようにしてリオの左手に回ろうとするが、それを見抜いていたかのように彼の左トンファーが下方から空気を薙いで飛んでくる。
 背を逸らすようにしてその一撃を鼻先で避けながら、シーナはそのままの動作で、がら空きになった左脇へとキリンジの柄を叩き落す。
 ガゴッ。
 鈍い音を立てて、右手からまわしたトンファーの先で、間一髪受け止めるものの──その衝撃で、右腕がジンと痛んだ。
 ユラリ、と足もとがかしいだリオへ、さらにキリンジで一刀薙いでやろうと、シーナが足を進めたソコへ。
「──とぅっ!」
 膝を突いたように見せかけたリオの足払いが決まった。
「おわっ!!?」
 まともに足を払われたシーナが、後方へと倒れながら──それでも必至で体勢を立て直そうとする前で、リオはヒョイと身軽に立ち上がると、
「シーナ、覚悟っ!!」
「って、こら待てお前!? マジで俺を殺そうとしてるだろっ!!」
 嬉々として襲い掛かろうとするリオに、シーナは慌てて左手に宿っていた紋章の力を解放した──せざるを得なかったとも言う。
「土の守護神!」
 リオのトンファーがダブルで炸裂する寸前──片膝をついたシーナの前に、光り輝く大地の文様が現れ……その光の中にリオはトンファーを力任せに叩き込もうとして、シーナが自分に向けて掲げた左手に「何」を握っているのか、気づいた。
 とたん、
「──……っ!!」
 慌てて、トンファーを引き戻し、そのまま数歩後ろに後ず去る。
 ザッ、と、互いに距離をとりながら、
「ひ……卑怯なっ!」
 歯噛みをするように叫ぶリオに向けて、シーナはにやりと口元に笑みを刻み込んだ。
 そのまま彼は、キリンジの切っ先をリオに向けながら、
「卑怯っていうより、頭脳作戦って言ってほしいぜ?」
 リオに向けて翳した「盾」を、ヒラヒラと揺らしてみせる。
「もし僕が、スイさんのチョコにトンファー叩きこんでたら、どうするんだよっ、シーナのバカっ!!」
 泣きそうな顔で──実際、目の端にかすかにキラリと光るものまで浮かんでいるのだから、「そこまでしてこのチョコが大切なのか」と、周囲にいた面々は、ちょっぴり遠い目をしたくなる──、叫ぶリオに向けて、シーナはますます笑みを深めると、
「はぁーん? 何言ってるんだか?
 お前がコレを割ったら割ったで、別に俺が割ったわけじゃないから、何も構わないんだぜ〜? 正直にリオの仕業だって言って、割れたチョコをそれでも食う俺って、なかなか情に訴えるだろ? な?」
 底意地の悪い笑みを貼り付けながら、キリンジの切っ先をユラリと揺らす。
 リオは、それが挑発だと分かっていながら──そして、リオが本気でトンファーを叩き込もうものなら、間違いなくそれを実行することが分かっていながら……それでも、
「その誘い、乗ったぁっ!!」
 最後にチョコを持っていた人間が、スイの前で「そう」行うことにこそ意味があるのだと、トンファーをクルンとまわして、シーナ目掛けて突進する。
 とどのつまり、もしチョコが割れたとしても、チョコを奪還できれば問題はない。
 後は、涙を浮かべながらスイに、「ごめんなさい、スイさん……僕の不注意で割っちゃったんです……っ!」とか言いながら、目の前でそのチョコの不始末をつけるごとく食べきれば良いだけの話なのだ。
 ──まぁ、そのシーナとリオの考えが、スイの前で実行して意味があるかどうかは別として。
「そんなことさせるかぁっ!」
 チャキンッ、と、キリンジの鍔を鳴かせて、シーナは構えを深くする。
 再び2人が剣を交えようとした──その瞬間。
「!!?」
「──……っ!」
 ガシッ!
 殺気を感じて、2人はとっさにその場から飛び退る。
 それを狙ったかのように、それぞれの足もとに閃くように突き刺さったのは──一対の、クナイ。
 この辺りでは決して見かけない形のソレに、驚いたように視線を向ければ──、
「──そっ、こまでです……お2人とも……っ。」
 白い顔を赤く上気させ、弾む息に肩を上下させたカスミが、キッ、と眦に険しい色を浮かべて立っていた。
 その指の間には、シーナとリオの足もとに投げたクナイと同じものが数本握られていて、彼らが一歩でも動こうものなら、再び足もとにクナイが突き刺さるのは、目に見えて分かった。
「カスミさん……。」
 小さく呟いたリオとシーナの視線を受けて、カスミは、赤く火照った唇を、キュ、と一文字に引き結ぶ。
 そして、こちらを見ているシーナとリオを、それ以上近づけまいとさせるかのように、指先のクナイをチャリと鳴らして威嚇しながら、
「先ほど──、スイさんとそこで会いました。」
 静かに──息を整わせながら、そう呟く。
 途端、カスミの背に庇われるような形で地面にしゃがんだままだった──事の成り行きを、ただ呆然と見守るしかなかったメロディが、驚いたように顔をあげる。
「スイさんと!?」
 そんなメロディの言葉に、彼女はコックリと頷く。
「そのチョコのことも聞きました。」
 目線だけはシーナとリオから──いや、正しくは、シーナがしっかりと握り締めているチョコレートの派手なラッピングから目を離さず、カスミはキリリと顔つきを改める。
「この……チョコのこと?」
 シーナが、リオとカスミを警戒したままの態勢で、チラリとチョコレートに視線を落とせば、どう見てもルックに嫌がらせをしようと思っていたとしか思えないラッピングが、けばけばしく映った。
「それは一体、どういうことなの?」
 リオもまた、警戒態勢を解かずに──一瞬でもシーナが隙を見せたら、カスミのクナイも物ともせずに、チョコを奪還する気満々で問いかければ、彼女は瞳を細めて……緩く、息を吐く。
「それは……。」
 言いながら、指の間に挟んだクナイを、チャリ、と鳴らしながら、カスミは足を一歩進める。
 奇妙な緊張感に、リオとシーナも、それぞれ己の手にした武器を持ち直した──その刹那、
「リオ!!」
 チシャクランから伸びた街道から少し横手になった森から、すらりとした青年が姿を見せる。
 彼もまた、カスミ同様息を弾ませ──どころか、息も絶え絶えな常態で、ヨロリ、と体をかしがせる。
「あぁ……良かった……ま、間に合った……?」
 薄幸の美青年さながらの淡い微笑みを口元に乗せて、彼はなぜか満身創痍の姿で、フラフラと歩み寄ってくる。
「ジョウイ……っ!」
 驚いたように目を見開いたリオが、本拠地を出る前とは打って変わった──変わり果てたと言っても過言ではないジョウイの姿に、悲痛の声をあげる。
 ジョウイは、そんなリオに顔を向けると、青白い頬に張り付いた後れ毛もそのままに、安堵の表情を浮かべて見せた。
 ユラユラと体を傾がせながら、こちらへと歩み寄ってくる……まるで山賊か何かにあったかのようなボロボロの姿のジョウイの背には、グッタリと彼に身を任せている娘が1人。
 その姿を認めた途端、リオはカッ、と頭の中が真っ赤になるのを感じた。
「ナナミっ!!」
「ナナミちゃんっ!?」
 叫んだリオに続いて、シーナとメロディも、驚いたように顔を跳ね上げて、硬く眼を閉じている娘の名を呼んだ。
 ジョウイの背におぶられている彼女は、最愛の弟の呼び声にも、仲間の声にもピクリともしない。
 リオは、イヤな予感に駆られて、ブルリと背を震わせる。
「ジョウイ! ナナミは……っ!?」
 駆け寄ろうとして──それでも、逡巡するようにシーナとカスミに視線を走らせるリオに、ジョウイは荒い息をこぼしながら、大丈夫だと言いたげに頷いてみせる。
「大丈夫。ナナミは、眠ってるだけだよ。──眠りの風を受けちゃって……。」
 どこか疲れたような笑みを乗せながら、ジョウイはナナミを軽く揺らすようにしておぶり直した。
 シーナとリオが熾烈なチョコレート争奪戦競走をしていた後方で、一体何があったのかは分からないが、ジョウイが身をもってナナミを庇っていたのは確かだろう。
「それよりもリオ、シーナさん、カスミさんからチョコレートの話は聞いたんだよね? だったら、そのチョコ……。」
 憂いた表情で、ジョウイは二人を交互に見つめた後、そのまま視線をカスミにとめる。
 カスミは、ジョウイのまっすぐな視線を受けると、コクリと頷いて──そのまま、チャキン、とクナイを両の指すべてに出現させると、
「リオさん、シーナさん──!
 そのチョコの戦い……、私も参戦させていただきます!!」
 キッ、と彼らを睨み付けながら、朗々と宣言してくれた。
──途端、
「って、ちがっ! カスミさん、そうじゃなくって……っ!」
 慌ててジョウイが、ビクンと肩をはねさせて、何を言うのかとカスミを凝視する。
 しかしカスミは、ジョウイのその視線を背中で撥ね退けて、りりしい表情でシーナが握るチョコを視界に止めると、
「バレンタインのスイさまのチョコは、グレミオさんの手作り!
 けれど──けれどそのチョコは、スイさまがおつくりになった、正真正銘の手作りなんです! これを、見逃す手はありません!!」
「いやっ、カスミさん……っ!」
 そうじゃなくって、と、ジョウイは思わず片手をあげて、彼女に突っ込もうとして──ズルリ、と肩から崩れ落ちそうになるナナミの存在に、慌てて彼女を抱えなおした……とたん。
「……ハッ!?」
 ジョウイの背中に背負われていたナナミが、ピクンッ、と肩を跳ね上げて、眼を覚ました。
 なんてタイミングの悪い時に──と、ジョウイは背中のナナミに、動かないようにと肩越しに告げようとしたところで。
「ジョウイっ!」
 パンッ、と、ナナミがジョウイの肩をたたく。
「ナナミ?」
「先手必勝よ!」
 先ほどまで眠っていたとは思えないほど俊敏な仕草でジョウイの背から飛び降りると、ナナミは懐から三節棍を取り出し、ヒュンッ、と風を切る。
 そして、ジョウイの隣でビシリと構えたかと思うや否や、
「ジョウイ! いくわよ! 協力攻撃『スイさんといっしょ ジョウイでもいいや』バージョンっ!!」
「……って、ちょっとひどくない? ナナミ?」
 ヒュンヒュンッ、と三節棍を鳴らして、リオとシーナ、カスミに向けて──「戦闘参加宣言」をしてくれた。
 しかも、ジョウイを問答無用で巻き込んで、だ。
 なんでそうなるんだと、ジョウイが頭痛を覚えたようにこめかみに手を当てると、リオがムッと眉を寄せてトンファーをがつんと打ち鳴らしながら抗議してきた。
「あーっ!!! ジョウイ! 僕に協力してくれるんじゃなかったの!!!?」
「いや、だから僕は今回はノータッチだってば……。」
──まったく本当に、血がつながってない癖に、似たもの姉弟だな、リオもナナミも!
 そんなことを思いながら、ため息をこぼしつつ──それでもジョウイは、自分の棍を手に取った。
 どうせココで素知らぬ顔をしても、ナナミもリオもジョウイを巻き込んでくれることは間違いないだろうし……何よりも、「あのチョコ」が何なのか知っているのに、食べる気満々のシーナたちに手渡すわけには行かない。
「ちっ──まぁ、なんでもいいぜ。
 とにかく、このチョコが正真正銘スイの手作りだとわかった以上、このチョコは絶対に、渡せねぇ……っ!!」
 りりしく、格好よく──最近見ることがなかった男前バージョンの力強さで、シーナはそう宣言したかと思うと、ヒュンッ、とキリンジを振るい──ハッ、と身構えた面々に向かって、左手を掲げて宣言した。
「震える大地……っ!!」
 ガゴッ──ゴゴゴゴゴ……っ!!!
 突如、揺れだす地面に、本来なら誰もが動くこともできないはずだった。
 けれど、
「──こなくそっ!」
「この程度で私を止められると思わないでください……!」
「ジョウイ、行くわよ!」
 目の前の「お宝」に眼が血走っている面々の足を止めることはできない。
 揺れる大地をものともせず、彼らはチョコレートを持っているシーナの元へと、一斉に駆け出した!
 そして、呪文を唱えてたシーナとて、この程度の呪文で、彼らの戦意をくじくことができるなんて思ってはいなかった。
 すばやく襲い掛かってくる3人と、やる気がなさそうながらも、ナナミに無理矢理協力攻撃を発動させられているジョウイを一瞥して──、
「絶対、コイツは渡さねぇぜっ!!」
 土の守護神がかかったままのチョコレートを片手に、キリンジをしっかりと握りなおした。











 ──そんな風に、つい先ほどまで平和だったチシャクランの入り口で、突然勃発した戦いは……いやおうなしに、関係者を巻き込んで、大騒ぎになっていくのである。
 ……いつものごとく。








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……ん? まだ続くな?