旅の空の下──長い野宿生活が続いたある日、マーニャが爆発した。
「あー、もー、退屈っ! 暇っ! なんか面白ことはないのーっ!!!?」
馬車の中から飛び出して、ガーッと吠えるマーニャは、拳を晴天の空に突き出して怒鳴り声をあげる。
「今すぐルーラでエンドールに行ってやるぅぅっ!!!」
そのまま、強引に呪文を発動させようとするマーニャに、慌てて馬車の中に居たミネアが背後から抱きしめる。
「だめぇっ! 姉さん、待ってーっ!!!」
「とめるなっ! ミネアっ!」
床を膝で歩いてきたミネアに腰に抱きつかれる形になったマーニャは、上半身だけで彼女を振り返り叫ぶ。
ミネアは必死の思いで頭を振る。
「ダメよっ! ここでルーラなんかしたら、この一ヶ月もの強行軍が、全部無駄になっちゃうのよっ!?」
そうだ──ここでルーラなどしてしまったら、もうココにはルーラで戻ってこれないのだ。
そうしたら、また1から──ゴッドサイドからココまで、延々と歩き続けてこなくてはいけなくなってしまうのだ!
もっとも、今度は、道を大体覚えているから、迷うことはなく──半分くらいの時間でココまで着くことにはなるのだろうけれど。
それでも、また半月も延々と同じ道を歩き続けないといけないと思うと、やる気がなくなる。
「それが何だって言うのよーっ! あたしの暇には変えられないわっ!」
「いやいや、それこそありえないだろっ!!」
今にもミネアの腕を振り払って、ルーラを唱えそうな勢いのマーニャに、馬車の御者席に座っていたユーリルが突っ込む。
視線をやれば、二人が横になって座れる御者席に、ユーリルとアリーナが仲良く鎮座して、こっちを振り返っていた。
更にその二人の前を歩くパトリシアの前に、ライアン──剣を手に、進む障害物をバッサバサと切り倒している。
そのライアンの斜め後ろ──パトリシアの横には、クリフトが立っていて、こちらを心配そうに……というよりも、困った風に見ていた。
「予定では、あともうちょっとで天空の塔に着くんだから、もう少し我慢してくれよ、マーニャっ!」
「できるかーっ!!!」
即答に近い状態で答えたマーニャに、がくっ、とユリウスの肩が落ちる。
その隣から、アリーナがヒョイと顔を覗かせて、
「それなら、イメージトレーニングをすればいいのよ、マーニャ!」
キラキラと目を輝かせて、ぐ、と拳を握って力説する。
マーニャはそれに、胡乱気な視線を向けた。
「イメージトレーニングって……カジノの?」
「これから到着する天空の塔に、どんなスゴイ敵が居るのか! それをどうやって倒すのか、イメージするの!」
問いかけたマーニャはしかし、すぐに返ってきたアリーナの、キラキラ光る目で叫んだ返事に、物凄く冷めた目になった。
「あんた……それ、何が面白いの?」
思わずそう呟いていたが、楽しそうに弾んだ声でイメージの世界に飛び込んでしまったアリーナの耳には入っていなかった。
「噂によると、八つの足を持つライオンが居るそうなのよ! あぁっ、もう、気球の上から見た、あの高い塔のほとんどが、モンスターで埋め尽くされてるなんて! まるで、噂に聞いた格闘場みたいよねーっ!!」
信じられない、あれこそ夢の王国だわっ!
両手を強く握り締めて、嬉々としてそう叫ぶアリーナに、他の誰もが黙り込んだ。
──いや、ただ一人、前を歩くライアンの手伝いをするために、同じく剣を振るっていたクリフトだけが、
「姫様。イメージトレーニングをして心構えをするのは結構ですが、そのように浮かれていてはなりませんよ。」
厳しい顔つきで、アリーナの浮かれ具合に水を差す。
そんなクリフトに、アリーナは思わず姿勢をただし、説教を受ける体勢になる。
クリフトは、憂いた双眸を前方に──今は木々に隠れて見えない天空の塔を見据えるように、向ける。
「あの塔は、元は天空に連なる神聖なるものです。
そのような聖なる遺物が、いまやモンスターに占拠されているなど──あぁ、なんていうことでしょう。」
す、と顎を落として、クリフトは指先で十字を切る。
「神よ、聖なる遺物を悪しき者より守る力を、どうぞ私たちにお授けください……。」
両手を組み合わせ、静かに祈りを捧げるクリフトに、アリーナがシュンと肩を落とす。
「そっか──そうよね。天空に繋がる塔ってことは、神聖なる場所なのよね。
──そこがモンスターに支配されてるって言うのに、強い敵と戦えるなんて喜んでたら、不謹慎よね。」
反省顔を見せて俯くアリーナに、ユーリルはイマイチ納得できないように首を傾げる。
「でもさー、クリフト? 神聖な場所だって言うなら、モンスターは入れないもんじゃないのか?」
御者席から身を乗り出して問いかければ、クリフトは少し歩みを緩めて、ユーリルの近くまでやってくる。
「おそらくは──何かしらの異変が起きているのではないでしょうか?
何にしろ、気を引き締めないといけませんね。」
「うんっ、がんばるわっ! 気合を入れて、モンスター退治しないとね!
目指せ、モンスター全滅よ!!」
クリフトの声に、アリーナが力強く応える。
それに、おー! と拳をあげて答えそうになったユーリルは、中途半端にあげかけた手をそのままに、ギギ、と鈍い音を立ててアリーナを見やった。
「……モンスター、全滅?」
「そうよ! 聖なる領域を侵すモンスターは、全部追い出してやるわっ! まかせて、ユーリル!!」
「いやいやいやいや。」
任せて、じゃなくって。
クリフトの目がキリリと釣りあがる感覚を感じながら、パタパタとユーリルは手を振る。
ムリ、ムリだって、アリーナ!
いくらなんでも、あの塔は、本当に高かったんだぞ? 遠目に見ても──気球に乗っていても、見上げるくらいに高かったんだぞ?
そこに巣食ったモンスターを全滅させるって、一体、何ヶ月……何年かかると思っているのだろう?
「アリーナーっ、冗談はよしてよ。
あんた、あの塔が何階くらいあったと思ってるのよ?
どう考えても、10階や20階じゃないのよっ!?」
マーニャが、考えるだけでウンザリするわと、両手を広げて天を仰ぐ。
「そうね──軽く見積もっても、100階くらいはありそうよね。」
ミネアも片頬に手を当てて、疲れたような溜息を零す。
ざっと見積もって100階もありそうな塔に巣食うモンスターを全滅──ムリだ、9人くらいで出来る仕事じゃない。
フルフリと頭をふるミネアに、アリーナが、気合でいけるわよ、と、答えようとした瞬間だった。
「100階もないはずですよ〜。
確か、天空の塔は77階くらいだったと、思いますよ。
一階当たりの天井の高さが、普通の塔に比べて、すごく高いんですって。」
のほほーんとした声が、割って入った。
思わず馬車の中を見やれば、翼を背中に畳んだルーシアが、一同の視線を受けて、にこ、と笑う。
「何、ルーシア、天空の塔のこと、知ってるのっ?」
驚いたように声をあげるマーニャに、彼女は、もちろん、と頷く。
「とは言っても、私が知っているのは、もう100年くらい前ですよぅ?
マスタードラゴンさまのお力に満ちた、それはすばらしい、場所だったんですけど……。」
そこでルーシアは言葉を区切って、うーん、と、困ったように首を傾げる。
「本来、天空の塔は、天空の装備を身につけた者しか、入れないんですよ。」
本来、天空の塔というのは、はるか古の昔──天空と地上には、行き来があった頃、地上の人を天空の城に導くために、造られたものだった。
いつしか月日が過ぎるにしたがって、地上と天空は再び分かれてしまい、今はすっかり忘れられ──地上では、天空の存在がおとぎ話だと思われるようになってしまったのだけれど。
その根本には、天空人と地上人との恋愛の問題があったと言われているが、ルーシアも生まれる前のことだったので、良くは知らない。
その時、地上人を案内して天空の城に導いていく人が、「選ばれた案内人」として──その証に、天空の装備を身につけていたのだと言う。
天空人は城に行くために、わざわざ塔を登る必要はない。翼があるからだ。
けれど、地上の人はそうは行かず──かと言って、地上の人が自由に天空の城にいけるようにするのにも、問題があった。
だからこそ、地上の人を天空に導く役割を、必ず天空人が負い──その役目を受けた人は、天空の装備を身につけることを許されたのだ。
マスタードラゴンが自ら作った……今、ユーリルが身につけている武器と防具を。
「そういう風に、選ばれたものしか入れないようにしているのが、マスタードラゴンさまのお力なんです。
だから、普通だったら、モンスターも入れないはずなんですけど……。」
「ならば、そのマスタードラゴンさまのお力が……よもや弱まったから、天空の塔にモンスターが?」
そんな不穏なことが、と、表情を曇らせるクリフトに、ルーシアは困ったような顔になる。
「マスタードラゴンさまのお力は、ずっと感じてますぅ。だから、それはないと思うんです。
だから、きっと、他が原因だと思うんですよね。」
ルーシアはそこで、ふ、と睫を落とす。
天空の城の主たるマスタードラゴン──竜の神である方も、万能ではない。
そのことを、天空人は良く知っている。
もし万能であったならば──ユーリルの村をあのような目にあわせることはなかったからだ。
けれど、そのことを知っていても尚、この先のことを言うのは、躊躇った。
躊躇わずには、いられなかった。
それって、もしかして。
今、地上に起きている異変のような物は──マスタードラゴンさま以上の力を持っていると、そういうことじゃ、ないのだろうか?
考えるだけで、ブルリ、と背筋が凍るような気がして、ルーシアは慌ててかぶりを振る。
「そんなはずはありません。そうです、あるはずがないのです。」
うん、と頷いたルーシアを、ユーリルたちが不思議そうに見やる。
「ルーシア? どうかしたのか?」
「いえっ! なんでもありません、大丈夫です。ルーシアはいつも元気です! ──ちょっと翼は痛みますけど。」
最後の一言で、眉を落としてみせるルーシアに、クリフトが心配そうに馬車の中を覗き込む。
「よろしかったら、ホイミをしましょうか、ルーシアさん?」
「あ、大丈夫です。
それに、翼にはホイミとかは効かないのです──天空人は、そういうところが不便なのです。」
ほぅ、と頬に手を当てて、残念そうに呟く。
「せめて、痛みだけでもマシになるんでしたら、いくらでもおかけするんですけどね……。」
「でも、天空城に到着さえすれば、すぐに良くなりますから、あと、ちょっとの辛抱ですものね。
あ、それに、天空城に着いたら、天空の塔にモンスターがはびこる理由も、わかりますよっ。」
ですから、がんばります、と、ルーシアはニコリと微笑む。
そんなルーシアに、御者席に座っていたユーリルとアリーナが、二人揃って馬車の中に強引に顔を覗かせて、
「任せろっ、ルーシアっ! 僕がすぐに天空城まで連れてってやるからっ!」
「そうよ、ルーシア、安心してちょうだいっ! 襲い掛かってくるモンスターも、ばったばったと倒して、天空城まで連れて行ってあげるわっ!」
ぐぐっ、と、拳を握り締めて誓った。
そんな二人に、ルーシアが、はい、と返事した途端、
「姫様、ユーリルっ! 危ないですから、しっかり前は見ていてくださいっ!」
クリフトの叱責が馬車の前から飛んできた。
「はーい。」
「はーい。」
くるりん、と、二人は仲良く回転して、前を向き直る。
その二人に、クリフトは歩きながら肩越しに振り返ると、
「まったく、そんなに落ち着きなくしているのでしたら、もうこれから御者席には座らせませんよ。」
下からキリリと真剣な表情で告げるクリフトに──うっ、と、ユーリルとアリーナは言葉に詰まった。
馬車の御者席というのは、とても楽しい──いうなれば、馬車の中の特等席なのだ。
それを奪われるということは、旅の楽しみが半減するのと一緒だった。
「それはイヤよっ! だって、ここが一番、モンスターがかかってくるのが見えやすいのよーっ!?」
跳ねれば返ってくる速度で叫ぶアリーナに、
「だったら、おとなしく座っていてください。
草原の只中ならとにかく、このような森の中では、いつ何があるのか分からないのですから……、もし、馬車が何かに当たって跳ねたら、どうされるんですか。」
クリフトは、くどくどとお説教を続けた。
さすがに後ろを向きながら説教したのでは、説教に対する信頼性が失われると思ったのか、前を見ながらの説教だったが──その声は、前に向かって発しているとは思えないほど、良く響いた。
アリーナは、そんなクリフトの説教に、うんざりした顔を浮かべて──横に座るユーリルに、ヒョイ、と肩を竦めて見せる。
ユーリルは、アリーナに、わかるわかる、と頷くことで返した。
そして、にこり、とアリーナに笑いかけると、
「さーって、クリフト、そんなところからじゃ、説教もしにくいだろっ!?
御者席にあがってこいよ。僕が変わるからさっ!」
ユーリルは、楽しそうにそう叫んでくれた。
「って、ちょっとユーリルっ!? 裏切り者ーっ!!」
がたんっ、と、思わずアリーナが立ち上がりかけた途端、
「姫さまっ!!」
すかさず振り返ったクリフトの鋭い声が飛ぶ。
あ、と、再び椅子に座ったアリーナは、しおしおと肩を小さくして──チラリ、と、クリフトを上目遣いに見上げる。
クリフトは、アリーナに小さく笑みを零すと、
「……ユーリル、それでは、少しの間、交代していただけますか?」
優しく見える微笑でもって──ユーリルに、そう問いかけた。
もちろん、ユーリルに否やはない。
「OK! よし、アリーナ、しばらく手綱頼むなっ!!」
途端、ユーリルは、手綱をアリーナに託す。
アリーナは飛んできた手綱をしっかと受け取り──手綱を取らないと、パトリシアに負担が大きくかかってしまうからだ。
「ちょっと、ユーリルっ! 酷いじゃないっ!」
ぷくっ、と頬を膨らませて叫ぶアリーナに、けれどユーリルは気にせず、そのままヒョイと馬車から降りてしまう。
そこに今度は、
「こらっ、ユーリル! 動いている馬車から降りちゃ危ない、って言っているでしょう! 姉さんじゃあるまいし!!」
馬車の中からミネアの叱責が飛んだ。
思わず首をすくめたユーリルが、肩越しに馬車の中を振り向く。
「わっ、ゴメン、ミネアっ!」
「ちょっと、ミーちゃん! それはどういう意味よっ!」
ユーリルの謝罪と、マーニャの怒号が重なった。
クリフトは、やれやれ、と溜息を零して、馬車から飛び降りてきたユーリルの耳を引っ張って、
「とりあえず、私が先にアリーナ様にお説教をしますから──それが終わったら、あなたはミネアさんのお説教を受けてくださいね。」
「いででっ、痛いって、クリフトっ!」
「まったく──本当にこの二人と来たら。」
クリフトは疲れたように呟くと、アリーナに馬車を止めるように頼みながら──、この分だと、マーニャさんも、暇だとか言ってられないんでしょうね、と。
小さく苦笑を浮かべてみせるのであった。
ルーシアって確か、「そーなんですぅぅ」とか言う喋り方してたよな、PS版では。
とか思って、最初、そういう書き方してたんですが、調べてみたら違った……(笑)
結局、ただの冒険の一こまって言う感じになりました;