SIDE:セフィロス
セフィロスは、神羅ビルの高層階にある「ソルジャー待機室」で、新聞を読んでいた。
ソルジャー待機室というのは、「名目上」、ミッションが入っていないソルジャーが、休日以外の日は「規定時間」をそこで過ごさなくてはいけない、とされている部屋のことである。
その時間を無駄にもてあますことがないように、トレーニングルームや、擬似戦闘ルームも存在していて、そこらの営業目的のトレーニングジムでは話にならないソルジャー達は、それを連日活用している──というのは建前で。
ソルジャー待機室は、「暇つぶし部屋」と呼ばれていて、情報交換や待ち合わせ程度にしか使われてはいないのが現状だ。
ほか、高給取りであるにもかかわらず、散在をしてしまった者が、給料日までの飢えと暇をつぶす部屋、──でもある。
食費タダのソルジャー専用の食堂&カフェも隣接しているからだ。
とは言うものの、ソルジャーに成り立ての3rdソルジャーや、いい武器やレアマテリアを集めている2ndソルジャー達と違い、1stソルジャーのトップを走るセフィロスには、「給料日前」という切ない言葉は存在しない。
神羅の広告塔でもある彼は、一生を使っても使い切れないくらいの金額が、銀行に預けっぱなしになっているからである。
そんな彼が、暇つぶしをしているソルジャーが溜まっている待機室に来ている理由は、ただ一つ。
栄養素を考えた食事を作るのが、面倒だからである。
もちろん、外食をすることもあるのだが、無駄に人目を集めすぎる外観をしているセフィロスは、毎日「人目を集めた食事」をするのは、ごめんこうむりたいと思っていた。
なので結果として、日々の食事は基本的に、ソルジャー専用の食堂でとるようにしているのである。
新米ソルジャー以外にとって、「セフィロス」の存在は憧れで目標ではあるが、一般市民ほどに「珍しい存在」ではないからである。
そんなわけで、ソルジャー待機室の隣にある食堂には、食事時になるとやってくるセフィロスの姿は、ある意味、当たり前の光景なのであった。
そうして、この日もセフィロスは、食堂で腹ごなしに新聞を読んでいた。
セフィロスの自宅に届けられることがない、神羅新聞である。
これを見るのは好きではないのだが、時々、とんでもない「セフィロス情報」が流れていることがあるので、チェックは欠かせないのである。
無表情に、そして無愛想に、すばやく彼が新聞に眼を走らせていた──まさにその瞬間のことであった。
「だーかーら、神羅の社員で、金髪の小柄な女の子だってば! それも腕っ節がものすっごく立つっ!!」
食堂の片隅──6人がけのテーブルに腰掛けた黒髪のソルジャーが、良く響く声でもってそう叫んだかと思うと、遠目にもわかるほどの大振りな仕草で、何かの形態を示す。
おそらく、「少女」の姿を示しているのだと思われるが、あまりに大雑把すぎて、まったく言いたいことは伝わってこなかった。
──ソルジャーのくせに、伝達能力が不確かだな。
チラリと視線を走らせながら、黒髪のソルジャーが誰なのか──その名前も所属も経歴も一瞬で頭に思い描いたセフィロスは、小さくため息を零す。
ソルジャーともあろう者なら、一度見た人間の形容は完璧に覚え、空で言えるようにした上で、その姿形を書き出すくらいのことはできなくてはいけない。
最近、あのバカ宝条が、実験のようにソルジャーを増やしているようだが──もう少し質と教育という意味を、理解してほしいところだ。
戦時中とは違い、戦うだけの「コマ」は、今は必要ないのだから。
「あー、もー、しつっこいな、ザックスは。
そりゃもう、今日一日で耳にタコできたっつぅの。」
更にわめこうとする「ザックス」の頭を、軽くスコンと叩いて、彼の隣に腰掛けていた赤髪があきれたように肩を落とす。
「だいたいお前、この神羅ビルの中だけでも、金髪がどれくらい居ると思ってるんだ?」
「そーだぜ。こないだタークスに入った新人も、金髪が3人、受付見習いの女の子にも金髪は2人、あと、総務に至っちゃ、俺が知ってるだけで10人以上居る。」
ずらり、と両手を広げて、赤髪の正面に座る金髪の男がニヤリと笑う。──ことのついでに、そのタークスの新人の一人は、俺の妹だけど、お前には絶対紹介しねぇぞ、……と付け加えて。
ザックスはそんな二人に、憮然とした表情を向けると、
「そんなの分かってんだよ。
つぅか、俺だって可愛い女の子はすでにチェックしてるっつぅの。」
でも、居なかったんだよなぁ〜、と、熱っぽい溜息を零しながら、ザックスはちょっと遠い目をする。
そんな彼の様子に、いつもと違うと、同じテーブルに着いていた面々はすばやく視線を交し合う。
──そういえば、ザックスのヤツ、今日は朝からずーっと、神羅ビル内を走り回ってなかったか……?
「もしかしてお前……、今日、今までずっと、……探してた?」
恐る恐る、と言った具合に、食後のコーヒーを啜っていた赤髪が呟けば、ザックスは生真面目な仕草で(あくまでも仕草だけ)頷き、
「とうっぜんっ! もう、受付から最上階まで、クマなく走り回って聞きまわったねっ!
──でも居ないんだよなぁぁ〜……。」
昨日が「おやすみ」の、金髪の女の子、と。
小さく呟いて、ザックスはそのままペタンとテーブルに懐いた。
脳裏にはきっと、その「昨日会ったばかりの女の子」の姿が思い描かれているものだろうと思われる。
その事実に、金髪の青年が呆れたように溜息を一つ。
──あぁ、また、「ソルジャーってエリートだけど、変な人多いわよね」伝説が一つ増えたじゃないか。
「何だよ、ザックス? 今回はイヤに力が入ってるじゃないか。
そんなにカワイイ女の子なのか?」
少しのイヤミを込めながら──けれど、「この」ザックスが、初対面で相手の女の子の名前すら聞けなかったとは、一体どういうことだと興味はそそられる。
金髪の青年の問いかけに、同じテーブルに着いた面々も、興味津々と言った視線をザックスに向ける。
ザックスはその視線を受け止めて、良くぞ聞いてくれたとばかりに、キラキラと目を輝かせる。
「可愛いのも可愛いんだけど、それよりもなんていうかこう、強いのに守りたくなるっていうか……っ、あぁっ、くそっ! なんて言ったら表現できるかなぁ、あの不思議な魅力をさ。」
ガリガリガリッ、と頭を激しく掻き始めるザックスに、余計に興味をそそられるような、その真逆のような──。
そーですか、と気のない返事を返して、赤髪の男が、ヘッ、と息を吐く。
「お前、もう少しまともな言葉話せ。」
ノロケにしか聞こえない、と言えば、ザックスは頭を抱えながら、テーブルにぺったりと頬をくっつけた。
「あれだけのカワイコちゃんだから、絶対、タークスか受付関係だと思ったんだけどなぁぁ。」
「お前がしつこくてイヤになったから、隠れてるんじゃねぇの?」
はぁぁぁ、と悩ましげな溜息をテーブルに向けて吐き捨てるザックスの後頭部をグリグリと拳で弄りながら──全く、でかい図体してうっとおしい──、赤髪の男がそういえば、
「え、なに、ザックス、また、振られたのっ!?」
今の今まで黙って「今日の定食メニュー」を食べていた背の高い青年が、キラキラと目を輝かせて顔を跳ね上がる。
「また」の部分に力が入っているあたりが、非常にイヤミである。
「うっせぇ! 振られてなんかない!」
「でも、朝から探して見つかってないんだろ〜?」
「午後シフトって言うこともあるんじゃないのか?」
「ザックスが、女のことでそんなヘマするかよ。調べてあるだろ、それくらい。」
叫ぶザックスの目が真剣なのに対して、三人の目はからかうような色に染まっていた。
面白い午後からの暇つぶしを見つけたと言わんばかりの様子だ。
ザックスが午後から「一目ぼれの彼女探し」に出て行くのに、喜んで付いていくことは間違いない。
「──んま、諜報の苦手なザックスの『調べ方』がどれほど精密なものなのか、俺らが一丁、午後から見てやってもいいかねぇ。」
ニヤニヤと笑いながら、赤髪の男が顎をさすれば、背の高い男がソレに同意を示して両手をあげる。
「大さんせーい! ──ま、どうせツメの甘いザックスのことだから、各部署の女の子捕まえて、顔見たり聞いたりしただけなんだろーけどな!」
「それはツメが甘いな、確かに。
どうせやるなら、タークスの重要機密書類庫に潜り込んで、個人データを調べ上げるくらいはしないと。」
金髪の男が、そう口にしながら──これで妹に会いにいける口実ができたと、ほくそ笑むのに、「こーのシスコン」と赤髪が笑ってデコピンをかます。
午後の暇つぶしはコレに決定〜、と、三人た喜んで諸手をあげるのを横目に、ザックスは小さく溜息を零して、掌でソと己の顎を包み込んだ。
手の平が触れた瞬間、じくり、と傷むのは、「昨日」、思いっきりアッパーカットを食らったせいだ。
いくら油断していたとはいえ、至近距離に居たとは言えど。
あれほどの鋭い一撃を食らわせた「神羅社員」は、タークスにしか居ないはずなのだが。
……機密存在、っていう可能性もあるよなぁ?
「っていうか、本当になんで、見つからないかなぁ?」
ザックスだって、タークス社員は顔を知られるのがマズイことくらい分かっている。有名人や、接触があった場合はしょうがないとしても、それ以外の場合は、あくまでも他人のフリをしなくてはいけないことも。
だから、昨日の夜から、タークスの「知り合い」にも当たっているというのに。
「あれだけのカワイコちゃんで、あれだけの腕っ節。
──ぜぇったい、すぐに見つかると思ったんだけどなぁ……?」
普通の人間なら、見つけることはできないかもしれない。
けれどザックスは、「ソルジャー」なのだ。
成り立てとは言えど、「ソルジャー」たる者として、職権乱用の仕方だって覚えている。
何においても対象者を探す能力に関しては、──確かに「先輩」や「タークス」には劣るかもしれないけれど、それでも、一般人よりも秀でているのは確かなのに。
うーん、と唸るザックスの言葉に、「根本的なことから間違っているせいです」と説明してくれる人はいない。
「やっぱ、来週の月曜日まで探し回って、それで駅のホームで待ち伏せするしかねぇか……っ!」」
一人、メラメラと燃えるザックスに、赤髪が頬杖を付きながら、コーヒーカップの最後の一滴をあおる。
「ザァックス、カワイコちゃんで腕っ節って……どんな男勝りだよ?」
チラリと目を向けたザックスの顎には、ソルジャーの回復力を持ってしても、うっすらと残る痣が見て取れる。
先ほどココで出会った瞬間、全員で、「何やってんだ、お前ーっ!」と爆笑しまくった「殴られた跡」だ。
てっきり、またスラムで可愛い女の子が絡まれてるのを助けてやって、「いいところ」を見せるために、わざと最初の一撃を食らってみせたのかと思ったのだが──スマートに傷一つなくやっつけるより、一撃食らって倒したほうが、女の子の受けがいいのだそうだ──、違ったのかと視線をくれる。
ザックスはその問いかけに、よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに、にぃっこりと満面の微笑を浮かべてくれた。
「いやー、男勝りっていうか、すっげぇ鋭い一撃だったんだぜ。
こう、彼女の拳が下からグワッと来てさ♪ 俺、マジで身構える暇もなかったんだぜ?」
まるで自分のことのように自慢げに微笑むザックスに、
「女に一撃食らわせられて、何を喜んでるんだ、マゾかお前。」
辛らつな言葉をよこす赤髪の正面で、金髪が知った風な顔で笑った。
「まったまたー、油断してたんだろ?」
ザックス、時々そういうのでくだらない怪我するよな、と、楽しそうに笑う金髪に、ザックスはニヤリと笑みを乗せた。
──その言葉こそ待っていた、とばかりに。
「馬鹿言うなよ……俺が、油断していたとしてもだぞ? 普通の女の子相手に──いや、そこらの兵士相手に、一発でも入れられたことがあったか?」
顎をスルリと撫ですさって──見たこともないほどに愛しげな表情で、目を細めると、
「それも、偶然の一撃じゃなくって──これで二度目だ。」
ビシ、と、Vサインを金髪の青年に向けて突きつけてくれた。
とたん──驚いたように目を見開く男たちに、ザックスはしてやったりとばかりに笑みを浮かべた。
「……だからこそ、な?
俺は、彼女が誰なのか知りたいんだ。
興味があるのは勿論。」
──そこで意味深に一度言葉を止めて。
ザックスは、今度は別の意味を込めて、ス、と瞳を細めた。
その双眸に、キラリと光る魔晄の光を認めて──。
「ほぅ……それは興味深い話だな?」
ガサリ、とわざとらしく新聞紙の音を立てて、セフィロスは薄い唇を引いて、笑って見せた。
SIDE:クラウド
──あの運命の月曜日から、黒髪のソルジャーが、そこかしこで「金髪の神羅社員」を探し回っているという噂を聞いた。
昔から、思い込んだら一直線だからなー、ザックスって。
そんな「昔」のことを懐かしみながら、クラウドは食堂で食後のお茶を飲んでいた。
正直な話、ザックスとまた話してみたい──という欲求はある。
たとえ、目の前に居るが、自分が良く知っている「ザックス」とは知識も記憶も違う人なのだとわかっていても──自分が良く知る「ザックス」になる人なのだと思えば、それに触れたいという欲求はある。
──けれど。
あのときと同じ過去をたどるのには、勇気が必要だった。
だから、ザックスが「金髪の美少女」を探しに、ビル内の各階のみならず、一般兵士が居る兵士棟や訓練施設、果てはザックスと縁のない図書館やリラクゼーションルームにまでやってきたときには、大慌てで姿を隠すことしかできなかった。
もし見つかって、気楽な調子で話しかけられたら──自分は絶対、逃げることなどできないと、わかっていたから。
だから、食堂でザックスを見かければ、部屋に忘れ物をしたかのような動作でそのままユーターン。──育ち盛りの体に、一食の食事抜きはきつかったが、先日エアリスからもらったハーブクッキーでなんどか空腹はしのいだ。
兵士棟の出入り口で、ほかの一般兵に「聞き込み」をしているザックスを見つけたときには、何も言わず表口から裏口までダッシュして、裏口から通り抜けて、遠回りした。
そうやって、先日の月曜日から一週間──ずーっと逃げ回っていたのだけれど。
「…………………………居る………………………………。」
ザックスの執念深さは、なみなみならなかった。
ザックスとの衝撃の再会の次の月曜日──クラウドの公休日に、彼は、駅のプラットホームで張り付いていたのである。
クラウドは、がっくりと両肩を落として、階段脇の壁に額を押し付けて、持っていたかばんでさり気に自分の髪と顔を隠してみた。
そうしていても、クラウドのツンツン跳ねるハニーブランドは、とても隠しきれてはいなかったが、多少は眼がごまかせるだろう。
ザックスがあちらを向いているのをちらちらと確認しながら、クラウドは今降りてきたばかりの階段を、そろそろと登り始める。
そして、自分の顔が見えない地点まで登ると、そのまま脱兎のごとく階段を駆け上がった。
3rdソルジャーであるザックスに気づかれぬよう気配を消すのも、今のクラウドには朝飯前だ。──何せ、「あのとき」に比べて力や体力は落ちているものの、身につけた技や感覚は、そのまま残っているのである。
小柄な肉体である分だけ、レベルはずいぶん下がっているように感じるが、それでも──おそらく、1stソルジャーとタメを張るくらいではないかと、目算している。実際どれくらいなのか、まともにモンスターと戦っていない状態では、なんとも言えないのだが。
駅の改札口の手前で、一瞬どうしようかと悩むものの、このままココに居ても、ザックスと鉢合わせすることは間違いない。
せめて一般兵用のマスクを持ってきていたら、クラウドとばれないように電車に乗ることもできただろうが──公休日にそんなものを持ち出しては、始末書ものだ。
「…………しょうがない、次の駅まで、歩いていくか………………。」
がっくり、と肩を落として、クラウドは駅の改札口を抜ける。
このまま逃げ回っていても、しょうがないのはわかっている。広そうに見えて狭い同じ神羅ビル内に勤めている上に、相手は所属が違うものの「上司」に当たるソルジャー。
どこにでも入り込める存在である彼に、訓練中や実務中に顔を覗かれたら──逃げようがない。
「……早く飽きてくれないかな、ザックスの奴。」
うんざりした顔で、ここから一駅も歩かなくてはいけない現実に、ため息を零しながら、クラウドは買ったばかりの切符を見下ろし、それの払い戻しを求めるために──何せ現在、クラウドは薄給である──、窓口に歩いていこうとした……その瞬間。
視界の隅を、銀色の風が掠めた。
「──…………っ!!!?」
駅からまだほど遠い場所に居るのに、自然と視線が吸寄せられる──そんな不思議な存在感を見せる、たった一人の男。
思わず、窓口に向かう足を止めて、呆然と見てしまっていた。
柔らかな午前中の日光を含んで、銀色に輝く髪が、サラリと揺れて弧を描く。
陽光の中に溶け込みそうなほど白い素肌に、端正な体。こうして遠目に見ているだけでも、ハッと息を呑みたくなるような美貌。
存在感そのものが、他の何よりも秀でた──神羅の英雄。
「…………セフィ…………ロス?」
まさか、と思った。
だってココは、車やバイクと言った通行手段を持たない神羅社員が使うステーションだ。
ソルジャーの中でも群を抜いての実力者──ひいては、高給取りであるセフィロスが、一般市民に混じって列車に乗るなんてことが、あろうはずがない。
実際、クラウドは、自分の過去を洗いざらいほじくり返してみても、それらしい過去は一つも見当たることはなかった。
あの、セフィロスが、列車を利用する……もしくは、歩いて駅に来る、なんて姿は!
「──い、いや、単に、俺が知らなかっただけなのかも……。」
何せ、当時の自分は、暇さえあればトレーニングと勉強に明け暮れていて、魔晄列車に乗るなんてことすらなかったくらいに、「出不精」だったから。
──ザックスに会ってからは、彼のバイクの後ろに乗せてもらうことが多かったから、やはり列車に乗る機会は少なかったし。
うん、きっとそういうことだ。
きっと、持っている車やバイクは、車検か何かに出してて、乗れないとかそういう意味で……ココに来ているに違いない。
クラウドは無理矢理そう自分を納得させて、駅に近づいてくるセフィロスの優美な姿から、視線を引き剥がした。
過去の自分ならきっと。
近づいてくるセフィロスを見て、彼に近づきたいと、そう思ったかもしれない。
幼い心のままに、憧れ、敬愛したセフィロスと、くだらないことでもいいから、一言でも軽く声を交わしたいと、そう思ったかもしれない。
──でも。
今の自分は、そうは思わなかった。
それどころか、セフィロスがココに近づいてきて──自分とチラリとでも顔をあわせるのが、恐い、と……そう思う。
ジクリ、と胸が疼くのを感じながら、クラウドは彼の姿から無理矢理視線を引き剥がすと、何もなかったかのような表情を取り繕って、窓口に声をかけた。
「すみません、コレ、払い戻しお願いします。」
ぶっきらぼうに告げれば、中に居た駅員は、一瞬イヤそうな顔を浮かべたが、すぐに何も言わずにクラウドが差し出したそれを受け取る。
少しの間を置いて、ちゃりん、と声もなく払い戻された小銭を受け取り、それを小銭入れの中に入れたところで──ス、と音もなく、隣に人影が立った。
──ゾワッ、と、背筋に走った悪寒と、喉を通り抜ける声にならない悲鳴。
隣を振り仰ぐ必要もないほど鮮明に、クラウドは「隣」にたった人が誰なのか、全身で理解した。
まるで毛を逆立てた猫のようだと、遠く頭の片隅で思いながら、ドッ、と噴出した汗を無理やり引っ込めようとするかのように、手に持った小銭を強く握り締める。
隣に立った人は、そんなクラウドの変化を気にも止めていない様子で、クラウドが覗き込んだところと同じ窓口に、かすかに背を傾けて唇を近づけると、
「すまない、中に入りたいんだが、どうすればいい?」
腰に震えが走りそうな低い美声で、そ、とささやく。
クラウドはそれに、それこそ全身が鳥肌立ちそうな気分になりながら、必死で顔をうつむけて──ジリリ、と、後ろに後ず去った。
前髪で額を覆い隠すような角度で、チラリ、と怖いもの見たさで視線を走らせれば──すぐ眼の位置で、さらりとゆれる銀色の髪を見て取ることができる。
──間違いない。
ついさっきまで、駅からまだ離れた場所を歩いていたのに、彼はその長い足で、あっという間にココまで来てしまったのだ!
「…………………………。」
ズズズ、と足を引きずるようにして、クラウドはセフィロスからゆっくりと距離をとる。
窓口の中の男は、クラウドにしたようにぶっきらぼうな態度で対応しおうとして──窓口の向こうに見える、輝かしいほどの美貌の主に気づいて、ハッ、と顔色を変えたようだった。
「せ、せせせ、セフィロスさんっ!!?」
「中に知り合いが居るんだ。そいつに用があってな──列車に乗るわけではないのだが、中に入ることはできるのか?」
セフィロスの言葉に、慌てたように駅員が頷く。
──さすがは神羅の英雄。やはり「列車の乗り方」なんて知らなかったらしい。
クラウドは、そうだよなぁ、と苦笑をかみ殺しながら、セフィロスに背を向ける。
今の彼が自分を見ても、何も感じないのは当たり前のことだ。──だって、初対面なんだから。
いや、この場合、「初対面」にすらなっていないのかもしれない。何せ、セフィロスにとって自分は、ただの「モブ」の一人に過ぎず、眼に留める価値もないのだろうから。
それが、今の状況ではいいことだとわかっているのに──チクリ、と胸がかすかに痛むのは、どうしてだろう?
「………………、バカなことを。」
小さく──小さく呟いて、クラウドはキュと唇をかみ締めた。
それから、フルリとかぶりを振ると、考え始めるとどツボにはまりそうな思考を無理やり切り離し、とにかく、と胸の中で呟く。
「……これで、セフィロスにも記憶がないことは、わかった。」
もし、今目の前にたっている男が、自分たちの知る「セフィロス」ならば、クラウドの姿を見て反応しないはずがないのだ。
英雄たるセフィロスのポーカーフェイスだとしても、「今」のクラウドには読める。
下手をすれば、見た瞬間に「幼いクラウド」を殺そうとしてもおかしくはないのだ。──最も、こんな人目のある場所でそんなことをするはずはないだろうけど。
そ、と足音も立てずに、駅から出て、そろりと気配を殺しながら肩越しに背後を振り返る。
先ほどまで窓口に居たはずのセフィロスの姿はどこにもなかった。改札を潜り抜け、階下にあるプラットホームへと向かったのだろう。
──クラウドにチラリと気を向けることもなく。
そう思うと、なぜか寂しさがジクリと胸を駆け抜けた気がして、クラウドは柳眉を寄せて、そ、とまつげを落とすことしかできなかった。
To Be Contenude
邂逅しませんから(笑)
本当は、クラウドとザックスの邂逅シーンを入れようと思ったのですが、入りませんでしたv えへv
さて、次はラブラブエアティ話かな〜(←バカ)。
ついでにザックスとクラウドの邂逅も入ったらいいんですけど。
その次のシドの話の前に、会ってもらわないと困るんですよねー…………。