ザックスの部屋を片付け続けること、1日。
予定では、昼過ぎに片付けが終わり、ついでに洗濯まで干してやって、「洗濯物が乾くまで、ちょっと買出しとか行ってきてもいいよな!?」と、言い訳まで考えながら、ウキウキとバイクでドライブ──というはずだった。
そして、後は、ザックスが帰ってくる日まで、バイク三昧。
明日は夜番だったから、そのまま朝まで高速コースをかっ飛ばし、体中ではじけるようなエンジンのうなりを聞くのもいい……と思っていたはずなのだが。
「…………………………。」
クラウドは、自室のベッドの上で、顔を枕に突っ伏して、ピクリとも動けない状態にあった。
ちょっと息苦しいから、寝返りを打ちたい、と思うのだが、どうしても体が動かない。
疲れすぎて、指先がピクリとも動かないのだ。
「クラウド、そんな格好で寝てると、風邪引くよ。」
同室のカシルがそんなことを言いながら、クラウドのデスクに丸めてあった上着をポンと放り投げてくれるのだが、クラウドはそれを避けることも受け取ることもできなかった。
ゴミ溜めのようなザックスの部屋から帰ってきて、埃を落とすためにシャワーを浴びて──、着替える体力すら残っていなかったクラ独活は、トランクス一枚履いただけの格好で、ベッドの上に突っ伏し続けているのだ。
そんなクラウドを、呆れたような目で見下ろして、
「寝るんだったら、せめて布団かぶったら?」
「…………………………。」
わかってる、と答えるつもりだったが、喉もイガイガで面倒臭くて、声はモゴモゴと口の中だけで消えてしまった。
でも、本当に、疲れているのだ。
──そう、だから。
「……あと、もうちょっと、体力戻ったら…………、ちゃんと着替えて、……寝る。」
なんとか必死に言葉を零したクラウドに、カシルは眉をヒョイとあげて、
「──ま、明日は休みなんだから、ゆっくり寝なよ。」
同情たっぷりに──ザックスさんの部屋に興味があるからと、手伝いを申し出なくて良かったと思いながらのカシルの言葉に、クラウドはコクリと頷き……そのまま意識を失った。
──また明日も、朝から、ザックスの部屋の洗濯だと、思いながら……。
ドサっ……と、音を立てて地面に置かれた「ザックス」の顔は、静かな表情を浮かべていた。
頬の辺りに、黒く染まった一線が──戦いの最中にモンスターの爪でやられたのだろう傷跡が走り、唇が少しかさついていた。
土気色の顔には、ところどころに泥がこすりつき、髪の毛はいつも以上にボサボサだった。
触れた肌は、ヒヤリと冷たく──そして、ほんの少し固くなっていた。
ザックスの仲間のソルジャー達は、横たえた彼の周りに膝をつき、それぞれに痛ましそうな表情を見せている。
赤髪の男──キリアが、そ、と「ザックス」の額にかかった黒髪を整えてやり、金髪の男が乱れた袖を直す。
無言でうなだれる黒髪の男は、ただジッと「ザックス」の力なく地面に落ちた指先を見ていた。
そして、そんな──通夜さながらの空気をかもし出すソルジャー一行の後ろで、
「おいっ! お前らっ! 俺はココ! ココに居るんだってばっ!!」
小さなザックスが叫び、とびはねていたが、ソルジャー達は誰1人としてその存在に気づいてはくれなかった。
大きく飛び跳ね、足にガッシリとしがみつき、更に剣の鞘を掴んで引っ張ってもみたのだが、彼らはザックスの動きが見えていないらしく、ピクリとも動いてはくれなかった。
ザックスはしばらくそうしてウロウロしていたが、すぐに肩で息を吐いて、ぺたんと力なく地面に座り込んだ。
「──俺の声が、全然聞こえてねぇみたいだ。」
そのまま片手を頬に押し付けて、ザックスは頬杖をつくと、はぁぁ、と重いため息を漏らした。
つまり、これは、どういう現象なのだろうかと、首を傾げて考えてみるものの、思い浮かぶのはたった一つ。
「幽霊」という、イヤな言葉だけだ。
実際、ソルジャー達が嘆き悲しみ、「ザックス」に捧げている言葉は、どう考えても死に人に対する言葉ばかりだ。
その方面で行くと、「ザックス」は、あのモンスターたちとの戦いの果てに殺られ──そうして、魂だけ抜け出した幽霊になってしまったのだ、と。
「そういや、こないだクラウドとセフィロスと一緒に見た、『真夏の本当にあった怖い話』にあったよな!?」
ガバッ、と顔をあげて、ザックスは、訓練の後、押しかけたセフィロスの部屋の超特大テレビで見た番組の内容を思い出した。
確か、有名な霊能力者だったか何かが、おしろいを塗られた顔を前面アップにして語っていた言葉だ。
人は、死した後、魂だけの存在になると、生前の「一番イイ時の姿」になるのだと!
つまり、それで行くと、今のザックスは……、
「ってことは何かっ!? 俺の一番イイ時っていうのは、子供時代っていうことかーっ!!!?」
ガバッ、と、拳を強く握り締め、思わず空に向かって叫んでいた。
「冗談じゃねぇっ! そーれーは、納得いかないぞーっ!!
こんなガキのウィンナで何が出来るっていうんだ!
俺のイイ時期は、そりゃもー、ソルジャーになって、女に超モテモテの、今、輝いてる、ザックス青春17だろーっ!!!?」
なぁっ!? ──と。
勢い良く振り向いて、ザックスは目の前のキリアの背中をドンと叩く、──が。
ザックスの手は、キリアの背中でピタリと止まり、何の衝撃も与えることは出来なかった。
キリアにしてみたら、背中に風が当たったような感触しか感じ取れなかっただろう。
「っていうかありえねぇっ! これは絶対、俺の本当の幽霊姿じゃねぇっ!」
小さな拳を強く握り締め、ザックスは、それをギュッと高く掲げた。
そうだ、この姿が、「ザックスが死後魂になったら、なる姿」なんていうわけがない。
もし、本当に自分が死んだときに、この姿──どこからどう見てもお子ちゃま以外の何者でもない姿になってしまったとしたら!
「俺の……っ! 人生満喫して老衰死した後、天国で、カッコイー俺様の姿で天女とウハウハv 計画が、なくなっちまうじゃねぇかーっ!!!!!」
──そんな、煩悩溢れるザックスの、魂からの叫び声に、すかさずバスターソードで突っ込みをしてくれるような存在は、残念ながらココには居なかった。
いや、もし居たとしても、誰の目にも止まらない、本人は否定しているものの、幽霊となってしまったザックスに、突っ込めることは出来なかっただろう。
ソルジャーのくせに老衰死できると思っているところもすごいが、天国にいけると信じているところもすごい。あまりに突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込めばいいのか、分からないほどである。
ザックスは、背を折り曲げて、クゥッ、と強く悔しがると、
「これは、俺の死後の姿なんかじゃねぇっ!!!!」
力強く──天に向かって、そう吠えた。
そして、ビシッ、と「ザックス」の体を指差すと、
「俺は、まだ死んでないぜっ! これはきっと、アレだっ!
宝条博士が、なんか幽体離脱とか出来る薬を作りやがって、俺で実験したに違いねぇっ!!」
ちなみにこの「幽体離脱」という言葉も、魂うんぬんの話をしていた霊能力者とやらが言っていたセリフである。
ザックスは、死んだように眠る(実際肉体は死んでいるようにしか見えない)自分の体を見下ろすと、仁王立ちして小さく唸り声をあげた。
そう思い込めば、意識を失う前の状況が、チラリと頭を掠めた。
──そうだ、モンスターの中に突っ込んで、戦っていて。
なんだか手ごたえが全然なくて、まるで幽霊でも相手にしてるようだと、そう軽く思っていて。
そうして、全部倒して、全滅させたのだ。それは確かだ。
右も左も見やって、全部倒したことを確認した。自分の持分は完璧にやり遂げた。
──なら、自分が「死んでいる」事実は、やっぱりおかしい。
そうすると、その後に何かがあった、ということなのだが──……。
「………………水、か?」
土気色になった己の顔を見下ろしながら、ザックスは小さく……低く呟く。
顎に手を当てて、嘆くソルジャー達の苦痛の表情と、ザックス(死体)に向けたざんげの言葉を右から左に聞き流しながら──いや、途中、金髪のソルジャーが「お前がかわいいって言ってた受付のエアリスちゃんを先にデートに誘ったのは、実は俺だったんだ!」という罪のない告白は、ちゃんと頭の片隅に止めておいたが──、ザックスは思い至った内容を、さらに掘り下げて思い出した。
そう──戦闘の後、ザックスは、水を飲んだのだ。
少し暴れて喉が渇いたからと、道具袋の中に入っていた、栄養ドリンクサイズの水を飲んだのだ。
その水が入っていたビンは、今回の任務に着く前に、宝条から手渡された「宝条特性★栄養ドリンク」なるもので。
「怪しい」と判断されたため、ビンの中身は、この山に到着したその日に、全員で撒き捨てた。
──ただし、ザックスだけは、捨てた後のビンが勿体ないからと、飲み水をタンクから移しておいたのだ。
道具袋に入るサイズのビンだったから、携帯用の飲み水入れとして、なかなか便利だから、と。
「…………………………ぁ……………………。
……そういや俺、中身捨ててから、ビン……洗ってねぇな……………………?」
ソレだ。
ぽん、と、手を叩いて、ザックスはことの展開を理解した。
何のことはない。
宝条から貰った「怪しい栄養ドリンク★」なる代物を、薄めて飲んでしまったよからだ。──そうに違いない。
何せ、その水を一気飲みした後の記憶が、まったくないからだ!
「…………っ、つぅか、そんな、水でめっちゃ薄めたようなのでも、こんな効果があるドリンクって、なんだよ、そりゃっ!!!!!!」
あのマッドサイエンティストは、ソルジャーのことを実験材料にしか思ってないのかーっ!!!!
再び天に向かって叫んでみるものの、ザックスの声は誰にも聞こえることはなく──結局、ただ、風に掻き消えるしかなかった。
ガリガリと頭を掻きながら──とにかく、と、考えを改める。
「この状態」が、宝条のドリンク実験による成果だというのなら、これを解除する方法があるに違いない。
あるのだろう、が──。
「…………俺の声は、こいつらに聞こえてないし。」
すぐに自分の体を、宝条博士のところに連れて行け、と突付いたとしても、到底気づいてくれることはないだろう。
しかし、そう心配することはない。
何せ、自分達の任務は、すでに終わっているのだ。
後は、ミッドガルに帰るだけ。
ミッドガルに帰りさえすれば、宝条博士は、「怪しいドリンク」の効き目を聞きたくて、すぐすっ飛んでくるに違いない。
そうしたら、問題は解決だ。
飲んだドリンクが、「幽体離脱する薬」や「仮死状態にするクスリ」ではなく、「猛毒」だった場合は、やばいことこの上ないが──、
「いや、大丈夫だ! 俺は本気で死んだら、絶対、魂は、男っぷりが世界一の、今の姿を撮るに違いないんだからな!」
こんな小さな、ナニもできないような子供の姿の今の俺は、ただの、「仮の魂姿」に違いない!!
ザックスは、前向きにそう信じて、よし、と拳を握り締める。
さすがの宝条だとて、ソルジャーを無駄に殺すようなことはしないだろう。──彼は、どうせソルジャーを死に導くなら、「たっぷり実験データを取ってから」殺すことを選ぶからだ。
腕をくみながら、うんうん、と自分の考えに納得すると、ザックスは、にっこり笑って、目の前で黙祷を捧げているキリアたちの背中を、ぽんぽん、と叩いた。
「お前らも、心配してくれてありがとな! ミッドガルに戻ったら、なんか奢ってやるからさ!
だから俺の体、大事に運んでくれよなっ!」
ニコニコニコニコ、と、満面の笑顔で、ザックスがそう彼らの背中に向かって、願い出た時だった。
無言でうなだれ、ザックスの遺体に向かって黙祷を捧げていた面々は、ゆっくりと──のろのろと顔をあげ。
かすかに腫れたような印象のある双眸を痛ましげに細めたかと思うと、
「ザックス……、お前のことは、忘れたりはしない。」
「五番街の娘さんには、タークスから……お前のことを伝えてもらえるよう、きちんと手を打つよ。」
口々に、最後の──これが本当の最後の別れだと言うように、ザックスの手の平に、そ、と自分達の手を重ねた。
その仕草に、なんだかイヤな予感に駆られて、ザックスは彼らの顔をヒョイと覗き込む。
「おい……キリア?」
けれど、赤髪のソルジャーは、ザックスの呼びかけには答えず、苦しそうな表情で目を強く閉じると、ザックスの両手を胸の前で交差させると、そ、と立ち上がり、他の2人にも遠ざかるよう手のひらで指示を出す。
その距離の取り用に、イヤな予感を覚えたザックスが、おい、と、再び声をかけるよりも早く。
キリアは、右手に携えていた湾曲した剣を天に向けて掲げ──その、柄に嵌っていた赤いマテリアを、解放した。
『召還……タイタン!!!』
リン、とした声でキリアが叫んだ瞬間──、ゴッ、と、「ザックス」の目の前の地面が盛り上がる。
ゴ──……っ、ゴゴゴゴゴゴッ………………ゴォンッ!!!!!
激しい勢いで砂煙が舞い上がり、一瞬で視界が奪われた。
揺れる大地に、慌ててザックスは地面を蹴って浮き上がりながら、パタパタと両手と両足を動かして、真っ直ぐな視線を前へ向けているキリアの背中に飛びついた。
「キリア! やめろっ! 待てっ!」
彼が何をしようとしているのか気づいて、慌てて止めようと両手で彼の髪をしっかりと掴むが、召還されたタイタンがそれで消えてくれるわけではなかった。
タイタンは、のっそりと巨大な体躯を持ち上げると、片足をついて、「ザックス」が横たわる手前の地面に、指先を突っ込む。
そこから何が起きるのか……イヤになるくらい分かってしまったザックスは、とっさに両手で頬をはさんだ。
「いやぁぁあーっ! 俺ーっ! 俺がぁぁぁっ!!!」
ガッ──……っ!
耳障りな音がしたかと思うと、タイタンは、「ザックス」を乗せた地面を持ち上げ──そしてそのまま。
ドォォンッ!!!
激しい地鳴りと土煙を撒き散らして、ひっくり返してしまった!
ザックスの死体に、ダメージ1208!
ザックスの死体は、そのまま地面に飲み込まれてしまた…………。
つぅか、仮死状態から一気に死んだら、どーしてくれるんだっ!!!!!
「って……ぅわーっ! ぅわわわわーっ! わぁぁぁーっ!!!
俺っ! 俺ぇぇぇぇーっ!!!!!!」
ザックスは、両目からボロボロと涙を零しながら、ひっくり返った地面の……何事もなく普通の地面に戻ってしまったソコへ張り付いて、ドンドンと地面を叩いた。
けれど、地面の中に埋もれてしまったらしいザックスの本体は、チラリと見えず──、タイタンは、召還主の意に従って、シュルリと空気に溶けるように姿を消してしまった。
残ったのは、しん、と静まり返る地面と、3人のソルジャーと、泣き喚いて地面を叩くザックスの姿だけだ。
そのザックスの姿も、ソルジャー達には目には映っていない。
「出せっ、出せってば、俺の体っ!!」
ザックスは慌てて地面に爪を立てようとするが、霊体であるせいなのか、単に小さな子供の指では掘り返せないほど固いのか──地面には、傷一つつくことはなかった。
どうする──と、自問自答しながら、ザックスは唇を噛み締め、額を地面に押し当てる。
このままでは、窒息死してしまう──いや、あの体は仮死状態(だと思う)なのだから、この場合、土に埋もれて腐敗してしまうというべきか。
っていうか、土と水と空気中だったら、一番腐りやすいのはどれだったかっ!?
一般兵の講義中に習ったような気もするが、さすがに、わが身にかかっていると思うと、記憶があいまいになってくる。
確か、1:2:8だったような気がするから、土に埋もれていたほうがいいのか、それとも、即身仏になっちまうだろーがというべきなのだろうか……。
ザックスが頭を抱えて、グリグリと額を地面に押し当てた──まさにその瞬間。
ザクッ!!!
突然、頬の真横に、抜き身の剣が突き立った。
とっさに、ヒュッと肩を揺らしたザックスは、一瞬でそこから飛び去り、地面に手をつきながら攻撃態勢をとる。
いつもの癖で右手を腰に当てたところで──手のひらにスルリときめ細かいお子サマ肌が辺り、
「あぅっ! そうだった、俺、裸だったぜっ!」
と、思わず叫んだところで。
自分がしゃがみこんでいた場所に、金髪のソルジャーが、無言で黙祷を捧げているのに気づいた。
見れば、彼は地面に剣を──ザックスの愛剣を突き刺し、その柄に手を当てて、何ごとか小さく呟いているところだった。
その光景が、何かに似ているような気がして、ザックスがイヤーな予感に駆られたところで、男は、ス、と面をあげると、
「……ザックス、お前のこの剣が、お前の墓標だ。」
「やっぱそー来るかぁぁぁーっ!!!!」
悲しみを深くたたえた眼差しで、男がさびしげに呟く。
とっさにザックスは、両手で頭を抱えて悲鳴をあげてみたが、やっぱり、幽霊となってしまった彼の声は、誰にも聞こえることはなかった。
嘆き叫ぶザックスをよそに、男達はキラリと朝日に輝く墓標の前に立ち、
「ソルジャー1st、ザックスに、敬礼っ!」
ビシィィッ──と。
まるでハイデッカーが出ているときの朝礼で見せるかのような、それはそれは見事な敬礼をしてみせると、彼らは、キュ、と唇を一文字に結んだ。
浮かべられた表情は、それぞれザックスの死を悼んでおり、見ているこちら側が胸の痛みを覚えるようなものだったが──、
「敬礼しなくていいーっ!! しなくていいから、頼むから、俺ぇぇぇっ! 俺を掘り返してくれぇぇぇーっ!!!!!
ザックスは、「こいつら、俺のために、こんなに……」と、ジンとしている場合ではなかった。
バンバンッ、と剣の墓標の前を泣きそうな顔で叩きながら、同僚達に向かって訴える。
しかし、ザックスの姿がまるで見えていないらしい同僚達は、うなだれた頭をゆっくりと起こすと、
「……戻るぞ。」
「ああ。」
静かな声で、そう互いにつぶやきあい──最後に、名残を惜しむように墓標を見下ろすと、ザッ、と、飛び退った。
地面に落ちた影が、一瞬で薄くなるのを目で見て止めて、慌ててザックスは顎を振り上げて頭上を仰ぐ。
見上げたそこには、薄い青空。
そこに、指ほどの大きさになった、同僚達の姿が見て取れた。
ザックスは、慌てて立ち上がり、空を振り仰ぎながら、クシャリと眉を寄せた。
同僚達は、こちらを振り返ることすらせず、だんだんと小さくなっていく。
やがて、豆粒のようになった彼らの姿が、もう見えているのか見えていないのか、分からなくなったところで──、
「──……ちょっと待てぇぇぇーっ!!!!!!」
ザックスは悲鳴を上げてみたが、やっぱりそれにも、誰も答えてはくれなかった。
そのまましばらく剣の前でもだえてみたり、爪先で地面を引っかいて掘り起こそうとしてみたりしたが、太陽が完全に上りきった辺りで、無駄だと悟った。
そこで今度は、頭をひねって、現状把握にいそしむことにした。
次の行動を起こすには、やはり、現状把握が幅を利かせるものだ。
「とりあえず、落ち着け、俺。」
まだ興奮している頭の隅に語りかけながら、ザックスは腕を組み、バスターソードを背後に胡坐を組み、今までのことを再び思い出す。
気づいたら、裸の子供の姿になっていて。
空を飛べて、でも同僚には見えなくて、声も届けることができない。
ちなみに幽体離脱しているらしく、肉体の本体はある。しかも仮死状態。
その本体は現在土の中。腐敗度は水と空気中に比べて一番低いから、なんとか早めに掘り起こしたら、生き返ることも夢ではない(希望)。
そして、おそらく──まだ仮説の域を出ないが、こういう体になってしまったのは、宝条博士に渡された栄養ドリンクのせいだ。
ただしくは、怪しいからと中身を捨てたビンで、うっかり水を飲んでしまったザックスのうかつさのせいだ。
っていうかそもそも、水で希釈しても効果がある薬って、一体、どんだけ濃度高めてるんだよ、あのマッドサイエンティストは!!
だいたい、前回の時だって、「新しく開発した、ニューポーションだ」とか言って、押し付けてきたブツがあったけど、これもなんとなーく怪しかったから、敵に向かって投げつけて使ってやったら、回復するどころか、混乱してたんだぞっ! ──で、いけしゃぁしゃぁと、「使い心地はどうだったかね?」とか聞いてくるんだ、あの額ハゲ!
「そういや、クラウドも、なんか特務関係で宝条に当たると、碌なことにならないとか言ってたよなー。」
首をひねりながら、そうそう、そう言えば、タークスもそうだったっけ、と──、途中、イロイロ脱線しまくって、走馬灯になりかけたりすること数回。
ザックスが、グルリと大きく回り道した思考を大きく引き戻したのは、「とにかく情報整理だ」と思いついてから、実に30分後のことであった。
そして、それだけの大回りをして、出した結論は、たった一つだった。
「なんだかんだ考えててもしょうがない! とりあえず俺も、ミッドガルに戻ろう!!!」
かくして、ザックスは、土の中に埋もれたままの己の肉体に向かって、「すぐに戻ってくるから、それまで、頑張って生きてるんだぞっ!」と声をかけてから、先に飛び立っていったソルジャー達を追いかけるかのように、ひゅんっ、と、空に向かって飛び上がったのであった。
そして数分後。
ザックスは、ミッドガルの中心部──世界の神羅ビルの屋上で、ぷかぷかと浮いていた。
「ぃやー、魂は千里を一瞬で駆け抜けるとかなんとかいうことわざがあるって言ってたけど、本当のことだったんだなー。」
小首を傾げながら、ザックスはシミジミと噛み締める。
何せ、去っていった同僚達を追いかけようと、空へ飛び上がってから、「ミッドガルへ!」と強く思っただけで、はじめの頃からは想像もつかないスピードで、こんなところまでやってきてしまったのだ。
まさに、魂は一夜で千里を駆ける、と言ったところだろう。
眼下に広がるミッドガルの光景を見下ろしながら、ザックスは、今頃草原を必死で走っているだろう同僚達へと思いを飛ばした。
「ふっふっふ、俺を置いていったお前らが、俺を見て、驚くさまが目に浮かぶようだぜ……っ!
──って、そういや、あいつらには、俺の姿が見えてないんだよなー。」
こりこり、と頬を掻いて、ザックスはヤレヤレと両肩を竦めた。
そして、ゆっくりと立ち上がって──、幼くあどけない顔に不似合いな、不適な笑みを口元に浮かべた。
「あいつらには、俺の体のところにトンボ帰りさせてやるぜ……っ!」
そして、埋めた体を掘り起こさせて──自分が体の中に戻った暁には、「キリアのあほんだらーっ!」……と、思いっきり良く、殴りつけてやるのだ。
考えただけでもスカッとする展開に、ザックスは、よしよし、と頷いて──そのまま、神羅ビルの中へともぐりこんだ。
幽体のおかげで、分厚い壁も解除するのが面倒なアラームも、ナ素通りだ。
最上階の社長室を天井から床へと通り抜ければ、プレジデントが秘書の娘の細い腰を抱き寄せながら、何か囁いている光景が見えた。
「おぉー、愛人3号〜。」
タークス並とは行かないものの、それなりに情報網を有しているソルジャーザックスの知識を持ってしても、見覚えのない女の顔に、思わずそんな呟きが零れていた。
そのまま床から更に下にもぐりこもうとした瞬間、プレジデントの太い指先が、女の腰からスルリと撫で降りて、形良い尻から下へ──体にぴっちりと合ったスカートの裾から、指先がもぐりこもうとしているのを見た瞬間、ザックスは、
「おおぅ!」
思わずガシッ、と床に指を引っ掛けて、もぐりこもうとしていた体を止めた。
そして、そのままズズッ、と身を乗り出す。
男の手に腰をつかまれ、裾をずり上げられた女は、軽く身をよじりながら、小さな笑い声を零す。
その拍子に、きわどいところまでむき出しになった太ももの、更に奥まった場所に、プレジデントの指先が侵入していく。
その指に捲られて、ストッキングに包まれた更に奥……チラリと布地が見えた気がして、思わずザックスは、膝まで床から飛び出した。
「おぉぉぉーっ!」
身を乗り出して、床にペットリと頬を押し付けたザックスは、ジリジリと社長席までにじり寄っていく。
そうしている間にも、いたずら気に……というよりも、いやらしい目的で動くプレジデントの手の平に、秘書は困ったような笑みを浮かべながら、焦らすように体をくねらせる。、
「あん、ダメです、プレジデント……、この書類に、判を押していただかないと……。」
止めようとしているのか、煽ろうとしているのか、判断のつきかねる甘い声で、秘書の女は睫を伏せて、艶めいた微笑を口元に浮かべる。
いいながらも、両手に抱えた書類をプレジデントに向かって突き出す様子はなく、ただ、ぎゅ、と書類を抱えるだけだ。
「んー……あと、あと、もうちょっとぅぅぅ〜。」
ザックスは、さらに捲りあげられたスカートの合間からチラチラと見える秘所に、匍匐前進で向かい始めようとしたところで──。
「気にすることはないぞ。その書類は、どうせまた、宝条博士のものだろう? そんなもの、明日でもいいではないか。」
プレジデントが、ダラリとだらしなく鼻の下を伸ばしながら、女の体をグッと抱き寄せる。
女は小さな悲鳴をあげながら、それでも、その力に逆らうことなく、膝を割って、椅子に座ったままの男の膝に乗り上げた。
──ところで。
「……──あっ! そうだ! 宝条博士っ!!!!」
ザックスは、ガバッ、と上半身を跳ね上げて、プレジデントの口から出た名前を叫んだ。
「やべっ! そうだよ、俺、覗きなんてやってる場合じゃなかったんだよ!」
そう──まさに、こんなことをしている間にも、土に埋もれた自分の体は、マズイことになってしまっているかもしれないのだ。
何せ、今のザックスには、「死体」になってからの正確な時間が分かっていない。
土に埋もれてから十数分しか経っていないが、自分が肉体から抜け出てからの時間は──もっと経っている。
ザックスが「この状態」で気づいてから、すでに数時間が過ぎているのだ。しかもその間の肉体の保管状況は、お世辞にもイイとは言えない。
肉体が現在「仮死状態」だと考えても──タイムリミットが近いことは確かなのだ。
「やっべぇ、やっべぇっ! 早いところ、宝条博士んとこ行かねぇとっ!」
実は、一刻を争う状況なのだ、と。
慌ててザックスは、プレジデントが秘書と仲良くやっている姿に背を向けて、ズブズブと床にもぐり始めた。
そのまま、分厚い床を抜け、フロアをストンと落ちて──宝条が居るだろう階にたどり着いてからは、壁や扉を素通りして、宝条を探した。
途中、覗き込んだ部屋で面白そうな出来事が起きていたり、宝条の助手が興味を引かれる話をしていたが、それに耳を傾けている余裕はなかった。
「──……くっ、体に戻れるのが確定してる状態なら、楽しんでくんだけどなぁ……っ!」
後ろ髪を引かれる思いをしながら、壁を掻き分け、扉を掻き分け──……、誰にも気づかれず、誰にも見つからず。
時々、勘の鋭い人間は、ザックスが隣を通り過ぎるときにゾクリと背筋を震わせることがあるようだが、それだけだ。
空中をすべるように進むザックスを見咎める人間は、1人としていなかった。
この状況を思えば、「開発に成功」すれば、恐ろしいほどの威力を持つ諜報兵器だというのはわかった。
「……でも、わかったのと、勝手に実験体にされてもイイっていうのは、ぜんっぜん、別物なんだよなー………………。」
どうせ言っても無駄だと分かっていながらも、とりあえず、元の体に戻ったら、宝条に文句の一つでも言ってやろうと思いながら、ザックスは、厳重にロックされている──普段ならば、1stソルジャーであろうと入ることが許されない場所へ入り込んだ。
そこは、研究ラポの最深層部……ソルジャー達命名の別名「さようなら、僕達の清らかな体部屋」と揶揄して呼ぶ部屋だ。宝条にこの部屋に連れてこられると、大抵、体に何かしらの異変が植えつけられるからだ。
ちなみに、その別名にかけて「宝条のベッドルーム」という名前で呼ばれることもある。
宝条は、寝るときも大抵、この部屋に詰めている。だからきっと、今もこの部屋に居るに違いない。
ザックスが中に入ると、何人かの助手の男が、真剣な顔でコンピューターを覗き込んでいた。その斜め前に腰掛けた女が、ビンの中で淡く光る魔晄をジッと睨みつけている。
その光景を横に見ながら、ザックスは部屋の奥にある扉へと向かった。
誰もザックスの姿に気づくことはない。
こんな機会はないと、ついでに胡散臭げな研究対象を見て行きたい気持ちもないわけではなかったが──今はそういう場合ではないのだ。
ザックスは、すばやく研究員達の足元を駆け抜け、宝条が1人で閉じこもっている個室の扉を通り抜ける。
この研究所の重要な情報が密集している場所でもある宝条の個室に入るためには、IDカード以外にも、網膜の照合や暗証番号の入力など、面倒臭いチェックが必要だった。
しかし、今のザックスは、人の目に映らない上に、機械やコンピューターでも認識できない姿だ。
邪魔するものは何もなく、そのまま、スー、と扉を通り抜けられてしまう。
「おーわー……これが実用化したら、マジでおっそろしいもんになるよなー。」
どこの軍事機密も、好き放題だぜ。
そう呟きながら、ザックスは己の両手のひらを見下ろす。
今の自分は、床も壁の抜け放題の状態で、何かしら行動を起こすことは出来ないけれど──、もしも。
あの「栄養ドリンク」が、誰の目にも留まらないようにして、危害を加えることが出来るようなものになったら?
「………………ソルジャーがコレを使うことほど、恐ろしいものはねぇよなぁ。」
神羅に所属している自分が思うのもなんだか、これはさすがに──マズイもんじゃないのか、と。
ゲンナリした気持ちで、首をすくめる。
どうも、面倒なことに巻き込まれたような気がしてきたと、ザックスは小さなため息を飲み込みながら、入ったばかりの部屋をグルリと見回した。
それほど広いわけではない部屋は、びっしりと棚で埋め尽くされていた。まるで、棚で迷路を作っているような状態で、碌に部屋の中を見回せない。
煌々と明るく照らし出す室内の照明が、そこかしこで長く濃い影を描いていて、子供の背丈では、まさに迷路以外の何者にも見えなかった。
「宝探しじゃねぇんだからさ……。」
ガリ、と頭を掻いて、しかも探してる「宝」がアレじゃ、やる気も失せると、ゲンナリした顔でザックスは、トン、と床を蹴った。
迷路の中に迷い込んだときの鉄則は、「冷静に地図を描く」「左手の法則」──そして、「地図の全体を把握する」だ。
せっかく浮かび上がって飛べる技を持っているのだから、さっさと棚の上から部屋の構造を把握するに限る。
そう思って、天井近くまで浮かんだ瞬間──……。
「…………ダメだ、ダメだ、ダメだっ! 誰だ、こんなところに、こんな式を当てはめたのは!」
──今、一番聞きたい声でありながら、同時に、出来るならば一生聞きたくなかった声が、部屋の中に響き渡った。
「──……あー……居るな。」
嬉しいはずなのに、なぜかガックリと肩が落ちるのを感じながら、ザックスは声が響いてきた方角に顔を向けた。
棚の上に詰まれた本と、その横に並べられたホルマリン漬けのガラスの筒。その向こう側で、何かが動いている。
顔を向ければ、鼻の先にエタノール臭と饐えた匂いを感じ取った。
それが何の香りなのかすぐに判断がついて、ザックスは小さく舌打ちする。
「あのおっさん、実験上がりかよ。」
また何の実験をしていたのかは知らないが──研究狂いというのは、まさに宝条のことを指すのだろう。
そして──そんな、実験あがりの……いわゆる、「ハイテンション」状態の宝条と面して、実験体さながらの姿を晒すのは、非常に不本意であった。
正直、実験あがりとか研究の只中の宝条には、何があっても近づきたくはない。
あんなのに平気で近づけるのは、ハイデッカーやプレジデントくらいのものだ。
「あぁ……ココだココだ、この数式が間違っておる。何を考えて、αをβと間違えておるんだ。まったく使えんやつらめ……。」
ブツブツブツと独り言をコンピューターに向かって吐き出しながら、カタカタカタ、と軽快なリズムで入力している。
ザックスは、やる気がなくなる気持ちを必死に奮い立たせて、一瞬で間合いを詰めると、宝条の横手に降り立った。
とたん、濃厚になる饐えた匂いに、顔を大きくゆがめて鼻を抑えながら、
「ほうひょーはらせー。」
とりあえず、くすんだよれよれの白衣に包まれた丸い背中に向かって、呼びかけてみた。
──が、答える声はなく、病的なほど青白い顔をディスプレイにくっつけてブツブツ呟く宝条は、深い隈が刻まれた目を細めながら、唇をヘの字にまげて、データを入力し続ける。
「αとβの値が違ってくるということは、つまり、結果としてこの性能も違ってくるわけで……あぁ、そうなると、やはりあの配合では効果が得られんということに……いや、待てよ……。」
何か1人でブツブツ呟きながらも、指の動きは止まらない。
「宝条博士ってば。」
今度は鼻をつまんでいた手を離して、少し大きめな声で呼びかけてみるが、男の曲がった背中が真っ直ぐになるどころか、動くことすらなかった。
カタカタカタ、と、データを入力する音と、それに伴って動くコンピューターの機械音だけが、ザックスの声に応えてくれる。
「──ふぅむ、そうか。そういうことになるか。これは厳しい数値だぞ。」
宝条の薄い唇から漏れる声は、かすかに掠れて聞こえにくかったが、これだけははっきりとわかった。
──ザックスの呼びかけは、まったくもって、聞こえていないらしい。
「宝条博士〜。」
無駄だろうと思いながらも、ザックスは指先でクイクイと、妙な匂いが染み付いている宝条の白衣を引っ張ってみるが、相手はその気配に気づくことすらなかった。
ますます体を乗り出して、コンピューター画面に魅入りこみながら、独り言を零し続ける。
「むっ! そうか──つまりココをこうすれば……、こうなるわけだから、つまり、ソルジャーに投与した場合の数値が…………っ。」
「ソルジャーに投与って、またなんか変な実験するつもりかよ、このおっさん……。」
ガリガリと頭を掻きながら、うんざりしたようにザックスは天井を仰いだ。
熱中しているときの宝条の集中力は、半端ではない。しかも、今ののめりこみ用を見るに、地震が起きても気づかないほどの集中力だ。
果たして、ザックスの声が「聞こえない」から反応しないのか、「集中していて聞いてない」から反応しないのか。
ザックスにとって、一番重要な部分が、これでは、サッパリ分からない。
「面倒くせぇなぁ〜……、ったく。」
小さく舌打ちして、ザックスは遥か上の方に見える宝条博士の横顔を睨みつけると、ぴょんっ、と飛び上がって、机の上に着地した。
元々は広いはずの机の上だったが、コンピューターや本や書類、ディスクがところ狭しと並べられていて、足の踏み場もない。
その中、ザックスは、堂々とディスクを踏みしめて仁王立ちすると、ディスプレイに額をつけそうなほどのめりこんでいる宝条博士の耳元で、思いっきり、叫んだ。」
「……なぁ! 宝条博士! 俺のこと、見えてる〜っ? 見えてなくてもいいから、せめて、俺が飲んだドリンクの仕様をメモった書類とかあるところ、教えてくれねぇ〜っ!?
あなたの、そりゃもぅ、とってもすばらしーぃ研究成果である、あの、栄養ドリンクについて、申し上げたいことがあるん、でーすーがーっ!!!!!」
ぴょんっ、と飛び上がって、宝条が覗き込んでいるディスプレイの横に浮かび上がり、思いっきり彼の耳元で叫んでみた。
さすがにこれは反応するだろうと思っての仕草であったが。
「ほぅほぅ、なるほど、なるほど。さすがは1stだな。これほどの数値を出すとは……っ!」
「…………聞けよ、おっさん。」
ビシ、と、思わず小さな手で宝条の頭にチョップをかましてみたが、やはり、宝条はピクリとも動かない。
この事実に、ザックスは、両肩をガックリと落とすしかなかった。
確かに、宝条博士は、研究中や興味があることに熱中しているときは、槍が振ろうが地面が割れようが、世界が終わろうが、知ったことではないという態度をとる。
──けれど。
こと、自分の研究の成果や、実験についての報告に関しては……「聞く耳を持つ」のだ。
だから、今の言葉で反応がなかったと言うことは。
「……宝条博士も、俺が見えてないし、聞こえてないって……、ことか。」
絶望にも似た気持ちが、チラリと胸を掠めるのを感じながら、ザックスはキリリと唇を噛み締める。
目の前で血走った目をディスプレイに注ぎ込み続ける男は、性格にも研究内容にも問題があるが、「天才」ではある。
自分が作った成果を確認できないような真似だけは、絶対にしないはずだ。
何かがある。──ザックスが「研究対象」として見られるような……今の状態のザックスを「目視」でき、「研究」できるような手段が、絶対に。
「考えろ、ザックス。」
宝条の横顔を睨みつけながら、ザックスは顎に手を当てて、低く呻いて頭をフル回転させる。
頭を使うのは苦手なほうだが、自分の命の危機にあるともなれば、話は別だ。
まるで戦場の只中に居るかのように、頭の片隅が冷え渡り、キン、と意識が冴えていくのを感じた。
考えろ、ザックス。
小さく胸の中で呟きながら、ザックスは宝条が嬉々として見ているディスプレイを見つめる。
今回のこの不始末が、宝条の研究の一貫だというのは、ほぼ間違いないだろう。
ならば、「幽体のザックス」を、目視なり触感なりで認めるような器具か何かを、用意しているはずだ。
幽体になった研究対象を「確認」できなければ、実験対象者がただ「死んだ」だけなのか、「幽体離脱」したのか、分からないはずなのだから。
「……幽体になった俺を、宝条がどうやって発見して、接触を図ろうとしていたのか……。
それさえ分かれば、それを使って、俺の意思が伝えられるはずだ──。」
むむむ、と眉間に皺を寄せて考えながらも、頭の中に浮かんでくるのは、「っていうか、俺達がドリンク持って任務行ってんだから、飲むかもしれないって思って、ずっとその機械か何かを身につけてろっつぅんだよ!」だとか、「こんなことやってる前に、キリア達が俺のことを報告してくれて、死体掘り返してもらうほうが早いかもなー」だとか、そんなことばっかりだった。
前者に関して言うならば、宝条はきっと、最初の1日目は、ウキウキとしてそれを装着するなりなんなりして、ザックス達のことを待っていたに違いないと推測できる。だがしかし、1日経っても、音沙汰がなかったので、「捨てられたか」と興味をなくし、次の犠牲者を探し始めたのだろう。──あまりにいつものことなので、ザックスでも予測するのは簡単だった。
「──あー、もー、どーするよ、オイ。」
ガリガリガリ、と頭を掻いて──これはもう、キリア達がミッドガルに到着するのを待つしかないか、と。
ザックスは、頭をガックリとうなだれさせた。
そうなると、キリア達がザックスの件を報告に訪れるまで、約1日。
それが宝条に伝えられるまで──正確には、ザックスの件に宝条のクスリが関わっていると認識され、宝条に報告されるのに、半日から1日くらい。それから、宝条を連れてザックスの死体を掘り返しに行くまで1日──いや、もしかしたら、幽体のザックスが捕まって、そのままイロイロ電磁波だの魔晄液だのにつけられて研究させられたりすると……ザッと一週間くらいは、缶詰だろう。
そうなると────────…………ようやく体とドッキングできる頃には、俺の脚の指とか、手の指とかが、ちょっぴり腐りかけてたりとか……しないよなぁぁぁぁ?
「……………………俺の立派な息子ちゃんまで腐っちまったら──機能しなくなっちまったら、どーするよ、ヲイ〜っ!!!」
ぅわあああっ! ──と。
考えるのも怖い現実に、思わず頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。
──その、瞬間。
ザックスが落とした視線の先に、運命の女神が微笑んでいた。
雑多に広がる机の上の、片隅。
書類と本に埋もれて、かすかに端が見えるだけの用紙に、
【肉体と幽体の分離薬の配合実験】
ザックスの現在を指し示すことこの上ない文句が、走り書きされていたのである。
つづく
……つづいちゃったヨー………………(苦笑)。
次で終わりです。