ある日、リオがグレッグミンスターにやってきて、言いました。
「スイさんっ! 今度、第10回 スイ・マクドール杯を開催するんです!
10回記念なので、ゼヒ、スイさんも参加してくださいっ!!」
「──……。」
いつも元気一杯のリオのそんな言葉に、どこから突っ込めばいいのか分からず、スイは微妙な微笑を口元に貼り付けたまま、ゆっくりと首を傾げる。
「リオ──それは、何の催しなのかな?」
穏やかな微笑を浮かべながら問いかけると、リオは満面の笑顔で、はいっ! と悪びれることなく微笑むと、この上もなく嬉しそうに叫んだ。
「釣り大会なんです!」
「──……つ、り? 大会。」
想像していたのとは違う内容に、スイはパチパチと目を瞬く。
リオもナナミも、いつも考えもしないようなことばかりをしてくれるが、今回も良くわからない。
「はい、釣り大会です! みんなで、デュナン湖に船を出して、誰が一番たくさん釣ったかを競うんですよ!
二ヶ月くらい前から、毎週やってるんですよ〜。」
嬉しそうに笑いながら、リオは手で釣竿を持つような仕草をする。
手馴れたようなリオの仕草に、彼が毎朝、ヤム・クーの居る桟橋で、彼と一緒に釣りをしていると言うことを思い出した。
キャロに居た頃は、釣りなんてしたことがなかったと言っていたけど──一気にはまってしまったということだろう。
その名づけられた名称はとにかく……というか、なんでよりにもよって「スイ・マクドール杯」なのだろう?
すでに9回も催していることすら知らなかったスイ的には、相手がリオでさえなかったら、「何勝手に人の名前使ってるの?」と、悪魔的スマイルで焦土をかましていたところである。
が、相手は天然そのものであるリオだ。
きっと、「●●杯」の意味もわからず、「スイさんは憧れの人だから、それっぽく使ってみたんです!」とか言う所だろうと思われる。
なので、突っ込むだけ無駄だろうと、スイはその釣り大会の名称の存在は無視することにした。
「へぇ、毎週やってるんだ。」
なるほど、それで二ヶ月目にして【第10回】ということか。
少しばかり頻度が多いような気がしないでもなかったが──、こんなに頻繁にやって、皆、飽きてこないのだろうか?
スイが解放軍時代にも、同じように釣り大会のようなものを催したことがあったが──その時は、第3回を開催することも出来なかった。
3回目にしてすでに、参加者が居なくなってしまったからである。
「良く続くね。」
スゴイな、と、素直に感嘆を零せば、リオはニコニコと笑顔のまま頷く。
「やっぱり、毎回用意している賞品の威力だと思うんです!」
「賞品? ──賞品を用意してるの?」
「はい! 釣った数が多かったで賞と、大きい魚と釣ったで賞の2種類に、それぞれ賞品を用意してるんです!」
「──……そう、それじゃ、毎回用意をするのが大変だね。」
凄く分かりやすい賞の名前だな──と思いながら、スイは自分が解放軍に行っていた釣り大会のことを思い出す。
あの当時は、どうせなら豪快に行こうと、豪華賞品を用意したのだ。
一等賞品なんて、王者の封印珠だった。
他にも、色々とレアアイテムを用意したというのに(ちなみに、星辰剣を賞品にしようと思ったが、ビクトールは大喜びで譲ってくれたというのに、肝心の星辰剣自体が嫌がったため、それは実現しなかった)、結局、二回も開催したにも関わらず、賞品は誰の手に渡ることもなかった。
豪華賞品で参加者を募れたのも、最初の一回だけで──二回目なんて、スイが無理矢理ビクトールやフリックを引きずって連れてきたくらいだった。
「そうですね、確かに賞品を準備するのは大変です──。
でも、いろんな人が協力してくれますから!」
「そう。──リオは、スゴイね。」
継続は力なり、だ。
たとえ毎週とは言えど、同じようなイベントを二桁代まで行うなんて──なかなかできない。
突然そんなことを言われて、リオは、ボッ、と首筋まで顔を真っ赤に染めた。
「ええっ、そ、そんなこと、ないですよー。」
慌てたように、リオは顔と手を大きく振って、スイの言葉を否定しようとするが、
「本当のことだよ。一つのことを、こうして継続して──それにたくさんの人が参加するのは、スゴイことだよ。」
ね? ──と。
とろけるように微笑むスイの笑顔を間近に見て、言葉は口の中に消えた。
リオはますます顔を真っ赤に染めて、伝説クラスの笑顔から視線を外すように、右に左にと彷徨わせた。
そして──ゴクン、と息を呑むと、もう一度スイに顔を向け直し……ながらも、視線は斜め上を見て、決してスイと視線を合わせようとしなかった。
もし今、優しい笑顔を浮かべるスイに視線がぶつかってしまったら、言いたいこともすべて忘れてしまいそうになる。
だから、かすかに視線をずらしながら、
「あっ、あの、それで、ですね!」
口早に、用件を一気に話してしまうことにした。
「その、釣り大会が、第10回って言う、二桁突入になったので、今回はドバッと大放出で、スイさんにも参加してもらおうッ! ──ってことになったんです!!」
ぐ、と拳を握り締めて──一気に言ったリオに、スイは微笑を浮かべたまま、不思議そうに首を傾げた。
「釣り大会なんだろう? 別に、言ってくれたら今までも参加したのに。」
というよりもむしろ、釣り好きとしては、参加したかったな、というのが本音だ。
解放軍時代は、釣りと言えば湖の主釣りで、誰が餌になるのか──という戦いからスタートだったのだ。
だから、普通に楽しく和気藹々と釣りをする、というのとは全くの無縁であった。
その分、今まで参加できなかった9回分が、とても勿体無く感じた。
──本当、もっと早く誘ってくれてたら良かったのに。
とは言うものの、自分の立場が、同盟軍内でも微妙な部分にあるのはわかっていたから、文句は言えない。
トランの英雄、という肩書きは、使えるときよりも使えないときのほうが多いのが現状だ。
やっぱり、最初にばらさないで、そ知らぬふりをしていたほうが良かったかもしれない。
チラリとそんなことを思ったところで、どうせすぐに顔見知りに見つかるのがオチだという結論に、すぐに行きつく。
「えっ! ええっ、す、スイさんが、毎回参加してくれるんですかっ!!?」
「そんなに驚かれるようなことじゃないと思うけどね。」
苦笑を滲ませながら、スイは椅子から立ち上がる。
そして、キラキラと瞳を輝かせているリオを見下ろすと、
「さ、それじゃ、行こうか? 釣り大会に参加するために。」
にっこり、と笑って、行こう、と手の平を差し伸ばした。
──が、すぐにスイは、快諾したことを後悔することになる。
ざざーん……チャプチャプ……。
まるで海水浴に来たかのような、涼しげな効果音をバックミュージックに、スイはうだるような暑さを体感していた。
──いや、暑さは別にかまいはしない。何せ、今日は釣り大会だ。
絶好の釣り日和に、何の文句があろうか。
湖の真ん中に、ぽっかり船を浮かべて、日除けの大きな帽子をかぶり、時折吹く風に、心地よさを感じつつ……浮きが沈むのを待つ。
その、気が遠くなるような、まったりとした空気は、むしろ好ましいとすら思える。
多少の暑さなんて、水面に吹く風に相殺されてしまう……はずだったのだけど。
「……な〜んで僕は、湖の上じゃなくて、こんなところにいるんでしょうね? シュウ殿?」
日差し避けのパラソルの下、無駄に豪奢な椅子に腰掛けて、スイは自分の隣に立つ青年を見上げる。
緩く首を傾げるスイの表情に浮かぶのは──、うんざりしたソレ。
ジョウストンに来るときに、いつもかぶっているネコがウソのように、不機嫌そうな色が見え隠れしている。
子供じみた癇癪にも似たその表情を、チラリ、とシュウは無表情に見下ろす。
その彼の額の生え際には、うっすらと汗が滲んでいた。
「それは決まっているでしょう? あなたが、今回の主役だからです。」
しれっとして言いきるシュウの声には抑揚がなく、その双眸も同様だった。
何かを綺麗に隠したその顔を見上げて、スイは肘掛に頬杖をついて、「ふーん?」と、意味深に頷く。
「僕は、リオから、釣り大会をすると聞いたんだ。」
「釣り大会をしているではないですか。」
ほら、と、シュウが顎でしゃくる先──デュナン湖の湖面には、幾艘もの船が浮かんでいる。
光輝く太陽のまばゆい光を反射して、キラキラと光を宿す美しい湖面。
桟橋の──いつもリオが釣りをしている桟橋の上に用意された席に腰掛けたスイの場所は、その船たちを一望できる、最高のスポットだ。
それは同時に、船の上に居る釣り人たちからも、スイの様子がいつでも見れるということだった。
事実、この椅子に腰掛けた瞬間から、いろいろな視線がスイに向けられていた。
好奇心、興味、恐怖、畏怖、──そして、好意。
「……それでは、質問を変えよう、シュウ殿。」
ゆったりとした動作で足を組み変えて、スイはうっすらと微笑を浮かべる。
折りよく吹いてきた風に、前髪を軽くそよがせながら、トランの英雄その人は、人の悪い表情を浮かべると、
「第10回ということは、第1回から9回まで、催されているということだろう?」
「そうですね。」
少し身構えていたシュウは、思いも寄らない問いかけ方で来た英雄を、不審そうに見下ろす。
彼の視線を捕らえて、スイは微笑を一段階深くする。
「リオは、毎回賞品を用意しているといった。
つまり──今まで、9回とも、賞品があったということだ。……それも、必ず2種類は用意されていたはずだ。」
ひらり、と、──効果的に美しく手の平を舞わせながら主張すれば、シュウが一瞬瞠目した。
ほんの一瞬……けれど、すぐに無表情の中に隠されたその動揺を、もちろん、スイが見逃すはずはなかった。
スイはもったいぶるように深く椅子に腰掛け──手の平を膝の上で組んで、眼下に広がる光景をゆっくりと見渡した。
桟橋の上から湖を眺めるのは、これが始めてではない。
リオがヤム・クーと釣りを楽しむように、スイもこの城のこの場所で、彼と釣りを楽しむことがあった。
その時に、タイ・ホーが船で漁をしている光景を見ることがあった。
今、スイが見ている光景は、その時のソレに良く似ていた。
幾艘もの船が釣り糸をたらし──心地よい風に揺れながら、船遊びをしているかのような……そんな光景だ。
けれど、その船に乗る面々は、至極真剣な表情だった。
その誰もが──遊びに興じているようには見えない。
違和感を覚えるほどに、真剣きわまりない釣り大会の参加者達の顔を、じっくりと見つめながら、スイは、酷薄な笑みを浮かべて見せた。
「ねぇ、シュウ殿? その賞品の名前が何であったのか、あなたは知っているのかな? ──ううん、知っていなくてはおかしいよね?」
だって、と。
スイはそこで言葉を区切って、微笑を深くしながら、シュウの顔を見上げた。
シュウは、ただ無言でスイを見下ろしている。
彼の黒曜石の瞳と、かちり、と視線を合わせて。
「君は、主催者の一人なんだから、ね?
この……スイ・マクドール杯の。」
逃げることは許さない、と──スイは、自らの双眸に力を込めて、シュウをヒタリと睨み据える。
その……普段のネコかぶり状態では、決して見ることの適わない強い光に、シュウは気圧されたように、軽く顎を引く。
一瞬止めた息を、ごくり、と飲み込んで──シュウは、は、と苦笑を浮かべる。
「それはもちろん、賞品に関しては、私も熟知しております。
けれど、これは、ただの遊びの一貫です。──ただの息抜きですよ、スイ殿? そうたいした賞品が出ているわけでは……。」
「スイ・マクドールの使用済み箸。」
「──……っ。」
シュウの言葉を遮って、スイは冷ややかに告げる。
途端、ヒュッ、とシュウの喉を通った「声」に、スイはますます冷えた光を双眸に宿す。
「スイ・マクドールの使用済みタオル。──に、石鹸セット?
それから、使用済み寝巻きだとか、使用済み包帯だとか、使用済み……あぁ、もう、ここまで行くと、ストーカーは変態だと思うんだけど。」
どこでソレを手に入れたのか、なんていうのは愚問だ。
何せスイは、何も疑うことなく──リオに協力している間、この城で寝泊りすることもあったからだ。
まさか──そんなものを、そういうところに使われていたなんて、さすがのスイも想像だにしなかった。
……というか、そもそも。
「更にその挙句、それの10回記念として──この僕本人を、賞品にしようだなんて。」
ひたり、と、スイは鋭い視線をシュウに投げかける。
とたん、シュウの肩が軽く跳ね上がったのを認めて、うっそりと微笑みかけると、右手を自分の口元に近づけて──そ、と。
「どうなるのか……、分かっていての発言なのだろうね?」
わざとらしい仕草でシュウに見せ付けるように、手袋の指先を、歯で軽く食んで見せた。
この同盟軍内でも、スイが手袋をしている「真の理由」を知るのは、ごく一部のみだ。
共に戦いの場に出たことがある者は、スイがそこに紋章を宿しているのは知っていても──それが真の紋章の一つだと知っていても、その紋章が持つ力の恐ろしさを知るのは、更にごく一部……元解放軍の面子のみと言ってもいいだろう。
けれど、スイは確信していた。
目の前のシュウもまた──この右手の紋章の恐ろしさを、その能力のおぞましさを知っているに違いない、と。
だからこそ──今まさにそれに手をかけようとしているスイの右手を、じ、と凝視してくるのだ。
「あ、なたを──賞品だなど……そんな、物扱いを出来るはずがないではないですか。」
「どうだか。」
ふん、と鼻でせせら笑って、スイはシュウから視線を外す。
そして、物憂げな態度で、船の上に居る面々を──参加者一同を、何ともなしに眺めた。
彼らの手には、幾筋もの、キラキラと輝く糸が垂らされていた。
手釣り、というヤツである。
時々、魚が突付くのか、つん、つん、と糸が揺れているのが見える。
それは──彼らの顔の真剣ささえなかったら、とてもノンビリとした、平和的な光景に見えた。
「どうせなら、僕も一緒に釣りしたかったな。」
というか、スイ的には、最初はそのつもりだったのだ。
リオが誘う内容は、一緒に釣りをしようと──そういう意味なのだと、そう思いこんでいた。
これを、自分の推理不足と考えるか、リオの頭が突拍子もないのだと考えるのか──酷く難しいな、と、スイは溜息を一つ零す。
「…………今回の件に関しては、確かに、申し訳ないと思っていますよ。」
スイの頭の上から──不意に、不承不承と言った調子が隠しきれて居ない声が落ちてきたのは、その瞬間だった。
顔は湖に向けたままチラリと目線をやれば、シュウが渋い表情で、眉を寄せていた。
そのうち、眉間に山の形で固定してしまいそうなくらいの、深い皺である。
「最初は、ただの食料調達のための釣りだったんです。
けれど、釣りというのは基本的に、動かないものでしょう?」
「……そうだね。」
人間が動いていては、湖の中の魚が、気配を感づいて近づいてくれない──そういうものだ。
「だから、城の人間のほとんどが、体を動かせない釣りなんてやってられるか、と、投げ出したんです。」
はぁ、と溜息がてら続けられたシュウの説明を要約すると、とどのつまり、こういうことだった。
このノースウィンドウは、守りに固く攻めるに易い地形ではあり、同時に食料の調達にも、そう困らない地形でもあった。
湖から魚を、森から肉を。
大勢の兵士を養うにも、何も問題はない──はずだった。
たくさんの人々を養うための食料調達が、難しくさえなかったら。
つまり──森で獣を追って仕留める人はいても、湖で魚を釣る人が、物凄く少なかったのである。
おかげで、同盟軍は魚不足に悩まされた。
カルシウム不足になってしまったのだ。
他で補えないこともなかったが、ソレばかりで居るわけにも行かない。
何よりも、森の獣を根こそぎ狩ってしまう状況が、そう長く続いていいはずがないのだ。
そのため、シュウは幹部たちと相談して、苦肉の策として──釣りの楽しさを少しでもわかってもらおうと、「釣り大会」を開くことにした。
もちろん、景品も普通のものを用意した。紋章球から防具、更には今流行りの服だとかバックだとか。
とにかく、老若男女問わず、参加してくれそうなものを。
その甲斐あってか、参加者も多く、釣り大会は大成功だったのだ。
それどころか、またして欲しい、という声があがった。
そこで、たびたび、釣り大会を開くことにしたのだ。
──そこまでは、良かったのだ。
ただ──そこで止まってくれないのが、同盟軍というヤツで。
「そのうち、定期的に開かれる釣り大会以外にも、釣り大会を開くやつが出てきたんですよ。──まぁ、いわゆる模倣といいましょうか、そういうものですね。」
例えば、賭け事好きな人間達が集って、マスを一番釣った人間が、皆で出し合った参加費を独り占めできるとか……まぁ、そんな感じに。
「まぁ、なんていいましょうか、サークルみたいな感じになってきて。
そうしたら……ある日リオが、ナナミと二人で始めたんです。」
……第一回、スイ・マクドール杯を。
最初は、リオもナナミも、ただのお遊びだったのだ。
勝ったほうが、明日、スイさんと一緒にご飯を食べる番だ、という。
それが、第二回のときには、「面白そうだから加えろや」と言って、ビクトールやフリック、シーナにフッチ、メグ達と言った解放軍メンバーが増えていた。
このときの賞品は、明日、スイとオヤツを一緒に食べる時に、隣に座る権利、であった。
左右に二人座れることから、賞は二つに増えた。
「……なんでソレが、僕のストーカー行為に繋がるわけ?」
第二回から、第十回までの間に、一体何があったのだと、スイがイヤそうな顔で問いかければ、シュウは疲れた表情で──俺だって知りたい、というようにフルリとかぶりを振った。
「第三回の賞品は、宿で泊まるときに、誰があなたと同室になるか、という権利だったと聞いています。」
このときも、3人部屋の宿に泊まるのを前提に、権利が二人に増えた。
──ここから、賞は一等賞だけではなく、二等賞まで決定することになったのだとか、どうとか。
リオ達の言い分なので、適当すぎて、本当かどうかはわからない。
そして、第四回には、グレミオに、スイとお揃いの弁当を作ってもらう権利(むしろ、グレミオにおねだりする権利)だとか──突っ込めばキリがないくらい、くだらない……可愛らしい権利を競った、釣り大会だったのだ。
本当に──リオたちの間だけでは。
「いつのまにか、それが話が膨れ上がっていましてね、5回を越える頃には、いろんな人間が参加するようになりましたよ……いろんな思惑でね。」
最初は真っ当だったにも関わらず、時が流れ……人が増えるにしたがって、色々と変化していったり、「裏」が出来ていくのは、当然の流れだ。
「……ちなみに、第五回からの、正当な報酬内容は?」
「第五回があなたとの連携攻撃の権利、第六回はあなたの自宅に泊まる権利、第七回は、あなたと組み手をする権利、第八回はレパント大統領監修における、あなたの肖像画を貰う権利、第九回……すなわち前回は、あなたの手作りお弁当をもらえる権利、だそうです。」
「……なるほど。」
うんざりした顔で、指折り数えてくれるシュウの言葉の内容には、スイ自身も覚えがあった。
突然、ナナミが、「今日は私と連携攻撃してくださいvv」と言ってきたり。
シーナがズカズカとやってきて、「今日はちょっと泊めてくれよなっ」と言ってきたり。(ちなみにこのときスイは、「また、三股かけたのがばれて、逃げ込んできたわけ?」と言って、邪険に扱った)
珍しくルックが「ちょっと付き合ってくれない?」と、魔法で吹き飛ばそうとしてくれたり。(組み手のつもりだったのか、アレは……)
リオが妙な肖像画を持っているのを発見して、問答無用で火の紋章で焼いてさしあげたり。(ちなみにリオは、大泣きに泣いた。そしてリオから聞き出した肖像画を作った人物……レパントには、きっちりかっきりと釘をさしておいた)
突然カスミが、「あの……その……ぐ、グレッグミンスターの、お、お弁当っていうのが、どういうのか知りたいので……っ、スイさん、わ、わわ、私にお弁当を作って下さいっ!」とか、おかしなことを言ってくると思った。
可愛らしいといえば可愛らしいし、バカバカしいといえばバカバカしいのだが。
スイは、問題はソコではないな、と、シュウをチラリと見上げる。
この時点で──ようやく見えてきた。
わざわざスイが「どこからでも見える場所」に陣取らされた挙句、お目付け役よろしく、シュウが横に張り付いている理由だ。
「……なるほど、つまり、僕のストーカー行為をしている人間が、他にいるってことか。──しかも、この参加者の中に?」
「……認めたくはありませんが、まぁ、そういうことです。」
この釣り大会の影で、「これを多く釣ったやつに、これをやろう!」なんて言って、「スイ・マクドールのマニアックアイテム」を売る人間が居るわけだ。
下手をしたら、複数の人間が集って、「今日は俺、箸持ってきた!」「俺なんてスプーンだぜっ」「俺は、枕だっ!」──なーんて、戦利品を持ち寄り、それを賭けて勝負……なんていうことをしている可能性もあるわけ、だ。
「ちなみに、今回の賞品は──第10回記念、あなたと一緒にデートできる権利。──だ、そうです。」
だから、「スイさんも参加」な、わけ、ね。
僕本人が、賞品として参加するわけだから。
はは、と、乾いた笑いを浮かべながら、やれやれ、とスイは髪をかきあげる。
ペロリ、と舌で唇を舐め取ると、
「……ちなみに言うと、いくら可愛らしい賞品内容でも、第11回の大会は開かせないからね。」
不敵に微笑んで、そう告げる。
シュウは、そんなスイを無言で見下ろした後──ふ、と短く息をつく。
「なら、ストーカー同然の人間達は、どうなさるおつもりで?」
「もちろん、今のうちにすべて片付けるよ。」
とんとん、と、スイは意味深に椅子に立てかけておいた自分の棍を手の平で叩くと──そのまま、ニコリ、と笑みを広げてシュウを見上げた。
「僕の傍にこうして君が張り付いているということは、だいたいの見当はついているんでしょう?」
教えてくれるよね? ──と。
氷の微笑を貼り付けて問いかけるスイに、シュウは、ぞくりと背筋が凍るのを覚えた。
それは──リオが決して持ち得ない、覇王としての気質だ。
思わず気圧されるシュウに、スイはふと微笑を柔らかくすると、
「ま、──すでにもう、シュウ殿のことだから、動いているとは思いますけど。」
「あなたのお手を煩わせるわけには、いきませんから。」
ごくり、と喉を上下させて──ことさら、なんでもない風を装いながら、シュウはうっすらと微笑み返すことの出来た自分を、褒めてやりたかった。
一筋縄ではいかない英雄だと──そう思っていた。
けれど、まさか。
かぶったネコの下に、虎の顔どころか……獰猛な肉食獣よりも恐ろしい素顔を隠していたなんて、想像だにしなかった。
一瞬で手足が冷え切った感覚に、シュウは、ぐ、と拳を握り締めながら、何も知らずに湖の上で船釣りを楽しんでいる面々を見据えた。
「この大会が終わる前には、結果が出ているはずです。」
「そ? 期待してるよ?
二度とそんな気が起こせないように、コッテリと絞ってあげてね?」
ふふ、と笑うスイの顔には、もう、先ほどの気迫はどこにも残っていなかった。
年相応の少年らしさを滲ませて、優しげに微笑んでいる。
けれど──その温かさすら感じさせる笑顔を見ても尚、シュウに刺さった氷のような棘は、抜けることはなかった。
──まったく。
この男に心酔するヤツラの気がしれん。
そんなことを、うっそりと心で思いながら──シュウは、皮肉を織り交ぜて、
「まったく、あなたは、無駄におモテになるようで。」
そう声をかけてやれば、スイは、ヒョイと眉をあげて、こう答えてくれた。
「君のところの軍主も、この国を救えば、そうなるだろうさ。」
食えない男だ。
今日何度目になるかわからない溜息を胸の中で呟いて。
さて、と、シュウは湖面を睨みすえた。
目の前で涼やかな表情で座る英雄に知られてしまった以上──決して、失敗することなど出来ない。
ジョウストン都市同盟の同盟国であるトランの英雄である少年を、ストーカー行為(とは言っても、本人をストーカーしているわけではなく、あくまでも彼が使った小物をストーカーしていると言おうか……)している人間が、同盟軍に居るなんて噂を──レパント大統領の耳にいれるわけには行かない。
あの人もまた、「英雄狂い」の一人なのだから。
このことが知られてしまったら──同盟を破棄される、なんてことは、さすがに、ない……と、思う…………、の、だが。
そういいきれないのが、このトランの英雄の影響力だ。
…………まさか、こんなところで、軍師としての手腕を発揮することになるとは。
うんざりした気持ちで……けれど、ことは深刻だと、もの哀しい思いでそう呟いて(というか、なんでスイの使用済み用品を賭けの対象にしている兵士のために、こんな深刻な気持ちにならなくてはいけないのだろう)、シュウは、ぐ、と拳を握り締めるのであった。
この大会が終わったら──能天気につりを楽しんでいる軍主を、一発、殴ってやろう。
そう、誓いながら。
あれ? そ、そそ、総受け????
あ。あれぇぇぇ???
総受けなんだけどね、なんかシリアスになっちゃったー……かな。
しかし、うちのシュウさんだけは、どうがんばっても、スイにラブラブにならないにゃ……うーん、どうしてだろう?
今度、「シュウさん陥落大作戦ーっ!」とかしてみたいですネ!