記念日に会いに行こう













「あ、そういえば、今日じゃなかったっけ?」
 リオがふと思い出したのは、その日も一日が終わろうという時だった。
 広いベッドの上に広げたのは、数枚の紙──風呂上りのリオの元へ、クラウスが届けてくれた「明日の予定表 BYシュウ」である。
 ちなみに、広げてみたものの、リオはそれの内容は、まるで頭に入ってこなかった。
 一応目を通しておかないとシュウがうるさいので、見ておこうとは思ったのだけれど、最初に見えた書類の日付を見た途端、ふ、と思い出したことがあったからだ。
 それを確認したと同時、思わず呟いていた言葉に、同じベッドの上に居たナナミが反応した。
「えー? 何が、リオ??」
 ぺたん、とシーツの上に座り込んで、ナナミはキョトンと首を傾げる。
 すでに寝巻きを身につけたナナミは、自分の分の枕をリオの枕の横に並べて、早々に寝るつもり満々だ。
 ティーカム城に来た当初は、リオもナナミも同じ部屋で──ベッドの数も少ないからと、一緒に寝ていたのだが、城が大きくなってきてからは、別々の部屋で寝泊りしていた。
 けれど、昔からずーっと、同じ部屋でベッドを並べて寝ていた二人は、今更別々の部屋であることに、そこはかとなく寂しさを感じていた。
 そのせいか、時々ナナミは、こうして自分の枕を持ち込んで、リオと一緒に寝ようとすることがある。
 大きな原因の一つは、「今日、ビクトールさんがまた怖い話してきたのぉぉぉーっ!!」──である。
 このノースウィンドウ出身のビクトールは、この近辺に関する怪談話に、物凄く詳しいのだ。
 酒が入ると、時々その話を持ち出しては──怪談がダイッキライなナナミを、独り寝できないようにさせてくれる。
 今日も今日とて、デュナン湖の亡霊の話を聞いたナナミは、ぴたり、とリオから一時として離れようとしなかった。
 おそらくは、あと2、3日は続くものと思われる。
「ま──……まさか、その亡霊の話に関係があるんじゃ──……っ!」
 この部屋に来た理由を思い出したナナミが、ブルリと体を震わせて──今にもリオに抱きついてきそうな表情で、リオを見上げる。
 その双眸が早くも涙に濡れてきそうなのを認めて、リオは苦い色を口元に刻んだ。
「あー、うん、え、と。
 …………僕達とジョウイが、初めて会った日。」
 こり、と。
 頬をかいて、リオは少しだけ視線を遠くに飛ばした。
 思い出すのは──セピア色の、遠い昔の記憶。


 あの時、僕とナナミとジョウイは。
  まだ、何も知らない子供だった。











「抜き足、差し足、忍び足……。」
 ひたひたひた……。
 だだっ広い廊下の端──暗闇に隠れた壁伝いに、怪しい影が二つ、ブーツの足音を中途半端に掻き消して、歩いていた。
「抜き足、差し足、忍び足……。」
 ひたひた…………。
 ピタリ、とそこで前を歩いていた影が足を止める。
 ちょうど目の前には、広くて──キレイすぎるが故に冷えた印象を与える廊下を、華やかに染め上げる花瓶が置かれていた。
 暗闇の中に沈む花の色が何色なのかは分からなかったけれど、鼻先を漂ういい香だけは分かった。
 思わず花の香に意識を奪われた背中に、後ろの影がドンとぶつかる。
「ぶひゃっ。」
 情けない声をあげて、鼻を押さえているのが気配で分かった。
「……ナナミ。」
 前の影は、疲れたような溜息を零して、肩越しに後ろを振り返った。
 ナナミと呼ばれた後ろの影は、やはり鼻の頭を抑えていて、涙目でリオを見上げる。
「リオ〜、止まるなら止まるって言ってよ〜!」
 ひそひそ、と小声で文句を零すナナミに、リオはギュと眉を寄せる。
「あのね、ナナミ……。」
「何??」
 鼻の頭を擦りながら、ナナミがへしゃげた声で尋ねてくる。
 そんなナナミを見下ろして、リオは困ったように溜息を零す。
「……さっきから、声に出てるよ?」
「へ???」
「だーかーら、さっきから、抜き足差し足……って口で言ってるってば。」
「ええっ!」
 思わず素っ頓狂な声をあげようとしたナナミの口を、慌ててリオが両手で閉ざす。
「ナナミっ、声が大きいっ!」
 顔を近づけて、囁くように怒鳴って──リオは、慌てて見晴らしのいい廊下を右に左にと見やった。
 シン、と静まり返った廊下は、先ほどまでと変わりなく静寂に包まれている。
 見回りの兵士達も、まだ来てはいないようだ。
 グルリと180度視線をまわして確認して、リオがホッと胸を撫で下ろす。
 そんなリオを見て、ナナミもホッと安堵の息を零す。
「良かった、見回りの兵士さんは来てないね。」
 ぼそぼそ、と零せば、リオが間近でコクリと頷く。
「ほんと、良かった。ここで見つかったら、逃げるところも隠れるところもないもん。」
 やれやれ、と、出てもいない汗を拭うフリをして、リオは吐息を漏らす。
「確かに──ここ、ほんっと普通に広いよねー。」
 はぁぁ、と零れたナナミの感嘆の時すらも、良く響き渡りそうなほど──広い。
 ティーカム城の廊下とは、まるで違う。
 あそこは、ここよりもずっと狭くて、ここみたいにピカピカに磨かれてはいないけれど──でも、とてもあったかくて。
 なのに、ここは。
「それに──なんだか、寒いね。」
 ピタリ、と壁に手を当てて、ナナミは首を傾けた。
 はぁ、と吐いた息は、少しだけ白い。
 それが煙るように自分の頬を掠めていくのを感じながら、ナナミはリオを見上げる。
「──……ね、こんなところに、ジョウイ……居るんだね。」
 高い天井。
 今は夜で、暗く沈んでいて、寂しい場所にしか見えないけれど──昼間なら、もっと温かくて、明るいのだろうか?
 ジョウイは……ここで、一人ぼっちじゃ、ないかな?
 心配そうに眉をひそめて、そ、と目線を落とすナナミに、リオは視線を遠くに飛ばした。
「──……。」
 しん、と静まり返った廊下は、足音一つしない。
 吐いた息は寒々しく音もなく空気に掻き消え、何も残らない。
 豪奢で華美でありながら繊細な宮殿は──誰もが憧れ、誰もが夢見た場所のはずだった。
 事実、ナナミもキャロに居たときは、同じ町の女の子と一緒に、この宮殿が描かれたポストカードを手に入れて、キャーキャーと騒いでいた物だ。
 ──いつか、死ぬまでに一度は行ってみたい、夢の宮殿……ルルノイエ。
 なのに、今、こうしてナナミが立っている場所は、酷く冷たくて、寂しかった。
 ジョウイ、と。
 ぽつんと呟いて、ナナミは両手を握り締めた。
 そんな彼女の肩に、リオが静かに手を置く。
「ナナミ、行こう? 早くしないと──明日になっちゃうよ。」
「──……うん、そうだね。」
 こくん、とナナミは頷いて、自分が胸元に入れてきた箱を、そ、と服の上から撫でた。
 それは、ジョウイへの「記念日」のプレゼントだ。
 リオたち姉弟と、ジョウイが──初めて出会った日の記念の。
 気づいたのが、本当についさっきだから──何も材料なんて無かったから、慌てて二人でクッキーを焼いたのだ。
 本来なら生地を寝かせなくてはいけないのに、それを強引に寝かせずに作った、少しばかり──ナナミ風味が詰まった、懐かしい味のクッキー。
「早く届けないと、日付が変わっちゃうね。」
 そうしたら、「今日」の意味がない。
 そう言って笑うナナミに、そうだよ、とリオも小さく笑う。
「ジョウイ、寝てるかな?」
 寝ていたら、枕元に置いていこうか、それとも無理矢理口の中に突っ込んでやろうか、と、イタズラを企むように目を輝かせて笑うナナミに、
「起きてるんじゃないかな? ジョウイはいっつも、夜遅くまで起きてるからっ。」
 ほんのつい最近のように感じる──ジョウイと一緒にすごした日々を思い出し、リオは寂しげに笑みを翳らせる。
 ずっと──あの、初めて会った日からずっと、一緒にすごしてきたのだ。
 今は、別々に分かれているけれど──、
「リオ。」
 そ、と、ナナミがリオの腕に手を当てる。
 リオは、その暖かな感触に、ふ、と笑みを登らせて──うん、と、ナナミに頷いてみせる。
「行こうか、ナナミ。
 それで──ジョウイを、驚かせようっ!」
「リオっ! 声が大きいよっ!」
 元気良く拳を天井向けて突き上げるリオに、慌てたように、今度はナナミが弟の口を塞ぐ。
「──あ。」
 しまった、と目を瞬くリオに、ナナミは間近で視線をあわせて──どっちもどっちだねぇ、と、喉を震わせて笑った。
 そして──二人は、どちらともなく手を取り合う。
「ジョウイの部屋には、この先の角を右……だって書いてある。」
 手の平くらいの大きさの地図を広げて、リオが自分たちが歩いていた廊下の先を指し示す。
 ナナミはそれに大きく頷いて──もうすぐジョウイに会えるのだと、期待に満ちた目で、リオの指の先を見つめた。
「よし、それじゃ、──抜き足、差し足、忍び足……、と。」
「だからナナミ、声が出てるってば……。」
 また最初の会話に戻りつつ、二人はコソコソと──目的地への距離を、縮めていくのであった。












──そんな風に、リオとナナミが、幼馴染の寝室を強襲しようと、がんばっている頃、ティーカム城では。
「──……で、どうして、敵の頭領の寝室を、リオとナナミが知っているわけですか?」
 米神に青筋が浮いた軍師が一人、引きつった笑顔で、ことの片棒をかつ居た人物を仁王立ちでみおろしていた。
 その、思わず歴戦の戦士すらも怯えるような恐ろしい目つきのシュウの視線を受けた少年は、ビクトールの部屋の床に直接胡坐を掻いて座り込んだ体勢のまま、両手でカードを広げ──また今夜も、元解放軍メンバーと賭けカードをしていた──、愛らしく微笑む。。
「あ、それは、僕が地図を書いてあげたんですよ。
 ビッキーに頼んで、ルルノイエに二人を送ってもらう地点を決めてですね、そこからの最短かつ見回りルートから外れている道をですね……。」
 カードの捨て札を床の上に広げながら、朗々と説明を始めるスイに、シュウは引きつった笑顔のまま、片手を挙げて制止を求める。
「いえいえ、いろいろ突込みどころがあるのですが、とりあえず言わせて頂いてもよろしいですか、トランの英雄殿?」
「はい、なんでしょうか、わざわざ僕を探して、ビクトールの部屋まで来てくださった、ジョウストンの軍師殿?」
 にっこり、と、二人のタヌキと狐は優しく微笑みあう。
 その背後で、ドンガラガッシャン、と──火花を通り越した雷が落ちた気がして、カードを囲んでいた面々は、肩身も狭く震え上がる。
「どうして、あなたがルルノイエの宮殿の地図をご存知なのですか?」
 微笑むシュウの背後で、けしゃー、とマングースが唸りをあげる幻影が見えた。
 それに対するスイのバックには──、
「企業ひ・み・つv」
 マングースに対峙する龍の姿があった。
 どう見ても、どっちが勝つのかは目に見えていた。

 ──だから、かぶってるネコの質も量も違うんだって、シュウ。

 はぁ、と溜息を零しながら、ビクトールは──きっとこの後、なんでか俺とフリックだけ説教されるんだろーなー、と。
 そんなことを思いながら、半ば投げやりに、自分の手持ちのカードを捨てた。
 とりあえず、リオとナナミが帰ってきたら──こういうことは、俺も一緒に連れてけ、と言っておこう。そうしたら、こういう修羅場みたいな場面に付き合わなくても済むからな!
 と、前向きに決意を固めておいたのであった。















ショートだと、やっぱり、話が足りない……_| ̄|○i|||i

ジョウイ……ゴメン、出してあげられなくって(T△T)