クラウド・ストライフの機密生活

混乱パーティ編 3














 ほのかなバラの香が鼻を突く。
 それが、先ほどまで自分がいた化粧室から漂う香だと検討をつけながら、クラウドは零れそうになる溜息を必至で飲み下した。
 ゴクリと上下した細い喉を見て、その首筋に煌く刃を押し付けていた男は、唇をゆがんだ笑みの形に動かせる。
 そして、甘い白百合の香がするクラウドの髪に鼻先を押し付けるようにして、
「そうだ……そうやって、もっと恐がれよ? ──そうしたら、あのルーファウスも、さすがに顔色を変えるだろうさ……。」
 髪から覗く形良い耳に向けて、憎々しげな口調で、低く囁いた。
 とたん、恐怖を感じたようにびくりと背筋を震わせる腕の中の人質に、男はますます愉快げに笑った。
 その愉悦の笑い声を耳元に感じて、クラウドはさらに背筋を震わせると、あまりの気持ち悪さに震え始める指先を、強引に握りこんだ。
 突然、耳元で生暖かい息を吹きつけてくるから、気持ち悪さのあまり、ナイフの存在も忘れて、肘鉄と回し蹴りを放つところだった。
 マズイマズイと、首をすくめようとして──その首筋にナイフが当たっているのを思い出し、クラウドは自然と顎を上げるハメになった。
 その──他人から見たら、ナイフに怯え、困惑している美少女にしか見えない態度で、クラウドはチラリと背後から自分を拘束している男を目の端で確認しようとする。
 けれど、クラウドの両手を後ろ手に拘束し、もう片手で体をガッチリとつかみ取っている男の顔の位置が微妙で、彼が黒い髪をしていることくらいしか分からなかった。
 密着している体の感じからすると、中肉中背──少し背は低めか。
 ナイフを握っている指先は節だっていて、年齢は30代……いや、聞こえた声の感じからすると、まだ20代前半というところだろう。
 指先が荒れるような職業についていて──あぁ、彼の指先からは、かすかに油の匂いがする。
 少し心を落ち着けてみれば、たわいのないヒントから、数々のことが分かってくるのはいいのだが──……。
 …………ルーファウス副社長に恨みを持っているらしいことは分かるんだが、──それだけじゃな……。
 この相手が、「脅迫」の相手かどうなのかを見極めるのは、今回の自分の仕事ではない。
 ただ、確実に分かっているのは──「人違い」ではないと言うところか。
 彼は、自分がルーファウスのパーティの同伴者だと知っていて──そして、クラウドが1人になったところを狙った。
 虎視眈々と狙っていたかどうかは別として、チャンスを探していたのは確かだろう。
 そこへ、クラウドが1人でフラフラとパーティ会場から出てきて、化粧室へ消えたのだ。──まさに、カモがネギをしょってやってきた現場といったところだろう。
──あぁ、まったく……失態だ。
 今回のパーティ同伴の任務は、突発的なことだったから、ドレスの中にナイフも仕込んでなければ、指先に指輪型の通信機もSOS発信機も仕込んでいやしない。
 当然、いつものように自分の声や音がすぐに「チームメイト」に伝わるようなピアスやネックレスも身につけていなければ、髪飾りやブレスレットに見立てた武器もない。
 こんな状況で、武器になりそうなのって言ったら──と、視線だけで自分の喉下に突きつけられているナイフを見ながら……コレを取上げるのは、後ろ手に手首を掴まれている今の現状では、無理そうだと検討をつける。
 顔に傷が付くのを前提に、やっぱり、肘鉄と回し蹴りでもするしかないかと、クラウドは男に掴まれた手首の締め付け具合を確認する。
 相手はクラウドが女性だと信じて油断している。──だから、クラウドが全力で抗えば、腕が外れなくても余裕ができるはずだ。その瞬間に肘鉄を食らわせ、拘束が緩まった瞬間に回し蹴り……それから続けて……。
 と、そこまで思って、クラウドは柳眉を顰める。
──あぁ……ダメだ、ミュール履いてるから、俺、回し蹴りできない……。
 意識を足もとに持っていけば、踵の高いミュールのおかげで、グラグラしている事実を思い出した。
 ただでさえでも体格差でクラウドは不利な上に、ドレス姿で立ち回りはできない状態だ。
 不意をついて攻撃を決めないといけないが──ドレスとミュールの存在で、それは無理そうだと言わざるを得なかった。
 と、すると。
「いいか……騒ぐなよ。騒いだらその綺麗な顔に傷が残るぞ……。」
 低く、脅すつもりで男が、チャリ……と、金物を取り出した気配がした。
 その音を聞いて、新しい武器でも取り出すつもりかと──、このナイフ一本でルーファウスに復讐を果たそうと思っているわけではないだろうと思ってはいたが、音からすると銃ではなさそうだ。
 一体何を持って来たのだと、クラウドが緊張に背筋を固めている間に。
──カチャン。
 軽快な音とともに、男によって握り締められていた手首に、ヒンヤリとした物が音を立てたのが分かった。
「────…………?」
 まさか、と──恐る恐る指先でソレに触れようとすると、チャリ、と金属の音がする。
──手錠…………、だよ、な…………?
 その事実に気づくと同時、ドジった、という言葉が脳裏で鳴り響く。
 後ろの男がそんなものを持っているとは思っていなかった、というのは、油断していた理由にならない。
 後ろ手につけられてしまっては、手錠がどういう型のものか判断できない。玩具屋で売っているようなチャチなものならとにかく、電流が流せたり、発信機や自爆装置が組み込まれていたりする物なら──双頭に、マズイ。これで命を握られたような物なのだ。下手に反抗はできない。
「ちぃと鎖もきつめにしてあるからな……? 動くと、手首に擦れて跡が残るぜ、お嬢ちゃん?」
 いやらしい笑みを浮かべながら、男がナイフでピタピタとクラウドの首筋を叩く。
 その動作と同時に、日に焼けた顔がニュッと近づいてきて、クラウドは思わずブルンと大きく体を震わせた。
 そんな反応に気を良くしたのか、男は自分の腕の中に閉じ込めた「少女」の髪に顎を埋めると、
「おとなしくしてりゃ──あいつを殺した後に、あんたは解放してやるよ。」
 クツクツと笑い声を上げる。
 その笑い方がまた、ちょっと「イッちゃってる感じ」がして、クラウドは彼に見えないようにさらに顔を顰めた。
 密着した体の感触も気持ち悪いが、彼が喋るたびに鼻に付く匂いが、また悪寒を走らせる。
 アルコールではない、シンナーでもない……けれど、彼が「ドラッグ」をやっているのは確かだろう。
 そうでなければ、無謀にも「お偉いさん方とそのボディガード」が揃っているパーティで、強襲しようだなんて思わなかっただろう。
 しかも、中にはセフィロスが居るんだぞ……。
 喉元にナイフを当てられた状態で、しかも手錠まで仕掛けられて──それでも正気に冷静にそんなことを分析している余裕があるのは、一重に「その人」の存在が原因だ。
 ソルジャー1stであり、「英雄」である彼がいれば、なんとかなるはずだ。
 そんな漠然とした思いを頼りに、クラウドは、今は男に従う道を選んだ。
「わ……かりました……。それで、お……私は、どうしたらいいんですか?」
 捕まってしまったことが決定事項なら、今、自分がやるべきことは、「情報収集」だ。
 怯えた少女のフリを装いながら──あぁ、これがいつもの任務の最中なら、この会話はカシルやクリスに筒抜けで、すごく安心して任務に励むことができるのに……、そんなことを頭の中で悔やみつつ、目先で辺りの様子をすばやく伺う。
 パーティ会場になっている階は酷く静かで、重々しい雰囲気の扉の向こうとはまるで正反対だ。
 誰か出てこないものかと扉を見やるが、その気配は全くなく──クラウドは、にたり、と頭の上で笑う男の気配に、唇を一文字に結ぶ。
「まずは──俺と一緒に、部屋に行ってもらおうか? ……後は、あんたの大事な大事な恋人に、連絡でもしてもらわないとなぁ?」
 ──いや、別に大事じゃない。
 思わず即答しそうになった言葉を、慌てて飲み込むと、ちょうど良い具合に、驚愕に息を呑んだ美少女を装えた。
 そんなクラウドの反応に、男はますます愉悦を深めると、ナイフを突きつけたままの体勢で、来い、とばかりにクラウドを引き立てる。
 どうやら、パーティ会場に乗り込むのではなく、クラウドを人質にとって、何らかの交渉をする方向性らしい。──確かに、その方が成功確率は高いだろうが……それでも、確実に成功確率30%は切っている。
 何にしろ、引き立てられる道すがら、何か目印になるものを残した方がいいだろうなと、クラウドは手始めに指に嵌めていた指輪を落とそうとする。
 男の左手に左肩を抱かれるようにして引き立てられながら──指先に意識を集中していたクラウドは、踏み出そうとした一歩の感覚を失う。
「……ぁっ。」
 そういえば、自分が履いているのはヒールの高い靴だったっけ。
 そんなことを今更思い出しながら、ツン、と軽く前につんのめると同時、首元に当たったナイフが、──クラウドの熱で温められた刃先が、妙に冷たく感じ……、
「うわっ!!」
 悲鳴を上げたのは、なぜか男だった。
 彼は慌ててナイフを持っていた手を引くと──慌てて改めてクラウドの体を抱き寄せる。
 そのクラウドの喉に、薄く赤い線が走っているのを認めて、彼は目に見えて分かるほどに狼狽する。
 クラウドの喉元から遠ざけたナイフには、ほんの微量の赤い色が付いていて──彼はそれを、まるで恐ろしいものを見るかのような眼差しで見つめていた。
 その一連の動作に……もしかして、と、クラウドが目を眇めてみせるのと、


「何をやってるんだっ!!!!??」


──ようやく第三者の声が、フロアに響いたのとが、ほぼ同時……、だった。
















 上機嫌でグラスを傾けるルーファウスの白い頬が、ほんのりと赤く染まっているのを認めて、ツォンは彼に気づかれないようにソと溜息を一つ零した。
 あれほど、今日はアルコールは控えてくださいと言ったにも関わらず、見て頬が赤いほど飲んでしまったらしい。
──まったく、これが、脅迫状が届いている人間のすることだろうかと、溜息を止めることはできなかった。
 神羅の社長であるプレジデント・神羅宛に脅迫状が届くのは日常茶飯事だ。──そこから恨みが募って、息子であるルーファウスの元に脅迫状が来るのも、さほど珍しくはない。
 今回もそのようなもので──、それでも脅迫状が届いた以上、ルーファウスの警備を固めないわけにはいかない。
 にもかかわらず──自分の下に脅迫状が届いていたことを知っているくせに、デートの邪魔だと、ルーファウスは護衛をつけることも反対してくれて。
 説得に次ぐ説得で、ようやくしぶしぶ納得してくれたのが、「ツォン1人なら我慢しよう」の言葉。
 いくらタークスでも腕利きと知られているとは言っても、ルーファウスと恋人を守るのは、少々難問だ。
 行く先々に罠が張られている可能性も考えると、とてもではないが1人で護衛することなど承諾はできず……結局、タークスの1人と、「雑務処理班」に頼んで、女性兵士1人を、ルーファウス達の影武者に貸し出すようにお願いしてみたのだが。
 パーティ会場には、プレジデントの護衛という名目でセフィロスが来ることは分かっていたので、それまで頑張れば、負担は格段に楽になることは分かっていた。その上で、ルーファウスのデート工程も、裏から手を回して、防弾完備の車にヘリコプターなどを用意して、ロマンティックに演出したのだが。
 ──何がどうなって、こういうことになったのだろう……。
 挨拶にやってきた知り合いの重役に笑いかけている上機嫌の「ぼっちゃん」の顔を横目で見て、ツォンは眉間に皺を寄せる。
 当初の予定では、影武者とホテルの部屋で交代して、ルーファウスは恋人のアラニスは、ゴージャスにドレスアップしてパーティに参加するはずだった。
 それが、どこをどう間違ったのか──原因を追究すれば、紛れもなくルーファウスのワガママなのだが──、アラニスとは昼食後に「ケンカ別れ」をして……パーティは同伴が条件だったので、代わりの女性を慌てて探さなくてはならなくなり。
 正直、どうなることかと思っていたが、影武者として用意していた女性兵士をルーファウスが気に入ったのは、予想外ではあったが──本当に良かった。
 何せ、ルーファウスが彼女を気に入らなかったら、そこから改めて、彼が気に入る女性を探さなくてはいけなかったのだ。
 その点に関しては、ルーファウスの好みの中央を付いた美貌を持つ「クラウディア」には感謝している。この件が終ったら、特別ボーナスを渡したいと思っているくらいだ。
 けれど。
「……ココまで効果があるのも、考えものだな…………。」
 小さく……小さく溜息を零して、ツォンは上機嫌を隠そうともしないまま、挨拶に来た男と別れたルーファウスを見下ろした。
 ルーファウスは、火照った首筋に手を当てると、
「ツォン、ディアはまだ帰ってこないのか?」
 口元に笑みをうかべて、上機嫌そのままに尋ねてくるルーファウスに、ツォンは溜息を押し隠して頷こうとして──ふと、眉を寄せた。
「そういえば、……遅いですね。」
 チラリ、と時計に視線を走らせて、ツォンはルーファウスと共にパーティ会場をグルリと見回す。
 「クラウディア」のような美貌の主ならば、パーティ会場に一人で足を踏み入れた瞬間から、視線が集まることは間違いない。
 どこに居ても目立つことこの上ない人影は、その場にはまるで見当たらなかった。
 パーティ会場内で、一際目立つ人影といえば──少し離れたところで、プレジデントの後ろにひっそりと立つ、銀髪の英雄くらいのものか。
 白い容貌に無表情の仮面を貼り付けてはいるが……随分と機嫌が悪いのは、たやすく想像ついた。
 代わりに、その銀の英雄を背後に従えたプレジデントは、至極楽しそうであったが。
 それらをチラリと見た後、ツォンはふたたび時計に視線を落すと、そろそろ15分になろうかと、軽く眉を寄せる。
 いくら女性が身支度や化粧直しに時間がかかるとは言っても──これはさすがに長いだろう。
 そう言えば、少し足が辛そうな仕草を見せていたから、疲れて休んでいるのかもしれない。
「……ルーファウスさま。」
 小さく呼びかけて、ルーファウスにココで待つように──それも出来るだけセフィロスのそばに居るように言い置こうとした矢先、
「──よし、ツォン、迎えに行こう。」
 ポンッ、と──打てば響くような笑顔で、ルーファウスが提案した。
「………………はい?」
 素っ頓狂な声で、軽く目を見張ったツォンに、ルーファウスは宣言したとおりのことを行動しようと、クルリと踵を返して扉の方へと歩き出す。
「扉の前で待っていればいいだろう。
 さぁ、行くぞ、ツォン。」
 楽しげな表情で、ルーファウスは先へ向かって歩き出す。
 そんな彼に、ツォンはなんとも言えない顔を──苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見せたが、それ以上何も言わず、無言で副社長の後ろに従った。
──本当にまったく、一体何がどうなってこう転んだのか……。
 どうやらあの「女性兵士」は、随分とルーファウスに気に入られたようだ。
 上機嫌を絵に書いたようなルーファウスの背を追いながら、ツォンは周囲に警戒の意識を走らせる。
 パーティフロアの出入り口に当たる扉までは、ルーファウスの半歩後ろから辺りを見回していたが、彼が先立って扉を開けようとする段になると、しっかりその手を止めて、まずは自分が扉の向こう側の気配を確かめ……それから、ソロリと音も立てずに扉を開く。
 もっとも、このようなパーティの扉の外で、何か事件が待ち受けていることは本当に稀なのだが。
 ──パーティの最中の扉は、誰が開けてもおかしくはないのだから。
「ルーファウス様。」
 どうぞ、とベルマンのように扉を大きく開くと、ルーファウスは鷹揚にそれに頷き、スルリと部屋からフロアへと足を踏み出した。
 会場内に居るときは何も思わなかったが、空調が良く効いたフロアに出ると、中が熱気にあふれていたことが分かる。
 頬に触れる空気の感触が幾分軽くなったのに、ルーファウスはますます機嫌よさげに目元を緩めると、エレベーターの方角へと足を向ける。
「確かソファがあったはずだな?」
 ツォンは素早くそれに付き従いながら、ルーファウスの言葉に頷いた。
 ルーファウスは、会場内で気分を悪くした人のために用意されたらしい、ちょっとした休憩所のような空間のことを言っているのだろう。
 エレベーターの横手に、外が良く見える大きな窓がある、廊下から奥まった空間が用意されていて、そのソファに座っていれば、会場に出入りする人が良く見えるのだ。
 「クラウディア」が化粧室から戻ってきて、会場に入ろうとすれば、すぐに見て分かるはずだ。
「ちょうど、パーティにも飽きてきたところだから、いい気分転換になる。」
 ふふん、と鼻先で笑って、ルーファウスはチラリと頭の片隅で、どうせならこのままパーティをバッくれるのも手か、と考える。
 挨拶をしなければいけない人にはほとんど挨拶を済ませたことだし──このパーティが終るのを待っていたら、9時を過ぎてしまう。
 そうなれば、クラウディアとゆっくり話をする時間など、到底持てないだろう。
 それくらいなら、今からパーティを抜け出し、彼女を寮に送っていくついでに、どこかで軽く食事でも食べるというのも──悪くはない。
 一瞬で組み立てた予定に、なかなかいいじゃないかと、ルーファウスは悦に入った笑みを浮かべながら、
「そうだ、ツォン。この間オープンしたばかりの、レストランがあっただろう? あそこを……。」
 今から予約してくれ、と──続くはずだった言葉は、ツォンを振り返った瞬間、ルーファウスの口の中に消えた。
 振り返ったときに、チラリと視界を掠めたその光景に、ハッと意識が引かれ、ルーファウスは体ごと背後を振り返った。
 そのときにはもう、ツォンが懐に手を入れて、銃を取り出しながら背後に向けて鋭い視線をやっているところだった。
 ──その、視線の先。
 彼ら二人が立つ場所からは正反対側……右手に折れる角から、ちょうど二人の人影が姿を現したところだった。
 十分な明るさに満ちた廊下に出てきた二人のうち一人は、見覚えがなかった。
 けれど、彼に肩を抱かれるようにして現れた金髪の娘は──見覚えがあるどころではない。ちょうど今、二人がまとうとしていた娘だった。
「……ディア?」
 呆然と、ルーファウスが呟いた瞬間──突然、クラウディアがガクンとつんのめり……その動作に、慌てたように男が片手を振り上げるのが見えた。
 静寂をもつ廊下に、カチャカチャッ、と金物の音が鳴る。
 ツォンの視線が鋭くなり、彼はとっさにルーファウスを右手で抑えるようにして自分の背後に庇おうとするが……何が起きているのか、一瞬で理解した彼は、ディアが「兵士」だと分かっているからこそ、副社長の身を第一に庇おうと考えての行動だった。
 まだ、男もディアも、ツォンとルーファウスがココに居ることに気付いていない。
 今ならば──ツォンは、彼らに気付かれることもなく、二人の下に近づき……そして、不意を付いてディアを助けることが出来る。
 冷静に判断をして、ツォンは取り出した銃のセーフ装置をはずしながら、ルーファウスを振り返る。
 音を立てずに、会場に居るガードマン達にこのことを伝えるように頼もうとしたのだが。
 振り返った先で、ルーファウスは目を見開き、男の手に握られた──室内光をキラリとはじいたナイフに、目が奪われていた。
 そのナイフが、かすかな赤い色を纏っているのが見えたのは、一瞬の錯覚か、それとも──……。
「…………アイツ……っ。」
 瞠目し、低く唸る声をあげるルーファウスに、銃を取り出したツォンが、静かに、と囁くよりも早く──、グ、と拳を握りしめたルーファウスは、男が慌ててディアを抱き寄せなおしたのを見ると同時、
「何をやってるんだっ!!!!??」
 そう──怒鳴っていた。
 そのアイスブルーの瞳に、ランランと燃える怒りの色を、隠そうともせずに──……。





















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……思ったよりも長くなりそうなので、いったん切ります……。
すみません……。
次のコレの更新は多分、2月下旬……ゴホゴホ。

……っていうか…………ルークラ?(笑)