ジパングで、パープルオーブという、それはそれは美しくも不思議な「オーブ」というものを手に入れたのが、今から数ヶ月前の話だ。
この世界の創世の物語の中に出てくる──伝説や伝承の中でしか存在しないものだと思っていたそれは、遠い昔、この世界を創世した神が身に纏っていた宝玉なのだという。
民間伝承に曰く、世界中の宝石は、このオーブから生まれた子供なのだという。──そのため、古のトレジャーハンターや富豪たちは、宝石を生みだすオーブを探し求めた。
また、神殿に伝わる伝承に曰く。オーブは、人の心を司る神聖な宝石なのだと言う。紫色は芸術的才能や忍耐力、思いやりを示し、青色は平和や誠実を示すのだという。そのため、ダーマ神殿やランシール神殿では、オーブと同じ色の法衣を階位に用いているのだとか。
さらに、国家間に伝わる伝承の中に伝わる「オーブ」は、数多くの姿を持つ。
シェーヌが知っているオーブの知識は、そんな数多くの伝承の中の一つだった。
不可思議な光を放つオーブは、この世界のどのような宝石とも違い、どのような神具とも違った。
それが故に、古の時代には、オーブこそが神の化身であるといわれていたのだという。
その──不可思議でありながら、伝承ばかりが残る、本当に存在するかどうか分からない「オーブ」を、捧げる神殿がある。
それが、どこにあるのか……そして、本当にそんなものが存在するのか。
はたまた、オーブを捧げて、一体どうしようというのか。
そんなことも知らないまま、シェーヌ達は旅を続けていた。
──オーブの情報を、求めて。
世界の南端に、レイアムランドという、雪と氷に覆われた大陸がある。
吐く吐息がすべて凍てつくような、寒い寒い……一面の白の世界。
鼻の奥までもが凍りつきそうな極寒の地は、朝も昼も夜も──一年中、吹雪に包まれていた。
なのに、空の上には、雪雲は一つとして浮かんではいない。
空に雪雲は浮かんでいないのに、遠くから見て分かるほどに、氷の大地の上は、いつも吹雪いている。船で近くを通り過ぎる船乗り達の間で、そこは、人の踏み込めないモンスター達の国だと──吹雪を起こすモンスター、氷河魔人の住処だと恐れられていた。
近づき、上陸すれば、命はない。──ゆえに、船乗りの誰も、そこに上陸することはありえなかった。
だから、最初、シェーヌが、レイアムランドに進路を取ると告げたとき、船乗り達はこぞって反対した。
豪傑の勇者さまが、無謀な進路を願い出ることは、今までにも多々あったが──ジパングだの、海賊が出没する区域だの、トライアングル地域だの──、そのたびに、渋い表情ながらも、了承をしてきた船長ですら、今回の件には、首を縦に振ることはなかった。
レイアムランドは、その昔──創世の神が存在したと言われていた時代には、「神の住まわれる聖域」と呼ばれていたという場所だ。
天上から神が降り立つ場所と言われ、そこには厳かな神殿も存在していたとも言われている。
けれど、それはあくまでも過去の話。
今は、モンスターの巣窟になっているに違いない、魔境の大陸へ行くなど──たとえ誰であっても、止めたに違いない。
けれど、提案したのは、ただの歴戦の戦士でもなければ、ただの無謀な冒険かでもなかった。
船長が渋る前で、それならレイアムランドの手前まで行ってくれさえすれば、後は小船で上陸すると──そう言い切った美丈夫は、魔王を倒すための旅を続ける、勇者さまだったのだ。
魔王の──それこそ、本当の魔物の巣窟にすら飛び込んでいく旅をしている人間が、氷河魔人の巣窟の大陸に乗り込んでいくことに、しり込みしてくれるはずがなかったのである。
結局、何を押しても、レイアムランドまでいく、と言う勇者さまに根負けした船長は、吹雪があまりに酷かったら、撤退する──という約束を取り付けた上で、吹雪の魔境へと向かうことを決意してくれた。
そうして、進路を南西へ向けること、一週間。
吐いた息が冷たく凍り始め、船乗り達がジャケットを羽織り、耳当てと手袋、マフラーを出して来た頃に──その大陸は、姿を見せた。
まだ上陸できる位置まで半日は漕がなくてはいけないほどの距離にあってすら、見て分かる──空恐ろしいほどの吹雪に見舞われている最中のそれを認めて、船長は渋い表情を崩さない。
「シェーヌさんよ……あれ見ても、まだ行くつもりかい?」
くい、と顎でしゃくりながら、はあ、と白い息を零す船長のうんざりしたような口調に、シェーヌは軽く頷く。
「あぁ。──ま、冒険に苦難はつきものだしな。」
その簡単な言葉に、船長は──まぁ、そういうだろうと思ったよ、とぼやいた。
それにシェーヌは、だったら聞かなきゃいいのに、と楽しそうに笑って──これから上陸する険しい道を思い、キュ、と唇を一文字に結ぶのであった。
俗世から切り離されたかのような雰囲気を持つ祠に到着したのは、吹雪の吹き荒れるレイアムランドに上陸して、3日ほどが経過する頃だった。
上陸すると同時、何かに導かれるような感覚が、シェーヌ達の中にあった。
それは──船の上でも何度も感じた感覚だった。
「……やっぱ、何かが呼んでる感じがするなぁ。」
それも、どんどん強くなっている。
呟いて、シェーヌは冷え切った頬に指を当てる。
身につけている暖かな手袋は、手触りの良い感触の物のはずだったが、しかし──頬に触れた感触は、なんだかゴワゴワして気持ちよくなかった。
きっと冷え切って、凍り付いてしまったのだろう。
「何か?」
先を歩いていたフィスルが、吹きすさぶ風に──その白い景色にウンザリした顔で、シェーヌを振り返る。
ビュウビュウ吹く風は、絶え間なく一行を襲い、少しでも脚を止めると、寒さのあまり凍り付いてしまいそうだった。
「あぁ……この吹雪の中、前も全然見えないはずなのに、目的地には近づいている。信じられない現象だよな。」
これは──今までに感じたことのない類の物だ。
そう呟いて、うーん、とシェーヌは眉を寄せる。
リィズが居てくれたら、この「呼ぶ声」の感覚が、聖なるものかそうではないのか判断がついたのだろうけれど──シェーヌには、「呼ばれている」という感覚が分かるだけで、他のものはまるで分からなかった。
「──そんな状態の大陸に上陸した挙句、進もうとしたお前の決断力のが、信じられねぇよ。」
はぁ、と、フィスルは溜息を零して、緩くかぶりを振った。
「レヴァ、お前、何か分かるか?」
「ううん、俺も──何か分からない。
ただ……確かに、魔法のような力を感じるのは、確かなんだけど。」
それが何なのかは、まるで分からないんだ、と。
レヴァは眉を落として、白い──吹雪くだけの世界を見回る。
不思議といえば、もう一つ不思議なことがある。
これほどの吹雪に見舞われているというのに──吹雪の原因であるはずの、氷河魔人に出会わないのだ。
しかもその上、前もまともに見えないはずの吹雪の中なのに、今まで三日間、誰一人として遭難していない。
普通、ここまで酷かったら、一人くらい視界不良で迷子になってもおかしくないだろう?
これは、どういうことなのだろうと、そう溜息を零した──その瞬間、
「──あ。ね、見て、あそこ!」
ピョン、と飛び上がって、ティナが斜め右を指差す。
ちょうどシェーヌ達が進んでいた方角だ。
何が、と見ようとした一行は、すぐにティナが何を示しているのか悟る。
吹雪く白い世界の中──その方向だけが、吹雪が止んでいたのだ。
「吹雪が無いわっ!」
まさにその通りのことを叫んで、ティナは、これでようやく寒さから解放されるっ、と飛び上がって喜ぶ。
そんな彼女に、フィスルも、やれやれと胸を撫で下ろす。
「──どうやら、あそこが最終目的地らしいな?」
ヒョイ、と片眉をあげるシェーヌに、みたいだね、とレヴァは頷く。
「吹雪で囲いながら──あそこへ導いたってことかな?」
「……氷河魔人とかにか?」
チラリと意地悪い笑みを浮かべて振り返るシェーヌに、レヴァは鼻の頭に皺を寄せて、冗談は言わないでよ、と顔を歪める。
「それじゃ、あそこは、実は氷河魔人の巣だとか、そういうオチだったりする?」
「かもな?」
はは、と笑って──さて、鬼が出るか、邪が出るか、と口の中で呟いたシェーヌは、先にたって走り出そうするティナに向かって、叫ぶ。
「ティーナ! 一人で急ぐなよっ! モンスターが出るかもしんねぇだろっ!」
声を荒げた瞬間──喉に入り込んできた冷気に、げほっ、と咳が出た。
顔を顰めたシェーヌに、フィスルが呆れたようにため息を零す。
そして、自分の顎を指し示すと、
「シェーヌ、ちゃんと鼻の上まで布で覆え。──鼻ン中まで凍るぞ。」
「へーい。」
鎧の下に着込んでいる防寒用のフェイスマスクを指で指し示す。
シェーヌは、それを息苦しいからと、顎まで落としていたのだ。
けれど、極寒地の凍てつくような寒さは、本気でしゃれにならない。
睫の先にまでツララが出来ることもあるのだ──というのも、実はこのレイアムランドに来た一日目に体感して知ったことなのだけれども。
レヴァが、極寒地についての知識を披露していなけば、シェーヌは上陸一日目にして、寒さに耐え切れずにアリアハン辺りまでルーラで戻っていたに違いない。
踊るように先を歩いていたティナが真っ先に吹雪を抜ける。
途端、
「わっ! すごい、何これ、クレーターっ!?」
驚きのあまり、彼女は絶句してその場に立ち尽くした。
続けてフィスルとシェーヌ、レヴァが吹雪を抜ける。
白く覆っていた見通しの悪さが一瞬で無くなり、すっきろ晴れ渡った空が姿を見せた。
頭上を覆っていた吹雪も灰色の雲も──その何もかもが、ぽっかりと、丸い形に切り抜かれている。
そう──地上に広がるクレーターと、同じ形に。
「──な、なんだ、これっ?」
驚いたように、フィスルが、氷のクレーターの端に駆け寄る。
先にそのギリギリの位置に立っていたティナが、ああっ、と更に叫んだ。
「まるで、何かの物語に出てくるような光景だね……。」
自分たちが先ほどまで居た場所と、今居る場所の間に、目には見えない壁のようなものが出来ている。
吹雪の壁が出来ているとでも言えばいいのだろうか?
「ちょっと、みんな、来てっ! アレ見て、アレっ!!」
ピョンピョンと飛び跳ねて、ティナが興奮さながらにクレーターの中央を指差す。
「あそこっ! あの真ん中にねっ! ──建物があるのっ!!!」
ティナの甲高いその声を聞いた瞬間──シェーヌとレヴァは、ハッとしたように顔を見合わせた。
二人の脳裏には、旅の最中に聞いた噂話の一つであり……伝承の中に残された言葉があった。
最初、ランシール大陸が出来た。其は、神の最初に降臨した地でもあった。
次に神は、自らの世界創世の手伝いをする「人」を作った。その「人」が拠点としたのが、ダーマ神殿のある地である。
そして世界を創世した神は、ダーマから程近くの聖なる川で、穢れを落とした。
そうして──創世の神は、世界を作るときの足となった聖なる鳥と、南の最果ての地で別れを告げた。疲れてしまったラーミアの苦労をねぎらい、眠りを与えて、自らはその地から飛び立ったのだという。
そこが、レイアムランド。
そうして──レイアムランドには、ラーミアが今も眠りに着く……神が最後に立ち寄った場所である「神殿」が残っているのだという。
それこそが。
「──……古代の神殿っ!!?」
神の残した、神鳥のための聖域。
まさか、それが本当に残っていて──存在しているなんてっ!
そう色めきたったシェーヌとレヴァは、慌ててティナの元に駆けつけた。
そこは、吹雪の中──何にも侵食されることなく、今も当時の風情を保ち、存在している……不変の神殿。
半円を描く氷のクレーターの中央に、氷に半ば同化するようにして、存在していた。
「古代の……神殿?」
隣に立って、呆然とするシェーヌとレヴァを、ティナは不思議そうに見上げる。
「……これが……ラーミアの眠る、神殿。」
「本当に──あったんだね……。」
確かに、オーブが本当に存在しているのだから、ラーミアの伝承が本当だと言うことだろうとは思っていた。
けれど──実際、本当に目の前に現れる重みは、言葉にならないほど、ズシリと重かった。
「……で、どうすんだ? 行くのか?」
フィスルが、渋い表情で問いかける。
どう考えても、あからさまに怪しそうな場所だよな、と、その目は語っていた。
けれど、フィスルは渋りつつも──知っていた。
シェーヌが、このような冒険の色を前にして、しり込みするはずがないのだ、ということを。
そして、案の定、
「当たり前だろっ!」
キッパリと、シェーヌは言い切ってくれた。
目をランランと輝かせて──面白い玩具を見つけたかのような表情で、に、と笑みを貼り付けると、
「多分……ここが、俺を呼んでたんだからな。」
──そう、俺は、おそらく、きっと。
ここに来るために、呼ばれたんだ。
オーブ話。
時間軸的には、シェーヌ達が、二度目のランシールに行く直前です。
二つのオーブを持っていることで、レイアムランドの近くに来た時に、「呼ばれて」導かれる、という設定っていうことで、一つよろしくお願いします(笑)
100題で言うと、ちょうど「山彦の笛」の直前くらいですね〜。
ちなみにシェーヌ的には、
「呼ばれるなら、呼ばれるままに行って見せよう ほととぎす」
って言う感じです。
まぁ、悪い感じはしないしー? 行ったことない場所だから、とりあえず、行ってみるだけ行ってみるかー? やばかったら、即効ルーラかなー? みたいな、
けっこう行き当たりばったり。
「私たちは。」
「私たちは。」
「卵を守っています。」
「卵を守っています。」
「六つのオーブを金の冠の台座に捧げたとき……、伝説の不死鳥ラーミアは蘇りましょう。」
気の遠くなるような長い月日を、冷たい雪と氷に守られた静かな聖域で過ごした二人の精霊は、手を組み合わせ、オーブを手にしたシェーヌに向かって、厳かに告げた。
ラーミアは、神のしもべ。
ラーミアは、神の友。
ラーミアは、不死鳥。
その翼は一夜で千里を駆け抜け、長ずれば異世界への比翼さえ可能になる、神の鳥。
心正しき者だけが、その背に乗ることができる。
そうして。
「ラーミアの背に乗れば、瘴気と結界に守られたネクロゴンドへの突入も、容易く行えましょう。」
あなたの一番の近道は、そこにあるのだ、と。
二人の美しい精霊は、そう、教えてくれた。
あの時から、シェーヌたちは、旅のついでに集めるつもりだったオーブを、結構本気で、探し出すようになるのであった。
まず目指すは──オーブ伝説が色濃く残るであろう、ランシール。