クラウド・ストライフの機密生活

混乱パーティ編 5













 パーティ会場と扉を隔てたフロア──エレベーターフロアには、人の気配が四つ。
 一つは良く見知ったルーファウス・神羅のもの。
 一つは、こちらも良く知ったタークスのツォンのもの。
 そしてもう一つは、つい先ほどルーファウスから紹介された、十何人目になるか分からない、彼の「恋人」のもの。
 最後の一つは──見知らぬ、他人の、狂気。

『何をしている! さっさと私を捉えるなら捕らえたらいいだろう?』

 ルーファウスは、見下すような口調で──朗々と響く声で、その狂気に向かって言い放つ。
 それを耳にすると同時、セフィロスは溜息を零したい気持ちになりながら、それを飲み込んで自分の左隣に立つ男に身を屈めた。
 ソルジャーは、五感が発達している。──聴覚もムダに発達してくれている。戦場では便利だが、こういう時は面倒なことだと思う。
「プレジデント、少々席をはずします。」
 美しい女を傍らに置いて、上機嫌な様子の社長の耳元にそう囁けば、彼はチラリと不機嫌そうに視線をあげて、セフィロスの淡く発光する眼差しを認めて、鷹揚な仕草で頷いた。
「早々に片付けて来い。」
 冷ややかな視線の一瞥を受けて、セフィロスは恭しく一礼すると、颯爽と踵を返した。
 ここで一言、「ご子息が危険に立ち向かわれてますよ」などと口にしたとしても、プレジデントは興味なさげに、ルーファウスにはツォンが着いていると返すだけだろう。
 彼は彼なりに息子のことを愛してはいるようだが、この場で「人気商品」を財界の方々に紹介することと、ルーファウスが素人に命を狙われているのとでは、前者の方に重きを置くことは間違いない。
 財界の面々に紹介されるのもウンザリだが、表の騒ぎを酷くさせて、厄介ごとを大きくするのもウンザリだ。

『ツォン、その銃を捨てろ。』

 他の人間には聞えないだろう声が、セフィロスの元には届く。
 その声を聞きながら、セフィロスは舌打ちをしたい気持ちになった。
 ルーファウスらしくない。──まったくもって、ルーファウスらしくない。
 あの、こずるいほどの聡明な頭脳を使えば、もっと上手く相手を口先三寸で丸め込むことくらいできるだろうに。
 なぜ、銃を捨てろなどと、バカげたことを口にするのか。
 苛立ちを胸の中に宿しながら、セフィロスは乱暴な足取りでパーティ会場の中を突っ切る。
 そして、エレベーターホールへと続く扉の前に立ち、そこに手を当てる。
 小さく扉を開いたところで、

『──ディアにこれ以上傷がついたらどうする?』

 先ほどよりもずっと良く響く声が聞えた。
 その、傲慢な言葉に負けたツォンが、カラン、とタイルの上に銃を落とす音が、セフィロスの耳の中にも響く。
 ディア。
 その名に、セフィロスは鼻の頭に軽く皺を寄せる。
 それは、先ほどルーファウスに紹介された金髪の美しい少女の名前だ。
 今まで彼が連れてきたどの娘とも違う、大きくて真っ直ぐなあおい瞳。
 確か──、
「クラウディア・ロックハートと言ったか。」
 少し怯えたような瞳で、それでも真っ直ぐにセフィロスを見上げ、白い透明感のある頬を、ほんのりと赤く火照らせた様が愛らしい娘だった。
 細身の体にはしなやかな筋肉がついており、格闘技の心得があるのは一目で分かった。
 ルーファウスにしては、女の趣味が良く──そして、か弱い娘が好みだと言う彼にしては珍しい選択しだと思ったから、名前も良く覚えている。
 気配の位置で分かってはいるが、その娘を「狂気」に盾にされて、ルーファウスは彼女を気遣う発言をしている。

──なるほど、そういうことか。

 つまり、ルーファウスの「らしくない台詞」は、その「不穏」さが宿る台詞を、パーティ会場内に居るセフィロスにわざと聞かせるため。そして現在の状況を的確にセフィロスに知らせるためであり──同時に、「何があってもクラウディア・ロックハートに傷を付けることなく、男を捕らえろ」という、命令であるわけだ。
「……ふん、そこまで気遣うとは、珍しいこともあるものだ。」
 普段のルーファウスなら、己の身に傷が付くことを嫌い、女性の体に一つや二つ傷がついても、顔色一つ変えないはずだ。
 ──替えの利く女に何があっても、気にはしないだろうに……「彼女」は違うと、そういうワケか。
 セフィロスは己の唇に笑みが浮かぶのを感じながら、一瞬後にはその表情を掻き消して、薄く開いた扉の向こう側へと身を躍らせる。
 タイルカーペットを軽く蹴って、風のようにエレベーターホールに飛び出しながら、一瞥することでフロア内の人間の配置を確認する。
 パーティ会場の扉のほど近くにルーファウス、そこから数歩先に丸腰のツォン。
 そのツォンから数メートル離れた所に落ちている拳銃を、通り過ぎ様に、彼の元に届くように軽く蹴飛ばした。
 そのまま先──トイレのほど近くに立つ男と女の真横を通り過ぎて……誰の目に止まらぬ速さで、「狂気」を持つ男の背後に降り立った。
 殺気を出したつもりはなかったが、半分ほど発狂していた「その男」は、何かを感じたようにゾクンと背筋を震わしかけた。
 そんな動きをすれば、少女の華奢な首筋に埋まりかけた首が無事に済むまいと──「ディアには傷を負わせるな」というルーファウスの裏の言葉を思いだし、男が反応をし終えるよりも早く、彼の右腕を掴んだ。
 「ディア」には触れさせないように、腕を掴み、それを右に思いっきり良く捻れば、ヒッ、と男が息を飲み込もうとする。
 その息が口の中から気管に入り込む「一瞬」を待つこともなく、セフィロスはその男を少女から無理やり引き剥がし──無造作に、右へ向かって払いのけた。
 ヒュンッ、と風が巻き起こるのと、目の前の男の向こうでルーファウスが満足げな笑みを浮かべるのとがほぼ同時。

 ドゥン──……っ!!

 少し離れた壁に男が叩きつけられ──少し遅れて、カラン、と軽い音を立ててナイフが床に落ちた。
 そのナイフの先端から赤い色が散り、それがタイルカーペットの上に小さな染みを作る。
 セフィロスはそれを認めて、柳眉を軽く顰めて見せた。
 タイミングを計らい損なった覚えはない。──だが、ナイフの先に血は付いている。べっとりと血の匂いはしないが、鼻腔を付く微かな血は感じる。
 そしてそれは、すぐ目の前で背を向けている少女から香った。
 むせ返るような──それでいて、甘い、魅惑の香り。
 香水に混じったその匂いに、セフィロスは不快気に眉を寄せたところで、
「──……っ。」
 フラリ、と、目の前の少女の体が緩く傾いだ。
 あまりの緊迫感に、気を失ったかと、腰を落として腕を差し伸べたところに、過たず少女の華奢な──しかし、見掛けよりはずっとしなやかでしっかりとした体が、ふわりと落ちてくる。
 のけぞる白い首筋に、うっすらと額に浮いた脂汗。
 ツヤツヤと輝く柔らかな唇と、おしろいを塗っているわけでもないのに透き通るような白い肌。
 甘い蜂蜜色の後れ毛が、少し乱れて頬にかかる様が、妙に艶めいて見えた。
「大丈夫か?」
 思ったよりも少し重い……けれど、片手で十分支えられるほどに軽い体を、床に膝を立てたその上に持ち上げれば、気を失っているとばかり思っていた娘の、大きな青い瞳が驚いたように見開いた。
「──せっ、……セフィロス……っ!?」
 かと思うと、瞬時に自分がどういう体勢になっているのか気づいたらしい少女は、慌てたように身じろぎ、セフィロスの膝の上から降りようとする。
 無言でセフィロスはそんな少女の背に手を貸し、彼女が床に足をつけようとするのを手助けしようとしたところで。
「──……くっ。」
 左足をタイルカーペットに付けた途端、ガクリ、と娘──「クラウディア」はそのまま床に膝をついた。
「どうした?」
「──な、なにも。」
 グ、とカーペットの上で手のひらを握り締め、何かを堪えようとするたクラウディアに向かって問いかければ、彼女はそれにフルリと頭を振り、そのまま立ち上がろうと床に両手をついた。
──その彼女の前に、ヒラリ、と手のひらが差し出される。
 兵士の物とはまるで違う、繊細で優美な手のひら。
 驚いたようにそれを見上げたのは、クラウディアだけではなく、セフィロスもまたそうであった。
 目をやれば、柔らかな笑みを浮かべたルーファウスが、目をパチパチと瞬く少女を促すように、小さく頷いたところだった。
「大丈夫かディア? 首だけではなく、足にも怪我を?」
 優しい──聞いたこともないくらいに優しい声に、セフィロスは軽く目を見張ったまま、ルーファウスと娘を交互に見やった。
 それから、──なるほど、と感心したようにゆっくりとその身を起こす。
 クラウディアは、戸惑うようにルーファウスの手と、彼の顔を交互に見た後──無言で睫を伏せて、己を抱き上げようとするその手に身をゆだねる。
「申し訳ありません、ルーファウス様。──お手間を取らせました。」
 リン、と響く声に混じる、後悔の色。
 それを感じ取り、ルーファウスは微笑を貼り付けながら彼女の腕と腰を取り、ふわりと立ち上がらせる。
 そのまま、片足をかばったように立ったクラウディアは、ペコリとルーファウスに頭を下げた後──ゴクン、と息を飲んでから、セフィロスに体を向けた。
「セフィロス、さんも──ご迷惑をおかけしました。
 わたしのせいで、お手数をおかけして、大変申し訳ありません。」
 そして、同じように頭を下げるクラウディアに、セフィロスは軽く眉をあげてみせる。
「……何を言われているのか良くはわからないのだが、あの男が狂気に走ったのは、お前のせいではないだろう?」
 チラリ、と意味深にルーファウスに視線を向けて笑みを貼り付ければ、ルーファウスはセフィロスの視線に込められたイヤミを感じ取ったらしく、ふん、と鼻で軽く吹き飛ばしてくれた。
「……いえ、そうではなく。──私は……、何もできませんでしたから。」
 それどころか、足手まといでしかなかった。
 そう、眉を寄せて細い首をカクリと折らせて顎を落とす少女の、ほつれた後れ毛が覆うきれいな白い項に、ゾクリと言い知れない甘い甘美なものを呼び起こされた気がして、ルーファウスはそれから視線を引き剥がせなくなった。
 クラウディアの体を支えるように肩を抱き寄せながら、クイと顎を持ち上げれば、悲しそうにゆがんだ大きな瞳が、微かに潤んでいるのが見えた。
 その白い喉に、赤い切り傷が数本──赤い色の血の筋を数本、滴らせていた。
 美しい宝玉が付いたネックレスの鎖に、血が薄く溜まるのを見下ろして、無造作に親指でそれを拭う。
「何も気にすることはない。ディア、君はその男を捕らえる手伝いはしてくれたじゃないか。」
 手を離せば、親指にクッキリと赤い血の跡が付いた。
 それを見下ろし──いつもなら、このネックレスはもう使えないと、そう思うのに……今はなぜか、そうは思わなかった。
 キレイな血の筋を生み出すその白い首が痛そうだと、そう思った。
「ですが──、ルーファウス様を、危険に晒してしまったのは、……わたし、です。」
 グ、と両拳を握り締めて、悔しげに喉で唸るように呟くクラウディアの頬に手を当てて、
「私に何の危険があったと? もし、危険があったとすれば、それはお前のせいではなく……。」
 言いながら、ルーファウスはチラリと壁際で男に手錠をかけているツォンに視線をやった後、おもむろにセフィロスにピタリと視線を止めて、
「ソルジャーの『英雄』のせいだろう?
 何せ、ココで何が起きているのか、私が『言う』まで、まるで気づかなかったのだからな?」
「それは……っ!」
 慌てて顔を跳ね上げるクラウディアに、ルーファウスは傲慢とも取れる笑みを浮かべた後、顎をしゃくるようにしてセフィロスに向かって命じる。
「それよりもディア、お前の傷の手当てが先だ。
 セフィロス、ケアルだ。」
「…………。」
 ふぅ、と零れかけた溜息を押し殺して、セフィロスはその場に再び恭しい仕草で膝を付くと、
「クラウディア嬢、その御肌に触れるご無礼を。」
 うっすらとした微笑を浮かべて、クラウディアの顔を見上げる。
 それに、驚いたようにビクンと肩を揺らすクラウディアの隣で、
「仕方ない、許す。」
 なぜか代わりにルーファウスが答えてくれて、ますます彼女は慌てた。
「えっ、え……あ、あの、ルーファウス様……っ!?」
「ルー様と呼ぶようにと言ったはずだが、ディア?」
「…………────。」
 なんと言っていいものか、困惑した表情でパチパチとせわしなく目を瞬くクラウディアに、セフィロスはフッと鼻で小さく笑うと、立ち上がりながらクラウディアの首元に手のひらを差し伸べる。
 そして、その手の中にフワリと柔らかな光をともすと、一瞬で少女の艶やかな肌に刻まれた傷跡を癒した。
 血の筋は残ったものの、首の傷跡と、そして足の爪先を苛んでいた痛みから解放されて、クラウディアは情けない気持ち半分、申し訳ない気持ち半分で、顔を伏せながら頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
「よし、それではディア、パーティ会場に戻ろうか。」
 ゆっくりとクラウディアが顔をあげれば、ルーファウスはこれでもう憂いは無くなったなとばかりに、満面の笑みを貼り付けながら、ポケットからハンカチを取り出して、それでクラウディアに首の血を拭くように告げた。
 クラウディアは目の前に差し出された香料の匂いのするソレに、少し疲れたような笑みを浮かべながら、軽く小首を傾げる。
「ディア、このハンカチはキレイだぞ。」
 ルーファウスの見当違いの台詞に、ますますクラウディアが困ったように顔をうつむけたところで。
「ルーファウス様、セフィロス。──いい加減、ディアの手錠をはずしてあげたらどうですか?」
 暴漢をきっちりと拘束し終えたツォンが、困ったような呆れたような顔で、クラウディアがいつまでもハンカチを手にしない理由を、あっさりと口にしてくれた。












 帰ってくるなり、クラウドはフラフラとベッドにうつぶせに倒れて、そのまましばらく動かなかった。
 その後ろから戻ってきたカシルが、二つの紙袋──もちろん、クラウドのデート用の服と、カシルの任務用の服が入ったものだ──を洗濯室に置いて、洗濯機を回して帰ってきても、まだクラウドはベッドの上からピクリとも動くことはなかった。
「クラウドー、お風呂どうするの?」
 しばらく観察して見守っていたクリスだったが、このまま放って置くとクラウドが眠ってしまうと気づいて、床を四つんばいで進み、クラウドのベッドサイドに顔を乗せて声をかける。
 その声に、クラウドは枕に顔を伏せたまま、モゴモゴと何か答える。
「ねー、クラウド。パーティどうだったの? 終わるまでずーっと居たんだから、楽しいことでもあったんじゃないの?」
 パタパタと床を足で蹴りながら、クラウドに問いかけると、彼はますます枕の中に顔を摺り寄せて、モゴモゴ、と答えた。
 そんなクラウドに、クリスは眉を寄せて、
「クーラーウードー。」
 手を伸ばして、軽くクラウドの足を揺さぶるが、彼は一向に答えてくれない。
 クリスはしばらくそのまま待った後、風呂に入るために着替えを取り出していたカシルを振り返ると、
「カシル、クラウドったら、なんでこんなに落ち込んでるの? 何かあったの?」
 そう険しい表情で問いかけるクリスの言葉に、クラウドがピクンと肩を跳ねさせる。

──何かあったな…………。

 クリスが無言で目を据わらせる。
「クーラーウードー〜? なぁーにがあったの?
 もしかして、ルーファウス様にファーストキスとか奪われちゃって、それどころかそれ以上のことまでされちゃったとか言うんじゃ……っ!」
「ないに決まってるだろ! クリスじゃあるまし!」
 思い付いたと言わんばかりに、大げさに驚いておののけば、クラウドはアッサリその引っ掛けに引っかかって、ガバッと枕から起き上がって、そう叫んでくれた。──余計な一言まで付けたしてくれて。
「…………クラウド………………。」
「……う、ご、ごめん──。」
 ジットリ、と、ベッドサイドから睨み付けてくるクリスの恨みがましい目に──確かに、あの時、ハイデッカーの恐怖の分厚い唇からクリスを助けられなかったのは、クラウドとカシルの失態だ──、慌てて枕に額を摺り寄せるようにして謝れば、クリスは憮然としたように鼻から息を吐き出した後、
「……ま、いいけど。
 ──で、何があったの?」
 ぱふ、と、再びベッドに顎を乗せて、問いかけてくる。
 その言葉に、クラウドは疲れたように目を閉じて──めまぐるしかった今日の休日……と言う名の、任務続きの一日を思い返した。
「…………俺は何もしなかったんだけど。」
 そう前置きして、ことの次第を──カシルに電話をしてから後のことを、簡単にかいつまんで話して行く。
 風呂に行こうとしていたはずのカシルまでもがその動きを止めて、いつの間にかクリスの隣にしゃがみこんで、クラウドのポツリポツリとした話に耳を傾けていた。
 そうして、そのすべてが話終わったところで、クリスとカシルの二人は、呆然と目を見開き──たっぷりとした吐息を唇から零す。
「それじゃ、何? クラウドは、セフィロスに助けてもらって?」
「膝の上に乗って。」
 余計な一言を零すカシルをギロリと睨み付けるクラウドの鋭い──けれど疲れで潤んだ愛らしい瞳には気づかなかったフリをして。
「セフィロスに怪我まで直してもらってっ?」
「ルーファウス様とダンス踊って?」
「また今度一緒に食事しようって、二人から誘われたのっ!?」
 クリスとカシルが肩を跳ね上げてベッドに上半身を乗り出してくるのに、クラウドは今度こそ沈没したようにガックリとベッドに全身を落とした。
「………………誘われてない。」
 憮然と枕に向かってぼやくクラウドの言葉に、カシルが、へーぇ、と意味深に片目を瞑ってみせる。
「お前が俺との待ち合わせ場所に現れた時のアレは、それじゃ、俺とお前が見た共通の夢だったのか?」
「……………………………………。」
 クラウドが無言でゴロンと向こう側に寝返りを打つのを聞きながら、カシルは口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「わざわざ? ルーファウス様とセフィロスが車で送ってくれて?
 降りるお前をエスコートしながら、『また機会があれば、今度は平穏な食事を。』って、言われてなかったか〜?」
「あれは社交辞令。」
 ずず、と、ベッドの向こう側に向かって移動していくクラウドに、往生際が悪い、と、カシルは溜息を一つ零す。
「えー、いいなぁ、クラウド。セフィロスさんにまで車で送ってもらったんだぁ〜。」
 うらやましそうに零すクリスの声に、クラウドは向こう側を向いた顔いっぱいに顰め面を描く。
 そして、無意識に首筋に指を這わせながら──ギリ、と、唇をかみ締めた。
 思いだすのは、セフィロスに会ったことへの高揚だとか、羞恥だとかそういうのではなく──あの瞬間に感じた、己の無力さへの後悔。
「……クリス、カシル。」
 低く唸るような声で、決意を滲ませて二人の名を呼べば、
「なーに?」
「どうした、クラウド?」
 軽い口調で返るクリスの返事と、今度こそ風呂へ行こうと立ち上がるカシルの返事に。
「明日、朝から早朝訓練に付き合ってくれ。」
「………………………………。」
「……………………………………あぁ、わかった。」
 思い詰めたような口調で頼んでくるクラウドの言葉に、クリスは目を丸くさせて、カシルは小さな溜息と共に頷いて見せた。
 そしてクリスとカシルは、グ、と拳を握ったクラウドの背中を見やりながら、互いに視線と視線で会話をしあう。

──やっぱり、ルーファウス様と何かあったんじゃないの?
──どこまでされたと思う?

 そんなことをルームメイトから疑われているとはまるで思いもよらず、クラウドは傷がキレイに消えた首筋を指先でなぞりながら、己の未熟さを噛み締め続けるのであった。







──この後しばらくの間、ルーファウス・神羅が「金髪の少女」を探して女性兵士を訪ね歩いたと言うのは、また別の話である。









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おしまい。


長らくお待たせしました〜。
いやー、まさか私も、こんな連載に一年近くかかるとは思っても見ませんでした……(汗)。

とりあえずパーティ編は終了です。


いろいろ視点が変わって見難くかったとは思いますが(しかも表現もクラウドだのディアだの少女だの少年だのと……)、最後までお付き合いくださってありがとうございました。





これからのほうが、まさに、クラウドは受難でしょう……(笑)。