へにょり、と、情けない顔になって、彼女──天空の勇者と呼ばれる少女は、泣きそうな目で地面を見つめた。
雨上がりの湿った大地に横たわるのは、クシャリと歪んだスポンジケーキ。
柔らかそうなスポンジ生地は、貰ったときのいびつな丸い形を欠片も残してはいない。
スポンジを白く覆っていた蕩けるように優しい触感をしていただろう生クリームは、湿った大地の上で、ドロにまみれて薄汚れてしまった。
あぁ、と、リラは絶望の吐息を唇から零して、その場にしゃがみこむ。
ちょこん、と腰を落として、彼女は運んでいたときと同様、地面と水平にしていた皿を見て、その皿の上から見事に落ちてしまったケーキの残骸を見た。
あぁぁぁ、と、再びうめき声のような吐息が零れる。
「あ、あの……ごめんな、さい。」
見て分かるほどに落ち込み、がっかりと落ち込むリラのクルクルした髪を見下ろし、木陰から飛び出してきた少女が、おずおず、と声をかける。
哀しそうに──それでいて、どこか怯えたような色を宿す少女の声に、はた、とリラは我に返る。
のろのろと顔をあげれば、少女はビクリと肩を強張らせる。
その仕草に、リラは少しだけ傷ついたように瞳を揺らしたが──すぐにそれを拭い取って、そ、と微笑を零す。
力のない笑みであったが、リラと対峙した少女にとっては、その笑みはホッと安堵させる類のものだったらしい。
「ううん、気にしないで。私が前を見て居なかったのが、いけなかったんだもん。」
フルリ、と頭を振って、リラは持っていた皿をケーキの残骸の隣に置く。
「で、でも……その、飛び出したのは、私ですし──。」
ぼそぼそ、と話す声に、リラは苦笑めいた笑みを口元に掃き──すぐにそれを掻き消すと、ニコ、と再び笑みを浮かべた。
「気づかなかったのは私だし、それに──。」
両手を膝の上に置いて──何もするつもりはないのだと言うように、リラは左手で右手首を掴む。
ことさら穏やかに笑顔を広げながら、
「私たち、ぶつかったわけじゃないじゃない? 私が、単に──その、驚きすぎちゃって、落としちゃっただけだから。
気にしないで。」
そう告げた後で、それでも申し訳なさそうな顔をしている少女を……否、自分の怒りを買いはしないかと怖れている少女を、心から安心させるかのように、ぺろり、とリラはイタズラげに舌を出す。
「それにね、これ、砂糖と塩を間違えて作っちゃったケーキなのよ。」
指先で、潰れたケーキを指し示しながら、リラはしかめっ面をする。
それは、怒った顔ではなく、どちらかというと拗ねた顔に見えるように──意識しながら。
「だから、シンシアに見つかるわけには行かないのよ。
ほら、シンシアは──私が失敗した料理でも、食べようとするでしょ?」
でもね、本当にしょっぱくて、食べられた物じゃないの、と、リラはヒョイと肩を竦める。
「ゴミ箱に普通に捨てたら、シンシアが見つけちゃうじゃない
だから、証拠隠滅に来たところだったのよ。」
言いながらリラは、指先で自分の道の先を指し示す。
そこには、少し広い広場があるのだ。
「そこで──燃やしちゃおうかと思って。」
えへ、と、頬を掻いて──照れたように笑うリラに、少女はようやく、ほ、としたように微笑んだ。
「そ、そうだったんですか……。」
「うん、だからむしろ、こうなってくれたほうが──シンシアに、『どうしても捨てなくちゃいけなくなったの』ってイイワケできて、ありがたい、かも。」
言いながら、ふふ、と、リラは楽しそうに見えるように笑った。
そんな彼女に、少女は、そうですか、と、安堵の笑みを広げる。
その笑顔に──もう、自分に対する恐怖の感情がないことを確認したリラは、うん、と一つ頷くと、
「だから、気にしないで。
ほら、それよりも──急いでいたんでしょう?」
ここから立ち去るように、彼女を促がした。
少女はそれに、慌てて頷くと、すみません、と頭をフカブカとお辞儀をして──まるで逃げるかのように身を翻す。
タタッ、と、慌てて……ここから一刻も早く逃げ去りたいというように立ち去る少女の背中を見送って、リラは──さて、と、自分の前に転がった残骸を見下ろした。
汚されたスポンジと白い色を見下ろして──くしゃり、と、彼女は眉をひそめる。
「あー、あ。」
小さく呟いた声は、哀しげな色に染まっていた。
誰も見ていないことが分かったからこそ、彼女は、意気消沈したように、ケーキを見つめる。
「4回目にして──成功したのになぁ。」
確かに、砂糖と塩を間違えたケーキは作った。
けれどそれは、一回目の失敗作で──すでにそれは、コンロの上でメラの餌食にしてしまった。
次に作ったのは、固すぎるスポンジのケーキ。
あれは後で、薄くスライスしてクッキーのように上に何かを乗せて食べるつもりだ。
それから、3回目に作ったときは──……。
「…………もう、今から作りなおしたんじゃ、間に合わないよ、ねぇ。」
しょんぼりと眉を落として、リラは──それでも、しょうがない、と呟いて、指先を舞わせた。
つめ先でバチリと火花が散り、リラは魔力の高鳴りを感じると共に、
「メラ。」
力ある言葉で、炎を躍らせた。
指先に灯るくらいの小さな炎は、瞬く間に地面の上に落ちた甘いデザートを喰らいつくした。
最初の、食べられないケーキと同じ末路を辿ったそれに、リラは、あぁ、と、哀しげなため息を零した。
「しょうがない、わよね。
……手ぶらでも。」
まさか、こんなことになるなんて、思わなかったんだもん、と。
リラは哀しそうに瞳を揺らした後──ゆっくりと立ち上がり、自分の膝にくっついた土を払い落とした。
そうして、皿を片手に持ち上げて、灰となったケーキをブーツの裏でクシャリと潰すと、この先の広場に行くために、立ち上がる。
久しぶりに気球を飛ばしてやってきてくれた仲間達の元へ──合流するために。
「あ、リラーっ! なーにやってんのよ、おっそいわよっ!」
森の木々の開けた広場──その中に、ぽつん、と置かれた気球の上で、マーニャが叫んでいる。
それにリラは笑って手を振り返す。
「ごめんなさいっ! ちょっと、手間取っちゃって。」
「もう、本当よ! あたしの貴重な時間を返しなさいよねーっ。
この時間で、一体どれだけカジノで勝てたと思ってんのよ!」
まったく、と、胸の前で腕を組んだマーニャに、すかさずミネアの突込みが飛ぶ。
「姉さんが、こんな短時間でカジノで勝てるわけないでしょ。」
「まぁ、そうだけど──って、ちょっと、わかんないでしょ、そんなの!」
キョロリと見回してみたけれど、ミネアの姿は見えない。
けれど、マーニャが自分の背後を振り返って叫んでいることから──おそらくは、気球の中で座り込んで、本でも読んでいるのだろう。
ミネアらしい、と──あの旅の中で、遮る物が何もない空間で共に過ごした頃を思い出し、くすり、とリラは笑みを刻んだ。
あの、長い旅が終わってから、すでにもう2年もの月日が過ぎていた。
マーニャはますます美貌が冴え渡り──旅の最中でまともにお肌のケアをしていない時に比べて、肌は艶やかで、パッチリとした双眸はキラキラと星を宿して輝いている。
最近は一度に10人に求婚されたと、自慢げに胸を張るマーニャの横で、「そろそろ、一人に絞って将来を考えたほうがいいんじゃないの? 姉さんもいい年なんだから。」とミネアが面倒そうに忠告していたのが、印象的に思い出された。
「さて、それじゃぁ、早速ですが出発しましょうか。」
気球を地面に繋ぎとめるために落とされた重石の横に座り込んでいたライアンが、膝を立てて立ち上がる。
「あ、はい、それはもちろん。」
笑顔で頷いたリラに、ライアンも日に焼けた顔に、ニ、と笑みを浮かべたところで──ふと彼は、目を瞬いた。
そうして、不思議そうに首を傾げる。
「リラ殿──その手にあるのは……それは、皿、ではないのか?」
なんでそんなものを、と、いぶかしむライアンに、リラは右手に掴んだままだった皿を見下ろし、苦笑を滲ませる。
「あ、うん、これは──えーっと。」
「あら、なーに? パーティ会場のご馳走を持って帰るためのお皿? それを言うならタッパーでしょ?」
なんで皿? と、首を傾げるマーニャに、
「パーティで持ち帰るなんて、リラがするわけないでしょ。姉さんじゃあるまいし。」
まったく、と、ミネアが呟き、ぱたん、と本を閉じる。
「なら、なんで皿なんて持ってるのよ、リラ?」
ミネアに向けた視線を、もう一度リラに戻して、マーニャが問いかけると──リラは、それに曖昧に笑みを見せる。
チラリと見下ろした皿は、綺麗にまっさら、というわけではなく──底の部分に白い生クリームが擦ったような跡が付いていた。
これを、持っていくわけには行かないだろう。
ここで誤魔化すことができたとしても、目的地であるサントハイムに着いた頃には、この生クリームはなんだとか責められて、洗いざらいはかされるに決まっているのだ。
今日のパーティのために──正しくは、今日のパーティの主賓たちのために、せめてもの祝い事をと思って、ケーキを焼いたのだけれど。
前に、アリーナが、ケーキが好きだと──そう言っていたから。
でも。
それが無駄になってしまった、なんて言ってしまったら……きっとマーニャもミネアも、物凄く気を使ってくれるに違いない。
下手をしたら、今から焼きに戻るわよ、とか言い兼ねないのだ。
でも、そうするわけには行かない。
決して、村に戻るわけには行かない。──しかも、ケーキを作りに戻るなんて、言うわけにはいかないのだ。
そんなことをしたら、シンシアに心配をかけてしまう。
下手をしたら、シンシアが……ただの事故なのに、村の人たちが何かをしたんじゃないかと、そう疑ってかかるかもしれない。
「えーっと──……つい、持ってきちゃった、みたい。」
どうイイワケをしようかと思って、空に視線を飛ばしてみたけれど、結局、まともな答えは出せなくて。
へにゃ、とリラは眉を落として、そう笑って誤魔化すしかなかった。
マーニャもミネアも、そんなリラの声と表情に、不審を持ったようにヒョイと眉をあげたけれど──結局、何も言うことはなく。
「で、それ、持っていくの?」
腰に手を当てて、首を傾げて問いかけるマーニャに、慌ててリラはかぶりを振った。
「あ、ううんっ、ここに置いてく。
お皿だから、雨に濡れても平気だし。」
むしろ、雨に濡れてくれたほうが、生クリームが綺麗に落ちて、いいかもしれない。
そんなことを考えながら、リラは踵を返して、近くの木の下に皿を置きに行く。
それを見ながら、マーニャは頬杖をついて──視線はリラに当てたまま、声だけをミネアとライアンに向ける。
「どう思う? アレ。」
「リラが、ケーキを作ったんだけど──こっちに来る途中で落としちゃった、ってことには、間違いなさそうね。」
ミネアが頬に手を当てて、ふぅ、と悩ましげな溜息を零す。
「シンシアの言ってた通りみたいねー。──リラが、……村人たちに怖がられてるって言うの。」
木の根元をキョロキョロと見回したリラの背中を見ながら、困ったわねー、と呟くマーニャを、ライアンが顔を顰めて見上げる。
「それと、皿と、何の関係があるのだ?」
「オオアリよ。あれはきっと──そう、リラが村人に迫害を受けて、イジメられた結果なのよ!」
ビシッ、と、マーニャは木の根元にしゃがみこみ、皿を隠しているリラを指差す。
そのしなやかな脚を、ぺしん、とミネアが軽く叩く。
「そうと決まったわけじゃないでしょ、姉さん。」
「なーに言ってんの、ミーちゃん! 女の戦いにおいて、私ほど詳しい人間はいないわよっ! 伊達にモンバーバラの劇場の激戦を潜り抜けてはいないわっ!」
キッ、と振り返って力説するマーニャに、ライアンが渋い表情になる。
「そんなに、モンバーバラで戦いが繰り広げられていたのか……。」
「多分、ライアンさんが考えているような物ではありませんけど──、とにかく、姉さんも推測で言わないのよ。」
「えー。」
「えー、じゃなくって。」
もう、とミネアが諌めるように呟いた瞬間──リラが、皿を仕舞いこんでクルリと振り返った。
とたん、マーニャは不満そうな顔をピタリと止ませて、リラに向かって笑顔でヒラリと手を振った。
「リーラー。早くしてよ〜!」
リラはそれに笑顔で頷いて、
「ごめんなさい! ──さ、行きましょう!」
あの旅の空の下で──いつも口にしていたのと同じ言葉を、三人の旅の仲間に向かって告げた。
今日は、アリーナの誕生日だ。
この誕生日で、彼女は22歳になる。
15の時に城を飛び出し、2年と少し後にリラたちと合流し──ともに導かれし者として、3年にもわたる旅をした。
サントハイム城を飛び出したときには、まだ幼いとも言える年頃で……あともう1、2年は経たないと、外交デビューはできないだろうと思われていた。
そしてその頃には、花開くように美しくあでやかに咲き誇るだろうと──城内の誰もが、そう思っていた。
けれど、彼女は、その咲き誇るような時期を、旅の空の下で過ごした。
白いはずの肌はこんがりと健康的に日に焼け──時に焼けすぎて、鼻の頭や頬の辺りの皮を剥いていたくらいだ。
同じ年のスタンシアラの姫が、蝶よ華よともてはやされ、美しく正装してエンドールのモニカ姫の結婚式に参列していた頃──アリーナは砂漠を越えた砂だらけの姿で、庶民に混じって温泉で傷だらけの体をさらしてひと時の安らぎを味わっていた。
そのことを、ブライはとても悔いていて──本当なら姫様は、綺麗なドレスを着て、素敵な男性達に次々に求婚されたり、ダンスの相手を求められたりと、大変なことになっているはずなのに。
どうして、野宿が続く旅の中、当たり前のように──モンスター相手にダンスもごきをしていなくてはいけないのだろう、と。
良く、酒を飲んでは、グチグチとマーニャやライアン、トルネコ相手に零していた。
それのリベンジと言ったところなのだろうか?
実に7年ぶりに行われるアリーナの誕生日パーティは、城下あげてのお祭り騒ぎで──実質、アリーナの他国への顔見せも兼ねているのだから、盛大なのは当たり前なのだが──、気球の上から見下ろしたサントハイム城は、派手に着飾られていた。
色とりどりの風船が飛び、紙ふぶきが舞う。
サランの町には美しい紙テープで飾られていて、家々の軒下にはお祭りを示す風変わりな提灯や花が飾られている。
教会前の広場では、大道芸人が芸を見せていて──、それを気球の上から眺めていたマーニャが、
「そう言えば、モンバーバラからも踊り子を何人か出したわね〜。」
新人同然の子達に度胸をつけさせるために、大道芸人として派遣することがある。
今回の派遣先は、サランだったのねー、と、能天気に指を差して笑った。
ミネアも珍しく気球の縁から身を乗り出して、お祭り騒ぎの楽しそうな城下を見下ろすと、
「……今、ここで占いのお店を出したら……。」
と、ブツブツ呟きはじめる。
そんなミネアを、マーニャは冷めた目で見やり、
「あんた、その商売に頭がすぐに行っちゃうところ──絶対、トルネコさんに似てきたわよ。」
「──……えっ。」
途端、ミネアはショックを受けたような顔で、両手を口元に当てる。
その表情を見て取って、マーニャは、ふふん、と楽しそうに鼻を鳴らして笑った。
「スゴイな。これは、アリーナ姫の誕生日とかいうレベルじゃないな。」
まるで国の聖誕祭みたいだ、と、打ち上げられた花火が、パンパン、と気球の下方で鳴っているのを見下ろして、ライアンが感心したように呟く。
それにマーニャは、楽しそうに片足を軽く折り曲げてユゥラリと揺らしながら笑って答える。
「去年、派手に出来なかった分、どーんとやってるのよ、きっと。」
「そうね、去年は──サントハイムも大変だったから。」
姉の言葉に頷いて、ミネアは優しく双眸を細める。
リラは、そんな3人の会話に耳を傾けながら、見た事がないくらい派手に飾られたサントハイムとサランの町並みを見下ろす。
リラの記憶にあるサントハイムと言えば、城内の人々が居なくなってしまって、どんよりと暗い雰囲気が漂う物か、もしくは、サントハイム城の人々が戻ったばかりの──明るい雰囲気がありながらも、まだ寂れた感の抜けない場所だった。
確かに、去年くらいには、各地の城と同じような雰囲気になってはいたけれど──サントハイム城の人々が世界から消えていた6年近くの間に、サントハイムは随分疲弊していた。
平和になった世の中で、他の国々に吸収されなかったのは、一重に「英雄」が3人もサントハイムに所属していたからだ。
その3人が外交にがんばったおかげで──サントハイムは、この一年で随分と復興を果たした。
完璧な復活を果たした、と言ってもいいだろう。
今回のアリーナの誕生パーティは、きっとその意味も込めてのものなのだ。
去年は、国外の主賓を招いての城内パーティだけだった。
それは、アリーナの顔見せと言う意味はなく、彼女が旅先で親しくなった人々を招いての──身内だけの、という意味合いの強いパーティだった。
けれど、今回は違う。
「なるほどな──アリーナ姫の、国外への顔見せも兼ねているということか。」
それはつまり──サントハイムは、他の国々と対応に渡り合っているだけの能力を取り戻したと、そう宣言するものだ。
だから、豪華で、派手で──遠慮のない盛大な祭りになっているのだろう。
「すごいねー、私、これだけスゴイ規模のお祭り、初めて見るかも。」
リラが今まで見た中で一番大きくて派手なお祭りは、エンドールの結婚式だったが──アレは、訪れたときにはもう、下火になっているときだった。
「それなら、後でちょっと寄ってみる?
きっと、世界中から色々な珍しい物が集ってるわよー。
シンシアにお土産買ってったら?」
「いいのっ!?」
マーニャが気球の籠の縁に背をもたれさせて、ヒラリと手の平を上に挙げて笑う。
その言葉に、パァッ、とリラは顔を輝かせる。
けれど、すぐに彼女は顔を心配そうにゆがめると、
「で、でも──時間がないんじゃないかしら。」
今日はこのままアリーナのパーティに参加して──そのままサントハイム城に宿泊。
翌朝、朝食を取って、すぐにサントハイムを出ないと、ブランカにつく頃には夜になってしまう。
リラは別にもう2、3日泊まって行っても問題はないが、マーニャは明日の夜、舞台が入っていると言っていたし、ライアンの休日も今日までだ。明日にはサントハイムに来ている国王の帰り道の警備に、そのまま入らなくてはいけないのだと聞いている。
「あら、大丈夫よ。」
マーニャは、何を言うのかと思った、と言いたげに笑みを乗せて首を傾げる。
「帰りは、この気球をトルネコさんたちに預かってもらって、あたしたちは夜にルーラで戻ればいいのよ。」
「……え、……ルーラを使ってもいいの?」
だって、今気球を使っているのは──、ルーラは使っちゃいけないからだって、そう言ったから、だというのに。
そういわれなかったら、リラはルーラで一瞬でサントハイムに来るはずだったのだ。
そう──もし、ルーラを使っていたら、あの道を使うこともなく……ケーキも落とすことがなかったのに。
その事実を連鎖的に思い出して、リラはズッシリと気持ちが重くなるのを感じて、フルリ、と頭を振った。
「いいわよー、もう用件は済んだしね〜。」
「姉さんっ。」
軽い口調で告げたマーニャを諌めるように、ミネアが短く鋭く名を呼ぶ。
マーニャは、一瞬、あ、という顔をしたが、すぐにそれを綺麗に拭い去ると、
「ま、そんなわけで、明日ならもうルーラしても大丈夫よっ!」
ぐ、と親指を立てて笑って見せた。
──わざわざ気球を使って行ったのは、シンシアに頼まれて村の人とリラの関係を見るためだなんていうことは……心の中に綺麗に仕舞いこみながら。
久しぶりに会ったアリーナは、サントハイム王の座る玉座の隣で、繊細なレースをたっぷりと使った優しいパステルカラーのドレスに身を包んで、美しく飾り立てられていた。
玉座の間に通されたときは、いつもの見慣れたアリーナの姿を発見できなくて、思わず四人とも足を止めて呆然としてしまったくらいだった。
旅の最中は、しょっちゅうボサボサにして枝葉に引っかけた挙句、クリフトにお小言を言われながら梳かされていた髪は、艶やかな色を放ちながら、真珠に彩られた髪留めで一つにまとめられていた。
生花が散らされた亜麻色の髪はほつれ毛一つなく──アリーナにしては、物凄く珍しいことである──、それに象られた白皙の頬は、柔らかに優しく……ほんのりと桃色に染まっている。
ぷっくりと形良い唇は、果実のように瑞々しく。
細い首には華奢なラインを描くプラチナのネックレス。花を模った宝石の中央に嵌められているのは、上質のルビー。
形良い耳には、大ぶりでありながら繊細な細工のピアスがつけられ、むき出しの華奢な肩の白いラインがまぶしいくらいだ。
まるで夢見る人形のように美しいいでたちは、アリーナに良く似合っていた。
一枚の絵画を見ているような──儚げで可憐に見える姿は、けれども。
パッチリとした紫水晶の双眸に宿る、強い光が掻き消していた。
真っ直ぐな、力強い瞳。
レースの縁取りのされた手袋を身につけた娘は、背筋をピンと伸ばしている。
その姿は、蝶よ花よと守られた深窓の姫君なんかではなかった。
歴戦の戦を潜り抜けた者のみが持つ、威厳と畏怖に満ちた女王の気質だった。
その、冷ややかとすら見える無言の威圧感に満ちたアリーナの姿に、思わず──ほぅ、と、感嘆の吐息を漏らしたリラたちに、
「──……ぁ、リラっ、マーニャ、ミネア、ライアンさんっ!」
アリーナは、近づくことを躊躇った余韻を掻き消すような明るい声で、ニパッ、と笑った。
無邪気としか例えようのない──言うなれば、22になる姫が浮かべるような類ではない笑顔を浮かべたアリーナは、そのままガタンと玉座を立つ。
クリスタルで出来た美しい靴で、かつん、と赤い絨毯を蹴りつけて、跳ぶように立ち上がる姫に、
「アリーナ様っ。」
彼女の玉座のすぐ右側で控えていたブライが、持っていた杖をカツンと鳴らして叱責の声をあげた。
アリーナは、彼をチラリと肩越しに振り返ると、軽く首をすくめて──愛らしい表情で、ぺろり、と舌を出して笑った。
その子供じみた仕草に、
「みっともないですぞ、姫様っ!」
ブライが更に声をあげるものの──室内に居るほかの面々は……国王陛下を始めとする面々は、苦笑を浮かべるだけで、アリーナに忠告をすることはなかった。
この場に居るのは、親しい人間だけだ。
ついさっきまで、アリーナに祝辞を述べに来ていた国外の面々の前では、彼女はしっかりと次期国王と言う立場を意識して、立派に勤めを果たしてくれた。
美しくしっかりした女王候補として。
けれど、今は、そんな必要はないのだ。
彼女の目の前に居るのは、父親である国王と、彼女の小さい頃からの教育係り。
そして、国王の信頼のおかる腹心の部下──強いてはアリーナのおてんば振りを、小さい頃からずっと見ていた者たちと。
アリーナとずっと旅をしてきた仲間達だけなのだ。
そんな気安い面々の前で、どうしてアリーナが自分をさらけ出すのを止めることが出来るだろうか?
「あら、だってブライ! リラたちが来ているのに、窮屈なんてしてられないわっ!」
明るい声で笑って告げると、アリーナは今にも動きづらい靴を放り出したくなる気持ちを堪えて、飛ぶように入り口近くに立ち尽くしている四人の下に駆けつけた。
「アリーナ、久しぶりね。」
ニコリと笑顔になるリラの手を取り、アリーナはその手を上下に強く振りながら、
「本当に久しぶりね、リラっ! 元気そうで良かったわっ!」
ふふ、と、心の奥底から嬉しそうに笑う。
その──化粧をされて綺麗になった顔を見下ろして、マーニャは、やれやれ、と額に手を当てた。
「はぁ……せっかく、物凄い美人さんになってるって言うのに……この子は。」
呆れたような口調ではあったが──その口元には、変わらない様子のアリーナを、喜んでいるようだった。
「お久方ぶりです、アリーナ姫。
このたびは、お誕生日おめでとうございます。」
横でライアンが、戦士の正式な礼を見せる。
ビシリ、とかしこまった礼に、アリーナはキョトンと目を見張った後──にぱっ、と子供じみた笑みを浮かべてから、一転して優雅な仕草で、ドレスの裾を摘んだ。
足をクロスさせるようにして、礼儀にのっとった礼をしてみせると、
「祝詞、ありがたく頂戴いたします、バトランド国近衛隊隊長、ライアン殿!」
ぱちん、とウィンクをして笑う。
その仕草の大人っぽさと、口調のどこか砕けた調子にウィンクが、妙にミスマッチに見えて、ブライが、ああ、と溜息と共に額に手を当てたのが分かった。
「やだ、アリーナったら。」
あははは、と明るい口調で笑うマーニャに、アリーナも楽しそうに笑う。
そんな二人を見て、ミネアも、はぁ、と溜息を零したが──、すぐに彼女はあきらめたように頭を振った。
「まったく変わらないわね……こうしていると。」
やれやれ、と言った調子で呟くミネアに、アリーナは後ろ手に指をあわせながら、ん? と言うように下から彼女の顔を覗き込む。
「やだ、ミネアったら! つい10日前にあったばかりじゃない!
さすがにそれくらいじゃ、身長は伸びないわよーっ。」
何言ってるの、と、アリーナは言った後──あれ、と気づいて手の平を自分の頭の上に乗せる。
「でも、私も、もう22だし……そろそろ伸びとめかしら?」
うーん、できれば、もう少し欲しかったかなぁ、と。
眉を寄せて残念そうに呟くアリーナに、リラは、なんだか嬉しくなって──見た目は綺麗な王女様なのに、やっぱり中味はアリーナであることがわかって、ホッとした気持ちを抱きながら、
「分からないよ、アリーナ。だって私、この間も一センチだけど伸びてたもの。」
「えっ、ウソ。本当? 髪の毛のボリュームが1センチ伸びてたんじゃなくって??」
「違います! さすがに、髪が伸びてるか背が伸びてるかの区別くらい、つくもんっ。」
ぷくっ、と頬を膨らませるリラに、アリーナも笑って──リラも笑った。
そんな可愛らしい会話をするリラとアリーナを見て、マーニャとミネアも視線を合わせて、笑う。
楽しそうに笑いあう四人を見て、ライアンは、ふ、と息をつくと、
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、サントハイム国王陛下。」
今更ながらの挨拶を、アリーナにしてみせたのよりもずっとバカ丁寧にしてみせる。
それを受けて、サントハイム国王は優しく微笑むと、
「いや、何。そなた達は、今回はアリーナを祝って来てくれた、娘の個人的な客人だ。
私たちに構うことはないぞ。」
何も遠慮せずに、アリーナを喜ばせてやってくれ、と、好々爺じみた笑みを浮かべる。
そんな国王陛下に、ライアンは感謝を述べると共に頭を深く下げて感謝を述べた。
そしてその後、ブライに向き直ると、
「ところでブライ殿? トルネコ殿と、クリフト殿の姿が見えないようですが……。」
この場に居ない、自分たちの仲間の名前を口にする。
その言葉に、ああ、とブライはたっぷりと結わえたヒゲを撫でながら、笑みを浮かべる。
「それなら、サランに行ってますじゃ。
トルネコ殿一家を、クリフトめが案内しておるのじゃ。」
トルネコ一家は、今朝到着したのだが、その時にちょうどクリフトの手も空いたのだ。
そこで神父が、ずっと働きづめだったクリフトに休憩がてら、息を抜いて来いと、トルネコ一家と一緒にサランに行けと、そう命じたのである。
何せ今回のパーティは、「アリーナ様」の22回目の誕生日パーティにして、5年以上遅れたアリーナのお披露目の儀でもある。
そして更に──サントハイムが約7年ぶりに行う、全世界に発信する大規模なパーティでもある。
あの仕事熱心でアリーナ命のクリフトが、身を粉にして働かないわけがないのだ。
主役であるアリーナも、目が回るような忙しさであったが、それに輪をかけて目を回しそうな勢いで働くとは一体どういうことだ、というのが──クリフト以外の面々の言い分だった。
トルネコ一家のお守りを無理矢理押し付けたときだって、クリフトは最後の最後まで渋っていたのだ。
アリーナ様の晴れ姿の時に、1歩でも離れるなんて、と。
けれど、そこを商売の天才であるネネと、子供の特権を多いに生かしたポポロが、口説き落としてくれて、ようやく休憩を入れてくれたという現状だった。
──クリフト的には、ネネの説得の内容の一部……、
「あら、でも、アリーナ様のせっかくの誕生日パーティですもの。つつがなく行われているかどうか、城内だけではなく、城下にも目を配らせてみるのもいいんじゃないかしら? きっとサランには、アリーナ様のお話を聞きたがっている子供達も、たくさん集ってますわよ。クリフトさん、この機会に教会で旅のお話とかしてあげてはいかがかしら?」
を、職務の一貫として実行しているに違いないのだが。
そのことを思い出して、微妙な顔でヒゲを撫でたブライに、
「サランっ!」
「お祭りっ!」
「行きたいっ!」
リラとマーニャとアリーナが、キラリン、と瞳を光らせて、一斉に振り返った。
そのキラキラ光る六つの目に、ブライは顔を歪める。
「マーニャ殿とリラ殿たちはとにかくとして──姫様まで、何を言い出すのですか。」
主役であるアリーナが、そうそう抜けれるはずはないじゃないですか、と。
しかめっ面をするブライに、アリーナは、盛大にぶーたれる。
「ええーっ! クリフトが休憩に行ってるのに、なんで私が休憩を取っちゃダメなのよーっ!」
そこでクリフトを引き合いに出すのはどうなのだろうと、ミネアは思ったが──どうせクリフトのことだから、アリーナのためにと、不眠不休でがんばっただろうことは想像に難くなかったので、あえて何も言わないことにしておいた。
「誰も休憩を取ってはいけないとは、申しておりませぬ。
休憩をお取りになりたいなら、どうぞ、自室で取ってください、と申しているのです。」
さぁ、と、ブライはアリーナの自室へと続く奥の通路を指し示す。
アリーナはそれに、大仰に驚いたように目を見開く。
「えええーっ! だって、サランは今、すっごくお祭りしてるのよっ!? 今までみたことないくらいだって、お針子たちも言ってたわっ!
私だって、行きたーいっ!!」
ブン、と両手の拳を握って、体の横に振り下ろす子供じみた仕草で、子供じみた要求を貫き通そうとするアリーナに、ブライはむっつりと眉を寄せる。
このところ、アリーナはずっと、王族の姫としての──強いては次期女王としての心構えが出来たのか、このような子供のわがままは言わないようになっていた。
何をするにしても、前を見据え、王族らしくあろうとするさまが、良く目に留まるようになってきたと言うのに。
リラたちを前にして、旅をしていたころの自由な気持ちが、戻ってしまったのだろうか?
別に、町に行きたいのならば、夜にでも明日の朝早くにでも、時間を取ることが出来るのに──なぜ、わざわざ、今なのだと、ブライは渋い表情で溜息を漏らす。
そのようなドレス姿で、城下に行くわけには行かないということを──そして、着替えていくともなれば、また着替え直すのにどれほどの時間がかかるのか、きちんと分かっているのだろうか?
何をバカなわがままを、と、そう説教するはずだったブライの言葉はしかし、
「まぁ、いいではないか、ブライ。
アリーナも、ずっとココに座って貴賓の相手をしておったからの。すこーしばかり、息抜きは必要だろう。」
国王陛下の、娘に甘い一言によって、あっさりと閉じ込められてしまった。
「きゃーっ! やったっ、お父様、素敵っ!!!」
アリーナは両手を合わせて、飛び上がって喜ぶ。
そしてそのまま、ダッシュで父の玉座に向かって両手を広げて走り出す。
そんな彼女に、国王は苦笑を滲ませて、片手を前に出した。
「こらっ、アリーナ、さすがにその姿で抱きついてはならぬぞ。」
翻すドレスをそのままに、玉座に座る父に抱きつこうとしていたアリーナは、あ、と気づいて、慌ててその場でブレーキをかけて止まる。
そして、膝の辺りまで広がっていたドレスの裾を、ひらり、と足首まで纏わせ直して、にこ、と可憐に微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様!」
両手をしとやかに前で合わせて、小首を傾げて礼を述べるアリーナの表情は無邪気で、子供めいて見えた。
つい先ほどまで、各国の外交官相手に、穏やかに微笑んでいた姿とは、まるで別物だ。
「へ……陛下……っ!」
さすがに今日、この日にサランまで行かせるのは無謀ではないかと、ブライが非難の声をあげるが、国王はそれにニコヤカに手の平をヒラリと躍らせる。
「よいよい、ブライよ。
ちょうど貴賓の挨拶も一通り終わったところじゃ。」
のう、大臣? ──と国王が話を振れば、隣に控えていた大臣が仰仰しく頷く。
「は、先ほどのキングレオの使者殿が、本日の予定の最後の貴賓ですので、姫様はこの後はパーティまでの時間を確保できるかと。」
途端、
「大臣。パーティの準備に、2時間は頂きたいですわ。
ですから、姫様には最低でも4時には戻っていただかないと困ります。」
アリーナと国王の私室へ繋がる通路の入り口の前で待機していた女官が──アリーナの髪が少しでも崩れたら、すかさず直せるように待機している──、リンとした声で口を挟む。
その声を聞いて、アリーナは、「二時間……」と、うんざりしたような顔を浮かべたが、今日の主賓が自分であることを分かっていたため、あえて溜息だけで文句を言うことはなかった。
「それにの、ブライ?
このまま無理矢理アリーナを部屋に閉じ込めておいたら、──まーた、部屋の壁に穴をあけられてしまうぞ!」
はは、と、国王が楽しそうにのどを震わせて笑う。
それに、その場に居た全員が、ああ、と、納得した。
「やだ。お父様ったら! さすがにもう、そんなことはしないわよっ。」
ただ一人、アリーナだけが、子供じみた顔でプックリと頬を膨らませる。
そんなアリーナの言葉に、大臣と女官は、どうだか、と言う表情になったが──二年前からアリーナは、確かにあの破天荒なお転婆はなくなっていたが、それでも、十分普通の女の子に比べたらお転婆であることに変わりはなかったからだ。
けれど、ブライは、どこか嬉しそうな顔で頷き、リラたちは目線を合わせて、くすりと笑うだけに留めた。
「ま、でも、許可はもらえたんだものっ! 思いっきり、遊ぶわよーっ!」
このところ、ずーっとこのパーティの準備に走り回っていて、気分転換の一つもしてはいなかったのだ。
しかも今回は、いつものクリフトやブライと言う面々だけではなく、同じ年頃のリラや、お姉さんのように慕うマーニャたちと言った、女性が一緒なのだ。
これはきっと、凄く楽しくなるに違いない!
ウキウキした気持ちで、アリーナはヒールをカツンと鳴らして、リラたちの待つ元へと駆けつけた。
「さ、行きましょ!」
「って、こらこら。アリーナ、さすがにそんな格好で行くわけには行かないでしょ。」
近づいてきたアリーナの額を、こつん、と軽く叩いて、マーニャがお姉さんぶって言った。
それに、あぁ、とアリーナは自分の姿を見下ろした。
美しいレースが重ねられた、ドリープがたっぷりかかったドレスは、とても外出には向かない。
「そっかー、これでサランに出たら……。」
「なりませんっ!」
すかさず女官から叱責にも似た声が飛んできて、あは、とアリーナは首をすくめた。
アリーナは、そのまま視線をあげると、マーニャたちにペロリと舌を出して笑いかける。
そんな彼女に、しょうがないわねー、と言う顔を造って見せたマーニャは、
「待っててあげるから、さっさと着替えてらっしゃい。」
「うんっ、ごめんねっ。」
にこ、と笑ったアリーナが、待っている女官の下に駆けつけていくのを見送って、さて、とマーニャはミネアとリラを振り返る。
「あたしたち、どこで待ってる? いつもならクリフトんところで時間潰してるとこだけど、あいつもサランなんでしょ?」
ドレスから着替えるのには、少しばかり時間がかかるだろう。
その間の時間つぶしが暇よねー、と言うマーニャに、リラは小さく微笑んで、
「一階でもパーティをしてたから、ソレを少し見ていたいな、私。」
「おぉ、それがいいですぞ、リラ殿。
姫様には、わしが伝えておきましょう。」
立食パーティみたいな感じになっていて、吟遊詩人や大道芸人もいたようだった。
きっと、外国の貴賓を楽しませるための催しなのだろう。
それを見ていたら、あっと言う間にアリーナも着替え終わるだろう。
ブライが優しく促がすのに、リラは大きく頷いて、改めて国王に向かうと、
「陛下、それでは、しばらくの間、アリーナをお借りします。」
ぺこり、と頭を下げる。
倣うようにミネアとライアンも退出の言葉を短く述べ、マーニャも軽やかに優雅に踊り子風の礼を見せる。
国王は、そんな個性豊かな娘の友人達に頬をほころばせると、
「アリーナのお守りを、よろしく頼みますぞ!」
茶目っ気たっぷりにウィンクして、娘が聞いたら怒りそうなことを言って、四人を見送ったのであった。
よき友人達を迎え入れて、アリーナの22回目の誕生日が──とてもよい日になるだろうことを、国王は良く知っていたのである。
なんか久しぶりにドラクエ4を書くと、妙に長くなる……_| ̄|○i|||i
クリフトが出せなったよ……_| ̄|○i|||i
ちなみに、作中にあるリラの「恐れられている理由」は、それほど深い意味はありません。
↓
ブランカの山奥の村の、さらに北から続く山に、今、洞窟を掘っている最中だ。
バトランドへの道を作っているのである。
山奥の村の人々は──あの戦いの後、ここへ移住してきた人たちは、そこで働いている工夫たちに、一週間に1度、補給物資を届けに行く。
男たちが手押し車を押し、女達が作りたての弁当を持ってその後に続く。
リラも、不器用ながらも作ったばかりのお菓子を持って、その中に混じっていた。
いつもは、そのまま現場に到着し、工夫たちと話をして、状況を聞いて。
それから、またいつもの道を戻って夕方前には村に戻るのだけれど。
この日は、少し事情が違った。
道の先が、倒れた木で封鎖されてしまっていたのだ。
男達が足を止め、総勢で木を押し退ける。
リラたち女達は、それを遠目に見ながら──なんで木が倒れたのかしら、と噂話をしていた。
リラは、彼女達に相槌を打ちながらも、木の根元が──折れた部分が、何かに突進された後であることに、不審を覚えていた。
これは──まるで、モンスターが頭からぶち当たったような?
猪にしては大きすぎるし、クマにしては下すぎる、と。
そう思ったその瞬間だった。
「モンスターだっ! モンスターが、ここに向かってるぞぉっ!!」
木をどけていた男の一人が、前方を指差して悲鳴をあげたのは。
は、と顔をあげれば、バトランド方面から続く道を、こちらに向かって巨大猪のような化け物が──アークバッファローだ。
「あれは──……っ!」
どうしてこの近辺に、あんなものが、と思うと同時、リラはバトランド方面から下ってきたのだろうと気づいた。
洞窟が繋がるのは、こういうデメリットもあるのだな、と、リラは少し感慨深くなった。
──と。
「きゃーっ!!!!」
「逃げろーっ!」
「ぅわああっ!!!」
物凄い勢いで突進してくるアークバッファローに、その場に居た面々が、悲鳴をあげてパニックになる。
リラはそれに、不思議そうに目を瞬いて──あぁ、と、気づいた。
そっか、私にとったら、雑魚だけど──普通の人間にはそうじゃないのね。
なんだかこの感覚……アリーナのようだ、と、少しだけ自己嫌悪に浸るリラの腕を、近くに居た女性が掴む。
「リラっ! 何をしてるの、逃げるわよっ!」
ぼんやりしているように見えたリラが、恐怖のあまり現実逃避しているように見えたらしい。
リラはそんな彼女に、にこ、と笑うと、そ、とその手を振り解いて、
「大丈夫。
すぐに終わるから。」
落ち着いた態度で、前を見据えた。
アークバッファローとの距離は約100メートル。
「リラっ!?」
「何してる、リラっ!?」
叫ぶ人たちの声を背に、リラはキョロリとあたりを見回して──、手押し車の上に乗っかった、工夫たちに渡すための斧を見つけた。
悪くなった道具と交換するために持ってきたのだろう。
斧は、武器としても役にたつ。
これはいいものを見つけたと、リラは斧を手に取ると──ズシリと懐かしい重みに、ふ、と口元に笑みを履いて。
とん、と。
地面を蹴った。
距離を詰めると同時、斧を大きく振りかざす。
リラっ、と叫ぶ悲鳴を背後に、リラは迷うことなく、それをアークバッファローの角の根元に叩き落す!
どぅんっ!!!!!
たった1度の攻撃で、あっさりと倒れ付すアークバッファローに、リラは何でもないことのように、片手で斧をクルリを回して、一同を振り返る。
「もう、大丈夫よ。」
リラにとったら、それは、日常のことであったけれども。
彼女の背後に居る面々は──そうではなかった。
いつものような笑顔で振り返ったリラを待っていたのは。
同じ村人達の──畏怖と恐怖、愕然とした…………表情だった。
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こういう感じの展開です(笑)
リラが天空の勇者だってことを、みんな、知らなかったんですね(大笑)
天然ほやほや娘だと思っていた人間が、普通の人から見たら、ものすごく強い──戦士1個小隊でかかるような類の敵を、あっさりと一撃で葬りさる。
そりゃもう、怖いですって(笑)
しかも、きこりのような男が持って使うような斧を、あっさりと持ち上げる娘……。
怖いって(笑)