「……ね、クラウド。」
小さく声をかけて、ティファは、焚き火の前に座るクラウドの背中に、どん、と自分の背中をぶつけた。
軽い重みを感じて、クラウドは小さく頭を揺らす。
「ほら、すごく星が近く見えるよ。」
ティファが手の平を空に向けて伸ばして、小さく笑う。
その動きに、クラウドの背中に圧し掛かる重みが少しだけ増えて──ティファのぬくもりと、優しい響きが伝わってきた。
それにつられるように、燃える炎に──その炎にすかし見えたニブルヘイムの光景に思いを馳せていたクラウドは、ふ、と視線をあげた。
遠く闇色に沈む森の塊と、深い紺碧のベール。縫いとめられた星の数は──今にも頭上に降ってきそうだった。
眩暈がするほどに綺麗なソレは、手を伸ばせばつかみそうなほど間近に見える。
それは──思い出の中で、ティファと待ち合わせた給水塔のそれと、良く似ていた。
そのことを思い出した瞬間、クラウドがそれを思い出すのを見計らっていたかのように、
「まるで、あの時みたいだね。」
と──楽しそうなティファの笑い声が響いた。
クラウドの背中にも、ティファの笑う漣のような動きが伝わってくる。
その──どこか優しさを連想させるぬくもりに、クラウドは双眸を細く眇めて、
「ああ、そうだな。」
ぽつり、と、一言だけ答えた。
その後、長い沈黙が二人の間に下りた。
パチパチとはぜる音に、少し離れた場所で熟睡しているユフィの歯軋りの音が重なるばかりで──、あまりに長く続く沈黙に、ティファは、むむ、と眉を寄せて苦虫を噛み潰す。
「……クラウドー?」
ねぇ、と、彼女は背中合わせのクラウドに声をかけて、こつん、と顎をあげて彼の背中に頭を当てる。
「ああ。」
しかし、その声に応えるクラウドの声も、一言だけ。
ティファは、表情をますます苦い物に変えると、
「──……〜っ、もう! ノリ悪いんだからっ!」
まったく、と、頬を軽く膨らませて、クラウドに預けていた背中を元に戻すと、膝を抱えてそこに顎をうずめた。
まったく──本当に、もう。
「──……そうか?」
「そうなの。」
クラウドは、突然そんなことを言い出すティファに、なんと言っていいのか分からず、眉を寄せる。
なんていうか──エアリスみたいなことを言わないでほしい、と思ったが、あえてクラウドはそれを言葉にすることはなかった。
何せ──そのことを思った瞬間、他ならないクラウド自身が、その発想に傷ついたからである。
エアリス。
その大切な名前を心の中で呟けば、彼女の優しい微笑みが脳裏に蘇る。
見ているこっちがつられて笑いたくなるような、優しい、暖かな微笑み。
それから、哀しそうにさびしそうに微笑む表情。前を真っ直ぐに見詰める瞳。
いくね、と。──そう淡く微笑んで言ったその顔。
あまりにはっきりと思い出してしまい──クラウドは、自己嫌悪にガックリと肩を落とした。
ティファは、クラウドがそんなことを思って、一人暗くなっているとは気づきもしないで、夜の闇に沈んだ草原の彼方を見据えながら、
「そもそも、クラウドに浪漫を解せ、って言うほうが無謀なのよね。
うん、それは分かってたんだけどね……。」
小さく、聞こえよがしにそんなことをぼやいてみる。
そんなティファの良く聞こえる独り言に、クラウドの正面に座っていたシドが、ぱきん、と手の中で薪を割りながら、やれやれ、と苦笑を浮かべる。
「ティファ、そういう浪漫は、二人っきりのときにやれや。」
何も、ここでするべきことじゃないだろう、と、シドは呆れたように続ける。
クラウドの正面に、こんなオヤジが居て、少し離れた場所からは、
「ぎちちちちち……。」
「ぐおー、ぐおー。」
耳障りな歯軋りと、重低音の高いびき。
こんな状況下で、いくら星が綺麗でも──浪漫もクソもないだろう。
そう告げるシドに、ティファはジロリと肩越しに視線を飛ばす。
「浪漫とか、そういうんじゃなくって──。」
言いかけて、ティファは背中に当たるクラウドのぬくもりを気にしたように、そこでふと言葉をとぎらせる。
その視線が、ふ、と地面に落ちて──ティファは、自分の引き寄せた膝を、ぎゅ、と己の懐に抱き寄せた。
不意に翳ったティファの表情に、シドは片目を眇めて見せると──あぁ、と、理解したように吐息を零す。
ティファは、クラウドが自分と同じ気持ちで居ることに気づいて、意識を他へ向けさせようと、思い出を語ったのだ。
そうすることで──クラウドの意識が、暗い感情にとらわれることがないように。
ティファにとって、「あれ」は、とても大事な記憶だったから──思い出だったから、そのことで話が弾めば、クラウドも自分も、この感情にいつまでも囚われることはないだろう、と。
──なのに、クラウドと来たら、まったく話に乗ってこなかった。
どころか、ティファが無意識のうちに心に抱えていた「エアリス」が、表面に出てしまったのだろう。
もし、エアリスなら、こんなとき──どういっただろう?
シドは、なんともいえない気持ちで……クシャリ、と、咥えていたタバコを噛み潰した。
目の前に居る二人は──クラウドとティファの幼馴染は、今はいないエアリスと、一番長い付き合いだった。
そして──一番、仲が良かった。
ティファとエアリスは唯一無二の親友として、いつも傍に居て笑っていたし。
エアリスはクラウドが気に入っていると名言して憚らなかったから、いつも彼女はクラウドの傍に居た。
クラウドも、そんな彼女に心許し──穏やかな気持ちを手に入れていたようだった。
だからこそ、今、二人は表現できない気持ちを抱えてしまっているのだろう。
──再び、あの場所へ。
エアリスが最期を迎えた祭壇。
皆が、エアリスと最期の別れを告げた場所。
あの場所へ行こうと、そう決めたのは自分たちだったけれど──そこに行くことこそが正しいと、そう思い、決断したことだったけれど。
近づくにつれて──今は、一刻の猶予もならないと言うのに、近づくにつれて、心が、沈むのを止められなかった。
あそこは、否応なく、エアリスが居ないことを、教える場所だから。
「……ふぅ、しんどいねぇ。」
小さく……口の中で小さく呟いて、シドはフルリと軽く頭を振った。
彼女をあの祭壇で亡くしてから今まで、ずっと自分たちはエアリスの存在を身近に感じていた。
彼女を美しい湖の中に沈めてからも──ずっと、近くに感じ続けていた。
けれど、「近く」に感じていても、決して「二度と触れられない」「二度と笑わない」「二度となかない」のだと。
あの場所は、そう──痛感させられるのだ。
そのことを思い出せば、自分もクラウドやティファの二の舞になりかねない気がして、シドは視線を自分の横に落とした。
そうして、自分のすぐ隣で前脚に顎を乗せるようにして寝ていたレッドXIIの背中を、軽くトンと突付く。
チラリ、と片目を開いたレッドXIIIに、無言でユフィをしゃくってやれば、それだけで彼はすべてを理解したようだった。
暗闇の中、くっきりと映える炎を宿した尾が、ぱたん、と揺れた。
「また?」
面倒そうな声で問いかけるレッドXIIIに、シドは唇の端でタバコのフィルターを噛みながら、
「しゃーねーだろ。腹おっぴろげて寝てんだからよ。」
風邪引いたらマズイだろーが、と、そう告げたシドに、レッドXIIIはやれやれと起き上がった。
そして、無防備に大の字になって寝ているユフィの傍に近づくと──これでも本当に忍者なのかな、と溜息を漏らす。
けれど何も言わず、レッドXIIIはユフィの腹の辺りに前脚をつけると、その場でクルリと丸くなる。
そうすれば、レッドXIIIの毛が、ちょうどユフィの腹の辺りを覆うのだ。
ふわふわした毛並みが頬に触れて、ユフィが、むにゅ、と何か寝言を言ったようだった。
その寝言が、誰かの名前のようだった気がして、レッドXIIIが彼女の顔を覗き込もうとした──まさにその瞬間。
これまたいつものように、彼女のしなやかな腕と足が、がしっ、とレッドXIIIの体を抱え込む。
「むぎゅっ。」
小さく呻いて──今回もまたこのパターンだよー、と、レッドXIIIは情けなく呟きながら、やれやれと前脚に顎をうずめて、そ、と目を閉じた。
それを見届けてから、シドは噛み潰したタバコを焚き火に向けて、ぺっ、と吐き出すと、新しいタバコを自分の懐から取り出す。
それの火を──と、焚き火に目を向けたところで、
「俺にも一本くれないか?」
低い──落ち着いた声が、不意に頭の上から降ってきた。
お、と目線をあげれば、幽霊のように実体がおぼろげに闇夜に透けこむ青年が、気配もなく立っていた。
「なんだ、あんた、実はイケる口か?」
は、と唇の端を歪めて笑えば、ヴィンセントは眉一つ動かさず、シドの顔を無言で見下ろす。
そんな彼に、シドは、へっ、と笑うと、ほらよ、とタバコを箱ごと差し出す。
ヴィンセントはそこから一本だけ抜き出すと、少しだけぎこちなく唇に咥える。
その慣れない仕草を見上げながら、
「最後に吸ったのは、いつごろだ?」
シドは焚き火に顔を近づけて──あちち、と言いながらもタバコに火をつけると、大きく煙を吸い込んだ。
肺にむせ返るほどのタバコを吸い込んだところで、上から降ってくる視線に気づいて、ヴィンセントに目を向ける。
彼は、シドからタバコを貰った状態のまま、目を伏せて焚き火の炎を見つめていた。
「こっからつけたほうが、早いだろーが。」
あぶねぇけどな、と、カカ、と笑いながらシドが焚き火をしゃくれば、ヴィンセントは目に見えて分かるほど大仰に眉を寄せた。
けれど、シドが美味そうにタバコを吸い──スッパー、と煙を大量に吐き出すのを見て、ライターを出してくれる気はなさそうだと思ったのか、彼はあきらめてシドの隣に膝を突く。
そして、微妙な距離を計りながら、そ、と顔を炎に近づける。
強い照り返しを放つ炎に近づいた分だけ、皮膚に焼け付くような痛みが走った。
それに眉を寄せながらも、息を軽く吸いながら火を灯し──すぅ、と、煙を吸い込む。
「──……かれこれ……。」
久しぶりの煙に、頭の奥が、クラクラしそうな気がした。
「あん?」
煙を吸い込みながら、小さく呟いたヴィンセントに、何の話しだ、と目線を向けたシドに、彼は眉間を指で押さえながら──どうやら、タバコが染みたらしい──、低く、続けた。
「タークスに居たとき以来、だろうな。」
「……んぁ? ……あぁ、タバコ、な。」
てっきり、普通に聞かなかったことにされたのかと思った、──と、そう考えながら、シドはタバコの煙を吐き出す。
すぅ、と闇夜に溶け込んでいく灰色のソレに、つきん、と胸の奥に棘が刺さった気がして、シドは顔を顰める。
何かが、胸を掠めた気がした。
それが何だったのか、目を細めて追った瞬間、すぐに答えは出た。
何のことはない。
あの時、エアリスを見送ったその時に。
冷たい空気に触れた自分の息が、はぁ、と零れて──白く空気に消えていった様に、似ていたのだ。
「──……。」
は、と、シドは苦い思いで息を吐き捨てる。
まったく、どいつもこいつも俺様も。
すぅぅ、と思い切り良く息を吸って──シドは、口の中いっぱいに煙を溜め込むと、胸の中に刺さった棘も、それを思い出す感傷も、何もかもを吐き捨てるように、ぷはぁっ、と、勢い良く煙を吐き出した。
その大量の白い煙に、ヴィンセントは軽く目を見張って──それから、ふ、と、シニカルな笑みを口元に浮かべた。
それを見てしまったシドは、ヴィンセントが自分の感傷に気づいたのだと知り──苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そういう吸いかたは、もったいないんじゃないか?」
「うっせぇ。」
自分だって、同じような物を抱えているくせに、ヴィンセントはそれを一つも出さず、涼しい顔でゆったりとタバコの煙を吐き出す。
シドは、ヴィンセントが吐き出したその煙が、ゆっくりと筋を作って、空へと昇っていくのを、何気なしに目線で追った。
煙は、すぐに紺碧の夜空に溶けて見えなくなり──代わりに、降るような満天の星が、シドの視界に落ちてきた。
目が眩むようだ、と……美しい夜空を見上げた、その刹那。
『ね、綺麗だよね。』
「──……。」
ふとした時に聞こえてくる「声」が、また聞こえたような気がして。
思わずハッと振り返ったシドの傍には、ふわりと優しく流れる風の気配。
それは……今、思い出していたその人の「気配」に、良く似ていて。
この思いが、感傷なのか、後悔なのか──分からないまま、シドは、苦い笑みを刻みながら、タバコを咥えた口の中で、誰にも聞こえないように、たった一つの名を呼んだ。
誰もが今──心の中で、強く呼んでいるだろう人の、名前を。
「 。」
うまくまとまらなかったです(><)
好きなんですけどね……FF7;
やっぱり、ザックスさんとかセフィロスさんとか出てこないと、トントンと話が転がっていかないですよ!
エアリスを出そうと思うと、裏技的展開(うちのFF7AC後設定みたいな)以外では、Disc1のゲームの設定でしかかけないので、幅狭まるし(><)
やはりFF7は、裏技的展開で遊ぶのが楽しいのではないかとv
あと、クラウドの神羅時代の話とかvv
あ、そっか!!!
クラウドの神羅時代の話にしとけば良かったんじゃないのかっ!!!???(盲点だったよ!!)