チョコボ











 ドゥンドゥンドォン──……シュゥゥン……。
 うるさく鳴り響くエンジンを止めて、ティファは古びた車からキーを抜く。
 ちゃりん、と軽い音を立てたキーで車のドアをロックさせると、ティファはそれを腰に巻いていたショートエプロンのポケットに入れた。
 そして車の後ろにある荷台の上に乗せてあった小麦粉の入った袋を片手で持ち上げる。
 ひょい、とそれを肩に乗せて、残る片手で洗剤などが入った袋を取る。
「最近、少しだけど値が下がってきたわね。」
 小さく呟いて、ティファはセブンスヘブンの裏口に向かって歩き出した。
 あの──ライフストリームからやってきた三兄弟の事件から、早数ヶ月もの月日が過ぎていた。
 当時は、星痕症候群の影響もあり、物価は高くなっていく一方だった。
 けれど、それも今は鎮まり……物価も一時期に比べたら、随分と安定している。
 もう少し様子を見て、それでも物価が上がらないようだったら、店のメニューの値下げをしてみるのもいいかもしれない。
「とは言うものの──エンゲル係数がバカにならないのよねー。」
 それが、目下の悩みの種かしら、と。
 ティファは悩ましげな溜息を零して、ふぅ、と肩を落とした。
 小麦粉の袋を、肩と顎で挟み込んで、ティファは車のキーを入れたポケットとは違うポケットから、店の裏口の鍵を取り出す。
「まったく、あの3バカと言い、その親玉といい、良く食べるのよね。」
 クラウドが面倒を見ている教会の孤児たちの食事代やオヤツ代よりも、むしろ、あのバカどもの食事代のほうが、よっぽど痛い。
 そもそも、食べなくてもいいくせに食べるとは、一体どういう了見だ、と、ティファは軽く頭痛を覚えて、はぁ、と溜息を零しながら、裏口のドアを開く。
「ただいま。」
 そう声をかけて中に入った瞬間──ガタン、と店内から音がした。
 はっ、と、ティファは顔を跳ね上げる。
 今日は、マリンもデンゼルも教会の子供達と一緒に外に遊びに行っている。夕方まで帰ってこない予定だった。
 なのに、音がするはずがない。
 ス、と目を細めて、ティファはドサリと小麦粉の袋と洗剤が入った袋とを床に置いた。
 後ろ手に扉を閉めながら、
「クラウド? 帰ってるの?」
 まず、一番可能性がありそうな名前をあげた。
 けれど、答えはない。
 静かな沈黙が返るだけだ。
 ティファは無言で、エプロンの下──ズボンのポケットの中から、革手袋を取り出した。
 それを手に嵌めて、そのまま裏口近くの棚に、無造作に引っかけてあったゴッドハンドを取り上げる。
 ちなみに、店のカウンターの中にはプレミアムハートが隠してあったりする。
 普段なら、絶対このような強力な武器は必要ない。レザーグローブ程度があれば──否、普通の革手袋一つあれば、十二分に渡っていけるからだ。
 けれど、今のティファには、そうせざるを得ない理由があった。
 ──だって、最低でもドラゴンクロークラスじゃないと、ダメージが与えられないんだもの……あの、3バカどもには。
 足音を消して、す、と店の方に進む。
 壁の影に姿を隠しながら、そ、と中をうかがうと、開店前の店は、静まり返っていた。
 気配は、ない。
 ネズミか何かが物音を立てただけ──だという可能性もあったけれど、このセブンスヘブンでは、物事はそう簡単に進まない。
 ここが普段は女子供ばかりだと知って、世間知らずが食料泥棒に入ることだってある。
 さて、今回は──ただの食料泥棒であってくれれば、一体どれだけラクなのかしら、と。
 ティファは、手の中のゴッドハンドの感覚を確かめ──ぐ、と1度握り締めてから、店内へと飛び出した。
 カウンターの横手から店内へと飛び出し、そのまま鋭い目で隙間なくあたりを見ようとした──その刹那。
 ティファは、カウンターの中に立ち尽くす一つの影を見つけた。
 こちらに気づいているのか気づいていないのか、店側に背を向けて、食器が入っている棚を覗き込んでいるようだった。
 一見すれば、食料泥棒が物色しているように見える。
 しかし──ティファは、その影を認めた途端、はぁぁ、と、ガックリと両肩を落とした。
 そして、やれやれというように、自分の額に手を当てる。
 目の前の男は、ティファの溜息にも反応せず、棚の前で、ジ、と動かない。
 ティファは片眉をヒョイとあげると、カウンターの中に立ち尽くしている男へと声をかけた。
「ロッズ? あなた、何をやっているの?」
 相手が「体は大人でも心は無邪気な面倒くさい子供」だとわかっている以上、面倒な取引や駆け引きは放り投げることにする。
 とりあえず直球に問いかけてみたら、ロッズは、棚を見つめたまま──立ち尽くしたまま、もごもご、と何か答えた。
 何を言ったのか聞き取れなくて、ティファは首を傾げる。
「何、ロッズ? 聞こえないわ。
 それから、そこは食器棚よ。」
 何を考えているのかわからないが、この3バカの一人は、良くセブンスヘブンに出没する。
 そして、気づいたら、お菓子棚を探っていたり、食料庫で食べられそうなものを探っていたり──酷い時には、ティファが作ったご飯を、作った先から食べていたりする。
 セブンスヘブンのエンゲル係数を無駄に跳ね上げている原因の一人である。
「……──……き、……。」
「え? 何?」
「俺──……、いり、……チョコ、…………。」
 ぼそぼそと呟くロッズの声は、聞きづらく──そして、なんだか落ち込んでいるように聞こえた。
 ロッズが落ち込むのは、けっこう良くあることだ。
 そしてそのたびに、泣いている。
 そう言えば、この声も、泣き声なのではないだろうか?
 ティファは腰に手を当てて……はぁ、とあきらめたように溜息を零すと、自らカウンターに近づいていった。
 ロッズは、棚を開け放した体勢のまま、じ、と棚の中に視線を注いでいた。
「チョコボが、なんですって?」
 そう聞こえたような気がして、ティファは聞き返したと同時──アレ、と思い出した。
 そう言えば、一月ほど前だったか……久しぶりに遊びに来ていたユフィが、「これ、クラウド用にいいとおもうんだっ!」と、チョコボファームで手に入れたのだと言う、チョコボのマグカップを持ってきたのだ。
 そのまま、チョコボの顔を形取った顔マグというヤツで、今、チョコボファームで人気のみやげ物なのだと言う。
 そういえば、その棚に、チョコボマグを入れていたような気がした。
 と思い出すと同時、
「……そう、カップ……、…………ない。」
 気落ちしたロッズが、うっうっ、となきながら呟く。
 その答えに、ティファは、心の奥底からガッカリした。
 この3バカ共には、いつも突拍子もないことをしたり言ったりしてくれて、そのたびに心痛を覚えたり、突込みをしたりするけれど。
 今度は──チョコボのマグカップが棚にないくらいで、泣くのか?
「ない、って──。」
「チョコボのマグカップ……俺は、あれでココアを飲もうと思ったんだ。なのに無い。……無いんだ、母さん。」
「誰が母さんよ。っていうか…………そのココアも、どうせうちのココアでしょうが。」
 グリグリと、痛むこめかみをもみこみながら、ティファはもう、どこから突っ込んでいいのかわからなくなった。
 そう言えば、あのチョコボのマグカップ──、クラウドはそれを見た瞬間、イヤそうな顔をして使わないと言ったから、ティファは今ロッズが見ていた棚に、仕舞いこんでいたのだ。
 けれど、半月くらい前から、仕舞いこんでいたはずのマグカップは、毎日洗い場置き場のところに姿を見せるようになっていた。
 てっきり、マリンやデンゼルが使っているのか──それとも、二人が、教会の子供達のために、それを使って飲み物でも入れてあげているのだと思っていた。
 中に沈殿しているのは、ココアであったり、コーヒーであったり、紅茶っぽかったりと、色々だったけれど、使用済みであったし、一緒に他の使用済みのマグカップもおいてあったからだ。
 けれど──この口ぶりからすると。
「それじゃ……あのチョコボのマグカップ、使っていたのは、貴方だったの、ロッズ。」
「違う……昨日はカダージュだった。」
「…………。」
 そう言えば、昨日は沈殿していたのが紅茶だった。
 カダージュは基本的に、紅茶を好んで飲む。──そして、勝手に、ティファが教会の子供達用に作っておいたケーキを食べるのだ。
「おとついは、ヤズーだった。」
 そうそう、おとつい沈殿していたのは、日本茶だった。
 なんでマグカップにお茶を入れるかな、と思いながら洗ったから、良く覚えている。
 ヤズーはそのお茶と一緒に、しょっちゅう黒糖を丸かじりしていたりする。それで時々、ユフィのリクエストでティファが作った饅頭や大福を狙って、ユフィと箸の格闘を繰り広げていたりするのだ。
 ──っていうか、そのチョコボのマグカップ、3兄弟で回し使いしているわけだ?
 で、今日はロッズの番だったので、いそいそとココアを飲もうと思ったら、そこに無かったから、呆然とショックを受けて、立ち尽くしていたと、そういうわけか。
 ティファはそこまで納得して、やれやれと溜息を零す。
 ふと落とした視線の先に──カウンターキッチンの中に、いつのまに取り出したのか、昨日作りおいていたパウンドケーキを発見した。
 どうやら、今日のロッズのお茶菓子は、それだったらしい。
 ロッズは、何度見直しても見つからないチョコボのマグカップに、ぽろぽろと涙を零しながら、ずず、と鼻を啜って。
「その前は、セフィロスだった。」
「──────…………………………。」
 そう言えば、3日前は──マグカップの沈殿物は、コーヒーだったような覚えがある。
 子供達はコーヒーを飲まないのに、珍しいわね? と思ったから、良く覚えている。
 そうか……アレは、セフィロスが使っていたのか。

 っていうか、チョコボの黄色いマグカップを、使うの!? セフィロスがっ!??
 ありえないでしょ!!!

 思わず裏手で突っ込みながら、ティファは、ガックリと肩を落としながら──それでも未練がましく棚を見つめ続けるロッズに、あーあ、と声を漏らす。
 まったく……私も甘いとは思うけれども。
「しょうがないわね。──ロッズ、そこじゃないわよ。」
 答えを、さっさとあげることにした。
 このまま、見なかったフリをしてもいい。
 むしろ、チョコボのマグカップなんて、誰も使わないと思ったから、あげちゃったわよ、──なんていうことを言ってみせても良かった。
 けれどそれはそれで、カダージュだのヤズーだの……下手したらセフィロスだのが、「小姑だっ! イジメだっ! ティファ姉さんは鬼嫁だっ!」──などと、最近覚えたばかりの単語を羅列して、一斉にわめいてくるのも面倒だ。
 ロッズが、ずず、と鼻を啜りながら、自分のほうを見つめるのを感じながら、ティファは彼が立っているところから数歩離れた場所にある、大きめの冷蔵庫の前に立った。
 いまだ身につけていたゴッドハンドを脱ぎ捨てながら、冷蔵庫を開き──一番上の段に陳列されている盆を掴みあげる。
 そ、と落とさないように取り出すと、その盆の上には、数個のマグカップが乗っていた。
 もちろん、その中には、良く目立つチョコボの黄色いマグカップも乗っかっていた。
「チョコボだっ!」
 子供のように、声を弾ませて喜ぶロッズに──こんなことで喜ぶなんて、ほんと、中味は子供なのよね、とティファは苦笑を覚える。
 盆ごとロッズに向ければ、ロッズは一瞬で間合いを詰め……こういうのは、子供じゃない……、震える手で、そ、とチョコボを取り上げる。
 その手つきは、まるで壊れそうなほどはかない宝物を取り上げるようであった。
「チョコボ……、甘い匂いがする。──くせぇ。」
「ええ、そうよ。……マグカッププリンをね、作ったのよ。」
 くんくん、と鼻を寄せて──それから、ぐ、とロッズは眉を寄せる。
 ティファは残りのマグカップを再び冷蔵庫に仕舞みながらそう答えて──ぱたん、と冷蔵庫の扉を閉めてから、ロッズの鼻先に自分の指をつきつける。
「それから、くさい、じゃなくって、いいにおい、よ、ロッズ。」
 びし、と告げた内容に、ロッズは顔を顰めたが、何も言わず、無言でチョコボのマグカップに目線を落とす。
 いつもの空っぽのマグカップでもなければ、ココアが入ったマグカップでもない。
 チョコボの黄色よりも、もう少し柔らかな色をした物が、みっちりと詰め込まれている。
「いい、におい。」
「そ、甘くていいにおいがするでしょ? たまにはいいかと思って、みんなが使ってるマグカップでプリンを作ってみたのよ。」
 くんくん、と匂いを嗅ぐロッズの、動物じみた仕草に、やれやれと肩を竦める。
「それ、食べていいわよ。
 そのチョコボのマグカップを使う子のために、作った分ですもの。」
「食べていいのか?」
 視線をあげてティファを真っ直ぐに見据えるロッズに、彼女は優しく笑って頷いてみせる。
「ええ、そのマグカップは、今日はあなたが使う予定なのでしょ?
 なら、それはあなたの分よ、ロッズ。」
 そう告げれば、ロッズは子供のようにクシャリと顔を崩して笑った。
 そして、両手で大事そうに掴んだチョコボのマグカップを、ことん、とカウンターの上に置いて、勝手知ったるなんとやら──とスプーンを取り出す。
 それから、棚の中を覗き込み、適当なマグカップを……おそらくは、チョコボのマグカップの次に気に入っているだろうものを取り出し、それにココアの粉を入れ始める。
 その行動も、まさに勝手知ったる状態な上に、とても手馴れていて。
 ティファは、ロッズたちが本当にココに入り浸っているのだと言うのを、見せ付けられたような気がしてならなかった。
「──……今度、クラウドに言って、みっちりと3バカとあの親玉をきっちり教育させないといけないわね。」
 彼らは何せ、食べる量が半端じゃないのだ。
 ロッズがその気になれば、この店中の食べ物を食い尽くしてしまう──そんな胃袋をしている。
 今はまだ、興味津々に、用意されている食べ物だけを食べている状態だけれど……これがエスカレートしたらと思うと、ティファはブルリと体を震わせずにはいられなかった。
 とにかく、そんなことになる前に、もう少し……常識と言うものを身につけさせないといけない。
 心なし、嬉しそうな顔のロッズが、用意したものをテーブルに運んで、椅子に座ったところまでを見届けてから、ティファは裏口に向けて歩き出した。
 ひとまず、裏口に残してきた小麦粉を回収して──ついでに、オヤツの報酬として、ロッズに裏に積んであるビールやワイン瓶のケースを運ばせるのもいいだろう。
「──なんだか、野良猫を餌付けしちゃった気分だわ。」
 小さく眉を寄せて、困ったように……なんとも言えない顔で呟く。
 毎日毎日、フラリとやってきて、何かを漁って帰っていくけれど──時々、「明日はプリンがいい」だとか、妙な独り言を、ティファの背中に残して去っていくときもある。
 しかもその場合、驚いて悲鳴をあげて振り返ったら──もう姿がないのだ。
 正直、なんて面倒な野良猫なのだろうと思わないでもない。
 でも──こうして、毎日やってくると……知らず、「仕方ないわね」と思ってしまうのも、確かで。
「……ま、とりあえず、明日は──みんなで、チョコボファームでマグカップでも買いに行くのも……いいかもしれない、……かな?」
 なんてことを、思わず呟いてしまう程度には、きっと。
 情が移ってしまっているのでしょうね、と。
 ティファは苦笑を刻みながら、頬に手を当てて、やるせない溜息をつくのであった。













──明日来る「野良猫さん」のために……何を作ろうかしら?


ティファとロッズしか出てこなかったわ……(笑)


ちなみに彼らが、チョコボマグカップにこだわるのは、もちろん、チョコボ=クラウドだからです(笑)






そういや、私、気づいたのですが……、FF7ACのBLのカテゴリ作るの忘れてましたよねvv
せっかく、ネタ考えたのにvvv(大笑)