お付き合いしましょ♪









「スコール。」


 彼の低い声が、空気を少し震わせて響く。
 いつもの、少し険の篭った怒号のような口調ではない──そして揶揄の響きを宿したソレでもない声に、知らず足が止まった。
 いつものような響きで名前を呼ばれたのなら、無視するつもりだった。
 でも……呼び声は、少しだけ耳に優しくて。
 振り返れば、男は眉間の間に刻まれた傷跡を歪めて……翡翠色の瞳で、こちらをまっすぐに見つめていた。
「………………。」
 無言で振り向けば、彼は眉をヒョイと上げて──不遜な顔つきで、上から見下ろしてくる。
 その表情に、またか、と思った。
 彼がこの後に続く台詞はいつも決まっている。
 ──どうせ今回も同じなのだろうと……いつもと呼ぶ声が少し違った気がするなんて言う理由で、足を止めたことをチラリと後悔した。
 はぁ、と、零れ出そうな溜息を堪えて──そんなものを目の前で零せば、目の前の男が更に絡んでくることは間違いない。そんな面倒はゴメンだった──、スコールは、男に言葉の先を促すように視線をよこした。
 その視線を受けて、彼はス、と目を細めた後、薄い唇を開いて、先ほどと同じような抑揚で言った。
「おまえが好きだ。俺と付き合え。」
「分かった。」
 彼の言葉を最後まで聞くこともない。
 どうせいつものように、訓練しようだの、稽古をつけてやろうだの──最後には刃傷沙汰の流血騒ぎになって、面倒なハメになるに違いない。
 男の言葉をまともに聞かず、いつもの調子で答えて、スコールは小さく溜息を零しながら、それで、と──何分後に訓練所の前なんだと、視線をあげたところで。
「…………………………サイファー?」
 珍しいものを見た。
 ほんのりと日に焼けた屈強な体躯をした男の──、見た事もないほど、真っ赤に染まった……、
「どうしたんだ、あんた?」
 あまりにありえない光景に、唖然として、スコールは軽く目を見開いた。
 マジマジと見上げて見せれば、サイファーは手のひらで自分の顔を覆いつくして──マジかよ、と、小さく呟く。
 スコールは、彼がどうしてそんな事をするのか分からず、眉間に皺を寄せて頭半分ほど大きい彼の顔を見上げる。
 いつも、まっすぐ──イヤになるくらいまっすぐに自分の目を見るサイファーの視線は、どうしてか天井当たりを彷徨っている。
「サイファー?」
 呼びかけにチラリとも答えないサイファーに業を切らして──そもそもあんたが、付き合えと言ったから、分かったと答えたというのに、なんだ、その態度は。
 いつもなら、とっとと準備してきな、と──そう言って白いコートを翻して去っていくのに。
 なんでこいつは、こんなに赤い顔をしてるんだ?
 いぶかしげに顔を見上げて見せれば、サイファーはブルリと顔を振るようにしたかと思うと、
「──……ちっ、来い。」
 小さく舌打ちをして、スコールの腕を掴んだ。
 そのまま、グイ、と引き寄せられる。
「来いって……、なんなんだ、一体?」
 そんなことを言われなくても、「分かった」って、言ったじゃないか!
 引っ張らなくても、俺は逃げない。
 引き寄せられた腕を、グイ、と自分の手元に引き寄せるようにしてスコールはサイファーの腕を振り払った。
 スコールをそのまま連れて行こうとしていたサイファーは、そんなスコールの態度に、驚いたような顔で振り返った。
「引っ張らなくてもちゃんと付き合う。」
 サイファーに掴まれていた部分を逆の手で摩れば、少しだけこすれて痛かった。
 それにさらに眉を顰めて見せれば、サイファーが何か言いたげに口を開きかけ──彼らしくなく、言葉を飲み込んでみせた。
 そのまま、ガリガリと髪を掻き混ぜるサイファーの態度に、スコールはますますいぶかしげに顔をしかめて見せた。
 しかし、それ以上何か突っ込むことはなく、小さな溜息交じりにサイファーを見上げた。
「15分後に訓練所の前でいいだろ?」
「──あん?」
「15分後。」
 片眉を吊り上げるサイファーの態度に、スコールは、内心かすかな苛立ちを覚えながら──あんたが付き合えって言ったんだろうがっ、と言う気持ちを、いつものように押し殺してみせて、スコールはサイファーに背を向けた。
 自室に戻って、ライオンハートを持ってこようと、歩き出したスコールに向かって、
「おい、スコール!?」
 サイファーが叫んだが、スコールはそれを無視して、そのままその場から離れた。
 それからも何度か後ろから声が聞えたが、スコールはそれを完全に無視して、すたすたと歩いて行った。
 サイファーがいつもと違うとは思っていたが、サイファーが「普通と違う」のはいつものことだから、気にする事は無いだろう。
 スコールはそう決めつけ、後ろを一回も振り返ることなく、SeeD寮に向かった。















 スコールが自分の私室から──SeeD寮にある自室から、黒いガンブレードケースを持って、訓練所に向かった時にはもう、サイファーが先に入っていた。
 ジャングルのように蒸し暑い空気に、軽く眉を寄せたスコールは、少し奥で聞えたモンスターの悲鳴に、そこか、と短く呟いた。
 そこへ足を向ければ、草の影から翻る白いコートが見えた。
 すぐ目の前に立ちふさがるアルケオダイノスの巨体に向かって、駆けて行く男の手に握られた白銀のガンブレードが、キラリと光った。
 ──かと思うや否や、それは過たずアルケオダイノスに向かって……、

 ザンッ──……ドォゥッ……。

「……──っ。」
 鈍い音に目を細めたほんの一瞬の間に、恐竜の巨体は地面を軽く揺るがして倒れたところだった。
 無言でそれを見下ろしていると、アルケオダイノスを軽く蹴飛ばしたサイファーが、ふと顔をあげてこちらを見た。
 視線がかち合って、──その刹那、サイファーが破顔した。
「……っ!」
 その、見た事もないほどの崩れ落ちるような笑顔に、スコールは息が詰まるかと思った。
 軽く目を見開き、息を止め──彼がいつものようにコートを翻してこちらに歩いてくるのを、ただ呆然と見つめていた。
「よぅ、スコール。遅かったじゃねぇか。」
 言葉は、いつもと同じ文句だ。
 なのに、そこに宿る声の響きが違う。今まで自分に向けられたことがないほど、やさしい色で──ギョッとして見上げたサイファーの翡翠色の瞳も、声と同じ位やさしい色をしていた。
「……サイファー……?」
 颯爽とこちらに向かって歩いてくるサイファーが、自分を見つめる瞳が──、
「スコール。」
 呼ぶ声が、なぜか、甘い色を宿している。
「……──?」
 アルケオダイノスの血のりを、剣を振ってはじき落としたサイファーは、そのままスコールの元までやってくると、クイ、と顎で奥をしゃくる。
「行こうぜ。」
「──あ、あぁ……。」
 何を催促されているのか分からない。
 それでもスコールは無言で漆黒のガンブレード──ライオンハートを携えると、サイファーの後について歩いた。
 幾度かモンスターに襲われたが、そのどれもがサイファーかスコールの剣の露になった。
 しばらく奥に進んだが、いつまで経ってもサイファーは停まる気配を見せない。
 このままだと、訓練所から出てしまうのではないかと思って、軽く顔をしかめる。
「サイファー、どこまで行くんだ?」
 ──「やる」なら、早くしてくれ、と、口に出さないまでも思ったところで、サイファーは驚いたような顔で振り返った。
「どこまでって──そりゃ、行くところは決まってるだろう、スコール?」
「行くところって……。」
 何の話だ、と更に眉間に皺を寄せたところで、サイファーの足の先が、急に変わった。
 えっ、と、目を見開くスコールが、そこは──と足を止めたところで、サイファーがスコールを振り返り、スコールの右手を取った。
 ぁ、と思う間もなく、そのまま引きずられて……サイファーの腕が伸びた葉を掻き分けるのが見えた。
「サイファー……。」
 腕を引っ張られたまま──振り払えばすむことなのにと、そう思いながら自分の腕を掴むサイファーの大きな手と、彼が進む先を見て……スコールは、ますます困惑せずにはいられなかった。
──だって。
 あんたが進んでる先にあるのは……、「ひみつの場所」……、だぞ?
 確かに、そこなら、モンスターに邪魔はされないかもしれないれど、だからって──そこで「訓練」をするのは、どうかと思った。
「サイファー?」
 なのにサイファーは、ズカズカと進んで行って──とうとう、彼はその場所へとスコールを連れ出した。
 とたん、開ける視界と吹き込む涼しい風に、スコールは軽く目を細めた。
 肌を覆っていたような湿気も拭い去られ、心地よい空気がスコールを包み込む。
 ひみつの場所には、誰も居なかった。──今が授業中だからだろうか、ひどく閑散とした雰囲気がある。
 吹き込んだ風が、一段と強く吹いて──サイファーの白いコートが風を孕み、ふわりと大きく揺れた。
「スコール。ほらこっちに来いよ。」
「どこへ行くんだ、あんた?」
 サイファーは、ここへ着いたというのに、スコールの腕を放そうとしない。
 それどころか、グイグイと引っ張って行って、どんどん奥へと向かおうとしてくる。
「──サイファー、ここにも人は居ないが?」
 だから、あえてそう口にしてみたら──、サイファーは、一瞬そこで足を止めて……小さな微笑を口元に浮かべてみせた。
「積極的だな、スコール。」
「────……は?」
 口元に浮かんだ微笑が、にやり、とゆがんだかと思うと同時──グイ、と、強く腕を引っ張られた。
 腕を離されることはあっても、引き寄せられるとは思っても見なかったスコールは、とっさに反応しきれず、とすん、と顔からサイファーの肩に突っ込んだ。
「な……っ。」
 にをするんだ、と。
 抗議の声をあげるつもりで跳ね上げた顔のすぐ目前で、サイファーが穏やかな瞳で見下ろしていた。
「てめぇが、まさかそんなにカワイイこと言ってくれるなんざ、思ってもみなかったぜ。」
 いつも酷薄な笑みを浮かべている唇が、視界がゆがむほど間近で動いている。
 剣をかみ合わせ──間近で睨み付けていた時よりも、ずっと間近にサイファーの体温を感じる。
 彼がつけているフレグランスの香に、ぐぐ、と眉を寄せて、スコールは彼の胸板に手をつけてその体を押しのけようとして──自分の腰に、サイファーの腕が回っていることに気づいた。
「……おい。」
 まるでこれでは、抱き寄せられているみたいじゃないか、と。
 そう文句を言うつもりで、眉間に更に皺を寄せて見上げたところで。
「スコール。」
 こんな声を出すことが出来たのかと驚くくらいの甘い声で、サイファーが頭の上から囁きかけてきた。
 ──と、同時。
「──……っ!?」
 掠めるような感触が、落ちてきた。
 驚いて目を見開けば、細く目を眇めるようなサイファーの目が、ぼやけるほどの間近に見える。
 何が起きたのか、考えれば検討はつく。
 なのに、考えることも出来ないくらいのショックに、スコールはただ大きく目を見張り続けるしかなかった。
 サイファーは、そんなスコールの見開かれた蒼灰色の瞳を見下ろして、小さく笑みを乗せる。
 そのやさしい笑みに、スコールはますます分からなくて、彼の瞳を見返した。
 そうすれば、少し離れたサイファーの鼻がまた近づいてきて──あ、と思う間もなく、す、と唇が重なった。
「さ……っ。」
 今度は何があったのか、ハッキリと分かった。
 慌てて彼の顔を退けようとするけれど、いつの間にかしっかりと抱き寄せられていて、まともに身動きが取れない。
 サイファーの名前を呼ぼうと開いた口に、再び唇が重なる。
 ただ触れるだけの、掠めるだけのキス。
「スコール──好きだ。」
 熱を含んだ声で、視線で──羽根のようなキスを幾度か繰り返して、その合間にサイファーは囁く。
 瞳を閉じようとしない──呆然と目を見張るスコールに、サイファーは笑いだしたくなりながら、チュ、と音がするように感覚を残して唇をしっとりと重ねた。
 スコールは、全身をビビッと震わせて、唇に感じる感触にぱちぱちと激しい瞬きを繰り返す。
 どれほど瞬きしても、ギュッと目を閉じてから開いて見ても、目の前に見えるのは、サイファーの金色の睫。
 そして、自分の唇に当たっているのは、生暖かい感触。──が。
「ん……──んんんんっ!!?」
 触れてるだけの唇の隙間から、もっと生暖かい物が差し込まれる。
 温かくて、ぬるっとしていて──知ってるような、知らないような。
 口の中に入り込んでくる感触を、拒むという考えすら湧いてこなかった。
 入り込んでくる少し塩っぽいような気がする独特の味も、どこかで味わったような──……と、眉を寄せて考えたところで。
 焦れたようにサイファーがスコールの腰を掴んでいた手で、彼の顎を掴み、仰向けにした。
 指を頬のくぼみに差し込み、スコールの薄く開いただけの唇をさらに開かせ──強引に、舌を割って入れる。
「んん!? ん──……んんっ!!」
 先ほどのようなおだやかな挿入じゃなくなったとたん、スコールの体は驚いた猫のように飛びはね、抵抗が激しくなる。
 ドンドン、と背中を叩かれて、サイファーは逃げ回るスコールの舌を追いかけるのを止めて、ちゅく、とわざとらしく音を立てながら唇を離した。
 とろりとした唾液が零れそうになるのを、舌先で絡めとり……ことのついでのように、ペロリとスコールの赤くほてった唇を舐めてやれば、白い面は真っ赤に染まった。
「サイファー……っ!」
 目元だけではない、耳から首筋から真っ赤に染まったスコールの──その、酸欠にか羞恥にか、潤んだ瞳を見下ろして、サイファーは満足げな笑みを浮かべる。
「なんだよ?」
 あん? と、満足げな笑みを浮かべたサイファーが、スコールに再び顔を近づけて問いかければ、スコールは慌ててサイファーの腕から逃れようとする。
 ぐい、と顔を突き出されて──また唇が触れるのではないかと、サイファーの腕を押しのけようとするけれど、サイファーは喉を震わせて笑いながら、スコールのその手を避けて……コツン、と、額を当てた。
「……なっ。」
 驚いて──視界がぼやけるほど間近に見えるサイファーの顔を、手のひらで押し返そうと彼の頬に手を当てたところで、その手を取られた。
「さ、いふぁ。」
「好きだ、スコール。」
「………………おれ、は……男だぞ?」
 まっすぐに見つめられて、スコールは取られた手を奪い返すことも出来なかった。
 今更の──本当に今更になる問いかけを口に出せば、ハッ、とサイファーが鼻で笑ったのが分かった。
「んなこたぁ、関係ねぇ。」
 囁くサイファーの唇から零れる息が、ふ、とスコールの唇を掠める。
 今の今まで蹂躙されていた、濡れた唇に触れた息が、少しだけ冷たい。
「てめぇだから、好きなんだよ。」
「────…………っ。」
 触れ合った額が、少しだけ動いて……今度はしっかりと、唇が重なった。
 上唇を食むように舐められて、口内に容赦なく舌が侵入する。
 のけぞろうとした頭を抑えられ、首筋に当てられた手のひらが、しっかりと頭を固定する。
 苦しくて、ギュと閉じた目の奥で、チカチカと光る物が見えて──息苦しくて、鼻で息をついたら、
「んん……っ。」
 少し鼻にかかったような……甘い声が零れた。
 とたん、羞恥がザッと背筋を駆け上る。
 慌てて──今度はじたばたと激しく抵抗を示して、スコールはサイファーの顔を自分から遠ざける。
 つい今までは、されるがママにキスされてたくせに、突然強引に抵抗されて──バシバシと背中を叩くわ、頬を引っかくわで、まるで猫のようだと、サイファーは不満そうな顔でスコールから顔を遠ざけた。
「……っんだよ。」
「なんだよじゃない──誰がキスしていいって言ったっ!?」
「おまえ。」
「な……っ。」
 即答されて、絶句して──スコールは、マジマジとサイファーを見た後……ハッと我に返ったように、キュ、と唇を一文字に結んだ。
「俺が……いつ、そんなこと──っ。」
 キッと睨み付けて見せるが、サイファーはそんなスコールの髪を、サラリと掻き揚げて笑った。
 今まで見た事もないほど魅惑的でやわらかい──そんな微笑み方だ。
「誘ってたじゃねぇか。」
「誰がっ……っ。」
「おまえ。」
 クックックッ、と、楽しげに喉を震わせて、サイファーは自分の腕からもがき出ようとするスコールを、しっかりと抱えなおして、自分の胸に抱え込んだ。
「サイファー!」
 抗議の声をあげるスコールの髪に鼻先を埋めるようにして、サイファーは彼の香をたっぷりと吸い込むと、ギュゥ、と腕に力を込める。
「サイファーっ、離せっ!」
「そうつれない事言うなよ、スコール。恥ずかしがってるのは分かるけどよ?」
「だ……だれがっ!」
 弾けるように顔を跳ね上げて叫んで見せるが、頬を真っ赤に染めて言われても説得力はまるで無い。
 サイファーはそんなスコールの表情に、ひどく楽しげに喉を震わせて笑うと、軽く頬に口付けて、
「そんじゃ、今度はもっとゆっくりしてやるよ。」
 言葉どおり、ゆっくりとサイファーの唇が頬から口元へと滑り降りてくる。
 スコールの唇の端をサイファーの唇が掠めて──そのまま、
「だっ、ダメだっ!!!」
 慌ててスコールは、無理やり引き上げた手のひらで、サイファーの顔の下半分を覆った。
 そのまま、グイグイとサイファーの顔を自分から遠ざけようと渾身の力を込めた。
「──んだよ。」
「何とか、どういう問題じゃない! とにかく、ダメなものはダメなんだ!!」
 こっち向け、と囁いてこちらへ顔を向けさせようとするサイファーの指を振り払うように、スコールはブンブンと頭を振る。
 いつにないきつい口調のスコールに驚いたサイファーが、とっさに緩めた腕の中から、逃げ出して。
 キッ、と、サイファーを睨み上げた。
「あんた、さっきからワケがわからない! なんで突然、こんなことをするんだ!?」
 激昂をあらわにして叫ぶスコールの目が、強い光を宿すのに、サイファーはスと目を細めた。
 愉悦の混じった笑みを口元に広げて、何を言うんだと笑う。
「突然じゃねぇだろ? ……そもそも、ココに誘ったのは、おまえだ、スコール?」
「誘ったって……最初に誘ったのは、あんただろう?」
 俺はただ、時間を決めただけだ。
 そう憮然として言い返せば、サイファーは少し考えるように首を傾げて、
「──ん、まぁ、そういうことにしといてやるか。」
 不意に身を屈めて、軽い音を立ててスコールの唇に自分のそれを落とした。
「……だっ、から……っ!」
 ザッ、と後ろに一歩後ず去るスコールに、サイファーはことさら楽しげに喉を震わせると、はいはい、と両手を上げて──サイファーが、お手上げ状態の姿を見せるのなんて、冗談でも始めてた。思わずスコールは軽く目を剥いて、サイファーをマジマジと見上げた。
「明日はもっとゆっくりやってやるよ。」
「──明日っ!?」
 驚いて目を見張ったスコールに、サイファーはニッコリと満面の笑みを零して見せた。
「おぅ、これから先は長いからな〜? ま、ゆっくり……おまえが着いてこれる程度にやってやるぜ。」
「──……。」
 絶句して、上機嫌にしか見えないサイファーを、ただ見上げるしかなかった。
 そんなスコールに、サイファーは彼の肩に腕を回して、目線の下にあるスコールの端正な面差しに向けて、器用にウィンクしてみせた。
「とーぜんだろ? なんてったって俺たち、今日から恋人──だかんなぁ?」
「こい……っ!!!!??」
 肩から手が離れる直前に、頬に口付けが落とされた。
 なっ、と、肩が強張った瞬間、サイファーは彼の頬から唇を離す寸前、ペロリ、とその滑らかな頬を舐め上げた。
「…………っ、サイファー……っ!!」
 声を震わせて──冗談じゃないと、そう口を開いた瞬間には、サイファーはヒラリと身を翻して、秘密の場所の出口に向かって歩き出したところだった。
「また後でな、スコール。」
「………………っ!?」
 出口で一度足を止め、ニヤリと振り返るその顔を凝視しているうちに、サイファーはそのままそこから出て行った。
 スコールが、ハ、と我に返った時にはもう、サイファーの姿は影も形も見えなかった。
「────………………。」
 クラリ、と眩暈を覚えてスコールは手のひらを額に押し当てた。

──……黒くなれ…………っ。

 魔女戦以後、本当に久しぶりに心からそう思って──スコールは、その場にしゃがみこみたくなるのを必死に堪えた。







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