クラウド・ストライフの○○生活
──神羅カンパニーには、「英雄」がいる。
銀糸の髪をたなびかせ、すらりとした長身に長い刃を持つ日本刀を手に──その魔晄に染まった美しい瞳を前にすれば、どんな獰猛な獣も従順に死を待つしかない。
そう言われる──恐ろしく強い、「英雄」が、「英雄」として名をとどろかせたのは、ひとえに神羅の策略であったといえよう。
やっていることは戦争で、ただの人殺し──それを神羅の広報部は、ものの見事に「最強無敵の、この世のものとは思えないほど美しい英雄」として飾り立てた。
結果として、神羅はその美貌の英雄を最前線に、民衆の心をゲットし──また同時に、ウータイ戦の最終局面に向けての兵士増強&増員の効果を得たことになる。
そんなわけで現在、神羅カンパニーには、英雄のようになろうとやってくる若き青少年兵士が溢れており……彼らは、かねてから考えていた「とある部門」の増強を、考えはじめていた。
神羅カンパニーの本社ビル、13階、第一会議室。
第一会議室と銘打たれてはいるものの、ミーティングルームのような大きさしかないそこに、今季の新入社員たちがズラリと顔を並べていた。
正面のホワイトボードの前に立った壮年にも差しかかろうという男は、その並んだ緊張の色が見える顔をグルリと回して、満足げに頷く。
そして、チラリと横目で、そこに待機していた金髪の秘書へと視線をやった。
白い透き通るような肌と、赤いルージュを引いた女は、男の意思を読み取り、コクリと頷くと、窓辺に近づき、操作パネルに指を躍らせる。
とたん、小さなモーター音とともに、窓のカーテンが閉まり、室内は一気に外界と遮断された雰囲気になる。
小さなざわめき、息を呑む音──これから何が起きるか分からない新入社員たちを前に、男は静かに口を開いた。
「まずは、入社おめでとう、諸君。
これから、新入社員のオリエンテーリングを行おうと思うわけだが。」
穏かな口調に、新入社員たちの幼い容貌が、少しだけ和らぐ。
それを目に留めながら、彼はもう一度室内をグルリと見回した。
不安げな顔、緊張した顔、意気込み溢れる希望の表情、それから無表情──おや?
そこでグルリと回りかけた視線をふと止めて、男はたくさんの希望溢れた表情の中から、一際目立つ金髪に視線を止めた。
その容貌は、この中に集められた少年達の中においても、群を抜いて整っていた。
ここにいる少年達は、みんな、なかなかに造作が整っている……にも関わらず、その中においても目立つ、見事なハニーブロンドとその美貌。見事なまでに一目を惹くその表情は、他の誰のものとも違い、無表情だった──いや、違う。
ひきつけられるように視線を向ければ、ヒタリと己を見返すその青い──深い湖のような碧い双眸が、強い意志を秘めて感情を示していた。
意気込みと、気の強さ、そしてそこに潜む……不可解な、感情。
幼さの只中にある柔らかな頬の輪郭に、くっきりとした長い金の睫。その中で閃く大きな青い宝石。
ただ惜しむらくは、その子が、表情にあどけなさが無いのとは対照的に、体が痩身で小柄だというところだろうか。……見た目が、幼すぎる。──この場の中に埋もれても尚。
その少女めいた──いや、はっきり言って、どこの美少女が紛れ込んだのだとしか思えない顔には、覚えがあった。
この「会議室」に集められた面々を査定するときに見た書類を見極めながら、秘書と共に、「この部門で歴代屈指になるか、耐え切れず脱落するか」のどちらかだろうと判断した少年だ。
名前は──そう、「クラウド・ストライフ」。
雲という名を持つ少年は、その名とは違う、輝くような美貌と髪を持っていた。
──これほどの美貌ならば、人目に付きすぎて、使えないかもしれない。
けれど、使わないにはあまりに惜しい……容貌だけでそう思えたのは、これが始めてだった。
「……ん、こほん。」
一点で視線を止めて、そのまま顔をしかめて魅入る男に、秘書が、わざとらしく咳払いをして正気に促す。
その声を聞いて、初めて彼は自分の失態に気づき……苦笑を覚えるとともに、震撼したような感情を抱かずにはいられなかった。
立場上、綺麗な顔にも見慣れている自分ですら、一目見たら目が離せない美貌とは──恐れ入る。
少女めいた……いや、化粧も何もせずとも、絶世の美少女とすら例えられそうなその美貌から意識的に視線をはがし、彼はもう一度改めて新入社員たちを見回した。
口元に浮かぶのは、目の前にいる少年達を、ゾクリと背筋震わせる底意地の悪い笑み。
他の部屋で行われているオリエンテーションとは違い、この部屋に集められた少年達には、絶対の「黙秘」を要求しなくてはいけない。
そのために、入社試験後に行った様々な臨床データを、十二分に吟味してきたつもりだ。
目の前にいる彼らは、今から自分が語る「秘密」を、必ず守ることが出来る──例え命と引換でも。
プライドと責任感に溢れた前途のある少年達。
そんな彼らに、今から自分たちは──もしかしたら、ソルジャーになるよりも過酷で、苦しいことを強いるかもしれない。
それでも。
「最初に断りを言っておこう。
君達にはこれから、地獄を見てもらう。」
例年通り──いや、「あの部門」の新入社員を取っていないここ数期の間では、一度たりとも口にしたことがない言葉を、最初に口にする。
ビクリ、と目を見開き、子ウサギのように怯える子供達の中で、あの金髪の少年は、ただまっすぐに……ヒタリとこちらを見ていた。
「この中には、英雄セフィロスに憧れてソルジャーになろうと思っている者もいるだろう。
その道は酷く険しく過酷だ。
──そして、その険しく過酷なソルジャーへの道とはまた違う……地獄の道がある。
……君たちは今、その道のスタートラインに立つことを、強制されている。」
意味が分からず、ただ呆然とする彼らに、男は──地獄を見せるべき悪鬼の顔で微笑みかけながら、
「秘密を一言たりとももらせば、その瞬間に首が飛ぶ──たとえどこへ逃げようとも、逃れることはならない。
それでも、君たちは、これから先を聞く意思があるか?
誰も咎めはしない。ないなら、ここから即退室してくれ。
その後、こちらで退社手続きを取ろう。」
何を言われているのか分からない。
そんな表情の彼らに──選ばれてしまったかわいそうな生贄たちに向かって、男は、ことさらゆっくりと言葉を続けた。
「死か、生か。
これから先に待っているのは……ふたつにひとつしかない。」
彼は、何を言われているのか理解できない男達を前に、さらに淡々と言葉をつむいだ。
小さな──十数人が入れば満員になるような狭い第一会議室の中にズラリと並ぶ顔を──幼い面差しの少年達を見回しながら、その動揺が走った瞳と一つ一つ視線を合わせた。
「ここから席を外すことを、臆病者と咎める者は誰もいない。
このままここに残れば、それは死を示すかもしれないことだということを、知っていてほしい。
君達に大切な人が居るならば──または、秘密をどうしても抱え込める自身がないものは、この場から即刻立ち去りなさい。
それが、君の将来のためでもあり、同時に……君にとって大切な人たちの、幸せのためでもある。」
男はそこまで一気の続けると──チラリ、と腕時計に視線を落し、考える時間をやろう、と呟いた。
かと思うと、ただ呆然とし続ける少年達を置いて、部屋を出て行ってしまう。
ざわり、と小さく起きたざわめきに、不安の色が濃厚に表れる。
それを静かに見つめながら、窓際に立っていた秘書の女性が、す、と歩み出て、先ほどまで男が立っていた場所に立った。
少年達の不安と期待と──そして、挑むような眼差しを、リンと背筋を正して受け止めて。
「これから5分間、あなたたちに時間をあげましょう。
指揮官が戻ってくるまでの間、席を外して戻ってこないのも自由。このままここにとどまるのも自由です。
──ただし、このままここにとどまるなら、何が待ち受けていても、受け入れる覚悟をしてください。」
静かに、そう──告げた。
「彼女」は、そのカフェに勤めていた。 優しい色合いのダークアッシュのセミロングの髪を、くるんとカールで巻いた、愛らしい娘だ。 年の頃は15,6歳。少しだけおっちょこちょいで、時々お客さんの頭に水を引っ掛けちゃう以外は、物覚えもいいし、綺麗好きだし、何より笑顔のかわいい──看板娘だ。 普段はミッドガルにある学校に行っているため、彼女がバイトに入るのは土曜日と日曜日の昼間だけだ。 おかげさまで、このカフェは、クリスがバイトに入っている日だけは、繁盛する。 ──特に、日曜日は、全品半額以下セールでもやっているのかと思うほどの混雑を見せる。 その理由というのが──白いエプロン姿の良く似合うウェイトレスの彼女……クリスの2人の友達だった。 クリスがカフェでバイトをするようになってから、彼女の友達は、時々顔を覗かせることがある。 その2人というのが、愛らしい面差しのクリスとはまた趣きの違った美人で。 もともとクリス目当てにやってきていた客の口コミで、その2人を一目見ようと……もしくは、週に一度あるかないかの眼福をしようと、リピーターが続出しているのだ。 まさにマスターとしては、嬉しい悲鳴というべきか、泣きたい気持ちだというべきか。 今日も今日とて、その2人の友人は、カウンター席に腰掛けながら、いそがしそうに走り回るクリスをぼんやりと眺めていた。 カウンターに向かって左側に座っているのは、すらりとした背の短髪のクールビューティ。──黒い髪の襟足を長めに項に落とし、細い首筋を隠すようなタートルネックとマーメイドラインのロングスカートで、少し大人びた雰囲気がある。 右側に座るのは、その彼女とは対照的に明るい髪をふんわりと背中におろした、ハッと目を惹く美少女。幼くあどけない唇には、ピンクパールのリップが塗られていて、そのふっくらとした唇が愛らしい。 黒髪の彼女──カリアの前には、暖かなココアとクッキー。 金髪の少女──ディアの前には、マスターが先ほど作ったばかりのチョコレートプリンパフェ。 それにいそいそと長いスプーンを入れるディアの青い瞳は、キラキラと子供じみて輝いていた。──それがまた可愛らしく、鑑賞用には最適だ。 「ディアって、いつもここに来るとソレだよね。」 呆れたように頬杖をつきながら零すカリアに、ディアはウエハースを口に入れながら、む、としたように眉を寄せる。 「だって、こういうときじゃないと食べれないじゃないか。」 少し舌足らずに聞こえる声は、小鳥のさえずりのようにかわいいが、声は見た目から感じるものよりも、少し……低め。 「確かにそれは言えてる。普段、たくさん動いてるから、時々、むしょうに甘いものが食べたくなるんだよね……。」 言いながら、カリアはホットココアを両手で包みつつ──ふぅ、と溜息を一つ。 疲れすぎると、どうも血糖値が下がる、と口の中に続いたセリフは、あまり年頃の娘らしくない。 そのカリアの言葉に、うん、と大きく頷いて、ディアはチョコレートシロップがたっぷりかかったプリンにスプーンを突き刺す。 「うちの近くにも、よろず屋とか出来たらいいのに。 そうしたら、し……学校帰りに、チョコレートとか、クッキーとか、アイスとか食べれるもん。」 「食べるものばっかりね、ディアは。」 声がふと前から降ってきて、顔をあげれば──そこには、少し疲れたような顔のクリスが立っていた。 「そんなに食べてばっかりいると、太るわよ。」 「いい。もう少し太れって、このあいだ教……先生にも言われたし。」 ぱくり、と大きく切り分けられたバナナに食いつきながら、ディアが答えると、クリスはカリアと視線を交わして、微妙な顔つきで笑った。 「それに、そんなに言われるほど食べてない。──パフェだって、二週間ぶりだし。」 ディアがその視線に何を思ったのか、少しだけ早口でそう呟く。 そんなディアに視線を向けて、やれやれ、というようにカリアは軽く肩を竦めた。 「毎日のように来れたら、毎日のようにパフェを食べてるんじゃないの、ディアは?」 「そんなことないよ。あと、食べてないのは、抹茶パフェとマンゴーパフェだけだし。」 「……コンプリートするつもりなの、もしかして?」 呆れたように見下ろしてくるクリスに、うん、と頷いたディアは、そこでふと、見上げた先にあるクリスの微妙な顔つきに気づいた。 クリスは、申し訳なさそうな、そうではないような──そんな顔になっていたのだ。 「──クリス、もしかして……?」 大きな青い瞳を、零れんばかりに見開くディアに、クリスは顔の前で掌を縦にして、コクリと頷く。 「ぅん……ごめん、ディア。目標金額、溜まりそう。」 それはつまり。 「……クリス、やめちゃうの……?」 「うん──今日、マスターに、来週いっぱいで、って、言っちゃった。」 なぜか辞めるほうのクリスではなく、ディアのほうが泣きそうな声に見えた。 けれど、実際のディアの顔は、無表情に近く、少しだけ眉を寄せただけだ。 クリスがディアに向かって呟いている声を聞いた客達が、大きなざわめきを起こすのを聞きながら、カリアは小さく吐息を零しながら、ディアの背中を叩く。 「しょうがないでしょう? クリスはもともと、病気のお母さんの入院費をためるため、──っていう約束で、バイトを許可してもらってるんだから。」 「でも……クリスが居なくなっちゃったら、もう、パフェ……食べにこれなくなるじゃないか。 しかも来週って……来週は、し──補修が入ってるから、これないのに……。」 しゅん、と頭を落とすディアの緩くウェーブを描いたサラサラの金髪の髪を指先で撫でながら、カリアはディアの顔を覗き見ながら、パフェ、とけるよ? と首を傾げる。 それにコクリと頷いて、ディアがパフェに取り掛かり始めたところへ、 「ディアちゃん、クリスちゃんが辞めたからって、ここへ来るの辞めちゃうなんて寂しいこと言わないでよ?」 親しげな声で、マスターが顔を覗かせた。 ニッコリ笑う顔に、人の良いおっとりした口調。 誰もが思わず、ほ、と胸を撫で下ろしたくなるような雰囲気と人の良さを感じさせるカフェのマスターは、困ったように眉を寄せるディアに向けて、軽くウィンクしてみせた。 「ディアちゃんがうちのパフェ目当てにここに来てくれるって言うなら、僕、明日っから新しいパフェの創作とかしちゃうからさ? だから、辞めた後も、みんなで遊びに来てよ。」 そう笑うマスターに、ディアは頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯く。 その仕草は、マスターもディアがここへ来るようになってから何度も見ているので、──まだ僕に慣れてくれないんだねぇ、と、苦い笑いを浮かべるだけで、おかしな勘違いはしない。 ──ディアが、極度の人見知りでだということは、クリスからも良く聞いて知っているからだ。 そんなディアが、いつか1人でこのカフェを訪れてくれる日は来るのだろうかと、マスターがこっそりと残念な溜息を零す。 クリスは、そんなマスターにニッコリ笑い返して、 「そうですね、また、暇が出来て──先生の目をこっそりと盗むことが出来たら、みんなで食べに来ます。」 そう言った。 その言葉に、恥ずかしそうにパフェをつつくディアも、ココアを両手で包んでいるカリアも。 ──そんな日が来るわけないってこと、よーく知ってるだろうに……キツネめ。 小さく胸の中で呟いていたなんてことを、クリスはとにかくとして、マスターも──店の客達も、ぜんぜん、まったく、気づいている様子はなかった。 |
──幾人かの少年達が、部屋を出て行った。
その行動に、何人かが不安を示し──それでも、意地のように、キュ、と唇を噛んで黙ってとどまっていた。
時計の針の音だけが、異様に響く小さな部屋の中に、「指揮官」と呼ばれた男が戻ってきたのは、きっちり5分後。
彼は、入ってきてすぐにいくつかの空席に目を走らせ、そのまま秘書に視線をやった。
秘書は心得たように頷き、手元の出席簿にいくつかバツを走らせる。
それを目にも留めず、男はそのまま元の場所に戻り立つと、緊張の面持ちを崩さない──それどころか、最初に男が部屋に入ってきたときよりも一層顔を青くさせる新入社員たちをグルリと一巡して、口を開く。
「君達が希望している治安維持部門には、いくつかの所轄がある。もちろん、そのほとんどの構成は兵隊による軍部組織だ。
君たちは、その中で一般兵として──または、将来、ソルジャーとして活躍することだろう。」
ソルジャーの名を出した瞬間、部屋の中の空気が変わったような気がした。
──そうだ、ここにいる少年達もまた、少数精鋭で戦争に勝利していくソルジャーに……幼い頃夢見たヒーローの姿を反映しているのかもしれない。
それは、……ただの人殺しに過ぎないのだということを、一年後には思い知らされているだろうが。
それでも。
ここに居る少年達は、神羅の入社試験の一つである「精神鑑定」に近い心理テストを受けている──その結果で、兵士としての心理的苦痛に耐えられるという結果を得ている。
だから──人殺しも出来るはずだ……平和の、大切な人を守るためなら。
「君たちにはこれから、厳しい訓練を受けてもらうことになる。
銃の扱い方、格闘技、戦略、マテリア、──また同時に、16歳以下のものには、基礎科目と呼ばれる勉学にも励んでもらうことになる。
最低限の読み書きと計算、そして機器の扱いくらいはできないと、一人前の兵士にはなれない──生き残れないからな。」
ごくり、と息を呑む音が聞えた。
けれど、その音が聞えるのはまだ早いと、冷静に男は思う。
「厳しい訓練だ。──けれど君達には、それ以上に厳しい訓練を受けてもらうことが決定している。」
ざわっ……。
飛び起きたざわめきは、「彼ら」が、自分の身体的不利に気付いているからだろう。
見回せば分かる。
年齢にしては華奢で背丈も低い者ばかりが集まっている。
もしかしたら、と、疑問を抱く者も居たかもしれない。
ここに集められたのは、「止めさせるため」なのではないかと。
けれど、それは違う。
その誤解を解くために、男は重々しく口を開いた。
「先ほども言ったと思うが、治安維持部門には、陸・海・空軍以下各部門のほかに、ソルジャー部隊が存在し──そして、さらに他にもいくつもの課や部が存在する。それは、入社説明会時に受け取っただろう社内要綱に記されているので見ておくように。
そして、治安維持部門だけに限らず、すべての部門には、その要綱には記されていない特殊な部門が存在する。
決して表だっては活躍しない、裏で行動をする隠密組織とでも言おうか……あぁ、先に言っておこう、『タークス』ではない。
神羅の中では一般的に、そのような特殊部門を総括して『特殊工作部隊』と呼ぶ。」
幾十もの視線の問いかけに、断言して、彼は必死で自分が与える情報を飲み込もうとしている可愛らしい新入社員たちを見つめる。
──今年は、確かに、豊作だ。
セフィロスさまさまだと、思う。
けど……これだけの黄金の粒が居ても、本当の黄金になれるのは──一握りだ。
一体、一年後に、どれだけの「生徒」が、一人前の特殊工作員として行動をしているのか……彼にもわからない。
「君たちは──その、特殊工作部隊に所属する可能性があるとして、ここに呼ばれている。」
告げた瞬間──室内に走った戦慄は、例えようがなかった。
恐怖、困惑、不安、興奮、期待、──無いまぜになった、「特別」へのさまざまな感情は、男も良く知っていた。
そう、──自分が「特別」なのではないかと言われるのは、とても心地がいいものだ。
けれど、彼は、目の前の生徒になるかもしれない少年達を有頂天にするために、口にしたわけではない。
彼の役目は、これから彼らを、どん底に引き落とすことだ。
「君たちが所属する可能性がある部隊は、機密性と極秘性が高く、決して他言無用──自らがそこに在籍していることを、教官どころかルームメイト、友人、知人、家族、恋人……その誰にも知られてはならない。」
淡々と口にしながら、そこで一度言葉を区切って。
「もし知られた場合は、その命を持ってあがなうことになる。」
冷ややかな視線と言葉で続けた。
とたん、ひっ、と喉が引きつる音がする。
──あぁ、それが正常な反応だ。
けれど、君たちはもう──逃れることはできない。
先ほどの5分間の間に、君たちは、「退出」しなかったのだから。
「特殊工作部隊の存在は、公認の事実であるが、それが実際にどのような部隊で、どのような任務があるのか──一切開かされてはならないし、あかしてはならぬ。それを破った者もまた、死あるのみだ。
そして、お前たちが特殊工作員であることは、誰にも知られてはならないが故に……君達は、特殊工作員であると同時に、一般の兵士としての仕事もこなさねばならない──君達の上官にすら、君たちが特殊工作員であることを、知られてはならないからだ。」
徹底した秘密主義。
その言葉を、彼らの脳裏に叩きつける。
恐怖と絶対の服従を。──どれほど自分たちがこれから任させる部隊が、恐ろしく……特別なものなのか、知らしめるために。
「特殊工作員に誰が所属するのかを完全に把握している者は居ないし、お互いに確認することも許されてはいない。
こうしてここにいる私たちも、君たち以外に特殊工作員の仕事を誰がしているのかを知りはしない。
その意味が分かるな?」
下から睨み竦めるように視線をやれば、ゴクリと喉を鳴らす幾つもの顔。
その中に、金髪の少年が、気圧されたのを必死で我慢して、睨みつけてくるのが見えた。
──上等だ。
「もちろん、君たちがこれから講義を受ける担当教官も、君たちが将来配属されるだろう部隊の隊長ですら、君たちが特殊工作員であることを知ることはないし、知ってはならない。
言い換えれば、ソルジャーたちですら、タークスですら知ることができない部門──それが、その機密部隊だ。」
その機密性の高さゆえに、決して、所属することを知られてはいけない。
それが故に、下されたミッションはコンプリートが前提。正体がばれた瞬間に、自らの体を爆破してでも跡形の残らない死を選べ。
……生身の人間にそれを強いるのは酷だと思うほど、ソルジャーやタークスにはない、厳しい戒律が待っている。
「地獄を見ることになるだろう。
一般兵としての訓練と仕事も当然してもらう。
その上で、この部隊の仕事と訓練も受けてもらう。
精神的にも肉体的にもギリギリだ。それは、想像を絶する苦痛かもしれない。
──その上で、お前達に再度問う。
いいか、ここまで聞いた者は、途中退職はできない。
途中でこの任務を降りることはすなわち、死を示す。
君たちにその真意を問うのは過酷で、かつ残酷だとは思うが、ここに残ったものはみな、精神的にも肉体的にも適任であると判断されている。
もし、なんらかの事情でこの任務を遂行できなくなった場合は、別の極秘部隊に移ってもらうか、もしくは──精神操作を行うことすらある。」
ここまでの過程を、固唾を呑んで聞いていた面々から、ざわめきが起こる。
ざわ……っ。
先ほどとは比べ物にならないザワメキに、男は表情には出さずに、ほくそ笑む。
──ようやくこの子供たちも、自分たちがとんでもない部門に配置されるかもしれない危機感が、脳みそに浸透してきたらしい……、と。
彼はそこで改めて、少年達をグルリと見回し、声も高らかに尋ねた。
「さぁ、ここでもう一度問おう。
君たちは、それでも──この部隊に所属するか?
面だって誉められることもなければ、存在すら知られてはならない。
君たちの、プライドと責務と自己満足──あとは金銭面と、上層部とのコンタクト。それくらいしか、手に入るものはないぞ?
もし、ここで辞退したいと思う者があれば、遠慮なく言ってくれ。
退社という形を取ることはできないが……精神操作をおこない、この話しは忘れてもらう。」
ふたつにひとつだ。
そう告げられた言葉に、覚悟を決めた者と、うなだれる者と──その二つに完璧に別れたのを認めて、男は窓辺に黙って立っていた秘書へと目配せをした。
彼女は心得たように頷き、扉の方へと歩み寄ると、「脱落者」たちに向けて穏かに微笑むと、
「大丈夫よ。貴方達のこれからの出世には、何も影響はしませんから。」
さぁ、と背を押し、その姿を残る者たちの目から隠すように促して部屋を出ていった。
その先には──科学部門があることは間違いようもなく。
完全に視界から消えた新入社員たちのことは、全て脳裏から取り払い、男は改めて目の前に座る……自分たちの部門にとっての「黄金の粒」たちを見据えた。
「……諸君、ここに残った君たちの勇気と、敬意を評価しよう。
それでは、君たちに、一番最初にやってもらわなくてはいけないことを教えよう。
まずはこれだけを身につけるのに、1ヵ月の猶予を申し渡す。
それが──君たちが所属する機密部隊「D」の、一番初めの課題だ。」
彼は穏かに見える微笑みすら張り付かせながら、ゴクリと──期待と不安と責務に満ちた少年達の瞳を見返して。
おそらく、彼らが一瞬たりとも思っていないだろうことを口にした。
「1ヵ月後の今日、この時間──君達には、完璧な女性になってもらう。」
神羅カンパニーの訓練生のみが入る社員寮。
──とある英雄の影響で、社員が増えたため、新しく建てられた色々完備された寮には、ソルジャーや上等兵に当てられたため、彼らが抜けた後の古びた寮に、下級兵や新入社員が入ることになる。
その、古びた小さな6階建ての寮の入り口を潜った少年は、軽い足取りで寮監室の前を通り抜け、IDカードを通して、寮監室の表示部分に自分のチェックが入ったのを確認する。
古い寮のくせに、こういう「社員を見張る機能」はしっかりついているのだ。
栗色の髪をした少年は、疲れたように首を捻りながら──コキリと音を立てたそれに、小さく眉を寄せながら、階段を駆け上がっていく。
3階まで一気に駆け上がると、少しだけ息があがった。
それでも、ここに入社した当初にくらべたら、随分と体力がついたほうだ。
目をあげれば、目の前には「3階の共同トイレ」のドア。
そして左右に広がる廊下と、廊下を間に挟んで左右に等間隔に並ぶ部屋のドア。
一つの階には、8つの二人部屋と2つの三人部屋が設置されている。
三人部屋は廊下の突き当たりにそれぞれ二つあり、大きなワンフロアの「住居兼寝室」が一つだけあるかわりに、二人部屋にはない浴室とトイレが完備されているのが特徴だ。──ただし、ワンフロアにベッドも机もクローゼットも押し込められているので、プライベートが全くなく、二人部屋と違って友達を連れ込んだりすることもできない。
逆に二人部屋は、ベッドしか置くスペースがないものの、ちゃんとそれぞれの寝室が用意されている。
かわりに、風呂もトイレもなく、各階にある共同トイレと、一階にある共同風呂を使用するしかないのが現状だ。
どちらがいいかは、それぞれ本人の「重要箇所」次第と言ったところだろう。
廊下の左右に並ぶ二人部屋のドアの間をすり抜けるようにして、少年は東側の突き当たりにある三人部屋の自室に向かった。
部屋の扉には、IDカードを通すところがあり、そこに手馴れた仕草でカードを通すと、ピ、と解除ランプがついた。
彼はそこでノブを回して、部屋の中へと入る。
すると、すぐ目の前にはかけられた布地──暖簾の要領でそれを手の平で押しのけると、目の前には見慣れた自室が広がっていた。
「たっだいまーっ!」
明るく手をあげて挨拶をしながら、ドアを閉める。
実を言うと、この部屋に押し込められた新入社員当初は、布なんてかかっては居なかったのだ。
けれど、誰かが出入りするたびに、外から丸見えにしかならない部屋の構造に──何せここは突き当たり部屋で、ドアを開いたら廊下の向こうまで丸見えなのだ──、寮生活にプライベートはないとは言っても、これはあんまりだと言うことで、同室者三人の意見の一致のもと、つけられたものである。
それのおかげで、何度か助かったこともあるため、今では布さまさまである。
「お帰り、クリス。早かったじゃないか。」
声をかけたのは、二段ベッドの下に腰掛けた黒髪の少年だ。
膝の上に雑誌を置いているようだが──たぶん、おとつい発売された「SHINRA」であろうことは想像に難くない。
彼もまた、この神羅カンパニーの英雄「セフィロス」に憧れているから──そのセフィロスの特集が組まれた記事が載っている雑誌を、見逃すはずはないのだ。
「事情聴取は、もういいのか?」
首をかしげながら尋ねてくるのは、ロフトベッドの手前で、鉄アレイで筋肉をつけようと頑張っている金髪の少年だ。
人見知りが激しく、表情に乏しく、さらに人付き合いも下手だと折り紙付きの、人間づきあいの不器用な少年──クラウドは、やはり表情が変わらない顔で、けれどその大きな青い目に、少しだけ心配そうな色を浮かべて、クリスを見つめる。
笑えば、絶対にかわいいし、クラウドを生意気だと苛める人たちだって、すぐにとろけるに違いないのに……というのは、同室のカシルとクリスの心の中の言い分であったが、クラウドは決して自分の素の顔が可愛くて美人であることを認めようとはしなかった。そして、表情筋が豊かではないため、笑うどころか、顔の筋肉が緩むことすら珍しい。
「うん、僕が無関係だってことは、店のお客さん達がバッチリ証言してくれましたから。」
右手の指先で「マル」を作って、自慢げに笑うクリスに、そりゃ良かったな、とカシルがそっけなく言う。
そのまま続けて、
「報告書の提出はいいのか?」
と尋ねてくるのに、これもまたマルを作って答えてみせる。
「今回の任務は、クスリ売買と裏情報流出の証拠を提出義務があるだけデス。だからもう、おしまい。
あ〜、これで僕、次の任務がくるまでお休みだ〜!」
背中に背負っていた大きめのリュックを投げ出して、クリスは床にそのまま転げる。
そんな彼に、すぐ近くに座り込んで上腕を鍛えていたクラウドが、少し残念そうに睫を落とした。
「──マスター……、やっぱり、第一級犯罪者扱いになるのか?」
少し伏せた睫が、白い頬に薄い影を落とす。
憂う表情は悩ましげで美しく、思わず溜息が零れそうになる──のだけれど、いい加減同室になって一年も経てば、その表情にハッと目を引きつけられるのも少なくなってきた。
「そりゃそうだろ。──よりにもよって、あの、神羅の科学部門のヤバイクスリを盗んで流出してた……なんて、どんな弁護士を雇っても、逃れることはできないさ。」
トントン、と、手にしていた雑誌を指で叩きながら、カシルが呟く。
その言葉に、クラウドは暗い色を宿した瞳を伏せて、
「……結構、人のよさそうな人に見えたんだ……。
……パフェもおいしかったし。」
どちらかというと、前者よりも後者の呟きの方に本意が見えて、カシルとクリスは呆れたような視線をクラウドに当てたが、飾り立てられた可愛らしいパフェを、本当においしそうににこやかに食べていたクラウドの珍しい破顔を覚えていたから、あえてそこを突っ込むことはしなかった。
滅多に笑わないクラウドが、無条件に笑みを零すくらいなのだから、よほどあのパフェは美味しかったのだろう。──クリスもカシルも、生クリームの多さに見ているだけで胸焼けをして、食べたことはなかったけれど。
「あの人のアレは、女に対してダケだよ。」
クリスは、ゴロリと俯けに床に転がりながら、クラウドを見上げる。
眼を細めながら思い出すのは、「任務」で、バイトしていた先のカフェのマスターの顔だ。
穏やかそうな笑みを浮かべたその奥に瞬く好色な色が見えなかったのは、クラウドだけだろうと思われる。
ニコヤカな笑顔で、自分の腹黒さを隠すなんてことは、スラムの町では、そう珍しくない。
あのカフェのマスターも、その一人で──せこい裏商売に手を出していればこれほど大事にはならなかったのに、よりにもよって、神羅になんかに手を出すから……あんなことになるんだ。
そのことを思い出しながら、クリスは唇を軽く尖らせて、
「──ほーんと、女の子には、優しかったよね。
……特に、クラウドには。」
意味深に、チラリ、とクラウドを見上げて見せた。
「──……俺は女じゃない。」
クラウドはクリスの視線を受けて、憮然として眉をかすかに寄せる。
その、かすかな苛立ちの滲んだ顔に向けて、カシルは小さく溜息を零す。
「でも、『ディア』は女だ。」
「────……、あれは……、俺じゃない。」
憮然とした表情をますますブッスリとさせて、クラウドはクリスとカシルを軽く睨みつける。
そうやって上目遣いに睨みつけられても、かわいいばかりで怖くないんだけど──と、クリスとカシルが同時に思ったことはさておき。
「ディアは美人だったしねぇー……。
さっきもさ、事情徴集が終ったあとに、お客さんたちから、『これに懲りて、スラムに来ないなんていわないでくれよ。良かったらディアちゃんのPHS番号でも……!』とか、言われちゃったしぃ?」
わざとらしくクリスが声を跳ね上げて首を傾げて呟くと、ますますクラウドは憮然と唇を歪めて、もくもくと鉄アレイを上下に動かし始める。
その動作がまた可愛らしく見えて、クスクスとクリスは喉を震わせて笑い声を必死に堪える。
クラウドが、「ディア」の姿を好いていないのは、クリスもカシルも知っている。
それを言うなら、クリスだってカシルだって、クラウドのロフトベッドの下にあるドレッサーの、二重になっている奥に隠してある「服」を着て、「カツラ」をかぶっての「任務姿」は、あまり好きではない。
それを身につけて、悲しいくらい慣れてしまった「神羅兵(男)」とばれないための念入りなメイク──けれど厚化粧には見えないように工夫したソレ──をほどこした自分の姿を鏡で見るときは、ささくれた嫌悪を覚えるのだって本当だ。
たとえ、任務であったとしても、──好き好んで女装しているワケではないのだから。
「そうだな……クラウドがカウンターに座ると、とたんにマスターはニヤニヤして、背筋が正されてたな。」
クラウドが一気に機嫌を悪くさせたのに気付いていながら、カシルがボンヤリと雑誌に視線を落しつつ呟く。
たとえ化粧をしていなくても、クラウドは綺麗だ。──本人は絶対にそれを認めないだろうが、今のように素の姿であっても、クラウドは美少女めいて見える。ただその青い眼差しだけが、か弱く華奢な美少女の印象を覆すだけで。
そのクラウドが化粧をして、かわいい服を着れば──それはもう、一緒に歩くのがイヤになるくらい、視線の的だった。
カシルやクリスが密かにガードしていなかったら、クラウドは「ディア」の姿でスラムに降りるたびに、手篭めにされる危機に陥っていたに違いない。
そのことに、どうしてクラウドは気付いていないのかと、カシルは小さく溜息を零しながら呟いて見せたのだけれども。
カシルの言葉を受けたクラウドはというと、唇を歪めて、
「……それは、カシルが居たからじゃないのか?
カシルだって、美人だったじゃないか。」
手にした鉄アレイを、ごとん、と床に置きながら、挑発的に見上げてくる。
キラキラ光る青い瞳を見返して、カシルはクリスと一緒になって揃って溜息を零す。
──自覚がない。
「言っておくけどな、クラウド? 俺はあの人に手を握られたこともなければ、肩を抱かれたこともない。」
「──うん、あれは困った……ばれたかと思った。」
顎を鎖骨につけるように俯いて、小さく零すクラウドの呟きには、
「クラウドがディアだってばれてたら、僕なんてバイトの面接の段階で、男だってばれてるよ。」
コロリ、と仰向けに転がったクリスが、答えて見せた。
その後、クリスはふと思い出したように顔をあげると、
「そう言えばクラウド、今度の日曜日に任務入ってるって、カフェで言ってたよね? あれ、僕も参加?」
ふと思い出したように、話を振る。
本来、彼らに与えられる任務は、3人一組で行われる。
今回の任務は、「科学部門から流出したものを売りさばいているらしいカフェ」に、神羅の者だとばれないように潜入して、その事実を暴露するのが役目。
始めは、客として潜入するつもりだったけれど、ちょうどいい具合にアルバイトを募集していたので、三人でジャンケンをして誰が行くのか決めた。
残り二人は、客として他の常連客にさりげなく情報収集をしながら、アルバイト中の仲間が寄越してくる情報を、リアルタイムに報告するのが役目。
基本的に任務は三人一組で与えられ、三人一組で望む。──ただし、一つの簡単な仕事に取り掛かっているときに、もう一つの任務が入ることも珍しくはなく、そのような場合は、1人や2人だけ別任務に入ることもある。
もしくは、滅多にないことではあるが、別の組の中で怪我人や死人が出た場合に、補充要員として出征することが、ある。
本来なら、クリスの任務は今度の日曜日までだったのけれど、思った以上に事情徴集から開放されるのが早かったので──コレもある意味、お客様は神様だ──、時間が空いている。
だから、取り組むなら一緒に入るよ、と告げるクリスに、クラウドは緩く首を振って見せた。
「いや、今度の日曜日のは、俺の単独任務だ。」
その言葉に、クリスは大きな目をさらに大きく見張った。
コンピューター関係に明るいカシルが、単独任務を請け負って、大きな企業に入り込んでハックする──なんてことは今までにも何度かあったけれど、クラウドが……それも、「ディア」という姿で行けば、目立つことこの上ない人物が、単独行動なんて、出来るはずがない。
「……単独任務? ……って、どんなのかって……聞いていい?」
目を白黒させながら、それでもなんとか必至に口にしたクリスに、当然帰ってくるクラウドのセリフは一つだ。
「任務については口外厳禁。死を持って償うべし。」
「それはそうだけど──、僕たち、ワンセットなんだよ? セット同士は任務についても情報の共有は許される。そうじゃないと、いざという時に、フォローも何も出来ないからね?」
ズズ、と匍匐全身をしてクラウドに近づき、クリスが睨み挙げると、クラウドは小さく唇を歪めて──顔をふせる。
その瞳に、ひどくイヤそうな色が浮かんでいるのを認めて、クリスはこの件が相当マズイのではないかと、そう唇を歪めた瞬間、
「それほど気にする任務でもないと思うぞ。
ただのデートだし。」
「任務だっ!」
カシルがあっさり暴露した瞬間、クラウドはそれに反論するように白い頬を赤く染めて、ダンッ、と床を叩きつける。
その、火照った頬と、ふっくらと赤く色づいた唇を見て──怒っていて怖いというよりも、かわいいって言うのは……将来が心配だな、なんて、兄貴めいたことをカシルは思いながら、ヒョイと肩を竦める。
「──任務も何も、ルーファウス副社長と一緒にデートするって言うだ……。」
「副社長とじゃなくって、副社長の影武者っ! ……何度言ったら分かるんだよ、カシル!」
カシルの説明をさえぎって、クラウドはムッスリと唇を歪めて叫ぶ。
キリリとつりあがったクラウドの青い瞳を一瞥して、はいはい、とカシルは気のない返事で雑誌に視線を戻す。
そんなカシルに、ますますクラウドは視線を険しくさせる。
クリスは、同室者二人を交互に見ながら、困惑したように眉を寄せる。
「……ねぇ、それって普通……女性兵の仕事じゃないの?」
なんで、こっちの──「特殊部隊」に回ってくるんだと、首をかしげる。
とは言うものの、「特殊部隊」は、ある意味雑用係りのようなところがあり、他のどこの部隊にも分類できないような仕事が回ってくることがある。
──けど、そんな、副社長の影武者とデートって……また、表舞台に出るようなことを……。
クリスのそんな視線を感じ取ったのか、クラウドは苦痛を訴えるように瞳を歪ませる。
「副社長の恋人と、背格好が似てるのが俺しか居なかったんだよ……っ。」
ググッ、と強く拳を握り締める。
顔を俯けたクラウドの目元から耳元まで、怒りに赤く染まっているのを認めて、あーあ、とクリスは額をぺチンと叩いた。
「……──そういえば、クラウドって、女性兵と比べても身長が……。」
クリスもカシルも、男兵士という立場からすると、背丈は高くないが、それでもクラウドよりは頭半分以上は高い。
クラウドが同じ年頃の少年に比べてもひくいだけなのだ──良く、神羅兵の試験に受かるものだと感心するほどに。
「それ以上言うなっ!!」
キッ、とクラウドは言いかけたクリスの言葉をさえぎって、ゴンッ、と床をたたきつけた。
クラウドのそんな動作に、カシルは視線だけで、「下の階の住民から苦情が来る」と言っていたが、クラウドはそれを綺麗に無視して、
「なんで副社長も、小柄な女性を好むんだっ!!」
「それはただのヤツ当たりだろ、クラウド。」
ばんばんっ、と床を叩くクラウドに、呆れたようにカシルが突っ込むと、クリスもそれに同意を示して見せた。
「それにしても、副社長のデートの影武者か……結構、危険なんじゃない?」
心配そうにクリスがクラウドを見上げるが、クラウドはそんなことよりも、影武者として男とデートなんてしなくてはいけない事実に、憤慨しているようだった。
「初めての単独任務が、でぇと………………。」
っていうかもしかして、これが俺の生まれて初めてのデートじゃないのか? なんて、ブツブツ呟く声まで聞えて、あはははは、とクリスとカシルは乾いた笑い声をあげずにはいられなかった。
「──まぁ、クラウド、当日はその……気をつけてね?」
何せ「ディア」は、クラウドに輪をかけて愛らしい。
本物の女性よりは骨ばっていて、丸みはないけれど、その容貌は美しく、透けるきめ細かな白い肌は、男なら思わず手を伸ばしたくなる一品と来る。
これで、「デート」なんてしていたら──相手の理性がどこまで持つかどうか。
思わず心配したくもなる。
クリスが遠まわしに、クラウドに声をかけると、クラウドは当然だろう、と憮然として答える。──が、クラウドが言う「気をつける」と、クリスたちが心配している「気をつける」は、全く違う意味を持っている。
そこでカシルは、
「クリスみたいに、ファーストキスがハイデッカーみたいなことにならないように。」
丁寧に、そう教えてあげたのだが。
「って、余計なことを言うな〜! カシルっ!!」
クリスは、手元においていたカバンを、思いっきり良くカシルに投げつけた。
カシルは飛んできたソレを、ヒョイ、と頭を傾げることで避けて、ばふっ、と壁に当たったカバンを一瞥することすらせずに、
「まぁ、何にしても、影武者を用意しなくちゃいけない事態っていうことは、何かに狙われるってことなんだろう? 一応俺たちも、その日は女装──して、近くでウロウロしてたほうが、いいんじゃないか、クリス?」
声は淡々としていたが、顔はとてもイヤそうだった。
それを受けて、クリスは小さく溜息を零して、そうだね、と頷いた。
「命令は下って無くても、暗黙の了解──みたいな任務、多いよね、僕たち。
……あーあ……これでぼく、休みのたびに女装がもう3ヶ月…………。」
うぅ──、と、健全な肉体には健全な心が宿るって言うけど、ぜんぜん健全じゃない。
そんなもの悲しい呟きを零すクリスに、「デート」が目の前に迫っているクラウドですら、同情めいた眼差しを寄せて。
「──……これも、任務だからな……。」
うん、と。
自分に言い聞かせるように──それでも込み出て来る衝動を押し殺しきれずに拳を握りながら──、そう、呟いた。
神羅カンパニー 治安維持部門 陸軍直轄 「機密部隊 D」
それは、早い話が、男の兵士が女性に変装して、時々民間からの依頼を受けたりなんかもして、問題を解決していくという……特別「雑用」部隊、──で、あったり、する。
+++ BACK +++
……ぅわっ、くだらな……(笑)
でも、続いたりするんですよね、コレ……──。
コッチは素直に、セフィロスやザックスとかと絡めて行きたいですね〜(笑)。
ホモくさく、BLっぽく、コミカルに。
それでもって、まだクラウドの性格をどんな風にしようか何も考えてません(爆)。