夢見丘 5














SIDE:ザックス









 神羅カンパニー本社ビル前──第3通用口。
 本社に消耗品や機材などを搬入する業者が出入りする裏口とも言える通用口は、トラックが一台通れるくらいの大きさをしている。
 一台、一台、トラックが入るたびに大きな門を閉めて、運転手の通行証を改め、時には積荷の中身も改める。
 外から中に入るのは、とてもチェックが厳しいと有名な通用口には、今日もチェック待ちのトラックが数台、列を作って待っていた。
「毎週、月曜日は忙しいっすねぇ〜。」
 一年ほど前から、この通用門前に移動になった年若い警備兵は、ずり下がりそうな帽子を頭の上に被りなおし、抱えたチェック表にボールペンで何かを書き足しながら、ウンザリした調子で先輩に向けて呟く。
 運転手が見せた通行証のナンバーを読み上げた後、トラックの後ろに回って積荷をグルリと一回り確認していた先輩警備兵は、そんな「新人」の繰言に、毎度のことだろう、と軽口を叩き返す。
 土曜日日曜日は、大抵の業者は「お休み」だ。──同時に、神羅カンパニーの社員のほとんども「お休み」だ。
 そのため、その休み明けの月曜日は、朝から夕刻の通用門が閉まる時間まで、こうして外から中へ、中から外へとトラックの出入りが激しく、休む暇もない。
 水曜日や木曜日なんて、あんまりにも退屈で、無駄に門を磨いてみたりとかしているくらいなのに。
 トラックの運転手に、行ってよし、と手にした警備棒で示した警備兵は、そのままの動作で襟元につけたマイクに手をやると、
「あー……こちら第3通用門、科学部門へティスター社より荷物が届いたとお伝えください。トラックNO……。」
 読み上げながら、トラックがいつものルートを走っていくのを見送り、さて、次のトラックを迎えるかと、閉じた門を開くように後輩に合図を寄越す。
 後輩がそれに頷いて、管理舎の中に上半身を突っ込んで、ボタンでいくつか操作をすると、すぐに巨大な門が左右に開いて、次のトラックが姿を見せた。
 それと同時に、先輩警備兵がトラックの車のナンバーを読み取り、それを後輩に伝えながら運転手に警備棒でストップラインを示した。
 その、ほんの一瞬。
 本来なら、トラックの運転手に気を取られるその刹那──おそらく、一年ほどしか従事していない後輩なら気付くことはなかっただろう、視界を掠めるソレ。
 それに気付いた途端、男は軽く眉を顰めて、「それ」に向けて、声をかけた。
「…………ザーックス、一旦停止だ。」
 低い──絞るような声で告げた瞬間、トラックの影に隠れるようにして、こそこそと頭を下げていたツンツンとがった頭が、ビクゥッ、と震えた。
「……先輩?」
 それと同時、門を閉じる合図を待っていた後輩が、不思議そうな声をあげてこちらを見てくるが、男はそれになんでもないと言うように顎でしゃくった後、運転手にストップラインを提示しながら、トラックの目の前を横切った。
「あんた、また外出許可も取らずにお出かけか?」
 警備棒でポンポンと自分の肩を叩きながら、後のことを後輩に任せて、トラックの巨大な影に隠れて見えにくかった人影の前へ姿を現せば──、ちょうど、トラックが入る瞬間を狙って、トラックの横手をすり抜けて本社の外へ抜け出そうとしていた男が、降参だと言いたげに両手を挙げるのが見えた。
「ティージュ……頼む、見逃してくれ〜……っ!」
 くるりと肩越しに振り返った顔は、情けない表情を浮かべてはいたが──その双眸は輝く魔晄色。
 「コレ」が、天下のソルジャーさまだと言うのだから、思ったよりもソルジャーというのは、エリートではないのかもしれない。
「ソルジャーさまのサボリの手伝いなんかしたら、俺たちがハイデッカーサマからナニを言われるかわかんねぇんだよ。減給はゴメンなんでな。
 ほら、とっととソルジャー専用通用門まで戻りやがれ。」
 とても「ソルジャーさま」に対するとは思えない口調で、ふてぶてしく青年に向けて顎でしゃくってやるが、しかし彼はその態度に気を悪くするどころか、今にも頭を下げるような勢いで、
「そこをなんとか!! アッチに行ったら、ぜってぇ、出れねぇんだって、マジで!」
「そりゃ、あんたが仕事をサボりすぎて、書類を溜めすぎてるからだろーが。」
 拝み倒してくるザックスに、呆れ半分で呟きながら──っていうか、ぜんぜん管轄外の俺が、なんでコイツが溜めてる書類の量まで知ってるんだと、うんざりしながら警備棒で肩を叩く。
 正直な話、目の前の青年は、情けなく見えようとも、お軽く見えようとも、正真正銘のソルジャーであるからして──彼が本気になれば、自分たちどころか、眼の前のトラックの命だって風前の灯火だ。
 だから、大抵の人間は、ソルジャーが眼の前にいる場合、その力を恐れて両手を揉み解すのだろうが──実際、ティージュと呼ばれた警備兵だって、あの銀髪の悪鬼を眼の前にしたら、あまりの畏怖に動けなくなることは想像に難くない。
 けれど、この男だけは別だ。
 ソルジャーのクセに、ぜんぜんソレらしくない──「ザックス」。
「な〜、頼むよー? ティージュ! 俺とあんたの仲じゃないか〜!」
 はっはっはっは、と軽々しく笑いながら、肩をグイと抱き寄せられて──一体何が、「俺とあんたの仲」なんだと、ティージュの口から漏れる溜息は重い。
「馬鹿言うな。」
 パシンと肩にかかった手の平を叩き落として、ティージュは腰に手を当てながら、長身の男を睨み揚げた。
「あんたを見逃したら、俺はマジで減給処分なんだぞ!? うちの嫁さんが、今度のボーナスで新しい車を買うって張り切ってんだ。それが半分になったりなんかしたら、今までココから脱出した履歴をぜぇーんぶ、セフィロス閣下にぶちまけっぞ、こらぁ?」
「……ぅわっ! それだけは勘弁してくれ!!」
 管を巻くように、低い声ですごんで見せれば──戦場を駆け抜けたソルジャーが、この程度の凄みでビビるはずはない。……がしかし、すごまれた内容は、軽く聞き流せる類ではない。
 慌てて顔の前で両手を合わせて、拝むような仕草をされて──、それじゃぁ、と男は険の篭った視線でジロリとザックスを一瞥して、
「んじゃ、今日は素直に戻って仕事して来い。」
 ごくごく当たり前のセリフを吐いてやる。
 いつもなら、ココまで差し迫った状況なら仕方がないと、今日はあきらめて仕事をしてくると、戻っていくところなのだがしかし。
 なぜかザックスはそこから立ち去る気配もなく、渋い顔で唸り声をあげた。
「う〜……っ。」
「……ザぁーックス。」
 後輩の警備兵が、検問を済ませたトラックを送り出すのを見ながら、男は彼のケツをペシンと警備棒で軽く叩いた。
 さっさと戻れ、仕事の邪魔だ。
 そう言いたげな男の姿に、トラックを見送り、次のトラックを中へ招きいれようとしていた後輩は、そこにいつの間にか現れた──ように見えるザックスの姿に、驚いたように目を見張り、先輩とザックスを交互に見やる。
 そんな後輩に、ヒラヒラと警備棒で仕事をするように促した後、男はうなり声を上げながら俯く男に、小さく溜息を零す。
「そういやお前、ここんとこずーっと、この時間になると外に出てるよな? 何か約束でもしてるのか?」
 この一週間ほど、毎日のように抜け出していたら、そりゃ──ザックスの上司達も目くじら立てるわな。
 またスラムかどこかの娘と、デートを日替わりで約束でもしたのかと、呆れ口調で問いかければ、ザックスは頬を指先で掻きながら、あいまいな返事を返す。
「ん〜……約束してんじゃなくってなー。」
 なんと言っていいものかと、顔をクシャリと顰めて空を仰いでから、ゆっくりと視線を戻して、
「人……、探してるっていうか、なぁ?」
 どうなんだろうな? と続けられて、警備兵はいやそうに顔を歪める。
「俺に聞くな。」
 その返答は至極もっともで、──だよなぁ? と首をかしげたザックスは、頬を掻いていた手で顎を撫でながら、
「こないだの休みにさー、ちょっと見かけた子が、気になってんだよな〜……。」
「お前、惚れっぽいもんな……。」
「いやっ、俺はな、惚れっぽいんじゃなくって、女の子が好きなだけだ!」
「あー、そーですか。」
 うーん、と考え込むその姿勢に、いつもの「悪い病気か」と、一笑に伏したティージュに、思いっきり力説するものの──それの一体どこが違うんだと思わずにはいられない。
 これ以上は構ってられないとばかりに、ティージュはザックスに背を向けると、
「とにかく、今日はちゃんと仕事して、それから下に下りろよ。俺さまに迷惑かけんじゃねぇ。」
 警備棒でビシリと言い置いた後、ヤレヤレと、管理舎の小屋まで戻り、後輩に次のトラックを招き入れるように指示を出す。
 慌てたようにその言葉に従う後輩は、しかし、いつまでもソコから立ち退こうとしないザックスに、興味津々な様子で、チラチラと視線をやる。
 そんな視線を受けてか、別の目的でか……ザックスは、立ち去るどころか、足先を警備舎の方に向けてくると、一気に2人と間合いを詰めた。
 無駄にソルジャーの能力を発揮しているような一瞬の間合いに、ティージュはウンザリしたような顔を向ける。
「ザック……。」
「なぁ、ティージュっ! 頼む! 今日だけっ! 今日はさ、ちょうど一週間前にあの子に会った日なんだよ!」
「……あのなぁ……。」
「もしかしたら、あの子の休日は月曜日なのかもしれないだろ!? だったら、今日を逃したら、あと一週間は我慢しなくちゃいけねぇんだって!!」
 いまだかつて、彼がこれほど必至になったことがあっただろうか? ──いや、よしんばあったとしても、自分の目の前で必至な顔を見せたことはない。
 一体、なんでこんなに必至になってるんだと、呆れた表情を隠しもせずに、男はザックスを見返し──ふと、先ほど彼が口にした内容を、頭の中で反芻してみた。ついでに、ここ一週間、毎日のようにスラムに下りていっているザックスの行動を顧るに、つまり?
「…………って……ザックス……お前、まさか………………………………。」
 目を大きく見開いた警備兵に、拝み倒すようにもう一度顔の前で両手を合わせて、
「なっ、頼む、ティージュ! 今日だけっ、今日だけ見逃してくれっ!! そしたら後は、レノとかに頼むからさぁぁぁ〜……っ!」
 レノって、誰だよ。
 そんな呟きを口の中だけで呟いて、警備兵は考えるように顎に手を当てた。
──正直、ザックスに甘い顔をするのは、よくない……はずだ。
 けど、ソルジャーの仕事なんて、警備兵の彼には分からないことが多い……というか、一体普段何をしているのかなんて、知らない。
 彼が知っているザックスは、いつも暇そうに遊んでいるところばかりだからだ。
 その、ザックスが──まるで真剣な仕事をしているかのような顔で、「お願い」してきている。
 この事実に、心惹かれなければ、ザックスの友人なんてやってはいられない。
 少し悩むように視線を門へと逸らしたティージュは、一瞬の沈黙の後、門の開閉を行おうとしている後輩に向かって、ひらりと手を振った。
「──……今日の備考欄。
 3rdソルジャー・ザックス、科学部門より出立した積荷トラックの中に、実験体のサンプルが同乗した可能性があるとして、第3通用門よりトラックを追尾。……って書いとけ。」
 いかにもありえそうな内容だ。
 ──実際、科学部門の管理があいまいなおかげで、何度かそういうことがあったし。
 うんうん、と頷きながら呟いた男の言葉に、後輩が目を白黒させる──が、
「いいから書いとけ。──これなら、ザックスがウソをついたってみなされるだけで、俺らまで連帯責任取らされねぇからな。」
 クイ、と顎でしゃくって命令した後──ふてぶてしい顔に笑みを浮かべて、
「……で、ザックス? この借りは、てめぇの『初恋の君』の話を肴にいっぱい引っ掛ける……ってとこで、どうだ?」
 声をかけた途端、ザックスは大きく目を見開き──それから、イタズラ小僧のような満面の笑みを口元に浮かべると、
「おぅ! サンキュー!」
 心底嬉しそうな表情でそういった後、一秒でも惜しいというように、飛び出していった。
 開いた門から入ってきたトラックを先導しつつ──警備兵は、興味ありげに片目を細めて、ザックスの遠ざかる背中を見送ると、
「あのザックスがあんなになる女って──どんなだか、興味、あるよなぁぁ〜。」
 にんまり、と、ザックスに負けず劣らずのイタズラめいた笑みを口元に佩いたのであった。












SIDE:クラウド









 月曜日は、クラウドの公休日だ。
 記憶にある「9年前」は、毎週月曜日になるたびに、体力や知識のおぼつかない自分を補うために、敷地内にある訓練場に足を運び狙撃訓練をしたり、図書館で勉学をしたりといそがしかったが──今の自分にソレは必要ない。
 ──ニブルヘイム事件から、長く狙撃をしていなかったために、少しばかり銃の訓練は必要ではあったが、まだ入社して3ヶ月に過ぎない若造が、バンバンと的の中央を射抜くのもどうかと思うので、コツを取り戻すのは通常の訓練だけで十分だ。
 だから今は……来る運命の二年後に向けて、神羅カンパニー内部から、あのニブルヘイムの全容を調べたりとか、ジェノバを何とかするか考えることくらいしか、することがない。
──一番楽なのは、ニブルヘイムの神羅屋敷を爆破して、あそこの魔晄炉をジェノバごと吹き飛ばすこと、なのだろうけど。
「……簡単にできたら、苦労はしない、か……。」
 中身の年齢も、外見と同じく「14歳」であったなら、後先考えずに実行していたかもしれない──それこそ、新生アパランチとして活動していた彼らに協力したときのように。
 けれど今の自分は知っている。
 ニブルヘイム事件を覆い隠すために神羅が何をしたのか。
 魔晄炉爆破をとめ、アパランチに非難を集中させるために、神羅の上層部が何をしたのか。
 ──だから、そう簡単に動ける問題ではないことも知っている。
 下手をしたら、あの当時以上の災害が──人為的災害が、多くの人の上に落ちる危惧があるからだ。
 とにかく今は、あの運命の日までに、どうすれば最善の方法を取ることができるか、相談することが肝要だ。
 そのために、先週、「エアリス」と会ったのだ。
 彼女を巻き込みたくない……彼女を二度と失いようなことはしたくない。
 けれど、自分が巻き込むにしろ巻き込まないにしろ、彼女が「セトラ」である以上、神羅の人間が彼女を自由にすることはない。
 ──それでも、たとえ籠の中の鳥であろうとも、彼女は生きていける。生きていけば、エアリスのことだから、自分の手で幸せをつかみ取っただろう……「約束の地」の本当の意味に、自らたどり着いたに違いない。
 それを結局、また巻き込んだのは自分で──、エアリスには悪いことをしていると、思う。
「…………それでも、今の俺は──エアリスに頼るしかないんだよな……。」
 はぁ、と小さく溜息を零して、クラウドは視線を足もとに落とした。
 スラムへと続く列車のホームの中──平日の昼間ということもあってか、ガランと空いているベンチに座り込んで、列車を待っている最中。
 スラムとミッドガルの「地上」を結ぶ列車は、スラム街同士を結ぶラインでもあり、下に下りていけばそこそこ客は居るのだが、さすがにミッドガルの神羅ビル前から下に降りるラインを使う客は……少ない。
 クラウドが立っているホームを使用するには、神羅の社員コードが必要となるのだから、仕方がないと言えば仕方がないだろう。神羅社員は、滅多な事がない限り、勤務中に下に下りることはない。もし降りるような用件があったとしても、列車を使うことはない。──何せ、勤務中に下に降りる用件がある者といえば、表だっていえないような用件を抱える者ばかりなのだから。
 そんなことをボンヤリと思いながら──そういえば、こういう「知識」もまた、ザックスの回りに居たから、自然と覚えたことなんだったっけ、と思い出す。
 この間みたいに、新兵が知らないはずの知識を、ウッカリもらしてしまったら、洒落にならないことになる。
 ザックスと付き合っていたあの頃ならとにかく、同室者以外に他者との接点をまるで持たない「今」のクラウドが、一体どこからそんな知識を仕入れてくるのかと、変な噂になっては困る。
「……俺、そんなに器用にやってけるのかな──。」
 今ですら、「9年後の世情」と、「現在の世情」が頭の中で混乱しているような状態なのに。
 はぁぁ、と再び重い溜息を零して、クラウドはクシャリと前髪を掻きあげて、靴先に落としていた視線を、少しだけあげた──────瞬間。
 ほんの1メートルほど手前にしゃがみこんでいた物体と、視線があった。

「………………っ!!!!!???? ザ……っ!!?」

 驚いて──まさか目と鼻の先に誰かがいるとは思わなかっただとか、誰も居なかったと思っていたとか、どうしてそんなところにしゃがみこんで、自分を覗いているような男がいると思うのかだとか……そんな考えが一瞬で頭の中をグルグルと回ったが、それが口に出ることはなく、代わりにクラウドは、ガタガタッ、と大きな音を立てて、ベンチの上に乗り上げた。
 スニーカーを自分が座っていたベンチにつけて、大きく目を見開いて「彼」を凝視すれば、膝小僧の上に肘を置くようにしてこちらをのぞきこんでいた彼──何が楽しいのか、ホームのベンチの手前にしゃがみこんだ体勢だった彼が、へら、と相好を崩して笑う。
「やっぱり、先週の電車の子だよな?」
 キリリとしていれば二枚目に見えないわけでもないくせに、三枚目以下にまで落ちるんじゃないかと思うほどにだらしなく顔を崩して笑う──記憶にあるモノよりも幼くあどけない容貌。
 首を傾げるようにして、な? と同意を求めてくる男に、
「…………って……──っ、おまっ……っ。」
 もう少し、確認の仕方とかなかったのかと、握り締めた拳を叩き落しそうになり──慌ててクラウドは、握った拳を解体した。
 今のザックスは、自分と親しかったザックスではないのだ。
 とてもではないが、「バカだろっ!」と言って、前のように殴りつけたり、軽口を叩くわけにはいかない。──初対面、……ではないけれど、それに近い状態なのだから。
 その事実を思い出すと、途端に心が冷えわたるように冷静になれて──ジクリと痛む胸に気づかないフリをしながら、クラウドは再びベンチの上に座りなおした。
「……先週、一番街スラムのホームで、助けてくれた? ……人、ですよね?」
 ザックス相手には基本的にいつもタメ口だったけれど、仕事に付いている時は──彼が「暫定上司」であるときは、いつもきちんと話していた。
 あの時のことを思い出しながら──うっかり下手なことや親しげな態度にならないように、よそよそしさを装いながら、そっけなく口にすれば……なぜかザックスは、立ち上がることなく、しゃがみこんだままクラウドの前まで移動してきて──にっぱりと、満開の笑顔で笑った。
「──……っ。」
 親しくなった人間にしか笑みを見せないクラウドと違い、ザックスは初対面の人間でも、軽く笑顔を見せる。
 自分に向けられていたあの頃の笑顔と、なんら変わりないソレを向けられて、クラウドは一瞬、息が詰まるかと思った。
 最後の記憶に残るのは、彼の──雨に打たれた体。
 とっくの昔に体温が消え去った体に触れたあの瞬間の────…………。
「……………………っっっ。」
 思わず、体が大きく震えた。
 目の前の彼の分まで生きようと思った。
 彼のようになりたいと──大事なものを抱えて、それでも守り抜けるような男になりたいと、そう、…………思っていた。
 指先が震えて、知らず喉や目頭が熱くなるのを覚えて、クラウドはそれを無理矢理飲み下そうと唇を噛み締める。
 目の前の男は、あのことを何も知らない。
 自分のことすら知らない──俺が居なかったら、あの未来は、待っていないかもしれない……、「彼」。
 その彼が、見て分かるほどに大きく震えたクラウドを見て、慌てたように膝を立ててクラウドを間近から覗き込む。
「お、おい、大丈夫か?」
 イヤな記憶を思い出させたかと──そういえばあの時も、チカンされて(とザックスは思っている)吐き気を催してたみたいだもんなー、と、ザックスはクラウドの横にすばやく座ると、
「悪い……、イヤなこと思い出させたよなぁ?」
 小さく震えたクラウドの背中に、そ、と暖かく大きな手を当てた。
 かと思うと、それがゆっくりとクラウドの背中をさすり始める。
 驚いて──ビックリして、目を丸く見開くクラウドに、ザックスはヘラリと照れたような笑みを浮かべた。……そう、慣れないことをして照れると、ザックスはいつもこんな風に笑った。
「あの後、そのまま外に飛び出してっただろ? 心配で追いかけたんだけど、足が速くって見失っちゃってさ……平気だったか?」
「…………………………。」
 俺が外に飛び出したのは、気持ち悪くてはきそうだったのもあるけど、それ以前に、あんたが女と間違えてナンパしてきたからだろうがと、再び拳を握り締めて、それを彼の顔にぶつけようと思わないでもなかったが、そこをあえてこらえたのは──多分、背中に感じるザックスの掌が、酷く懐かしくて……泣きたい気持ちになったから。
 顔を上げた先で、ザックスは照れた仕草で目元を赤らめて、背中を撫でる手を止めた。
 そろり、と離れていく暖かな感触が、少しばかり寂しく思えて、クラウドは視線を一度落とした後──それから、あぁ、と思い出したようにザックスの顔を見上げた。
 あの後の「彼女、これからお茶でも……」という一言は、今思い出してもいただけないが、それとこれとは話は別だ。
「…………その……この間は…………、ありがとう…………。」
 目を伏せて、そ、と小さく御礼を言えば──なんだか今更も今更な気がして、目元の辺りに熱が灯るのを覚えた。
 そんなクラウドを見たザックスはというと。
「……ぅあ……っ、い、いや、その──ぜんぜんっ、なんでもないことだし!!」
 慌てたように、ブンブンと頭を振った。
 そんなザックスの態度が、いつだったか見た記憶のソレと重なる気がして、クラウドは軽く首を傾げると、
「いや、本当に──あのままだと、ちょっと大変なことになってたのは分かるし……後はどうかと思ったけど、あれはあれで助かったから、感謝はする。」
 緩く首を振りながらもう一度感謝の言葉を述べるものの──言いながら、どうも相手がザックスだと思うせいか、イヤミや皮肉が混じってしまうのを止められなかった。
──……ダメだ、こんな調子で言い続けると、いつか絶対、ボロを出しそうだ。
 そんなことを考えながら、とにかく今は、ザックスの前から立ち去ろうと、ベンチから立ち上がると、
「あの──それじゃ、そういうことで。」
 とにかく、このホームの端に逃げるとか、次の列車に時間を延ばすとか──そんなことを考えながら、話を切り上げようとしたクラウドに、
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あのさ……君、このホームを利用するってことは──神羅社員なんだよな!?」
 慌てた様子でザックスが、無駄にソルジャー能力を発揮して、数歩離れたクラウドの腕を一瞬で捕らえる。
 それでも、掴んだ腕を包み込む手の力が柔らかで、痛みもないのは、さすが「自称フェミニスト」と言ったところか。
「……そう……ですけど。」
 ウソをついても、すぐにばれる。
 ソルジャークラスなら、やろうと思えばホームの利用履歴を洗い出して、クラウドの社員コードも手に入れることだろう。
 ──まぁ、クラウドが何をしたわけでも、まだボロを出したわけでもないから、そんなことで権力を行使することはないとは思うが。
 だから、素直に答えたクラウドに、ザックスは嬉しそうに目を細めて笑うと、
「今日は休みなんだよな? 名前は? どこの所属? 今から暇? っていうか、これからどこへ行くんだ? もしかして習い事か何か?」
 立て続けに──ザックスにしてみれば、逃がすことなく話を進めようと考えて、クラウドに向けて質問する。
 その、一気に問いかけられたことに、クラウドは軽く眉を寄せるが──ザックスと知り合っていなかった頃は、この立て続けの質問に、見た目には分からない程度にパニックを起こして、結局、「………………。」と沈黙で答えることで回りとの軋轢を作っていたものだが、今はそんなことはない。
「今日は休みだが、他のことに関して、あんたに答える義務はないと思う。」
 ──結局口にした答えは、沈黙で軋轢を作っていた頃と、そう大差ない返答であったが。
 そんなクラウドに、ザックスは一瞬目を見張り──その、間近に見える魔晄の瞳がまた、不思議な色合いで……鏡で自分の目を見るのは、毎日のようにあったけれど、こうして誰かの目を見るのは──本当に久し振りで。
 思わず、その目に囚われたのに気づいてか気づかずか、ザックスは真摯な目でクラウドの腕を捕らえた手に力を込めながら、
「そんなこと言うなよ……俺、あんたのことをもっと良く知りたいんだ。
 俺の顔に一発入れられることができるのなんて、男も女も、ソルジャー以外ではあんたが初めてなんだよ。
 ──彼女になってくれなんて、まだ言わないからさ、せめて名前か所属だけでも…………。」
 真摯な目で、真面目に、真剣に。
 ザックスは、クラウドにそう訴えた。
 そうして──その言葉を受けたクラウドはというと、
「…………………………ザックス……………………っ。」
 ザックスに掴まれた腕とは逆の手が、ぎっちりと拳を形作る。
「へ? ……なんであんた、俺の名前……。」
 驚いたように目を見張るザックスに、もう何か言いたい気持ちも吹っ飛んで──クラウドは、ギッ、と彼をにらみつけた。
「俺は男だって、何度言ったらわかるんだ、あんたはっ!!!!」
──痛恨の左ストレート!!
 思いっきり良く──手加減ナシに繰り出した左の拳は、まともにザックスの顎に炸裂し、そのまま彼はホームの上を滑り転んでいった。
 無様に背中からホームを転がっていく男を睨みすえて、クラウドは彼とは逆方向の階段向けて駆け出す。
──そうだよ! あいつ、そういえば、「前」も、同じだった!
 最初の出会いで、「男だ!」と叫んだにも関わらず、また二度目に会った時も、女扱いしやがって──そうだ、あの時は、男装した女だと信じていた。
 その時は確か、無理矢理ザックスの腕を掴んで男子トイレに駆け込んでみせたが……っ。
「あ……んの、色ボケっ!!」
 口汚く罵りながら、クラウドは、ダッシュでホームから飛び出していった。









To Be Contenude



ザックラ〜(笑)。
この話が入らないと、次々回への布石が出来てないことに気付いて、急遽付けたしです。
ザックス、自分を殴ることが出来る人間にビックリドッキリ一目ぼれって言う感じでヨロシク。